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東京地方裁判所 平成6年(ワ)8799号 判決 1997年2月10日

主文

一  被告明徳産業株式会社は、原告に対し、金七一五万二二八四円及びこれに対する平成五年一一月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告明徳産業株式会社に対するその余の請求及び被告和田力夫に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告和田力夫との間においては、全部原告の負担とし、原告と被告明徳産業株式会社との間においては、これを五分し、その一を被告明徳産業株式会社の、その余を原告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

被告らは、原告に対し、連帯して金三九四五万三三〇八円及びこれに対する平成五年一一月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、アパートの外階段を歩行中に、右階段の崩落に伴い落下して左足を負傷した原告が、右アパートの所有者及び右アパートの管理人に対し、民法七一七条一項に基づき、損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実

1 (本件事故の発生)

原告は、訴外乙山春子(以下、「乙山」という。)と、平成五年一一月二一日午後四時ころ、東京都世田谷区《番地略》所在の共同住宅「コーポメイトク」(以下「本件建物」という。)の四階に居住する知人、訴外丙川夏子方を訪問するため、本件建物の三階から四階に至る外階段(以下「本件階段」という。)を昇っていたところ、突如、同階段が倒壊し、原告及び乙山は階段もろとも三階部分に落下した(以下「本件事故」という。)。

2 (本件階段の状況)

右事故は、本件階段の踏面・蹴上げ部分と左右の鉄板(ササラ桁)との溶接部分が腐食等のため剥離し、階段部分が丸ごと分離して、約二・一五メートル下の二階階段部分まで落下したというものである。

本件事故に関する警察署の実況見分の結果、本件階段のうち落下した階段部分は、左右接着点部分の鉄板には錆が付着するとともに若干の隙間が認められたほか、落下した階段の各接着部分は、錆や泥等が付着し、腐食しており、落下した階段の裏側には、左右接着点部分階段の継ぎ目に錆痕跡が認められた。

3 (本件建物の所有及び管理関係)

被告明徳産業株式会社(以下「被告明徳産業」という。)は、不動産の賃貸及び管理等を目的とする会社であり、本件事故当時、本件建物を所有していた。被告和田力夫(以下「被告和田」という。)は、肩書地において「コクエイ不動産」の名称で不動産の管理・仲介等を業としており、本件事故当時、被告明徳産業に委託されて本件建物の管理業務を行っていた。

4 (損害の填補)

被告らは、本訴提起後、原告に対し、本件事故による損害賠償金内金として金一〇〇万円を支払った。

二  争点

1 本件階段の設置又は保存に瑕疵があったか。

(原告の主張)

建物の階段は、階段として通常備えるべき性能を保持していれば、通常の人数の通常の使用方法(人の昇降)によって突如倒壊することなどありえない。

したがって、本件階段が、成人女性二名の通常の使用(昇降)によって倒壊したという結果そのものからみて、この部分の設置・保存に瑕疵が存したことは明白である。前記実況見分の結果からも、本件階段には、錆の付着、隙間及び泥により、かなりの朽廃が生じていたことが窺える。

(被告らの主張)

本件階段については事故発生の徴候は全くみられず、本件建物の居住者も本件階段の危険性については全く感知していなかった。本件事故は正に突発的に発生したものである。従来通常の使用状態では事故が発生しなかった本件階段において、突如本件事故が発生したことについては、原告及び乙山の歩行態様にも原因があったことが推測される。

2 被告らは、本件階段の占有者に該当するか。

(原告の主張)

被告和田は、本件建物の所有者である被告明徳産業から本件建物の管理の委託を受け、賃料等の集金業務などの事務を行うと同時に、本件建物全体及び各室の保全・点検業務を行っていたものである。また、本件建物に何らかの異常が認められた場合には、居住者から必ず被告和田のもとに通報、連絡が入るシステムとなっていた。このように、被告和田は本件建物全体の管理業務を行っていたものであるから、本件階段を含む本件建物全体の占有者である。

被告明徳産業は、本件建物の所有者かつ管理委託者として、被告和田が十分な管理を行うよう指揮監督すべき立場及び権限を有しており、また、従前から本件建物の外壁工事、階段等の錆止め、塗装工事等を定期的に行ってきているものであるから、被告明徳産業は、本件階段を含む本件建物を被告和田と共同して事実上支配していたものであり、本件事故発生の当時、本件階段の瑕疵を修補し、損害の発生を未然に防止しうる地位にあった。したがって、同被告も、本件階段の占有者であったことは明らかである。

(被告らの主張)

被告明徳産業は、本件建物の建築当初から、被告和田に対し、本件建物の入居者との賃貸借仲介等を委託してきた。右仲介委託契約の内容は、被告和田が賃貸人となり、賃借人との間で賃貸借契約を締結し、契約上の賃貸人の権利及び義務を負担し、賃料受領や賃借人の苦情処理をするというものであった。しかし、被告和田は本件建物の占有者ではない。

また、被告明徳産業も、本件建物を事実上支配していたものではなく、本件建物の占有者ではない。

3 免責事由の存否

(被告らの主張)

本件階段の各踏板は、三階から四階に斜めに設置された長さ五・七二メートルのササラ桁に蹴上げ鉄板と踏面鉄板が溶接により止められ、さらに上下の踏板どうしも溶接により止められている構造で、各溶接部分は全面溶接すべきところ、実際には各部がすべて点溶接の仮溶接をしたのみで外からセメントを塗っていたものである。本件事故当時、本件建物は完成後一三年を経過しており、右仮溶接が永年の使用で疲労していたところに、何らかの衝撃により仮溶接がはずれ踏板がバラバラになって落下したものであると考えられる。

被告明徳産業は、瑕疵のない完全なものとして本件建物の引渡しを受けたものであり、本件階段はセメントで塗り込められていたので、内部の溶接状況は全く分からなかったし、引渡し後、本件事故までの管理中にもセメント内部の状況は全然分からなかった。被告明徳産業は、本件建物の所有者として、外壁工事、階段等の錆止め、塗装工事等を定期的に行うとともに、本件建物の管理者である被告和田に対し、指揮監督を行い、被告和田は十分な管理を行っていたが、本件事故発生以前に、入居者から本件階段についての異常があるとの知らせや、修理点検の要望はなかった。また、被告和田は、本件事故当日、本件階段を昇降したが、何らの異常も認められなかった。

このように、被告らは、本件階段における事故を防止するに必要な注意義務を尽くしていたのであり、本件階段の瑕疵によって落下することを予見し、これを修補することは不可能であった。

(原告の主張)

被告和田は、業として本件建物の管理を行う者であるから、本件階段部分と鉄板(ササラ桁)との溶接部分が、時間的経過とともに酸化・腐食・分離することがないよう安全性を常に点検すべき義務を負担していることは当然であり、右義務を怠ったことにつき無過失ということはあり得ない。被告和田に本件建物の管理を委託していた被告明徳産業についても同様である。

4 損害

(原告の主張)

原告が本件事故により被った損害は、次のとおりである。

(一) 医療費 金一二万九八〇五円

原告は、本件事故によって、左足開放骨折の傷害を負い、平成五年一一月二一日から同年一二月二二日まで三二日間東京都立広尾病院に入院し、右期間の入院費用として金七万九八九〇円を支出した。また、退院後、後記症状固定日である平成七年三月二四日までの一年三か月間(実通院日数一二四日)にわたり同病院等に通院を継続し、右期間の通院治療費として金四万六七六〇円及び包帯等の費用として金三一五五円をそれぞれ支出した。

(二) 入院雑費 金三万八四〇〇円

原告は、三二日の入院期間中、一日当たり金一二〇〇円の雑費を要した。

(計算式・1,200×32)

(三) 短下肢装具費用 金六万二三九三円

左短下肢装具の製作費

(四) 通院交通費 金二五万五一四〇円

原告は、退院後、しばらくの期間は歩行不能であり、通院にはタクシーを利用した。平成五年一二月二二日から平成六年三月三一日までの間の通院交通費(タクシー)は金九万三七六〇円である。

また、同年四月一日以降も、同年七月ころまでは歩行が極めて困難であったため、通院往復にはやはりタクシーを利用せざるを得ない状態であった。同月以降はリハビリ訓練もかね、電車を利用し始めたが、当初、バスは乗降等が困難であるために利用できず、電車及びタクシーを利用していた。そして、同年八月以降になると、ようやくバスも利用して通院できるようになったものの、受傷部位の痛みの激しい時などは電車、バスのほか、タクシーも併用して通院せざるをえなかった。原告が、電車、バス等を利用して自宅から東京都立広尾病院に通院する経路は複数あり、同年四月一日以降の各通院日の通院経路及び金額は、別紙「電車バス通院交通費詳細」記載のとおり金三万一三八〇円であり、同日以降のタクシー代は、金一三万円である。

(五) 休業損害 金四三〇万六一三〇円

原告は、本件事故当時、戊田株式会社に勤務し、主に外回りの仕事に従事していたものであり、本件事故前の平成五年度分の年収は金三二〇万九五三八円であった。原告は、本件事故による入院と療養のため、平成五年一一月二一日から平成七年三月二四日までの四八九日(一六・一月)間就労不能であった。

(計算式・3,309,538÷12×16.1)

(六) 退職に伴う出捐 金一万三三一〇円

原告は、本件事故により長期間の休業を余儀なくされ、また、回復・職場復帰の時期も明確でなかった。そのため必然的に退職せざるを得なくなり、平成六年一月三一日付で退職したが、その際、会社から貸与されていた書籍及び制服の返還費用等として右金額を支出した。

(七) 後遺障害による逸失利益

金二二五二万〇五五七円

本件事故により、原告の左足関節の運動可能領域は、健側の二分の一以下に制限されており、また、激しい痛みを伴うため、杖等の補助なしには起居、移動等ができない状態である。長時間の歩行継続、直立維持等も困難である。原告の右症状は、平成七年三月二四日固定しており、これは、「左足関節の機能を廃したもの」として、自賠責保険・労災保険の後遺障害等級表(以下、「自賠責等後遺障害等級」という。)の八級七号の後遺障害に該当する。事実、原告は、同年六月一二日、東京都より、身体障害者福祉法別表に掲げる障害等級(以下「身障者福祉法障害等級」という。)五級(左足関節機能全廃)に該当する旨の認定を設けており、右は自賠責等後遺障害等級の八級七号に相当する。

後遺障害八級の労働能力喪失率は四五パーセント、労働可能年数(症状固定時三六歳)三一年間の新ライプニッツ計数は一五・五九二八なので、原告の後遺障害による逸失利益は、金二二五二万〇五五七円となる。

(計算式・3,209,538×0.45×15.5928)

(八) 入通院慰謝料 金一七五万円

原告は、前記(一)のとおり、三二日間の入院及び一年三か月間の通院治療を余儀なくされたので、入通院慰謝料は金一七五万円が相当である。

(九) 後遺症慰謝料 金七七〇万円

原告は、自賠責等後遺障害等級八級七号に該当する後遺障害に悩まされているので、金七七〇万円が相当である。

(一〇) 弁護士費用 金三六七万七五七三円

原告は、被告らに対する本訴の提起及び追行を原告代理人弁護士らに委任した。前記(一)から(九)の合計は金三六七七万五七三五円であるところ、弁護士費用としては、その一割相当たる金三六七万七五七三円が相当である。

(一一) なお、原告は、本訴提起後、被告らから、本件事故による損害賠償金内金として金一〇〇万円の支払を受けたため、請求額は前記(一)から(一〇)の合計額から右金額を控除した金三九四五万三三〇八円となる。

(被告らの主張)

(一) 原告は、平成六年一月三一日付で任意退職しているから、以後は就労不能期間ではなく、また、原告は、傷病手当・失業給付等を受けている。

(二) 原告の後遺障害は、自賠責等後遺障害等級八級七号に該当するものではなく、原告主張の逸失利益及び後遺症慰謝料の金額は不当である。

右障害は、左足くるぶしの屈曲角度が減じたというものであり、原告は、平成六年六月二一日の時点で独歩できたものである。原告の本件事故前の労働の内容は、事務職であったのであるから、右後遺障害が現実に原告の労働に与える影響は極めて少なく、右現実の労働内容に即して考えると、原告の労働力喪失率はせいぜい一五パーセント程度である。また、労働能力喪失期間は、障害内容・部位・程度・年齢等によって決定され、事案によっては期間に応じた喪失率の逓減が認められるのであり、原告の年齢からいって、リハビリでの機能回復や日常生活での慣れにより労働能力喪失率は時間的経過とともに逓減し、数年内には労働能力喪失率は零に至ると考えられる。

なお、原告は、平成七年六月一二日に東京都より身障者福祉法障害等級五級の認定を受けているが、身体障害者福祉法における身体障害の等級は、身体障害者に対する福祉面からの支援を与えるについての身体障害の程度を等級化するものであり、一方、自賠責等後遺障害等級は労働能力喪失割合の算定に反映させるためのものであって、両者は全く目的を異にする等級認定である。よって、右両者の等級を連動させることはできないというべきである。右認定に供された診断書及びその後に作成された、原告の後遺障害の程度が自賠責等後遺障害等級八級七号に該当する旨の診断書は、原告の痛みの主訴のみを根拠に同年三月二四日における一〇級一一号「一下肢の三大関節中の一関節の機能に著しい障害を残すもの」該当との判断を変更しており、客観性に乏しい。

しかも、原告は、平成八年一一月の時点において、新宿のデパートに電車、徒歩で通勤し、午前九時三〇分から午後六時三〇分まで勤務しており、高さ四ないし五センチメートル高さのヒール靴を着用し、杖にはほとんど頼らずに(原告は杖を常時右手に持っており、杖の先を地面に付けずにブラブラしていることもある。)相当の距離を通常人とほぼ変わりなく歩行し、杖に頼らずにしゃがんだり立ったりすることもできる状態である。このような歩行が可能であるから、原告の左足踝の後遺障害は、一二級七号の「一下肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの」の程度にも至っていない。

(三) 原告の入院日数は三二日間で、その後の通院実日数は一二四日であり、これにはリハビリの日も含まれるのであるから、原告主張の入通院慰謝料の金額は過大である。

(原告の反論)

原告は、左足に体重がかからないように右手に杖を持っているのであり、着用している靴もヒールの高さは約一ないし二センチメートルにすぎず、仕事に遅れないように常に無理をして歩行しているために、帰宅後は常に足がむくんだり、激痛が走ったりする状態である。また階段の昇降時は常に手摺りの近くを歩行し、時折手摺りをつかんで歩行することもあり、到底通常人とほぼ変わりなく歩行できる状態であるとはいえない。しかも、このまま放っておくと、原告は足関節を固定する手術を受ける可能性もある。

原告は、本件事故前は主に外回りの仕事に従事していたが、右のような状態では、従前と同様の条件での勤務継続は不可能であり、就業の機会を著しく制限されているのであるから、労働能力喪失率は四五パーセントを下らない。

第三  争点に対する判断

一  争点1(本件階段の設置又は保存に瑕疵があるか)について

1 前記争いのない事実、《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

(一) 被告明徳産業は、昭和五三年九月一二日、訴外株式会社曽原建設に本件建物の建築を発注し、同会社は建築を請け負い、昭和五四年二月ころ、本件建物を完成した。本件建物は一階部分が倉庫、二階ないし四階部分が賃貸マンションとなっており、外階段式であった。

(二) 本件階段は、横幅一・一メートル、各段の高さは一八センチメートル、全部で一三段あり、左右両側には鉄板のササラ桁が設置され、各段の踏面及び蹴上げ部分の両側端部分と接続しており、接続面も含め、外観はセメント仕上げとなっていた。

また、本件階段の左右には、手摺りは設置されておらず、太さ三センチメートル×二センチメートルの鉄角棒が一三センチメートル間隔で垂直に立てられ、安全昇降の用に供されていた。

(三) 原告及び乙山は、平成五年一一月二一日午後四時ころ、本件建物の四階居室に居住する訴外丙川夏子を訪問すべく、本件階段を、乙山が先立ち、原告が後から昇っていった。乙山が本件階段の下方から一一ないし一二段目、原告が下方から六ないし七段目あたりまで昇っていったところ(なお、その通行態様が著しく通常と異なるものであったことを認めるに足りる証拠はない。)、突如、本件階段が下方三段、上方一段を残し、中央部分九段分全て(その長さは約二・七メートル)がササラ桁から分離し落下した。乙山及び原告は、倒壊した階段もろとも落下し、両名とも本件建物の二階から三階に至る外階段の下方約二・一五メートル、ほぼ二階に近い場所に転落した。

本件事故により、原告は左足関節開放骨折、乙山は右大腿部打撲傷及び右手掌部打撲擦過傷の各傷害を負った。

右落下した階段は、三段続きの固まり二個、二段続きの固まり一個、一段のみ四個と分断された形になっており、各接着部分には錆や泥等が付着し腐食していた。また、本件階段のうち落下した階段部分の左右接着部分の鉄板には錆が付着するとともに若干の隙間が認められ、また、落下した階段の各接着部分は、錆や泥等が付着し、腐食していた。右階段部分の左右接着の溶接部分は一段につき二か所であり、右階段の踏面鉄板と蹴上げ鉄板との継ぎ目部分は全体的に錆びており、溶接部分は左右両端より約七センチメートルの箇所から約二四センチメートル間隔に五か所であった。なお、本件建物の二階から三階に至る外階段の左右接着部分にも、錆が付着し若干の隙間が認められ、右階段の裏側の左右接着点部分及び階段の継ぎ目からは、錆痕跡が認められた。

2 右認定の事実によれば、本件階段は、本件建物の一部を構成し、民法七一七条一項の土地工作物に該当するところ、踏面及び蹴上げ部分と左右ササラ桁並びに各踏面及び蹴上げ部分との接続部分は、本来であれば全面溶接すべきであるのに、点溶接のみで固定されており、元々十分な構造耐力を有していなかったものが、時間的経過とともに右溶接部分の腐食、分離が進行し、偶々原告及び乙山の通行中に耐力の限界を超えて本件事故が発生したものと認められ、本件階段が階段として通常備えるべき安全性を欠いていたことは明らかであるから、その設置に瑕疵があったものというべきである。

二  争点2(被告らは、本件建物の占有者に該当するか。)について

前記争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば、被告明徳産業は、本件建物の所有者であり、被告和田に本件建物の賃貸及び管理業務を委託するとともに、自ら定期的に本件建物の外壁工事、階段の塗装及び錆止め工事等を行っており、被告和田は、本件建物の管理業務を行い、本件建物についての居住者の苦情等にも対応すべき立場にあったことが認められる。

したがって、被告らは、いずれも、本件建物の構成部分である本件階段を事実上支配し、その瑕疵を修補して損害の発生を防止しうる立場にあったものと認められ、民法七一七条一項の土地工作物の占有者であるというべきである。

三  争点3(免責事由の存否)について

前記一の認定事実によれば、本件事故は、本件階段の踏面鉄板及び蹴上げ鉄板とササラ桁の接続面並びに各踏面鉄板と蹴上げ鉄板との接続面が、本来は全面溶接すべきところ、点溶接のみで固定されていたというのであるから、溶接工事の手抜きに起因するものと考えられる。そして、本件階段は接続面も含めて外観はセメント仕上げとなっており、その接合状況は外部からは全く見えなかったこと、本件事故当時、本件階段を含む建物は完成後一三年しか経過していないことは、前記認定のとおりである。

右のような状況下で、階段が通常の使用で落下するなどということは、一般に考え難く、建物の管理人である被告和田において、建物建築工事に右のような手抜きがあることを予測し、これが原因で本件事故のような落下事故の発生を予見し、右事故の発生を未然に防止するため、本件階段の瑕疵の存在を発見してこれを修補することを期待することはできない。本件階段を含む本件建物の外階段の継ぎ目部分に、錆痕跡や腐食、隙間が認められたことは前示認定のとおりであるが、このことも右認定を左右しない。右瑕疵のほかに、被告和田において本件階段の設置及び管理に過失があったことを認めるに足る証拠はない。

したがって、被告和田は、民法七一七条一項に基づく責任を負わないが、被告明徳産業は本件階段の所有者であるから、占有者として右設置及び管理に過失がなかったとしても、原告が本件事故により被った損害については、民法七一七条一項但書により損害賠償責任を免れない。

四  争点4(損害)について

1 医療費 金一二万九八〇五円

前記争いのない事実及び《証拠略》によれば、原告は、本件事故による左足開放骨折の傷害の治療のため、平成五年一一月二一日から同年一二月二二日まで三二日間東京都立広尾病院に入院し、右期間の入院費用として金七万九八九〇円を支出し、さらに、退院後、平成七年三月二四日までの一年三か月間(実通院日数一二四日)にわたり通院を継続し、右期間の通院治療費として金四万六七六〇円及び包帯等の費用として金三一五五円をそれぞれ支出したことが認められる。

2 入院雑費 金三万八四〇〇円

前記1のとおり、原告の入院期間は三二日間であり、入院雑費は原告主張のとおり一日当たり金一二〇〇円が相当である。

(計算式・1,200×32)

3 短下肢装具費用 金六万二三九三円

《証拠略》によれば、原告は、本件事故により負傷した左足につき、短下肢装具を装着して荷重訓練を行い、右装具の製作費として金六万二三九三円を要したことが認められる。

4 通院交通費 金二五万三四〇〇円

《証拠略》によれば、原告は、退院後、しばらくの期間は歩行不能であり、平成五年一二月二二日から平成六年七月ころまでは通院には専らタクシーを利用し、同月以降も必要に応じて電車、バス及びタクシーを利用し、通院交通費として合計金二五万三四〇〇円を要したことが認められる。

なお、《証拠略》によれば、原告は平成五年一二月二九日にタクシーを利用し、その代金合計は金一七四〇円であることが認められるが、同日に原告が通院した事実は本件全証拠によっても認められないので、右金額については、通院交通費としては認めることはできない。

5 休業損害 金六三万三一一四円

《証拠略》によれば、原告は、本件事故当時、戊田株式会社に勤務しており、事故前の平成五年度分の年収は三二〇万九五三八円であったが、本件事故による入院と療養のため、平成五年一一月二一日から休業を余儀なくされ、平成六年一月三一日、同社を任意退職したことが認められる。

したがって、右七二日間における原告の休業損害は、金六三万三一一四円となる。

(計算式・3,209,538÷365×72)

なお、原告は、平成七年三月二四日までの間の休業損害を請求するが、《証拠略》によれば、原告は、平成六年一月三一日に任意退職した後は、就職することなく、かつ、傷病に対する手当及び失業に対する給付等の給付を受けていることが認められるから、右以後は休業による損害はない。

6 退職に伴う出捐

原告は、本件事故により長期間の休業を余儀なくされ、また、回復・職場復帰の時期も明確でなかったため勤務先から退職を迫られ、平成六年一月三一日付で退職した際、会社から貸与されていた書籍及び制服の返還費用等として金一万三三一〇円を支出した旨主張し、《証拠略》によれば、右金員支出の事実が認められる。

しかしながら、右金員支出は原告が任意退職したことに伴うものにすぎず、本件事故と相当因果関係ある損害と認めることはできないというべきである。

7 後遺障害による逸失利益

金一九四万五一七二円

(一) 前記争いのない事実、《証拠略》によると、次の事実が認められる。

(1) 原告は、昭和三三年七月二八日生まれの女性で、平成四年三月より、不動産管理業等を営む戊田株式会社に勤務し、マンション管理組合の預金口座がある各銀行に赴き、出入金、振替、送金、通帳記帳等を行う事務に従事していた。

(2) 原告は、平成五年一一月二一日午後四時ころ、乙山と共に、創価学会の信仰活動への勧誘のため、本件建物の四階に居住する丙川夏子を訪問する途上で本件事故に遭った。原告は、同日、東京都立広尾病院に入院し、左足関節の骨欠損部分をプレートとボルトで補強する手術を受けた。右関節骨は四、五個の大きな骨片と、多数の粉砕された小さな骨片となっていた。

(3) 原告は、同年一二月二二日に退院した。原告は、しばらくは左足を地面に付けることはできなかったが、平成六年四月ころより理学療法を開始し、両松葉杖をつきながら、左足に約一〇キログラム程度の荷重訓練を約二か月行い、その後は約二〇キログラムの荷重訓練を約二か月間、約三〇キログラムの荷重訓練を約二か月間継続した。その結果、同年六月二一日には、両松葉杖を使用して何とか独力で歩行できる状態であったが、疼痛及び左足の運動制限がみられた。同年七月ころには、全荷重が可能となり、装具の使用は不要となった。

(4) 同病院における原告の主治医は、当初は田中純一医師であったが、同月ころ、同医師の転勤により、坪田邦男医師(以下「坪田医師」という。)が原告の主治医となった。

(5) 原告は、右治療のための通院には専らタクシーを利用していたが、同月ころより、一部バス、電車を利用して通院するようになった。

(6) 平成七年二月二四日、原告に対する治療は終了した。坪田医師は、同年三月二四日、本件訴訟に提出するための後遺障害診断書を作成してほしい旨原告に依頼され、同人を診察した。レントゲン撮影の結果、左上脛骨遠位端骨欠損がみられ、診察の結果、原告の左足関節の運動可能領域は、背屈では、他動一〇度、自動六度、底屈では、他動三五度、自動三〇度であり、原告の右足関節の運動可能領域は、背屈では、他動二〇度、自動一五度、底屈では、他動七〇度、自動三〇度であった。また、原告からは左足関節痛の訴えもあった。坪田医師は、同日症状固定、原告の後遺障害は「左足関節著しい機能障害」で、自賠責保険における後遺障害等級一〇級に該当する旨の後遺障害診断書を作成した。

(7) その後、原告は、東京都より身体障害者の認定を受けるため、同年五月三〇日、同病院整形外科を受診した。右認定には資格ある認定医の作成した診断書が必要であるところ、坪田医師は右資格を有していなかったため、右資格を有する同科医長の大和田豊医師(以下「大和田医師」という。)が原告を診察した。原告は診察時、左足の強い痛みを訴えた。大和田医師は、同日症状固定、原告の後遺障害は「左足関節全廃」で、身体障害者福祉法別表の障害程度等級五級(自賠責保険における後遺障害等級八級七号に該当)に該当する旨の身体障害者診断書・意見書を作成した。右診断書・意見書には、原告は、杖を使用して屋内及び屋外を移動し、また、二階まで階段で昇降することが可能な状態であり、左足関節の運動可能領域は、右足関節の運動可能領域の約三分の一程度であり、左足筋力は半減している旨記載されていた。

原告は、右診断書・意見書を添えて東京都に身体障害者手帳の交付を申請し、同年六月一二日、東京都より身体障害程度等級五級、骨折による左足関節機能全廃との認定を受けた。

(8) 坪田医師は、同年九月一二日、原告の求めに応じ、「左脛骨遠位端骨欠損著しく、足関節変形も伴い、疼痛を強く、足関節の機能はほとんど消失している」旨の診断書を作成した。

(9) 原告は、同年一〇月一八日、同病院において、前記プレートとボルトを抜去する手術を受け、同月二八日退院した。右手術の後も、原告の左足関節の骨欠損は残存した。

(10) 坪田医師は、本件訴訟に提出するための診断書を作成してほしいとの原告の求めに応じ、同年一二月上旬ころ、原告を診察した。坪田医師は、原告の訴え及び診察の結果に基づき、その作成にかかる診断書・意見書に、左足内側のしびれ感、左足関節痛・運動制限、運動時痛、杖使用で歩行、約一キロメートルで痛み強く休む、しゃがみ込み不可、痛み強く歩行不能、同年五月三〇日症状固定、左足関節の運動可能領域は背屈零度、底屈四〇度、左足関節の機能はほとんど消失しており、原告の後遺障害は身障者福祉法障害等級五級及び自賠責等後遺障害等級八級に該当するなどと記載した。

(11) 原告は、平成八年九月二日より、新宿のデパート「甲田」に契約社員として勤務し、自宅(最寄り駅は東急新玉川線池尻大橋駅)から徒歩及び電車で通勤している。同年一一月における同人の歩行態様は、高さ約三ないし四センチメートルのヒール靴を着用し、右手に杖を持っており、少々速度は遅いものの、自然な歩き方であり、階段もゆっくりと、時折手摺りを使用してはいるが普通に昇降し、しゃがんだり立ったりすることも可能であるというものであり、また、原告は、常時杖の支えを要する状態ではない。

(二) 右事実を前提に判断する。

(1) 障害等級認定基準〔労災保険関係〕(昭和五〇年九月三〇日基発第五六五号、直近改正は平成三年一二月二五日基発第七二〇号)は、自賠責保険における後遺障害認定においても準拠すべきものであり、これによれば、自賠責等後遺障害等級八級七号「一下肢の三大関節中の一関節の用を廃したもの」とは、関節の完全強直又はこれに近い状態にあるもの、又は人工骨頭若しくは人工関節を挿入置換したもののいずれかに該当するもの、同一〇級一一号「一下肢の三大関節中の一関節の機能に著しい障害を残すもの」とは、関節の運動可能領域が、健側の運動可能領域の二分の一以下に制限されているもの、同一二級七号「一下肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの」とは、関節の運動可能領域が、健側の運動可能領域の四分の三以下に制限されているものをいう。

これを原告についてみると、平成七年三月二四日当時の左足関節の運動可能領域は、右側の運動可能領域の二分の一以下であり、坪田医師が、これをもとに、原告の後遺障害が自賠責等後遺障害等級一〇級に該当する旨診断したことは、それなりの合理性を有するといえる。

ところが、大和田医師は、同年五月三〇日、原告の痛みの主訴を重視して、原告の後遺障害が身障者福祉法障害等級五級「左足関節全廃」に該当する旨診断しているが、原告の左足関節の運動可能領域は、健側の運動可能領域の三分の一程度であり、「完全強直又はこれに近い状態」にあるとは到底いえず、また、原告は人工骨頭も人工関節も挿入置換していないのであるから、大和田医師の右診断は客観的根拠に乏しいといわざるをえない。

その後、坪田医師は、当初の自己の判断を覆し、さしたる根拠もなく、原告の左足関節の機能はほとんど消失しており、原告の後遺障害が自賠責等後遺障害等級八級、身障者福祉法障害等級五級に該当する旨診断しているのであって、右判断も合理性を欠くというべきである。なお、証人坪田邦男は、右のように判断した主な理由として、痛みが強くなったことを挙げ、原告の左足関節は日常生活上ほとんど機能していないので、機能全廃と判断してよい旨述べるが、痛みのみから、このような判断をすることについては合理的根拠に欠け、右意見は直ちに採用することができない。

(2) 前示認定の治療経過、原告の通勤態様等に鑑みると、原告は、未だ長時間の歩行は困難であり、走ることはできず、左足関節の運動可能領域も相当程度制限されていることが窺えるが、平成八年一一月の時点における原告の歩行状態は前示認定のとおりであり、原告の左足関節の運動可能領域が、健側の運動可能領域の二分の一以下に制限されているとは考えられないから、これらの事実からすると、原告に残存する後遺障害は、同一二級七号「一下肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの」に該当すると認めるのが相当である。

(3) そして、原告の年齢、勤務内容、後遺障害の程度、今後の慣れによる歩行時等における不便の解消、右障害の存在により雇用上の不利益を受ける可能性等を勘案すると、原告の労働能力は、右後遺障害により、今後五年間にわたり一四パーセント減じるものとみるのが相当である。

したがって、原告の逸失利益は、次の計算式により、金一九四万五一七二円となる。

(計算式・3,209,538×0.14×4.329(新ライプニッツ計数))

8 入通院慰謝料 金一七四万円

原告は、前記1のとおり、本件事故による傷害の治療のため三二日間の入院及び一年三か月間の通院治療(実通院日数一二四日)を要したので、入通院慰謝料は金一七四万円が相当である。

9 後遺症慰謝料 金二七〇万円

原告の後遺障害の程度は前記7に判示したとおりであるから、後遺症慰謝料は金二七〇万円が相当である。

10 損害の填補

原告は、本訴提起後、被告らから、本件事故による損害賠償金として一〇〇万円の支払を受けたことは、当事者間に争いがない。

11 弁護士費用 金六五万円

原告が、被告らに対する本訴提起を原告代理人弁護士らに委任したことは本件記録上明らかであり、前記1ないし10の合計は金六五〇万二二八四円であるところ、弁護士費用としてはその約一割に相当する金六五万円が本件事故と相当因果関係ある損害であると認められる。

第四  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、被告明徳産業に対して金七一五万二二八四円及びこれに対する平成五年一一月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条二項を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長野益三 裁判官 玉越義雄 裁判官 名越聡子)

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