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東京地方裁判所 平成7年(ワ)21889号 判決 1997年7月25日

本訴原告(反訴被告、以下「原告」という。)

マンションヴィップ日本橋浜町管理者マンションヴィップ日本橋浜町管理組合理事長

堀越雅夫

訴訟代理人弁護士

石塚久

本訴被告(反訴原告、以下「被告」という。)

アオヤギエンタープライズ株式会社

代表者代表取締役

青栁由里子

訴訟代理人弁護士

猿山達郎

藤巻克平

主文

一  原告と被告の間で、被告が別紙物件目録一記載二の土地に対する専用使用権その他何らの独占的排他的使用権を有しないことを確認する。

二  被告は原告に対し、四八〇万円及びうち三六〇万円に対する平成六年一月八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告と被告の間で、被告が別紙物件目録二記載一の土地について、無償の専用使用権を有することを確認する。

四  原告及び被告のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は本訴反訴を通じてこれを五分し、その四を原告の、その余を被告の負担とする。

六  この判決の第二項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  原告

1  原告と被告の間で、被告が別紙物件目録一記載一、二の土地に対する専用使用権その他何らの独占的排他的使用権を有しないことを確認する。

2  被告は原告に対し、一六九五万円及びうち一二一五万円これに対する平成六年一月八日(訴状送達の日の翌日)から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告

原告と被告の間で、被告が別紙物件目録二記載一の土地について、期間を同目録記載二の建物の存続期間中とする無償の専用使用権を有することを確認する。

第二  事案の概要

一  本件は、原告がマンションの共有部分である敷地部分につき被告が設定した専用使用権が存在しないとしてその不存在確認とその部分からの賃料収入の不当利得返還請求をし(本訴)、被告は、これに対してその存在確認を求めた(反訴)事案である。

二  争いのない事実等(証拠を掲記しない事実は当事者間に争いがない。)

1  原告は、マンションヴィップ日本橋浜町(以下「本件建物」という。)の区分所有者等から構成される管理組合(以下「本件管理組合」という。)の理事長であり、被告は、本件建物の分譲業者で、また、本件建物の区分所有者の一人でもある。

2  被告は、本件建物の一階に有する占有部分の一つ(別紙一階平面図(1)斜線Aで表示した部分、以下「賃貸物件1」という。)を株式会社アイリス(以下「アイリス」という。)に昭和五六年二月ころから賃料一か月四三万五〇〇〇円で賃貸し、他の一つ(別紙一階平面図(1)斜線Bで表示した部分、以下「賃貸物件2」という。)を同月ころから株式会社アサト(以下「アサト」という。)に賃貸している。

アイリスは、賃貸物件1に面した別紙物件目録一記載一の土地(以下「敷地部分1」という。)を駐車場として使用し、アサトは、被告との賃貸物件2に関する賃貸借契約締結の際、同目録記載二の土地(以下「敷地部分2」という。)を駐車場として使用する目的で被告から賃借し、一か月三万円の賃料を支払ってきた。

敷地部分1及び2は、本件建物の区分所有者全員の共有物であり、被告は、これを独占的排他的に使用している。

3  被告は、本件建物を、一階部分を自己が所有して店舗、事務所、駐車場等多目的用途に供し、二階以上の部分を住宅として分譲する目的で建築し、本件建物中の住宅七二戸を別紙分譲者一覧表の当初購入者欄記載のとおり売り渡した。

本件建物を分譲するに先立って配布されたパンフレット、価格表には一階部分が非分譲部分であること、一階部分のうち専有部分二戸については、バルコニー面積として各々20.37平方メートル、30.80平方メートルとの記載がある(乙第三号証、第八号証の二)。

4  被告は、本件建物の二階部分以上の専有部分の購入者に対し、売買契約締結までに「マンションヴィップ日本橋浜町規約」(以下「第一規約」という。)を示し、売買契約書の契約条項に管理規約遵守義務を盛り込むという形で、第一規約を承認させた(原告は、訴状でしていた右主張について第二三回口頭弁論期日に陳述した準備書面で、被告から交付された第一規約は、規約案にすぎず、売買契約書と一体のものではないから、原告は前提事実についての錯誤に基づき誤認した主張であるので撤回すると述べ、被告はこれに異議を述べた。ところで、被告は、購入者全員の署名押印した第一規約原本を紛失したものか所在が不明で当裁判所に提出できないと述べるが、乙第一一号証の第一七条には規約の遵守義務が定められ、証人細川英爾、同浅田栄三は本件建物の区分所有権を購入する際に被告から規約を見せられ、それを読んでこれに従って生活して欲しいと言われて売買契約を締結したと証言していること、甲第一〇号証によれば、昭和五九年一月二八日に開催された臨時総会では管理規約の改正の件が議題となっていること、乙第二五号証には同時期に被告が分譲したマンションの規約原本が存在していることなどを考えると、原告による自白の撤回が、錯誤に基づくものであるとまでは認めることができない。)。第一規約には敷地部分1に斜線を付し、一階部分の非分譲部分の所有者である被告が専用使用権を有することを定めている。

5  第一規約は、昭和五九年一月二八日に開催された臨時総会で改正された(以下改正された規約を「第二規約」という。)。

原告は、平成二年に管理規約の整備を行った(以下、整備された規約を「第三規約」という。)。第三規約は、平成四年一二月に改正された。

三  原告の主張

1  本件建物の敷地は区分所有者全員の共有であり、各人がその持分に応じて公租公課を支払う義務を課されていること、敷地部分1は、その位置関係、形状からして区分所有者各人に利用が許されるべき場所であり、専用庭やベランダ等とはまったくその性質を異にし、他の区分所有者に通行等の面で不便、不利益を与えるものであること、被告が独占的利用権を確保して利益を取得しながら他の区分所有者に還元される利益は存在しないこと、分譲時において専用使用権を与えることに対価関係が存在していなかったことなどを考えると第一規約は公序良俗に反し、民法第九〇条に反する無効な規約である。

2  第一規約は、昭和五八年六月一一日に成立した管理組合により不合理な部分の見直しが行われ、昭和五九年一月二八日に開催された臨時総会で抜本的に第二規約に改正された。

第二規約では、本件建物敷地についての専用使用権の規定が全部削除され、共用部分についての専用使用権はバルコニー、玄関扉、窓枠、窓ガラス(以下「バルコニー等」という。)に限って認められることが明記された。また、第一規約の改正によって管理組合から被告に対して専用使用権の解約の意思表示がされた。これによって、被告の敷地部分1の専用使用権は消滅し、この規約改正には被告も賛同していた。

また、一部の区分所有者に特別の影響を及ぼすかどうかは規約変更の必要性及び合理性とこれによって受ける一部区分所有者の不利益を比較して受忍すべき限度を超える不利益を受けるか否かで判断すべきものである。賃貸物件1については敷地部分1の反対側、側面にも出入口があるのであるから、被告が賃貸物件1を独占的に使用すべき必要はなく、被告の専用使用権が否定されたからといってその部分の通行等が認められなくなるわけでもなく、管理組合が占有者に賃貸すれば、その賃料は持分に応じて区分所有者である被告にも入るのであるから、被告が受忍限度を超える不利益を受けることにはならず被告の権利に特別の影響を及ぼすべきものでもない。

3  敷地部分2については、分譲時以来被告と各区分所有者との間に専用使用権設定の合意はないし、その性質上専用使用が認めれるものでもない。

四  被告の主張

1  被告は、本件建物を一階部分を貸店舗、貸事務所、貸駐車場等多目的に自己使用するために分譲せず、二階部分以上を住居用として分譲する計画で建築し、この計画に沿って二階部分以上を分譲した。

敷地部分1は、前面道路から一段高くなってタイル舗装され、植え込みによって本件建物玄関前の通路部分と明確に区分されて本件建物の利用と無関係に他の区分所有者が通行の用に供する利益を有しない状態となっている。敷地部分1は、本件建物一階部分に面する接近通路として、また、商品、荷物の搬出入場所、積み卸し場所等の用途に供されるものであり、構造上、用途上、建物部分の使用に不可欠の場所で、被告が専用使用できないと所有部分の使用に著しい支障が生じ、不利益が生ずる。

被告は、本件建物の二階以上の専有部分及び敷地の共有部分(以下「専有部分等」という。)の各購入者との間で、敷地の一部分である本件土地について専用使用権を留保して売買契約を締結し、または売買契約の時に専用使用権を設定した。

被告は、専有部分等を順次各購入者に分譲し、第一番目の購入者と売買契約を締結したときに本件建物の区分所有関係が成立し、第一規約も建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」という。)に定める規約として成立、効力を生じた。第二番目以降の購入者はこの規約を承認して区分所有関係に入っているので、被告は、第一規約に基づき専用使用権を有していた。

第一規約、第二規約上、被告は本件建物の専有部分等を購入した者から専有部分等を買い受けた者に対しても専用使用権を主張できる。

2  第二規約は昭和五八年に区分所有法が改正されたことに伴い管理組合が結成されたので成立したもので、第二規約においても敷地部分1について被告の専用使用権を規定している。第二規約以降の改正に関しては被告は改正を承認しておらず異議を述べている。

3  アイリスが敷地部分1に軽自動車を駐車させることはあるが、被告は、敷地部分1をアイリスに駐車場として賃貸したことはない。

被告は、敷地部分2については各購入者との間で専用使用権を設定する約束をしなかったし、第一規約においても専用使用権を有していないが、これはアサト賃借建物を当初駐車場として計画し建築したので専用使用権を設定するまでもないと考えたことに基づくものである。

敷地部分2は、駐車場として利用する場合には車両の出入りを妨げるような利用ができない場所であるから、管理組合が駐車場として収益をあげることができない性質の場所である。被告がアサトに敷地部分2を駐車場として賃貸して賃料収入を得たとしても管理組合には何らの損害もない。

五  争点

1  被告は敷地部分1及び敷地部分2に専用使用権を有するか。

2  被告の不当利得の成否。

第三  争点に対する判断

一  本件の経緯

1  証拠(甲第二号証の一ないし七、第五、第七ないし第一一号証、第一二号証の一ないし七三、乙第一ないし第七号証、第八号証の一、二、第九ないし第一二、第一七ないし第一九、第二二号証、証人細川英爾、同浅田栄三、同青栁松男)によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 本件建物は、被告が売主となって分譲されたマンションであって、昭和五四年六月から分譲受付が開始され、昭和五五年七月に竣工された。本件建物の区分所有権の分譲に当たっては、パンフレット、各階平面図、配置図等の図面集、価格表・ローンのご案内表などが作成され、買受け希望者にこれが配布された。これらの資料によれば、賃貸物件1及び2は非分譲部分とされ、被告が賃料収入を上げる目的で事務所、店舗等の賃貸物件として所有されることになっていた。

(二) 本件建物の分譲に当たって、購入者は、被告の担当者から重要事項の説明を受け、売買契約書に署名押印するとともにマンションヴィップ日本橋浜町規約(第一規約)を交付されてこれを読むように指示された。右売買契約書には、第一七条に買主が所有権移転の日から別に定める規約等を遵守するものとするとの規定が設けられている。

第一規約には、第七条で特定箇所等の専用使用が規定されていて、同条の付記によれば、一階から一一階の共用部分のうち斜線の部分は、一階から一一階の各該当する区分所有者に無償にて専用使用させると規定され、第一規約添付の一階平面図には敷地部分1に斜線が記載されている。

(三) 本件建物には、昭和五八年六月一一日に管理組合が設立された。管理組合では理事が中心となって、第一規約の検討が行われ、昭和五九年一月二八日の臨時総会において第一規約の改正、館内使用細則の改正、管理委託契約の承認等が議題となり、第一規約が改正されて第二規約が制定された。第二規約では第一四条にバルコニー等の専用使用権の規定が置かれ、同条では、区分所有者は別表第4に掲げるバルコニー等について、同表に掲げるとおり専用使用権を有することを承認すると規定され、別表第4には二階から一一階までのバルコニー等に斜線が引かれているほか、一階平面図には敷地部分1にも斜線が引かれている。この規定は、平成二年五月に改正された第三規約にもそのまま引き継がれた。

(四) 昭和五八年一二月ころから管理組合と被告との間で本件建物屋上部分に被告が専用使用権を持っていたネオン塔の賃貸借契約とそこから発生する賃料収入の分配をめぐる問題が生じ、昭和六三年九月ころから管理組合の理事らと被告との間で折衝がもたれたが話し合いがつかなかった。管理組合は、平成四年に被告がネオン塔について専用使用権を持たないことを確認する訴えを提起し、この裁判は、被告が専用使用権を持たないことを確認するとともに管理組合が被告に一〇〇〇万円を支払う内容の和解で終局した。

管理組合では、被告とのネオン塔の専用使用権をめぐり規約を検討している中で敷地部分1、2を被告が第三者に賃貸して利用していることについても、当該部分は本件建物の共有部分であるから、被告が専用使用して賃料収入を得ているのはおかしいという疑問が出て、平成三年五月ころ管理組合から被告に敷地部分1、2の利用関係についての説明を求められたことがあった。

(五) 管理組合では、平成四年一二月一二日に開催された臨時総会において敷地部分1、2は共有部分で被告の専用使用部分がないと第三規約を改正したが、被告はこれに賛成せず、異議を述べた。

(六) 敷地部分1は、アイリスが賃貸物件1の店舗出入口及び駐車場として利用し、本件建物玄関ホールとその出入口とは植込みで区分されている。

敷地部分2は、アサトが賃貸物件2の出入口として段ボールを置いたり、駐車場として利用している。

二  原告は、第一規約が公序良俗に違反する無効なものであると主張する。

本件建物の区分所有権を購入した購入者が、売買契約の際に第一規約を被告から交付され、これを読むように指示されて売買契約を締結したことは前記認定のとおりであり、右売買契約書の第一七条には、買主は、所有権移転の日から別に定める規約等を遵守するものとするとの規定が設けられ、購入者はこれに署名押印して売買契約を締結していることを考えると、購入者は、第一規約を承認した上で売買契約を締結したものと認めることができる。

原告は、区分所有者全員の各人がその持分に応じて公租公課を支払う義務を課されていること、敷地部分1は、その位置関係、形状からして区分所有者各人に利用が許されるべき場所であり、専用庭やベランダ等とはまったくその性質を異にし、他の区分所有者に通行等の面で不便、不利益を与えるものであること、被告が独占的利用権を確保して利益を取得しながら他の区分所有者に還元される利益は存在しないこと、分譲時において専用使用権を与えることに対価関係が存在していなかったことなどを公序良俗違反の理由として主張するが、敷地部分1は、アイリスの店舗出入口及び駐車場として利用されていて本件建物の二階以上の居住者が出入りする玄関ホール及び出入口とは植込みによって区分されているのであるから、区分所有者各人の利用には自ずから制約があり、位置関係や形状からして区分所有者各人に利用が許されるべき場所であるということはできない。

購入者は、賃貸物件1が非分譲で被告に所有権が留保され、敷地部分1にその専用使用権が設定されていることを知ってマンションを購入しているのであるから、被告がその利益を取得したり、他の区分所有者が敷地部分1の公租公課を負担することがあってもこれをもって公序良俗に違反するものとは認めることができない。

三  原告は、第一規約が第二規約に改正されたことをもって被告の専用使用権が消滅したとか被告の専用使用権に対する解約の申し入れであるとか主張する。第二規約の第一四条と別表第4の規定については前記認定のとおりであり、本件建物分譲に当たっての価格表には賃貸物件1にバルコニー面積があることが記載されていたことも考え合わせると、第二規約においては第一四条及び別表4によって敷地部分1についての被告の専用使用権を認めていたものと解されるから原告の右主張を採用することができない。

四 平成四年一二月に改正された第三規約において、敷地部分1が被告の専用使用部分とはされずに共有部分とされ、被告がこれに対して異議を述べたこと、敷地部分1が被告が所有する賃借物件1の店舗出入口として利用されていることは前記認定のとおりであり、敷地部分1についての被告の専用使用権を消滅させることは区分所有法三一条一項の一部の区分所有者の権利に特別の影響を及ぼすべきときに該当すると解されるから、被告の承諾を得ていない第三規約中の被告の専用使用権の消滅させる部分の改正はその効力を有しないというべきである。

五  敷地部分2について、被告が各購入者との間で専用使用権を設定する約束をしなかったし、第一規約においても専用使用権を有していないということについては被告も認めるところである。

被告は、賃貸物件2が駐車場として利用されることが予定されていたから、管理組合が駐車場として収益をあげることができない性質の場所で管理組合には何らの損害もないと主張するが、被告は、賃貸物件2をアサトに事務所として賃貸し、更に敷地部分2を駐車場としてアサトに賃貸しているのであるから、かかる被告の主張を採用することができない。

被告が敷地部分2を駐車場としてアサトに賃貸することによって取得した賃料収入は管理組合に対する不当利得になるというべきである。

六  被告は、敷地部分1の専用使用権の存続期間が本件建物の存続期間中であると主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

七  そうすると、原告の本訴請求、被告の反訴請求は主文の限度で理由がある。

(裁判官小野洋一)

別紙物件目録二<省略>

別紙一階平面図(2)<省略>

別紙分譲者一覧表<省略>

別紙物件目録一

一 東京都中央区日本橋浜町一丁目一番八所在の宅地(VIP日本橋浜町の敷地)のうち、別紙図面のア、イ、ウ、エ、オ、カ、キ、ク、アの各点を順次直線で結んだ範囲内の部分(赤の斜線で表示した部分)

面積 約五〇平方メートル

二 右土地のうち、別紙図面のタ、チ、ツ、テ、タの各点を順次直線で結んだ範囲内の部分(青の斜線で表示した部分)

面積 約28.8平方メートル

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