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東京地方裁判所 平成7年(ワ)16513号 判決 1996年5月13日

主文

(第一事件について)

原告らの請求を棄却する。

(第二事件について)

原告が、別紙物件目録一及び三記載の不動産の所有権並びに同目録二記載の不動産の持分二分の一の持分権を有することを確認する。

(訴訟費用の負担について)

訴訟費用は、第一事件、第二事件を通じて、第一事件原告・第二事件被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  (第一事件)

1  請求の趣旨

(一) 被告は、原告らに対し、別紙物件目録一及び三記載の不動産につきそれぞれ平成六年四月六日遺留分減殺を原因とする持分六分の一の所有権移転登記並びに同目録第二記載の不動産につきそれぞれ同日遺留分減殺を原因とする持分一二分の一の持分移転登記の各登記手続をせよ。

(二) 訴訟費用は被告らの負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 主文同旨

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

二  (第二事件)

1  請求の趣旨

(一) 主文同旨

(二) 訴訟費用は被告らの負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  (第一事件)

1  請求原因

(一) 訴外宮本延子(以下「延子」という。)と訴外古謝盛義(以下「盛義」という。)は、昭和一〇年四月六日婚姻し、両者の間に、昭和一一年一月三〇日原告川邉慶子が、昭和一三年一〇月九日原告柴田靖子が出生した。

(二) 延子は、昭和六三年七月二〇日、別紙物件目録一ないし三記載の不動産(以下まとめて「本件不動産」といい、個別に表示するときは「本件一の不動産」のように別紙物件目録の番号を付す。)を含む延子の財産を被告に遺贈する旨の公正証書遺言を作成した。

(三) 平成五年三月一一日、延子と被告は、被告を延子の養子とする縁組届出をした。

(四) 延子は、平成五年一一月一〇日、死亡した。

(五) 延子は、平成五年一一月一〇日当時、本件一の不動産及び本件三の不動産を所有し、本件二の不動産の持分二分の一の持分権を有していた。

(六) 本件一の不動産及び本件三の不動産については、被告のため、東京法務局大森出張所平成五年一一月三〇日受付第四九参九四号所有権移転登記が、本件二の不動産の延子の持分二分の一については、被告のため、同出張所同日受付第四九参九五号宮本延子持分全部移転登記がそれぞれなされている。

(七)(1) 原告ら代理人小川征也(以下「原告ら代理人」という。)は、平成六年四月六日、原告ら代理人事務所において、被告に対し、原告らを代理して、被告と延子の養子縁組が無効である場合は延子の遺産の各四分の一、これが有効である場合は同じ遺産の各六分の一の遺留分減殺請求をする旨の意思表示をした。

(2) 仮に右の主張が認められないとしても、原告ら代理人は、被告に対し、遅くとも平成六年一〇月二九日までに本件遺留分減殺請求権を行使する旨の意思表示をした。

すなわち、原告ら代理人は、被告に対し、同年一〇月二八日、遺留分減殺請求の意思を表示した内容証明郵便を郵送した。郵便局員は、右内容証明郵便を被告方に同月二九日持参したものの、被告が不在のため、不在通知を同被告方に投入し、被告に受取を促した。その後、被告が内容証明郵便を受領しないままその留置期間を経過したため、同年一一月七日、右内容証明郵便は、原告ら代理人に返送された。しかし、被告は、当該書面が原告ら代理人から発送されたものであること及び右内容証明郵便の内容が本件遺産の分割等に関するものであることを知っていた。このような場合、原告らの遺留分減殺請求の意思表示は遅くとも同年一〇月二九日までに被告に到達したものというべきである。

(3) 仮に右の主張が認められないとしても、原告ら代理人は、被告に対し、平成七年三月一四日、原告らの遺留分を認めるかを照会する内容の書面を郵送し、遅くとも同月一六日までに、被告は、右書面を受け取った。

そして右の書面には、内容上当然に、原告らの遺留分減殺請求権を行使する旨の意思表示がされている。

(八) よって、原告らは、被告に対し、前記遺留分減殺請求権の行使により取得した本件不動産の持分権に基づき、被告から原告らに対し、本件不動産について、持分各六分の一の所有権一部移転登記手続及び持分各一二分の一の持分一部移転登記手続を求める。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)については、原告らが延子と盛義の間に出生したことは否認する。昭和九年四月三日、盛義は訴外蜂嶺芳子と婚姻し、その後盛義と芳子の間に原告らが出生したものであり、原告らは盛義と芳子の子である。

(二) 請求原因(二)ないし(六)は認める。

(三) 請求原因(七)(1)のうち、被告が原告ら代理人事務所に行ったことは認めるが、原告ら代理人が遺留分減殺請求したとの主張については否認する。

(四) 請求原因(七)(2)については、原告ら代理人が被告に内容証明郵便を送付した事実及び被告が不在のため右内容証明郵便を受領できなかった事実及び被告が不在通知を受け取った事実は認め、右内容証明郵便が原告ら代理人に返送された事実は不知、その余は争う。当時被告は、早朝に家を出て深夜に帰宅するというような仕事に忙殺された生活を送っており、故意に内容証明郵便を受取に行かなかったものではない。

(五) 請求原因(七)(3)前段の事実は認め、後段は争う。

3  抗弁

(時効消滅―――請求原因(七)(3)の主張に対して)

(一)(1) 原告らは、延子の生前より、訴外浅野百合子から、被告が延子の養子となり、延子が延子のすべての財産を被告に遺贈したことを聞いていた。

(2) 原告らは、被告から、平成五年一一月一〇日、同日延子が死亡したことの通知を受けた。

(3) 原告らが、延子が死亡した事実を知った平成五年一一月一〇日の翌日である同月一一日から起算して一年が経過した。

(4) 被告は、平成七年一一月一三日の本件口頭弁論期日において、右時効を援用する旨の意思表示をした。

(二)(1) 仮に、抗弁(一)(1)の事実が認められないとしても、平成六年二月九日、延子の遺言執行者である杉田泰壽が、原告らに対し、延子が被告に対して本件不動産を含む延子の遺産を遺贈する旨の内容の公正証書遺言の写しを渡し、延子が被告に対し本件不動産を含むすべての遺産を遺贈したことを説明した。

(2) 右同日の翌日である平成六年二月一〇日から起算して一年が経過した。

(3) 被告は、平成八年四月一五日の本件口頭弁論期日において、右時効を援用する旨の意思表示をした。

4  抗弁に対する認否

(一) 抗弁(一)(1)の事実は否認し、同(2)ないし(4)の事実は認める。

(二) 抗弁(二)(1)の事実のうち、杉田が原告らに対し、延子の遺産についての詳しい説明があったという事実は否認する。抗弁(二)(2)及び(3)の事実は認める。

(三) 原告らが延子の遺産の内容をすべて知ったのは平成六年六月一日であり、原告は同日減殺すべき遺贈があったことを知ったと考えるべきである。

4  再抗弁

(一) 次のような事情を総合すると、被告の時効の援用は、信義則に反し、権利の濫用である。

原告ら代理人は、継続的に書面または電話で、延子の遺産分割協議の働きかけをし、被告は、原告ら代理人に対し延子の財産目録や預金通帳等の資料を提出するなど、原告ら代理人の遺産分割協議への働きかけにも協力的な態度をとっていた。

(二) 原告ら代理人は請求原因(七)(2)に述べたように内容証明郵便を発送していたし、期間の経過はわずかである。

(三) 原告ら代理人は、平成七年四月二〇日被告に電話で協議を申し入れ、本訴提起まで協議で解決できると考えていた。

(四) 我国の消滅時効の期間は外国に比較して短い。

5  再抗弁に対する認否

すべて争う。

二  (第二事件)

1  請求原因

(一) 第一事件請求原因(二)ないし(五)のとおり。

(二) 被告らは、本件不動産の所有権又は持分権が原告に帰属することを争っている。

(三) よって、原告は、本件不動産について原告が所有権及び持分権を有することの確認を求める。

2  請求原因に対する認否

すべて認める。

3  抗弁(遺留分減殺請求)

第一事件請求原因(一)、(七)のとおり。

4 抗弁に対する認否

全部争う。

第三 証拠(省略)

理由

第一  (第一事件)

一  請求原因(一)について

成立に争いのない甲第一号証の一ないし三によれば、盛義と延子が昭和一〇年四月六日婚姻し、両者の間に、昭和一一年一月三〇日原告川邉慶子が、昭和一三年一〇月九日原告柴田靖子が出生した事実がそれぞれ認められる。

これに対し、被告は、原告らが盛義と訴外鉢嶺芳子の間に出生した子であると主張し、成立に争いのない甲第一号証の九ないし一二の各戸籍にはその旨の記載がされている。しかし、成立に争いのない甲第一号証の八、九、第一五号証によれば、盛義及び当時盛義の戸籍に入っていた原告らの戸籍は、昭和一九年一〇月一〇日戦火によって滅失したこと、甲第一号証の九の戸籍は、昭和二五年一月二〇日戸籍の再編の手続によらず、盛義の申告のみに基づいて作成された仮戸籍であること及び甲第一号証の一〇ないし一二の戸籍は甲第一号証の九の戸籍の記載に基づいて作成された戸籍であることが認められる。これらの事実によれば、甲第一号証の九ないし一二の戸籍は通常の戸籍と同様の証明力は認め難く、他方、延子に関する右甲第一号証の一ないし三の戸籍には、このような問題が認められない。したがって、甲第一号証の九ないし一二によっても原告らが延子の子であるという認定を覆すことはできない。

二  請求原因(二)ないし(六)の事実は当事者間に争いがない。

三1  請求原因(七)(1)の事実は、本件においてこれを認めるに足りる証拠はなく、原告らもこれを積極的に立証する意思を示していない。

2  請求原因(七)(2)の事実のうち、原告ら代理人が、被告に対し、平成六年一〇月二八日、遺留分減殺請求の意思を表示した内容証明郵便を郵送した事実、被告が右内容証明郵便を受領しなかった事実は当事者間に争いがない。

この内容証明郵便を受領しなかったことにつき、被告は、同年一一月七日、原告ら代理人に対し、多忙なために受け取ることができないでいる旨を述べ、これに加えて遺産分割するつもりはないとの趣旨を述べた書面を郵送しており、この事実は当事双方が認めるところである。そうすると原告主張のように、被告は、右内容証明郵便が原告ら代理人より差し出されたものであることを認識し、その内容が本件遺産の分割に関するものではないかと推認していたものと認められる。

しかしながら、右のような事情があるからといって、右内容証明郵便による原告らの遺留分減殺請求の意思表示が被告に到達したものとみることは困難である。なぜなら、遺留分減殺請求権は、形成権であると解され、意思表示により法律上当然に減殺の効力を生ずるものであって、特定物を目的とするときには行使によって物権的効果が発生するのであるから、それが行使されたかどうかは、相手方において明確に認識できることが必要であるというべきである。したがって、本件において、右のような事情だけで現実に到達していない意思表示を到達したものと同視するのは、法律関係を不安定にするもので、相当ではないからである。

そうすると、原告らの遺留分減殺の意思表示が被告に到達したとの請求原因(七)(2)の主張は、理由がない。

3  請求原因(七)(3)について判断するに、原告主張の書面により、遺留分減殺請求権が行使されたと認められるとしても、その行使は、被告主張のとおり、時効期間経過後にされたものというべきである。

すなわち、抗弁(二)(1)の事実のうち、公正証書遺言の写しが平成六年二月九日原告らに交付されたことは、当事者間に争いがなく、この事実と弁論の全趣旨とを総合すれば、遅くともこの時点では原告らは遺留分減殺請求すべき遺贈があったことを知ったものと認められる。そして、被告が時効を援用したことは、当事者間に争いがない。

原告らは、本件における消滅時効の援用が権利の濫用である旨主張するが、その主張事実からは権利の濫用と認めることができず、採用の限りでない。

そうすると、原告らの右主張も理由がない。

四  以上のとおりであるから、原告の請求は理由がない。

第二 (第二事件)

一 請求原因事実についてはすべて当事者間に争いがない。

二 第一事件についての前記説示のとおり、被告の遺留分減殺請求の抗弁は認めることができない。

三 したがって、原告の請求は理由がある。

(別紙)

物件目録

一 所在 大田区千鳥三丁目

地番 六五番弐

地目 宅地

地積 壱〇〇・弐六平方メートル

二 所在 大田区千鳥三丁目

地番 六五番四

地目 宅地

地積 壱壱・四参平方メートル

三 所在 大田区千鳥三丁目六五番地弐

家屋番号 六五番弐の弐

種類 居宅

構造 木造スレート葺弐階建

床面積 壱階 五五・四四平方メートル

弐階 四五・五六平方メートル

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