大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成5年(ワ)15160号 判決 1995年1月10日

原告

須藤真理子

被告

渡辺一弘

ほか一名

主文

一  被告らは、各目、原告に対し、二八六万四五八六円とこれに対する平成二年九月一九日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その七を原告の、その余を被告らの連帯負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、各自、原告に対し、八八二万六七五五円及びこれに対する平成二年九月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  交通事故の発生

以下の交通事故(以下「本件交通事故」という)が発生した。

日時 平成二年九月一九日午前〇時二〇分ころ

場所 東京都目黒区祐天寺二丁目七番二一号先交差点(以下「本件交差点」という)

加害車両Ⅰ 自動二輪車(品川て八三六一号、以下「安藤車」という)

右運転者 被告安藤広次(以下「被告安藤」という)

加害車両Ⅱ 普通乗用自動車(品川五九ち四九六二号、以下「渡辺車」という)

右運転者 被告渡辺一弘(以下「被告渡辺」という)

態様等 本件交差点を直進しようとしていた安藤車と、右折しようとしていた渡辺車が衝突し、安藤車が歩道上に突っ込み、歩道上にいた原告に衝突して、頭蓋骨骨折、脳挫傷、急性硬膜下血腫、髄液耳漏、髄液鼻漏、外傷性顔面神経麻痺、左足背挫創等の傷害を負わせた。

2  加害車両の運行供用者

被告安藤は、安藤車の所有者であり、右車両を自己のために運行の用に供していた者であり、被告渡辺は、渡辺車の所有者ではないものの、右車両を自己のために運行の用に供していた者である。

二  責任原因に関する当事者の主張

(原告)

被告渡辺及び被告安藤には、それぞれ、本件交差点を右折ないし直進するに当たり前方注視を怠り、対向車の動静を十分に確認しなかつた過失がある。

よつて、被告らは、それぞれ、自賠法三条に基づく責任のほか、民法七一九条、七〇九条に基づく責任も負担する。

(被告安藤)

被告安藤が自賠法三条に基づく責任を負うことは認めるが、その余の原告の主張は不知ないし争う。

(被告渡辺)

1 本件事故は、交差点の相当手前で対面信号が赤になつたにもかかわらず、著しい高速度で交差点を直進した被告安藤の一方的過失によるものであり、被告渡辺には、何ら過失はないというべく、民法七〇九条の責任はない。また、被告渡辺は、渡辺車の運転に関して注意を怠らなかつたし、渡辺車には構造上の欠陥又は機能上の障害がなかつたのであるから、自賠法三条但し書きにより免責される。

2 仮に被告渡辺に過失があるとしても、共同不法行為者である被告安藤の過失に比べて著しく小さいものであり、共同不法行為にわずかしか関与していない被告渡辺は、公平の原則から、自己の寄与度に応じた責任を負担すれば足りるというべきである(分割責任の主張)。被告渡辺は、自己の寄与度に応じた負担部分の範囲で被告安藤と連帯して責任を負うにすぎない。ところで、被告渡辺にあつては、加入する自賠責保険から原告への支払額が、被告渡辺の負担部分を超えているのであつて、残債務は存在しない。

三  本件の争点

1  本件事故の発生に関する被告らの過失の有無等

2  損害額及び被告らそれぞれの負担額

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  前記争いのない事実及び証拠(乙イ一の3、4、6ないし12)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件事故現場である東京都目黒区祐天寺二丁目七番二一号先の交差点は、駒沢方面から恵比寿方面に通じ道路(通称駒沢通り)と祐天寺駅方面から谷戸前方面に通じる道路が直角に交差する、信号機によつて交通整理の行われている交差点である。本件交差点付近の駒沢通りは、歩車道の区別のある片側一車線の道路で、本件交差点手前には右折専用の車線が設けられており、その幅員は、右折専用車線が設けられている車線が五・八メートル(そのうち二・五メートルが右折専用車線)、その対向車線が三・二メートルとなつており、車線の両側に幅員三メートルの歩道が設置されている、舗装された平坦で見通しのよい直線道路である。最高速度は毎時四〇キロメートルとする規制がなされている。他方、交差道路は、祐天寺駅方面が歩車道の区別のない幅員七・二メートルの、谷戸前方面が歩車道の区別のない幅員六・九メートルの舗装された道路である。

(二) 被告渡辺は、渡辺車を運転して、平成二年九月一九日午前〇時二〇分ころ、駒沢通りを恵比寿方面から駒沢方面に向かつて進行して来て本件交差点にさしかかり、祐天寺駅方面へと右折すべく、右折の合図を出して右折専用車線から停止線を超えて本件交差点内に進入したところ、本件交差点の対面信号機の表示は青色であつたが、本件交差点内を直進する対向車両が続いていたため、それらの通過を待つため別紙図面アの地点で一旦停止した。

(三) 他方、被告安藤は、安藤車を運転して駒沢通りを駒沢方面から恵比寿方面に向かつて時速六〇キロメートル(秒速に換算すると毎秒約一六・六七メートル)で進行し本件交差点付近に至つたか、本件交差点の対面信号機から約六二・二メートルの地点で、同信号機が黄色を表示していること及び約七七・四メートル先に本件交差点内で対向車である渡辺車が右折待ちのため停止していることに気が付いたが、そのまま本件交差点を直進できるものと考えて、渡辺車の動静を注視することなく、さらに速度を加えて本件交差点に進入した。

(四) 被告渡辺は、本件交差点を直進する対向車両の流れが途切れるのを待つていたところ、対面信号の表示が黄色から赤色へと変わつたのを見て、渡辺車を発進させると同時に、対向車線を駒沢方面から本件交差点に向かつて進行してくる安藤車を約四六・七メートル先の別紙図面<1>地点(本件交差点手前の停止線からだいたい二二メートル手前の地点)に認めたが、安藤車は交差点手前で停止するものと考え、右折せんとして、ゆつくりとした速度で渡辺車を別紙図面イの地点まで進めたところ、安藤車が約二八・七メートル先の別紙図面<2>の地点に来ていたことを認め、直ちに急制動の措置を講じたが間に合わず、別紙図面<×>1の地点で渡辺車の右前部と安藤車の右前部が衝突した。なお、右対面信号機の信号サイクルは、八〇秒サイクルで、青四二秒、黄三秒、全赤二秒、赤三三秒の順である。

(五) 右衝突による衝撃により、安藤車は進行方向左斜め前方に暴走し、本件交差点付近の歩道で信号待ちをしていた原告に衝突し、前記の傷害を負わせた。

2  右の認定事実によれば、被告安藤が本件交差点に進入した際における同被告の対面信号の表示は赤色に変わつていたと推認されることから、本件事故は、被告渡辺が本件交差点を右折するに際し、本件交差点を直進する対向車両の流れが途切れるのを待つて右折進行を続行したところ、対面信号が赤色に変わつたにもかかわらず、被告安藤の運転する安藤車が高速度で本件交差点に進入してきたことによつて発生したものというべく、本件事故の発生に関して、被告安藤には、対向右折車の動静不注視のほかに、赤信号見落とし及び速度超過の過失があることは明らかである。

次に被告渡辺の過失について検討する。

たしかに、交差点を右折しようとする車両が、交差点内において直進する対向車の通過を待ち、対向車両の対面信号が赤色となつた時点で右折進行を続行する場合においては、右折車の運転者は、通常は、直進対向車が交通法規に従つて停止することを期待し、信頼することができるのであつて、右折進行に当たつて、そのように信号に従うことなく交差点に進入してくる車両等のあることまでを予見して運転すべき注意義務はないといえよう。しかしながら、対向車線を進行する車両等が信号に従うことなく交差点に進入してくる客観的な危険性のあることを認識し又は認識しうるような特別な事情があるときは別というべきである。

前記の認定事実によれば、被告渡辺が安藤車を認めたのは、対向車両の対面信号の表示が赤に変わつた直後であり、その時点における安藤車は、既に本件交差点手前の停止線からだいたい二二メートル手前の地点まで進行してきていて、しかも、時速六〇キロメートルから加速している状態にあつたというのであるから、夜間であることを考慮しても、被告渡辺には、対向車線を進行する安藤車が信号に従うことなく交差点に進入してくる客観的な危険性のあることを認識しうるような特別な事情があつたものというべきである。被告渡辺には、対向車両の動静を注視する義務を怠つた過失があるといわざるを得ず、被告渡辺の過失がない旨の主張及び免責の抗弁は採用することができない。

二  争点2について

1  損害額について

(一) 治療費等(請求額八六万五六二〇円) 八六万五六五〇円

証拠(甲二、三、六の2、七の2、九の1、2)によれば、原告は、本件事故により、健康保険の自己負担部分は八五万七一五〇円及び手術時の剃髪代金八五〇〇円の支出を余儀なくされたことが認められる。

(二) 入院付添費(請求額一五万円) 一五万円

前記争いのない事実及び証拠(甲二、四、八の2、一三の1ないし7)によれば、原告は、本件事故により、頭蓋骨骨折、脳挫傷、急性硬膜下出血、外傷性顔面神経麻痺等の傷害を負つたこと、そのため昏睡状態のまま東京医科大学病院に入院となり、緊急手術を受けたが術後一週間は意識が戻らない状態にあつたこと、平成二年九月一九日から同年一一月一〇日まで五三日間の入院治療を余儀なくされたこと、その間は原告の母が付添いをしたことなどが認められ、右症状の程度等に鑑み、近親者の付添費用として、一日当たり五〇〇〇円として三〇日分の合計一五万円を原告の損害として認めるのが相当である。

(三) 入院雑費(請求額七万九五〇〇円) 六万八九〇〇円

一日当たり一三〇〇円として、入院期間五三日に対応する六万八九〇〇円が本件事故と相当因果関係に立つ損害とみるのが相当である。

(四) 通院付添費(請求額四万八〇〇〇円) 四万八〇〇〇円

証拠(甲三、四、六の1、七の1、一二の3、6、9)によれば、原告は平成二年一一月二六日から平成四年一〇月一二日までの間に実日数二七日の通院したこと、そのうち平成四年四月九日までの二四日分の通院に関しては付添いを必要とする状態であつたこと、実際にも右二四日分については母幸子が付き添つたことが認められ、右によれば、通院付添費として、一日当たり二〇〇〇円として二四日分の合計四万八〇〇〇円を原告の損害として認めるのが相当である。

(五) 通院交通費(請求額四八万一五〇〇円) 四八万一五〇〇円

証拠(甲一二の1ないし11、一三の1ないし7)によれば、原告の母幸子が、原告の入院期間中付き添い看護のため、自宅のある埼王県児玉郡神川町から東京医科大学病院まで、バス、電車等を利用して通つた交通費は二八万一八三〇円であること、退院後、原告が、バス、電車、タクシーにより、通院したために要した費用は一二万二四七〇円であること、幸子が、原告の通院に付き添つたため要した費用は七万七二〇〇円であることが認められ、これらは、本件事故による原告の損害と認めるのが相当である。

(六) コンタクトレンズ及びかつら代(請求額一四万三九三四円) 一四万三九三四円

証拠(甲一〇、一一)によれば、原告は本件事故によりコンタクトレンズ及びかつらの購入を余儀なくされたこと、購入代金はそれぞれ三万八九三四円、一〇万五〇〇〇円であつたことが認められる。

(七) 休業損害(請求額一三八万九二九〇円) 一三五万九〇六三円

証拠(甲一四の1ないし4)によれば、原告は、本件事故当時は歯科医院の助手として稼働していたが、本件事故により平成二年九月一九日から同三年四月一五日までの二〇九日間の全期間及び同年四月一六日から同四年二月二四日までのうちの一四日間の合計二二三日間の休業を余儀なくされたこと、原告の本件事故直前三ケ月間の給与総額は五六万〇六九〇円であることが認められ、右によれば、原告の休業損害は、以下の計算式のとおり、一三五万九〇六三円(一円未満切捨)となる。

560690÷92×223=1359063

(八) 逸失利益(請求額六七八万六一一五円) 二四〇万四七四三円

証拠(甲八の1、一五)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成四年一〇月一二日に症状固定となつた旨の診断を受けていること、原告には、頭痛、目眩、イライラに悩まされ、物忘れがひどくなり、怒りつぽくなるなどの後遺障害が残つたこと、右後遺障害は、自動車保険料率算定会損害調査事務所により自賠法施行令二条別表後遺障害別等級認定表一二級一二号に該当するとの認定を受けていることが認められ、後遺障害の内容・程度、原告の職業内容等に照らせば、原告は、本件後遺障害により、症状固定の日から一〇年間を通じて、その労働能力の一四パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。

原告は、前記のとおり、歯科医院の助手として、本件事故直前三ケ月間は給与総額として五六万〇六九〇円の収入を得ていたのであるから、その額を基礎として、ライプニツツ方式により中間利息を控除して逸失利益の現価を求めると、以下の計算式のとおり、二四〇万四七四三円(一円未満切捨)となる。

560690÷92×365×0.14×7.7217=2404743

(九) 慰謝料(請求額五〇〇万円) 四〇〇万円

以上認定の諸事情を考慮すると、傷害慰謝料として一六〇万円、後遺症慰謝料として二四〇万円の合計四〇〇万円を慰謝料額とするのが相当である。

(一〇) 損害の填補

被告安藤が原告に対して損害賠償金として二五七万七二〇四円を支払つたこと、原告は、被害者請求により、被告安藤及び被告渡辺の加入する自賠責保険からそれぞれ二一七万円ずつ、合計四三四万円の支払いを受けたことは当事者間に争いがない。

2  被告らの負担額について

被告安藤が原告の被つた損害の全額について賠償責任があることは明らかである。

被告渡辺の負担額について検討する。

前記の事実関係からみて、被告安藤の過失が本件事故の主要な原因をなしていることは否定できないものの、他方、本件事故は二台の車両の衝突により第三者が傷害を負うといういわゆる単一事故と称される形態のものであること、原告には本件事故発生に関して全く落ち度がないことが指摘できるのであつて、右の事情のもとで、被害者の保護という共同不法行為の制度の趣旨に照らせば、加害者である被告渡辺をして被告安藤と並んで連帯責任を負わせるという共同不法行為の原則を適用することが、あまりにも被害者を偏重することとなり、かえつて公平の原則に反することになるとまではいえないというべきである。被告渡辺の分割責任の主張は採用できない。

3  弁護士費用について

本件訴訟の難易度、審理の経過、認容額その他本件において認められる諸般の事情に鑑みると、本件事故と相当因果関係がある弁護士費用相当額は二六万円と認めるのが相当である。

三  結論

以上の次第で、民法七一九条、七〇九条及び自賠法三条に基づく原告の請求は、被告らに対して、各自、二八六万四五八六円とこれに対する不法行為の日である平成二年九月一九日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で、いずれも理由がある。

(裁判官 齋藤大巳)

別紙 <省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例