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東京地方裁判所 平成6年(ワ)9369号 判決 1997年3月26日

原告

北口幸喜

被告

久保田滋

ほか一名

主文

一  被告久保田滋は、原告に対し、金五六七六万九〇二九円及びこれに対する平成三年七月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告日産火災海上保険株式会社は、原告に対し、金五六六〇万二一〇六円及びこれに対する平成三年七月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを五分し、その三を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

本訴請求は、いずれも一部請求である。

一  被告久保田滋に対する請求

被告久保田滋は、原告に対し、金一億五〇〇〇万円及びこれに対する平成三年七月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告日産火災海上保険株式会社に対する請求

1  主位的請求の趣旨

被告日産火災海上保険株式会社は、原告に対し、金一億五〇〇〇万円及びこれに対する平成三年七月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  予備的請求の趣旨

被告日産火災海上保険株式会社は、原告に対し、金一億五〇〇〇万円及びこれに対する平成五年一二月二五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実及び容易に認められる事実

1  原告は、原動機付自転車(以下「原告車」という。)を運転して県道足利・千代田線を上小泉方面から吉田方面に向かつて直進中、平成三年七月九日午後七時二五分ころ、県道足利・千代田線と邑楽町方面に向かう側道とがT字型に交差する群馬県邑楽郡大泉町朝日五丁目四番二一号先の交差点(以下「本件交差点」という。)において、県道足利・千代田線を吉田方面から上小泉方面に向かつて軽四貨物自動車(以下「被告車」という。)を運転していた被告久保田滋が、邑楽町方面に向かう側道へ右折させたところ、被告車と原告車が衝突した(以下「本件交通事故」という。)。

2(一)  原告は、本件交通事故により、第三腰椎脱臼骨折・左鎖骨開放性骨折・左第七肋骨骨折・頭部挫傷・脊髄損傷等の傷害を受けた(甲第三号証、丙第一六号証)。

(二)  原告は、右傷害により、次のとおり入院した(甲第三号証、第四号証、丙第一五号証、第一六号証)。

(1) 平成三年七月九日から同年一一月二九日まで(一四四日間)太田市飯塚町一番地所在医療法人慶仁会城山病院

(2) 平成三年一二月二日から平成五年二月一〇日まで(四三七日間)熊本県上益城郡嘉島町鯰一八八〇所在リハビリテーシヨンセンター熊本回生会病院

(三)  原告の症状は平成五年二月一〇日固定し(なお、原告の当時の年齢は二〇歳である。)、原告の後遺障害は、自賠責共済により三級三号(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの)に認定された(甲第四号証、第五号証)。

3(一)  被告久保田滋は、自動車損害賠償保障法三条本文及び民法七〇九条に基づき、本件交通事故により原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

(二)(1)  原告は被告日産火災海上保険株式会社と自動車総合保険契約を締結しているところ、右保険契約約款一条一項(甲第一九号証の一)には、無保険自動車の所有、使用又は管理に起因して被保険者の身体が害されその直接の結果として後遺障害が生じることによつて被保険者が被る損害について、賠償義務者がある場合に限り、保険金を支払う旨が定められている(以下「無保険車傷害条項」という。)。

(2) 被告車には対人賠償保険等(自動車の所有、使用または管理に起因して他人の生命または身体を害することにより、法律上の損害賠償責任を負担することによつて被る損害をてん補する保険契約または共済契約で自賠責保険以外のものをいう。無保険車傷害条項二条(4)。甲第一九号証の一参照)が締結されていない(弁論の全趣旨)から、被告車は無保険自動車に当たる(無保険車傷害条項三条一項(1)。甲第一九号証の一参照)ところ、本件交通事故は、賠償義務者である被告久保田滋が無保険自動車である被告車の所有、使用又は管理に起因して被保険者である原告の身体を害し、その直接の結果として原告に後遺障害が生じたというものである。

したがつて、被告日産火災海上保険株式会社は、右後遺障害によつて被保険者である原告が被る損害につき保険金を支払うべき義務を負う。

4  原告は、本件交通事故により、自賠責から二三〇五万四二五三円、被告久保田滋から一八三万八四二一円の合計二四八九万二六七四円の支払を受けた。

二  争点

1  原告の主張

(一) 過失相殺について

被告久保田滋が右折する先行車両に続いて右折したからといつて、同人に課された直進車の優先義務・右折車の前方注視義務が軽減されない。

また、原告は、原告車と被告車が衝突する際、原告車を道路中央に避けているから、原告車が被告車の最後部に衝突したからといつて被告車が右折をほぼ終了したとはいえない。

(二) 損害について

(1) 入院雑費 七五万五三〇〇円

入院雑費は、一日当たり一三〇〇円、入院期間五八一日間に基づき、次の数式のとおり算定した金額である。

1,300×581=755,300

(2) 車いす購入費 五万二八〇〇円

平成三年一一月一三日購入した車いす一台の代金である。

(3) 将来の車いすの購入費 七二万九九五〇円

原告が使用している車いすの購入代金が現在一五万四九三九円であること、右車いすの耐用年数が四年であるから平成五年二月一〇日(症状固定日)から平均余命五七・三五年までの間に一三回買い換えなければならないので、将来の車いすの購入費は、次の数式のとおり、七二万九九五〇円となる。

154,939×(0.90702948+0.74621540+0.61391325+0.50506795+0.41552065+0.34184987+0.28124073+0.23137745+0.19035480+0.15660536+0.12883962+0.10599668+0.08720373)=729,950

(4) 付添看護費 八五万五五九一円

ア 平成三年七月九日から同年一一月二九日まで城山病院に入院中、医師の指示により、次のとおり付添看護がされた。

<1> 平成三年七月九日から同年八月三一日まで(五四日間)母親が付添看護した。右期間の付添看護費は、一日当たり五〇〇〇円、付添看護期間五四日に基づき算定した二七万円である。

<2> 平成三年九月一日から同年一〇月三日まで(三三日間)職業付添人が付添看護した。その付添看護費は二五万五五九一円である。

<3> 平成三年一〇月四日から同年一一月二九日まで(五七日間)母親が付添看護した。右期間の付添看護費は、一日当たり五〇〇〇円、付添看護期間五四日に基づき算定した二八万五〇〇〇円である。

イ 平成三年一一月三〇日(城山病院退院の翌日)及び同年一二月一日(熊本回生会病院入院の前日)の二日間、母親が付添看護した。右期間の付添看護費は、一日当たり五〇〇〇円、付添看護期間二日に基づき算定した一万円である。

ウ 平成三年一二月二日(熊本回生会病院入院日)から一週間、付添看護した方がよいとの医師の指示により母親が付添看護した。右期間の付添看護費は、一日当たり五〇〇〇円、付添看護期間七日に基づき算定した三万五〇〇〇円である。

(5) 将来の付添看護費 四一〇七万三〇一二円

付添看護費は、一日当たり六〇〇〇円、平均余命五六・九一年に相当するライプニツツ係数に基づき、次の数式のとおり、算定した四一〇七万三〇一二円である。

6,000×365×(18.6985+0.0563)=41,073,012

(6) 休業損害 三九五万八七三四円

本件交通事故前の原告の月収は二一万七九一二円であるところ、原告は、本件交通事故後平成三年八月一五日まで給与の支払を受けたが、同月一六日から平成四年八月一五日まで休職扱いとされ、右一五日就業規則により自然退職となつた。そして、平成三年八月一六日(休職扱いの日)から平成五年二月一〇日(症状固定日)まで(五四五日間)入院等をしており、就労できなかつた。

したがつて、休業損害は、次の数式のとおり、三九五万八七三四円となる。

217,912÷30×545=3,958,734

(7) 後遺障害による逸失利益一億一三二四万二五三九円

原告は、症状固定日において二〇歳、高校卒業の男子であり、本件交通事故により労働能力を一〇〇パーセント喪失した。そして、賃金センサス平成五年第一巻第一表の産業計、企業規模一〇〇〇人以上、新高卒の男子労働者の全年齢の平均年収が六二九万七九〇〇円、就労可能年数四七年(症状固定日の年齢二〇歳から六七歳までの年数)に相当するライプニツツ係数一七・九八一〇であるから、後遺障害による逸失利益は、次の数式のとおり、一億一三二四万二五三九円となる。

6,297,900×17.9810=113,242,539

(8) 慰謝料 二九二八万〇〇〇〇円

入院期間五八一日間に相当する入院慰謝料三二八万円と、原告の後遺障害一級八号に相当する後遺障害慰謝料二六〇〇万円の合計である。

(9) 物損 二三万八四六二円

原告車は本件交通事故により全損となり、原告車の所有者である原告は原告車の時価相当額の損害を受けた。ところで、原告車は、平成三年五月、二五万一〇一三円で購入・新車登録されたから、本件交通事故までに右購入代金相当額のうち五パーセント価値が低下していたと考えられる。

したがつて、本件交通事故当時の原告車の時価相当額は、次の数式のとおり、原告車の購入代金二五万一〇一三円の九五パーセントに相当する金額二三万八四六二円である。

251,013×0.95=238,462

(10) 住宅改造費 八二万〇〇〇〇円

(11) 装具代 二〇万七九六〇円

両長下肢装具の代金である。

(12) 弁護士費用 九五〇万〇〇〇〇円

(三) 既払金について

自動車総合保険契約の搭乗者傷害条項九条一項(甲第一九号証の一参照)には、「当会社は、一回の事故に基づく傷害について、後遺障害保険金と医療保険金を重ねて支払うべき場合には、その合計額を支払います。」と定められているところ、五四万円は医療保険金であるから、無保険車傷害条項に基づく保険金請求の際に右金額を控除することはできない。

(四) 遅延損害金の起算日について

無保険車傷害条項八条一項には、「当会社が保険金を支払うべき損害の額は、損害賠償義務者が被保険者またはその父母、配偶者もしくは子が被つた損害について法律上負担すべきものと認められる損害賠償責任の額によつて定めます。」と定められているところ、本件交通事故日からの遅延損害金は損害賠償義務者が法律上負担すべき損害賠償責任の額に含まれるから、原告は、被告日産火災海上保険株式会社に対し、右遅延損害金を請求できる。

2 被告久保田滋の主張

(一) 過失相殺について

被告日産火災海上保険株式会社の主張(後記3(一))のとおり、過失相殺の主張をする。

(二) 損害について

原告主張の損害はすべて争う。

3 被告日産火災海上保険株式会社の主張

(一) 過失相殺について

本件交通事故は、被告久保田滋が右折の際一時停止した後に右折する先行車両に続いて時速約一五キロメートルで右折したところ、原告が原告車のスピードを落とすことなく本件交差点に進入したため、ほぼ右折を完了していた被告車の最高部に衝突したというものである。すなわち、原告は、被告車の存在を認めていたのであるから、減速等の適切な走行をすれば本件交通事故を回避できた。

したがつて、原告の過失は三割を下回るものではないから、本件交通事故の損害を算定する際、原告の右過失を斟酌すべきである。

(二) 損害について

(1) 付添看護費及び将来の付添看護費

原告は、食べ物の摂取、衣服の着用、用便等を自ら行え、伸臥位から長座位になること、ベツドに寝ること、車いすで移動すること、歯を磨くこと、顔を洗うこと、浴槽への出入りができる。

したがつて、原告に付添看護に必要性はない。

(2) 後遺障害による逸失利益

ア<1> 逸失利益算定の際の収入は、地域性を加味すべきであるから、本件交通事故時の原告の勤務地であつた群馬県の賃金センサスによるべきである。

<2> また、原告は、現在、希望の里ホンダ株式会社で就労している。右会社は、身体障害者に雇用の場を提供する目的に、本多技研・熊本県・松橋町が出資して設立された第三セクター方式の企業であり、安定性の高い企業で、原告は、今後も継続して就労できる可能性が高い。

したがつて、希望の里ホンダ株式会社の平均賃金である三〇九万七八四七円と、賃金センサス平成五年第一巻第一表の産業計、企業規模計、旧中新高卒、男子労働者の全年齢の平均年収五一七万五四〇〇円との差額二〇七万七五五三円をもつて逸失利益算定の際の収入とすべきである。

イ 原告の脊髄損傷は、馬尾部分の神経のすべてを損傷した完全麻痺ではなく、部分的に神経を損傷した不全麻痺である。

また、本件交通事故直後に麻痺が認められたのが、腸腰筋・大腿四頭筋・大腿屈筋群・前頸骨筋(足首の筋肉)であつたが、平成三年一〇月一八日までに腸腰筋は正常にまで筋力が回復し、筋力がほとんど回復しなかつたのは左右の前頸骨筋のみであり、大腿四頭筋・大腿屈筋群・前頸骨筋もある程度筋力が回復した。

すなわち、原告の麻痺が不全麻痺であること、前頸骨筋以外の筋肉についてリハビリの成果がかなり認められることから、その後もリハビリ訓練を行えば足関節を固定する装具を付けることで歩行が可能になると思われる。そして、原告が日常生活に必要な動作の多くを行えること(前記(1))をも併せて考えると、本件交通事故による原告の労働能力喪失率は七〇パーセントないし五〇パーセントとすべきである。

(3) 物損

物損は、無保険車傷害条項の対象外である。

(三) 既払金について

被告日産火災海上保険株式会社は、原告に対し、本件交通事故につき保険金合計二五四万円を支払つているが、このうち搭乗者傷害保険金二〇〇万円を超える五四万円は無保険車傷害条項に基づく既払金として控除されるべきである。

(四) 遅延損害金の起算日について

被保険者が保険金の支払を請求するときは損害の額又は傷害の程度を証明する書類等を保険会社に提出しなければならず、一方、保険会社が右提出の日から三〇日以内に保険金を支払うべき旨が約款で定められている。

ところで、無保険車傷害条項の被保険者である原告が、被告日産火災海上保険株式会社に対し、右必要書類を提出して保険金の支払を請求したのは、本訴においてである。

したがつて、被告日産火災海上保険株式会社に対する遅延損害金の起算日は、本件訴状が被告日産火災海上保険株式会社に送達された日から三〇日を経過した日からと解すべきである。

第三当裁判所の判断

一  過失相殺について

被告久保田滋が、右折の合図をして、被告車の前車に続いて右折したこと(甲第二号証の二・四項、第二号証の六・七項(1)、第二号証の九・五項、原告の本人調書二九頁)、原告車が被告車の最後部に衝突している(甲第二号証の一、丙第一三号証。なお、原告が、原告車と被告車の衝突の際、原告車を道路中央に避けたことを証する証拠はない。)から被告車の右折がほぼ終了した際に原告車が被告車に衝突したと推認できることからすれば、原告には、被告車の動静を確認し得たにもかかわらず、それを怠り、ブレーキを掛けるなどの減速の措置も採つていない過失がある(甲第二号証の二・四項)。そして、原告の右過失に加え、本件交通事故の態様(前記第二の一1)、被告久保田滋が、右折の際、原告車の存在に気付いていなかつたこと(甲第二号証の六・七項(3)、第二号証の九・七項)を総合考慮すれば、原告にも本件交通事故につき三割の過失があるといえる。

二  損害について

1  入院雑費 七五万五三〇〇円

入院雑費は、一日当たり一三〇〇円、入院期間合計五八一日(前記第二の一2(二))であるから、原告の主張のとおり認める。

2  車いす購入費 五万二八〇〇円

甲第六号証により、原告の主張のとおり認める。

3  将来の車いす購入費 六六万二〇八七円

原告が車いすを購入したのが平成三年一一月一三日(甲第六号証)、その耐用年数が四年(甲第二三号証、第二四号証)であるから、右車いすの耐用年数が経過する平成七年一一月からの原告の平均余命である五四・二七年間一三回車いすを買い換える必要があるところ、原告が使用している車いすが現在一五万四九三九円である(甲第二三号証)から、将来の車いす購入費は、次の数式のとおり、六六万二〇八七円である。

154,939×(0.82270247+0.67683936+0.556837242+0.45811152+0.37688948+0.31006791+0.25509364+0.20986617+0.17265741+0.14204568+0.11686133+0.09614211+0.07909635)=662,087

4  付添看護費 八五万五五九一円

原告が受けた傷害・入院等の経過・後遺障害の程度(第二の一2)、甲第三号証、第一六号証二項、証人北口春江の証言(同人の証人調書五頁・六頁・一六頁)により、原告の主張のとおり認める。

5  将来付添費 一三六四万九九〇五円

(一) 熊本回生会病院医師鬼木泰博作成の自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書(甲第四号証。以下「後遺障害診断書」という。)には次のような記載がある(なお、同人作成の丙第一五号証にも同趣旨の記載がある。)。

(1) 傷病名

脊髄損傷(第三腰椎脱臼骨折)による対麻痺

(2) 精神・神経の障害 他覚症状及び検査結果

神経学的には第二腰髄レベル以下の完全対麻痺。腱反射(膝蓋腱反射)消失。病的反射なく弛緩性完全麻痺であるが直腸・膀胱機能は保たれている。起立・歩行は不能でADLはすべて車いすである。

(二)(1) ところが、城山病院医師李雅弘作成の診断書(甲第三号証)には、来院時(平成三年七月九日。本件交通事故日)外傷性シヨツク及び対麻痺を呈していたが、その後、右下肢麻痺は徐々に改善傾向がみられたが、原告及び家族の希望により平成三年一一月二九日退院・転院した(その後、入院したのが熊本回生会病院であることは前記第二の一2(二)のとおりである。)旨の記載があるから、原告の後遺障害を不全麻痺ではなく、遺障害診断書(甲第四号証。なお、同趣旨の記載のある丙第一五号証も同様である。)記載のように、完全対麻痺としてよいかは疑問がある(なお、完全麻痺とは脊髄が完全に損傷を受け、その脊髄レベル以下が完全に麻痺したことをいい、不全麻痺とは脊髄が部分的に損傷を受け、知覚及び運動とも部分的に機能していることをいう(丙一九号証四頁、証人木村博光の証人調書七頁・三七頁)。)。

(2) ところで、完全麻痺か不全麻痺かを判断するには、運動麻痺、知覚麻痺、膀胱直腸障害の存否・程度が重要な要素となる(丙第一九号証一〇頁、証人木村博光の証人調書九頁・一〇頁)ところ、城山病院の診療録(丙一六号証、第一九号証一〇頁ないし一四頁)には次のような記載がある。

ア 運動麻痺

<1> 平成三年七月二九日

大腿四頭筋 右〇 ・左〇

大腿屈筋群 右一 ・左一

前脛骨筋 右〇 ・左〇

<2> 平成三年八月二日

大腿四頭筋 右一プラス~二 ・左〇

大腿屈筋群 右一プラス~二 ・左〇

前脛骨筋 右〇 ・左〇

<3> 平成三年八月一六日

腸腰筋 右一 ・左一

大腿四頭筋 右〇 ・左〇

前脛骨筋 右〇 ・左〇

<4> 平成三年九月二日

腸腰筋 右四 ・左三

大腿四頭筋 右三 ・左〇~一

大腿屈筋群 右三 ・左二

前脛骨筋 右〇~一 ・左〇~一

<5> 平成三年九月一〇日

大腿四頭筋 右四 ・左二

大腿屈筋群 右三 ・左三

前脛骨筋 右〇~一 ・左〇~一

<6> 平成三年一〇月一一日

腸腰筋 右四 ・左四

大腿四頭筋 右四マイナス ・左二

大腿屈筋群 右三 ・左〇~一

前脛骨筋 右〇~一 ・左〇~一

<7> 平成三年一〇月一八日

腸腰筋 右五 ・左五

大腿四頭筋 右四マイナス ・左二

前脛骨筋 右〇~一 ・左〇~一

<8> 平成三年一一月一日

大腿四頭筋 右四マイナス ・左二

大腿屈筋群 右三 ・左二

前脛骨筋 右〇~一 ・左〇~一

<9> 平成三年一一月一八日

大腿四頭筋 右四 ・左三

大腿屈筋群 右三 ・左二

前脛骨筋 右〇~一 ・左〇~一

<10> 平成三年一一月二七日

大腿四頭筋 右四マイナス ・左一

大腿屈筋群 右四マイナス ・左三

そして、筋力は、五が正常、〇が完全麻痺を示しており、四以上あればかなり動く状態であり、筋力が三以上あればその支配神経が活動しているとされるところ、損傷を受けた部位以下のレベルで少しでも筋力が回復し、運動が可能なら不全麻痺であるから、原告の右筋力の状況からすると原告の後遺障害は不全麻痺というべきものである(丙第一九号証一〇頁ないし一二頁、証人木村博光の証人調書一三頁ないし一五頁・三七頁・三八頁)。

イ 知覚麻痺

<1> 平成三年九月二日

右 L3~L4知覚鈍麻、L5~S1知覚脱失

左 L2~L3知覚鈍麻、L4知覚脱失

<2> 平成三年九月一七日

右 L5~S1知覚脱失

左 L4~S1知覚脱失

<3> 平成三年九月二七日

右 L3まで正常、L4知覚鈍麻、L5~S1知覚脱失

左 L1まで正常、L2~L3知覚鈍麻、L5~S1知覚脱失

<4> 平成三年一〇月一八日

右 L4領域まで知覚鈍麻、L5、S1は知覚脱失

左 L3領域まで知覚鈍麻、L4、L5、S1、S2は知覚脱失

<5> 平成三年一一月一九日

右 L2~L4知覚鈍麻、L5~S1知覚脱失、S2~知覚鈍麻

左 L2~L4知覚鈍麻、L5~S2知覚脱失、S3~知覚鈍麻

そして、右知覚の状況が正常ないし知覚鈍麻にとどまる領域があるから、原告の後遺障害は不全麻痺であるといえる。

ウ 膀胱直腸障害

<1> 平成三年八月九日

膀満感(尿意)はかすかに分かる。

膀訓中(膀胱訓練中)

<2> 平成三年八月三〇日

バルーン抜去(尿意が出てきて管を入れておく必要がなくなつたことを意味する。)

<3> 平成三年九月六日

膀胱直腸障害マイナス

<4> 平成三年一〇月一一日

膀胱直腸障害

ほぼ完全に分かる。

勃起も分かるようになつてきた。

<5> 平成三年一一月一二日

膀胱直腸障害マイナス

右症状からすると、原告に膀胱直腸障害がなく(なお、後遺障害診断書(甲第四号証)でも直腸・膀胱機能は保たれているとされている(前記5(一)(2))。)、原告の後遺障害は不全麻痺というべきである(証人木村博光の証人調書九頁・一〇頁・二二頁・五五頁・五六頁)。

(三)(1) また、後遺障害診断書(甲第四号証)には、関節機能障害として次の記載がある。

ア 股関節

屈曲 他動 右一二五度・左一二五度

自動 右一二五度・左一二五度

伸展 他動 右一五度・左一五度

自動 右〇度・左五度

外転 他動 右四五度・左四五度

自動 右二〇度・左二〇度

内転 他動 右二〇度・左二〇度

自動 右二〇度・左二〇度

外旋 他動 右四五度・左四五度

自動 右三〇度・左三〇度

内旋 他動 右四五度・左四五度

自動 右二〇度・左二〇度

イ 膝関節

屈曲 他動 右一三〇度・左一三〇度

自動 右一二〇度・左四〇度

伸展 他動 右〇度・左〇度

自動 右〇度・左〇度

ウ 足関節

背屈 他動 右二〇度・左二〇度

自動 右〇度・左〇度

底屈 他動 右四五度・左四五度

自動 右〇度・左〇度

(2) 右記載によると、股関節は可動域が多少の減少、膝関節は右がほとんど障害なし・左が可動域が二分の一以下に減じているので著しい機能障害あり、足関節は左右が全廃といえ、足関節に装具を付ける又はつえを使うことで多少の歩行ができる可能性がある(証人木村博光の証人調書一〇頁ないし一二頁・三一頁ないし三五頁・四四頁・四七頁・四八頁)。

(四) そして、原告の現在の状況は、日常生活を車いすで行わなければならないが、そのうち特に支障があることは、<1>食事を自分で作ることができない、<2>ふろに入る際に手助けが要る、<3>外出した際に車いすで通れない道・上がれない階段・入れない建物等があるため手助けが要る、<4>洗濯が自分でできないというものである(前記(一)(2)、甲第一三号証、第一六号証四項・五項、丙第三号証、第四号証、第一五号証、証人木村博光の証人調書二二頁・六四頁・六五頁、証人北口春江の証人調書七頁ないし九頁、原告の本人調書二頁ないし四頁・一一頁・一二頁・四一頁・4二頁)

(五) 以上のことからすると、原告には、全面的な付添いの必要性までは認められないが、部分的な付添いの必要性は認められるところ、右部分的な付添費の額は一日あたり二〇〇〇円を相当とする。

また、症状固定日の原告の年齢が二〇歳であり(前記第二の一2(三))平均余命は五六・九一歳を下回らないところ、右五六年間に相当するライプニツツ係数が一八・六九八五である。

したがつて、将来付添費は、次の数式のとおり、一三六四万九九〇五円となる。

2,000×365×18.6985=13,649,905

6  休業損害 三九五万八七三四円

原告は、高卒定期採用により、凸版印刷株式会社に入社し、本件交通事故(平成三年七月九日)前に二一万七九一二円の月収を得ていた(甲第七号証、第八号証、丙第七号証。なお、原告は、平成三年四月一日入社し、正社員になつたのが同年五月二一日であるから、同年七月九日に起きた本件交通事故後の休業損害を考える際に、正社員となる前の低い平成三年四月及び五月の月収を考慮するのは相当でない。)。

そして、原告は、本件交通事故後平成三年八月一五日まで給与の支払を受けたが、同月一六日から平成四年八月一五日まで休職扱いとされ、右一五日就業規則により自然退職となつた(甲第七号証、第一六号証一項、丙第七号証)ところ、平成三年八月一六日(休職扱いの日)から平成五年二月一〇日(症状固定日。前記第二の一2(三))まで(五四五日間)入院等をしており(前記第一の一2(二))右五四五日間就労できなかつたと認められる。

したがつて、休業損害は、原告の主張のとおり、三九五万八七三四円を認める。

7  後遺障害による逸失利益 七〇八九万三〇二三円

(一)(1) 原告は、平成三年四月一日、高卒定期採用により、凸版印刷株式会社に入社し、本件交通事故前に二一万七九一二円の月収を得ていたが、同年八月一六日から平成四年八月一五日まで休職扱いとされ、右一五日就業規則により自然退職となつた(前記6)。

そうなると、原告は、右会社に継続して勤務すれば、少なくとも年収五四九万一六〇〇円(賃金センサス平成五年第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の男子労働者の平均賃金額)を得ることができたと推認できる。

ところで、凸版印刷株式会社は、同社の平均的な職員が、三〇歳で五二五万五一一二円、四〇歳で七五〇万七四三〇円、五〇歳で九〇五万五六八六円の年収を得ているとしているが、右年収には住宅手当、残業手当、夜勤手当、交替制割増手当等の諸手当を含まれている(甲第一一号証、第一二号証、第一四号証の一ないし三、第一五号証)ところ、右諸手当は個人、月ごとに変動し得るものと推認できる(甲第一二号証参照)から、右各証拠をもつてしても、原告主張のように原告が年収六二九万七九〇〇円を得ることができたとまで認めることはできない。

なお、凸版印刷株式会社の関東圏内の従業員の給与は、給与規定上同一であり、東京都と群馬の格差が全くない(甲第一五号証)から、原告の逸失利益の算定の際に群馬県の賃金センサスによるべきとする被告日産火災海上保険株式会社の主張(前記第二の二3(二)(2)ア<1>)は失当である。

(2) そして、原告は、現在、希望の里ホンダ株式会社で就労しているところ、同社の平均賃金は三〇九万七八七四円である(丙第二〇号証の一ないし三)。

ところで、希望の里ホンダ株式会社は、障害者も健常者と共に働ける雇用の場づくりを目的とし、本田技研五一パーセント・熊本県四四パーセント・松橋町五パーセント出資の第三セクター方式による、従業員五〇人(うち身体障害者二四人)の重度障害者多数雇用企業であり、福祉的観点から障害者の雇用を確保するための企業といえるが、右会社の業務内容は、本田の二輪及び四輪の部品製造等であつて、普通の自動車製造業の業務内容と異ならない(丙第一七号証、第一八号証)のであるから、希望の里ホンダ株式会社からの収入は労働の対価というべきものであつて、原告の右収入は、逸失利益の算定の際の収入を考える際に考慮すべきものである。

もつとも、原告の後遺障害の程度(前記5)からすると、原告は、希望の里ホンダ株式会社から収入を得るため特段の努力をしていると認められるから、後遺障害の逸失利益の算定のための収入を考慮する際、同社の平均賃金全額を賃金センサスから控除するのは相当ではない。

(3) 以上のことに加え、原告の後遺障害の程度(前記5)からすると、五四九万一六〇〇円(賃金センサス平成四年第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の男子労働者の平均賃金額。前記(1))と、一五四万八九三七円(希望の里ホンダ株式会社の年収平均の二分の一に相当する金額。前記(2)参照)の差額三九四万二六六三円が、本件交通事故により原告の喪失した年収とするのが相当である。

また、症状固定日の原告の年齢が二〇歳である(前記第二の一2(三))から、就労可能年数四七年間に相当するライプニツツ係数は一七・九八一〇である。

したがつて、逸失利益は、次の数式のとおり、七〇八九万三〇二三円である。

3,942,663×17.9810=70,893,023

8  慰謝料 二〇三〇万〇〇〇〇円

慰謝料は、原告の後遺障害の程度(前記5)、入院日数(前記第二の一2(二))等弁論に現れた諸般の事情を斟酌すると、二〇三〇万円が相当である。

9  物損 二三万八四六二円

甲第九号証、弁論の全趣旨により、原告の主張のとおり認める。

10  住宅改造費 八〇万〇〇〇〇円

甲第一六号証六項、第一七号証、証人木村博光の証言(同人の証人調書二二頁)、証人北口春江の証言(同人の証人調書九頁ないし一二頁)により八〇万円の限度で認める。

11  装具代 二〇万七九六〇円

甲第一八号証、原告の供述(同人の本人調書二三頁ないし二五頁)により、原告の主張のとおり認める。

12  合計 一億一二三七万三八六二円

右1から12までの合計である。

ただし、無保険車傷害条項は、生命が害されること、または身体が害されその直接の結果として後遺障害が生じることによつて生じる損害について保険金を支払うものである(一条一項。甲第一九号証の一参照)から、被告日産火災海上保険株式会社に対する保険金請求の前提となる合計は、右9物損二三万八四六二円を除いた一億一二一三万五四〇〇円である。

13  損害合計 五三七六万九〇二九円

損害合計は、13の合計一億一二三七万三八六二円、原告の過失相殺割合三割(前記一)、既払金合計二四八九万二六七四円(前記第二の一4)を考慮すると、次の数式のとおり、五三七六万九〇二九円である。

112,373,862×(1-0.3)-24,892,674=53,769,029

ただし、被告日産火災海上保険株式会社に対する保険金請求の前提となる損害合計は、13の合計一億一二一三万五四〇〇円、原告の過失相殺割合三割、既払金合計二四八九万二六七四円(前記第二の一4)とするから、次の数式のとおり、五三六〇万二一〇六円である。

112,135,400×(1-0.3)-24,892,674=53,602,106

14  弁護士費用 三〇〇万〇〇〇〇円

弁護士費用は、本件における認容額、訴訟の経過等を斟酌すると三〇〇万円が相当である。

15  損害総合計 五六七六万九〇二九円

右14と15の合計である。

ただし、被告日産火災海上保険株式会社に対する保険金請求の前提となる損害総合計は、五三六〇万二一〇六円と三〇〇万円の合計五六六〇万二一〇六円である。

三  既払金について

被告日産火災海上保険株式会社は、原告に対し、二五四万円の支払をしている(丙第二二号証の一・二)が、このうち二〇〇万円は搭乗者傷害保険金であることは被告日産火災海上保険株式会社も自認するところである(前記第二の二3(三))ところ、右差額五四万円も搭乗者傷害条項九条に基づき支払われた医療保険金と推認できる(甲第一九号証の一)。

そして、右医療保険金は定額で支払われること(搭乗者傷害条項八条。甲第一九号証の一)、かつ、右支払により、被保険者が加害者に対して有する損害賠償請求権が保険会社に移転しないこと(搭乗者傷害条項一二条。甲第一九号証の一)からすると、右医療保険金の支払が、無保険車保険の既払金とならないのとするのが相当である。

したがつて、五四万円を既払金とする被告日産火災海上保険株式会社の主張(前記第二の二3(三))は失当である。

四  遅延損害金の起算日について

無保険車傷害条項八条一項には、「当会社が保険金を支払うべき損害の額は、賠償義務者が被保険者またはその父母、配偶者もしくは子が被つた損害について法律上負担すべきものと認められる損害賠償責任の額によつて定めます。」と定められているところ、不法行為による損害賠償債務は、何らの催告を要することなく、損害の発生と同時に遅滞に陥るものと解すべきである(最高裁判所昭和三七年九月四日第三小法廷判決・民集一六巻九号一八三四頁)から、賠償義務者である被告久保田滋が被保険者である原告に対し法律上負担すべき損害賠償責任の額は、本件交通事故の起きた平成三年七月九日からの遅延損害金も含むものと解すべきである。

したがつて、被告日産火災海上保険株式会社に対する遅延損害金の起算日は、本件訴状が被告日産火災海上保険株式会社に送達された日から三〇日を経過した日からとする被告日産火災海上保険株式会社の主張(前記第二の二3(四))は失当である。

五  結論

よつて、原告の請求は、<1>被告久保田滋に対し、金五六七六万九〇二九円及びこれに対する平成三年七月九日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を、<2>被告日産火災海上保険株式会社に対し、金五六六〇万二一〇六円及びこれに対する平成三年七月九日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限りで理由があるから認容し、その余は理由がないからいずれも棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判官 栗原洋三)

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