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東京地方裁判所 平成8年(ワ)12718号 判決 1997年4月21日

原告

ジェミニオート茅ヶ崎株式会社

右代表者代表取締役

金子伸一

右訴訟代理人弁護士

大久保宏明

被告

右代表者法務大臣

松浦功

右指定代理人

東亜由美

外一名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一八五〇万円及びこれに対する平成五年九月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  訴外大澤禮子(以下「大澤」という。)は、その母である訴外新倉キミ子(以下「新倉」という。)所有の神奈川県茅ヶ崎市松林二丁目一六九四番地及び同一六九五番地の土地(以下「本件土地」という。)を、新倉より無償で借り受け(以下「本件使用貸借契約」という。)、右土地上に別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有していた。

2  原告は、大澤に対する請求債権をもって、平成三年一二月一三日、本件建物につき強制競売の申立てをなし(横浜地方裁判所平成三年(ヌ)第二五一号強制競売事件、以下「本件競売事件」という。)、同月一六日、強制競売開始決定がなされ、原告は、平成五年七月九日、執行裁判所の定めた最低売却価額金一〇七五万円を上回る金一八五〇万円で入札し、同月一六日、売却許可決定(以下「本件売却許可決定」という。)を得た上、同年九月一〇日、代金を納付して本件建物の所有権を取得した。

3  ところが、新倉の代理人である篠崎百合子弁護士(以下「篠崎弁護士」という。)は、同年七月二二日、執行裁判所宛に、原告が買受人になった場合は、民法五九四条三項により本件使用貸借契約を解除し、原告に対し、建物収去土地明渡請求訴訟を提起する予定である旨の上申書(以下「本件上申書」という。)を提出した。

その後、新倉は、原告に対し、本件使用貸借契約を解除したとして、本件建物収去土地明渡請求の訴訟を提起し(横浜地方裁判所平成五年(ワ)第三八〇九号)、平成八年三月二五日、請求認容の判決が言い渡され、原告は、これに対し控訴した。

4  右控訴審において、原告が勝訴する可能性は皆無であり、本件建物は、敷地利用権の消滅により無価値となった。

5  原告は、原告が本件建物を買い受けた場合には、新倉が本件使用貸借契約を解除する予定であることを、代金納付まで全く知らなかった。

6  執行裁判所裁判官は、本件上申書の内容が真実であれば、本件建物は敷地利用権の消滅により無価値となり、買受人が納付代金相当額の損害を被ることを知り得たのであるから、本件上申書の内容の真偽を確認した上、権利関係及び評価を再検討し、申立てを待つことなく職権により本件売却許可決定を取り消すべき注意義務があった。

しかるに、執行裁判所裁判官は、右注意義務を怠り、漫然本件競売事件を進行させたことにつき重大な過失がある。

原告は、右過失により、本件建物が敷地利用権の消滅により無価値となるとは知らずに代金一八五〇万円を納付し、同額の損害を被ったのであるから、被告国は原告が被った右損害を賠償する義務がある。

よって、原告は、被告に対し、国家賠償法一条に基づく損害賠償として金一八五〇万円及びこれに対する損害発生後の平成五年九月一一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の各事実は認める。

2  同4は不知。

3  同5の事実は否認する。

原告は、原告が本件建物を買い受けた場合には、本件使用貸借契約が解除される予定であることを、本件売却許可決定の日に、篠崎弁護士から通知されて知っていた。

4  同6は争う。

三  被告の主張

不動産(建物)の競売手続において、売却許可決定後、代金納付までの間に、競売物件たる建物の敷地所有者から、当該建物の敷地利用権を消滅させた旨の上申書が提出された場合にも、執行裁判所が自らこれを職権で是正する余地はなく、買受人において、売却許可決定に対し執行抗告をするなり、その取消しを申し立てるなりして(民事執行法七五条参照)、是正の手続を求めうる余地があるにとどまり、執行裁判所において職権で売却許可決定を取り消しうるものではない。

仮に、売却許可決定後に何らかの不適合状態が生じたとしても、執行裁判所自らその処分を是正すべき場合等特別の事情がある場合は格別、そうでない場合には権利者が右の手続による救済を求めることを怠ったため損害が発生しても、その賠償を国に対して請求することはできないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和五七年二月二三日第三小法廷判決・民集三六巻二号一五四頁参照。なお、右判決は、不動産の強制競売事件における執行裁判所の処分が実体的権利関係に適合しない場合に、当事者が手続内の救済を求めることを怠ったという事案についてのものであるが、その趣旨は、本件のように、後発的に不適合状態が生じた場合についても推し及ぼされるべきである。)。

本件競売事件において、右特別の事情がないことは明らかであるから、原告は、本件建物の敷地利用権が消滅したことによる損害の賠償を被告国に対して請求することはできない。

四  被告の主張に対する反論

原告は、代金納付に当たり、事前に再三執行裁判所に確認し、その都度担当書記官から、「本件上申書については、裁判所は無視しているので、何も心配せずに代金納付の手続をして下さい。」と言われていたのであるから、本件売却許可決定に対して執行抗告をなし、あるいはその取消しを申し立てるなどということは思いもよらず、執行手続内における救済を求めることは不可能であった。

また、本件上申書は、本件売却許可決定が民法五九四条二項に違反する法令違背の決定であることを骨子とするものであったから、執行裁判所は、民事執行法二〇条で準用される民訴法一九三条ノ二により、職権で決定後一週間内に変更決定(本件売却許可取消決定)をなすべきであり、これは「執行裁判所が自らその処分を是正すべき特別の事情」にあたる。

第三  証拠関係

本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1ないし3の各事実は、当事者間に争いがない。

二1  原告は、執行裁判所裁判官は、本件上申書の内容が真実であれば、本件建物は敷地利用権の消滅により無価値となり、買受人が納付代金相当額の損害を被ることを知り得たのであるから、本件上申書の内容を確認した上、権利関係及び評価を再検討し、申立てを待つことなく職権により、本件売却許可決定を取り消すべき注意義務があった旨主張する。

2  甲第一号証によれば、本件競売事件において、現況調査報告書に本件建物の敷地の占有権原が使用借権である旨記載され、評価書にも、使用借権付建物として本件建物の評価額を一〇七五万円と算定した旨記載され、これらを前提として本件建物につき同額を最低売却価額として売却が実施され、本件売却許可決定がなされたことが認められる。

3(一) 使用借権付建物の競売において、これを買い受けようとする者は、現況調査報告書及び評価書を閲覧すれば、競売対象物件が使用借権付建物であり、これが競売により買い受けられた場合、買受人が敷地を使用収益することにつき、敷地所有者の承諾が得られなければ、敷地に係る使用貸借契約につき民法五九四条二項違反の状態が生じ、同条三項により右使用貸借契約が解除され、敷地利用権が消滅するおそれがあることを容易に了知することができるから、敷地所有者と交渉して敷地利用権を確保する見込みがない限り、このような敷地利用権が消滅するおそれのある物件については、そもそも買受申出を差し控えるか、あるいはその危険を知で買い受けるかを選択することができるのが通常である。そして、競売物件が使用借権付建物であることを承知の上であえて買受申出をして売却許可決定を得た後に、敷地所有者から当該敷地に係る使用貸借契約を解除する旨の申出があったとしても、この場合は、当初から予想された事態が現実化したというにすぎず、解除の申出がないものとして代金を納付したことによる損失は、競売目的不動産を買い受けようとする者が右判断を誤ったことによる当然の結果というべきであるから、かかる損失を被告国が賠償すべき筋合いにない。

(二) 一方、執行裁判所としては、使用借権付建物が競売により買い受けられた場合、敷地に係る使用貸借契約につき民法五九四条二項違反の状態が生じ、右使用貸借契約が同条三項により解除され、敷地利用権が消滅するという事態は、当然予想しうるところである。しかしながら、買受申出人が敷地所有者と交渉し、この者の承諾を得て、敷地利用権を確保する可能性もあるから、執行裁判所は、右可能性を考慮し、使用借権が一応存在するものとして最低売却価額を定めて売却を実施し、使用借権付建物であることを承知の上であえて買受申出をした者がある以上は、通常どおり競売手続を進めても何ら違法とはいえない。また、売却許可決定後、競売建物の敷地の所有者から、敷地に係る使用貸借契約を解除する旨の申出があったとしても、実体的権利関係の確定は、多数の執行事件を迅速に処理すべき執行裁判所のよくなしうることではない。右場合に、執行裁判所に、使用借権付建物であることを承知の上であえて買受申出をして売却許可決定を得た者の利益保護のため、右申出の真偽を確認した上、当事者の申立てを待つことなく職権により右決定を取り消すべきであると解すると、右申出に執行手続の停止・取消の効果を認めることとなり、執行手続の迅速・安定を害することとなる。

(三) したがって、使用借権付建物の競売において、売却許可決定後、敷地所有者から当該敷地に係る使用貸借契約を解除する旨の申出があった場合、執行裁判所が当事者の申立てを待つことなく職権により右決定を取り消すべきであると解することはできない。

4  本件競売事件においても、原告は、現況調査報告書及び評価書を閲覧し、競売目的不動産を買い受けようとする者として通常期待される程度の注意を尽くしていれば、本件使用貸借契約の解除により本件建物の敷地利用権が消滅するおそれがあると判断して、買受申出を差し控えることにより、容易に損害を回避することができたものというべきである。原告は、右買受申出後も、代金納付に当たり、事前に執行裁判所に確認し、新倉からの上申書は無視しているので代金納付手続をするようにとの回答を得た旨主張するが、かりにそのような事実があったとしても、乙第一号証の一、二によれば、原告は、本件売却許可決定の日に、篠崎弁護士から、原告が本件建物を買い受けた場合、新倉が民法五九四条三項により、本件使用貸借契約を解除する予定である旨の通知を受けたことが認められるから、まず新倉に対してその意思を確認すべきであり、その回答いかんにより損害回避の手段をとることは容易であったといえる。

右のように、極めて容易にとりうる損害回避の措置を怠った原告の利益保護のため、執行裁判所裁判官において本件上申書の内容の真偽を確認した上、権利関係及び評価を再検討し、申立てを待つことなく職権により本件売却許可決定を取り消すべき注意義務があったということはできず、原告の主張は失当である。

三  原告は、本件上申書は、本件売却許可決定が民法五九四条二項に違反する法令違背の決定であることを骨子とするものであったから、執行裁判所は、民事執行法二〇条で準用される民訴法一九三条ノ二により、職権で決定後一週間内に変更決定(本件売却許可取消決定)をなすべきであり、これは「執行裁判所が自らその処分を是正すべき特別の事情」にあたる旨主張する。

しかしながら、民事執行法上、使用借権付建物の競売自体が許されないということはできないから、使用借権付建物が競売により買い受けられた場合に、民法五九四条二項違反の事態が生じる可能性があることを理由に、右建物についての売却許可決定が違法となるということはできない。また、使用借権付建物の敷地所有者が、敷地にかかる使用貸借契約を解除する旨申し出たとしても、右申出に右売却許可決定を違法とする効果を認めることはできない。

したがって、原告の右主張は失当である。

以上のとおり、原告の本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官長野益三 裁判官玉越義雄 裁判官名越聡子は、転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官長野益三)

別紙<省略>

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