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東京地方裁判所 平成5年(ワ)2251号 判決 1994年11月28日

原告

白川清

右訴訟代理人弁護士

鈴木醇一

被告

株式会社菰花エステート

右代表者代表取締役

黒木知子

右訴訟代理人弁護士

倉田哲治

被告

日本マクドナルド株式会社

右代表者代表取締役

藤田田

右訴訟代理人弁護士

柴田政雄

山口宏

高島良樹

被告

株式会社早稲田アカデミー

右代表者代表取締役

須野田誠

右訴訟代理人弁護士

髙田弘明

主文

一  被告株式会社菰花エステートは、原告に対し、金三五二万八〇一四円を支払え。

二  原告の被告株式会社菰花エステートに対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  原告の被告日本マクドナルド株式会社に対する請求及び被告株式会社早稲田アカデミーに対する請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告に生じた費用の三〇分の一と被告株式会社菰花エステートに生じた費用の一〇分の一を同被告の負担とし、その余はすべて原告の負担とする。

五  この判決第一項は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告株式会社菰花エステートは、原告に対し、

(一) 別紙物件目録三記載の建物を収去して同目録一、二記載の各土地を明け渡せ。

(二) 金六六七万六六九八円及び平成六年四月一日から前号の各土地明渡済みまで一か月金二五万七三六一円の割合による金員を支払え。

(三) 別紙物件目録一記載の土地について、東京法務局新宿出張所昭和五八年四月五日受付第一〇四二二号賃借権設定登記の、同目録二記載の土地について、同出張所同日受付第一〇四二三号賃借権設定登記の、各抹消登記手続をせよ。

2  被告日本マクドナルド株式会社は、原告に対し、別紙物件目録三記載の建物の一ないし三階部分から退去して同目録一、二記載の各土地を明け渡せ。

3  被告株式会社早稲田アカデミーは、原告に対し、別紙物件目録三記載の建物の四、五階部分から退去して同目録一、二記載の各土地を明け渡せ。

4  訴訟費用は被告菰花エステートの負担とする。

5  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五八年三月二三日、その所有にかかる別紙物件目録一、二記載の各土地(以下「本件土地」という。)を被告株式会社菰花エステート(当時の商号は技研印刷株式会社。以下「被告菰花」という。)に対し次の約定で賃貸し、引き渡した(以下「本件賃貸借契約」という。)。

(一) 目的 堅固な建物所有

(二) 賃貸期間 昭和五八年四月一日から昭和一〇八年三月末日まで五〇年間

(三) 賃料 本件土地の固定資産税の年間税額を三倍した金額の一二分の一を月額賃料とし(以下「本件賃料自動改定特約」という。)、毎月末日限り翌月分を支払う。

(四) 特約 被告菰花が三か月分以上賃料の支払いを怠ったときは、原告は何ら催告をしないで本件賃貸借契約を解除することができる。

2  被告菰花は、別紙物件目録一記載の土地について東京法務局新宿出張所昭和五八年四月五日受付第一〇四二二号賃借権設定登記を、同目録二記載の土地について同主張所同日受付第一〇四二三号賃借権設定登記をそれぞれ経由した(以下「本件登記」という。)。

3(一)  昭和六三年度分(同年四月一日から翌年三月三一日まで)の賃料について

昭和六三年度の本件土地の固定資産税額は三七万七九四四円であるから、本件賃料自動改定特約により同年度分の賃料は合計一一三万三八三二円(月額九万四四八六円)となるので、原告は被告菰花に対し、その旨を告げて右約定どおりの賃料の支払いを請求したが、被告菰花は、同年度分の賃料として、合計七九万六八〇〇円を支払うにとどまった。したがって、同年度分の不払額は三三万七〇三二円となり、約定賃料の三ヶ月分以上の支払いを遅滞していたことになる。

(二)  平成元年度分(同年四月一日から翌年三月三一日まで)の賃料について

平成元年度の本件土地の固定資産税額は四五万三九九二円であるから、本件賃料自動改定特約により同年度分の賃料は合計一三六万一九七六円(月額一一万三四九八円)となるので、原告は被告菰花に対して右約定どおりの賃料の支払いを請求したが、被告菰花は、同年度分の賃料として、一か月六万六四〇〇円ずつ合計七九万六八〇〇円を支払うにとどまった。したがって、同年度分の不払額は五六万五一七六円となり、約定賃料の約五か月分の支払いを遅滞していたことになる。

(三)  平成二年度分(同年四月一日から翌年三月三一日まで)の賃料について

平成二年度の本件土地の固定資産税額は五一万一八四〇円であるから、本件賃料自動改定特約により同年度分の賃料は合計一五三万五五二〇円(月額一二万七九六〇円と)となるところ、被告菰花は、同年度分の賃料として、一か月六万六四〇〇円ずつ合計七九万六八〇〇円を支払うにとどまった。したがって、同年度分の不払額は七三万八七二〇円となり、約定賃料の約六か月分の支払いを遅滞していたことになる。

(四)  平成三年度分(同年四月一日から翌年三月三一日まで)の賃料について

平成三年度の本件土地の固定資産税額は六二万六一三六円であるから、本件賃料自動改定特約により同年度分の賃料は合計一八七万八四〇八円(月額一五万六五三四円)となるところ、被告菰花は同年度分の賃料として、一か月六万六四〇〇円ずつ合計七九万六八〇〇円を支払うにとどまった。したがって、同年度分の不払額は一〇八万一六〇八円となり、約定賃料の約七か月分の支払いを遅滞していたことになる。

(五)  平成四年四月一日から平成五年一月三一日までの賃料について

平成四年度の本件土地の固定資産税額は七六万八一三二円であるから、本件賃料自動改定特約により同年四月一日から平成五年一月三一日までの賃料は合計一九二万〇三三〇円(月額一九万二〇三三円)となるので、原告は被告菰花に対して右約定どおりの賃料の支払いを請求したが、被告菰花は、平成四年四月一日から平成五年一月三一日までの賃料として、一か月一一万六八五五円ずつ合計一一六万八五五〇円を支払うにとどまった。したがって、平成四年四月一日から平成五年一月三一日までの不払賃料は合計七五万一七八〇円となり、約定賃料の約四か月分の支払いを遅滞していたことになる。

4  原告は、被告菰花に対し、平成五年二月二〇日送達された本件訴状により、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

5(一)  本件土地の平成五年二月一日から同年三月三一日までの賃料及び賃料相当の損害金は、3(五)で明らかにしたとおり、月額一九万二〇三三円である。

(二)  平成五年度の本件土地の固定資産税額は八九万五一七二円であるから、本件賃料自動改定特約により同年の賃料は月額二二万三七九三円と計算される。したがって、本件土地の平成五年四月一日から平成六年三月三一日までの賃料相当の損害金は、月額二二万三七九三円となる。

(三)  平成六年度の本件土地の固定資産税額は一〇二万九四四七円であるから、本件賃料自動改定特約により同年の賃料は月額二五万七三六一円と計算される。したがって、平成六年四月一日から平成七年三月三一日までの賃料相当の損害金は月額二五万七三六一円となる。

6  被告菰花は本件土地上に別紙物件目録三記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有して本件土地を占有し、被告日本マクドナルド株式会社(以下「被告マクドナルド」という。)は本件建物の一ないし三階部分を、被告株式会社早稲田アカデミー(以下「被告アカデミー」という。)は本件建物の四、五階部分をそれぞれ被告菰花から賃借して占有し、本件土地を占有している。

7  よって、原告は、被告菰花に対し、本件賃貸借契約及びその解除を理由として、本件建物の収去及び本件土地の明渡し、本件登記の各抹消登記手続、並びに昭和六三年四月一日から平成五年二月二〇日までは未払賃料として、同月二一日から平成六年三月三一日までは賃料相当損害金として、合計六六七万六六九八円の支払い及び同年四月一日から本件土地の明渡済みまで一か月二五万七三六一円の割合による賃料相当損害金の支払いを、被告マクドナルドに対し、本件土地の所有権に基づき本件建物の一ないし三階部分からの退去及び本件土地の明渡しを、被告アカデミーに対し、本件土地の所有権に基づき本件建物の四、五階部分からの退去及び本件土地の明渡しを、それぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告菰花

(一) 請求原因1の事実は認める。

(二) 同3の事実のうち、原告が主張する賃料支払要求のあったこと、被告菰花の賃料支払額及び平成二年度から四年度の本件土地の固定資産税額は認めるが、その余は争う。

(三) 同5の事実は否認する。

(四) 同6の事実は認める。

2  被告マクドナルド

(一) 請求原因1の事実は知らない。

(二) 同3の事実のうち、各年度の賃料額が本件賃料自動改定特約によって直ちに定まることは否認する。本件賃貸借契約における賃料額についての約定は、本件賃貸借契約当初の賃料は固定資産税額の三倍とするが、継続賃料については公租公課の増加等によって不相当となった場合に初めて増額請求ができるというものであって、いわゆる賃料自動増額の約定ではない。その余は知らない。

(三) 同6の事実は認める。

3  被告アカデミー

(一) 請求原因1、3の事実は知らない。

(二) 同6の事実は認める。

三  抗弁

1  本件賃料自動改定特約の無効(被告ら)

本件土地の固定資産税は、借地区部分の見直しという税務の取扱いの変動により昭和六三年度から一気にそれまでの四倍の額になった。これは本件賃貸借契約の当事者である原告及び被告菰花の予測していなかったところであり、本件賃料自動改定特約を適用すると、賃料額は急激かつ甚大な増額となって、不相当な金額となるから、右特約は事情の変更により無効となったものというべきである。

さらに、いわゆるバブル経済による固定資産税の異常な上昇により、平成元年度から同四年度までの固定資産税額の推移は、それぞれ前年度との比較において、平成元年度は20.12パーセント、二年度は12.74パーセント、三年度は22.33パーセント、四年度は22.68パーセントの上昇となるので、これらを本件賃料自動改定特約に従ってそのまま本件土地の賃料額に反映させれば、毎年右同率の賃料額の上昇となり、明らかに不当であるから、本件賃料自動改定特約はこの点からも無効である。

2  信頼関係が破壊されたと認めるに足りない特段の事情(被告ら)

(一) 本件賃貸借契約締結後昭和六三年三月三一日までの五年間、原告と被告菰花との間に賃料額についての争いは全くなかったものであり、その後も、原告は賃料額について不満を持っていたとしても、平成五年一月三一日まで被告菰花が提供する賃料を受領し続けており、何らの法的手続もとらず、内容証明郵便により催告をすることなどもしなかった。

(二) 被告菰花は、1に主張したとおり、本件賃料自動改定特約により賃料を算定することが著しく困難になってきたので、原告に対し近隣の地代と比較して適正な賃料額を支払うこととすることを求めてきた。

(三) 被告菰花は、本訴における和解期日において、原告主張の増額賃料について平成四年三月三一日までの未払分に遅延損害金を加算して合計六三二万一〇八二円を即時支払う旨提示したが、原告に容れられなかった。そこで、さらに右金額の他に解決金名義で一五〇〇万ないしは二〇〇〇万円を支払う用意がある旨も述べたが、これも原告に断られた。

(四) 原告は、平成五年二月以降も同年六月三〇日までの賃料については被告菰花が提供した賃料を受領しており、同年七月分からは右賃料の受領を拒絶しているが、被告菰花は同月以降、従前支払っていた月額賃料相当額である一九万二〇三三円を毎月弁済共託している。

(五) 被告菰花は、本件土地の賃借権を取得するにあたり一億三〇〇〇万円を支払い、さらに本件建物の建築費用を負担しているので、本件賃貸借契約解除による本件土地の明渡しが認められた場合には、約五億円の損害を被ることになるのに対して、原告主張の賃料の未払いによって原告が被る損害は、遅延損害金を加えても合計六三二万一〇八二円にとどまる。

(六) 以上の事実によると、原告と被告菰花との信頼関係が破壊されたと認めるに足りない特段の事情があるものというべきである。

3  解除権の濫用(被告ら)

被告菰花は昭和六三年一月一日から平成五年一月三一日までの賃料として原告主張のとおりの支払いをしてきたが、その間原告は賃料増額請求について法的手続に訴えることはせず、また被告菰花に対して同社が提供する賃料額は了承できない旨の内容証明郵便による通知をすることもせず、何らの異議も述べずにこれを受領し続けてきた。これからみると、原告は、不満を持ちつつも、賃料受領時においては、被告菰花が支払う賃料額を承諾していたものといわれてもしかたがない状況にあったものというべきである。そして、被告菰花は、適正な賃料額を定めるべく、原告との間で賃料額についての話し合いを望んでいた。これに対し、原告は、賃料増額について法的手続をとることはせず、内容証明郵便による催告もしないで、いきなり無催告で本件賃貸借契約を解除して本件土地の明渡しまで請求したものであり、これは権利行使の態様において著しく相当性を欠くものであるから、解除権の濫用であり、本件解除は無効である。

4  権利の濫用(被告マクドナルドら)

(一) 被告マクドナルドは被告菰花から本件建物の一ないし三階部分を借り受けるにあたって保証金として六〇〇〇万円を支払った上、内装費用等として七七三五万三三一四円の出費をしており、また右建物部分で飲食店を経営し年換算で約三〇〇〇万円の利益を上げているところ、仮に本件の解除が認められて被告マクドナルドが右建物部分からの退去に応じなければならないとすると、本件土地の借地権を失うことで資力を喪失した被告菰花が被告マクドナルドに対する保証金の返還及び損害賠償に応じることは不可能であるため、被告マクドナルドは莫大な損害を被ることになる。これに対して原告が被る損害は、せいぜい固定資産税額の三倍と被告菰花の支払賃料との差額にすぎないのであるから、原告の被告マクドナルドに対する本件の明渡請求は権利の濫用というべきである。

(二) 被告アカデミーは被告菰花から本件建物の四、五階部分を借り受けるにあたって敷金として二〇〇万円を支払った上、内装費用等として約一〇四〇万円の出費をしており、また本件建物部分で教育業を営み、借り受け以来約一〇年にわたる不断の努力による業績により、相当額の利益を上げてきた。教育という業種の性質上、場所の変更を余儀なくされた場合に同様の業績を上げることは極めて困難であることをも考え合わせると、仮に本件の解除が認められて被告アカデミーが右建物部分からの退去に応じなければならないとすると、本件土地の借地権を失うことで資力を喪失した被告菰花が被告アカデミーに対する損害賠償に応じることは不可能であるため、被告アカデミーは莫大な損害を被ることになる。これに対して、原告主張の賃料未払いによって原告が被る損害は、数百万円にすぎない。その上、原告の解除権の行使が認められれば、原告は数億円単位の借地権相当額の財産を無償で取得することになるのである。原告の被告アカデミーに対する本件明渡請求は権利の濫用というべきである。

四  被告らの抗弁に対する認否及び反論

1  抗弁1の事実のうち、本件土地の固定資産税について税務の取扱いの変動があったことは認め、その余は否認する。

本件土地は、地方税法三四九条の三の二により、小規模住宅用地として、もともとの固定資産税の課税標準となる価格の四分の一とする課税標準の特例が適用されていたが、被告菰花が本件建物を建てたため、右特例を受けられなくなったものであり、このように特例が適用されなくなることは、建替えをする以上、自ずと予想された事態であった。

2(一)  同2(一)ないし(三)の事実は否認する。

(二)  同2(四)の事実のうち、平成五年三月三一日以前の賃料について一九万二〇三三円を支払っていたことは否認する。被告菰花は、同年三月分までの賃料としては月額一一万六八五五円しか支払っていなかったのであり、本訴における第一回及び第二回和解期日において原告から本件賃料自動改定特約により定まる金額の賃料の支払いを促されてようやく同年四月分から一九万二〇三三円の賃料の支払いを始めたものである。

(三)  同2(五)の事実は知らない。

(四)  同2(六)は争う。

被告菰花は五年余にわたり本件賃料自動改定特約による賃料の支払いをせず、そのため原告に対し抜きがたい不信感を与え、原告との間の信頼関係を完全に破壊したものである。

3  同3は争う。

なお、本件賃貸借契約には、請求原因1(四)で主張したとおり、無催告解除の特約があるのみならず、原告は、本件賃料自動改定特約による賃料を請求していたものであるから、賃料の催告をしてきたといってしかるべきである。

4  同4(一)、(二)の事実は知らない。本訴請求が権利の濫用に当たるとの主張は争う。

第三  証拠の関係は、本件記録中の証拠目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(原告の本件土地所有及び本件賃貸借契約)は原告と被告菰花との間で争いがなく、原告と被告マクドナルドらとの間では甲第一号証により認めることができ、同2の事実(本件登記)は被告菰花において明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。同6(被告菰花の本件建物所有と本件土地占有、被告マクドナルドらの本件建物の賃借・占有、本件土地占有)の事実は全当事者間で争いがない。

二1  甲第一号証によれば、本件賃貸借契約における賃料額については、その契約書三条一項において、本件土地の固定資産税の年間税額を三倍にした金額の一二分の一を月額賃料とする旨のいわゆる賃料自動改定特約が付されていることが認められる(右事実は、原告と被告菰花との間では争いがない。)。

ところで、甲第一号証によれば、本件賃貸借契約書三条は、さらに二項において、「地代が経済事情の変動、公租公課の増加若しくは近隣の地代との比較等により不相当となったときは甲は乙に対し地代の増額を請求することができる。」としていることが認められ、被告アカデミーが主張するように、固定資産税額により定めるのは当初の地代だけであり、その後は経済事情の変動等を考慮して一般の地代改定と同様に改定するとの趣旨の規定であると読めないでもない。しかしながら、右賃貸借契約の当事者は、原告はもとより被告菰花もこのような主張をしていないこと、右一項において特に当初の地代との文言がないことからすると、右一項は、当初の地代のみでなく、その後の地代もこの方式により定めるとするいわゆる賃料自動改定条項と解すべきであり、二項は、法律の条項に従って注意的に記載したものにすぎないと解するのが相当である。

2  被告らは、本件賃料自動改定特約は無効であると主張するので検討するに、一般にこのような賃料自動改定特約は、その内容が旧借地法一二条の要件を無視する著しく不合理なものであり、この特約を有効とすることが賃借人にとって著しく不利益なものと認められる特段の事情がある場合に限って無効となるものと解するのが相当である。

本件賃料自動改定特約について、まずその賃料の定め方をみると、固定資産税の年額の三倍の一二分の一を月額賃料としているのであるから、旧借地法一二条が、その賃料増減額の要件として、「土地ニ対スル租税其ノ他ノ公課ノ増減」を挙げていること、及び従前土地の年額賃料は概ね固定資産税額ないし公租公課の二ないし三倍を一つの目安とする考えも相当行われていたこと(当裁判所に顕著である。)からして、定め方自体不合理であるとはいえない。

次に、本件において本件賃料自動改定特約を有効とした場合の年額賃料は、甲第二号証、第四号証の一、二、第八号証の一によれば、昭和五八年度一八万四三三八円、昭和六〇年度二一万四四一〇円(16.3パーセント増)、昭和六一年度二二万七八五〇円(6.3パーセント増)、昭和六三年度一一三万三八三二円(397.6パーセント増)、平成元年度一三六万一九七六円(20.12パーセント増)、平成二年度一五三万五五二〇円(12.7パーセント増)、平成三年度一八七万八四〇八円(22.3パーセント増)、平成四年度二三〇万四三九六円(22.7パーセント増)、平成五年度二六八万五五一六円(16.5パーセント増)となることが認められる(原告と被告菰花との間では、平成二年から四年度までの固定資産税額は争いがない。)。

右賃料額の推移のうち、昭和六三年度における増加は、前年度から一挙に約四倍に増加しているもので、真に大幅な増加といわざるをえず、被告らは、これをもって、本件賃料自動改定特約は事情の変更により無効となったものと主張する。しかしながら、右のように、固定資産税が一挙に約四倍に増額したのは、被告菰花が、昭和五九年二月一日、本件土地上の建物を商業用の本件建物に建て替えたため(甲第五号証の三により認められる。)、従前受けられていた地方税法三四九条の三の二の小規模住宅用地に対する課税標準の特例(当時の条項によると、「当該小規模住宅用地に係る固定資産税の課税標準となるべき価格の四分の一の額とする」とされていた。)が受けられなくなり、課税標準の額が原則の価額によることに改められたことによるものと認められる。このように、右借地は、特例が適用されなくなり、原則に戻ったものにすぎないのである。しかも、右固定資産税額の変動をもたらした商業用の本件建物への建替えは、被告菰花自ら行ったことであるから、これによる固定資産税額の上昇は被告菰花において予見すべきことであったものということができる。してみると、右の固定資産税額の上昇に伴って本件賃料自動改定特約に基づいて算定される額が上昇したことは、当事者の予測をこえた異常事態が生じたものとまではいえない。そうすると、本来賃料自動改定特約をした後にその基礎となる事情が変わり、その結果当事者間の衡平を欠くに至ったとはいいがたいから、本件賃料自動改定特約が事情変更により無効に帰したとはいまだいえないものというべきである。

ところで、本件賃料自動改定特約による賃料額は、いわゆるバブル経済の影響等もあり、平成元年以降についてみても、毎年12.7パーセントから22.7パーセントも増加しており、通常の継続賃料としては異常な値上がりというべきであり、賃借人にとって相当酷な結果になっているということができる。しかしながら、被告菰花は、本件建物を商業用ビルとして建築し、被告マクドナルドらに賃貸して多額の賃料を収受していること(丙第一号証によれば、昭和五八年当時の被告マクドナルドの支払賃料は月額一一六万円であったこと、証人黒木の証言によれば、平成六年当時の被告アカデミーの支払賃料は月額七五万八六〇〇円であることがそれぞれ認められる。)等の事実をも勘案すると、本件賃料自動改定特約を有効とすることが、借地法一二条の趣旨からして、被告菰花にとって著しく不利益で許されないものとまでいうことはできない。

3 以上によれば、本件賃料自動改定特約は、当初はもとより、その後も有効というべきであり、昭和六三年度分以降の賃料は、前記認定のとおり(原告の主張どおりの額である。)改定されたものというべきである。

三  そこで、本件解除の効力につき検討する。

1  弁論の全趣旨によれば、被告菰花は原告に対し、本件賃貸借契約の賃料として、昭和六三年四月から平成元年三月まで合計七九万六八〇〇円(前記改定賃料より三三万七〇三二円少ない。)、平成元年四月から平成二年三月まで合計七九万六八〇〇円(前記改定賃料より五六万五一七六円少ない。)、平成二年四月から平成三年三月まで合計七九万六八〇〇円(前記改定賃料より七三万八七二〇円少ない。)平成三年四月から平成四年三月まで合計七九万六八〇〇円(前記改定賃料より一〇八万一六〇八円少ない。)平成四年四月から平成五年一月まで合計一一六万八五五〇円(前記改定賃料の一〇月分一九二万〇三一三円より七五万一七八〇円少ない。)を支払ったにすぎないことが認められ(右支払額は、原告と被告菰花との間で争いがない。)、請求原因9の事実(本件解除の意思表示)は当裁判所に顕著である。

右未払賃料額は、合計三四七万四三一六円となり、多額に達していたものといわざるをえない。

2  しかしながら、前記認定の事実に甲第六、第七号証の各一、二、乙第一、第二号証及び証人黒木武光の証言並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができる。

被告菰花は、昭和五八年に本件土地上の旧建物を借地権付で譲り受けた後、賃料の支払いを含め本件賃貸借契約上の義務を何ら問題なく履行してきていた。ところが、昭和六三年に至り、本件土地につき課税標準の特例が受けられなくなり、本件賃料自動改定特約による改定賃料額が一挙に約四倍になることから紛争が生じ、被告菰花は右支払いに応ぜず、従来の賃料の二倍を支払うにとどめた。その後前記認定のとおり毎年固定資産税額が上がり、そのため、本件賃料自動改定特約による改定賃料額も毎年値上がりしたのに対し、被告菰花は月額六万六四〇〇円ずつの賃料を送金するにとどまっていたが、平成四年四月に、原告に対し、右のような値上がりの実情から本件賃料自動改定特約をそのまま適用した賃料の支払いはできないが、近隣の地代等を勘案した上、同月分からは月額一一万六八五五円まで値上げに応ずるとし、併せて本件賃料自動改定特約の改定を願い出て、本件を平和的に解決したいとする内容証明郵便を送り、同月から右金額を送金するようになった。これに対し原告は、昭和六三年五月、八月、平成元年八月、平成四年四月にそれぞれ改定賃料による支払いを要求したものの、被告菰花の送金に対し、賃料の一部の支払いに過ぎないことを明らかにして差額分を請求するとか、内容証明郵便により最終的な催告をすることもなく、また、本件賃料自動改定特約の改定の申入れについても何ら応対することもないまま、突然本件訴状により本件賃貸借契約を解除するに及んだ。被告菰花は、本件解除後も平成五年三月分までは月額一一万六八五五円を、同年四月分以降は原告が要求する一九万二〇三三円を支払い、原告が賃料の受領を拒絶した同年七月分以降は、右金員を毎月弁済共託している。被告菰花は、借地権を譲り受けるに際して一億二〇〇〇万円以上の金員を支出したほか、約八〇〇〇万円を費やして本件建物を建てたため、本件借地権を失うとすれば、二億円以上に及ぶ損失を被ることとなる。そのため、本訴における和解期日においても、被告菰花は、原告主張の増額賃料の未払分に遅延損害金を加算して即時支払う旨、さらには右金額の他にペナルティーとして一〇〇〇万円単位の解決金を支払う旨提案したが、原告は本件賃貸借契約の終了を強く主張して、これに応じようとしなかった。

3 右認定の事実に、本件賃料自動改定特約は、前記説示のとおり最終的には有効と解されるものの、その効力に疑問を持つのもあながち無理とはいえないところがあることをも併せ考えると、確かに被告菰花の遅延賃料額は多額に達してはいるものの、いまだ信頼関係を破壊するに至らない特段の事情があるものというのが相当である。

四  以上によれば、本件解除は無効であるから、原告の被告菰花に対する本件建物収去、本件土地明渡しの請求、本件登記の抹消登記手続請求及び賃料相当損害金の請求並びに被告マクドナルドらに対する本件建物退去、本件土地明渡しの請求はいずれも理由がない。

そこで、原告の被告菰花に対する賃料請求につき判断すると、昭和六三年四月分から平成五年一月分までの未払賃料額は合計三四七万四三一六円であったことは前記認定のとおりである。そして、平成五年二月二〇日までの改定賃料額と支払賃料額の差額は日割計算により五万三六九八円と計算されるので、未払賃料額は合計三五二万八〇一四円となる。

五  よって、原告の被告菰花に対する請求のうち、未払賃料として三五二万八〇一四円の支払を求める部分は理由があるから認容することとし、被告菰花に対するその余の請求及び被告マクドナルドらに対する請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官満田明彦)

別紙物件目録<省略>

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