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東京地方裁判所 平成8年(ワ)1525号 判決 1997年3月26日

主文

一  被告は別紙図面一記載のブラシ(品番MK-一二〇〇、商品名「ヘアーマッサージブラシ」)の製造及び販売をしてはならない。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、それぞれを各自の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

一  主文第一項と同旨

二  被告は原告に対し金一〇八万円及びこれに対する平成八年二月一三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告製造に係る別紙図面一記載のブラシ(品番MK-一二〇〇、商品名「ヘアーマッサージブラシ」。以下「ヘアーマッサージブラシ」という。)の製造及び販売を中止するとの原、被告間の合意に基づき、原告が被告に対し、ヘアーマッサージブラシの製造及び販売の差止め並びに右合意に反する被告の行為により原告が蒙った損害の賠償を求めた事案である(損害賠償請求の遅延損害金の始期は訴状送達の日である。)。

一  争いのない事実等(証拠を掲起しない事実は当事者間に争いがない。)

1 原告は、別紙図面二記載の木製ブラシ(以下「ウッドブラシ」という。)の製造及び販売を主たる業とする会社であり、被告は、装粧品(主として櫛及びブラシ)の製造及び販売等を業とする会社である。

2 原告は、昭和六一年一一月ころウッドブラシの製造及び販売を始め、平成元年一〇月、被告に対しウッドブラシの供給を始めた。

他方、被告は、平成五年六月ころ、ヘアーマッサージブラシの製造及び販売を開始した。

3 ウッドブラシとヘアーマッサージブラシは、ともにピン先が球状であり、また、全体的な形状が似ていた。そこで、原告が被告に対し、ヘアーマッサージブラシの販売中止を求めたところ、被告は、平成五年八月一一日原告に対し、文書(以下「本件文書」という。)を差し入れた。

4 被告は、その後も、ヘアーマッサージブラシの製造及び販売を続けている。

二  当事者の主張

1 原告

(一) 被告は、平成五年八月一一日原告に対し、本件文書を送付して、ヘアーマッサージブラシの製造を中止し、新規の紹介及び販売をせず、現在定番に入っている量販店等には在庫限りで販売を中止し、競合する専門店に紹介及び販売をしない旨約した(以下「本件中止約束」という。)。

したがって、原告は被告に対し、本件中止約束に基づき、ヘアーマッサージブラシの製造及び販売の中止を求める。

(二) 被告の本件中止約束違反により原告が蒙った損害額の算定については商標法三八条一項を類推適用して、被告が本件中止約束に違反してヘアーマッサージブラシの販売を続けたことにより得た利益を原告の蒙った損害額と推定すべきであるところ、被告が本件中止約束の後、新規に、かつ、在庫以上に販売したヘアーマッサージブラシは四〇〇〇本を下らず、ヘアーマッサージブラシの販売により得られる粗利益は1本当たり二七〇円以上であるから、ヘアーマッサージブラシ四〇〇〇本の販売により被告が得た粗利益は一〇八万円以上である。

したがって、原告は被告に対し、債務不履行に基づき、損害賠償金一〇八万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める。

2 被告

(一) 被告は原告に対し、ヘアーマッサージブラシの製造及び販売の中止を約したことはない。被告は、新規の取引先に販売しないことを約したに過ぎない。

(二) 仮定的主張

(1) 本件中止約束は被告の錯誤に基づくものであるから無効である。

(2) 本件中止約束は原告の被告に対するウッドブラシの供給継続が前提であるところ、平成五年八月一一日の後、原告が被告に対するウッドブラシの供給を停止したから、事後的な事情変更により本件中止約束は既に失効している。

(3) 本件中止約束は合理的な期間に限定されるべきである。すなわち、ウッドブラシは原告の有する実用新案を基に製造されたものであり、その実用新案権の保護期間は平成一二年一一月二八日までであるから、本件中止約束の効力も右期間内に限定されるべきである。

三  主要な争点

1 本件中止約束の有無及び効力

2 損害賠償請求の成否

第三  争点に対する判断

一  前記争いのない事実等に加え、《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

1 原告は、昭和六一年一一月ころ、ウッドブラシの製造及び販売を開始した。

なお、ウッドブラシは、別紙図面二のとおりの形状であり、ピン(ブリッスル)は木製であり、ピン先は丸くなっている。

また、原告は、ウッドブラシに関連し、平成五年六月までに、「ブナ材等の天然木をもって形成され一方の面に凹部を設けた基体と、右基体の凹部内周に沿って嵌合固着される肉圧部及び該肉圧部の上端周囲に連なる適宜厚の表出湾状部を一体形成しつつ該表出湾状部全面に多数の小孔を穿設しゴム材等の弾性材よりなり当該肉圧部と表出湾状部とで二重の相乗弾性が作用するようにしたブリッスル植設用台と、このブリッスル植設用台の各小孔に嵌合装着されてブナ材等の天然木よりなり下端部に上下の各嵌合片を突設した多数の各ブリッスルとを具備したことを特徴とするマッサージ用等のブラシ」について実用新案権(以下「本件実用新案権」という。)を得た。

被告は、平成元年九月ころ、原告に対しウッドブラシを被告において取り扱いたい旨要請し、同年一〇月、原告から仕入れたウッドブラシの販売を開始した。

2 他方、被告は、平成四年末ごろ、原告に何ら連絡することもなく、ウッドブラシと形状が似ているヘアーマッサージブラシの製造を企画し、平成五年六月、装粧業界の新製品発表会に同商品を出品し、その後、同商品の販売を開始した。

なお、ヘアーマッサージブラシは、別紙図面一のとおりの形状であり、ピンはジュラコン製であり、ピン先は丸くなっている。

3 原告代表者は、同年七月二一日、株式会社徳安社長伊藤修平から、装粧業界の新製品発表会において被告がウッドブラシと形状及び色合いの似たヘアーブラシ(ヘアーマッサージブラシ)を出品しているとの連絡を受けたことから、同月二三日被告からその見本を取り寄せるとともに、被告取締役営業部長西口晴雄(以下「西口」という。)に対し、ヘアーマッサージブラシの形状等がウッドブラシのそれと似ているなどと抗議し、同月二六日には被告営業担当者小林良徳(以下「小林」という。)に対して同じく抗議した。

これに対し、西口及び小林は、「プラスチックピンの安いブラシが売れれば原告のブラシが売れる。」とか、「相乗効果狙いの開発、製品化である。」などと弁解したが、原告代表者の納得は得られなかった。

そして、原告代表者は、同月二七日小林と直接面談した際、小林に対し、被告がヘアーマッサージブラシの製造及び販売を中止するなど「事態のけじめのあり方」について話をしたところ、小林から、被告の行為の明確な釈明と原告に対する今後の姿勢を文書にて送付する旨の約束を取り付けた。

しかし、小林の帰阪後、被告から原告に対して送付された文書中には、ヘアーマッサージブラシとウッドブラシは品質的に異なるので消費者が両者を混同することはないと思われること及び今後とも被告としてはウッドブラシを取り扱いたいことなどの記載があるのみで、被告がヘアーマッサージブラシの製造等を中止するのか否かについての記載は全くなかった。

4 そこで、原告は被告に対し、被告がヘアーマッサージブラシの製造等を中止するのか否かを明確にするよう求めた。これに対し、被告は、同年八月一一日原告に対し、西口及び小林の作成に係る本件文書を送付して本件中止約束を交わした。

なお、本件文書中には、「弊社としましては、今後『ヘアーマッサージブラシ』は新規には紹介せず、販売もせず、現在定番に入っております量販店等には、急に廃番にする訳には参りませんので、棚割りにはずれますまで、在庫にて供給して行き、競合する専門店にも紹介・販売して行かない事とする所存でございます。」との記載が存する。

5 その後、原告代表者は、同年一二月、台湾にある被告の子会社の元社長から、右子会社が依然としてヘアーマッサージブラシを製造し、日本向けに出荷していることを聞いたので、右事実の有無を小林に質したところ、小林から右のような事実はないとの釈明を受けた。また、小林は、平成六年一月から同年六月にかけて数回、原告代表者に対し、被告はヘアーマッサージブラシの製造及び販売を中止した旨言明した。

しかし、原告代表者は、同年九月には読売新聞の広告中に、平成七年一月には雑誌中にヘアーマッサージブラシの広告を発見した。そこで、原告代表者は西口に対し話合いを申し入れたところ、同年二月二一日、西口との間で、本件中止約束を再確認した。

しかし、原告代表者は、同年六月及び同年一〇月にも、小売店の店頭などでヘアーマッサージブラシを発見するなどした。そこで、原告は、同年一一月、被告に対するウッドブラシの出荷を停止した。

二1  右一の認定事実に対し、証人小林良徳及び同西口晴雄の各証言並びに《証拠略》中には、次のような内容部分が存する。

(一) 被告が原告との間で本件中止約束を交わしたことはない。原、被告間の平成五年八月一一日付の合意は、被告がヘアーマッサージブラシを新規に紹介及び販売をしないこと及び従来の取引先に対して販売を(何らの制約もなく)継続することを内容とするものであった。なお、本件文書中の「在庫にて供給して行き」との文言は、原案を起案した小林が誤って書き入れたものであり、かつ、原案をチェックした西口がその存在を見落としたために存するものである。

(二)また、被告は、原告との右合意を遵守しており、平成五年八月一一日以降、ヘアーマッサージブラシを新規に販売したことはない。

2  しかし、本件文書は、被告の主張を前提としてもヘアーマッサージブラシの販売に制約を設けるという被告にとって少なからぬ不利益を課す内容であるから、西口及び小林が「在庫にて供給して行き」との重要な文言を単に誤って書き入れたとの弁解は容易に信用し難い。むしろ、本件文書中の、「現在定番に入っております量販店等には、急に廃番にする訳には参りませんので」との文言の合理的な解釈として、被告は本来であればヘアーマッサージブラシを即時に廃番にすべきであるとの認識を有していたことが窺える。

また、《証拠略》によれば、被告が、平成六年五月ころ株式会社水野に対し、同年一〇月七日に株式会社マスダ増に対し、それぞれヘアーマッサージブラシを初出荷したことが認められるところ、初出荷の時期からすると、被告が平成五年八月一一日以降右二社に対してヘアーマッサージブラシを新規に販売したことを推認できる。

したがって、右1の(一)及び(二)の証人小林らの証言等はいずれも信用し難い。

三  右一の認定判断を前提に検討する。

1 争点1について

(一) 前記一の4のとおり、原告は、平成五年八月一一日被告との間において、本件中止約束を交わしたことが認められる。

なお、本件文書中には、被告がヘアーマッサージブラシの製造中止を約する旨の直接的な文言は存しないが、「在庫にて供給して行き」との文言及び全面的な販売中止は当然に製造中止を伴うことからすれば、本件中止約束の中にはヘアーマッサージブラシの製造中止の約束も含まれるものというべきである。

(二) これに対し、被告は、本件中止約束は被告の錯誤に基づくものであるから無効であると主張するが、右主張を認めるに足りる的確な証拠はない。

また、被告は、本件中止約束はその後の事情変更により失効したと主張するが、原告が被告に対してウッドブラシを供給していた事実が本件中止約束の背景事情として存在するとしても、右事実の継続が本件中止約束が効力を有するための前提条件であったことを認めるに足りる証拠はないから、被告の右主張は失当である。

更に、被告は、本件中止約束の効力が存するのは本件実用新案権の保護期間である平成一二年一一月二八日までであると主張するが、本件中止約束はあくまで当事者間の合意であって、本件実用新案権の効力と直接の関係はなく、かつ、本件中止約束に、その効力を合理的期間内に限定するとの特段の合意があったことを認めるに足りる証拠はないから、被告の右主張は失当である。

(三) 本件中止約束の内容は、被告はヘアーマッサージブラシを新規に紹介及び販売しないこと、本件中止約束当時定番に入っている量販店等に対しては在庫に限り供給すること並びに競合する専門店に対し紹介及び販売しないことであるところ、《証拠略》によれば、被告が本件中止約束当時有していたヘアーマッサージブラシの在庫が現在では存在しないことは明らかであるから、被告は、本件中止約束に基づき、直ちにヘアーマッサージブラシの製造及び販売を中止すべき義務がある。

2 争点2について

商標法三八条一項又は実用新案法二九条一項は、商標権又は実用新案権を侵害された商標権者又は実用新案権者を特に保護するための規定であるから、債務不履行(本件中止約束違反)を理由に損害賠償を求めるに過ぎない本件においては、右条項を類推適用することはできないと解すべきである。

したがって、原告は、被告の本件中止約束違反により蒙ったとする損害及びその額を具体的に主張立証すべきであるところ、そのような主張立証はない。

四  以上によれば、原告の本訴請求はヘアーマッサージブラシの製造及び販売の差止めを求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がない。

(裁判長裁判官 土肥章大 裁判官 小野洋一 裁判官 馬渡直史)

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