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東京地方裁判所 平成5年(ワ)19339号 判決 1996年10月22日

原告

木村博幸

右訴訟代理人弁護士

田中秀一

被告

富士電機冷機株式会社

右代表者代表取締役

小峯達男

(他二名)

右被告ら訴訟代理人弁護士

鈴木孟秋

長谷川拓男

縄田正己

上田栄治

石井誠一郎

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求

被告らは原告に対し、連帯して金二二二六万円及びこれに対する平成五年一一月二日以降支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二主張

一  請求原因

1  被告富士電機冷機株式会社(以下「被告会社」という)は、電機機械器具の製造及び販売等を目的とする会社であり、被告川瀬誠治(以下「被告川瀬」という)は、被告会社の取締役兼従業員で、バーコード・アンド・システム営業部を統括する本部長であり、被告庄山孝雄(以下「被告庄山」という)は、被告会社の従業員で、バーコード・アンド・システム営業部の次長である。

2  原告は、バーコードリーダの分野に関する技術者であり、この分野において先進的かつ広範な活躍をしてきたものであるが、被告会社は、バーコードリーダの分野において新たな販売展開を進めることを決定し、平成四年一〇月ころ、被告川瀬及び被告庄山において、当時株式会社テスコ(以下「テスコ」という)及び米国テスコインターナショナル(以下「米国テスコ」という)に所属していた原告に対し、テスコを退職し是非被告会社で働いてもらいたいと強力な勧誘を行った。

3  原告は、右勧誘に応じて平成五年一月二〇日テスコを退職し、遅くとも同年二月には、給与月額八〇万円、賞与五〇万から一〇〇万円(年二回)を最低支給するとの約定で被告会社に雇用され、又は採用の内定を受け、被告会社の指示に従いバーコードリーダの販売先となる顧客への営業活動を開始した。

4  しかるに、被告会社は、同年三月中旬ころになり、従来の方針を変更してバーコードリーダの販売活動を中止することを決め、原告を解雇し、又は採用内定の取消しをした。

5  責任原因

(1) 被告川瀬及び被告庄山は、被告会社の方針が後日変更になるかも知れないにもかかわらず、原告にその旨明確に説明しなかったため、原告において確実にかつ長期にわたり被告会社から雇用されるものと誤信し、その結果前職テスコを退職し、積極的に営業活動を行って著しく信用を失うこととなったものである。したがって、右被告両名は、故意又は過失により事前に被告会社の方針変更があり得ることを説明し原告の誤信を是正する信義則上の義務を怠った。

(2) 被告会社は、合理的な理由もないのに原告を解雇し、又は採用内定を取り消したのみならず、一旦はバーコードリーダ分野への進出を決定し、原告にその営業活動を担当させておきながら、突然その方針を変更し、原告の信用を著しく失わしめた。

また、被告会社は、被告川瀬及び被告庄山の使用者として、右被告両名の前記不法行為につき民法七一五条所定の使用者責任を負う。

6  原告は、被告らの不法行為により少なくとも次の損害を被った。

(1) 給与相当額 四〇〇万円

平成五年六月から九月までの一か月当たり八〇万円の給与及び同年夏の賞与(一か月分)

(2) 退職金の差額分 一七六万円

原告が平成五年一月にテスコを退職したことによる退職金と、仮に二年後に退職したとした場合の退職金との差額

(3) 支度金 一五〇万円

被告会社は原告に対し、平成四年一〇月、被告会社に入社して働くためのいわゆる支度金として、一五〇万円を支払う旨約束した。

(4) 信用毀損による経済的損害 一〇〇〇万円

被告会社の突然の方針変更により、原告は、被告会社の従業員としてそれまで営業活動を行ってきた相手方である顧客の信用を一気に失い、その後これらの会社に商談を持ち込んでももはや相手にされなくなった。これらの会社に対する商談ルートを原告が失ったことにより、原告の給与等の額や契約更新の可能性等に悪影響を及ぼすことは明らかであり、原告自身の損害は少なく見積もっても右金額を下らない。

(5) 慰謝料 五〇〇万円

被告らの行為により原告が被った精神的損害を慰謝するには、最低でも右金額が相当である。

7  よって、原告は被告らに対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、合計二二二六万円及びこれに対する不法行為の日の後である平成五年一一月二日以降支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項の事実は認める。

2  同2項の事実は否認する。

3  同3項中、原告が平成五年一月二〇日にテスコを退職したことは認めるが、その余の事実は否認する。

被告会社は、平成四年一〇月末ころ、原告からバーコードCCDスキャナー及びペンスキャナーの販売事業計画を持ち込まれたが、検討の結果、平成五年三月五日には同計画の採用が極めて困難であることを伝え、同年四月二日、最終的に採用しないことを決定した旨通知したもので、右販売事業計画を採用することを決定した事実がないことはもとより、原告を被告会社の従業員として雇用し、又は採用内定したことはない。

4  同4項から6項までの事実はいずれも否認する。

理由

一  請求原因1項(当事者)の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、同2及び3項(雇用又は採用の内定)の主張について判断する。

(証拠略)によれば、次の事実が認められる。

1  被告会社では、従来バーコード・アンド・システム営業部においてレーザー式のバーコードリーダの販売を行っていたが、市場の低迷などでその営業成績は必ずしも芳しいものではなかった。

2  被告庄山は、平成四年九月ころ、原告からアルプス電気株式会社(以下「アルプス電気」という)が開発中のCCDスキャナーの販売事業に被告会社が参画しないかと持ちかけられ、同年一〇月二六日には被告会社におけるバーコード取引部門の最高責任者である被告川瀬が被告庄山とともに原告と会食した。その席上、原告から提案のあったCCDスキャナーの販売事業計画については、被告会社として取り上げるかどうか今後検討していく旨伝えられた。なお、その際、原告は、月額約八〇万円のテスコにおける自己の給与明細票を被告川瀬らに示すという一幕もあった。また、同年一一月一六日には被告川瀬は被告庄山とともに、来日中の米国テスコの社長であるジム・山田こと山田明雄(以下「山田」という)と会見した。

3  被告庄山は、原告から市場調査に使用するためにIBM社製のコンピュータが必要であると要求され、その購入資金を提供することになり、被告会社は原告に対し、同年一二月二日、コンピュータ及びソフトウェア等一式の代金として一五〇万円を支払った。

4  原告は、平成五年一月二〇日、テスコを退職した(この事実は当事者間に争いがない)。

5  被告庄山はじめ被告会社の担当者は、被告会社内において、原告立会いのもと、同月二二日にはペン型スキャナーのメーカーであるヒューレット・パッカード社の担当者と、また、同月二八日にはアルプス電気及び東北アルプス株式会社の担当者と、それぞれ打合せを行った。その際、アルプス電気の担当者らは、CCDスキャナーの試作品を持ち込んで新製品の説明をするなどした。

6  原告は、その後米国テスコの山田に対してヒューレット・パッカード社のペン型スキャナーに関する疑問点の調査を依頼するなどして、市場やメーカー等の調査、分析を進め、同年二月下旬被告会社の求めに応じて事業計画書を作成提出したうえ、同年三月五日、被告川瀬らにこれに基づき内容を説明した。

7  ところが、同年三月中旬ころになり、被告会社の上部の意向として、バーコード販売部門の現状のままでは新規の事業を取り上げることは困難であるとの結論が示されたことから、間もなく被告会社として原告の提案に係るCCDスキャナー等の販売事業計画は採用しないことに決定し、同年四月二日、被告川瀬から原告にその旨伝えられた。その後、被告会社は、同月二一日にアルプス電気にその間の事情を説明したのをはじめ、原告の求めに応じて、米国テスコの山田や顧客等に対する説明と謝罪の書状を発送するなど、右方針決定に伴う関係者への善後策を講じた。

8  被告会社は原告に対し、同年四月三〇日に「CCDインターフェース開発費」の名目で一六〇万円を、同年六月三〇日に「バーコードソフト開発費」の名目で一八九万円をそれぞれ支払った。六月三〇日の一八九万円は、原告から四月及び五月分の人件費一六〇万円、国内通信費三万円、国際通信費三〇万円、交通費四万円及び雑費二万円の合計一九九万円の請求を受けて支払に応じたものであり、不足額の一〇万円は同日被告庄山が自ら支払った。この支払に当たり、被告会社は原告に対し、CCD・ペンスキャナー販売事業の事前検討のために原告が負担した<1>CCD・ペンスキャナー市場調査及び資料作成費用、<2>原告が顧客・業者との間に行った購入先との諸調整・打合せに要した全ての費用、<3>本事業検討のために、被告会社が原告に依頼したCCD・ペンスキャナー開発費用及びソフト開発費用並びに<4>その他原告が本事業のために要した全ての費用の合計金額一八九万円を支払い、原告が受領する旨、また、被告会社が原告に貸与中のIBMパソコン一式を被告会社に返却することなどが記載された覚書を差し入れるよう求めたが、結局、原告はこれに応じなかった。さらに、被告会社は原告に対し、同年七月一二日、原告の請求に応じて交際費として一八万四二八一円を支払った。

9  なお、原告は、同年一〇月一日、アルプス電気から一年間の契約社員として雇用された。

以上の事実が認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は、その余の前掲証拠に照らして信用し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右に認定した事実によれば、被告会社は、平成四年九月ころ原告から持ち込まれたCCDスキャナー等の販売事業計画について、その後取り上げるかどうか検討してきたものの、結局、平成五年三月中旬に至り、社内事情等により採用しないことに決定したものであり、その間、原告にバーコードの市場やメーカー等の調査を依頼したことはあっても、原告を被告会社の従業員として雇用し、又は採用の内定をしたとは到底認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

もっとも、被告会社が原告に対して平成四年一二月二日に一五〇万円を、平成五年四月三〇日に一六〇万円をそれぞれ支払ったことは前記認定のとおりであるが、前者は、先に認定したとおり市場調査に使用するコンピュータの購入費用として支払われたものであって、雇用することを前提に支払われる支度金などという類の金員であるとは認められないし、後者は、その後の金員の支払状況等に照らして、原告がCCDスキャナー等の販売事業の検討のために行った市場調査や顧客・業者との打合せなどに要した費用の平成五年三月までの分として支払われたものと認められるから、これら金員の支払の事実をもって雇用又は採用内定を裏付けるものということはできない。

なお、原告が被告川瀬との最初の会見の際、テスコにおける自己の給与明細票を示したところからすれば、原告は、CCDスキャナー等の販売事業計画の進展に伴い、将来被告会社に従業員として雇用されるか、少なくとも被告会社が同事業計画を採用すれば、原告も何らかの形でこれに関与できるものと期待していたであろうとは推認されるが、被告川瀬や被告庄山において、原告との交渉の過程で、被告会社が右販売事業計画の採用を決定したと受け取られるような言動はもとより、採用する方針であると確信させるような言動をとったと窺うに足りる事情は見当たらないから、その後被告会社が採用しないと決定したため原告の期待が裏切られたからといって、被告川瀬及び被告庄山に信義則に反する義務違反があるとはいえない。

三  そうすると、その余の主張について判断するまでもなく、原告の本件請求は理由がないから棄却して、主文のとおり判決する。

(裁判官 萩尾保繁)

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