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東京地方裁判所 平成6年(ワ)2810号 判決 1997年4月15日

主文

一  被告は原告に対し、金三三五四万三六七九円及びこれに対する平成二年八月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

被告は、原告に対し、金六六七一万二七五五円及び内金四七七八万〇一七九円に対しては平成二年八月六日から、内金一八九三万二五七六円に対しては平成八年六月二九日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、建物の居室に居住していた原告が、居室の窓手摺がはずれて窓から転落した事故について、右建物の所有者である被告に対して、民法七一七条に基づき損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1(当事者)

(一) 原告は、平成元年三月五日から、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)二階の二〇五号室(以下「本件居室」という。)に居住していた。

(二) 被告は、本件建物を建築し所有している。

(三) 被告補助参加人有限会社二瓶工務店(以下「補助参加人二瓶工務店」という。)は、施主である被告との間で請負契約を締結し、本件建物の手摺工事を含む設計施工監理を行った。

(四) 被告補助参加人旭窓業株式会社(以下「補助参加人旭窓業」という。)は、補助参加人二瓶工務店との間で窓枠工事及び手摺工事の下請契約を締結し、本件建物完成後の平成元年三月ころ、同工事を施工した。

(五) 被告補助参加人新日軽株式会社(以下「補助参加人新日軽」という。)は、右手摺工事に用いられた手摺の製造業者である(争いがない。)。

2 (本件事故の発生)

平成二年八月六日午後一〇時ころ、本件居室の和室東側窓(以下「本件窓」という。)の窓枠から手摺(以下「本件手摺」という。)がはずれ、原告は地面に転落した(以下「本件事故」という。)(争いがない。)。

3 (原告の傷害及び治療経過)

原告は、本件事故により、頭部外傷、頭蓋骨骨折、急性硬膜外血腫、左鎖骨骨折、多発性肋骨骨折、脳挫傷、脳内出血、全身打撲擦過傷、左肩甲骨骨折の傷害を負い、入院治療を受けた。原告は、平成三年九月二一日に症状が固定した後も現在まで精神病院に入院し、薬物治療等を継続しているが、痴呆、失見当識、記憶障害、健忘、作話等の症状を呈する知能障害があり、厚生年金法上の障害等級として三級一四号の裁定がなされているが、時に応じて援助や保護が必要ではあるものの、家庭内での単純な日常生活は可能であると診断されている。

二  争点

1(責任原因)

(一) 原告の主張

本件事故は、床から約四〇センチメートルの高さにある本件窓の手摺の取付強度が、取付ビスの強度不足等の原因により不十分であったために、原告が窓枠に腰かけた際に手摺が窓枠からはずれたことによって生じたものであり、土地工作物である本件建物の設置、保存に瑕疵がある。

(二) 被告及び補助参加人らの主張

本件手摺は十分な強度で設置されていたのであって、本件手摺がはずれた原因は原告の異常な加重行動にあり、本件建物の設置、保存に瑕疵はない。

2 (損害)

(一) 原告の主張

原告は、本件事故により次の損害を被った。

(1) 症状固定時までの治療費 七四万四六六四円

原告は、平成二年八月六日から平成三年九月二一日まで四一二日間入院し、その治療費として右金員の支出を余儀なくされた。

(2) 症状固定後の治療関係費 四四四万〇二九六円

原告は、本件事故による療養のために症状固定後も治療関係費の支出を余儀なくされ、平成八年五月までに支出した治療関係費は五六〇万七一一〇円である。同金額から高額療養費支給額一一六万六八一四円を控除すると、四四四万〇二九六円となる。

(3) 将来の治療費 一四四九万二二八〇円

平成八年六月以降平均余命までの一七年間にわたって要する治療費は、一か月一〇万円(年間一二〇万円)を下らないから、新ホフマン方式により中間利息を控除して将来の治療費を算出すると、次の算式のとおり一四四九万二二八〇円となる。

一二〇万円×一二・〇七六九=一四四九万二二八〇円

(4) 症状固定時までの入院雑費 四九万四四〇〇円

原告は、平成二年八月六日から平成三年九月二一日までの入院雑費として右金員の支出を余儀なくされた。

(5) 休業損害 三一〇万五〇〇〇円

原告は、本件事故当時、有限会社乙山の役員として一か月二三万円の収入を得ていたところ、本件事故により症状固定時までの一三・五か月間の入院中、休業を余儀なくされ、右金員の収入を得ることができなかった。

(6) 後遺症逸失利益 一五四三万六一一五円

原告は症状固定時に五九歳であり、前記一3の後遺障害による原告の労働能力喪失率は一〇〇パーセントであるから、ライプニッツ方式により中間利息を控除して後遺症逸失利益を算出すると、次の算式のとおり一七八三万八四三二円となる。

二三万円×一二か月×六・四六三二=一七八三万八四三二円

右金額から障害年金支給額二四〇万二三一七円を控除すると、一五四三万六一一五円となる。

(7) 入通院慰謝料 三〇〇万円

本件事故による原告の受傷状況、入院日数に鑑みると、本件事故による原告の入通院慰謝料相当額は右金額を下らない。

(8) 後遺症慰謝料 二〇五〇万円

前記一3の原告の後遺症の症状にかんがみると、本件事故による原告の後遺症慰謝料相当額は右金額を下らない。

(9) 弁護士費用 四五〇万円

(二) 被告及び補助参加人らの主張

原告主張の損害は争う。

3(過失相殺)

(一) 原告の主張

本件事故当時、原告は本件窓の窓枠に腰掛けて本件手摺にもたれかかっていたにすぎず、原告に過失はない。

(二) 被告及び補助参加人らの主張

本件事故は、原告が本件手摺に異常な力を加え、不適切な利用方法をとったことによって生じたものであり、原告には過失がある。

第三  当裁判所の判断

一1(本件窓及び本件手摺の取付状況等)

《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

(一)  本件窓は、床上約四〇センチメートルから開口し、開口部の幅が約一七〇センチメートル、高さが約一四〇センチメートルである。また、本件手摺の笠木と本件建物外壁との距離は一三・五センチメートルである。

(二)  本件建物の設計段階では、本件窓には鉄骨製の手摺を建物に躯体付けする予定であったため、補助参加人旭窓業の島崎は、本件窓の窓枠に、YKKアーキテクチュラルプロダクツ株式会社(以下「YKKap」という。)の製品であるアルミニウム製の単窓外付サッシ(以下「本件サッシ」という。)の取付工事を行った。その後、島崎は、補助参加人新日軽のカタログに、同社のアルミニウム製の手摺である窓手摺EK型について、「標準納まりはもちろん、雨戸サッシや木製戸袋納まりなど、どんな窓でも取付けられます。」という記載があること等から、本件サッシにも右窓手摺EK型を直付けすることが可能であると考え、当初の予定を変更して本件窓の窓枠に右窓手摺を設置することにした。

ところで、右窓手摺EK型を窓枠に直付けする場合には、補助参加人新日軽製のテクト半外付サッシの取付部分の板厚に、同社製の窓枠直付用手摺取付部品「CLTV9」によって、右手摺を固定するように設計されているため、右カタログには「CLTV9」が半外付サッシ用であることが明記されており、他方、一般外付サッシ用の手摺取付部品としては建物躯体付用の「CLTV7」が指定されている。そして、「CLTV9」中の取付ブラケットは、ビス孔の位置を補助参加人新日軽製のテクト半外付サッシに固定するためのガイド切り起こしが存在するなど、「CLTV7」中のものとは細部で形状が異なる。しかし、島崎は、「CLTV9」と「CLTV7」とは、取付用木ネジが四×一二ミリメートルのビスに代わる点だけが違っており、ブラケットの形状に差異はないと判断し、ドリルで本件サッシに直径三・五ミリメートルの穴を開けた上で、「CLTV7」と手持の一二ミリメートル長のステンレス鋼製ビス(先の細いタッピングビスとそうではない寸胴型のビスの両方を含む。)を使用して、本件サッシに直付けした。

2(本件事故の状況)

《証拠略》によれば、原告は、平成二年八月六日午後一〇時ころ、本件窓から頭を下方に向けて落下していくところを階下の住民に目撃されているものの、本件事故発生時及びその直前の原告の行動を目撃した者はいないこと、原告自身は、本件事故による後遺障害のため、当時の記憶に基づいて話をする能力を全く失っていることが認められる。したがって、本件事故当時、、原告が本件窓付近でどのような行動をとっていたのかを特定することは困難である。この点、補助参加人旭窓業は、本件事故当日は月食があり、原告はこれを見るために本件手摺に腰をかけたと想定し、原告が手摺の笠木部分に腰掛けるなどして全体重をかけたためにバランスを失して転落した際に、本件手摺をつかんだことから本件手摺がはずれたと主張するが、右の主張は推測の域を出ず、採用できない。

ところで、《証拠略》によれば、原告は酒が弱かったが、当時、水割一、二杯程度の晩酌を日課としていたこと、被告が本件事故直後に本件居室に入室した際には、本件居室に酒瓶が数本置かれていたこと、その後原告の妻花子が入室した際には、本件窓の正面にあったテレビの電源がついたままになっていたことが認められるから、本件事故当時、原告は飲酒しながら本件窓付近でテレビを見ていたものと推認できる。

3(本件事故後の本件窓の状況)

《証拠略》によれば、本件事故により、本件手摺が取り付けられていた本件サッシのビス孔部分は、いずれも外側に膨れるように変形して破壊され、室内から見て左側の取付金具のビス三本及び手摺下胴縁のビス六本が完全に脱落したこと、本件手摺はねじ曲がるように変形した上、その左側が本件建物の外壁から、手摺上部付近では約三〇センチメートル、下胴縁付近では約六〇センチメートル離れるような形状で落下し、右側の取付金具のビス三本によって、本件サッシにぶら下がる状態となったことが認められる。

4(窓枠と手摺接合部分の強度)

丙一(試験成績書)によれば、本件サッシと同様のYKKap製単窓外付サッシに、本件手摺と同様の補助参加人新日軽製の建物躯体付用取付金具を使用して窓手摺EK型を直付けした試験体について、窓枠と手摺接合部分の強度を測定するために、鉛直荷重試験(ただし、一点集中方式による。)を実施した結果、一八・〇キログラム重から変形が始まり、最大荷重一一六キログラム重で、取付金具のビスが脱落してサッシが変形したことが認められる。また、右鉛直荷重試験と同様の試験体に、衝撃距離四〇センチメートルから室内側の笠木側面に七五キログラム重の砂袋を自由落下させ、振子式の衝撃を一回加える衝撃試験の結果、取付金具のビスが抜けたことが認められる(ビスは三本止めであったが、写真が不鮮明であるため、脱落した本数はいずれの試験においても明らかではない。)。

なお、乙一の強度試験では、試験体のサッシ、手摺、ビスを含む取付部品が特定されておらず、本件窓と同様のものを用いたかどうか不明であるため、その鑑定結果は、本件建物の設置又は保存の瑕疵の有無を検討するに当たって参考となるものではない。

二 争点1(責任原因)

前記一2のとおり、原告が本件事故時に本件窓及び本件手摺をどのように使用していたのかは明らかではないにせよ、本件事故は、本件手摺が窓枠からはずれて原告が転落したものである。ところで、本件窓の形状に鑑みると、本件手摺は、本件窓から人が誤って転落するのを防止する目的で設置されたものと認められるから、本件手摺に人がもたれかかるなどの荷重がかかることは通常予想されるところである。しかしながら、本件窓の窓枠と手摺の接合部分の強度は、厚さ約一ミリメートル(補助参加人新日軽の主張によれば取付部分の板厚は約一・一ミリメートルであり、丙一、戊四によれば〇・九ミリメートルであることが窺われる。)のアルミ板である本件サッシに深さ〇・二五ミリメートルのねじ山をつけるだけで本件手摺を設置したために、前記一4において認定したとおりの強度しかなかったのであって、右設置方法では転落を防止するには不十分であったというべきであるから、本件手摺の設置ないし保存状況は、右転落防止の目的において通常有すべき安全性に欠けるものであったと認められる。

したがって、土地の工作物である本件建物の設置又は保存の瑕疵が認められるから、被告には、本件事故によって原告が被った損害を賠償すべき責任がある。

三 争点2(損害)及び争点3(過失相殺)

原告は、本件事故により、次の損害を被ったことが認められる。

1 治療関係費 七四万四六六四円

《証拠略》によれは、本件事故日である平成二年八月六日から症状固定時である平成三年九月二一日までの治療関係費は、七四万四六六四円を下らないことが認められる。

他方、原告は、第二の一3のとおり、症状固定後も精神病院に入院しており、その費用をも請求しているが、時に応じて援助や保護が必要であるとしても、家庭内での単純な日常生活は可能であると診断されており、また、花子の証言によれば、原告が入院を継続しているのは、花子が中華料理店に勤務しており、食事の準備等の世話をすることができないためであると認められるから、症状固定後の治療関係費については、本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできない。

2 入院雑費 四九万四四〇〇円

平成二年八月六日から平成三年九月二一日までの四一二日間の入院雑費は、一日当たり一二〇〇円として、四九万四四〇〇円と認めるのが相当である。

3 休業損害 三一〇万五〇〇〇円

《証拠略》によれば、原告は、八百屋「有限会社みのりや」の代表取締役として、平成二年一月から本件事故日までの約七か月間に一六一万円の収入を得ており、本件事故当時の月収は二三万円であったことが認められるから、本件事故日から症状固定時までの約一三・五か月間の入院期間中、休業を余儀なくされたことによる休業損害は、三一〇万五〇〇〇円であると認められる。

4 後遺症逸失利益 一七八三万八四三二円

《証拠略》によれば、原告は症状固定時に五九歳であり、六七歳まで就労が可能であったこと、前記第二の一3の後遺障害による労働能力喪失率は一〇〇パーセントであることが認められるから、ライプニッツ方式により中間利息を控除して後遺症逸失利益を算出すると、次の算式のとおり一七八三万八四三二円となる。

二三万円×一二か月×六・四六三二=一七八三万八四三二円

5 慰謝料 一九〇〇万円

本件事故による原告の傷害の部位・程度、治療経過、入院期間、後遺障害の内容・程度その他諸般の事情を考慮すると、本件事故による原告の慰謝料としては、一九〇〇万円が相当である。

6 過失相殺

原告は、前記一2のとおり、本件事故時に飲酒しながら本件窓の正面に置かれたテレビを見ていたものと推認される。また、《証拠略》によれば、花子は、本件事故の翌七日、被告の妻真理子に対し、原告が本件窓から転落したことについて「手摺に上がらないようにと書いてあったのに。」と話し、同月一一日には、真理子から事故の原因を聞かれて、「テレビがついていたので、窓に腰掛けてテレビを見ていたのではないかしら。」「手摺に上がらないようにと書いてあったけれど、子供ではないから何回も注意するわけにもいかないし。」と答えたこと(なお、花子は、右の会話を否定し、本件事故以前に原告が窓枠に腰掛けているところを目撃したことはないと証言するが、原告は、本件口頭弁論期日において、本件事故以前にも涼む目的で本件窓を開けて窓枠に腰掛けていた旨釈明しており、花子の右証言は信用することができない。)、真理子は、右の花子の話から、原告は、本件手摺に上がっていたのではなく、本件窓枠に腰掛けて本件手摺にもたれていたという印象を受けたことが認められるから、原告は、本件事故以前に、何度も本件窓の窓枠に腰掛けて手摺にもたれ、又は本件手摺に上がることが何回かあったものと推認することができる。そして、弁論の全趣旨によれば、原告の本件事故当時の体型が、身長約一六五センチメートル、体重約六五キログラムと平均的なものであることが認められ、戊七によれば、人が床に立って手摺に寄りかかったときに手摺にかかる力は、前向きで最大一八キログラム重、後ろ向きで最大一三キログラム重程度であると認められるところ、前記一2のとおり、本件事故当時、原告が本件窓の窓枠に腰掛けて手摺にもたれていたか、本件手摺の上に腰掛けていたか、あるいはそれ以外の体勢で本件手摺に力を加えていたかを認定することはできないとしても、前記一4の各試験の結果や本件ビス孔部分の変形状況を勘案すると、原告は本件手摺にかなり大きな力を加えたということができる。そして、戊二によれば、本件手摺の笠木部分には、補助参加人新日軽が「お願い 落下防止のためこの手摺に乗らないで下さい。(特に、お子様には十分注意して下さい)この手摺にロープやハシゴ等を掛けないで下さい。」と記載された約一五センチメートル長のシールを貼付し、利用者の注意を促していたことを斟酌すると、本件事故には原告にも過失があるといわざるを得ず、その過失を斟酌して損害賠償額を算定すべきである。他方、本件事故の主な原因が本件手摺の設置強度の不足であることは前記のとおりであり、以上を総合考慮すると、原告の過失割合は二割と評価することが相当である。

したがって、被告が賠償すべき損害額は、前記1ないし5の合計額四一一八万二四九六円の八割である三二九四万五九九六円である。

7 填補

《証拠略》によれば、原告は、障害年金として二四〇万二三一七円の支給を受けたことが認められるから、右填補後の損害額は三〇五四万三六七九円となる。

8 弁護士費用

原告が本件訴訟代理人に本訴の提起及び追行を委任したことは記録上明らかであるところ、本件事案の内容、認容額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、三〇〇万円と認めるのが相当である。

四 結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、被告に対し、三三五四万三六七九円及びこれに対する不法行為の日である平成二年八月六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言については同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 南 敏文 裁判官 小西義博 裁判官 納谷麻里子)

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