大判例

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東京地方裁判所 平成4年(ワ)8296号 判決 1993年6月24日

原告

株式会社X

右代表者代表取締役

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

松島洋

被告

Y観光開発株式会社

右代表者代表取締役

乙野次郎

右訴訟代理人弁護士

西村國彦

清水三七雄

上西浩一

主文

一  被告は、原告に対し、金二〇一二万円及びこれに対する平成四年三月一四日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文第一項と同じ。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告に対し、平成元年一一月二〇日被告と結んだ茨城県所在のウイルソンゴルフジャパン(本件ゴルフ場)のゴルフ会員権の購入契約(本件会員契約)について、右ゴルフ場の開場予定が平成三年五月にもかかわらず平成五年にならないと正式開場できない見通しであったので、平成四年三月一三日解除したとして、原告が被告に支払った預託金等二〇一二万円及びこれに対する解除の日の翌日である平成四年三月一四日から支払済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

一争いのない事実

1(本件会員契約の締結)

原告は、平成元年一一月二〇日被告の販売代理店である日本広販株式会社を通じ本件会員権を購入し、被告との間で本件会員契約を結び、入会金四〇〇万円、預託金一六〇〇万円及び消費税一二万円合計二〇一二万円を、平成元年一一月二〇日一〇万円、同月二九日一二〇二万円、同年一二月一四日八〇〇万円と分割して支払った。

2(本件ゴルフ場の開場予定)

本件会員権の募集のパンフレットに「開場平成三年五月」と書かれていた。

3(本件会員契約の解除の意思表示)

原告は、平成四年三月一三日、本件会員契約を開場遅延が相当期間を超えるとして解除するとの意思表示をした。

二争点

(本件ゴルフ場の開場遅延が解除事由となるか否か)

(原告主張)

入会契約の際のパンフレットに明示された開場の時期は、入会者にとり極めて重要な要素である。ところで、判例がゴルフ場の開場遅延を一定の範囲で認める理由は、「ゴルフ場の建設には、広大な用地と莫大な資金とを必要とし、法令上の制約も多く、用地の買収や行政庁の許可の取得に長期間を要することは周知の事実である。」ということにある。しかし、本件では、本件会員権の募集は、ゴルフ場の用地買収が完了し、かつ、行政庁からの最終認可を取得した時点以降に行われたものであり、本件ゴルフ場建設に残された主要な業務は、土木・建設・造園工事に過ぎず、被告は、右時点で開場時期を的確に判断することが可能であった。したがって、本件会員契約の平成元年一一月二〇日から一年半後のパンフレットに明示された開場時期の平成三年五月から二年を超える開場遅延は、ゴルフ場の開場遅延の限度を超えるもので、解除事由に当たる。

(被告主張)

正式開場は、開場予定の平成三年五月から二年と一七日後の平成五年六月一七日の予定である。また、右開場遅延の主な原因として、①設計者ピート・ダイによる本件ゴルフ場の設計変更及び右設計変更についての行政庁との協議、②右ゴルフ場の造成工事に必要な枕木の追加調達、③平成三年の台風一九号の風水害の発生、④右ゴルフ場の土木工事で、事前に予想した量の四倍近くの岩石が出土した予想外の障害といった事情が挙げられる。ゴルフ場建設の困難な作業は、用地買収及び行政庁からの許認可の取得に限られず、ゴルフ場の造成工事自体も含まれる。右事情は、ゴルフクラブのメンバーのためにより良いゴルフ場を目指した被告の熱意、あるいは、当初予想しなかった自然環境、自然災害であり、被告の責任とはいえないものである。右開場遅延の原因及びゴルフ場の開場遅延の限度を二年程度と考える判例の流れを考慮すると、右程度の開場遅延は、社会通念上許される範囲のものである。

第三争点に対する判断

一前記争いのない事実、当裁判所に顕著な事実並びに証拠(<書証番号略>、原告代表者、被告代表者丙野三郎)から次の事実が認められる。

1(本件ゴルフ場の造成の経緯)

被告は、昭和五九年一〇月設立され、昭和六一年三月茨城県のゴルフ場造成のための開発行為の事前許可を、昭和六三年一一月一八日最終認可として茨城県知事開発許可を受け、昭和六四年一月から工事を開始し、平成四年八月一二日都市計画法に基づく「開発行為に関する検査済証」(<書証番号略>)を、同月二四日森林法に基づく「森林開発行為の完了確認の通知」(<書証番号略>)を受けた(<書証番号略>、原告代表者、被告代表者丙野三郎)。

2(本件ゴルフ場の開場)

本件ゴルフ場は、二七ホール、約五一万坪の敷地であるが、平成元年春ころ作成された本件ゴルフ場の入会募集のパンフレット(<書証番号略>)には開場時期が平成三年五月と書かれていたところ、一年六か月経過した平成四年一〇月一日仮クラブハウスを建設した上で一八ホールにつき会員を対象とした視察オープン、一年七か月経過した平成四年一一月一四日ビジターをも対象とした仮オープンを行い、そして、平成五年五月二〇日クラブハウスの竣工検査を受け、六月一八日二七ホールにつきグランドオープン、すなわち、正式開場する予定である(<書証番号略>、被告代表者丙野三郎)。

3(開場遅延の原因)

本件ゴルフ場の開場が遅れた原因として次の四つが挙げられる(<書証番号略>、被告代表者丙野三郎)。

(1)  本件ゴルフ場のティーからグリーンまでの傾斜は、ほぼフラット、打ち下ろし、上に向かって打つの三種類が予定されていた当初のホールを、設計者ピート・ダイが、上に向かって打つホールをなくすように設計を変更したことに伴い茨城県との設計変更協議に時間を費やした。

(2)  ピート・ダイの設計の特色の一つに、土留めと美観の目的に枕木が大量に用いられることが挙げられるところ、当初ピート・ダイから要請されていた枕木の数は二万本であったが、工事が進むにつれて本数が増え、最終的には四万本になった。そのため、前記のホールの傾斜の変更の工事と共に、右枕木を確保するのに時間と費用を必要とした。

(3)  平成三年の台風一九号の茨城県通過に伴い、植えた樹木が風害のため倒れ、雨のためコースののり面を壊し、壊れたのり面の土砂が場内にある調整池に流入する等の被害の修復に時間と費用を必要とした。

(4)  本件ゴルフ場の工事を進めるに当たってゴルフ場の土木工事担当のゼネコン側が当初のボーリングに基づいてゴルフ場敷地から出土する岩石の量を一七万立方メートルと予測していたところ、現実には岩石が六三万立方メートル出てきたため、ダイナマイト処理等に時間を必要とした。

4(ピート・ダイの設計変更)

本件ゴルフ場の設計は、県の許可を得るまではヤシマ設計株式会社が担当して認可を得た後、昭和六三年四月八日以降はピート・ダイが担当し、ヤシマ設計が得た許可図面を基本として、設計を変更することとなった。ピート・ダイは、設計変更を、先ず図面上行い、続いて昭和六三年一一月一九日以降本件ゴルフ場の現地に則して行った。右ピート・ダイの現地に則した設計変更の主なものは、昭和六三年一一月、平成元年四月、七月と三回にわたって被告に申出が行われている(被告代表者丙野三郎)。

5(ゴルフ場建設の遅延の一般的理由)

ゴルフ場の建設が遅れがちな一般的な理由として、用地買収、土木工事担当のゼネコン業者の選定、行政庁の事前許可及び許可の条件となる地元民との協定が挙げられる。もっとも、ゴルフ場造成の最終認可を得ても、県等に提出した土木工事の工程表と違った工事をするには、工程表の変更届、県等との協議が必要となり、工事に遅れが出る場合もある(被告代表者丙野三郎)。

6(被告側の原告に対する対応)

原告が、本件会員契約をする際、本件会員権の販売代理業者である日本広販株式会社の臼井から本件ゴルフ場のパンフレットを示され、既に用地買収及び行政庁との事前協議を終え開発の最終認可も受け、早ければ平成二年秋には仮オープンできるかも知れないという説明を受けた。しかし、平成二年秋になっても、開場予定時期の平成三年五月になっても被告側から何の連絡もなかったため、本件ゴルフ場が開場できるのかどうかについて不安を感じ、帝国データバンクに被告の信用調査を依頼したところ、開場は平成五年三月末にずれ込む見込みで、被告のオーナーのロイヤル航空の関連会社が倒産したという情報を得て、本件ゴルフ場の開場に一層の不安を感じるとともに、被告の会員に対する対応に不満をもち、平成四年三月前記争いのない事実3の解除の意思表示をするに至った(<書証番号略>、原告代表者)。

7(本件ゴルフ場の他の会員の動向)

もっとも、本件ゴルフクラブの会員二〇〇〇名近くの中で、原告以外に、開場遅延を理由として被告相手に訴訟を起こしたものはいない(被告代表者丙野三郎)。

8(ゴルフクラブ入会者の保護の動き)

サービス産業界に対する行政指導で、ゴルフ場会員の募集は、許可の取得以降でなければ許さない、さらには、ゴルフ場の竣工検査以降でなければ許さないという傾向が見られ、さらには、平成四年五月には原則としてゴルフ場が開設された後でなければ、会員契約の締結を禁止すること等を規定した「ゴルフ場等に係る会員契約の適正化に関する法律」が制定されるに至った(被告代表者丙野三郎、当裁判所に顕著な事実)。

二右認定事実に従い争点(本件ゴルフ場の開場遅延が解除事由となるか否か)について検討する。

1 まず、ゴルフ場の建設には、広大な用地と莫大な資金を必要とし、各種の法令上の制約及び事実上の障害が多く、用地の買収、行政庁の許認可及びゴルフ場の建設工事等に相当長い期間を必要とし、右用地の買収等につき事情の変化も多く、ゴルフ場の開場が予定時期に多少遅れることは止むを得ないところであり、入会する会員としても予想すべきであることは、前記一の5のとおりで、裁判例でも承認されているところである。しかし、ゴルフクラブに入会する会員の本来的な目的は、ゴルフ場を会員として利用できることにあるから、ゴルフ場を開く企業は、ゴルフ場の建設が困難であることを理由に、会員の募集に当たって明示した開場時期が無意味になる程度に、ゴルフ場の開場を遅延させた場合には法的な責任を負うことは当然のことである。

2 ゴルフ場の開場の遅れが、ゴルフ場の建設が困難であることから、入会する会員としても止むを得ないとして許され、社会通念上許される期間の範囲は、ゴルフ場の開場が遅れた原因が、右の用地の買収、行政庁の許認可及びゴルフ場の建設工事等のいずれに該当するか、右原因がゴルフ場を開く企業にとり予想できたか否か、ゴルフ場を開く企業が開場の遅延について会員に納得のいく説明を尽くしたか否かといった観点から総合的に判断するほかない。

3  ところで、ゴルフ場の建設に当たり、ゴルフ場を開く企業にとり、用地の買収及び行政庁の許認可は、ゴルフ場の建設工事に比べて、ゴルフ場を開く企業の努力だけでは解決できないだけに、予測しにくい面がある。逆に、ゴルフ場の建設工事は、大規模で困難な作業ではあるが、工事に要する費用及び期間は今日の技術をもってすればある程度正確に予測することができるといえる。

4 そこで、前記一の2のとおり本件ゴルフ場の開場が当初予定していた平成三年五月から平成五年六月一八日まで二年と半月余り遅れたことが、入会する会員としても止むを得ないとして許され、社会通念上許される期間の範囲であるか否かを検討する。

(1) 本件では、右一の1及び2のとおり本件ゴルフ場の開場時期が記載されている本件ゴルフ会員の募集のパンフレット(<書証番号略>)は平成元年春ころ作成されたもので、右作成時には用地買収を終え、かつ、茨城県の事前許可及び最終認可も受けており、ゴルフ場の開場遅延の最大の原因は除去されていた。

(2) したがって、本件では本件ゴルフ場の建設工事による遅延が問題となるに過ぎないので、右建設工事による遅延の原因について検討する。右一の3のとおり、建設工事による遅延の原因は、ピート・ダイの設計変更、平成三年の台風一九号の影響、予測を超えて出土した岩石の量にある。しかし、ピート・ダイにより設計を変更することは右一の4のとおり入会募集のパンフレットの作成時には既に被告には分かっていたことであり、かつ、ピート・ダイの主な設計変更三回の内、最初の二回が既に右パンフレットの作成時には、残りの一回も原告が本件会員契約をした平成元年一一月には被告に申し出られていたもので、右設計変更はパンフレットの作成時又は原告の本件会員契約時には、被告が開場時期を予測する材料となり得たといえる。台風の通過又は予測を超えた岩石の量についても、被告として具体的に予測しなかった障害で、社会通念上許される開場の遅れの期間の範囲を画するに当たって、考慮すべき事情といえるが、他面、こうした障害は、ゴルフ場の工事の日程を立てる上で、必ずしも予測できない障害の幾つかの一つとして工事期間を予測するに当たって計算に入れられるべき種類のものとも思われる。

(3) 被告は、前記一の6のとおり、開場予定時期の平成三年五月になっても、原告ら本件ゴルフクラブ会員に、ゴルフ場建設の進捗状況について何らの説明もしなかった。

(4)  右(1)ないし(3)を考慮すると、本件ゴルフ場の開場の二年と半月余りの遅れは、もはや入会する本件ゴルフクラブ会員としても止むを得ないとして社会通念上許される期間の範囲を超えているといわざるを得ない。

5 もっとも、本件ゴルフ場は、本件口頭弁論終結時において開場が間近に予定されており、かつ、開場予定時期から一年半経過した時点で仮クラブハウスを建設した上で一八ホールにつき会員を対象とした視察オープン、一年七か月経過した時点でビジターをも対象とした仮オープンを行っている事情並びに前記一の7の本件ゴルフ場の他の会員の動向等を考慮すると、右4の(4)の結論は、被告に酷であるとする見解もあり得るところと思われるが、前記4で見た本件における開場の遅れの原因及び右原因の予測可能性に、前記一の8のゴルフクラブ入会者の保護の動き等に照らして、当裁判所は、右4の(4)の結論を維持せざるを得ないと考える。

6(解除の意思表示の効力)

前記争いのない事実3の解除の意思表示をした平成四年三月一三日の時点ではまだ一年を超えておらず、右4の(1)ないし(3)の事情に照らしても右時点の遅れは、社会通念上許される期間の範囲を超えているとは認められない。しかし、当裁判所に顕著なとおり本訴を提起し今日まで訴訟を追行している事実から口頭弁論終結時の平成五年五月二〇日現在も原告が本件会員契約を解除する意思表示を維持していると認めることができ、前記のとおり本件ゴルフ場の開場が結局二年と半月余り遅れる事実に照らせば、本件訴訟の提起及び追行による解除の意思表示によって、本件会員契約は有効に解除されたということができる。

三(結論)

以上のとおり原告の本訴請求は全部理由がある。

(裁判官宮﨑公男)

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