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東京地方裁判所 平成7年(ワ)20333号 判決 1996年10月01日

原告

宝ハウス株式会社

右代表者代表取締役

蚊爪信吉

右訴訟代理人弁護士

中野公夫

被告

右代表者法務大臣

長尾立子

右被告指定代理人

湯川浩昭

外六名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告は、原告に対し、金四億九一六一万三三二二円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日(平成七年一〇月二五日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  判断の基礎となる事実

1  原告は、土木建築工事の設計及び不動産の売買等を業とする株式会社である。

2  大進建設株式会社(以下「大進建設」という)は、昭和五九年九月二〇日、原告との間で、原告に対し、別紙第一物件目録記載の土地、同第二物件目録記載の土地並びに同第三物件目録記載の土地(以下「本件第一の土地」、「本件第二の土地」及び「本件第三の土地」という)及びその周辺の旧公道部分等(計108.83平方メートル。本件第三の土地と併せて「本件第三の土地等」という)を次の約定で売り渡し、原告がこれを買い受ける旨の契約(以下「本件売買契約」という)を締結した。

(一) 代金は合計一三億四二一五万円とする(3.3平方メートル当たり四五万円とする)。

(二) 本件売買契約締結と同時に、原告は、手付金二億円を支払い、大進建設は、右手付金の支払いを受けるのと引き換えに、本件第一の土地の所有権移転登記手続及び引渡しを行う。

(三) 原告は、昭和五九年九月末日までに、中間金八億円を支払い、大進建設は、同中間金の支払いを受けるのと引き換えに、本件第二の土地の所有権移転手続及び引渡しを行う。

(四) 大進建設は、右中間金八億円について、宅地造成等規制法に基づく本件第二の土地の造成工事完了の検査済証を横須賀市から取得する日までの金利相当分を負担することとし、大進建設は、原告に対し、同中間金の支払いを受けた日の翌日以降年八パーセントの割合による金員を支払う。

(五) 大進建設は、昭和六〇年四月末日までに、本件第三の土地等の所有権移転登記手続及び引渡しを行い、原告は、これと引き換えに、売買残代金三億四二一五万円を支払う。

3(一)  原告は、大進建設に対し、本件売買契約と同時に、手付金二億円を支払い、これと引き換えに、大進建設から本件第一の土地についての所有権移転登記手続及び引渡しを受けた。

(二)  原告は、大進建設に対し、昭和五九年一〇月一日、中間金八億円を支払った。これに対し、大進建設は、そのころ、本件第二の土地について、原告に対する所有権移転登記手続を履行したが、同土地の造成工事の完了検査済証を横須賀市から取得できなかった。

(三)  大進建設は、平成元年一月二五日、明和地所株式会社に対し、本件第三の土地等を売却し、同日付けで売買を原因とする所有権移転登記手続を行った。そのため、大進建設が原告に対し負う本件第三の土地等の所有権を移転すべき本件売買契約上の債務は履行不能となった。

4  そこで、原告は、平成元年二月二〇日、大進建設に対する、本件売買契約上の前記2(四)記載の合意に基づき、昭和五九年一〇月二日から平成元年二月一六日までの年八パーセントの割合による損害金請求権二億八〇三七万二六〇二円を被保全権利として、大進建設所有の別紙第四物件目録記載の土地(以下「本件第四の土地」という)に対し、不動産仮差押命令の申請をし(横浜地方裁判所横須賀支部平成元年(ヨ)第一一号不動産仮差押命令申請事件。以下「第一一号事件」という)、同日、仮差押決定を得た。

更に、原告は、平成元年三月一〇日、大進建設の前記3(三)記載の履行不能に基づく損害賠償請求権金二億一一二四万〇七二〇円を被保全権利として、本件第四の土地に対し、不動産仮差押命令の申請をし(横浜地方裁判所横須賀支部平成元年(ヨ)第一六号不動産仮差押命令申請事件。以下「第一六号事件」という)、同日、仮差押決定を得た。

5  ところが、大進建設は、平成二年二月七日、横浜地方法務局横須賀支局に対して、仮差押解放金として、第一一号事件につき、二億八〇三七万二六〇二円(横浜地方法務局横須賀支局平成元年度金三三五八号)を、第一六号事件につき、二億一一二四万〇七二〇円(同法務局同支局平成元年度金三三五九号)をもって各供託をなし、同月八日、前記4記載の各仮差押決定に基づく各執行処分を取り消す旨の決定を得た。

なお本件第四の土地の所有権は、平成三年六月三日、売買により、大進建設から第三者に移転された。

6  東京国税局長は、平成四年一〇月二七日、大進建設の滞納国税(昭和五八年四月一日から同五九年三月三一日の事業年度に係る法人税更正分である本税七億四三六〇万九〇八八円、過少申告加算税八〇四〇万八五〇〇円及び利子税四八六万二五〇〇円(昭和六一年五月三一日を納期限とするもの)並びに昭和六〇年四月一日から同六一年三月三一日の事業年度に係る法人税確定申告分である本税二二八八万七〇〇〇円及び利子税一七万三四〇〇円(昭和六二年三月二日を納期限とするもの)の合計八億五一九四万〇四八八円に右各本税額に対応する国税通則法所定の延滞税を加算した金額。(以下「本件滞納国税」という)に係る滞納処分として、大進建設が横浜地方法務局横須賀支局供託官に対し有する前記5記載の供託金合計四億九一六一万三三二二円(以下「本件供託金」という)の供託金取戻請求権を差し押え(以下「本件差押え」という)、同月二九日、同供託官は、東京国税局長に同供託金を払い渡した。なお、同局長及び同供託官は国家公務員である。

原告は、平成五年一月一四日、横浜地方法務局横須賀支局における閲覧により右供託金の払渡しの事実を知った。

7  原告は、大進建設に対し、前記5記載の各仮差押命令申請事件の本案訴訟を提起した(横浜地方裁判所横須賀支部平成元年(ワ)第二三九二号損害賠償請求事件)。同裁判所同支部は、平成五年三月二二日、大進建設が原告に対し、五億〇五五一万七七七三円及びこれに対する損害金を支払えとの判決を言い渡した。これに対し、大進建設は、東京高等裁判所に対し控訴を提起したが(東京高等裁判所平成五年(ネ)第一三二四号損害賠償請求控訴事件)、同裁判所は、同六年四月二六日、同控訴を棄却する旨の判決を言い渡し、同年五月一一日、同判決は確定した(以下、これらの本案訴訟に関する一連の判決を「本案判決」という)。

8  東京国税局長は、昭和六二年七月八日、本件滞納国税につき、大進建設に対する滞納処分による財産の換価の猶予をするに当たり、株式会社中国ゴルフ倶楽部が所有する別紙第五物件目録記載の土地(以下「本件第五の土地」という)を含む土地一二三筆及び建物一棟に抵当権の設定を受けたが、これらの不動産については、同抵当権に優先する五名の債権者の根抵当権が設定されており、その極度額は合計二八億七〇〇〇万円であった。

9  原告は、右事実関係に基づき、次項の各争点につき「原告の主張」記載のとおり主張し、本案訴訟において確定の勝訴判決を得たのに、東京国税局長の違法な本件差押え及び横浜地方法務局横須賀支局供託官の違法な本件供託金の払渡認可の各不法行為により供託金の還付を受けることができなくなり、本件供託金合計四億九一六一万三三二二円の損害を被ったとして、被告に対して、国家賠償法一条第一項に基づき、四億九一六一万三三二二円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成七年一〇月二五日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による損害金の支払いを求めている。

(以上の事実は当事者間に争いのない事実及び弁論の全趣旨により認めることができる。)

二  争点及び争点に関する当事者の主張

争点1 東京国税局長のなした本件差押えは原告勝訴の本案判決の確定により効力を失うか。

(一)  原告の主張

(1) 仮差押解放金の法的性質について

仮差押解放金が供託された場合、その供託金は仮差押執行目的物に代わるものとして、仮差押えの効力は同供託金の上に存続し、仮差押債権者は、供託所に対する同供託金の還付請求権を取得し、仮差押債務者は同供託金につき取戻請求権を有するに過ぎないこととなる。そしてこの場合、仮差押債務者の有する同供託金取戻請求権は、供託原因の消滅を停止条件とする条件付権利であるが、仮差押債権者が本案勝訴の確定判決を得たときは、債務者は、もはや供託原因の消滅を証明することができず、債務者の供託金取戻請求権は不発生に確定する。この解釈は、仮処分解放金についての解釈と同じである。

本件において、東京国税局長は、大進建設の有する供託金取戻請求権に対して滞納処分による差押えをなしたものであるが、原告が、大進建設に対する本案事件において、勝訴の判決を得、この確定により同供託金取戻請求権は発生しないことに確定した。よって東京国税局長による本件差押えは、効力を失うこととなった。

ところが、横浜地方法務局横須賀支局供託官は東京国税局長の取立てに応じ、被告に対して供託金の払渡しをしたのであり、これは仮差押解放金の取扱いに関する法的解釈を誤ったものである。

(2) 差押競合による不利益等について

そもそも、仮差押債権者が不動産仮差押を行ったのに、仮差押債務者が仮差押解放金を供託したという偶然の事由によって債権仮差押に変わり、仮差押債務者にとって不利益な差押競合等が生ずることは不当である。また、不動産の価値が仮差押債権者の請求債権額を大きく上回る場合、不動産に対する差押えの競合と債権(解放金額=仮差押請求債権額)に対する差押えの競合とでは、その配当額が大きく異なることになり、債権差押えでは不利益を被ることになる。

(3) 仮差押命令の担保について

不動産仮差押決定の際の保証金額につき、請求金額ではなく不動産の価格を基準として算定された場合において、解放金が供託されたことによって解放金の限度の債権仮差押えとなるのに、保証金額は何ら変動がないことは不合理である。

一方、仮差押債務者は供託金取戻請求権を有しているが、本案訴訟で敗訴判決が確定すると、供託原因の消滅を証明することができず、取戻請求ができないことになり、右取戻請求権は停止条件付権利であって、これを差し押さえた者が不利益な立場となるが、特段公平の原則に反するとはいえない。

(二)  被告の主張

仮差押債権者は、仮差押えの目的物又はこれに代わる仮差押解放金につき、他の債権者に対して優先弁済権を取得するものではなく、債務者が国(供託官)に対して有する仮差押解放金取戻請求権の上に仮差押えの効力を主張しうるに過ぎない。したがって、仮差押解放金が供託された場合、当該供託金の上に及ぶ仮差押の効力は、供託者である仮差押債務者が国(供託官)に対して有する供託金取戻請求権の上にのみ生じ、仮差押債権者の仮差押解放供託金還付請求権というものが本来発生する余地はない。金銭債権の保全のためになされた仮差押えについての解放金の性質と、保全の目的を異にする仮処分についての解放金の性質を、原告主張のように、同様に解さなければならない理由はない。

また、仮差押えの対象財産が不動産であるか債権であるかを問わず、仮差押債権者は他の債権者に対してそもそもその目的財産に対する優先権を主張し得ないので、仮差押解放金の供託によってその目的財産が不動産から債権に代わったからといって差押競合の可能性に何ら変動を生ずるものではなく、それによって差押競合等の不利益を生ずるものではないのである。

したがって、東京国税局長のなした本件差押えが原告勝訴の確定判決により効力を失うものではない。

争点2 東京国税局長が本件第五の土地につき抵当権の実行をせず、本件供託金の取戻請求権を差し押さえたことは違法か。

(一)  原告の主張

(1) 東京国税局長は、大進建設に対する本件滞納国税につき、前記一8記載の抵当権の設定を受けたにも拘わらず、今日に至るもその実行をなさず、敢えて本件差押えを行っており違法である。

本件第五の土地は、本件滞納国税につき、大進建設に対する滞納処分による換価を猶予するために供されたものであるところ、その換価の猶予の終期は、昭和六二年一一月三〇日であり、この時点で同担保権の実行が可能であったにもかかわらず、被告はその五年後の平成四年一〇月二七日になって本件差押えを行った。

被告が、昭和六二年一一月三〇日当時、直ちに本件第五の土地に対する抵当権の実行をなしていれば、本件差押え当時には、同担保権の換価が完了しており、滞納国税の徴収ができたのである。しかるに被告は、これを怠り漫然とこれを放置し、たまたま本件供託金の存在を知り、これに本件差押えを行ったに過ぎないのである。

(2) 被告は、本件第五の土地の処分予定価格額を三四億円とし、その根拠として、一平方メートルあたり四〇〇〇円と見積もって算定しているが、同土地はゴルフ場として整備使用されている機能的な財産であり、実際には、一平方メートル当たり八〇〇〇円を下らない。したがって、本件第五の土地の価値は約六七億円と評価され、最低でも五〇億円は下らない。よって、本件滞納国税の全額の返済が十分可能であったのであり、本件第五の土地を処分しても本件滞納国税に不足するとしてした被告の本件差押えは国税通則法第五二条第四項の適用を誤ったものであり違法である。

仮に、被告が主張するとおり、右予定価格が三四億円に過ぎないものであったとすれば、被告は、換価に係る金額を極端に下回る担保物を徴したものであり、被告のなした換価の猶予は国税通則法第四六条第五項の規定に違反する。しかも、被告は、大進建設所有の北海道小樽市の物件及び横須賀市の物件(本件第四の土地の一部)の差押えを解除して、敢えて、株式会社中国ゴルフ倶楽部の所有する物件に抵当権を設定したのである。

(二)  被告の主張

(1) 国税通則法第五二条第一項は、換価の猶予のために担保を提供されている国税がその猶予期限までに完納されないときは、担保に提供された財産を滞納処分の例により処分してその国税を納付させると規定している。しかし、同項は、原則として担保物を優先的に処分することを定めたものにすぎず、担保物を優先的に処分することによって、私有財産の保護等の趣旨に適合しないとか、経済活動に支障を生ずるような特段の事情がある場合には例外が認められるものと解される。すなわち、担保として提供された不動産が、居住用又は営業用である場合、第三者の権利の目的に供されている場合、他に納税者が有する物件の中に明らかに換価が容易と見られる財産が存在する場合など、担保物を優先的に処分することが適当でないと解される特段の事情があると認められる場合にまで、担保物を優先的に処分しなければならないことを定めたものではないと解される。

本件第五の土地は、第三者である株式会社中国ゴルフ倶楽部が所有しているものであり、しかも現実に同社の営業の用に供されていた財産であり、抵当権の実行により営業の遂行に多大な支障を及ぼすことが明らかであることから、右特段の事情があった。他方、国税滞納処分は、国税の早期徴収を目的としているものであるところ、本件第五の土地には、同抵当権に優先する五名の担保権が設定されていたほか、換価の容易性という観点からすれば、本件供託金に差押えをした方が即時に取り立てることが可能であることから、右目的に適うことが明らかであったのである。したがって、被告は本件第五の土地を優先的に差し押さえることなく、本件差押えを執行したことは、東京国税局長や徴収職員の裁量の範囲内にあるものであって何ら違法ではない。

(2) 国税通則法第五二条第四項は、滞納処分に財産の換価の猶予をするに当たって徴した担保物件の実行によってなお不足があると認められるときは、税務署長等は、滞納者の他の財産に滞納処分を執行することとされている。本件においては、被告は、大進建設に対し、本件滞納国税を担保するための担保物として、本件第五の土地を含む土地一二三筆及び建物一棟を徴していたところ、こららの不動産全てについて、被告の抵当権に優先する五名の債権者の根抵当権が設定されており、その極度額の合計は二八億七〇〇〇万円であった。一方、本件滞納国税の総額は本件差押えを行った平成四年一〇月二七日現在一六億三六一五万六五六〇円に達し、右担保物の処分予定額は、本件差押えを行った平成四年一〇月時点で一平方メートルあたり四〇〇〇円であったので、合計約三四億円であったことから、本件第五の土地を含む右不動産から抵当権の実行によって本件滞納国税全額を徴収することは困難であり、なお滞納国税に不足すると認められた。したがって、本件差押えは適法であった。

また、現在差押え中の不動産の価額を合算しても、国税通則法第五二条第四項に反する事実はなく、本件差押えが適法であることには変わりがない。すなわち、昭和六一年七月七日に差し押さえ、現在も差し押さえ中の不動産は、本件第五の土地と同一の地域に存在し、本件第五の土地と一体として使用されているものと、同一地域にあるもののゴルフ場として使用されていないものがあり、ゴルフ場として使用されているものの本件差押え時における評価額は、一平方メートル当たり四〇〇〇円であり、これに右不動産の面積四五三五平方メートルを乗じ、公売の特殊性を勘案して二割を減額すると、一四五一万二〇〇〇円であった。又、山林については、右ゴルフ場としての使用部分との対比において、一平方メートル当たり二〇〇〇円と評価し、右不動産の面積九九二一平方メートルを乗じ、同様にして計算すると一五八七万三六〇〇円であった。したがって、右差押不動産の評価額の合計は、三〇三八万五六〇〇円であった。そして、本件第五の土地の前記評価額約三四億円から優先担保権の合計額二八億七〇〇万円を減じた五億三〇〇〇万円と右不動産の処分予定価額の合計額三〇三八万五六〇〇円とを合計しても、本件差押え当時の本件滞納国税額一六億三六一五万六五六〇円を徴収するのに不足する状態であったのである。

(3) 東京国税局長が、右換価の猶予をするに際し、本件滞納国税を徴収するに足る十分な担保を徴していたことはいうまでもないが、仮に十分な担保を徴していなかったとしても、本件差押えは、国税通則法第五二条第四項及び国税徴収法第六二条の規定に基づいて行われたものであるから、右事実が直ちに本件仮差押えの違法事由となるものではない。

また、本件滞納国税を徴収するに足る十分な担保を徴する義務は、滞納者及び国庫に対して東京国税局長が負っている義務なのであって、原告のような第三者に対して負う義務ではなく、不十分な担保を徴することによって、直接、原告には何の不利益も生じないのであるから、原告の主張はこの点でも理由がない。

争点3 東京国税局長が本件第四の土地につき滞納処分をしなかったことは違法か。

(一)  原告の主張

東京国税局長は、仮差押執行が取り消された本件第四の土地に対し何ら滞納処分による差押手続きも執らないまま、敢えて本件供託金の取戻請求権を差し押さえたことは違法である。

本件第四の土地は、原告が仮差押えをした平成元年から、同土地が大進建設から第三者に売却された平成三年六月三日までの間は大進建設の所有であったのであるから、被告は滞納処分による差押えが可能であった。

(二)  被告の主張

本件第四の土地は、本件差押えを行った平成四年一〇月二七日より前である同三年六月三日、大進建設から第三者に、売買により、所有権移転されたものであり、被告はこれを差し押さえることができなかった。またそもそも、滞納者に属する一般財産の内、いかなる財産から差押えをするかについては徴収職員の裁量に属する問題であるから、被告が本件第四の土地に対して差押えを行わなかったことが違法であるとはいえない。一般にも、債権者が債権を回収する場合に、対象財産及び執行着手の時期の選択について自由とされている。

争点4 本件差押えに係る滞納国税の徴収権が時効により消滅していたか。

(一)  原告の主張

本件滞納国税は、本件差押え前に、各納期限よりそれぞれ五年を経過した平成三年六月一日及び同四年三月三日をもってそれぞれ時効により消滅した。よって本件差押えは、時効により消滅した債権に対してなされたもので無効であるから、かかる無効な差押えに基づく取立ては違法である。

被告は、本件滞納国税について、昭和六一年七月七日になした差押えを、昭和六二年七月一六日に解除している。この解除は権利者の請求により差押えが取り消されたものと軌を一にするので、国税通則法第七二条第三項及び民法第一五四条により、時効の中断は生じない。よって、時効停止期間の五ヶ月を考慮しても、法人税更正分については平成元年一一月三〇日の経過をもって、また法人税確定申告分については同三年六月三〇日の経過をもってそれぞれ時効により消滅したものである。

(二)  被告の主張

本件滞納国税については、いずれもその法定納期限の翌日から五年以内である昭和六一年七月七日、東京国税局長が、大進建設所有の北海道小樽市ほか所在の土地等について差押えを行ったことにより、徴収権の消滅時効は中断している。同土地等の差押えは、昭和六二年七月一六日に解除されたが、東京国税局長は、本件滞納国税について同差押えによる時効中断効が存続していた同月一日を始期として同年一一月三〇日を終期とする換価の猶予を行っているから、その間徴収権の消滅時効は停止した。そして、右停止期間の翌日である同年一二月一日から新たに進行する徴収権の消滅時効が完成する以前の平成四年一〇月二七日、本件差押えが行われた。以下、本件滞納国税は二つあるので、それぞれについて時効中断事由を検討する。

(1) 法人税更正分

時効の起算点は、法定納期限の翌日である昭和五九年七月一日であったが、更正した同六一年四月三〇日から納期限の同年五月三一日まで中断し、翌六月一日から新たに時効が進行した。その後、督促があったため同月三〇日まで時効は中断し、翌七月一日から新たに時効が進行した。その後昭和六一年七月七日、前記不動産の差押えが行われ、現在に至るまで時効は中断している。

右差押えのうち、その一部については、昭和六二年七月一六日に、差押えの解除がなされたが、広島県山県郡豊平町吉木字本櫛所在の山林六筆は、現在においても差押えが維持されている。

(2) 法人税確定分

時効の起算点は、法定納期限の翌日である昭和六一年七月一日であったが、同六二年三月二日確定申告が行われたので、時効は中断し、翌三月三日、新たに時効が進行し始めた。その後督促が行われたため同年五月一四日から新たに時効が進行し始めた。同年七月一日から同年一一月三〇日まで換価の猶予が行われたので、時効は停止し、翌一二月一日から新たに時効が進行し始めた。その後、平成二年三月一日に、不動産参加差押えが行われ、現在に至るまで時効が中断している。前記(1)記載の不動産六筆のうちの一筆につき、参加差押えが維持されている。

このように、本件滞納国税については、消滅時効の中断又は停止の事由となる処分等が行われており、徴収権が時効により消滅していないので、本件差押えは有効である。

なお、原告は、本件滞納国税について、被告が昭和六一年七月七日に行った差押えは、同年七月一六日に解除されており、時効の中断効が遡って生じないと主張するが、差押えの解除は、撤回の性質を有し、既に生じている差押えの効力を将来に向かって失わせる処分であり、差押えによって生じた効果には影響を及ぼさないので、原告の右主張は失当である。

争点5 本件差押えが権利の濫用といえるか。

(一)  原告の主張

本件差押えは、大進建設が原告との本案訴訟において勝訴することが殆ど不可能となった段階に至って、前記供託金が原告に遷付されることを嫌って、東京国税局長に同供託金の差押えを要請し、同局長もこの事情を十分承知の上で、相謀って本件仮差押えをしたものである。

また、大進建設は、昭和六二年前後、横須賀市において宅地開発造成事業を行っており、多数の不動産を所有していたのであり、被告はこの事実を知っており、現に、本件第四の土地の一部について参加差押えをしているのに、更に必要であったはずの積極的な手続きは取っていない。被告は、大進建設と相謀って或いは大進建設の巧みな口車に乗せられて、滞納処分による差押えをなす機会を失ったに過ぎないのである。

国税債権は、一般私債権に優先する権利を認められているがこれはあくまでも一般的平等な立場において認められるものであり、本件の如く私人間の一方の便宜のためにその権利を行使することは権利の濫用であって許されない。

(二)  被告の主張

差押えは債務者の意思に拘わらず行なわれる強制処分であり、本件差押えに当たって、大進建設と東京国税局長が相謀ってした事実など存在せず、本件差押えは権利濫用とはならない。

争点6 横浜地方法務局横須賀支局供託官のなした被告に対する本件供託金の払渡認可は違法か。

(一)  原告の主張

横浜地方法務局横須賀支局供託官は、東京国税局長の取立てに応じて、本件供託金の払渡しをしたのであるが、これは明らかに、仮差押解放金の取扱いに関する法的解釈を誤ったもので違法あり、不法行為責任を免れない。

(二)  被告の主張

原告の右主張は争う。

第三  当裁判所の判断

一  争点1(東京国税局長のなした本件差押えは原告勝訴の本案判決の確定により効力を失うか)について

仮差押解放金は、仮差押えの執行を停止し又は既にした仮差押えの執行の取消しを得るために債務者が供託すべき金銭であり、仮差押えの目的物に代わるべき性質を有するものであって、仮差押債権者の仮差押執行の効力は、当然に仮差押債務者の有する仮差押解放金取戻請求権の上に移行することになり、その結果、仮差押債務者は同取戻請求権の行使、処分を仮に禁止されることになる。しかし、仮差押債権者は、これ以上に、仮差押解放金に対して直接の権利または優先弁済権を取得するものではない。したがって、仮差押債権者は、本案について執行力ある債務名義を取得したときは、そのことを証明して直ちに供託所から仮差押解放金の払渡しを受け得ることはできず、仮差押債務者の有する右仮差押解放金取戻請求権に対し、債権に対する強制執行の手続きを履践することを要するのであり、他方、仮差押債務者に対する他の債権者は、仮差押債権者が右本執行によって満足を得るまでは、差押え又は仮差押えをして執行に加入することを妨げられない。原告主張のように、仮差押債権者が本案訴訟で勝訴判決を得、それが確定したからといって、右仮差押解放金取戻請求権が発生しないことに確定するものではない。争点1に関する原告その他の主張も採用できない。

したがって、東京国税局長は、本件滞納国税に関する債権を被保全債権として、大進建設が供託所に対して有する仮差押解放金取戻請求権を差し押さえることができるのであって、原告が、大進建設に対する本案訴訟で勝訴判決を得、それが確定したからといって、本件差押えが効力を失うわけではない。

二  争点2(東京国税局長が本件第五の土地につき抵当権の実行をせず、本件供託金の取戻請求権を差し押さえたことは違法か)について

1  原告は、被告が本件第五の土地について、換価の猶予の期間経過後において直ちに抵当権を実行しなかったことは違法であると主張する。

国税通則法第五二条第一項は、税務署長等(国税通則法第四六条第一項に規定する税務署長等をいう。以下同じ。)は、国税が滞納処分に関する猶予に係る期限までに完納されないときは、担保として提供された財産を滞納処分の例により処分して国税に充てる旨定めるが、その具体的な処分の時期等については、担保として供された財産の使用状況及び価値、換価の容易性、滞納者の滞納の経緯、状況及び納付に対する誠実さ、その当時の経済情勢等諸々の事情を総合的に勘案した税務署長等の合理的な裁量に委ねられているものと解される。

ところで、証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件第五の土地は、第三者が所有し、かつゴルフ場として現実に営業の用に供していたところ(乙第二号証)、被告が、昭和六二年七月八日、本件滞納国税につき、国税徴収法第五一条に基づく大進建設に対する滞納処分による財産の換価の猶予をするに当たり徴した担保物件であり、その換価の猶予の期間の終了時が昭和六二年一一月三〇日であったこと、東京国税局長は、その後、本件滞納国税のうち法人税更生分について、右換価の猶予の期間終了後、更に国税通則法第一〇五条第四項に基づき、国税不服審判所長の徴収の猶予の求めに応じ、昭和六三年三月二八日、更に徴収の猶予を行ったこと(乙第九号証)、大進建設は、右猶予期間経過後も、本件滞納国税につき分割納付を継続したこと(乙第一〇及び第一一号証)が認められる。

そうすると、東京国税局長が、換価の猶予期間の終期である昭和六二年一一月三〇日の後に直ちに、本件第五の土地に設定を受けた抵当権を実行しなかったことが、同局長の合理的な裁量の範囲を明らかに超えたものであるとは認められないから、被告の右不作為が違法であるとはいえない。

2  次に原告は、本件第五の土地を処分しても本件滞納国税に不足するとしてした被告の本件差押えは国税通則法第五二条第四項の適用を誤ったものであり違法であると主張する。

不動産の価額は、売手側と買手側の事情、経済情勢等により大きく変動するものであり、これを評価する者がどの要素をどう評価するかによって評価額が異なってくる。ところで、税務署長等が国税通則法第五二条第四項の規定により他の財産に滞納処分の執行をするかどうかの判断をするに当たっての担保物件の評価額は、それが国税の取立てのための新たな差押えに着手するための基礎となるものにとどまるものであり、かつ、不動産の評価が前記のような特質を持つことを考えると、税務署長等が合理的と認める根拠に基づくものであり、かつ、その認定が客観的にみて明らかに合理性を欠くとはいえないものであれば足り、資格を有する第三者による評価その他の厳格な手続きに基づくことを要しないものというべきである。これを本件についてみると、乙第二号証によれば、被告が抵当権の設定を受けた本件第五の土地を含む土地一二三筆及び建物一棟について、東京国税局長が認定した評価額は、本件差押えが行われた平成四年一〇月当時、合計三四億一九〇四万九〇〇〇円であり、右認定は東京国税局長が合理的と認める根拠に基づくものであり、かつ、その認定が客観的にみて明らかに合理性を欠くものとはいえないものであるものと認められる。そして、右不動産全てについて、被告の右抵当権に優先する債権者らの根抵当権が設定されており、その極度額は合計二八億七〇〇〇万円であったのであり、他方、本件差押えが行われた平成四年一〇月二七日当時の本件滞納国税額は、合計一六億三六一五万六五六〇円であった(乙第五号証)のであるから、本件供託金四億九一六一万三三二二円を差し押さえた被告の滞納処分が違法であるとはいえない。

三  争点3(東京国税局長が本件第四の土地につき滞納処分をしなかったことは違法か)について

滞納国税につき、滞納者のいかなる財産から差し押さえるかについては法は何も規定しておらず、徴収職員の裁量に属する問題である以上、本件において、被告が、本件第四の土地につき滞納処分を行わなかったことが違法とはならないものというべきである。

四  争点4(本件差押えに係る滞納国税の徴収権が時効により消滅していたか)について

本件滞納国税は、被告主張のとおりの経過により時効が中断していると認められる(乙第三、第五、第一二号証、第一三号証の一ないし六、第一四号証)ので、本件滞納国税の徴収権は、時効により消滅していない。

五  争点5(本件差押えが権利の濫用と言えるか)について

原告は、本案訴訟の第一審において、大進建設の敗訴が濃厚になった段階に至り、大進建設と東京国税局長が相謀って本件差押えを行なったものであると主張する。しかし、これを認めるに足りる証拠はなく、また、東京国税局長が前記二ないし四記載のとおり、適法な権利行使として行った本件差押えが、原告主張のような経緯により直ちに権利の濫用となるものではない。

六  争点6(横浜地方法務局横須賀支局供託官のなした被告に対する本件供託金の払渡認可は違法か)について

以上により、東京国税局長のなした本件差押えが適法かつ有効である以上、その取立てに対して横浜地方法務局横須賀支局供託官のなした本件供託金の払渡認可は適法である。

第四  結論

よって、原告の請求は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官園尾隆司 裁判官永井秀明 裁判官井上正範)

別紙物件目録<省略>

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