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東京地方裁判所 平成5年(ワ)17895号 判決 1995年7月14日

本訴原告・反訴被告(以下「原告」という)

コントロンインスツルメンツ株式会社

右代表者代表取締役

久保田博南

右訴訟代理人弁護士

川村明

左高健一

本訴被告・反訴原告(以下「被告」という)

廖汝堅

右訴訟代理人弁護士

濱田広道

主文

一  被告は原告に対し、金一三一万〇八三五円及びこれに対する平成六年五月三〇日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告の反訴主位的請求を棄却する。

三  被告の反訴予備的請求に基づき、原告は被告に対し、金六〇三万三一二一円及び内金五〇〇万円に対する平成六年三月一八日から支払い済みまで、内金一〇三万三一二一円に対する同年八月一〇日から支払い済みまで各年五分の割合による金員を支払え。

四  被告のその余の反訴予備的請求を棄却する。

六  訴訟費用は、本訴及び反訴を通じてこれを四分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

七  この判決は、第三項のうち、金五〇〇万円の支払の限度で、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  原告

主文一項同旨

二  被告

1  主位的請求

原告は被告に対し、金一九七三万七四八〇円及びこれに対する内金五〇〇万円に対する平成六年三月一八日から支払い済みまで、内金一四七三万七四八〇円に対する同年八月一〇日から支払い済みまで各年五分の割合による金員を支払え。

2  予備的請求

原告は被告に対し、金二〇五二万一七三二円及びこれに対する内金五〇〇万円に対する平成六年三月一八日から支払い済みまで、内金一五五二万一七三二円に対する同年八月一〇日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実等

1  原告は、医療用機器の販売等を業とする株式会社であり、昭和六三年一一月一六日、被告との間で、被告をコントローラーとして雇用する契約を締結した(書証略)。

2  原告は、平成元年三月一〇日、森田英幸との間で、東京都練馬区(以下、住所略)所在のビルの一室(以下「本件建物」という)を社宅として利用する目的で賃料一か月一三万円、管理費一か月一万一七〇〇円で賃借し、その頃、被告に対し、これを原告の従業員である期間に限って社宅として利用する目的で賃料及び管理費は右各金額に五〇〇〇円を加えた金額で賃貸する契約を締結し、被告はその引き渡しを受けた。

3  被告の給与は、平成元年五月、基本給が月五〇万円の年一三回合計六五〇万円、住宅手当が月一八万円となったが、平成三年七月から基本給が月六二万二〇〇〇円に昇給した。

4  被告は、平成三年五月頃から、当時の原告代表者代表取締役のヤコブ・スタッファー(以下「スタッファー」という)に対し、被告の給与を前任コントローラーの河合正紘(以下「河合」という)と同じ年俸にすることを再三求めた。

5  原告は、被告に対し、平成五年五月二八日、書面をもって解雇する旨の意思表示をし、本件建物の明渡し猶予期限を同年八月三一日までとしたが、被告は、平成六年五月二九日に本件建物を明け渡した。しかし、被告は、その間の賃料及び管理費を支払わなかった。

6  なお、原告と被告との雇用契約において、当事者は契約を解約するには三か月前相手方に書面で通知を行うことを要するとされ、また、雇用契約に関する紛争について香港を裁判管轄とし、準拠法を香港法とする合意があったが(書証略)、当事者双方は日本に管轄権があるものとして訴えを提起し、準拠法を日本法とすることを前提に請求・主張をしてきて異議がなかったから、この点について応訴管轄が生じ、また、準拠法の合意を解約したものと認める。

二  原告の主張

1  原告の本件建物明渡請求(本訴)について

(一) 原告は、平成五年に入って、業績不振のため、原告の一〇〇パーセント親会社であるコントロン・インスツルメンツ・インク及びコントロン・インスツルメンツ・グループの方針に従って今年限りで事業を停止することを内定し、清算手続を行うために全従業員一八名のうち必要最小限の人員のみを残し、その他の従業員に対して転職斡旋、退職勧奨、解雇をした結果、同年末当時は社長だけが残留となった。そして、原告の本店を同年六月以降閉鎖し、事業活動をしていない。

(二) よって、被告に対する本件解雇は有効であるから、原告は被告に対し、本件建物の明渡猶予期限後の平成五年九月一日から右明渡日の平成六年五月二九日までの賃料相当損害金合計一三一万〇八三五円及びこれに対する平成六年五月三〇日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

2  被告の未払賃金等請求(反訴)に対して

(一) スタッファーは、被告の再三にわたる昇給要求に対し、原告の業績が上がれば昇給を考えるという一般論を答えていたにすぎない。河合は、昭和五二年九月に会計士補の資格を取得し、他社で会計実務の経験を積んだ後、昭和六二年七月原告の部長ないし次長扱いで迎えられたもので、英語にも堪能であったから、被告よりも高い評価を得ていた。また、横山人事部長兼総務部長(以下「横山部長」という)は、二重就職を禁止した就業規則に違反したため解雇されたもので、その業務は、中軽米光晴総務部長兼人事部長(以下「中軽米部長」という)が引き継いたのであって、被告の業務量に影響はなかった。したがって、被告主張の時期に、河合と同じレベルまで大幅な昇給をすべき合理性はなかった。

被告の給与は、昭和六三年及び平成元年は月額五二万一九二三円の一三回分、平成二年は月額五五万円の一三回分、平成三年は一月から三月まで月額五五万円、同年四月から六月までは月額五八万三〇〇〇円、同年七月から一二月までは月額六二万二〇〇〇円となったが、被告主張の昇給額は昇給実績に照して異常であり、非現実的である。

平成五年中に原告が被告に支払った給与等は、給与月額八三万一五七五円の五か月分合計四一五万七八七五円、調整金一三万三二五〇円、解雇予告手当等二五五万五〇九一円、被告のために負担した家賃三か月分合計四二万五一〇〇円の総合計七二七万一三一六円である。

仮に、被告主張の昇給に関する合意が認められるとしても、それに基づく給与支払請求権は、平成六年三月一七日に反訴を提起した時点で、一年間の時効(民法一七四条一号)により平成五年三月一七日までに発生した分につき、または、二年間の時効(労基法一一五条)により平成四年三月一七日までに発生した分につき消滅したから、右時効を援用する。

(二) 被告が主張する賞与は、給与規定に基づく賞与ではなく、一定の管理職に対し、一定の業務成績が達成され、かつ、自己申告等の所定の条件を経て支払われるインセンティブ・ボーナスであり、被告は平成四年分について自己申告及び請求をしなかった。

(三) 被告が主張する年次有給休暇の買上げ請求については、残日数が本件解雇時に三八日分であったが、労働契約上も就業規則上も原告に買上げ義務はない。

(四) 被告の未使用航空券引取り請求については、現金で買い上げる規定ないし慣行はない。仮に買上げ義務があるとしても、平成六年三月一七日に反訴を提起した時点で、平成四年分以前の未使用航空券に関する請求権は労基法一一五条により二年間の時効期間の経過により消滅した。

三  被告の主張

1  原告の本件建物明渡請求(本訴)に対して

原告の業績は、申告書の上では当期利益がマイナスであるが、戻し入れるべきロイヤルティー等を利益金に計上すると、平成四年も九四万一〇〇〇円の黒字であり、課税を不法に免れるためにのみ主張されている。このような不当な理由による事業所閉鎖が許されるはずがない。原告は、被告が原告の経理の正当性を認めなかったことから、原告の利益隠しを阻害するものとして被告を解雇してきたのである。本件解雇は、権利の濫用であって、無効である。

したがって、被告は本件解雇の意思表示後も、従業員たる地位を有していたから、本件建物を社宅として利用する賃借権を有していた。

2  未払賃金等請求(反訴)について

(一) 被告は、平成三年五月三一日から、スタッファーに対し、被告の実績に基づき、また、横山部長が同年六月末で勤務成績不良で解雇された後の資材管理部門の業務を引き継いだことから、被告の給与を前コントローラー河合と同じ年俸にすることを再三求め、同年六月二四日、スタッファーは、平成四年一月から被告の給与を河合と同じ月額基本給八七万七五〇〇円の年一九回払い(年俸一六六七万二五〇〇円)にすることを承諾した。ところが、原告は、右の昇給の実行をせず、会社の業績が悪い、被告の実績が悪い等と虚偽の理由を述べてとりあわなかった。

(二) 原告は、平成四年五月一七日、被告に対し、業績目標数値を達成した場合、同年の賞与として一六八万円を同年一二月末日に支払う旨を約した。

(三) 原告は、被告に対し、従来から、毎年、被告本人とその家族各人ごとに東京・香港間のエコノミークラスの航空券一枚を支給しているが、それが使用されなかった場合は、その年の始めから三年以内であれば、これを引き取って相当額を支給することを約していた。被告は、航空券一三枚を使用しなかったが、その相当額は一枚一〇万円で合計一三〇万円である。

(四) したがって、被告は原告に対し、次の合計一九七三万七四八〇円の支払とこれに対する内金五〇〇万円に対する遅滞後の平成六年三月一八日(反訴状送達の翌日)から支払い済みまで、内金一四七三万七四八〇円に対する遅滞後の同年八月一〇日(訴変更申立書送達の翌日)から支払い済みまで民法所定年五分の割合による各遅延損害金の支払を求める。

(1) 未払賃金一六七五万七四八〇円。

平成四年一月から同年一二月まで、河合の年俸一六六七万二五〇〇円と被告の年俸一〇二四万六〇〇〇円との差額六四二万六五〇〇円。

平成五年一月から同年一二月まで、河合の年俸一六六七万二五〇〇円と、同年一月から同年五月までの被告の給与三九六万五七五〇円及び一〇月以降被告の再就職先から支給された給与二三七万五七七〇円の合計額との差額一〇三三万〇九八〇円。

(2) 平成四年分の未払賞与一六八万円。

(3) 未使用航空券引取相当額一三〇万円。

(五) 仮に、本件解雇の意思表示が有効なものとされ、被告が原告の従業員の地位を失ったものとされる場合は、被告は原告に対し、予備的に、次の合計二三〇七万六八二三円から二五五万五〇九一円(平成五年五月に受領済み)を控除した二〇五二万一七三二円の支払とこれに対する内金五〇〇万円に対する遅滞後の平成六年三月一八日(反訴状送達の翌日)から支払い済みまで、内金一五五二万一七三二円に対する遅滞後の同年八月一〇日(訴変更申立書送達の翌日)から支払い済みまで民法所定年五分の割合による各遅延損害金の支払を求める。

(1) 未払賃金一三五七万五七五〇円。

平成四年一月から同年一二月まで、河合の年俸一六六七万二五〇〇円と被告の年俸一〇二四万六〇〇〇円との差額六四二万六五〇〇円。

平成五年一月から同年八月まで、河合の年俸の八か月分一一一一万五〇〇〇円と、同年一月から同年五月までの被告の給与三九六万五七五〇円との差額七一四万九二五〇円。

(2) 退職金三七一万一八五〇円。

(1)の差額六四二万六五〇〇円を一三で割った金四九万四三四六円と被告の昇給前の月額基本給六二万二〇〇〇円の合計一一一万六三四六円を基準金額として、退職給与規定に基づく支給倍率三・三二五を乗じた額。

(3) 未使用航空券引取相当額一二二万六八三三円。

被告は、往復航空券七枚、帰国用片道航空券三枚を使用しなかったが、その相当額は一二二万六八三三円(往復航空券七枚一〇一万〇三三三円、帰国用片道航空券三枚二一万六五〇〇円)である。

(4) 年次有給休暇買上金二三三万九〇一〇円。

(2)の基準金額一一一万六三四六円を一月の勤務日数二一日で割った額に年次有給休暇残日数四四日を乗じた額。

(5) 平成四年分の未払賞与一三二万四四八〇円。

(6) 平成四年ビザ更新費用実費一万二〇〇〇円

(7) 香港への引越費用八八万六九〇〇円。

(六) 被告は、平成六年三月一七日、本件反訴を提起したが、その六か月前の平成五年九月一七日か遅くとも同年一二月末日までには本訴請求にかかる未払賃金等を請求していたから、時効は中断していたものであり、仮にそうでないとしても、原告が本訴請求訴訟を提起した同年九月二二日の時点でもこの紛争状態が継続していたから、時効は中断していた。このような状況のもとで、時効の援用をするのは、信義則違反ないし権利の濫用である。

第三判断

一  原告の本件建物明渡請求(本訴)について

1  証拠(略)によれば、次の事実が認められる。

原告は、昭和四九年一一月二二日に設立され、平成元年からアメリカ法人のコントロン・インスツルメンツ・インクの一〇〇パーセント子会社となっていて、代表取締役はスタッファーが就任したが、アメリカ・イギリス他のコントロン・インスツルメンツ・インクで構成するコントロン・インスツルメンツ・グループ内で日本における販売会社の役割を果たしていた。原告は、平成四年度から平成五年度の確定申告は、それぞれ三二〇七万七五五七円、一億三〇五六万〇七一一円の欠損を計上しており、被告がコントローラーとしての職務に努力しても、業績が上がらず、平成四年一二月の時点で親会社であるコントロン・インスツルメンツ・インク及びコントロン・インスツルメンツ・グループは、業績不振のため、原告の事業を閉鎖することを内定した。しかし、このことは、被告に知らされなかったため、被告は原告会社が事業縮小と経費節減によって存続を図るものと理解していたところ、原告は、平成五年三月から五月にかけて、福田電子株式会社に対する営業譲渡に伴い全従業員一八名のうち八名を移籍させ、その他の従業員に対しては解雇ないし退職勧奨により雇用関係を終了させ、同年六月には新たに解散、清算手続きを行うための代表取締役として久保田博南を選任し、以後は事業活動をしておらず、さらに、本店事業所の賃貸借契約を同年九月末で解約し、それ以降は解散・清算手続に移行した。

2  右事実及び前記争いのない事実等によれば、本件解雇は、原告の解散、清算手続をするための事業の閉鎖を理由とするものであり、それが仮装のものであるとは到底いえないのであるから、原告の自主的判断に委ねられた正当な経済活動の範囲内に属するものというべきである。被告は、原告の業績は税務申告とは異なり、除外された利益を戻し入れて計算し直されるべきであると主張するが、真実事業を閉鎖する意思を有する以上、除外された利益の存否によって事業の閉鎖の当否の判断に影響があるかどうかは問題ではなく、事業の閉鎖が専ら被告を解雇すること自体を目的とするものであるといえない限り、本件解雇が信義則、権利濫用として無効となることはない。

よって、被告に対する本件解雇は有効であって、原告と被告の雇用契約は、平成三年五月二八日から三か月を経過した同年八月二八日に終了したものというべきであるから、被告は原告に対し、本件建物の明渡猶予期限後の平成五年九月一日から右明渡日の平成六年五月二九日までの賃料相当損害金合計一三一万〇八三五円及びこれに対する平成六年五月三〇日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

二  未払賃金等請求(反訴)について

1  被告は、本件解雇が無効であって、原、被告間の雇用関係が継続していることを前提として、主位的に合計一九七三万七四八〇円の未払賃金等の反訴請求をするが、本件解雇が有効なもので、原、被告間に雇用関係がないことは本訴請求に対する前記一の判断のとおりであるから、反訴請求は、その余の点を判断するまでもなく失当である。

2  そこで、予備的請求について判断する。

(一) 未払賃金について

被告は、平成三年六月二四日、原告が、平成四年一月から被告の給与を河合と同じ月額基本給八七万七五〇〇円の年一九回払いで年俸一六六七万二五〇〇円にすることを承諾した旨を主張し、これに沿う被告本人尋問における供述があるが、被告はこれを証すべき書面が作成されたことはないと自認しているところ、証拠(略)によれば、被告の昇給に関して次の事実が認められる。

(1) 被告は、香港理工学院で日本語科の過程を履修し、コントローラーとして採用され、すべての財務報告書の作成、財政の評価及びそれに関する経営人への助言等の任務を負い、間もなくして経理課長として経理業務も兼ねて担当してきたが、他の課長と違って、管理職であるばかりでなく、コントロン・インスツルメンツ・グループの経営者会議に社長と共に出席する高い地位にあり、直接の上司は社長であった。被告は、昭和六三年六月三〇日に退職したコントローラー河合の後任として採用されたのであるが、かねてから河合の業績に比較して給与が安いものと認識していた。しかし、河合は、会計実務の経験が長く、次長ないし部長として採用され、その給与は、一か月当たり八七万七五〇〇円の一二回払い(年収一〇五三万円)であった。これに対して、被告の給与は、一三回払いであるが、基本給につき、昭和六三年入社時から平成元年一二月までは五二万一九二三円、平成二年一月から平成三年三月までは五五万円、同年四月から五八万三〇〇〇円と増額されてきた。

(2) 被告は、平成三年五月二八日、スタッファーに対し、書面で、横山部長が責任感に欠乏し、二重就職の違反をしているとの指摘を具体的に記載したうえ、それに比べて被告の給与が不十分であるとの意見を具申し、さらに、同月三一日、スタッファーに対し、被告の給与を河合の給与の五パーセント増か少なくとも同じ金額に昇給して欲しいと申し出たが、スタッファーの態度は曖昧であった。

そこで、被告は、同年六月七日にも同様の交渉をしたが、スタッファーは、給与を上げれば、仕事も増えるとの趣旨の回答をしたため、被告は、先の意見具申をしていたことから、スタッファーが横山部長を解雇した場合に被告に仕事を回すものと理解し、これを受け入れる覚悟を表明して昇給を迫ったが、スタッファーの被告に対する昇給はその時点では決まらなかった。

(3) その後、同月二四日午前、被告はスタッファーに対し、横山部長の職務のうち資材管理部門を被告が担当することになると仕事が二倍になるので困難であるとの意見を出し、暗に見返りの昇給がなければ同部門の引継ぎはしないとの強硬な態度をとったところ、その頃、スタッファーは、横山部長を二重就職禁止条項の違反で解雇し、同年七月一日、新たに中軽米光晴を人事・総務部長に任命し、人事・総務業務に従事させ、被告に対しては、横山部長が担当していた業務のうち資材管理部門を担当することを命じ、その結果、総務部長兼人事部長の部下は一〇人から三人に減少し、被告の部下は四人から八人の増加し、同日から、被告の基本給は六二万二〇〇〇円に昇給した。

しかし、被告は、スタッファーに対し、同月以降の業務負担が増加したことを理由に、河合と同額に昇給することを平成四年一月からではなく即時に実行することを要求したものの、これが実現しなかったが、資材管理部門を担当することになってから、土、日曜日出勤が以前より多くなり、平日も午後一〇時以降まで勤務するようになり、多忙を窮めるようになった。

(4) ところが、原告は、平成四年一月、被告を含む管理職全員六名に対し、会社を縮小し、商品販売を中止する旨を提示した上、同年七月から、被告の給与を、支給総額は諸手当によって殆ど変わらないものとなっているものの、基本給を一方的に月三九万二一〇五円に減額した。

右事実によれば、被告が平成三年七月一日から従来の職務に加えて資材管理部門を担当することになったのは、スタッファーが被告の強い要求に基づいてその給与を平成四年一月から河合のそれと同じにすると約束したからにほかならないものと認めることができる。

もっとも、(書証略)には、被告の給与を平成三年七月一日から六二万二〇〇〇円に増額したのは業務増加に対するものである旨の記載(スタッファー作成)があるが、なるほど、右認定のとおり、被告の右給与は同年四月に五八万三〇〇〇円に昇給してわずか三か月後に再び昇給したものであるものの、被告本人尋問の結果によれば、スタッファーは被告の即時昇給を求めていたのに対して今年と翌年の二回に分けて昇給するとの提案をしたことが認められ、平成三年七月以降にも被告はスタッファーに対し即時昇給の要請をしていることからみて、業務量増加に対する昇給の程度が同月の昇給分で全部であるとみることはできないというべきである。

以上によれば、原告は、平成三年六月二四日、被告との間で、解雇した横山部長の担当していた資材管理部門を被告に引き継がせるために、平成四年一月から被告の給与を河合と同じにすることを合意したものと認めることができる。そして、証拠(略)によれば、河合の給与は一か月当たり八七万七五〇〇円の一二回払い(年収一〇五三万円)であり、そのほかに一切の手当支給がなかったことが認められ、河合の受領していた年俸が一六六七万二五〇〇円であることを認めるに足りる確たる証拠はなく、これに対し、被告が平成四年に受領した給与は年俸一〇二四万六〇〇〇円であることは被告の自認するところであって、これに反する証拠はないから、右合意の内容は、被告の年俸総額を河合のそれと同じ一〇五三万円にするというものであったというべきである。

ところで、原告は、被告の賃金支払請求権につき時効を援用するので判断するに、右請求権は労基法の適用のある労働債権であるから同法一一五条の規定により時効期間は二年であると解されるべきところ、証拠(略)によれば、被告は、原告に対し、本件解雇の意思表示後の平成五年六月七日、解雇無効を前提とした出勤許可と未払賃金合計一八〇二万〇二五〇円の支払を請求したが、これを原告に拒否され、その後の同年八月二三日も同様の要求を続け、遅くとも同年九月一七日までその交渉が続けられたことが認められる。してみれば、被告が本件反訴を提起したことにより、右未払賃金請求をもって時効の中断事由としての有効な催告があったものということができる。

そうすると、原告は被告に対し、未払賃金として、次の合計金一五九万八二四〇円を支払う義務がある。

(1) 平成四年一月一日から同年一二月三一日まで、河合の年俸一〇五三万円と被告の受領した年俸一〇二四万六〇〇〇円との差額二八万四〇〇〇円。

(2) 平成五年一月一日から同年八月二八日まで、河合の年俸割合分六九三万五〇八一円と、被告の受領した年俸割合分五六二万〇八四一円(書証略記載の入金二五五万五〇九一円と支給給与三〇六万五七五〇円との合計額)との差額一三一万四二四〇円。

(二) 退職金について

証拠(略)によれば、原告会社の退職給与規定には、退職金は、退職時の基本給に支給率を乗じた額とされており、同規定の別表によると、被告の退職金は、八七万七五〇〇円×{二・八+(〇・七〇〇×9/12)}=二九一万七六八七円となることが認められる。基本給をこれと異なる額で算出すべきものとする被告の主張は、前記説示のとおり採用できない。

そうすると、原告は被告に対し、未払退職金として、金二九一万七六八七円を支払う義務がある。

(三) 未使用航空券引取金について

(1) 証拠(略)によれば、原告と被告との間の雇用契約において、原告は被告に対し、勤務が一年経過した毎に東京・香港間のエコノミークラスの往復航空券一枚を被告及びその家族に支給し、三年間の累積を認め、その間にこれが使用されなかった場合は原告が現金で支給することとするとの合意をしたこと、被告は、妻及び子と同居していて、平成三年から平成五年までの往復航空券七枚を未使用のまま解雇されたこと、往復航空券一枚の単価は七万五〇〇〇円とされていたことが認められる。

しかしながら、被告の主張する片道航空券三枚については、その請求の根拠が明らかでなく、かえって、証拠(略)によれば、右航空券三枚は帰国航空券として請求する旨記載され、これによれば、同請求は、退職後の帰国のための引越し費用であるものとうかがわれるところ、証拠(略)によれば、その引越し費用は、被告が香港へ帰国するに際して支払われるものとされているが、被告は、本件解雇後、香港に帰国することなく、引き続き日本に在住して他社に就職したことが認められるから、この点に関する請求は理由がない。

そうすると、原告は被告に対し、未使用往復航空券七枚の引取金として、金五二万五〇〇〇円を支払う義務がある。

(2) 原告は、未使用航空券引取金に関する請求権について二年間の消滅時効を援用するが、未使用航空券に関しては三年間の累積が認められていたのであるから、右主張は前提を欠き失当である。

(四) 年次有給休暇買上金について

証拠(略)によれば、原告は、被告との間の雇用契約において、被告の勤務が一年経過した毎に年間二〇日の年次有給休暇を与えることを約し、被告が年次有給休暇請求権を行使しなかった場合、被告の申し出により残日数分を買い上げる旨の約束をしたところ、被告は本件解雇の意思表示がされた当時、平成四年繰越残分として一八日、平成五年分として二〇日の年次有給休暇を有していたが、被告が本件反訴請求として右買上げを主張した時点では、平成四年繰越残分は平成五年一二月末日をもって消滅していたのであるから、未行使の年次有給休暇残日数は平成五年分の二〇日であったこと、原告会社内における一月当たりの標準勤務日数は二一日であることが認められる。

右事実によれば、未行使の年次有給休暇残日数に対する買上金は、計算上、八七万七五〇〇円×20/21=八三万五七一四円となる。

そうすると、原告は被告に対し、年次有給休暇買上金として、金八三万五七一四円を支払う義務がある。

(五) 未払賞与について

証拠(略)によれば、原告会社の給与規定には、会社の業績その他を勘案して社員に賞与を支給する旨の定めがあり、被告に対しても、平成四年三月に六〇万円、同年一二月に五六万〇一五〇円が支給されているところ、被告が反訴請求で主張している賞与は、原告が、被告を含む一定の管理職に対し、事業年度中にスタッファーから提示ざれた業務遂行の目標数値を達成した場合に、スタッファーの審査を経て支給されるいわゆるインセンティブ・ボーナスと呼ばれるもので、被告は、特段の申告をすることなく、目標数値を一〇〇パーセント達成した場合のボーナスが三五万円と設定されていた平成元年には五九万八五二五円を、同ボーナスが四〇万円と設定されていた平成二年には二〇万二五三八円を、同ボーナスが六〇万円と設定されていた平成三年には同額を支給された経緯があり、平成四年は、五月一七日に呈示され、被告に対しては目標数値として、流動資産四〇万円、純利益三二万四四八〇円、在庫の正碓さ三〇万円、裁量による総合実績三〇万円が設定され、これらを一〇〇パーセント達成した場合には合計一三二万四四八〇円を支払うというものであったこと、右純利益金額の中には、被告が出張業務の際にスーツケースの損傷を受けた補償金として二万四四八〇円を支払うことが約束されていたこと、被告の平成四年のおける目標数値は、流動資産については少なくとも一二万円相当額が、純利益については少なくとも二万四四八〇円相当額が達成されたものということができること、その余の部分については被告の自己評価の域を出ないものであって、スタッファーの具体的な査定があったわけでもなく、平成四年には他の管理職もこのボーナスを受領したことがないこと、以上の事実を認めることができる。

以上によれば、原告は被告に対し、流動資産及び純利益に関するボーナスとして合計一四万四四八〇円を支払う義務があるものと認めるのが相当であるが、被告のその余のボーナス請求は理由がないというべきである。

(六) ビザ更新費について

証拠(略)によれば、原告は、外国人社員のビザの更新費用を原告が負担する取扱いをしてたが、被告が、平成四年三月頃、ビザの更新手続きをした際、一万二〇〇〇円を被告において出費したので、まもなく、スタッファーに対し、申請書に基づいて請求したところ、その支払を拒絶されたことが認められる。

右事実によれば、原告は被告に対し、ビザ更新費用実費として、金一万二〇〇〇円を支払う義務がある。

(七) 引越費用について

被告は、本件解雇後に香港に帰国することを考えたというが、前記認定のとおり、引越し費用は、被告が香港へ帰国するに際して支払われるものとされており、被告は、本件解雇後、香港に帰国することなく、引き続き日本に存住して他社に就職したのであるから、香港への引越費用八八万六九〇〇円の請求は理由がない。

(八) 以上によれば、被告の反訴予備的請求に基づき、原告は被告に対し、未払賃金一五九万八二四〇円、未払退職金二九一万七六八七円、未使用往復航空券引取金五二万五〇〇〇円、年次有給休暇買上金八三万五七一四円、未払賞与一四万四四八〇円、ビザ更新費用実費金一万二〇〇〇円の合計金六〇三万三一二一円及び内金五〇〇万円に対する遅滞後の平成六年三月一八日(反訴状送達の翌日)から支払い済みまで、内金一〇三万三一二一円に対する遅滞後の同年八月一〇日(訴変更申立書送達の翌日)から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるものというべきである。

3  結論

以上により、原告の本訴請求は全部理由があるから認容し、被告の反訴主位的請求は理由がないから棄却し、同反訴予備的請求は主文の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとする。

なお、仮執行宣言は、主文第三項につき、原告の被告に対する金六〇三万三一二一円の支払のうち、金五〇〇万円の元本の支払に限り、これを認める。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 遠藤賢治)

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