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東京地方裁判所 平成6年(ワ)21318号 判決 1996年9月25日

主文

一  被告乙山春夫は、原告に対し、金一〇三六万九六五七円及びこれに対する平成三年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告乙山春夫に対するその余の請求及び被告東京都に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の二分の一と被告乙山春夫に生じた費用を被告乙山春夫の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告東京都に生じた費用を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

被告らは、原告に対し、各自金二五三九万一九三八円及びこれに対する平成三年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が自転車で帰宅途中、路上に煙草を投げ捨てた警察官である被告乙山春夫(以下「被告乙山」という。)を注意したところ、被告乙山ら警察官に取り囲まれて暴行を受け負傷したとして、被告乙山に対し民法七〇九条に基づき、被告東京都に対し民法七一五条(使用者責任)に基づき損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等(特記しない限り当事者間に争いがない。)

1 原告は、昭和一九年七月五日生まれで、平成三年五月一日当時、亡甲野松太郎が設立した財団法人甲野体育研究所(以下「甲野体育研究所」という。)の理事であった。

被告乙山は、昭和三八年一二月五日生まれで、平成三年五月一日当時、警視庁成城警察署(以下「成城警察署」という。)の警察官(巡査)であった。

2 被告乙山は、平成三年五月一日午後八時二〇分ころ、東京都世田谷区祖師谷三丁目六番一四号所在のコンビニエンスストアローソン祖師谷店(以下「ローソン祖師谷店」という。)前路上付近(以下「本件現場」という。)において、原告に対し、その顔面を数回足蹴にする等の暴行を加え(以下「本件暴行」という。)、その結果、原告に対し、両上眼瞼挫創、右眼窩底骨折、右眼球打撲等の傷害を負わせた(ただし、加療期間及び後遺障害については、後記認定のとおりである。)。

3 被告乙山は、平成三年一二月一三日、右の傷害罪(加療期間は約一週間を要するとされた。)で東京簡易裁判所に起訴され、同日、罰金一〇万円の略式命令を受けた。

二  原告の主張

1 本件暴行態様

本件暴行は、原告が被告乙山らから一方的になされたものであり、その経緯は次のとおりである。

原告は、ローソン祖師谷店前付近を四、五名の男性が大声で話をしながら歩いてくるのを認め、関わり合いになるのを避けるために道路の左側から右側に自転車の進路を変更し、道路の右側に寄った。このとき、被告乙山が原告に対し火のついた煙草を投げつけ、煙草は原告の自転車の左前直前に落ちた。そこで、原告は、被告乙山に対し、火のついた煙草を人に向かって投げつけるような行為はやめるように注意しようと思い、自転車を反転させ、被告らの前方を横切って、自転車をローソン祖師谷店と毎日新聞祖師谷専売店との間の路上に止めた後、被告乙山に向かって小走りに進み、「何をするんだ、危ないじゃないか」と注意した。

原告が被告乙山に注意した途端、被告乙山の仲間が原告を取り囲み、そのうちの一名が前方から原告のジャンパーの胸元襟首に激しくつかみかかりながら、「警察官に何文句言うんだ」と怒鳴りつけて原告を威圧し、他の仲間は原告の横腹を小突いたりした。このとき、原告は初めて被告乙山らが警察官であることを知り、怖くなってそれ以上言葉を発することができなかった。

その直後、被告乙山が、他の仲間から胸元襟首をつかまれて身動きのできない原告の顔面をめがけて殴りかかり、手拳で原告の目や鼻をめがけて数回殴打した。原告は、その場で殴り倒されるか、引き倒されるかして、仰向けの姿勢にさせられた。その際、原告は、左右の両肘を道路に打ちつけて怪我をした。

その後、被告乙山らが原告に対し革靴の先で蹴りつけてきたので、原告は四つん這いになって両手を顔や前頭部に当てて蹴られるのを防ぎながら「やめろ。助けてくれ」と叫んだが、被告乙山は何度も何度も執拗に原告を蹴りつけた。

2 事業の執行につき

(一) 民法七一五条の「事業ノ執行ニ付キ」の意義については、「加害行為が被用者の職務執行に属するものであることを要せず、加害行為が使用者によって作られた危険の発現と見られるものであれば足り、社会通念上その行為が使用者の事業を起因として生じたと認められる場合は事業の執行に当たる」と解すべきである。

(二) 本件暴行は、被告乙山が職務中に飲んだ酒の影響によって起こされたものであり、成城警察署を退出した三、四分後に発生し、成城警察署から本件暴行の現場までの距離も二〇〇メートル弱である。このような事情のもとでは、本件暴行は、被告乙山の成城警察署における職務中の飲酒に起因性があるというべきであり、事業の執行に付きなされたものといえる。

3 損害

本件暴行により原告が被った損害は、次のとおりであり、損害額の合計は二五三九万一九三八円である。

(一) 治療費 二六万八三六〇円

(二) 休業損害 一六〇万七二〇〇円

原告は、本件暴行により、平成三年五月から同年七月までの三か月の間、甲野体育研究所の仕事ができず、その間、原告の妹の甲野春子及び夏子が原告の仕事を補った。原告は甲野体育研究所から報酬等の支払は受けていないが、右のような事情がある場合には、平成三年度の賃金センサスの産業計、企業規模計、男子労働者の新大卒の平均年収額六四二万八八〇〇円を参考として原告の休業損害額を認めるのが相当である。

(三) 逸失利益 一一二一万六三七八円

原告は、本件暴行により、右眼窩底骨折による右眼眼球運動障害、両眼視野周辺部複視の後遺症が生じ、右後遺症は後遺障害別等級表第一二級に相当する。原告が労働能力を喪失して仕事ができない分は、妹の甲野春子及び夏子が補わざるを得ず、右のような事情がある場合には、原告に逸失利益の損害を認めるのが相当である。

算定の基礎である原告の年収は平成三年度の賃金センサスの産業計・企業規模計・男子労働者の新大卒の平均年収額六四二万八八〇〇円に求める。また、右後遺症による労働能力喪失率は一四パーセントである。さらに、後遺症が確定した平成三年一一月の原告の年齢四七歳から稼働可能な六七歳までの二〇年間に対応するライプニッツ係数は一二・四六二二である。したがって、逸失利益は次のとおり一一二一万六三七八円である。

6428800×0・14×12・4622=11216378

(四) 慰藉料 一〇〇〇万円

(1) 傷害慰藉料 三〇〇万円

(2) 後遺症慰藉料 七〇〇万円

(五) 弁護士費用 二三〇万円

三  被告乙山の主張

1 本件暴行態様、過失相殺

本件暴行は、被告乙山が、原告から、因縁を付けられ、さらに殴打されるなどの暴行を加えられたうえ、挑発されたことに端を発したものであり、被告乙山が原告に対し一方的に暴行を加えたものではない。その経緯は次のとおりである。

被告乙山は、帰宅のため成城警察署の上司、同僚四名とともに、平成三年五月一日午後八時二〇分ころ、本件現場にさしかかったところ、前方に自転車に乗って進行してくる原告を発見した。被告乙山は、以前から原告と面識があった。

被告乙山は、何気なく吸っていた煙草を自己の前方約一・五メートルの道路上に捨てた。被告乙山は、すぐに煙草の火を踏み消すつもりでいたが、原告が自転車に乗ったままブツブツ言いながら被告乙山のすぐ左横を通り過ぎようとしたため原告に因縁を付けられたのではないかと思い、同人から少しでも遠ざかろうとして右煙草の火を消すのを忘れてそのまま小田急小田原線祖師ヶ谷大蔵駅(以下「祖師ヶ谷大蔵駅」という。)方向に七、八メートル歩いた。そのとき、原告が反転して自転車に乗ったまま後方から被告乙山の左肩にドンと体当たりして通過したうえ、どこかに自転車を止めて被告乙山の右斜め前に飛び出してきた。原告は、被告乙山の前に立ちはだかり、上体を被告乙山に覆いかぶさるようにして顔を近づけ、「お前は、何で俺に向かって煙草を投げた。」などと大声で怒鳴り出した。

さらに、原告は、被告乙山に対して、矢継ぎ早に、「お前、俺に向かって煙草を投げた」「お前はデカだろう」「火を消せ。犬」「踏め、踏め」などと怒鳴りながら、左右の手で被告乙山の胸や肩を突いた。被告乙山は、原告に圧倒されて後退したため、被告乙山の同僚である丙川(以下「丙川」という。)が被告乙山と原告の間に割って入り原告の行為をやめようとしたが、原告はさらに興奮して、丙川に対し、「お前には関係ない」「お前らは成城の犬だろう」「こいつが煙草を捨てたんだ」などと怒鳴って丙川を押しのけたうえ、被告乙山に対し右手拳で同人の左顔面を殴打した。

被告乙山は、上司である丁原(以下「丁原」という。)から煙草の火を消すように言われたことなどもあり、原告に対し「分かった。消すよ」と言いながら、被告乙山の胸ぐらをつかんでいた原告の手を振り払い、煙草の火を捨てたところまで戻ろうとした。しかし、原告が被告乙山の両肩をつかんで後方に引っ張っていたため、被告乙山は原告を煙草のあった場所まで戻り、原告から上体を後方に引かれながら、やっとの思いで、煙草の火を右足で踏み消した。そして、被告乙山が原告に対し「ほら消したよ」などと言うと原告は被告乙山の両肩から手を離したものの、被告乙山に対し両手で同人の胸から顔にかけて突きかかってきた。そこで、被告乙山は、原告の手を払いのけるため、右手で持っていた鞄を左回りに振り回したところ、鞄が原告の左顔面に当たった。すると、原告は、「何をする。やったな」と言いながら、二、三歩後退し、拳を顔の前に構え、ボクシングのような格好で攻撃の姿勢をとり、被告乙山に向かってきた。

被告乙山は、原告の気勢をそぐ意味で、とっさに左手で原告の肩の辺りをつかんで右膝で原告の腹の辺りを蹴ったところ、原告はわざと道路上に両手をついて這う格好を取り、「やめろ、やめろ」と大声を出し始めた。被告乙山は、原告の態度に腹を立てて、右姿勢を取っている原告の顔面を二、三回足で蹴った。また、被告乙山は、原告を立ち上がらせて成城警察署に連れていこうとしたが、原告が動こうとしないので原告の顔面を一、二回殴った。この間、被告乙山は、原告の体の上に馬乗りになったこともあるが、丁原に胸ぐらをつかまれて引き起こされ、ローソン祖師谷店前まで移動させられた。

四  被告東京都の主張

本件は、被告乙山が、勤務終了後の帰宅途中、路上に煙草を投げ捨てたことに端を発して原告と口論になり、原告に傷害を負わせた事案であるから、被告乙山の行為は事業の執行につきなされたものではない。

五  争点

1 本件暴行態様及び過失相殺の有無、程度

2 被告乙山の本件暴行は事業の執行につきなされたものか。

3 損害

第三  争点に対する判断

一  争点1(本件暴行態様及び過失相殺の有無、程度)について

1 本件暴行態様

《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告は、平成三年五月一日午後八時二〇分ころ、祖師ヶ谷大蔵駅前で新聞を買った後、自転車で西進して自宅に戻る途中、本件現場に差し掛かった。

他方、被告乙山は、本件当時、成城警察署に勤務していたが、勤務終了後の午後五時三〇分ころから午後八時一〇分ころまで、警備係員室で、日本酒、ビール等を飲酒しながらの仕事の検討会に参加し、被告乙山自身もビール二本程度を飲み、右検討会を終えて、紺色ブレザー、白色シャツ、ジーパン、革靴という服装で、帰宅のため、徒歩で東進して祖師ヶ谷大蔵駅に向かう途中、本件現場に差し掛かった。このとき、被告乙山は、上司あるいは同僚の警察官である丁原巡査部長、戊田巡査部長、甲田巡査、丙川巡査らと同道していた。

被告乙山は、原告を従前から知っていたところ、対面方向から自転車で近づいてくる人物が原告であることを認識した。

本件現場は、成城警察署から約二〇〇メートル離れた通称保健所通り又は警察通り上であり、また本件暴行は被告乙山が成城警察署を出てから約三、四分後のことである。

(二) 原告は、自転車で道路の左側を西進していたが、ローソン祖師谷店前付近を声高にしゃべりながら道路の南側を歩行している被告乙山を含む五人程度の集団を発見し、原告は右集団を避けるべく、右寄りに進路を変更した。そして、原告が、右集団とすれ違おうとする際、被告乙山が、原告の左手前から原告が自転車で進行してくる方向に火の付いた煙草を投げたところ、煙草は、原告の左手前付近に落ちた。

そこで、原告は、自転車を左旋回させて、「危ないじゃないか。」と言いながら、被告乙山の前を自転車で横切った。そして、原告は、自転車をローソン祖師谷店の東側路地脇に置き、本件現場で被告乙山と対面し、被告乙山に対し、大声で、「なぜ煙草の火を投げるんだ、危ないじゃないか。」と言って、火を踏み消すように注意した。ところが、被告乙山は、黙っており、他の同僚たちは、原告を取り囲むような位置になり、そのうちの一名である眼鏡を掛けた者が、原告のジャンパーの襟首をつかみながら、「警察官に何文句言うんだ。」等と言った。原告は、以前原告ら家族が暴力団から被害を受けた際、成城警察署が十分な対応をしてくれなかったとして日頃警察に対して快く思っていなかったこともあり、「俺に向かって煙草を投げた」、「火を消せ。犬」などと執拗に繰り返した。

(三) 原告の言動に立腹した被告乙山が、原告の襟首をつかんでいた者の脇から原告の眼の辺りを一発殴った。原告が、反射的に目を閉じたところ、さらに、二発程度殴られ、原告は仰向けに倒された。その後、原告は、直ぐに腹這いの状態になったが、被告乙山は、頭部、顔面を革靴で数回蹴りつけ、その際、被告乙山も原告から殴打され、左顔面、右前肢部等に全治三日間を要する擦過傷害等の傷害を受けた。

(四) そのころ、たまたま付近を通りかかった原告の妹夏子が被告乙山の暴行を阻止すべく被告乙山にしがみつき、原告と共に被告乙山を成城警察署に連れていった。また、被告乙山の同僚四名はそのまま帰宅の途についた。

2 事実認定の補足説明

被告乙山は、先に原告が暴行を働き被告乙山に傷害結果が生じたと主張し、これに符合する証拠も存在する。しかし、被告の着衣を見ると特に破損、損傷の跡もなく、血痕の付着も成城警察署まで連行される際に背中側に原告がいたために付着したものと見られる上着の背中上部の血痕が主たるものであること、原告は一人であり、集団の一人である被告乙山に対して先に暴力行為をするというのも若干不自然であること、原告が先に手を出したのなら、被告乙山の同僚たちは原告を傷害罪被疑者として現行犯逮捕するか少なくとも警察署まで同道して事情を供述するであろうと考えられるのに被告乙山の同僚は成城警察署に同行していないこと、原告本人はこれを一貫して否定しており、この点について特段不自然な経緯も窺われないこと等から考えて、右傷害結果が本件暴行に先行する原告の暴行により生じたものであるという被告乙山の捜査段階での供述等は採用できず、他に右事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

3 過失相殺の有無程度

本件暴行について証拠上認定できる事実関係は前記のとおりであり、本件暴行は、被告乙山の故意によりなされたものであり、被告乙山による本件暴行以前に原告が暴行をしたとの事実を認めるに足りる証拠はないものの、他方、本件暴行は原告が被告乙山の行動をことさら執拗に注意し、ののしったことに端を発したものであること、被告乙山も原告から殴打されていること等諸般の事情を勘案すると、過失相殺の割合としては二割をもって相当とする。

二  争点2(被告乙山の本件暴行は事業の執行につきなされたものか)について

前記認定のとおり、被告乙山は、本件当日の午後五時三〇分ころから午後八時一〇分ころまで職場でビール等を飲酒しながらの仕事の検討会に参加しており右飲酒が本件暴行に何らかの影響を与えた可能性もないわけではないが、本件当時被告乙山はその日の仕事を終えて帰宅途中であったこと、本件現場は成城警察署から約二〇〇メートル離れており、本件暴行は被告乙山が成城警察署を出てから約三、四分後に起こっていること、被告乙山は、本件暴行当時、紺色ブレザー、白色シャツ、ジーパン、革靴という私服であったこと等からすると、被告乙山の本件暴行は、それ自体被告東京都の事業の執行行為に当たらないことはもとより、事業の執行行為を契機としこれと密接な関連性を有するような行為により生じたということもできず、また、行為の外形を客観的に観察しても本件暴行が被告乙山の職務行為の範囲内に属するものと解することは困難であり、結局、本件暴行が民法七一五条一項にいう「事業ノ執行ニ付キ」なされたものということはできず、原告の被告東京都に対する請求はその余の点について判断するまでもなく失当である。

三  争点3(損害)について

1(一) 治療費 二六万八三六〇円

《証拠略》によれば、原告は、本件暴行により、両眼眼瞼挫創、右眼窩底骨折、右眼球打撲等の傷害を負い、その診断、治療のため、平成三年五月二日から同年一二月五日まで、慶應義塾大学病院(眼科、形成外科がその中心である。)に通院しており、合計二六万八三六〇円の治療費を出費していることが認められ、右治療費は本件暴行と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

(二) 休業損害 八〇万〇四一五円

《証拠略》によれば、原告は、慶應義塾大学卒業後三菱商事株式会社に勤務していたが退職してしまっていること、原告は本件暴行を受けた後夏子とともに被告乙山を成城警察署に連行し弁護士や新聞記者を呼んだり東京地方検察庁での取調べを要求するなど警察及び警察官に対する強い不信感を前提とした行動に出ており、その前後にも公務執行妨害罪の被疑事実により逮捕されるなど成城警察署の警察官との間で数回のトラブルを起こしていること(原告の供述するようにその不信感が、昭和五一年七月一日に原告らの居住する敷地内にショベルカーとダンプカーが侵入した件について成城警察署が原告らの希望する処置を取らなかったことに起因するとしても、右一連の行動はいささか常軌を逸している。)、原告は、本件当時、甲野体育研究所の総務的、庶務的仕事をしていたものの、その具体的内容については証拠上必ずしも明らかではなく、しかも定まった報酬は受けておらず、妹の甲野春子及び夏子の所得で扶養されている形になっていることが認められ、さらに、原告本人尋問においても反対尋問に対してことさら拒絶的な態度を示し、ときには興奮し、尋問と噛み合わない供述をするなど精神的に不安定な状況が看取され、以上の状況を総合的に勘案すれば、原告が通院期間中(休業損害に関係する。)及び症状固定時期以降就労可能年齢の最高年齢に達するまで(逸失利益に関係する。)、通常の職業人としての収入を得られるか疑問が残るところである。さりとて、稼働能力がない訳ではないので、諸事情を考慮し、少なくとも賃金センサス平成三年度第一巻第一表の産業計・男子労働者学歴計の全年齢平均賃金額の一〇分の六程度の収入を得ることは可能であると認めるのが相当であり、休業損害及び逸失利益については右金額を基礎として算定することとする。

そして、原告は、本件受傷後三か月程度稼働することができなかったから、その間の休業損害は、八〇万〇四一五円となる。

5336100×0・6×3/12=800415

(三) 逸失利益 六六四万三二九七円

《証拠略》によると、原告は、本件暴行により、前記認定の傷害を負い、その結果、平成三年一一月までに、右眼窩底骨折に起因する左右差二ミリメートルの右眼眼陥凹、両眼視野周辺部(上三二度、右四〇度、下三七度、左三〇度より外)複視の後遺症が生じたことが認められ、右後遺症は後遺障害別等級表第一二級一号(一眼の眼球に著しい調整機能障害又は運動障害を残すもの)に該当するものと評価することができ、これによる労働能力の喪失率は一四パーセントとなる。

そこで、右後遺症による逸失利益については、前記認定の原告の生活状況、右後遺症の部位、程度等に照らせば、賃金センサス平成三年度第一巻第一表の産業計・男子労働者学歴計の全年齢平均賃金の一〇分の六の額に労働能力喪失率を乗じ、これに就労可能年数二〇年(右後遺症が生じた平成三年一一月の原告の年齢である四七歳から稼働可能年齢である六七歳までの期間)のライプニッツ係数を乗じた金額である六六四万三二九七円が相当である。この計算は次のとおりである。

5336100×0・6×0・14×14・8211=6643297

(四) 慰藉料 四〇〇万円

本件暴行により原告が被った傷害の部位、程度、態様、これにより生じた後遺症の程度、態様に加えて、本件暴行が被告乙山の故意に基づくものであったこと、被告乙山が警察官という職業にある者であったこと、通院期間は、平成三年五月二日から同年一二月五日までの約七か月であるが、治療実日数は平成三年一一月七日までで一七日、その後六日で合計二三日程度であること等の諸般の事情を勘案すれば、原告の精神的損害を慰謝する金額は、傷害慰藉料として一〇〇万円、後遺症慰藉料として三〇〇万円の計四〇〇万円をもって相当であると解される。

2 以上の損害を合計すると、一一七一万二〇七二円となる。これに二割を過失相殺すると、九三六万九六五七円となる。

3 弁護士費用 一〇〇万円

本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害は一〇〇万円と認めるのが相当である。

4 以上合計すれば、本件暴行と相当因果関係のある原告の損害の額は、一〇三六万九六五七円となる。

四  以上によれば、原告の請求は、主文第一項の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤 康 裁判官 稻葉重子 裁判官 山地 修)

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