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東京地方裁判所 平成6年(ワ)11358号 判決 1995年7月27日

原告

株式会社パシフィックアイランドクラブジャパン

右代表者代表取締役

平大路光明

右訴訟代理人弁護士

尾高聖

丹生谷美穂

被告

株式会社エヌ・ティー・エス

右代表者代表取締役

加藤雄次

右訴訟代理人弁護士

岩渕正紀

奈良輝久

主文

一  被告は、原告に対し、金四九六万一一九〇円及びこれに対する平成六年三月一六日から支払い済みまで年一八パーセントの割合による金銭を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求の趣旨

金四九六万一一九〇円及び内金二〇九万九〇四〇円に対する平成四年六月一日から、内金一六四万六八〇〇円に対する同年七月一日から、内金三〇万六八〇〇円に対する同年八月一日から、内金九〇万八五五〇円に対する同年九月一日から、それぞれ支払い済みまで年一八パーセントの割合による金銭を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、旅行業を営む原告が同業の被告に対し、ホテル予約業務協約によるパッケージ代金を請求している事案である。

二  争いのない事実

1  原告(旧商号・株式会社ピーアイシーホリディズ、平成五年七月に現商号に変更)は、海外旅行における宿泊施設等の契約及び予約手配等を行う事業を営む会社である。

2  被告は、主催旅行を企画、募集及び遂行する事業を営む会社である。

3  原告と被告は、平成四年三月ころ、次の内容の予約業務協約(以下「本件協約」という)を締結した。

(1) 原告は、被告の顧客のグアム旅行におけるパシフィックアイランドクラブグアム(以下「ホテルグアム」という)の宿泊予約その他一連の手配業務をパッケージとして行い、被告は原告に対して当該パッケージ代金を支払う。

(2) 協約期間は平成四年四月一日から平成五年三月三一日とする。

(3) 原告が予約業務を行った場合は、原告は被告に対して、顧客のホテルグアムの最終使用日の翌月二〇日までに計算書を提出して手数料の請求を行い、被告は同月末日までに支払いをする。

(4) 遅延損害金は年一八パーセントとする。

三  証拠により認定できる事実

原告は、本件協約により、被告のために平成四年四月から七月にかけて別紙予約業務一覧表のとおり予約業務を行った(甲3号証の1ないし12、4号証の1ないし5、5号証の1ないし5、6号証の1ないし7及び7号証の1ないし13)。

四  原告の主張

1  原告は、被告に対し別紙予約業務一覧表の「被告への請求日」欄のとおりパッケージ代金の請求を行った。

2  よって、原告は、被告に対し、本件協約に基づき、パッケージ代金四九六万一一九〇円及びこれに対する請求分毎の約定遅延損害金の支払いを求める。

五  被告の主張

本件パッケージ代金債権(以下「本件債権」という)は、原告と被告との間のホテル宿泊契約による債権であるから、民法一七四条四号により消滅時効期間は一年であり、時効により消滅している。

原告と被告間にホテル宿泊契約が成立していると考える理由は、次のとおりである。本件協約によれば、被告は原告から割り当てられたホテルグアムの一定数の部屋について使用する権利を有し、かつ利用料金を支払う債務を負い、原告は予約された部屋が何らかの事情で提供できなくなったときは、他のホテルを提供する義務を負うことが明記されている。原告は、ホテルグアムの東京事務所だったものが法人化されたものであって、日本におけるホテルグアムの宿泊に関する専属的予約締結権限を有しており、被告はホテルグアムと直接に宿泊契約を締結することはできない。本件パッケージ代金は、基本的に宿泊料であって原告の媒介手数料は明示されていない。

短期消滅時効の制度は、迅速な決済の必要性がある取引類型については、一律に短期時効に服すべきものとする立法政策に基づくものであり、証拠保全の困難性を重視すべきではないし、本件債権の発生は、被告の顧客の短期間のホテル滞在にかかっているのであるから、証拠の保全の困難性もある。

六  原告の反論

原告は、パシフィックアイランドクラブグループの一企業であって、同グループが所有するホテルグアムのいわば日本における窓口の役割を果している。本件協約によって、ホテルグアムにおける被告への部屋割りと宿泊料金の設定がなされ、被告の顧客がホテルを利用した後、被告は、原告に対して宿泊料相当額と手数料を支払い、原告はこの中からホテルに対して宿泊料相当額を支払うシステムになっていた。原告には、ホテルグアムのために宿泊契約を締結する権限はない。したがって、原告は、被告とホテルグアムとの宿泊の斡旋をしているのであって、宿泊契約はホテルグアムと被告の顧客との間で成立するのであり、本件債権は、仲立業務による債権であるから、商法の規定により消滅時効期間は五年と解すべきである。

また、宿泊料債権の消滅時効期間が一年とされているのは、これらの債権が少額で頻繁に発生し、領収書等も必ずしも発行されないことから、権利関係を早期に確定する必要があるためである。本件債権は、旅行業者間のものであり、金額も多額であって、書類の作成・保存も行われることから、時効期間を短期にしなければならない事情はない。

七  本件の争点は、本件債権が時効により消滅しているかどうかである。

第三  争点に対する判断

一  本件協約の法的性質について検討する。

1  甲1号証、乙5、10及び13号証によれば、本件協約は、従前ホテルグアムと日本通運(被告の親会社)との間で締結されていた予約業務契約を、原告と被告間で新たに締結したものであり、その理由はホテルグアムの日本における窓口だった原告が法人化されたことにある。原告設立後は、ホテルグアムの利用に関する交渉は全て原告が行い、被告がホテルグアムと直接交渉することはなくなった。甲1号証によれば、本件協約の基本的内容は、被告がホテルグアムにおいて季節に応じて一定の部屋の割当を受け、サービス内容に応じて宿泊・食事等のパッケージ代金を予め設定し、最終的な宿泊者数を確定するためのルーミングリスト及びネームリストの提出手続きを定め、パッケージ代金の支払方法を定めたものである。

甲22号証によれば、原告代表者は原告がホテルグアムの宿泊や施設利用の契約締結権限を有していないと主張しているが、右のように割当部屋とパッケージ代金が決定され、ルーミングリスト及びネームリストの提出により具体的な宿泊が決定され、原告にパッケージ代金が支払われるのであるから、原告はホテルグアムの宿泊や施設利用に関する契約締結権限を有していたと認められる。右事実からみると、原告は、ホテルグアムの日本における締約代理商のような立場にあったとみられる。

2  本件協約によれば、原告と被告間においては、原告は、ホテルグアムをして被告の指示に応じた宿泊等のサービスを被告の顧客に提供させる義務を負い、被告は、利用代金を支払う義務を負っている。宿泊等のサービスを受けた者がサービスを提供した者に宿泊料を支払う契約を宿泊契約と呼ぶとすれば、原告がサービスを提供するわけではなく、被告がサービスを受けるわけでもないから、本件協約は宿泊契約ではない。しかし、本質的部分は宿泊等のサービス提供と対価の支払関係にあるから、本件協約は、宿泊契約に類似した契約関係又は特殊な宿泊契約といえる。

3  ところで、原告は、被告とホテルグアムとの宿泊の斡旋をしているのであって、本件協約は仲立業務による債権であると主張する。しかし、本件協約においては原告自らが契約当事者となっているのであり、ホテルグアムにおける利用代金は被告が支払うのであって、被告の顧客は支払義務を負わないから、ホテルグアムと被告の顧客間で宿泊契約が成立する余地はないから、他人間を当事者とする法律行為の成立に尽力したともいえず、右主張は理由がない。

なお、被告と顧客との関係は、被告が顧客の委託を受けて自己の名でホテルグアムにおける宿泊関係の契約を締結しているとみるべきであり、被告の行為は取次に該当し、被告は準問屋(商法五五八条)に該当すると解すべきである。

二  本件債権が民法一七四条四号の債権に該当するかどうかについて判断する。

1 甲1号証によれば、本件債権の内容は、宿泊、食事を主とし、ハネムーンパッケージ及びウェディングパッケージにおいては挙式ビデオテープ撮影、牧師への謝礼等の各種サービスが含まれていることが認められる。したがって、内容的には宿泊料が中心ではあるが、それに限定されるものではない。民法一七四条は、そこに列挙されている取引が直ちに代金を請求して支払いをするのが通常であり、証拠書類も作成しないことが多いことを理由として、一年の短期消滅時効を定めたものである。本件債権は、取次業者間の継続的取引によって発生するものであり、先に検討したとおり契約関係も特殊な宿泊契約であって、民法一七四条四号が想定している宿泊料債権とはやや性質が異なっている。

2 また、被告の顧客に対する旅行代金債権は、商行為によって生じた債権として商法五二二条により消滅時効期間は五年になるが、本件債権とそれに対応する被告の顧客に対する旅行代金債権は、経済的には一体のものであるから、両債権の時効期間は同一に解するのが望ましいといえる。

3 したがって、本件債権は民法一七四条四号の債権に該当しないと解すべきであり、商行為によって生じた債権として消滅時効期間は五年となり、被告の消滅時効の主張は理由がない。

三  遅延損害金について判断する。

1  甲1号証によれば、本件パッケージ債権は、当月一日から末日までのチェックイン分は、翌月二〇日までに請求し、翌月末日払いと約定されていたことが認められる。被告としては請求を受けなければ支払金額が判明しないから、原告からの請求が遅れた場合には、請求を受けた日から相当期間後に履行期限が到来すると解すべきである。

2  乙3及び4号証によれば、本件で請求されているパッケージ代金の期間より後である平成四年八月以後の代金については原告から請求があり、被告が支払いをしたことが認められ、被告が本件の期間分だけ支払いをしない理由は考え難いから、原告が被告に対し、原告主張のころ本件パッケージ代金の請求をしたとは認められない。

3  甲8号証及び9号証の1によれば、原告は被告に対して、平成六年二月二五日ころ、本件パッケージ代金を同年三月一五日までに支払うよう請求したことが認められるから、右期日を履行期限とみるのが相当であり、遅延損害金については同年三月一六日から発生することになる。

四  以上によれば、原告の本件請求は、四九六万一一九〇円及びこれに対する平成六年三月一六日からの約定遅延損害金の支払いを求める限度において理由がある。

(裁判官永野圧彦)

別紙<省略>

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