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東京地方裁判所 平成5年(行ウ)38号 判決 1997年3月21日

東京都世田谷区岡本二丁目一二番一三号

原告

株式会社 有坂水工舎

右代表者代表取締役

有坂義太郎

右訴訟代理人弁護士

原希世巳

米倉勉

東京都世田谷区玉川二丁目一番七号

被告

玉川税務署長 阿部武夫

右指定代理人

小濱浩庸

堀久司

佐久間康良

羽柴宗一

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が平成三年六月二五日付けでした原告の昭和六三年二月一一日から平成元年二月一〇日までの事業年度以後の法人税の青色申告承認取消処分を取り消す。

2  被告が平成三年六月二六日付けでした原告の平成元年二月一一日から平成二年二月一〇日までの事業年度の法人税の更正のうち税額四万七一〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、肩書本店所在地において給排水衛生設備工事業を営む株式会社であるが、原告の平成元年二月一一日から平成二年二月一〇日までの事業年度(以下「係争年度」という。)の法人税につき、所得金額を一五万七八六一円、税額を四万七一〇〇円として、法定の期限内に青色申告書により確定申告をした。

2  被告は、原告に対し、平成三年六月二五日、法人税法(以下「法」という。)一二七条一項一号に基づき、原告の昭和六三年二月一一日から平成元年二月一〇日までの事業年度(以下「元年二月期」という。)以後の法人税につき青色申告の承認を取り消す旨の処分(以下「本件取消処分」という。)をし、同月二六日、原告の係争年度の法人税につき、所得金額を二六二万六四四九円、税額を七八万七八〇〇円とする更正(以下「本件更正」という。)をするとともに、八万六〇〇〇円の過少申告加算税を賦課する旨の決定(以下「本件決定」という。)をした(以下、本件取消処分、本件更正及び本件決定を併せて「本件各処分」という。)。

3  原告は、本件各処分を不服として、平成三年八月二六日、被告に対し異議申立てをしたが、同年一一月二六日付けで棄却されたため、同年一二月二五日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、これも平成四年一一月一九日付けで棄却された。

4  しかし、本件取消処分は、法一二七条一項一号に該当する事実がないのにされた違法なものであり、また、本件更正は、右違法な本件取消処分を前提とする点で違法であるばかりでなく、原告の所得金額を過大に認定するなどの違法を犯したものであり、これを前提とする本件決定も違法である。

よって、原告は、本件各処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3の事実は認めるが、同4は争う。

三  抗弁

1  本件調査の経緯

(一) 被告は、原告が設立された昭和五三年三月二〇日以降その法人税の調査を行っていないこと、原告の売上金額が伸びているのに申告所得金額は概ね同額であることから、原告の申告所得金額が適正であるかどうかについて、調査の必要があると判断し、被告所部係官の宮司晴生(以下「宮司係官」という。)及び田中和彦(以下「田中係官」という。)に対し、その調査(以下「本件調査」という。)を命じた。

(二) 宮司係官及び田中係官(以下「宮司係官ら」という。)は、平成元年八月一八日午前一〇時一〇分ころ、肩書地にある原告の事務所(以下「原告事務所」という。)に赴き、原告代表者に対し、法人税の調査のために臨場した旨を告げ、原告の事業概況について説明を求めたところ、原告代表者が、「多忙であり、今はお盆休みであるので、調査には応じられない」旨申し立てたため、宮司係官らは、次回の調査日程を取り決めるべく、再三にわたり、その申し入れをしたが、具体的な回答を得られないまま、午前一〇時三〇分ころ辞去した。

(三) 宮司係官らは、平成元年九月八日午前一〇時二〇分ころ、原告事務所に赴いたが、原告代表者が不在であったので、その妻で原告の取締役である有坂裕子(以下「裕子」という。)に対し、法人税の調査に臨場した旨を告げた上、原告の事業概況について質問したところ、裕子は、原告の経理は自分が行っていること、従業員は全て臨時雇いであることなどを述べた。宮司係官らは、裕子に対し、原告の元年二月期の所得金額の基礎となる帳簿書類等の提示を求めたところ、裕子が、調査理由を開示するよう求めたため、原告の所得金額の確認である旨を告げ、再度、帳簿書類等の提示を求めたが、裕子は、具体的な調査理由の開示を求めるだけで、帳簿書類等の提示要求に応じようとしなかった。そのため、宮司係官らは、裕子に対し、次回の調査日を決めたい旨申し出たが、回答を得られなかった。

(四) その後、宮司係官は、次回の調査について原告に三回にわたって電話をしたが、電話口に出た裕子は、「年内の調査は無理である」、「来年二月以降にしてくれ」などと述べ、調査日時について回答を得ることができなかった。

(五) 宮司係官らは、平成二年一月一九日午前一〇時ころ、原告事務所に赴き、裕子に対して帳簿書類等の提示を求めたところ、裕子は、具体的な調査理由を執拗に求めるとともに、「代表者は入院中であり調査には応じられない」、「退院次第連絡をする」旨申し立てたので、宮司係官は、再度、帳簿書類等を提示するよう説得したが、裕子がこれに応じようとしなかったため、宮司係官らは、午前一〇時三〇分ころ辞去した。

(六) 宮司係官は、平成二年二月二二日午前一〇時一〇分ころ及び同年四月一三日午後四時四〇分ころ、原告に電話をしたものの、原告代表者及び裕子が不在であったため、さらに、同年五月八日午後三時五〇分ころ、電話をし、電話口に出た裕子に対し、調査に応じるよう説得したところ、裕子は、「調査には応じられない」、「調査そのものが違法である」などと申し立てたので、これ以上説得しても調査に応じてはもらえないと判断し、裕子に対し、被告の方で独自の調査をする旨を告げた。

なお、その後、平成二年七月の宮司係官の異動に伴い、被告は、本件調査を田中係官と被告所部係官の白澤敏幸(以下「白澤係官」という。)に担当させ、係争年度の法人税についても本件調査の対象とすることとした。

(七) 田中係官は、平成二年七月二五日午後三時三〇分ころ、原告に電話をしたところ、裕子は、「調査理由を文書化して提出してもらいたい」、「田中さんの個人文書でもいいし、できなければ、その文書化できない理由を文書化してほしい」、「それで納得がいけば帳簿は見せる。納得がいかなければ見せたくありません」などと申し立てた。これに対し、田中係官は、平成二年八月一日午後四時一〇分ころ、裕子に電話をし、文書で説明せよとの要求には応じられない旨伝えた。

(八) 田中係官及び白澤係官(以下「田中係官ら」という。)は、平成二年九月二六日、原告事務所に赴き、裕子に対し、係争年度も含めて調査を行いたい旨告げ、改めて元年二月期以降の帳簿書類等の提示を求めたところ、裕子は、調査理由と提示を求める帳簿書類を文書化して示すよう述べるだけで、調査に応じようとせず、また、この間、玉川民主商工会事務局長の海老名正一が抗議の発言等をしたので、田中係官らは、それ以上の調査は不可能であると判断し、原告事務所を辞去した。

(九) 田中係官は、平成二年九月二八日、原告に電話をし、裕子に対して帳簿書類等の提出を求めたところ、裕子は、「文書によらなければ、調査に応じられない。今後の連絡も文書以外は、当社は受け付けない」などと述べたので、田中係官は、裕子に対し、帳簿書類等がないものとみなして青色申告承認の取消しを行うことになる旨告げた。

その後、原告は、平成二年一〇月三〇日、被告に対し、具体的な調査理由を書面で提出すること及び取引先等の調査を中止することを求める内容の請願書を提出した。

(十) 田中係官らは、平成三年六月一七日から同月二〇日までの間、五回にわたり原告事務所に赴いたところ、いずれも原告代表者及び裕子が不在であったため、田中係官は、同月二一日午後三時ころ、原告に電話し、裕子に対し、本件調査に応じ、帳簿書類等を提示するよう説得したが、裕子は、「請願書の返事を持ってくるなら会ってもいいが、それ以外なら会っても無駄である」などの発言を繰り返し、田中係官は、原告が調査に応じないのであれば、更正処分を行う旨を告げた。

2  本件取消処分の適法性

法一二七条一項一号は、帳簿書類の備付け、記録又は保存が法一二六条一項に規定する大蔵省令で定めるところに従って行われていないことを青色申告の承認の取消事由としているが、法一二六条一項所定の帳簿書類の備付け及び保存は、青色申告法人の帳簿書類が客観的に存在し、当該法人が現にこれを保存していることのみをいうのではなく、税務職員が必要に応じていつでも閲覧し得る状態におくことをも含むものと解すべきである。

前記1のとおり、原告は、被告所部係官の再三にわたる調査協力の要請にもかかわらず、調査理由の文書による回答を要求し、正当な理由なく帳簿書類等を提示しなかったことが明らかであり、被告は、原告の帳簿書類の備付け、記録又は保存を確認すること自体できなかったのであるから、法一二七条一項一号の青色申告承認の取消事由に該当するというべきであり、本件取消処分は適法である。

3  本件更正の適法性

(一) 推計の必要性

本件調査の経緯は、前記1のとおりであり、原告は、本件調査に際し、被告所部係官による再三にわたる協力要請に応じず、終始非協力的な態度をとり続け、帳簿書類等を提示しなかったのであって、このような状況においては、原告の係争年度の所得金額を実額で算定することが不可能であったため、被告は、やむを得ず原告の取引先等に対する調査によって把握した取引金額を基礎として推計により原告の所得金額を算定せざるを得なかったもので、本件においては、推計による課税の必要があったというべきである。

(二) 推計の合理性

(1) 被告は、調査により把握した原告の売上金額を基礎として、これに原告と業種及び事業規模が類似する法人(以下「比準同業者」という。)一〇社の売上金額に対する売上原価等の額(売上原価、販売費及び一般管理費のうち、建物に係る減価償却費、役員報酬、損金不算入の租税公課の額、支払利息及び割引料、貸倒金、地代家賃、交際費のうち四〇〇万円を超える額、固定資産除却損を除いた額の合計額。以下も同じ。)の割合の平均値(以下「平均売上原価等率」という。)を乗じて、原告の売上原価等の額を計算し、原告の所得を推計した(以下「本件推計」という。)。

(2) 被告が本件推計に用いた比準同業者は、玉川税務署管内に事業所を有し、専ら給排水衛生設備工事業を営む法人事業者であって、次の条件を充たす法人である。

ア 年を通じて給排水衛生設備工事業を継続して営んでいる法人

イ 係争年度に相当する事業年度(決算期が原告と異なる場合は、原告と事業年度を六か月以上同じくする事業年度とする。)の売上金額が原告のそれの二分の一以上二倍以下の範囲内である法人

ウ 青色申告の承認を受けている法人

エ 役員報酬の支払人数が二名の法人

オ 災害等により経営状態が異常であると認められるものに該当しない法人

カ 課税処分に対する不服申立て又は訴訟が係属中でない法人

(3) 右条件に従って比準同業者として抽出された法人は一〇社であり、それら比準同業者各社の係争年度に相当する事業年度の売上金額、売上原価等の額及び売上原価等率は別表1のとおりであったから、係争年度の平均売上原価等率は同表下欄に記載のとおり、七九・九四パーセントとなる。

(三) 原告の所得金額及び税額

(1) 売上金額 五九四四万〇七三三円

右金額は、被告が調査により把握した金額であり、その内訳は、別表2の「被告主張」欄記載のとおりである。

(2) 売上原価等の額 四七五一万六九二一円

右金額は、(1)の売上金額に平均売上原価等率七九・九四パーセントを乗じて算出したものである。

(3) 役員報酬 五六四万〇〇〇〇円

(4) 地代家賃 三六万〇〇〇〇円

(5) 支払利息及び割引料 三〇万三二七六円

(6) 受取利息 一五万一六七五円

(7) 前期損益修正益 二万三五〇〇円

(8) 所得金額 五七九万五七一一円

右金額は、右(1)の金額から(2)ないし(5)の各金額を控除し、(6)及び(7)の各金額を加えたものである。

(9) 法人税額 一七三万八五〇〇円

右金額は、右(8)の所得金額(国税通則法一一八条一項により一〇〇〇円未満切捨て)に法六六条(昭和六三年法律第一〇九号による改正前のもの)による税率を乗じて算出したものである。

(四) 本件更正の適法性

そうすると、本件更正に係る原告の所得金額(二六二万六四四九円)及び法人税額(七八万七八〇〇円)は、それぞれ右(8)、(9)の金額の範囲内であるから、本件更正は適法である。

4  本件決定の適法性

本件決定は、本件更正により新たに納付すべき法人税額(国税通則法一一八条三項により一万円未満切捨て)を基礎として、国税通則法六五条に従い適法に算出した過少申告加算税を賦課したものであるから、適法である。

四  抗弁に対する認否

1(一)  抗弁1(一)の事実のうち、原告が設立された昭和五三年三月二〇日以降原告の法人税の調査が行われていないことは認めるが、その余は争う。

(二)  同1(二)の事実のうち、被告主張の日に被告係官が原告事務所に来訪したこと、その際、原告代表者が今はお盆休みである旨述べたことは認めるが、その余は否認する。

(三)  同1(三)の事実のうち、被告主張の日に被告係官が原告事務所に来訪したこと、原告代表者が不在で、裕子が応対したこと、被告係官が裕子に帳簿書類の提示を求め、裕子が調査理由の開示を求めたことは認めるが、その余は否認する。

(四)  同1(四)の事実は認める。

(五)  同1(五)の事実のうち、被告係官が帳簿書類の提示を求めたこと、裕子が調査理由の開示を求めたことは認めるが、その余は否認する。

(六)  同1(六)の事実のうち、被告係官が、平成二年五月八日、電話で裕子に対し、調査に応じるよう述べ、これに対し、裕子が、被告主張のような申立てをしたことは認めるが、その余は不知。

(七)  同1(七)の事実は認める。

(八)  同1(八)の事実のうち、被告主張の日に被告係官が原告事務所に来訪したことは認めるが、その余は争う。

(九)  同1(九)の事実は認める。

(十)  同1(十)の事実のうち、被告係官が平成三年六月一七日から同月二〇日までの間、五回にわたり原告事務所を訪れたことは否認し、その余の事実は認める。

2  同2は争う。

3(一)  同3(一)、(二)は争う。

(二)  同3(三)のうち、(1)(売上金額)の認否は別表2の「原告の認否」欄記載のとおりであり、(3)ないし(7)は認め、(2)、(8)、(9)は争う。

(三)  同3(四)は争う。

4  同4は争う。

五  原告の主張

1  本件調査の違法

(一) 原告について設立以降法人税の調査を行っていないことは、およそ調査の理由とはならないし、また、原告の売上金額は増減を繰り返しており、本件調査直前の二、三年は、過去の時期より売上が少なかったのである。しかも、売上金額が増加すれば所得金額も増加するとは単純にいえないのであるから、仮に売上金額が伸びているのに所得金額が横這いであったとしても、このことは調査の必要性を基礎づけることになるものではない。右のとおり、被告の主張する調査の必要性は理由がなく、本件調査はその必要性がないのにされた違法なものであって、これに基づく本件各処分も違法である。

(二) 原告は、本件調査に際し、被告係官に対して再三にわたり調査理由を開示するよう求め、正当な理由が開示されれば調査に応じる旨述べていたのであるから、被告係官は、質問検査権を行使するにあたって、調査理由を原告に開示すべきであったものであり、これを拒否したのは明らかに不合理であって、本件調査は、適正な質問検査権の行使とはいえず違法であるから、これに基づく本件各処分も違法というべきである。

2  本件推計の必要性の不存在

原告は、本件調査にあたった被告係官に対し、再三にわたって調査理由の開示を求めており、正当な調査理由の説明がされれば、帳簿書類等を提示し調査に応じる用意があったのに、被告係官は、かたくなに調査理由の開示を拒み、帳簿書類を見せてくれと繰り返すだけであったために、原告の協力が得られなかったのである。このような事情にもかかわらず、被告は、原告の態度を調査非協力と決めつけて実額による課税を放棄したもので、本件においては、推計の必要性がなかったというべきであるから、本件更正は違法である。

3  本件推計の不合理性

(一) 被告は、原告の取引銀行に対する反面調査によって原告の入金状況を把握し、これを係争年度の売上金額として本件推計をしているが、被告主張の売上金額の中には、前年度分の売掛金(菊健建設の平成元年七月三日入金分、世田谷区の平成元年三月一三日及び同月二三日の入金分、西原商事の平成元年二月二〇日入金分、日本空調の平成元年四月六日入金分、ヘンミエイジロウの平成元年三月一三日入金分、丸山工業所の平成元年二月二七日入金分、ムカイアキヒロの平成元年二月二〇日入金分、売上先不明の入金分)や貸金の返済分(シブヤフジオ分)が含まれており、被告の売上金額の把握は不正確である。

(二) 給排水衛生設備工事業といっても、事業者の規模、形態、受注先、下請け・外注の割合などによって、売上に対する原価率は大幅に変動するものであるところ、本件においては、抽出された比準同業者の右のような要素について何ら明らかにされておらず、また、原告の当時の営業が管内同業者の標準的な営業の実態から大きくかけ離れていないかどうかの立証もないのであって、本件推計の合理性は否定されるべきである。

また、被告が抽出した比準同業者の売上原価等率をみると、その最小値と最大値の間に二五パーセント以上の幅があり、このことは給排水衛生設備工事業が業態等によって利益率が様々であることを意味するものであり、このような実態を無視して、右売上原価等率を単純平均した数値をもって、原告の売上原価を算出する基礎とし得るかは疑問であるし、しかも本件においては、比準同業者の売上原価等率のうち、他の業者の数値と比べて著しく低いもの(別表1のB)があるが、これについて何の検討もなく平均売上原価等率の算出の基礎としており、本件推計は不合理である。

4  所得の実額

原告の係争年度の所得金額は、(一)の益金の額から(二)の損金の額を控除した三一万四六九三円であり、それらの内訳は次のとおりである。

(一) 益金 六〇二三万二九二三円

(1) 売上金額 六〇〇五万七七四八円

その内訳は、別表3の「原告主張」欄記載のとおりである。

(2) 受取利息 一五万一六七五円

(3) 前期損益修正益 二万三五〇〇円

(二) 損金 五九九一万八二三〇円

(1) 売上原価 四七四九万六一二七円

その内訳は、別表4記載のとおりである。

(2) 販売費・一般管理費 一二一一万八八二七円

その内訳は、別表6記載のとおりである。

(3) 支払利息及び割引料 三〇万三二七六円

六  原告の主張に対する被告の認否及び反論

(認否)

1 原告の主張1ないし3は争う。

2 同4(一)のうち、(1)(売上金額)の認否は別表3の「被告の認否」欄記載のとおりであり、(2)、(3)の各金額は認める。

同4(二)のうち、(1)、(2)の各金額は不知(ただし、給料については役員報酬分五六四万円の限度で認め、地代家賃の金額は認める。)、(3)の金額は認める。

(反論)

1 調査の個別的具体的な理由の開示をすることは、税務調査の要件とされていないのであるから、調査理由を開示しなくても調査が違法となるものではないし、本件調査においては、宮司係官等が原告に対し、調査の理由として「所得金額の確認である」旨告げているのであるから、それ以上に、個別的具体的な調査理由を告知しなかったからといって、本件調査が違法となるものではない。

2(一) 本件推計による所得金額が実額と異なるとして推計課税が違法とされるためには、<1>原告の主張する売上金額が、係争年度に係る取引から生じた益金の額に算入されるべき収益額の全てであり、<2>その主張する費用の実額が、実際に支出し又は支出すべきものである損金の額に算入されるべき原価又は費用の額の全てであること、<3>そのうち売上原価は売上金額に直接的個別的に対応するものであり、販売費・一般管理費は収益の額に期間的に対応するものであることなど、原告主張の所得金額が真実の所得金額に合致するものであることが合理的な疑いを入れない程度に立証されなければならないというべきである。

(二) したがって、法人の所得金額を実額で算出するためには、当該事業年度に生じる収入及び支出の全てを記録した会計帳簿の存在が必要不可欠であり、売上については、売上金額を継続的に記録した売上帳等の会計帳簿が他の会計帳簿(現金出納帳等)と突合され、かつ、請求書・領収書控え等の原始記録と照合されなければならないし、売上原価等についても、仕入帳・経費帳等の会計帳簿において、費用と収益との関係が明らかにされなければならない。しかるに、原告は、現金出納帳を提出しておらず、他の帳簿書類の記帳の正確性及び真実性が担保されているとはいい難いし、また、仕入帳の提出もなく、仕掛品としての棚卸資産の計上もしていないことからすれば、原告主張の売上とその原価との対応関係を合理的な疑いを入れない程度に立証しているということもできない。

(三) また、原告が提出した総勘定元帳は、本訴提起後にコンピューターに入力してあったものから改めて作成したものであり、それだけでは原告主張の売上金額及び売上原価等の額を裏付けるものということはできないし、売上帳(甲第二三号証の一、二)には、出面帳(甲第二四号証)に記載された工事に対応する売上の計上がされていないなどの疑問がある。さらに、原告が提出した領収書等には、「上様」、「有坂」、「有坂義太郎」、「有坂裕子」宛てのもの、発行日が日曜祝祭日のものがあるなど、原告の事業に関して発行されたものと認め難いものが含まれており、また、出金伝票の中には、本訴に書証として提出する際に、その原本に手を加えたものが多数ある上、重複して作成したと認められるものや原告の事業との関連性が認められないものがあって、それらによっては原告の売上原価等の額を裏付けることはできない。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

第一請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

第二本件調査の経緯について

一  まず、本件調査の経緯について検討するに、抗弁1(一)ないし(十)の事実のうち当事者間に争いのない事実と、成立に争いのない甲第六号証、乙第七号証、証人宮司晴生の証言により成立の真正を認める乙第五号証、証人田中和彦の証言により成立の真正を認める乙第六号証、証人宮司晴生、同田中和彦、同有坂裕子(ただし、後記採用しない部分を除く。)の各証言並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、昭和五三年三月二〇日に設立された給排水衛生設備工事業を営む会社で、青色申告の承認を受けて法人税の申告をしていたが、被告所部の真野統括国税調査官は、会社設立以来一度も法人税の調査が行われていない上、売上金額の伸びに比べて申告所得金額が概ね同額であったことから、原告の元年二月期の申告所得金額が適正であるかどうかについての調査が必要であると判断し、平成元年七月下旬ころ、宮司係官らに対し、本件調査を命じた。

なお、原告の確定申告に係る売上金額及び所得金額は、次のとおりである。

事業年度 売上金額 所得金額

昭和六二年二月期 二八三一万九九九〇円 一一万二二三六円

昭和六三年二月期 三八〇七万四〇六三円 一二万六三二一円

元年二月期 四七五四万五八八一円 一五万二〇九九円

2  宮司係官らは、本件調査のため、平成元年八月一八日午前一〇時一〇分ころ、事前の連絡なしに原告事務所に赴き、原告代表者に対し、原告の法人税の調査のために臨場した旨を告げ、事業概況等を聴取しようとしたところ、原告代表者が、多忙でありお盆休みでもあるので調査には応じられない旨申し立てたため、宮司係官らは、次回の調査の日程を決めようと、いつ頃なら都合がいいのか尋ねたが、原告代表者からの回答がなかったので、そのまま原告事務所を辞去した。

3  宮司係官らは、平成元年九月八日午前一〇時二〇分ころ、原告事務所を訪れ、原告代表者が不在であったため、同人の妻で原告の取締役である裕子に対し、法人税の調査のため臨場した旨を告げて、事業概況について質問したところ、裕子は、経理は自分が行っており、従業員は全て臨時雇いであることなどを説明した。そこで、宮司係官らは、裕子に対し、原告の帳簿書類等の提示を求めたところ、裕子が調査理由を明らかにするよう求めたので、宮司係官は所得金額の確認のためである旨を告げたが、裕子は帳簿書類等を提示しようとせず、調査が進展しなかった。そのため、宮司係官らは、裕子に対し、次回の調査のため都合のいい日を聞いたが、回答を得られず、そのまま原告事務所を辞去した。

4  宮司係官は、平成元年九月二七日、原告に電話をかけ、裕子に対し、いつなら調査に応じられるのかといった話をしたが、裕子は、多忙であると述べ、具体的な調査の日を決められないでいた。その後、裕子から宮司係官に対し、一一月下旬ころには手があく旨の電話連絡があったので、宮司係官は、同年一〇月三〇日、具体的な調査日時を打ち合わせようと電話をしたが、裕子は、年内いっぱいは多忙で調査に応じられない旨申し立てたため、宮司係官は、同年一二月五日、再度電話をかけたところ、裕子は、年内は無理だが、翌年の二月以降であれば手があく旨述べたものの、具体的な調査の日時を決めるまでには至らなかった。

5  宮司係官らは、平成二年一月二九日午前一〇時ころ、原告事務所に赴き、裕子に対し、帳簿書類等の提示を求めたところ、裕子は、具体的な調査理由の開示を求めたため、宮司係官は、前回と同様、所得金額の確認であると述べたが、裕子が、原告代表者が入院中で調査には応じられない旨申し立て、帳簿書類等を提示しようとしなかったので、宮司係官らは、それ以上の調査は不可能であると判断し、原告事務所を辞去した。

6  その後、宮司係官は、二回ほど原告に電話をしたものの、原告代表者や裕子と連絡がとれないでいたが、平成二年五月八日、裕子と電話で話をすることができ、調査に応じるよう説得したところ、裕子は、調査には応じられない、調査そのものが違法であるという趣旨を申し立てたため、宮司係官は、これ以上やりとりを続けても仕方がないと判断し、裕子に対し、署独自の調査を行う旨を告げた。そして、宮司係官らは、同年六月一三日、世田谷信用金庫玉川支店において、原告名義の預金等について調査をした。

なお、平成二年七月の人事異動により、宮司係官が他の部署へ異動したことに伴い、被告所部の渡部統括国税調査官は、本件調査の担当に白澤係官を加え、田中係官と一緒に引き続き調査させることとし、原告の係争年度の法人税も調査の対象とするよう指示した。

7  田中係官は、平成二年七月二五日、原告の連絡を受けて、原告に電話をかけたところ、裕子が調査理由を文書化して提出してもらいたい旨申し入れたので、調査理由は所得金額の確認であり、調査理由を文書で回答することはできない旨述べたが、裕子は、「田中係官個人の文書でもいいから調査理由を文書化してほしい、それで納得がいけば帳簿は見せるし、納得がいかなければ見せたくない、税金は申告納税なのだから調査の必要はない、銀行へ行って会社、個人の預金を全てみるのはプライバシーの侵害である」といった趣旨のことを申し立てたため、田中係官は、後日連絡する旨伝えて通話を終え、その後、同年八月一日、裕子に対し、調査理由を文書で通知することはできない旨を再度電話で伝えた。

8  田中係官らは、平成二年九月二六日、原告事務所に赴き、裕子に対し、係争年度も含めて調査を行いたい旨告げ、改めて帳簿書類等の提示を求めたところ、裕子は、帳簿書類は事務所内のキャビネットの上の箱に入っているが、調査理由を文書で回答してもらっていないし、提示を求める帳簿書類を限定列挙した文書がほしい旨述べ、結局、帳簿書類等を提示しようとしなかったため、田中係官らも、キャビネットの中に帳簿書類があったかどうかすら確認することができなかった。その間、玉川民主商工会事務局長の海老名正一が原告事務所に現れ、調査理由を明らかにするよう求めるなど抗議したので、田中係官らは、これ以上の調査はできないと判断し、帰署した。田中係官は、同月二八日、裕子に対し、電話で帳簿書類等の提出を重ねて要請したところ、裕子は、文書によらなければ調査に応じられない、今後の連絡も文書以外は受け付けない旨述べ、調査に応じようとしなかったので、田中係官は、裕子に対し、帳簿書類がないものとみなして、青色申告の承認の取消しを行うとともに、署独自の調査を続けることになる旨を告げた。

なお、田中係官らは、平成二年一〇月二日及び同月八日に、原告の取引銀行である三菱銀行玉川支店及び富士銀行玉川支店に対する調査を行ったところ、原告は、同月三〇日、被告に対し、調査の理由を文書で回答すること及び取引金融機関や得意先の調査を即刻やめるよう憲法一六条及び請願法に基づき請願する旨の書面を提出した。

9  その後、田中係官らは、反面調査を行う一方、平成三年六月に入ってから五回にわたって原告事務所を訪れたが、原告代表者及び裕子のいずれにも出会うことができなかったため、同月二一日、裕子に対し、会って話をしたい旨電話で要請したところ、裕子は、請願書の返事を持って来てくれるなら会ってもいいが、それがだめなら会いたくない旨述べたことから、田中係官は、同月中に更正することになる旨告げた。

10  以上のような状況から、被告は、本件取消処分をするとともに、本件推計に基づいて本件更正及び本件決定をした。

以上のとおり認められ、証人有坂裕子、同海老名正一の各証言中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らしたやすく採用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  原告は、本件調査は、必要性がなく、具体的な調査理由の開示もせずに行われたものであるから、違法である旨主張する。

しかし、前記認定した事実に照らせば、被告において、原告の元年二月期さらには係争年度の申告所得金額の正確性について調査を行う必要があったと判断したことには相当の理由があるというべきである(原告は、本件調査直前の二、三年は過去の時期より売上金額が少ないとも主張するが、昭和六二年二月期以降の売上の推移は、前記認定のとおり、毎年約一〇〇〇万円ずつ増加していたものである。また、法は、税務職員の行う質問検査の範囲、方法等の実施の細目について、それが社会通念上相当な限度にとどまる限り、当該職員の合理的な裁量に委ねたものと解するのが相当であるところ、本件においては、被告所部係官らが原告に対し、調査の理由は原告の所得金額の確認のためである旨繰り返し説明していることは、既に認定したとおりであり、それ以上に具体的な調査理由を告げなかったからといって、その調査が違法となるものではないというべきであるし、前記認定した本件調査の経緯からすれば、本件において、社会通念に照らし妥当性を欠くような調査活動が行われたとする事情は何ら窺うことができず、調査の違法をいう原告の主張は採用することができない。

第三本件取消処分の適法性について

一  法一二七条一項一号は、青色申告の承認の取消事由として、帳簿書類の備付け、記録又は保存が法一二六条一項に規定する大蔵省令で定めるところに従って行われていないことを規定しているが、これは、単に帳簿書類が客観的に存在し保存されているというだけでなく、帳簿書類の状況が法一五三条による税務職員の質問検査権に基づく調査により確認できる状態にあることを当然の前提としているものと解するのが相当である。したがって、青色申告の承認を受けた法人が、税務職員の調査に対し、正当な理由なくその帳簿書類の提示を拒み、当該職員が右帳簿書類の備付け等が正しく行われているかどうかを確認し得ない場合は、法一二七条一項一号に規定する青色申告の承認の取消事由に該当するというべきである。

二  これを本件についてみるに、前記認定した事実によれば、被告所部係官らが、原告に対し繰り返し帳簿書類の提示を求めたにもかかわらず、原告は、調査の具体的理由の開示やその文書による回答を要求し、これに応じなければ帳簿書類を提示しないなどとして、終始、帳簿書類の提示を拒み続けたものであって、右提示を拒否したことには何ら正当な理由がなく(被告が調査の具体的理由の開示や文書による回答をしなければならないことを義務づけた法的根拠は存在しない。)、そのため、被告は右帳簿書類の備付け等を確認することができなかったものであるから、このことは、法一二七条一項一号の青色申告の承認の取消事由に該当するというべきである。

したがって、本件取消処分は適法である。

第四本件更正の適法性について

一  推計の必要性について

前記認定した事実によれば、被告所部係官らが原告に対し繰り返し本件調査への協力を要請し、帳簿書類等の提示を求めたにもかかわらず、原告は、調査の具体的理由の開示を要求し、さらには右理由を文書にすることを求めるなどし、これに応じなければ帳簿書類を提示しないなどとして、二年近くもの間、終始本件調査に協力しい態度をとり続けたものであるから、このような状況の下では、被告が係争年度の原告の所得金額を実額で把握することは不可能であったといわなければならない。

したがって、被告が本件更正を行うにあたっては、原告の係争年度の所得金額につき推計の必要性があったというべきである。

二  推計の合理性について

1  原告の売上金額

本件推計の基礎とされた原告の係争年度の売上金額について検討するに、別表2のうち、シブヤフジオ、日本空調、ムカイアキヒロ及び「その他」に対する売上全額と、菊健建設、世田谷区、西原商事、ヘンミエイジロウ及び丸山工業所に対する売上中、同表「原告の認否」欄記載の金額を超える分については争いがあるが、それ以外の分は当事者間に争いがない。

そして、弁論の全趣旨により成立の真正を認める乙第八号証の二、第九、第一〇号証、第一一号証の二によれば、右争いのある部分については、いずれも係争年度中に、被告主張の売上先から被告主張のとおりの金額が原告の取引金融機関の口座に振込入金されていることが認められるところ、原告の売上代金のうち振込による入金分はすべて右口座に振り込まれていることからすれば、右認定した金額は、特段の反証のない限り、その入金時に近接した売上、すなわち係争年度の売上の代金として振り込まれたものと推認するのが相当である(なお、別表2の「その他」の一万四一〇〇円は、その支払先を特定することができないが、小切手による支払いであることからすれば、これも原告の売上代金と推認するのが相当である。)。

原告は、シブヤフジオからの一〇万円の入金は貸付金の返済である旨主張するが、この点に関する客観的な資料の提出はなく、未だ前記推認を妨げるものということはできない。また、原告は、日本空調、ムカイアキヒロ、菊健建設、世田谷区、西原商事、ヘンミエイジロウ及び丸山工業所に対する売上につき争いのある部分は、いずれも元年二月期の売上分であると主張し、元年二月期の総勘定元帳(甲第一一号証の一〇五、一〇七、一〇九)には、原告の主張にそうかのような金額が売掛金として計上されているものもある。しかし、後記のとおり、原告の総勘定元帳は日々継続的に作成されたものではなく、右甲第一一号証のそれも平成元年三月末か四月初めにまとめてコンピューターに入力したものであるというのであって(証人有坂裕子の証言及びこれにより成立の真正を認める甲第二六号証)、そうだとすれば、他に売掛帳などの会計帳簿や原始記録による裏付けなくしては、右総勘定元帳の記載を直ちに採用するというわけにはいかないところ、原告は、本訴において元年二月期の売上帳を提出していないのであるから、結局、右総勘定元帳の記載を裏付ける資料がなく、右記載から直ちに前記入金分が元年二月期に属する売上であるとみることは相当でない(なお、甲第二三号証の一の売上帳には、「平成元年二月一〇日向井邸一五、五〇〇」との記載があるが、原告は、右売上帳は係争年度の売上を記帳したものというのであり、しかも、その日付の記載が前後していることなどからすると、右記載をもって直ちにムカイアキヒロからの一万五五〇〇円の入金が元年二月期の売上に対するものとみることもできない。)。しかも、前記入金分のうちには、平成元年七月に入金されたもの(菊健建設)もあり、時期的にみてこれを前年度分(昭和六三年二月一一日から平成元年二月一〇日まで)の売上とすることには疑問があるし、また、原告の主張によっても、世田谷区からの入金については、平成元年三月一三日、同月二三日の入金が前年度分の売上であり、同月二日の入金分は係争年度の売上であるというのであるから、単に入金日だけでは前年度分の売上かどうかの判断ができないのであって、やはり売上帳など経常的に記帳作成されている何らかの資料の提出が必要であり、これがない限り、前記推認を覆すことはできないというべきである。

以上のとおりであるから、原告の売上金額は、被告主張のとおり合計五九四四万〇七三三円となる。もっとも、右売上金額は、原告の取引金融機関の口座から把握できる売上金のみであって、現金その他の方法による売上についてまで把握したものではないのであるが、被告が納税者の協力なしにその売上金額を網羅的に把握することは困難であることからすれば、所得金額を推計するために用いる基礎資料としては、被告が調査によって通常把握し得る程度の売上金額が捕捉されていれば十分であって、その捕捉漏れが著しく、その営業実態を適切に反映したことにならないというような特段の事情が存在しない限り、その捕捉した売上金額を推計の基礎とすることができるというべきである。本件においては、被告が捕捉した右売上金額は、原告がいわゆる実額反証として主張する売上金額と大差がないのであって、推計の基礎資料として合理性に欠けるところはないということができる。

2  平均売上原価等率

証人河合幸治の証言及びこれにより成立の真正を認める乙第三、第四号証並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 東京国税局長は、原告の取引金融機関に対する調査の結果、原告の係争年度の売上金額が五九四四万〇七三三円であると把握した上、被告に対し、平成五年八月一一日付けで「税務訴訟に関する資料の作成及び報告について」と題する通達を発し、対象者の事業年度が一年間である場合は、平成元年八月一一日から平成二年八月一〇日までの間に終了する事業年度、対象者の事業年度が六か月間である場合は、平成二年二月一一日から同年八月一〇日までの間に終了する事業年度及び当該事業年度の前事業年度を対象年分(事業年度変更により、該当年分の月数が一二か月未満になった年分は除く。)として、次の(1)ないし(6)の条件全てに該当する法人を比準同業者として抽出し、<1>売上金額、<2>売上原価等の額、<3>売上原価等率を報告するよう求めた。

(1) 専ら給排水衛生設備工事を業とする法人

(2) 青色申告の承認を受けている法人のうち、玉川税務署管内に事業所を有するもの

(3) 対象年分における売上金額が二九七二万〇三六七円以上一億一八八八万一四六六円以下(原告の係争年度における売上金額の二分の一以上二倍以下)の範囲内である法人

(4) 法人税申告書に添付された「役員報酬手当等及び人件費の内訳書」の「役員報酬手当等の内訳」欄に記載された役員の数が二名である法人

(5) 年を通じて給排水衛生設備工事業を継続している法人

(6) 次のいずれにも該当しない法人

ア 災害等により経営状態が異常であると認められる法人

イ 課税処分を受けて不服申立期間が経過していない法人あるいは課税処分に対する不服申立手続又は訴訟手続が係属中の法人

(二) 玉川税務署職員の河合幸治は、まず、法人名、法人の納税地、業種番号などが記載された業種別一覧表(コンピューターに入力されているデータから、該当業種の法人の全てを出力した資料)により、同税務署に申告している給排水衛生設備工事業を営んでいる法人約六〇社を抽出した上、確定申告書(添付されている損益計算書等も含む。)、決議書(税務調査の結果をまとめた調査経過報告書)等に基づいて、青色申告の承認を受けている法人約四〇社を抽出し、次いで、それらの法人の中から、前記通達所定のその余の条件に適合するかどうかを確認して、最終的に一〇社の比準同業者を抽出した。

(三) 右抽出された比準同業者各社の対象年分の<1>売上金額、<2>売上原価等の額、<3>売上原価等率は、別表1のとおりであり、対象年分の平均売上原価等率(売上金額に対する売上原価等の額の割合の平均値)は七九・九四パーセントであった。

3  前記通達による右比準同業者の抽出基準は、その業種の同一性、事業所の所在地の近接性、事業規模の近似性等の点において、原告と類似する事業形態の同業者を抽出するための基準として合理性を有するものであり、その抽出過程においても恣意の介在する余地がなく、また、抽出された法人はいずれも青色申告者で資料の正確性も担保されていることなどからすれば、本件において、原告の売上金額を基礎とし、平均売上原価等率を用いて原告の売上原価等の額を計算し、これに基づいて原告の係争年度の所得金額を推計することには十分な合理性があるということができる。

なお、原告は、いわゆる実額反証として係争年度の売上金額は現金売上を含め合計六〇〇五万七七四八円である旨主張しているが、仮にそのとおりであったとすると、原告の売上金額の二分の一以上二倍以下として設定された比準同業者抽出の前記条件に若干の変動を来すこととなるが、右原告主張の売上金額を基準として、その二分の一以上二倍以下の金額を算出すると、三〇〇二万八八七四円以上一億二〇一一万五四九六円以下であり、被告が本件推計の比準同業者として抽出した法人一〇社は、いずれも右金額の範囲内にあるのであって、右の程度の変動は、抽出される比準同業者の範囲に有意的な変動を及ぼすものとはいえない。

4  そうすると、係争年度における原告の売上原価等の額は、前記1の売上金額五九四四万〇七三三円に平均売上原価等率七九・九四パーセントを乗じて算出される四七五一万六九二一円となる。

5  原告は、給排水衛生設備工事業といっても、事業者の規模、形態、受注先、下請け・外注の割合などにより、その売上原価等率は大幅に変動するものであるのに、本件推計においては、比準同業者の右各要素が明らかにされていないなど、各比準同業者の売上原価等率を単純平均した数値をもって原告の売上原価等の額を推計し得るかは疑問であり、本件推計は不合理である旨主張する。

しかしながら、業種、事業規模の近似性、事業所の近接性といった基本的な要因において比準同業者の抽出が合理的であれば、比準同業者間に通常存在する程度の営業状況等の差異は、それが推計を不合理ならしめる程度に顕著なものでない限り、その平均売上原価等率を算出する過程で捨象されるものというべきであって、本件の抽出基準に合理性があることは前記のとおりであり、その抽出された比準同業者の数値の分布状況に照らしても、その間に特に不合理と窺われるような事情は見当たらないことからすれば、その平均値を推計の基礎数値とすることは合理的というべきであるし、本件において、原告の営業状況等が、業者間に通常存在する程度の営業条件の差異の範囲を超えて、推計を不合理ならしめる程度の特殊性を有することを窺わせる事情も見当たらない。原告は、比準同業者の規模、形態、受注先等が明らかにされていないことを理由に推計の合理性がない旨主張するもののようであるが、前記認定のとおり、合理的な抽出基準に従って、比準同業者が抽出されている異常、それら各業者の具体的な営業状況が明らかにされないからといって、そのことを理由に同業者比率を用いた推計の方法が合理性を欠くことになるものではないし、また、原告の営業が被告管内の同業者の標準的な営業の実態と大きくかけ離れていないことの立証がないとも主張するが、推計を不合理ならしめる原告の特殊事情については、原告において主張立証すべき事項である上、そのような事情が窺われないことは右に述べたとおりであって、原告の右主張はいずれも失当である。

また、原告は、比準同業者のうち他と比べて著しく低い売上原価等率のものも平均売上原価等率の算出の基礎としている点で不合理である旨主張する。確かに、比準同業者のうち、別表1のB社の売上原価等率は六四・六四パーセントであり、一〇社のうち最も低い数値となっているが、比準同業者間の売上原価等率にある程度のばらつきがあるのは当然であるし、しかも、B社の売上原価等率は平均売上原価等率を約一五パーセント下回るにすぎず、比準同業者一〇社の数値の分布からしても、B社の数値が他に比して著しく低いとみることもできず、これを平均売上原価等率を算出する基礎に加えることが不合理ということはできない。したがって、原告の右主張も採用することができない。

三  原告の実額主張について

1  本件推計の結果を覆して、原告の所得の実額を把握することができるといえるためには、少なくとも、まず原告の売上原価等の額を実額によって把握することができ、それらが係争年度の売上ないし収益に対応するものであるといえることが必要となることはいうまでもない。

2  原告は、売上原価等の額を裏付ける資料として、総勘定元帳(甲第一二号証の一ないし二五二)、領収書等(甲第一三号証の一ないし一二、第一六号証の一ないし一二)、出金伝票(甲第二五号証の一ないし一二)等を提出しているが、証人有坂裕子の証言及びこれにより成立の真正を認める甲第二二号証によると、総勘定元帳は、裕子が原則として出金の都度作成する出金伝票、当座預金の計算書に基づいて作成する振替伝票などの伝票類を紐で綴じるなどしておき、それらの伝票類に基づき、年に何回かに分けて、玉川民主商工会の事務局に設置されたコンピューターにまとめて入力していたもので、特に係争年度の右総勘定元帳は、平成三年三月末か四月初めころに一括して入力したものであり、日々継続的に記帳作成されているものではないというのであって、そうだとすれば、日々記帳された現金出納帳などの帳簿や領収書等の原始記録の裏付けなしでは、右総勘定元帳の記載をもって直ちに売上原価等の額の実額を把握することはできないといわざるを得ない。ところが、原告は、本訴において、日々継続的に記帳された現金出納帳を提出していない(ちなみに、証人海老名正一によると、原告には手書きの現金出納帳があり、それを見たことがある旨証言しているが、原告は、総勘定元帳のほかに日々継続的に記帳した現金出納帳を作成していない旨主張し、証人有坂裕子もこれにそう証言をしている。)。また、証人有坂裕子の証言によれば、原告が本訴で提出した領収書等は支出の全てを網羅しているものではなく、領収書のないものについては必ず出金の都度出金伝票を作成していたところ、その出金伝票を証拠として提出するに際し、総勘定元帳の記載内容に合わせるために、出金伝票の科目欄の記載を書き換えるなどしたというのであり、それだけでも同伝票の信用性に疑問を抱かせるものであるが、そればかりではなく、提出された出金伝票の中には、支払日及び支払先等が同一であり重複して伝票が作成されているもの(甲第二五号証の二の八九と九一、同号証の三の二六と二七、同号証の一一の九七と一二の四二。そのうち甲第二五号証の三の二七は、他の伝票と様式が異なるものである。)、同一の支払事実につき日付を異にし重複して作成されたもの(甲第二五号証の三の三二と四の四八)、甲第二五号証として当初提出された写しとその差し替え後のものとで、記載された字体が明らかに異なるもの(乙第一二号証の四一と甲第二五号証の九の三〇)や摘要欄の記載の異なるもの(乙第一二号証の四二と甲第二五号証の九の五七)があるなど、不自然な点が多く見受けられることからすると、提出された出金伝票が真実その支払いの都度作成されたものであるといえるか疑問であるといわざるを得ない。

また、領収書等についても、宛先が「有坂義太郎」、「有坂裕子」となっているものがあるほか、発行日が日曜日や祝祭日のものがあるなど、その全てが真実原告の費用として支出されたものといってよいかどうかにはなお疑問が残るといわざるを得ない。

3  そうすると、原告が提出した総勘定元帳や出金伝票、領収書等によっては、原告の係争年度の売上ないし収益に対応する売上原価等の額を実額によって把握することは到底できないといわなければならない。

したがって、本件においては、売上金額の全貌を把握できるかどうかについて検討するまでもなく、係争年度の原告の所得金額を実額によって把握することはできないというべきである。

四  原告の所得金額及び税額

そうすると、原告の係争年度の所得金額は、前記の売上金額五九四四万〇七三三円から売上原価等の額四七五一万六九二一円を控除した一一九二万三八一二円から、当事者間に争いのない役員報酬(五六四万円)、地代家賃(三六万円)、支払利息及び割引料(三〇万三二七六円)の各金額を控除し、受取利息(一五万一六七五円)、前期損益修正益(二万三五〇〇円)の各金額を加算した五七九万五七一一円となるから、原告係争年度の所得金額を二六二万六四四九円とした本件更正には、原告の所得金額を過大に認定した違法はなく、本件更正に係る税額七八万七八〇〇円は、右所得金額(二六二万六四四九円)に基づき所定の税率を乗じて算出されたものであって、本件更正は適法である。

第五本件決定の適法性について

本件更正が適法であることは前示のとおりであるから、本件更正を前提として、国税通則法六五条の規定により適法に算出された金額八万六〇〇〇円を過少申告加算税として賦課した本件決定は適法である。

第六結論

以上の次第で、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤久夫 裁判官 岸日出夫 裁判官 徳岡治)

別表1

給排水衛生設備工事業者の課税事績表

<省略>

別表2

被告主張の売上金額

<省略>

別表3

原告主張の売上金額

<省略>

(注)原告主張の合計額は、日本空調に対する前期分の売上の値引額67,900円を控除した後のものである。

別表4

売上原価

<省略>

別表5

外注費一覧表

<省略>

別表6

販売費・一般管理費

<省略>

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