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東京地方裁判所 平成5年(ワ)14137号 判決 1996年1月25日

甲事件原告

加藤富子

乙事件原告

新井和男

甲事件被告兼乙事件被告

増田靖昭

乙事件被告

増田勝昭

主文

一  甲事件被告増田靖昭は、甲事件原告加藤富子に対し、金二〇九五万五六三七円及びこれに対する平成四年二月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  乙事件被告増田靖昭及び同増田勝昭は、乙事件原告新井和男に対し、連帯して、金二〇四八万八一三七円及びこれに対する平成四年二月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  乙事件被告増田靖昭は、乙事件原告新井和男に対し、金一〇四万円及びこれに対する平成四年二月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  甲事件原告加藤富子及び乙事件原告新井和男のその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、これを五分し、その二を甲事件原告加藤富子及び乙事件原告新井和男の負担とし、その余は甲事件被告兼乙事件被告増田靖昭及び乙事件被告増田勝昭の負担とする。

六  この判決は、第一項ないし第三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  甲事件

甲事件被告増田靖昭(以下「被告靖昭」という。)は、甲事件原告加藤富子(以下「原告加藤」という。)に対し、金三九〇七万七九五六再及びこれに対する平成四年二月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  乙事件

乙事件被告らは、乙事件原告新井和男(以下「原告新井」という。)に対し、各自金四〇三七万七九五六円及びこれに対する平成四年二月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、既に別の交通事故により身体障害程度等級第一級の認定を受けていた被害者が、本件交通事故により死亡したことから、その両親が、加害車両の保有者に対しては自賠法三条に基づき、その運転者に対しては民法七〇九条に基づき、治療費、慰謝料等のほか、労働能力喪失に基づく逸失利益又は労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく給付金の逸失利益の賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等(乙一、弁論の全趣旨)

1  本件交通事故に先立つ別件交通事故の存在

亡新井崇(昭和四六年九月一三日生まれ、以下「亡崇」という。)は、平成三年一月三〇日午前八時一五分ころ、通勤途上の東京都小平市鷹の台一八番先路上において、訴外小池千絵(以下「訴外小池」という。)の運転する自転車と接触したため、脊髄損傷により両下肢麻痺の障害を負い、東京都より身体障害程度等級第一級との認定を受けた。

2  本件交通事故の発生

事故の日時 平成四年二月一一日午前一時五〇分ころ

事故の場所 神奈川県横浜市金沢区幸浦二丁目一二番地の一先の信号機により交通整理の行われていない交差点

被害者 亡崇

関係車両 (一) 亡崇が運転する普通乗用自動車(多摩七八そ二九二八、以下「崇車」という。)

(二) 乙事件被告増田勝昭(以下「被告勝昭」という。)が所有し、被告靖昭が運転する普通乗用自動車(横浜七九ら五一二九、以下「被告車」という。)

事故の態様 両車とも直進して本件交差点に進入したところ、崇車の右側面に被告車の前部が衝突した結果、亡崇が死亡した。

3  責任原因

(一) 被告靖昭の責任

被告靖昭は、被告車の運転者であり、民法七〇九条に基づき、原告らに生じた損害を賠償する責任がある。

(二) 被告勝昭の責任

被告勝昭は、被告車を保有し、これを自己のために運行の用に供していた者であるから、自賠法三条に基づき、原告新井に生じた損害を賠償する責任がある。

4  相続

原告らは、亡崇の父母であり、亡崇の死亡により同人が本件事故によつて取得した損害賠償請求権の各二分の一を相続した。

二  争点

本件の争点は、過失相殺及び損害額(とりわけ本件事故による亡崇の逸失利益の有無)であり、双方の主張は以下のとおりである。

1  過失相殺

(一) 原告らの主張

被告靖昭は、本件事故発生当時、公道上で、いわゆるゼロヨン・レースと称して、急発進して時速約一〇〇キロメートルの高速度に加速進行していたのであるから、右のような重大な違法行為によつて生じた本件事故にあつては、亡崇の過失の存在を主張すること自体、失当である。

仮に、被告らが亡崇の過失を主張することができるとしても、被告らの過失相殺の主張はいずれも理由がない。すなわち、被告らは、被告靖昭がライトを上向きにしたことに、亡崇が気づかなかつた点に過失があると主張するが、亡崇が被告車のライトが上向きになつたことに気づくことが可能であつたかどうかは不明であり、右の点を過失相殺の対象として挙げること自体に疑問がある。また、被告靖昭は崇車を発見した時点でブレーキを踏むことが可能であつたから、被告靖昭の違法行為の重大性からして、被告靖昭が結果を回避すべきであつたことも明らかである。さらに、亡崇が一時停止しなかつたという主張も、被告らの推察に過ぎない。

(二) 被告らの主張

本件事故は、被告靖昭と亡崇の双方の過失が競合したものである。すなわち、被告靖昭は、時速八〇ないし九〇キロメートルで走行中、本件交差点の手前六〇メートルの地点において崇車のものと思われるライトを発見し、亡崇に対し、被告車の存在に気がつきやすいようにライトを上向きにして崇車の停止を促したにもかかわらず、亡崇は、被告車に気がつかなかつたか、これを無視したか、あるいは、両下肢麻痺という障害のためにブレーキをかけるなどの適切な行動をとれなかつた等の過失により、自車を本件交差点に進入させてきたので、被告靖昭は衝突を避けるため急ブレーキをかけたが間に合わず、崇車と衝突したのである。また、被告靖昭が走行していたのは、片側二車線で、片側道路幅は一〇メートルであり、他方亡崇が走行していたのは、道路幅は八メートルの狭路であり、一時停止の標識があるから、亡崇には本件交差点に進入する際に、一時停止をして、右方からの走行車両の有無を確認すべき注意義務があつたのに、これを怠つた過失がある。さらに、崇車についてはスリツプ痕が見当たらないことから、亡崇は本件交差点に進入した後も、全く左右の安全を確認しなかつた過失がある。以上からすれば、本件事故の過失割合は、崇車が六〇パーセント、被告車が四〇パーセントとするのが相当である。

2  損害額

(一) 原告らの主張する損害額

(1) 亡崇の損害

<1> 入院関係費 金一〇三万二〇五八円

<2> 逸失利益(なお、この点についての当事者双方の主張は、後記(二)のとおりである。)

ア 労働能力喪失による逸失利益

5,441,400×0.92×(1-0.5)×17.980=45,004,731

イ 労災保険法に基づく給付金の逸失利益

(a) 障害給付金の逸失利益 一九一〇万六一二七円

2,043,600×(1-0.5)×18.6985=19,106,127

年金給付額は二〇四万三六〇〇円であり、生活費控除を五割として、平均余命五六年のライプニツツ係数を乗じた。

(b) 障害特別支給金の逸失利益 三四二万円

身体障害程度等級第一級の障害特別支給金額である。

(c) 合計 二二五二万六一二七円

<3> 慰謝料 金一八〇〇万円

<4> 車両損害 金二五六万円

(2) 原告加藤の固有の損害

<1> 固有の慰謝料 金二〇〇万円

<2> 弁護士費用 金三五〇万円

(3) 原告新井の固有の損害

<1>葬儀費用 金一二〇万円

<2> 固有の慰謝料 金二〇〇万円

<3> 弁護士費用 金三六〇万円

(二) 亡崇の逸失利益の有無

(1) 原告らの主張

<1> 亡崇は、本件事故発生当時、両下肢麻痺により身体障害程度等級第一級と認定されていたところ、後遺障害別等級表・労働能力喪失率によれば、第一級の労働能力喪失率は一〇〇パーセントであるから、これを形式的に適用すれば、亡崇の本件事故による逸失利益は発生しないことになる。しかしながら、第一級に該当する障害を負うとされた者の労働能力喪失率が一律に一〇〇パーセントとされるのは一種のフイクシヨンにすぎないから、実際上就業可能であつた者は、具体的にその労働能力の有無を検討してその逸失利益を検討すべきである。そこで、亡崇についてこれを見るに、亡崇は、両下肢麻痺に伴う移動の困難性を車の運転により補い、リハビリテーシヨンの結果日常生活は単独で行うことができる状況にあつた。そうすると、亡崇の右状態及び昨今の身体障害者雇用促進政策からすれば、亡崇は本件事故がなければ速やかに就業し稼働することが十分可能だつたというべきである。また、平成五年度身体障害者等雇用実態調査結果報告書によれば、就業している常用労働身体障害者は、一般常用労働者の賃金の九二パーセントを取得している。以上からすれば、亡崇は、本件事故がなければ六七歳まで稼働し、少なくとも本件事故当時の男子労働者学歴計の年間五四四万一四〇〇円の九二パーセントに相当する収入を得られたものであり、右収入が本件事故による逸失利益である。

<2> 被告靖昭及び同勝昭は、別件の事故の加害者である訴外小池との異時的共同不法行為により、亡崇の労働能力を一〇〇パーセント喪失させたのであるから、訴外小池と連帯して、亡崇に対し、一〇〇パーセントの労働能力喪失を前提とする逸失利益の賠償責任を負う。

<3> 平成三年一〇月二三日の時点では、別件の事故による亡崇の両下肢麻痺という障害はすでにその症状が固定していたから、同人は、本件事故当時、労災保険法に基づく障害給付金及び障害特別支給金の請求手続をとれば確実にその給付を受けることができたという地位にあつた。したがつて、被告靖昭及び同勝昭は、本件事故により、右各給付金の請求権を侵害した。

<4> 仮に、別件事故による亡崇の障害が死亡以前に固定していなかつたとしても、亡崇が死亡していなければ、その後に症状は固定し、右各給付金の給付を受けることは確実であつた。

(2) 被告らの主張

<1> 亡崇は、本件事故発生当時、既に別件事故により、両下肢の機能を全廃したものとして身体障害程度等級第一級に該当する障害を負つていたのであるから、既にその労働能力を一〇〇パーセント喪失していた。したがつて、亡崇は、本件事故により死亡しても、新たに逸失利益は発生しない。

<2> 原告ら主張の労災保険法上の各給付金が発生するためには、障害が治癒していたことが条件となり、治癒前に死亡すれば右各給付金の支払請求権も発生しないところ、亡崇はその障害が治癒する前に本件事故により死亡しているから、亡崇には右各給付金の支払請求権はなく、したがつて、その侵害による逸失利益も発生しない。

第三争点に対する判断

一  争点1―過失割合

1  前記争いのない事実等に証拠(甲二ないし一六、乙一ないし四)を総合すると次の事実が認められる。

(一) 本件事故現場の交差点は、片側二車線道路(被告靖昭走行道路)と片側一車線道路(亡崇走行道路)が直角に交差する信号機により交通整理の行われていない四差路交差点である。片側二車線道路は、片側車道幅員一〇・〇メートル、歩道幅員六・〇メートルの道路であつて、上下線は植え込みのある中央分離帯で区別されており、また、片側一車線道路は、車道の全幅員九・〇メートル、歩道幅員一・五メートルの道路であり、交差点手前に一時停止の標識、停止線及び止まれの標示がある。

片側二車線道路の見通しは、前方が直線道路のため約二〇〇メートルは見通すことができるが、本件交差点付近の左方は建物のため、右方は中央分離帯上の植え込みのためいずれも見通しは悪い。

最高速度の規制は、どちらも時速四〇キロメートルとなつている。

(二) 被告靖昭は、一八歳で自動車の運転免許を取得したが、一九歳のときにその免許が取り消され、以後運転免許を取得することはなく、本件事故当時は無免許の状態であつた。

被告靖昭は、本件事故現場周辺で行われるいわゆるゼロヨン・レースすなわち第一通行帯と第二通行帯に一台ずつ車を並べ、その停止状態から急発進して約四〇〇メートルの間の速度を競うレースをするために、本件事故現場には三回位来たことがあり、本件現場付近の制限速度が時速四〇キロメートルであること、本件交差点が存在すること、右交差点が遮断されていないこと、右交差点の見通しがよくないことを知つていた。

(三) 本件事故当日、被告靖昭は本件現場付近で行われるゼロヨン・レースに参加し、本件交差点の約二六八・八メートル手前の第一通行帯を被告車を運転して発進した(別紙図面<1>の地点)。このとき訴外前原幹則(以下「訴外前原」という。)は第二通行帯でスカイラインを運転し、被告靖昭と同時に発進した。

(四) 被告靖昭はアクセルを力一杯に踏み込んで進行し、発進から約一二六・九メートル進行した地点(別紙図面<2>の地点)では時速約一〇〇キロメートルに達していた。その地点で本件事故現場交差点を通過する普通乗用自動車を認めて、一瞬アクセルから足を離したものの、時速約一〇〇キロメートルを維持するようにアクセルを踏んだまま、さらに約八四・八メートル進行した地点(別紙図面<3>の地点)で、時速約一〇ないし二〇キロメートル程度の低速で本件現場交差点に進入してくる崇車を約六二・九メートル先(別紙図面<ア>の地点)に発見した。

被告靖昭は崇車が低速で進行していたため、亡崇が被告車の存在に気づけばすぐ停まることができると考えて、被告車の存在を亡崇に気づかせるためにライトを上向きにしたが、ブレーキを踏まずに別紙図面<4>の地点まで進行したところ、崇車もそのまま別紙図面<イ>の地点まで進行してきた。そのため被告靖昭は急ブレーキをかけたものの約四一・一メートル進行した地点(別紙図面<5>の地点)で、崇車と衝突した(別紙図面<×>1の地点)。

(五) 訴外前原は、被告車から車約一台分程度遅れて、時速約九〇キロメートルで第二通行帯を進行していたところ、本件交差点に進入している崇車を発見して急ブレーキをかけたが別紙図面<×>2の地点で、接着した状態で進路上に進出してきた崇車及び被告車と衝突した。

2  右認定の事実によると、被告靖昭は本件事故現場の交差点の存在、その周辺の制限速度や見通し状況などを知りつつ、二台の車が並走して時速一〇〇キロ以上の高速度を競う極めて危険な運転行為であるいわゆるゼロヨン・レースに、無免許でありながら参加したという点で強く非難されるべきである上に、現に時速約一〇〇キロメートルで進行中、約六二・九メートル先に交差点に進入してくる崇車を発見したにもかかわらず、減速等の危険回避措置を全く取ることなく、かえつて自車のライトを上向きにして崇車に停止を促してレースを敢えて継続しようとしたものであり、被告靖昭には重大な過失があるというべきである。

次に、亡崇が本件交差点の手前で一時停止しなかつたと認めるに足りる証拠はないから、一時停止の有無を亡崇に不利に斟酌することはできず、亡崇が本件交差点には時速一〇ないし二〇キロメートルの速度で進入していることから、同人が交差点手前で減速したことは明らかであり、この点は亡崇に有利に斟酌すべきである。もつとも、被告靖昭は崇車を発見した時点で被告車のライトを上向きにしており、亡崇は被告車の存在を認知できたものと推認されるところ、それにもかかわらず本件交差点に進入した点で亡崇にも右方の安全確認を怠つた過失が存するといわざるをえず、被告靖昭が制限速度の二倍を超えるスピードで走行していたことが亡崇の被告車についての距離や速度についての判断を誤らせた面があつたとしても、片側二車線道路が優先することに鑑みれば、なお、亡崇にも若干の過失があつたといわざるをえない。

このような、被告靖昭側の事情及び亡崇側の事情を総合考慮すると、亡崇及び被告靖昭の過失割合は、亡崇が五パーセント、被告靖昭が九五パーセントとするのが相当である。

二  争点2―損害

1  亡崇の損害額

(一) 入院関係費

証拠(甲二、八、九、二六、医療法人社団芳洋会磯子中央病院に対する調査嘱託の結果)によると、亡崇は本件事故直後、救急車で医療法人社団芳洋会磯子中央病院に搬送されたこと、平成四年二月一一日午後〇時三八分ころ亡崇は同病院で死亡したこと、同病院での治療費等が一〇三万二〇五八円であつたことが認められ、右治療費等は本件事故と因果関係のある損害と認められる。

(二) 車両損害

証拠(甲三、六、二〇、弁論の全趣旨)によると、崇車は平成三年型のニツサン一八〇SXで、亡崇が平成三年一二月に取得し、本件事故までに一八五七キロメートルしか走行していなかつたものであること、崇車は本件事故により車体右側面がドアから後部フエンダーにかけて約五〇センチメートル凹損し、車体左側面は左側ドア下部が凹損して、大破した状態であつたこと、その修理費用は二七四万七五七〇円と見積もられたこと、崇車の新車価格は、オートガイド自動車価格月報(レツドブツク)によると二五六万円であつたことが認められる。

そうすると修理費用が新車価格を上回る本件においては、本件事故当時の時価相当価格とその売却代金の差額をもつて損害と認めるべきであるところ、崇車は取得から約二か月後に本件事故にあつたことや前記認定の走行キロ数を考慮して、損害を二〇〇万円と認めるのが相当である。

(三) 逸失利益

(1) 労働能力喪失について

<1> 前記争いのない事実等及び証拠(甲一七ないし一九、二三、二七、二八、東京日産モーター株式会社に対する調査嘱託の結果)によると、亡崇は、平成三年一月三〇日、別件事故により、脊髄損傷による両下肢機能全廃の障害を負つたこと、亡崇は同年三月六日に国立身体障害者リハビリテーシヨンセンター病院に入院し、リハビリテーシヨンをしていたこと、亡崇は別件事故当時東京日産モーター株式会社府中営業所に勤務し、整備の仕事に従事していたが、平成三年五月一日から同四年一〇月三一日まで一年六か月間は休職扱いとなつていたこと、亡崇の右障害について東京都から身体障害程度等級第一級の認定を受け、同三年七月一五日に身体障害者手帳の交付を受けたこと、同年一〇月二三日、国立身体障害者リハビリテーシヨンセンター病院医師陶山哲夫より、病名を脊髄損傷による両下肢麻痺とし、右疾患のため今後両側長下肢装具を装用の要あるものと認める旨の診断を受けたこと、同年一一月七日同病院を退院したこと、その後は実妹と身体障害者用に改造したアパートに同居して生活していたことの各事実が認められる。

<2> 右事実によると、亡崇の傷害は自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表一級八号に該当するもので、別件事故により亡崇は労働能力を一〇〇パーセント喪失したものと認められる。

もつとも、証拠(甲一八、一九、二四、二五、東京日産モーター株式会社に対する調査嘱託の結果)によると、就業している常用労働身体障害者は、平成五年九月において、一般常用労働者の賃金の九二パーセントを取得していること、亡崇は、その症状が安定すれば職場に復職する予定であつたことが窺われ、かつ、本件事故当日も崇車を運転していたのであるが、他方右各証拠によると、亡崇は、本件事故当時は現に休職中であり、復職後の職務は決まつていなかつたことも認められ、これらを考慮すると、先の事実は亡崇の復職の可能性を示唆する事情に止まり、亡崇が今後必ず労働に従事することができるということはできず、亡崇の労働能力が残存すると認めることはできない。

したがつて、本件事故当時、亡崇に労働能力が存在することを前提とする労働能力喪失による逸失利益を求める原告らの請求は理由がない。

<3> 原告らは、訴外小池との異時的共同不法行為を主張するが、後記認定のとおり、本件事故当時には既に別件事故による負傷の症状が固定していたのであつて、共同不法行為を論じる余地はないものというべきである。

(2) 労災保険法に基づく給付金の逸失利益について

<1> 前記認定事実及び証拠(甲一八、一九、二三)によると、亡崇の別件事故は通勤途上の事故であり、亡崇は、同事故による傷害のため、労災保険法施行規則別表第一の障害等級第一級九号に該当する後遺障害を負つたことが認められる。そして、通勤災害に関する障害給付については、労災保険法二二条の三第一項は「障害給付は、労働者が通勤により負傷し、又は疾病にかかり、なおつたとき身体に障害が存する場合に、当該労働者に対し、その請求に基づいて行なう。」と定めており、労働省労働基準局に対する調査嘱託の結果によれば、労働省は、同項にいう「なおつた」ときに右請求権が発生するものとして同項を施行していることが認められる。

障害給付の内容としては、同条第二項は「障害給付は、第十五条第一項の労働省令で定める障害等級に応じ、障害年金又は障害一時金とする。」と、また、同法九条一項は「年金たる保険給付の支給は、支給すべき事由が生じた月の翌月から始め、支給を受ける権利が消滅した月で終わるものとする。」と定めているところ、同調査嘱託の結果によれば、亡崇の場合は、障害等級第一級に該当すれば、従前の収入を基礎に算定して年金として二〇四万三六〇〇円が支給されるのであり、また、同法特別支給金支給規則第四条によると「業務上の事由又は通勤による負傷又は疾病が治つたとき身体に障害がある労働者に対し、その申請に基づいて」障害特別支給金が支給され、障害等級第一級該当者には三四二万円が支給されるのである。

<2> ところで、同法二二条の三第一項等にいう「なおつた」とは、治癒した場合すなわち療養が終了して症状が固定したと認められる場合をいうと解されるから、亡崇は、本件事故により死亡しなければ、別件事故による傷害の症状固定時に年金の支給事由が生じ(同法第九条一項)、その翌月から年金の支給が開始され、受給権消滅事由である平均余命により推定される死亡の月までこれを受給できた(同項)ということができる。

そこで、亡崇の症状固定時について検討するに、前記認定事実及び証拠(甲二九、乙一二、一七、一八)によれば、亡崇は、平成三年一月三〇日、別件事故により脊髄損傷による両下肢完全麻痺の傷害を負い、東大和病院に入院し、同年二月一二日、虎の門病院へ転院した後、同年三月六日、リハビリ目的のため、国立身体障害者リハビリテーションセンター病院整形外科へ入院したこと、同病院への入院当時は、バルーンカテーテルを挿入し、硬性コルセツトを装着したままであつたが、同年五月二五日にはトイレへの移動、更衣を自立してできるようになり、同年六月一日には自己導尿を開始したこと、同年七月三日には、入浴、排便処理が自立してできるようになつており、同月五日には同病院内科の診察も終了したこと、同病院整形外科における担当医である陶山哲夫は、平成三年六月二七日をもつて症状固定とする旨診断したこと、亡崇は、同医師により同年九月には退院可能と判定されたが、両親の離婚等の家庭内の事情により精神的に不安定な面が見られたため、退院時期が若干遅れ、同年一一月七日に同病院を退院したこと、その後は実妹と身体障害者用に改造したアパートに同居して生活していたことが認められ、右認定事実によれば、平成三年六月二七日には、その症状が固定したものというべきである。

<3> そうすると、亡崇は、右症状固定時には障害給付請求権及び障害特別支給金申請権を有していたことは明らかである。ところで、労災保険法一一条一項、二項は、障害給付金を受ける権利を有する者が死亡した場合において、その死亡した者に支給すべき保険給付でまだその者が請求していないものがあるときは、その者の配偶者等でその者の死亡の当時その者と生計を同じくしていたものが、自己の名でこれを受けることができるものと定めており、また、障害特別支給金も同様の取扱いとされているのであるから(労働者災害補償保険特別支給金支給規則一五条参照)、障害給付金のうち亡崇が本件事故により死亡するまでに発生していた分及び障害特別支給金については、亡崇の本件事故による死亡により消滅するものではないから、そもそも逸失利益が生じないといわなければならない。

次に、亡崇は、本件事故により死亡したことにより、死亡しなければ得べかりし障害給付金を喪失したということができる。そして、通勤災害による障害給付金は、労働者が通勤により負傷等をしてその結果後遺障害を残すこととなつたときに、後遺障害の程度に応じて支給されるものであつて、労働能力喪失による対価とも評価することができ、また、当該労働者に対して損失補償ないし生活補償を与えることを目的とするものであるとともに、その者の収入に生計を依存している家族に対する関係においても、同一の機能を営むものと認められるから、他人の不法行為により労働者が死亡した場合には、得べかりし障害給付金は、その逸失利益として相続人が相続によりこれを取得するものと解するのが相当である。

<4> そうすると、亡崇は昭和四六年九月一三日生まれで、本件事故当時二〇歳であつたから、平均余命の五六年間は、本件障害年金として毎年二〇四万三六〇〇円を受給できたものであり、これから生活費として五〇パーセントを控除し、年五分の中間利息をライプニツツ係数を用いて控除して計算すると、障害給付金に関する逸失利益の額は次のとおり一九一〇万六一二七円となる。

2,043,600×(1-0.5)×18.6985=19,106,127

(四) 慰謝料

前記一認定の本件事故の経過、態様、結果、その他本件記録に顕れた諸事情を考慮すると、亡崇の死亡による精神的苦痛を慰謝するには一六〇〇万円が相当である。

2  原告加藤の損害額

前記一認定の本件事故の経過、態様、結果、その他本件記録に顕れた諸事情を考慮すると、原告加藤の精神的苦痛を慰謝するには一〇〇万円が相当である。

3  原告新井の損害額

(一) 葬儀費用

証拠(甲一の1)、及び弁論の全趣旨によると、原告加藤と原告新井が離婚する際、原告新井が亡崇の親権者となつていること、亡崇の死亡届は原告新井がしていることが認められ、原告新井が亡崇の葬儀を営み、その費用を負担したと推認され、本件事故と因果関係のある損害としては五五万円を認めるのが相当である。

(二) 慰謝料

前記一認定の本件事故の経過、態様、結果、その他本件記録に顕れた諸事情を考慮すると、原告新井の精神的苦痛を慰謝するには一〇〇万円が相当である。

4  小括

以上によると、亡崇の人身損害(1(一)、(三)、(四))は合計三六一三万八一八五円、物的損害は二〇〇万円となり、原告加藤の固有の損害は一〇〇万円、原告新井の固有の損害は一五五万円となる。

5  過失相殺後の金額

前記認定のとおり亡崇の過失は五パーセントであるから、右損害についてそれぞれ過失相殺すると、亡崇の人身損害分は三四三三万一二七五円となり、その二分の一である一七一六万五六三七円を原告らがそれぞれ相続したこととなる。各原告固有の損害の過失相殺後の金額は、原告加藤の固有の損害分は九五万円、原告新井の固有の損害分は一四七万二五〇〇円となる。亡崇の物的損害分の過失相殺後の金額は一九〇万円となり、その二分の一である九五万円を原告らがそれぞれ相続したこととなる。

5  弁護士費用

(一) 原告加藤が本件訴訟の提起、遂行を同原告代理人に委任したことは当裁判所に顕著であるところ、本件事案の内容、審理経緯及び認容額等の諸事情に鑑み、同原告の本件訴訟遂行に要した弁護士費用は、人身損害分につき一八〇万円、物的損害分につき九万円を、同原告に認めるのが相当である。

(二) 原告新井が本件訴訟の提起、遂行を同原告代理人に委任したことは当裁判所に顕著であるところ、本件事案の内容、審理経緯及び認容額等の諸事情に鑑み、同原告の本件訴訟遂行に要した弁護士費用は、人身損害分につき一八五万円、物的損害分につき九万円を、同原告に認めるのが相当である。

6  総括

以上によると、原告加藤は被告靖昭(民法七〇九条)に対し、合計二〇九五万五六三七円の請求権があり、原告新井は被告靖昭(民法七〇九条)、同勝昭(自賠法三条)の各自に対し、人身損害分として二〇四八万八一三七円の、被告靖昭(民法七〇九条)に対し、物的損害分として一〇四万円の請求権がある。

三  よつて、原告加藤の被告靖昭に対する請求は、二〇九五万五六三七円及びこれに対する本件事故日である平成四年二月一一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がないからこれを棄却し、原告新井の被告靖昭、同勝昭に対する請求は、同被告ら各自に対し二〇四八万八一三七円、被告靖昭に対し一〇四万円及びこれらに対する本件事故日である平成四年二月一一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を認める限度で理由があり、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 南敏文 竹内純一 波多江久美子)

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