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東京地方裁判所 平成6年(ワ)16764号 判決 1998年10月29日

原告

山本澄雄(以下「原告山本」という。)

原告

梅原義文(以下「原告梅原」という。)

原告

須藤勲(以下「原告須藤」という。)

原告

生田目久雄(以下「原告生田目」という。)

原告

吉田一郎(以下「原告吉田」という。)

原告

森弘(以下「原告森」という。)

右六名訴訟代理人弁護士

北川鑑一

関次郎

被告

東急バス株式会社

右代表者代表取締役

百瀬丈雄

右訴訟代理人弁護士

成冨安信

小島俊明

長尾亮

菅野智巳

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する

二  訴訟費用は原告らの負担とする

事実及び理由

第一請求

被告が、原告山本に対してした平成六年四月一九日付け譴責処分及び同年五月二八日付け降職処分、原告梅原及び原告須藤に対してした同年六月六日付け各譴責処分、原告生田目及び原告吉田に対してした同年三月一八日付け各譴責処分並びに原告森に対してした平成七年三月七日付け譴責処分が、いずれも無効であることを確認する。

第二事実の概要

本件は、一般乗合旅客自動車運送事業を営む被告にバス運転士として勤務する労働者である原告らが、制帽を着用せずに乗務したことが就業規則等に違反するとして被告から懲戒処分を受けたことについて、制帽を着用して乗務することを義務付けた就業規則等の規定は合理性を欠き、仮にそうでないとしても右懲戒処分は懲戒権の濫用に当たるなどと主張して、右懲戒処分の無効確認を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  当事者

被告は、自動車運送事業等を目的として平成三年五月二一日に設立され、同年一〇月一日東急電鉄株式会社(以下「東急電鉄」という。)から一般乗合旅客自動車運送事業(いわゆる乗合バス事業)を承継し、その営業を開始した会社である。

原告らは、バス運転士として東急電鉄に雇用され、被告の設立に伴い被告に転籍した労働者であり、後記各懲戒処分の当時、被告弦巻営業所に配属され、バス運転士として勤務していたものである。(<証拠略>、弁論の全趣旨)

2  被告の就業規則等の内容

(一) 被告の就業規則等は、バス運転士の制帽の着用について次のとおり定め、バス運転士が制帽を着用して乗務するよう義務付けている(以下、制帽を着用して乗務することを「着帽乗務」、制帽を着用せずに乗務することを「脱帽乗務」といい、着帽乗務を義務付ける次の諸規定を併せて「本件諸規定」ともいう。)。なお、被告は、バス運転士に対して社員章を支給していない。

就業規則九条

従業員は、勤務時間中、所定の社員章又は制服制帽を着用しなければならない。

運輸部係員服務規程五六条二項

自動車運転士の服務については、別に定める自動車運転士作業基準を基本としなければならない。

自動車運転士作業基準

乗務服装・注意事項(1) 帽子は正しく

(二) このほか、被告の就業規則は、次のとおり定めている。

八条

従業員は、会社の諸規程及び上長の指示に従い、上長は所属員の人格を尊重して誠実にその業務を遂行しなければならない。

一二三条一項

故意又は過失により業務の正常な運営を阻害し又は会社の信用を傷つけあるいは不正を行ったときは懲戒する。

同条二項

懲戒を分けて次の譴責、減給、停職、降職、解雇の五種とする。

1 譴責は、不都合な行為を責めて将来を戒める。

2 降職は、不都合な行為を責めて、現在以下の職務に変更する。

一二四条

会社は、従業員が次の一に該当する行為をしたときは懲戒解雇する。

1 服務規律に違反し、その罪状が重いか又は改しゅんの見込みのないとき。

2 正当な理由なしに会社の業務命令を拒否したとき。

17 数回懲戒を受けたにもかかわらず、なお改しゅんの見込みがないとき。

19 その他会社の諸規程、令達又は指示に違反したとき。

3 原告らに対する懲戒処分

被告は、就業規則八条、九条違反を理由として、原告山本に対して平成六年四月一九日付け譴責、原告梅原及び原告須藤に対して同年六月六日付け各譴責、原告生田目及び原告吉田に対して同年三月一八日付け各譴責、原告森に対して平成七年三月七日付け譴責の、各処分(以下、これらを合わせて「本件譴責処分」ともいう。)をし、就業規則八条、九条違反、一二四条1、17号該当を理由として、原告山本に対して平成六年五月二八日付け降職処分(技手二級・一級運転士から書記補二級・誘導掛への降職。以下「本件降職処分」といい、本件降職処分と本件譴責処分とを併せて「本件各処分」ともいう。)をした(弁論の全趣旨)。

4 関係法令の規定

道路運送法二四条一項は、「一般乗合旅客自動車運送事業者又は一般貸切旅客自動車運送事業者は、自動車の運転者、車掌その他旅客又は公衆に接する従業員に制服を着用させ、又はその他の方法によりその者が従業員であることを表示させなければ、その者をその職務に従事させてはならない。」と、旅客自動車運送事業等運輸規則四一条は、「旅客自動車運送事業者は、乗務員が事業用自動車の運行の安全の確保のために遵守すべき事項及び乗務員の服務についての規律を定めなければならない。」と、それぞれ規定している。

二  争点

1  本件譴責処分の無効確認を求める利益の有無

(原告らの主張)

本件譴責処分は、昇給時の査定における低い評価につながり、原告らに対し、賃金に関する不利益をもたらすものである。また、前記のとおり、就業規則一二四条17号は、「数回懲戒を受けたにもかかわらず、なお改しゅんの見込みがないとき。」を懲戒解雇事由として規定しているので、本件譴責処分がその後の懲戒処分に影響を及ぼすことは明らかである。現に、原告山本は、二度目の懲戒処分として降職処分に付されている。

したがって、原告らには、本件譴責処分の無効確認を求める利益がある。

(被告の主張)

本件譴責処分は、事実行為であり、確認に親しまない。

2  懲戒事由の存否

(原告らの主張)

本件各処分は、帰するところ、バス運転士としての原告らのした脱帽乗務が本件諸規定に違反することを理由とするものにほかならないが、着帽乗務は、原告らバス運転士に対し、多量の発汗、肩こり、頭の締め付け感等の生理的苦痛、あるいは、いらいら感等の精神的苦痛をもたらすのみならず、右精神的苦痛により集中力を低下させる、視界を狭くさせる、左右の確認をし難くさせるなど安全性の低下を生ぜしめ、さらに、帽子が足元に落下することによる運転上の危険を増加させるものである。したがって、このような着帽乗務をバス運転士に対して義務付ける本件諸規定には合理性がないものというべきである。

本件諸規定に合理性がないことは、同業者である東京空港交通株式会社(以下「東京空港交通」という。)において制帽の着用が廃止されたことや、被告が夏期に脱帽乗務を許可する期間(以下「夏期脱帽期間」という。)を設けていることからも、明らかである。すなわち、被告は、安全輸送、事故防止及び健康管理の面から夏期脱帽期間を設けたのであって、これは、着帽乗務に前記のとおり不合理な点の存することを自認していることにほかならない。また、夏期脱帽期間開始と同時に、被告のバス運転士のほぼ全員が脱帽乗務を行うことからしても、着帽乗務が合理性を欠くことは明らかである。しかも、夏期脱帽期間における業務上の支障は皆無である。このように、夏期の脱帽乗務を認めるのであれば、それ以外の期間についても、個人の体質等に合わせて脱帽を認めるべきであり、すべてのバス運転士に対し一律に着帽乗務を義務付ける本件諸規定には合理性がない。

以上のとおり、本件諸規定は、合理性がなく無効であるから、その違反行為又はその遵守を命じた業務命令の違反行為は、懲戒事由に該当せず、したがって、本件各処分は、いずれも無効である。

なお、被告の主張する規律保持、顧客からの信頼感の醸成、他の乗客との識別等の着帽乗務の必要性は、制服の着用により十分満たされるから、本件諸規定の合理性を基礎付ける理由にはならない。

(被告の主張)

本件諸規定は、次のとおり、合理性を有する有効なものである。

(一) 企業は、企業内秩序を維持するために、従業員の服装についての規定を設け、その中で制服制帽等を定めて、従業員に対し着用を義務付ける権限を有している。したがって、着帽乗務について規定した本件諸規定も、その内容が著しく不合理でなければ、被告の裁量権の範囲内の行為として有効である。

(二) 本件諸規定は、道路運送法二四条一項に基づくもので、十分な合理性を有する。

すなわち、乗合バス事業は、不特定多数の公衆に運送の利便を提供し、乗客の生命、身体、財産の安全に直接かかわる公共性のある事業である上、いったんバスが事業所を出た後は、バス運転士のみが乗客に接し、その事業の実施を担っていることから、バス運転士には道路運送法二四条一項により制服着用が義務付けられるとともに、法令により、公共交通機関の運行者としての秩序維持の権限、安全確保義務等が付与されている。そこで、被告は、バス運転士に対して右秩序維持等の権限・義務を自覚させ、もって、バス運転士の規律性・品位を保持し、さらに、乗客に対し、規律正しく制服制帽を着用している者が、乗合バス事業者として免許を受けた被告の従業員であり、かつ、右秩序維持等の権限を有している者であることを明示し、他の乗客との識別を可能にすることで、被告への信頼を獲得・維持すべく、バス運転士に制帽の着用を義務付けたのである。

このように、被告は、道路運送法二四条一項でバス運転士の制服着用が義務付けられていることに基づき、本件諸規定により制服制帽の着用を定めたのであるが、特に、制帽の着用により、規律正しさが強調され、また、乗客にとって、事故時には離れた位置からでもバス運転士の所在を確認することができ、他の乗客との識別が容易になるなどの利点があるので、制帽の着用には合理性がある。このほか、制帽は、サンバイザー代わりになるので、その着用により安全確保に役立つ。

そして、すべてのバス運転士に対して一律に着帽乗務を義務付けている点についても、サービスの均質化のために必要であり、合理性がある。

以上のとおり、本件諸規定には合理性があり、有効である。

(三) なお、制帽は、各バス運転士に合わせた大きさのものが選択可能であるのみならず、夏用と冬用とに分かれ、軽量化及び通気性の向上が図られている上、被告の保有するバスは、すべての車両が冷房化されているから、原告ら主張の生理的苦痛等が生ずることはない。仮に、バス運転士に着帽乗務による生理的苦痛又は精神的苦痛が生ずるとしても、受忍限度内である。

また、夏期脱帽期間は、被告の保有するバスが冷房化されていなかった時期に設けられたのであり、平成四年に被告保有の全車両が冷房化されたことで脱帽乗務の必要性はなくなったにもかかわらず、東急バス労働組合の反対により廃止されずに残存しているに過ぎない。

さらに、同業他社で脱帽を認めた会社はなく、夏期を含めて着帽を義務付けている会社も多い。東京空港交通は、特定の区間を運行し、かつ、運転士が荷物の積み降ろしをするなど、被告とは事業形態が異なるので、同社の制帽廃止により、本件諸規定が不合理になるものではない。

3  懲戒権の濫用の有無

(原告らの主張)

本件諸規定には、前記2で主張したとおり、合理性がないのみならず、被告は、ただ規則であると述べるばかりで、本件諸規定の合理性について説明をせずに処分を濫発し、さらに、原告らが、前記のとおり、安全確保の観点から、やむを得ず脱帽乗務をして、形式的に本件諸規定に違反しただけであるのに対し、被告は、三六協定、毎月の車内消毒、勤務の間隔を八時間以上空けるよう指示した通達のいずれも遵守せず、また、休憩なしの六時間以上の連続勤務を放置するなど、安全性に直結する法令ないし就業規則の違反をしており、信義則上、原告らを処分する資格がない。

したがって、被告による本件各処分は、懲戒権の濫用に当たり、無効である。

(被告の主張)

原告らの右主張は争う。

本件各処分は、原告らが、着帽乗務を定めた本件諸規定に違反したばかりでなく、脱帽乗務に対する再三の注意あるいは着帽乗務を求めた業務命令に従わず、違反行為を反復継続し、被告の企業内秩序を著しく乱した行為に対してされたものであって、懲戒権の濫用には当たらない。

4  原告山本に対する降職処分の相当性

(原告山本の主張)

降職は、就業規則上、解雇に次ぐ重い処分であり、重過失による死亡事故や刑事事件の有罪判決を受けた場合など、非違行為が看過できないほど重大な場合にのみ下されるものである。しかも、死亡事故であっても常に降職処分になるわけではなく、出勤停止五日にとどまった例もある。

したがって、本件降職処分は、脱帽乗務という行為に比して不相当に重い処分であり、無効である。

(被告の主張)

原告山本は、被告が、掲示、朝礼時の指導、個別指導を通じて、バス運転士に対して着帽乗務を指導し、その後も、再三にわたり個別かつ事前の注意を行った上、譴責処分とする旨の警告を伴う注意をしたにもかかわらず、これに従わず、さらに、本件譴責処分の後も、着帽乗務をするよう指導し、再度脱帽乗務等の就業規則違反があった場合には降職処分とする旨の警告をしたにもかかわらず、なお右指導に従わなかった。

これらの行為は、懲戒解雇事由にも該当する行為であるが、被告は、原告山本に対し、再度反省の機会を与えるため、降職処分としたのである。

なお、原告山本が本件降職処分により被った経済的不利益は、平成六年六月から同八年一〇月までの分を合計しても、五八万六〇五一円に過ぎない。

以上のとおりであるから、本件降職処分が原告山本の行為に比して不相当に重いとはいえない。

第三争点に対する判断

一  争点1(本件譴責処分の無効確認を求める利益の有無)について

譴責処分は、被告の就業規則一二三条二項において懲戒処分の一種として位置付けられ(前記第二の一2)、それ自体、単なる事実行為にはとどまらない性格のものとされていること、証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、譴責処分も、他の懲戒処分と同じく、従業員の昇給等の査定に影響を及ぼす関係にあることが認められることからすれば、本件譴責処分は、原告らの雇傭関係上の地位に影響を及ぼすものということができる。

したがって、原告らが本件譴責処分の無効確認を求める法律上の利益を有することは明らかである。

二  争点2(懲戒事由の存否)について

1  前記争いのない事実等、証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 着帽乗務の義務付け、指導経過等

東急電鉄は、遅くとも昭和四〇年以降、バス運転士に対し、就業規則等をもって着帽乗務を義務付けていたが、被告も、平成三年一〇月一日の設立時に就業規則等を制定し、本件諸規定に基づいて着帽乗務を義務付け、当初はバス運転士一人当たり年一回程度、後には年数回程度の割合で、本社運行管理課の社員らをバスに添乗させて(業務添乗)、バス運転士の勤務状況を、着帽状況を含めて監督していた。

被告は、バス運転士の制帽着用の徹底を図る活動を継続し、平成四年一月二七日ころ及び同年一〇月二二日ころには、各営業所において、脱帽乗務を行うバス運転士に対しては就業規則等に従い厳しく対処する旨大書した文書を掲示するとともに、点呼時の指示項目にも、着用乗務を励行すべき旨の指示を特に加えるなどの措置をとったが、同年一一月以降、脱帽乗務に対する指導を更に強化し、被告本社運行管理課の従業員らがバス運転士の脱帽状況について路上から実地に調査の上、これに基づき、脱帽乗務が現認されたバス運転士に対して着帽乗務を求める個別指導を実施し、これら脱帽の現認状況及び指導の経過を「脱帽状況指導記録表」に記録するようになった。被告弦巻営業所においては、右指導の結果、脱帽乗務をする者がバス運転士約一七〇名中約一〇名程度にまで減少したが、その後、被告本社運行管理課係長や人事課係長が同営業所に派遣され、再度脱帽乗務を行った場合には就業規則違反として処分する旨の警告を伴う注意がされたりしたことから、脱帽乗務をする者は更に減少し、原告ら以外のバス運転士は、着帽乗務をするようになっている。

(二) 原告らの脱帽状況と被告の対応

(1) 原告らは、平成四年一一月から平成五年二月にかけて、それぞれ一回ないし数回、脱帽乗務が現認され、その都度被告弦巻営業所助役らから着帽乗務をするよう指導を受けた。

(2) 原告山本は、平成六年一月に脱帽乗務が現認され、同月同営業所長から注意を受けたが、同年二月一日から一四日までの間に更に三回脱帽乗務が現認され、同月一五日に同営業所長から注意を受けた。しかし、原告山本は、同日も脱帽乗務が現認され、被告本社運行管理課係長及び人事課係長から、今後も脱帽乗務を続けるならば就業規則違反として処分する旨警告された。ところが、原告山本は、同月下旬から同年四月初旬までの間に更に四回脱帽乗務を現認された。このため、被告は、原告山本に対し、就業規則八条、九条違反を理由に、同月一九日付け譴責処分をした。

原告山本は、右譴責処分の後の同月二六日に脱帽乗務が現認され、被告本社運行管理課係長及び人事課係長から、脱帽乗務をすることはバス運転士として不適格であり、次回脱帽乗務が現認されたときは降格(ママ)程度の重い懲戒処分の対象とする旨警告されたが、さらに、同年五月上旬に三回脱帽乗務が現認された。このため、被告は、原告山本に対し、就業規則八条、九条違反、一二四条1号、17号該当を理由に、同月二八日付け降格(ママ)処分をした。

(3) 原告梅原は、同年一月に二回脱帽乗務が現認され、被告本社運行管理課係長及び人事課係長から、今後は就業規則を遵守するよう警告されたが、同月(ママ)二月上旬にも二回脱帽乗務が現認され、同月一七日、右両名から、今後は就業規則を遵守するよう警告された。しかし、原告梅原は、同日も脱帽乗務が現認され、右両名から、今後も脱帽乗務を続けるならば、就業規則違反として処分する旨警告されたが、さらに、同年五月前半に三回脱帽乗務が現認された。このため、被告は、原告梅原に対し、就業規則八条、九条違反を理由に、同年六月六日付け譴責処分をした。

(4) 原告須藤は、平成五年一〇月に脱帽乗務が現認され、被告弦巻営業所長から、今後は就業規則を遵守するよう警告されたが、平成六年一月から二月までの間に四回脱帽乗務が現認され、被告本社運行管理課係長及び人事課係長から、今後も脱帽乗務を続ければ就業規則違反として処分する旨警告された。しかし、原告須藤は、同年五月前半にも二回脱帽乗務が現認された。このため、被告は、原告須藤に対し、就業規則八条、九条違反を理由に、同年六月六日付け譴責処分をした。

(5) 原告生田目は、平成五年一〇月に脱帽乗務が現認され、被告弦巻営業所長から、今後は就業規則を遵守するよう警告されたが、同年一二月に二回脱帽乗務を現認され、被告本社運行管理課係長及び人事課係長から、今後は就業規則を遵守するよう警告された。しかし、原告生田目は、平成六年一月に二回脱帽乗務が現認され、右両名から、今後も脱帽乗務を続けるならば、就業規則違反として処分する旨警告されたが、さらに、同年二月から三月初めにかけて三回脱帽乗務が現認された。このため、被告は、原告生田目に対し、就業規則八条、九条違反を理由に、同年三月一八日付け譴責処分をした。

(6) 原告吉田は、同年一月に脱帽乗務が現認され、被告弦巻営業所長から、今後は就業規則を遵守するよう警告されたが、同年二月前半に四回脱帽乗務が現認され、被告本社運行管理課係長及び人事課係長から、今後も脱帽乗務を続けるならば、就業規則違反として処分する旨警告された。しかし、原告吉田は、同月後半にも二回脱帽乗務が現認された。このため、被告は、原告吉田に対し、就業規則八条、九条違反を理由に、同年三月一八日付け譴責処分をした。

(7) 原告森は、同年一月に脱帽乗務が現認され、被告本社運行管理課係長から、今後は就業規則を遵守するよう警告されたが、同年四月から一一月までの間にも九回脱帽乗務が現認され、被告本社運行管理課係長及び人事課係長から、今後も脱帽乗務を続けるならば、就業規則違反として処分する旨警告された。しかし、原告森は、同年一二月及び平成七年二月の二回脱帽乗務が現認された。このため、被告は、原告森に対し、就業規則八条、九条違反を理由に、同年三月七日付け譴責処分をした。

(8) 原告生田目及び原告吉田は平成六年三月一〇日に、原告須藤及び原告梅原は同年五月二六日に、それぞれ、労使各五名の委員で構成される被告の苦情処理委員会に対し、本訴と同様の主張により譴責処分取消しの申立てをしたが、委員全員一致の意見により、就業規則違反は事実明白で、懲戒処分も正当性があり、不都合は認められないとして、右申立ては却下された。

(9) 原告らは、着帽乗務をしているときでも、制帽を浅く被り、あるいは制帽の前後を逆にして被るなどしていた。

(三) 着帽の態様等

被告は、平成四年一一月、それまで通年使用されていた重量一七〇グラムの制帽を、いずれもこれより軽量の、一四〇グラムの夏用と一五〇グラムの冬用の二種類の制帽に変更した。右制帽は、一センチメートル単位で異なるサイズ(内周)のものが用意され、バス運転士がその貸与を受けるに当たっては、めいめい自己の頭の大きさに合わせて制帽を選択することができ、また、もしも制帽のサイズが合わないと思われた場合には、異なるサイズのものに変更することも認められていた。

被告において、バスの運転ダイヤは、二〇分間ないし五〇分間の運行の合間に五分間ないし二〇分間の折り待ち時間(ターミナル等の発着点において、次の発車時刻まで待機する時間をいう。)を挟む形態で編成され、折り待ち時間を含む各バス運転士の乗務時間は、一日当たり合計約六時間程度であった。被告は、バス運転士に対し、乗務時間中の着帽を指導していたものの、折り待ち時間中の脱帽については、やむを得ないものとして不問に付していた。

(四) 夏期脱帽期間

バスの冷房化が進んでいなかった昭和四八年当時、夏季の暑気著しい期間には、車内、特に運転席の気温が相当高くなることがあるため、労働環境上好ましくないことから、東急電鉄は、同年以降、毎年夏期脱帽期間を設けるようになり、被告も、東急電鉄に倣い、夏期脱帽期間を設けることとした。

その後、被告は、平成四年六月までに保有する車両をすべて冷房化し、かつ、同年一一月、前記のとおり夏用制帽を制定したことから、通年着帽の方針を立てたが、被告の従業員から構成される東急バス労働組合の賛成を得られないため、夏期脱帽期間を廃止することができず、平成五年及び平成六年には五月一六日から九月末日まで、平成七年には六月一日から九月末日までとして、夏期脱帽期間を存続させた。ただし、被告は、夏期脱帽期間の注意事項として、点呼執行時及び車両から離れる場合は着帽すること、整髪はもちろんのこと、被告従業員としての品位を保つことを定め、かつ、それ以外の期間については着帽乗務の指導を徹底することとし、平成六年九月には、被告営業所長名義の文書により、夏期脱帽期間終了後の着帽乗務を命じ、脱帽乗務を含む就業規則の違反があった場合は厳正な処置を講ずる旨告知するなどした。

(五) 他社の状況

平成五年初めの時点で、保有車両五〇台以上の規模の全国の乗合バス事業会社二〇一社のうち、全車両とも通年着帽としているものが一五三社、冷房車に限定して通年着帽としているものが八社、夏期脱帽期間を設けているものの、他の期間は着帽を定めているものが四〇社であった。また、平成六年ころ、東京近郊で乗合バスを運行する一二の事業主のうち、五社は通年着帽とし、七社(被告を含む。)は夏期脱帽期間を設けてはいるものの、他の期間は着帽を定めていた。

なお、東京空港交通は、平成四年五月二八日、バス運転士の着帽を同年六月一日以降通年で廃止することとしたが、同社以外でバス運転士の着帽を廃止した事業主は見当らない。しかも、同社のバス事業は、特定の路線に限定して事業展開を認められる限定免許に基づくものであって(特定旅客自動車運送事業)、空港から一定の地域を直接に結ぶ、途中乗客の乗降のない運行形態を特徴とし、運転手が乗客の荷物の積み降ろし作業を行うなど、被告を含む一般乗合旅客自動車運送事業者と同列に論じられないものがあった。

2(一)  企業は、その存立と事業の円滑な運営のために必要不可欠な企業秩序を維持確保するため、これに必要な諸事項を規則をもって一般的に定めることができ、労働者は、労働契約を締結して企業に雇用されることによって、企業に対し、労務提供義務を負うとともに、これに付随して、企業秩序遵守義務を負うものである(最高裁昭和五二年一二月一三日第三小法廷判決・民集三一巻七号一〇三七頁参照)。したがって、企業は、その事業の内容、性質等に応じて、事業の円滑な運営のために必要不可欠な企業秩序を維持確保するため、それが合理的なものである限りにおいて、労働者の服装についても規則を定め、労働者に対してその遵守を求めることができるものである。

(二)  そこで、着帽乗務を定めた本件諸規定が合理的なものといえるかどうかについて検討すると、道路運送法二四条一項において、一般乗合旅客自動車運送事業者(乗合バス事業者)に対して自動車の運転者等に制服を着用させることを義務付けた趣旨は、右事業が不特定多数の公衆に対して運送の役務を提供することを内容とし、乗客の生命、身体、財産の安全に直接かかわる公共性の高い性質を有する事業であることにかんがみ、直接運行業務に携わる運転者等に対しては、その業務に従事中、事業の公共性と任務の重要性を絶えず自覚させるとともに、乗客に対しては、制服を着用している者が正規の運転者等であることを認識させて運転者等に対する信頼感を与え、もって、その業務の遂行を円滑ならしめることにあると考えられる。

ところで、制帽は、当然に制服の一部となるものではないが、制服と併せ着用することにより、制服だけを着用している場合に比べ、より一層運転者等の自覚を高め、また乗客に対してはより一層規律正しい印象を与える効果があると考えられるから、運転者等に対する信頼感の醸成に寄与するものといえる。このように、制服と併せて制帽の着用を定めることは、右条項の趣旨をより一層明確な形で顕現するものということができる。また、制帽は、車内が混雑しているときなどには、乗客から運転者等の判別が容易になるなどの効果を持つことも考慮に入れる必要がある。

以上述べたところからすると、制帽の着用により看過し得ない弊害が生ずると認められない限り、本件諸規定には合理性があるというべきである。

(三)  原告らは、約六時間にわたる着帽乗務は、原告らバス運転士に対し、多量の発汗、肩こり、頭の締め付け感等の生理的苦痛、あるいは、いらいら感等の精神的苦痛をもたらすのみならず、右精神的苦痛により集中力を低下させる、視界を狭くさせる、左右の確認をし難くさせるなど安全性の低下を生ぜしめ、さらに、帽子が足元に落下することによる運転上の危険を増加させる、などと主張する。

(1) このうち、まず、生理的苦痛といわれるものについて見てみると、原告らの主張する約六時間というのは一日の乗務時間を合計したものであって、この間連続して運転業務に従事しているわけではないこと(前記1(三))及び被告弦巻営業所配属のバス運転士のうち、脱帽乗務を行っている者は、ごく小(ママ)人数に限られ、被告の指導により原告らを除く全員が着帽乗務をしていること(前記1(一))の各事実に証拠(<証拠・人証略>)を合わせ考えると、着帽乗務によってバス運転士にその主張のような生理的苦痛が生ずるものとは到底認め難いから、制帽の着用の合理性を否定する事実としては不十分である。

また、精神的苦痛についても、原告らが苦痛を感じていることは否定できないにしても、それは原告ら自身が本人尋問中で自認しているように、被りたくないものを被らされているという意識に起因するところが大きいと認められるのであって、それ自体、受忍限度を超えるような苦痛が生ずる性質のものとは認め難いといわざるを得ない。

(2) 原告らの主張中、着帽乗務により、視界が狭くなり、あるいは、左右の安全確認がし難くなり、安全性が低下するとの点については、(証拠略)、原告生田目本人、原告山本本人、原告須藤本人、原告梅原本人、原告森本人の各供述中には、これに符合する部分があるが、右各部分は、(証拠・人証略)、各検証の結果に照らして採用できず、他に原告らの主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(3) また、原告らの主張中、制帽の落下により運行上の危険が生ずるとの点については、(証拠略)、原告生田目本人、原告吉田本人、原告梅原本人の各供述中には、頻繁に制帽が落下し、時折車外に落下することがあるとする部分があり、原告須藤本人の供述中には、制帽が落下してブレーキ及びアクセルにかかり、ブレーキを踏んだところ、アクセルも踏まれる結果となり、空ふかしの状態になったとする部分もあるが、制帽が頻繁に落下するというのは余りに不自然であり、これと(証拠・人証略)、各検証の結果を合わせ考えると、右各部分は、にわかに採用できず、他に原告らの右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(四)  また、原告らは、東京空港交通が着帽を廃止したことや、被告が夏期脱帽期間を設けていることを、本件諸規定に合理性がないことの証左ととらえるほか、個人の体質等に合わせて脱帽乗務が認められるべきであり、すべてのバス運転士に対して着帽乗務を義務付けるのは合理性がないとも主張する。

(1) このうち、東京空港交通が着帽を廃止したことについては、同社の事業内容は被告の事業内容と同列に論じることのできないものであることは既に判示したとおりであるし、仮にこの点をさておくとしても、バス運転士の着帽を廃止した事業主は他に見当たらないことからしても(前記1(五))、また、本件全証拠によっても、東京空港交通が、着帽が不合理なものであることを理由として廃止したものであるとは認め難いことからしても、同社の右措置をもって本件諸規定の合(ママ)理性を示すものとは到底いえないから、この点に関する原告の主張は理由がない。

(2) 夏期脱帽期間の点に関し、原告須藤本人の供述中には、被告が、夏期脱帽期間を設けたことにより事故が減少した旨掲示したとする部分があるが、原告須藤本人は、右掲示の記憶が一〇年以上前のものであるとも供述しているのであって、これと(人証略)の証言を併せ考えると、原告須藤本人の右供述部分は、採用し難いものといわざるを得ない。そして、夏期脱帽期間を導入した後に被告の保有する全車両が冷房化されたのに伴い、被告が通年着帽の方針を立てたが、その実現を果たさないでいる経緯(前記1(四))、被告が夏期脱帽期間以外の期間について脱帽乗務を認めたことはなく、かえって着帽乗務の指導を強化している状況(前記1(一))などに照らすと、被告が夏期脱帽期間の設定により本件諸規定が不合理であると自認しているとは到底認められないのみならず、夏期脱帽期間中の脱帽乗務による業務上の支障が実際に生じていないとしても、そのことから直ちに、本件諸規定が不合理になるものでもない。

(3) なお、不特定多数の合衆に対して役務を提供している被告にとって、提供すべきサービスを均質化する必要性があると考えられることからすると、バス運転士に対して一律に着帽を義務付けることにも合理性があるというべきであるし、反面、バス運転士に制帽を着用した者とこれを着用しない無帽の者が混在することになると、そのような不統一な状態であること自体、バス運転士、ひいてその業務遂行に対する乗客の信頼感を著しく損なう結果となるものいえる。

もっとも、体質や頭部の傷害等といった個々の運転士の健康状態によっては、着帽を求めることが実情に沿わない場合もあり得るというべきであるが、そのことの故に本件諸規定が合理性を欠き無効になると解することはできない(原告らが制帽を着用できない健康状態にあったことをうかがわせる証拠はない。)。

3  以上のとおりであるから、本件諸規定は合理性があり、この点に関する原告らの主張は、いずれも理由がない。

三  争点3(懲戒権の濫用の有無)について

本件諸規定の合理性については前判示のとおりであるが、被告が懲戒権を行使するに当たり、その根拠となる就業規則等の合理性についてまで説明すべき義務があるとはいい難い。

被告が原告らの主張に係る法令又は就業規則に違反する各行為をなしたことを認めるに足りる的確な証拠はないが、仮に被告に法令又は就業規則に違反する点があったとしても、これは、当該法令又は就業規則の各規定の趣旨に沿って別途解決されるべき問題であり、被告の違反行為があったために原告らの懲戒事由が生じたというような特段の事情でも存在するのでない限り、被告の右違反行為と原告らの懲戒事由とは無関係であるから、右違反行為の存在により、被(ママ)告らに対する懲戒処分が信義則上許されなくなるものではない。そして、本件全証拠によっても、原告らの主張に係る被告の各違反行為があったために原告らの脱帽乗務がされたというような特段の事情をうかがわせる証拠はない。

したがって、本件各処分が懲戒権の濫用に当たるとはいえず、この点に関する原告らの主張は理由がない。

四  争点4(原告山本に対する降職処分の相当性)について

1  証拠(<証拠・人証略>)によれば、被告は、各職員を資格(書記、技手等)とこれに対応する職群(自動車運転士、誘導掛等)により区分し、その上下により、毎年の基本給の昇給額や賞与の支給月数に差をつけ、給与に反映させていたこと、原告山本については、本件降職処分により、技手二級・一級自動車運転士から書記補二級・誘導掛となり、降職時に基本給を七九〇〇円減額され、その後も、基本給の上昇額、賞与の支給月数が減少したことにより、平成六年六月から平成八年一〇月までに、合計五八万六〇五一円の収入が減少したことが認められる。

2  原告山本は、降職処分が懲戒解雇に次ぐ処分であり、重過失による死亡事故や刑事事件の有罪判決を受けた場合など、非違行為が看過できない場合にのみ下される処分であるから、これらの懲戒事由との比較において、本件降職処分が不相当に重い旨主張する。しかし、原告山本の主張に係る各懲戒事由の前提事実が具体的な裏付けのない抽象的なものにとどまるのであるから、これと本件降職処分とを比較することには無理がある。また、原告山本は、脱帽乗務を反復継続したのみならず、再三にわたる上司による着帽乗務の業務命令にも従わず、本件譴責処分を受けた後も、さらに右違反行為を継続したのであるから、原告山本の右行為は、重大な企業秩序違反行為といわざるを得ない。これと、本件降職処分により原告山本が被る経済的不利益が二年五か月で合計五八万六〇五一円に過ぎないことを併せ考えると、たとい、原告山本が本件譴責処分以前に懲戒処分を受けたことがないとしても、本件降職処分が右違反行為に比して不相当に重いということはできない。

3  したがって、争点4に関する原告山本の主張も理由がない。

五  結論

以上のとおり、原告らの本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成一〇年四月三〇日)

(裁判長裁判官 福岡右武 裁判官飯島健太郎は差支えのため、裁判官古谷健二郎は転官のため、署名押印することができない。)

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