大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成6年(行ウ)5号 判決 1995年7月26日

原告

中村紀伊

外二二名

原告ら訴訟代理人弁護士

浅野晋

伊佐山芳郎

山本政明

三枝基行

原勝己

被告

東京都知事

青島幸男

右指定代理人

半田良樹

外二名

被告

日本たばこ産業株式会社

右代表者代表取締役

土方武

右訴訟代理人弁護士

横山茂晴

松尾眞

右訴訟復代理人弁護士

上野達夫

鳥養雅夫

被告

東京コカ・コーラボトリング株式会社

右代表者代表取締役

高梨圭二

右訴訟代理人弁護士

渡辺修

吉沢貞男

山西克彦

冨田武夫

伊藤昌毅

峰隆之

被告

サントリーフーズ株式会社

右代表者代表取締役

西重進

右訴訟代理人弁護士

中島茂

伊藤圭一

柄澤昌樹

廣瀬勝一

主文

一  原告らの被告東京都知事に対する訴えを却下する。

二  原告らの被告日本たばこ産業株式会社に対する訴えのうち別紙目録記載2の自動販売機に関する金銭の支払請求に係る訴え及び原告らの被告サントリーフーズ株式会社に対する訴えのうち別紙目録記載6の自動販売機に関する金銭の支払請求に係る訴えをいずれも却下する。

三  東京都に対し、被告日本たばこ産業株式会社は金二万二三三〇円を、被告東京コカ・コーラボトリング株式会社は金五万〇一六〇円を、被告サントリーフーズ株式会社は金二万五八五〇円を、それぞれ支払え。

四  原告らのその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用中、被告東京都知事に生じたものは原告らの負担とし、被告日本たばこ産業株式会社に生じたもののうち二分の一及び原告らに生じたものの八分の一は同被告の負担とし、被告東京コカ・コーラボトリング株式会社に生じたもの及び原告らに生じたものの四分の一は同被告の負担とし、被告サントリーフーズ株式会社に生じたもののうち二分の一及び原告らに生じたものの八分の一は同被告の負担とし、その余のものは原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告東京都知事(以下「被告知事」という。)が、都道上に設置された自動販売機について、主位的に不当利得に基づく債権の徴収を怠っていることが、予備的に不法行為に基づく債権の徴収を怠っていることが、違法であることを確認する。

2  被告日本たばこ産業株式会社(以下「被告日本たばこ」という。)は、東京都に対し、平成五年四月一日から別紙目録記載1及び2の自動販売機が都道上から撤去されるまでの間、一か月当たり六七三三円(ただし、一か月未満の日数は一か月として計算する。)の割合による金員を支払え。

3  被告東京コカ・コーラボトリング株式会社(以下「被告コカ・コーラ」という。)は、平成五年四月一日から別紙目録記載3及び4の自動販売機が都道上から撤去されるまでの間、一か月当たり六七三三円(ただし、一か月未満の日数は一か月として計算する。)の割合による金員を支払え。

4  被告サントリーフーズ株式会社(以下「被告サントリーフーズ」という。)は、平成五年三月二三日から別紙目録記載5及び6の自動販売機が都道上から撤去されるまでの間、一か月当たり六七三三円(ただし、一か月未満の日数は一か月として計算する。)の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は被告らの負担とする。

6  右2ないし4項につき仮執行宣言

二  被告らの答弁

1  被告知事

(一) 主文一項と同旨

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

2  被告知事を除く被告ら(以下「被告三社」という。)

(一) 本案前の答弁

(1) 原告らの被告三社に対する訴えをいずれも却下する。

(2) 訴訟費用は原告らの負担とする。

(二) 請求の趣旨に対する答弁

(1) 原告らの被告三社に対する請求をいずれも棄却する。

(2) 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは、いずれも東京都の住民である。

2  被告知事の財産管理を怠る事実

(一) 被告知事は、東京都の執行機関であり、東京都の財産の管理を行う権限を有するものである。

(二) 都道上には多数の自動販売機が道路法三二条一項所定の許可(以下「道路占用許可」という。)を受けずに設置されており、それらの自動販売機で販売される商品(以下「中身商品」という。)のメーカーが平成五年四月初めまでに東京都に申告した右都道上にはみ出した自動販売機(以下「はみ出し自動販売機」ともいう。)の数は五八〇二台にのぼる(なお、後日、相当多数の申告漏れがあることが判明しており、実際には右の数より多数の台数が存在している。)。

(三) (主位的請求)

したがって、東京都は、都道敷を不法に占拠している「はみ出し自動販売機」について、その所有者等に対し、東京都道路占用料等徴収条例(以下「本件条例」という。)に基づく占用料(以下「占用料」という。)相当額の不当利得返還請求権を有しているところ、被告知事は、右請求権の行使をせず、東京都の財産である債権の管理を違法に怠っている。

(四) (予備的請求)

仮に、右(三)の不当利得返還請求権の存在が認められないとしても、東京都は、右「はみ出し自動販売機」の所有者等に対し、右占用料相当額の不法行為に基づく損害賠償請求権を有しているところ、被告知事は、右請求権の行使をせず、東京都の財産である債権の管理を違法に怠っている。

3  被告日本たばこの自動販売機の設置状況

(一) 被告日本たばこは、たばこの製造販売を業とする会社であり、別紙目録記載1及び2の自動販売機(以下、同目録記載の自動販売機を、その番号により「自動販売機1」などという。)は、訴外株式会社ジェイティソフトサービスが所有し、被告日本たばこが同会社からリース契約により借り受けて、これをたばこ販売店に貸与していたものである。

(二) 右自動販売機は、その機体表面に被告日本たばこの商品の銘柄名が表示されているものであるが、遅くとも平成五年三月三一日までには、いずれも道路占用許可を受けることなく都道上にはみ出して設置されており、被告日本たばこは、同日までに、それらが都道上に設置されていることを知っていた。

4  被告コカ・コーラの自動販売機の設置状況

(一) 被告コカ・コーラは、清涼飲料水の販売等を業とする会社であり、自動販売機3及び4を所有し、これを中身商品の小売店に貸与していたものである。

(二) 右自動販売機は、その機体表面に被告コカ・コーラの商品の商標が表示されているものであるが、遅くとも平成五年三月三一日までには、いずれも道路占用許可を受けることなく都道上にはみ出して設置されており、被告コカ・コーラは、同日までに、それらが都道上に設置されていることを知っていた。

5  被告サントリーフーズの自動販売機の設置状況

(一) 被告サントリーフーズは、清涼飲料水の販売等を業とする会社であり、自動販売機5及び6を所有し、これを自動販売機による商品の販売を業とする者(以下「オペレーター業者」という。)に貸与していたものである。

(二) 右自動販売機は、その機体に「サントリー」との会社名が表示されているものであるが、遅くとも平成五年三月二二日までには、いずれも道路占用許可を受けることなく都道上にはみ出して設置されており、被告サントリーフーズは、同日までに、それらが都道上に設置されていることを知っていた。

6  東京都の被告三社に対する不当利得債権(主位的請求)

(一) 前記のとおり、被告日本たばこは自動販売機1及び2が設置された都道敷部分を、被告コカ・コーラは自動販売機3及び4が設置された都道敷部分を、被告サントリーフーズは自動販売機5及び6が設置された都道敷部分を、それぞれ占有することにより法律上の原因なくして利得し、東京都は、当該道路部分についての占用料相当額の損失を受けたものである。

(二) 不当利得の額

(1) 自動販売機1ないし6は、いずれも道路法三二条一項一号及び本件条例別表にいう「広告塔」に該当し、都道敷を占拠する部分の各機体の前面及び側面の表面積はいずれも一平方メートルを超えているほか、その設置場所は、いずれも本件条例別表の「特別区」の「一級地」に該当する。

(2) 本件条例別表によれば、「広告塔」の場合、その所在地が「特別区」の「一級地」に該当するときの占用料は、表示面積一平方メートルにつき一年当たり二万〇二〇〇円とされているから、自動販売機1ないし6が占拠する都道敷部分についての占用料相当額は、二台につき月額六七三三円(本件条例別表備考六項に基づき、一平方メートル当たり一台につき年額二万〇二〇〇円を月割計算した金額であり、占用日数に一月未満の端数があるときは一月として計算される。)となる。

(三) したがって、東京都は、不当利得の返還として、被告日本たばこ及び被告コカ・コーラに対しては平成五年四月一日以降、被告サントリーフーズに対しては同年三月二三日以降、一か月当たり各六七三三円の割合による金員の支払を求める不当利得債権を有する。

7  東京都の被告三社に対する不法行為債権(予備的請求)

(一) 被告日本たばこに対するもの

被告日本たばこは、道路占用許可を受けることなく都道上に自動販売機を設置してはならないことを知りながら、遅くとも平成五年三月三一日までに、自動販売機1及び2を都道上に設置して、都道敷を不法占拠し、東京都に対し、前記6(二)の(2)記載の占用料相当額の損害を与えたものである。

(二) 被告コカ・コーラに対するもの

被告コカ・コーラは、道路占用許可を受けることなく都道上に自動販売機を設置してはならないことを知りながら、遅くとも平成五年三月三一日までに、自動販売機3及び4を都道上に設置して、都道敷を不法占拠し、東京都に対し、前記6(二)の(2)記載の占用料相当額の損害を与えたものである。

(三) 被告サントリーフーズに対するもの

被告サントリーフーズは、道路占用許可を受けることなく都道上に自動販売機を設置してはならないことを知りながら、遅くとも平成五年三月二二日までには、オペレーター業者が自動販売機5及び6を都道上に設置することを容認していたものであり、右自動販売機を共同で設置したものとして、都道敷を不法占拠し、東京都に対し、前記6(二)の(2)記載の占用料相当額の損害を与えたものである。

(四) したがって、東京都は、不法行為による損害金として、被告日本たばこ及び被告コカ・コーラに対しては平成五年四月一日以降、被告サントリーフーズに対しては同年三月二三日以降、一か月当たり各六七三三円の割合による金員の支払を求める損害賠償債権を有する。

8  債権の行使を怠る事実

被告知事は、東京都が別紙目録記載の自動販売機に関し被告三社に対して有する右不当利得債権又は不法行為債権(以下「係争債権」という。)を行使せず、その管理を違法に怠っている。

9  住民監査請求の前置

原告らは、平成五年一〇月一八日、東京都監査委員に対し、都道上に無許可で設置された自動販売機について損害金の徴収をしていないことが地方自治法(以下「法」という。)二四二条一項の「財産の管理を怠る事実」であるとして、その徴収措置の実施を求める住民監査請求をしたが、この請求は同年一二月一六日に棄却された。

10  結論

よって、原告らは、被告知事に対し、法二四二条の二第一項三号に基づき、主位的に、都道上に設置された自動販売機に関し東京都の有する不当利得債権につき、予備的に、都道上に設置された自動販売機に関し東京都の有する不法行為債権につき、被告知事がその債権の行使を怠る事実が違法であることの確認を求めるとともに、被告三社に対し、法二四二条の二第一項四号に基づき、主位的に、前記不当利得の返還として、予備的に、前記不法行為に基づく損害賠償として、平成五年四月一日以降(被告サントリーフーズについては同年三月二三日以降)一か月当たり六七三三円を東京都に支払うことを、それぞれ求める。

二  被告らの本案前の主張

1  被告知事

(一) 怠る事実の特定性の欠如

法二四二条の二第一項三号に基づく「怠る事実の違法確認」を求める住民訴訟(以下「三号請求訴訟」ともいう。)において、当該怠る事実が複数存在するときは、これを一体として違法かどうかを判断するのを相当とする場合を除き、審判の対象となる怠る事実を他の行為と区別し、特定して認識できるように個別的、具体的に摘示しなければならない。

被告知事に対する本件訴えは、多数の自動販売機による都道敷の不法占拠に基づく不当利得債権又は不法行為債権の不行使が違法であるとして、その怠る事実の違法確認を求めるものであるところ、被告知事が右金銭債権を行使するためには、その相手方、金額、不当利得ないし不法行為の態様が確定されていることが必要であることはいうまでもないから、それらを個別的・具体的に特定しないまま、都道上に存在するすべての自動販売機についての金銭債権というような包括的、観念的な債権を対象として、怠る事実の違法確認を求めることは許されないというべきである。

したがって、被告知事に対する訴えは、審判の対象が特定されておらず不適法といわなければならない。

(二) 訴えの利益の欠如

仮に、被告知事に対する本件訴えが、被告三社に対して請求している係争債権についての怠る事実の違法確認を含むととらえて、その限りで、怠る事実の特定に欠けるところがないとしても、原告らが既に被告三社を相手方として法二四二条の二第一項四号に基づく代位請求訴訟(以下「四号請求訴訟」ともいう。)を提起している本件においては、係争債権についての被告知事に対する右訴えは、訴えの利益がないというべきである。

けだし、係争債権の不行使が違法である旨の確認判決がされたとしても、原告らが東京都に代位して被告三社に対し係争債権の支払を求める訴訟を提起している以上、被告知事としては、同一の事実に基づいて被告三社にその請求をすることはできず、係争債権についての三号請求訴訟は、その意義を有しないことになるからである。

(三) 住民訴訟の適格性の欠如

自動販売機1ないし6が存在する都道敷は、都道千代田練馬田無線(通称・目白通り)、都道白山祝田田町線(通称・白山通り)及び都道大手町湯島線(通称・本郷通り)の各一部であり、いずれも東京都が道路法施行法五条一項に基づき国から無償貸与を受けた国有地であって、東京都は、その無償使用権を有するものにすぎない。

このような道路敷の無償使用権は、法二三八条一項四号所定の権利に該当しないし、その使用目的も道路敷という公共用途に限定され、東京都が収益をあげることを目的として使用したり、譲渡したりすることの許されない権利であって、その財産的価値はないに等しい。

したがって、それらの都道敷の一部が自動販売機によって占有されたとしても、もともとそのようなものを対象として占用料を徴収することは予定されていないうえ、その一台ごとの道路占有面積も僅かであることを考慮すると、そのことは東京都に対し何らの財産上の損害をもたらすものではなく、原告らの主張する不当利得債権あるいは不法行為債権の不徴収は、住民訴訟の対象となる財務会計上の行為に当たらないというべきである。

2  被告日本たばこ

(一) 住民監査請求の前置の欠如

原告らの住民監査請求は、個々の自動販売機や債権を特定することなく、都道上のすべての自動販売機に係る占用料相当の損害金の徴収を怠っていることの是正を求めるものであるから、自動販売機1及び2に関する係争債権という特定の債権については住民監査請求が前置されていないというべきであり、被告日本たばこに対する訴えは不適法である。

(二) 住民訴訟の適格性の欠如

自動販売機1及び2が存在する都道敷は、東京都が道路法施行法五条一項に基づき国から使用貸借によって借り受けた国有地であり、このような道路敷の無償使用権は、法二三八条一項四号にいう権利に当たらず、法二四二条一項、二四二条の二第一項にいう「財産」に含まれないのであるから、その変形物に過ぎない右自動販売機に関する係争債権も住民訴訟の対象となる財務会計性を欠くというべきである。

3  被告コカ・コーラ(住民訴訟の適格性の欠如)

自動販売機3及び4が存在する都道敷は、東京都が無償貸与を受けた国有地であるところ、このような都道敷の無償使用権は住民訴訟の対象となる財産ではないから、被告コカ・コーラに対する本件訴えは、財務会計上の怠る事実を対象とするものでなく、不適法である。

4  被告サントリーフーズ

(一) 住民監査請求の前置の欠如

住民監査請求は、監査の対象となる財務会計行為又は怠る事実を他から区別して特定認識できるように個別的、具体的に摘示して行わなければならないが、原告らが行った住民監査請求は、都道上に設置された自動販売機の設置場所、これが都道敷を占有する面積、その占有者、占有期間という事実を個別的に摘示しないまま、自動販売機による都道敷の不法占有によって東京都が被った占用料相当の損害金の徴収を怠っているとしてその是正を求めるものであり、監査の対象となる怠る事実を特定しない不適法なものであった。

したがって、被告サントリーフーズに対する本件訴えは、適法な住民監査請求を前置しない不適法なものである。

(二) 住民訴訟の適格性の欠如

自動販売機5及び6が存在する都道敷は、東京都が無償貸与を受けた国有地であるところ、このような都道敷の無償使用権は住民訴訟の対象となる財産ではないから、被告サントリーフーズに対する本件訴えは、財務会計上の怠る事実を対象とするものでなく、不適法である。

三  被告知事の本案前の主張(一)に対する原告らの反論

被告知事に対する本件訴えは、被告知事が東京都の債権の行使を怠ることが違法である旨の確認判決により、被告知事にその違法を認識させ、被告知事の手で違法状態の是正が図られることを期待して行われる三号請求訴訟であるから、その訴えにおいては、行使を怠ると主張された債権とそうでない債権とが区別できる程度に特定されておれば、訴訟上の請求の特定として十分である。

原告らがその行使を怠ることの違法確認を求める債権は、自動販売機による都道敷の不法占拠に基づく不当利得債権ないし不法行為債権であって、当該自動販売機が都道敷を占拠しているかどうかは客観的に明らかな事項であるし、これまでに道路占用許可を受けて適法に都道敷を占用している自動販売機はなく、また、右債権の支払がされた自動販売機というものも存在していないのであるから、本件訴えによって審判の対象とされた金銭債権の範囲は一義的に定まっているといえる。

しかも、被告知事としては、自動販売機による都道敷の不法占拠の事実を知った場合には、その所有者が誰で、いつ誰がこれを設置したのかなどの事実関係を調査したうえ、不法占拠に基づく損害金を請求すべき相手方、損害金の額、不法占拠期間などを自らの責任において把握すべき義務があるのであるから、原告らが都道敷の不法占拠に基づく金銭債権の債務者や債権額を個別的に特定しなくとも、右金銭債権の行使をしないことが違法であることさえ判決で確認されれば、被告知事は、その違法状態を十分に是正することができるといわなければならず、被告知事に対する訴えは訴訟上の請求としての特定に欠けるところはない。

四  請求原因に対する被告らの認否

1  被告知事

(一) 請求原因1の事実は認める。

(二) 同2(一)、(二)の事実は認めるが、(三)、(四)は争う。なお、自動販売機は、道路法三二条一項に基づく道路占用許可の対象物件に該当しない。

(三) 同9の事実は認める。ただし、監査請求の対象となったはみ出し自動販売機は、監査結果に記載されている一三台についてだけである。

2  被告日本たばこ

(一) 請求原因1、3(一)、(二)の事実は認める。

(二)(1) 同6(一)は否認する。被告日本たばこは、自動販売機1及び2をリース契約によって借り受け、これを小売店に転貸したものに過ぎず、中身商品も小売店に卸売りしており、その商品の所有者でないから、右自動販売機によって都道敷の占有を取得したことはないし、都道敷を使用することによる利益も得ていない。

(2) 同6(二)、(三)は否認する。ただし、自動販売機1及び2が都道敷を占拠する部分の各機体の前面及び側面の表面積が一平方メートルを超えていることは認める。

自動販売機は、機体表面に広告表示がなくともその機能に欠けるところはなく、機体表面の商品名の表示は自動販売機の本質と無関係であるから、道路法三二条一項一号及び本件条例別表にいう「広告塔」に該当しない。

また、自動販売機を設置することによって受ける利益はこれを使用して商品を販売している小売店に帰属し、道路占用許可を受けて占用料を支払う主体も各小売店しかないから、被告日本たばこは、自動販売機1及び2が都道敷を占拠しているという事実からは占用料の支払を免れる等の何らかの利得を得たものではない。

さらに、自動販売機1及び2は、道路占用許可や占用料徴収の対象となりうる物件ではないうえ、東京都は、右自動販売機が占有していた都道敷につき使用目的を道路に限定された無償使用権を有するに過ぎないから、右自動販売機が都道敷を占拠することによって道路管理上の支障が生じることはともかく、東京都が財産的損失を被ることはありえず、原告主張の不当利得債権が発生する余地はない。

(三) 同7(一)は否認する。被告日本たばこが自動販売機の設置を小売店に提案することはあっても、自動販売機を設置するかどうか、どの場所に設置するかを決めるのは小売店であって、被告日本たばこは、自動販売機1及び2の設置者とはいえない。

(四) 同8は争う。

被告日本たばこは、東京都の求めに応じて、平成五年三月二六日、東京都に対し、平成六年一二月末日までに是正する旨の計画書を提出したうえ、個々のたばこ小売店と個別に交渉し、民有地と都道敷との境界が不明である等の特殊事情があるものを除き、平成五年一二月末までに、自動販売機1及び2を含めて自動販売機の都道上へのはみ出し状態を是正しており、自動販売機1及び2については、東京都の有する道路敷の無償使用権の財産的価値を低下させるような状態が放置されていたわけではなく、財産の管理を「怠る事実」はないというべきである。

また、法二四〇条三項、法施行令一七一条の五第三号によれば、債権を履行させることが著しく困難又は不適当であると認めるときは、その取立てをしないことができる旨を規定しているところ、都道上に存在する自動販売機の一台一台について、都道敷を占有する範囲を特定し、占用料相当額を算定し、債務者を特定して、債権の支払を求めることは著しく困難又は不適当であったことから、東京都は、清涼飲料水の製造業者又は小売店等で構成する組合等の団体に対する行政指導により、都内全域について都道敷を占拠する自動販売機を都道上から撤去することを求めるという措置をとったのであって、係争債権の行使をしなかったからといって、そのことが違法に財産の管理を「怠る事実」に当たるということはできない。

(五) 同9のうち、自動販売機2について住民監査請求手続が履践されたことは否認し、その余の事実は知らない。

3  被告コカ・コーラ

(一) 請求原因1、4(一)、(二)の事実は認める。

(二) 同6(一)ないし(三)、7(二)は否認する。ただし、自動販売機3及び4が都道敷を占拠する部分の各機体の前面及び側面の表面積が一平方メートルを超えていることは認める。

自動販売機3及び4は道路法三二条一項一号及び本件条例別表にいう「広告塔」に該当しない。

また、自動販売機3及び4は、被告コカ・コーラから小売店に貸与され、小売店の指示に従って機械設置業者により都道上に設置されたものであって、被告コカ・コーラがこれを都道上に設置したものではなく、右自動販売機の直接の占有者は小売店であり、右小売店が自動販売機による販売の利益を得ているのであるから、それらが都道敷を不法占拠したことによる不当利得の返還や損害賠償の主体は第一次的には右小売店であるといわなければならない。

(三) 同8は争う。

東京都の執行機関が行う債権の管理には一定の裁量が認められており(法二四〇条三項、法施行令一七一条の五)、自動販売機による都道敷の不法占拠の事実があったとしても、それを是正するための必要な実態調査や行政指導という所要の手続を経たうえで初めて損害金の支払請求をすることができるのであって、そのような是正指導により不法占拠が解消されたものについてまで遡って損害金の支払を請求することは相当ではない。被告コカ・コーラは、東京都の求めに応じて、平成五年三月三一日、東京都に対し、都道敷を占拠していた自動販売機3及び4につき同年一一月末日までにその状態を是正する旨報告し、その後これを是正した。このように、行政指導に従って都道敷の不法占拠が解消されている本件においては、財産の管理を「怠る事実」は存在しないというべきである。

(四) 同9は認める。

4  被告サントリーフーズ

(一) 請求原因1、5(一)、(二)の事実は認める。

(二) 同6(一)ないし(三)、7(三)は否認する。ただし、自動販売機5及び6が都道敷を占拠する部分の各機体の前面及び側面の表面積が一平方メートルを超えていることは認める。

自動販売機5及び6の設置場所を選定・決定し、鍵を所持してこれを管理しているのはオペレーター業者であり、被告サントリーフーズは、その設置場所の決定も変更もできる立場にはなく、その設置者ではないのであって、右自動販売機の「事実的支配」も「占有の意思」もなかったから、右自動販売機によって都道敷を占有し、利得を得たことはない。自動販売機5及び6について道路占用許可を得たうえで占用料を支払う義務を負うものがあったとすれば、それはオペレーター業者以外にはないから、被告サントリーフーズが占用料相当の財産的利得を得ることもありえない。

また、東京都は、右自動販売機が占拠していた都道敷につき使用目的を道路に限定された無償使用権を有するにすぎず、この無償使用権は収益をあげることを予定した財産ではないから、右自動販売機が都道敷を占拠しても、これによって東京都に損失が生じたということはできない。そもそも、右自動販売機が道路占用許可の対象とされていない以上、これによる都道敷の不法占拠は、道路管理行政の見地から排除することが期待されるだけであって、その占拠の事実によって占用料相当の利得が発生するとか、東京都が損失を受けるという余地はない。

(三) 同8は争う。

東京都の執行機関が債権の徴収という行政権限を発動するかどうかについては一定の裁量が認められている(法二四〇条二項、三項、法施行令一七一条の五)ところ、自動販売機が設置された都道敷は、その使用目的が道路に限定され、財産的価値がないに等しい土地であるから、道路管理行政の観点から行う公物管理としては格別、経済的価値の減損防止という観点から行わなければならない財産の管理運用というものは殆どないのであって、自動販売機による都道敷の不法占拠という事実から占用料相当の損害金の徴収を行う必要が生じるのは、私人による都道敷の占有状態の解消を間接的に強制するための手段として考えられるに過ぎないというべきである。

被告サントリーフーズは、東京都の行政指導に従って自動販売機5及び6による都道敷の占拠状態を解消する措置を講じているのであるから、このような場合まで、東京都の執行機関が損害金の徴収を行うことは何ら必要でないし、その徴収を行うために必要となる労力・時間・費用という行政の負担を考慮すれば、自動販売機一台当たりの少額の損害金の徴収を行うことは相当ではないというべきであって、本件においては、財産の管理を「怠る事実」は存在しないというべきである。

(四) 同9のうち、自動販売機5及び6について監査請求手続が履践されていることは否認する。

五  抗弁

1  被告日本たばこ

(一) 自動販売機1は平成五年一〇月二〇日に、自動販売機2は同月九日にそれぞれ都道上から撤去された。

(二) 右自動販売機の撤去工事に必要な工事費用は一一八万九六五〇円であり、被告日本たばこはそのうち九五万円を負担した。仮に、被告日本たばこが右自動販売機について占用料によって見積もられる利得を得たとしても、被告日本たばこは、その利得である占有を返還するために、平成五年四月一日から右撤去日までの占用料を遥かに上回る多額の出費をしたのであるから、被告日本たばこには東京都に返還すべき利得が現存しない。

2  被告コカ・コーラ

自動販売機3は平成五年一一月一二日に、自動販売機4は同月一六日にそれぞれ都道上から撤去された。

3  被告サントリーフーズ

自動販売機5は平成五年一一月一二日に、自動販売機6は同月一〇日にそれぞれ都道上から撤去された。

六  抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)の事実は知らないし、(二)は争う。

2  同2、3の事実は知らない。

第三  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

第一  被告知事に対する本件訴えの適法性について

一 法二四二条の二第一項三号に基づく請求は、地方公共団体の執行機関又は職員につき、違法に公金の賦課・徴収若しくは財産の管理を怠る事実がある場合に、当該怠る事実を対象としてその違法確認を求めるものであり、裁判所の判決により、既判力をもってその怠る事実である個別具体的な財務会計上の作為義務の懈怠の違法を確定し、執行機関又は職員に右作為義務の履行を促すことを目的とするものであるから、右請求においては、既判力の客観的範囲を画し、審理の対象、範囲を明らかにするために、審判の対象である当該怠る事実に該当する財務会計上の作為義務が個別具体的に特定される必要があると解すべきである。

ところで、原告らの被告知事に対する請求は、東京都が私人に対して有する不当利得債権ないし不法行為債権を行使しないことを「怠る事実」として、その違法確認を求めるものであるから、その個別具体的な金銭債権の不行使が財務会計上の作為義務の懈怠といえるかどうかを審理、判断するためには、その行使すべきであるとする個々の債権が具体的に特定されていなければならないことはいうまでもないところ、原告らの右請求は、個々の自動販売機や債務者などを何ら明らかにしないまま、単に自動販売機による都道敷の不法占拠に基づいて発生する不当利得債権ないし不法行為債権につき一般的、網羅的に、その徴収懈怠の違法確認を求めるものであって、結局、怠る事実の対象である個々の債権を個別、具体的に特定していないから、かかる訴えは、請求の特定を欠くものとして不適法といわなければならない。

二1  原告らは、自動販売機が都道敷を占有するかどうかは客観的に明らかであり、しかも、そのすべてが不法占有として不当利得債権(予備的に不法行為債権)を発生させるものであるから、債権の範囲は一義的に定まっており、請求の特定に欠けるところはない旨主張する。

しかし、「怠る事実」の対象である財産は、地方公共団体が有するであろう一般的、抽象的な財産ではなく、地方公共団体に具体的に帰属する個別的な財産を意味するものであって、それが債権である場合も、単に一定の場合に取得可能であるというような抽象的な債権なるものではなく、一定の原因に基づいて現実に取得した具体的な債権が「怠る事実」の対象となるのであり、債務者、個々の発生原因事実などが明らかにされなければ、それが具体的な地方公共団体の財産たる債権として存在しているかどうかすら判断できないのであって、原告らがいうように単に債権の範囲が定まっているというだけでは三号請求訴訟の訴訟上の請求の特定として足りないというべきである(判決をもって、財務会計上の作為義務の懈怠の有無を確定するためには、東京都がいつ誰に対していくらの債権を取得したのかという当該債権の発生原因事実が明らかにされたうえで、その債権が時効消滅していないか、あるいは当該債権を行使しないことに正当な理由があるか、といった点を判断する必要があることはいうまでもない。)。

2  また、原告らは、都道敷を占拠する自動販売機がある場合には、被告知事において損害金を請求すべき相手方、損害金の額、不法占拠期間などを把握すべき義務があるなどとして、違法確認の訴えにおいては個々の自動販売機や債務者を特定する必要がない旨主張する。

しかし三号請求訴訟は、前示のとおり、地方公共団体の執行機関又は職員が個別具体的な財務会計上の作為義務を怠っているかどうかを判断し、その違法の確認を通じて、執行機関又は職員に右作為義務の履行を促すことを目的とするものであり、個々の債権を特定しないまま単に一定範囲の債権の行使をしないことが一般的に違法であることの確認を求めることは、特定の債権の不行使という財務会計上の作為義務の懈怠を対象としてその違法をいうものではなく、結局のところ、執行機関等において調査をして具体的な債権を把握すべきことを求めるに帰するものであって、かかる請求は、法二四二条の二第一項三号の予定しないところといわなければならず、原告らの右主張は失当である。

三  なお、仮に、原告らの被告知事に対する訴えが、被告三社に対する係争債権についての怠る事実の確認を求める趣旨を含むものであるとすれば、それら債権に関する限りは、その発生原因、債務者及び債権額についての特定に欠けるところはないことになる。しかしながら、既に、原告らは、係争債権につき、東京都に代位して、怠る事実に係る相手方である被告三社に対し四号請求訴訟を提起しているのであるから、原告らが被告知事との間で右係争債権の行使をしないことが違法である旨の確認判決を得たとしても、被告知事は、被告三社にその債権の履行を求める訴えを重ねて提起することはできないのみならず、被告三社に対する四号請求訴訟において、原告らが勝訴すれば、その勝訴判決の効力は東京都に及ぶこととなり、これによって、被告知事が右係争債権を行使しない違法状態はより抜本的かつ直接的に是正されることになることからすれば、このような場合には、四号請求訴訟のほかに同一の債権についての三号請求訴訟を行う実益は見いだし難いといわざるをえず、原告らの被告知事に対する訴えは、係争債権に限ってみても、訴えの利益がなく不適法といわなければならない。

四  右のとおりであるから、原告らの被告知事に対する本件訴えは、不適法であるといわなければならない。

第二  原告らの被告三社に対する訴えの適法性について

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  住民監査請求の前置について

1  成立に争いのない甲第九号証、弁論の全趣旨により原本の存在及び成立の真正を認める甲第二〇号証及び甲第九号証により都道上にはみ出して設置された一三台の自動販売機を撮影した写真と認められる甲第二二号証によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告らが、平成五年一〇月一八日、住民監査請求を行うため、東京都監査委員に提出した「東京都知事措置請求書」には、請求の要旨として、道路占用許可を受けずに都道上にはみ出して設置された自動販売機につき東京都が占用料相当の損害を被っているのに、被告知事がはみ出し自動販売機の設置者、中身商品のメーカー、設置工事業者にその損害金等の徴収をしていないのは法二四二条一項の「怠る事実」に該当するから、必要な措置を求める旨が記載されているが、原告らは、右措置請求書とともに、監査委員に対し、被告知事が財産の管理を怠る事実を証明する資料として、都道敷にはみ出して設置されている一三台の自動販売機について、その設置場所の説明を付した写真を提出した(原告らが平成五年一〇月一八日住民監査請求をしたことについては、原告らと被告コカ・コーラとの間で争いがない。)。

(二) 監査委員は、原告らが提示した右一三台の自動販売機について、現地でそれらの設置状況等を検分するなどの調査を行ったところ、右自動販売機のうち千代田区道に面して設置されている一台を除く一二台については、そのすべてが右現地調査日(平成五年一一月二六日)までに都道上から撤去ないし移設されており、監査委員は、それらの中身商品のメーカー(ただし、新宿区揚場町の一台については不明)から、それらの自動販売機の撤去日の報告を受けた。

(三) その後、監査委員は、右一二台の自動販売機について、それらが撤去ないし移設される以前はいずれも都道にはみ出して設置されていたことを認定したうえ、それらの自動販売機について占用料相当の損害金を徴収するためには、予め是正指導、警告等の行政指導などの手続が行われる必要があり、その是正指導の手続が行われていない場合や、既に不法占用が解消されている場合にまで、占用料相当の損害金の徴収を行うことは必ずしも当を得ないと結論付け、平成五年一二月一六日、原告らの住民監査請求を棄却した(原告らの住民監査請求が平成五年一二月一六日棄却されたことについては、原告らと被告コカ・コーラとの間で争いがない。)。

(四) 自動販売機1、3ないし5は右一三台の中に含まれているが、自動販売機2及び6は右一三台の中に含まれていない。

2  右措置請求書の請求の要旨の記載自体によれば、原告らは、住民監査請求において、都道敷にはみ出しているすべての自動販売機に関する損害金が違法・不当に徴収されず放置されているという被告知事の一般的な不作為を「怠る事実」として指摘するにとどまるが、右認定したところからすれば、右一三台の自動販売機に関する限りは、その設置場所を具体的に明らかにしたうえ、監査委員による事実関係の調査を促し、都道敷の不法占拠に基づく損害金の徴収を行うよう措置を求めたものと解することができ、現に監査委員は、それらの自動販売機については現地を調査し、一部を除いては中身商品のメーカーも把握できたものである。

そうすると、自動販売機1、3ないし5に関する係争債権の支払を求める訴えは、適法な住民監査請求を経由して提起されたものということができる。

3  これに対し、自動販売機2及び6は前記認定の一三台に含まれていないところ、都道敷の不法占拠に基づく損害金を徴収しないことが財産の管理を怠る事実であるとしてその是正を求める住民監査請求においては、少なくとも、その損害金の原因となる不法占拠物件を個別具体的に特定してこれを行うことを要すると解すべきであるから、前記一三台の自動販売機以外の自動販売機について個別具体的な特定をしないでされた原告らの住民監査請求によっては、自動販売機2及び6に関する係争債権の行使を怠る事実について、適法な住民監査請求が経由されたということはできないといわなければならない。

したがって、自動販売機2及び6に関する係争債権についての被告日本たばこ及び被告サントリーフーズに対する訴えは、いずれも、適法な住民監査請求を前置しないで提起されたものとして不適法といわなければならない。

三  住民訴訟の適格性の欠如について

1  被告三社は、自動販売機が占拠していた都道敷は、東京都が道路法施行法五条一項に基づき無償貸与を受けた国有地であり、道路敷の無償使用権は住民訴訟の対象となる財産ではないから、右自動販売機に関する係争債権も住民訴訟の対象となる財務会計性を欠く旨主張するので、検討する。

2  弁論の全趣旨によれば、別紙目録記載の自動販売機が設置されていた都道敷は、東京都が道路法施行法五条一項に基づき、道路敷に用いるため無償貸与を受けた国有地であることが認められるところ、道路敷の使用借権そのものは法二三八条一項四号所定の「地上権、地役権、鉱業権その他これに準ずる権利」には該当せず、法二三七条一項が規定する地方公共団体の「財産」ではないと解されることは、被告三社の主張するとおりである。

しかしながら、自動販売機による都道敷の不法占拠を原因として、東京都がその不法占拠者に対して不当利得債権又は不法行為債権を取得するとすれば、その債権は法二三七条一項所定の「財産」であり、執行機関又は職員がその行使を怠っていることは、財務会計上の怠る事実にほかならないのであって、住民訴訟の対象となることはいうまでもなく、右債権の行使を違法に怠る事実があるときは、その怠る事実に係る相手方である当該債権の債務者に対する四号請求訴訟を提起することを妨げられないことは明らかである。

したがって、被告三社の右主張は失当である。

四  以上のとおりであって、被告日本たばこに対する自動販売機1に関する係争債権、被告コカ・コーラに対する自動販売機3及び4に関する係争債権並びに被告サントリーフーズに対する自動販売機5に関する係争債権の各支払を求める原告らの訴えは、適法であり、被告日本たばこに対する自動販売機2に関する係争債権及び被告サントリーフーズに対する自動販売機6に関する係争債権の各支払を求める原告らの訴えは、適法な住民監査請求の前置を欠き不適法である。

そこで、以下、被告三社に対する自動販売機1、3ないし5に関する係争債権の存否について判断することとする。

第三  原告らの被告三社に対する主位的請求について

一  請求原因3ないし5の事実は、いずれも各当事者間に争いがなく、右争いのない事実と前掲甲第二二号証、成立に争いのない丙第一号証、丁第一号証及び戊第一号証並びに弁論の全趣旨によれば、(一) 自動販売機1の機体側面には、被告日本たばこの商品であるたばこの銘柄名が表示され、自動販売機3及び4の赤い機体の側面には白抜きで「Coka―Cola」、「Coke」との文字が大きく表示され、自動販売機5の白い機体の側面には赤い「SUNTORY」との文字が大きく表示されているほか、いずれの自動販売機の機体正面にも、中身商品の見本を陳列するケースが設けられており、それら表示文字や機体の色・デザインなどにより、それらの自動販売機で被告三社の商品がそれぞれ販売されていることや被告三社のイメージなどを広く一般に知らしめる外観を有していること、(二) それらの自動販売機でたばこや清涼飲料水が販売されていることは、都道敷を通行する者が相当の距離をおいても識別できるものとなっており、それらの自動販売機は、一般人の目にふれる場所に設置されているだけで、被告三社の各商品の広告、宣伝の機能をも果たすものであること、(三) 被告日本たばこは、たばこ販売店が被告日本たばこの製品を販売するための器材として、自動販売機1を訴外株式会社ジェイティソフトサービスから借り受けてこれをたばこ販売店に貸与し、右自動販売機は、遅くとも平成五年三月三一日までには都道上にはみ出す形で設置されていたこと、(四) 被告コカ・コーラは、小売店が被告コカ・コーラの製品を販売するための器材として、その所有する自動販売機3及び4をそれぞれの小売店に貸与し、それらの自動販売機は、遅くとも平成五年三月三一日までには都道上にはみ出す形で設置されていたこと、(五) また、被告サントリーフーズは、自動販売機による商品の販売を業とするオペレーター業者が被告サントリーフーズの商品を販売するための器材として、自動販売機5をオペレーター業者に貸与し、右自動販売機は、遅くとも平成五年三月二二日までには都道上にはみ出す形で設置されていたこと、(六) それらの自動販売機は、都道敷のアスファルト面にボルトで固定されるなどしていたが、被告日本たばこは平成五年一〇月二〇日自動販売機1を、被告コカ・コーラは同年一一月一二日自動販売機3を、同月一六日自動販売機4を、被告サントリーフーズは同月一二日自動販売機5をそれぞれ都道上から撤去したことの各事実が認められる。

二  不当利得債権の存否について

1  被告三社の利得について

右認定した事実によれば、自動販売機1、3及び4は、少なくとも平成五年四月一日から右認定の各撤去日まで、自動販売機5は、少なくとも平成五年三月二三日から右認定の撤去日まで、いずれも適法な権原なく東京都の道路敷に固定する形で設置され、当該道路敷部分を不法に占拠していたものであり、したがって、それら自動販売機の貸与者である被告三社は、それぞれその器材の借受人である販売店等を通じて、その間、右道路敷を不法に占有し続けたことになり、自己の商品の広告、宣伝の機能をも有する自動販売機の置き場所として継続的に他人の土地を利用していたものと認めるのが相当である。したがって、被告三社は、法律上の原因なく右都道敷部分を占有し、使用したことにより利用利益相当の利得を得たものということができる。

被告三社は、右自動販売機を設置することによる利益は販売店等に帰属し、被告三社には利得がない旨主張するが、被告三社は、右自動販売機の所有者ないし貸与者として、販売店等を通じて都道敷を占有していたものであり、実質的にも、広告宣伝機能をも有する自動販売機の置き場所として都道敷部分の利用利益を得ていたものであるから、被告三社の右主張は理由がない。

2  東京都の損失について

前記認定のとおり、右自動販売機が設置された都道敷について東京都が有している使用借権は、使用目的が道路敷という公共目的に制限され、使用収益を目的とした権利ではないことから、このような道路敷が不法占拠されたとしても、道路管理上の支障が生じることはともかく、東京都に財産的な損失は生じないのではないかとの疑問もないではないが、しかし、道路敷であっても、東京都は、道路占用許可によって適法な占有権原を設定しその対価として占用料を徴収することができることとされているのであるから、その限りでは、そのような道路敷も利用可能性のある土地というべきであって、これが不法占拠されれば、東京都としては、その占拠部分について右の利用可能性を失うという損失を受けることになるといわなければならない。

したがって、東京都に損失は生じない旨の被告日本たばこ及び被告サントリーフーズの主張は、採用することができない。

3 右1、2で説示したところからすれば、被告日本たばこは自動販売機1につき、被告コカ・コーラは自動販売機3及び4につき、被告サントリーフーズは自動販売機5につき、それぞれ都道敷部分を占有し、使用したことによる利益を得た反面、東京都は損失を受けたというべきであるから、被告三社は、法律上の原因なく利得したものとして、東京都に対し、その不当利得を返還すべきである(なお、被告三社が東京都に返還すべき利益は、占用料の支出を免れたという消極的な利得ではなく、積極的な土地の利用利益であるから、仮に道路占用許可を申請するとすれば、その申請人が被告三社となるかどうかとか、自動販売機に道路占用許可がされるかどうかといった点は、不当利得返還債務の成否を左右するものではないというべきである。)。

4  不当利得の額

(一) 本件においては、被告三社の右利得と東京都の右損失の額は、道路占用許可を得たとすれば当該自動販売機につき徴収されるであろう占用料を基準としてこれを算定するのが相当であるから、以下、その額について検討する。

(二) 前記認定した自動販売機1、3ないし5の外観、機能などに照らし、本件においては、それらを道路法三二条一項一号及び本件条例別表にいう「広告塔」に類似するものとして、その占用料の額を算定するのが相当であるところ、原本の存在及び成立に争いのない甲第一〇号証並びに弁論の全趣旨によれば、本件条例では、占用物件が広告塔である場合の占用料は、その表示面積(広告塔の表示部分の面積)に占用期間を乗じて算出するものとし、表示面積に一平方メートル未満の端数があるときはこれを一平方メートルとして計算することとしており、占用物件の表示面積一平方メートル当たりの占用料は、特別区の一級地の場合、年額二万〇二〇〇円と定められていること、自動販売機1、3ないし5の所在する場所は、右条例にいう特別区の一級地に該当することが認められる。

(三) そして、自動販売機1、3ないし5が都道敷を占拠する部分に係る機体の前面及び側面の表面積が、いずれも一平方メートルを超えることは、各当事者間に争いがなく、前記認定したところからすれば、右自動販売機の広告塔としての表示面積は一平方メートルを超えるというべきであるから、その一台の一日当たりの占用料相当額は、本件条例所定の年額四万〇四〇〇円(一平方メートル当たり二万〇二〇〇円の二平方メートル分)の三六五分の一である一一〇円(円未満切捨て)となる。

(四) したがって、被告日本たばこは、自動販売機1による都道敷の占有期間である二〇三日分の占用料に相当する二万二三三〇円を、被告コカ・コーラは、自動販売機3による都道敷の占有期間である二二六日分の占用料に相当する二万四八六〇円と、自動販売機4による都道敷の占有期間である二三〇日分の占用料に相当する二万五三〇〇円の合計五万〇一六〇円を、被告サントリーフーズは、自動販売機5による都道敷の占有期間である二三五日分の占用料に相当する二万五八五〇円を、それぞれ不当利得として東京都に返還すべきである(なお、原告らは、本件条例の定めに従い、占有期間に一か月未満の端数があるときはこれを一月として占用料相当額を計算する旨主張しているが、右端数処理による計算は、本件条例が適用される適法な道路占用を前提としているものであって、本件のような現実の占有期間に応じて算定されるべき不当利得と損失の計算について直ちにあてはめることはできない。)。

三  不当利得債権についての怠る事実の存在

1  右のとおり、東京都は、被告三社に対し、右認定した金額の不当利得返還請求権を有するものであるところ、被告知事が右債権を行使していないことは明らかであるから、特段の事情のない限り、右債権の行使を違法に怠るものということができ、本件においては、右特段の事情の存在は認められない。

2(一)  被告三社は、自動販売機による都道敷の不法占拠の是正については、東京都による適切な行政指導がなされ、被告三社もこれに応じて是正に努めたものであるなどとして、係争債権について管理を「怠る事実」はない旨主張する。

(二)  前掲甲第九号証及び弁論の全趣旨によれば、東京都建設局は、平成二年一〇月、原告らからはみ出し自動販売機の是正について申入れがあり、自動販売機製造販売業者三団体に是正要請を行ったが、その後、平成四年九月になって、被告三社を含む中身商品のメーカー等に対し、実態調査及び是正計画の提出を求め、早期是正の促進を要請する行政指導をし、その後、被告三社を含め右メーカーは、都道敷を占拠していた自動販売機を都道上から撤去する工事を進め、本件の自動販売機についても、前記のとおり、その全部が平成五年一一月中に都道上から撤去されたことが認められる。

しかし、東京都の右行政指導は、多数の自動販売機が都道上にはみ出して設置されている状況に鑑み、道路交通の支障となる障害物を排除するとの観点から、道路管理行政の一環として、関係者にその是正を求めたものであるところ、もともと財務会計事項の処理は、法その他の財務会計に関する法律、条例及び規則に従い、右のような道路管理行政とは別個の観点から行われるものであるから、右行政指導や被告三社による任意の是正措置がされたという事実があったとしても、そのことは、本件のように右是正までの相当期間にわたる不法占有の継続に基づいて生じた不当利得債権(係争債権)を行使しないという財務会計上の処理を正当化する理由になると解することはできない。

3  また、被告三社は、都道敷を占有する自動販売機一台一台について占有範囲や債務者を特定するなどの労力・時間・費用の負担等を考慮すると、既に都道上から撤去され、違法な占有状態が解消された自動販売機についてまで、過去に遡って損害金の支払を請求することは困難であるとか相当でないとして、係争債権の不行使は財産の管理を違法に怠っていることにならない旨主張するが、本件においては、違法状態が是正されるまでに、少なくとも二〇〇日間以上にわたって不法占有が継続されていたものであり、その利得金額などに照らしても、被告三社に対し係争債権を行使することが著しく困難であるとか、財務会計上の法令に徴し不適当であるとする根拠は見当たらず、被告三社の右主張は失当というほかない。

四  被告日本たばこの抗弁(二)について

被告日本たばこは、自動販売機1及び2を撤去して都道敷の占有を返還するために多額の工事費用を支出したことにより、既に不当利得として返還すべき利益が現存しなくなったから、その返還債務がない旨主張する。

しかしながら、被告日本たばこが受けた利益は、自動販売機1の置き場所として都道敷を使用したことによる利用利益であり、このような利益は、占有状態を解消することによって返還されたことになるわけでも現存しなくなるわけでもないから、被告日本たばこの右主張は失当である。

第四  結論

以上の次第で、原告らの被告知事に対する訴え並びに被告日本たばこに対する自動販売機2に関する係争債権及び被告サントリーフーズに対する自動販売機6に関する係争債権の各支払請求に係る訴えは、いずれも不適法であるから却下することとし、その余の原告らの被告三社に対する本訴請求は、被告日本たばこに対し二万二三三〇円の、被告コカ・コーラに対し五万〇一六〇円の、被告サントリーフーズに対し二万五八五〇円の各支払を求める限度で理由があるから認容することとし、その余の請求は理由がないから棄却し、仮執行の宣言については相当ではないからこれを付さないこととし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条及び民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官佐藤久夫 裁判官橋詰均 裁判官德岡治)

別紙自動販売機の目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例