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東京地方裁判所 平成4年(ワ)70242号 判決 1993年3月22日

甲及び乙事件原告兼丙事件被告(以下「原告」という。)

大興物産株式会社

右代表者代表取締役

渥美直紀

右訴訟代理人弁護士

福原弘

白井徹

甲及び乙事件被告兼丙事件原告(以下「被告」という。)

日鐵商事株式会社

右代表者代理取締役

木村修一

右訴訟代理人弁護士

瀬尾信雄

橋本副孝

吾妻望

日野義英

甲及び丙事件右訴訟代理人弁護士

滝口弘光

主文

一  原告と被告間の東京地方裁判所平成三年(手ワ)第一〇一九号約束手形金請求事件について同裁判所が平成三年一一月一日に言い渡した手形判決を認可する。

二  被告は、原告に対し、金三億三四七九万四七六五円及びこれに対する内金一億五六四八万二八一五円については平成三年一〇月一〇日から、内金一億七八三一万一九五〇円については同年一一月一〇日から、各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  被告の反訴請求を棄却する。

四  訴訟費用は、甲(異議申立後のもの)、乙及び丙事件を通じて、被告の負担とする。

五  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一甲事件(本訴)

被告は、原告に対し、金一億四五三九万八七一四円及びこれに対する平成三年八月一〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二乙事件(本訴)

主文第二項同旨

三丙事件(反訴)

原告は、被告に対し、金一億三二四六万一六六七円及びこれに対する平成三年九月一〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原被告間でなされた別紙取引目録記載の中古仮設材等の取引に関して、① 原告の被告に対する、同目録一記載の各取引(以下「本件第一取引」という。)の支払のため被告が振り出した別紙手形目録一記載の約束手形(以下「本件第一手形」という。)二通の各手形金及び満期日以後の法定利息の支払請求を全部認容した手形判決に対して、被告から適法な異議の申立てがあった事件(甲事件)、② 原告が、被告に対し、別紙取引目録三及び四記載の各取引(以下「本件第三取引」という。)の支払のため被告が振り出した別紙手形目録三及び四記載の約束手形(以下「本件第三手形」という。)一〇通の各手形金及び満期日以後の法定利息の支払を求めた事件(乙事件)及び③ 被告が、原告に対し、別紙取引目録二記載の各取引(以下「本件第二取引」という。)の錯誤無効ないし解除を主張して、支払済みの代金の返還及び法定利息の支払を求めた事件(丙事件)である。

一争いのない事実

1  当事者

原告は、建設資材、建設機械、産業機械等の加工及び販売を事業目的とする株式会社であり、被告は、鉄鋼、同加工品等の卸しなどを事業目的とする株式会社である。

2  鋼材等の取引

原告は、別紙取引目録記載のとおり、平成三年三月二〇日から同年六月二〇日までの間、被告に対して、中古仮設材等を売却した(以下、別紙取引目録記載の売買を総称して「本件売買」という。)。

右本件売買は、いずれも、客観的には、訴外株式会社二見商会(以下「二見商会」という。)から、順次、原告、被告、訴外産業振興株式会社(以下「産業振興」という。)を経て、再び二見商会へと転売される環状の継続して行われていた取引(以下「本件環状取引」という。)の一部分としてなされたものであった。

3  手形の振出

被告は、本件売買の代金支払のため、別紙手形目録記載のとおり、原告を受取人として、本件第一取引については本件第一手形を、本件第二取引については別紙手形目録二記載の手形(以下「本件第二手形」という。)を、本件第三取引については本件第三手形をそれぞれ振り出した。

4  各手形の決済状況等

原告が右各手形を各呈示期間内に呈示したところ、被告は、本件第二手形については支払を行ったものの、その余の本件第一手形及び本件第三手形については支払をいずれも拒絶し、右各手形は原告が所持している。

5  契約解除の意思表示

被告は、本件売買について、本件第一取引は平成三年九月二六日に、本件第二取引は平成四年一〇月一二日に、本件第三取引は同年一一月二日に、いずれもその五日以内に各目的物である中古仮設材等(以下「本件仮設材」という。)を引渡さなければ各契約を解除する旨の意思表示を行い、それぞれ、平成三年九月二七日、平成四年一〇月一三日、同年一一月二日に原告に到達した。

二争点

1  本件売買の被告の意思表示に要素の錯誤があったか。錯誤があったとした場合に、その無効を原告に対し主張できるか。

(一) 被告の主張

被告は、本件売買が、いずれも、原告が、訴外鹿島建設株式会社(以下「鹿島建設」という。)等の建設業者から、その建設現場から生じた仮設材等を買い集め、これを被告に売却し、以下順次、産業振興、二見商会へと転売される目的物の実際に流通する取引の一部分であり、通常の売買契約と認識していたところ、真実は、二見商会に始まり二見商会に至る目的物の存在しない架空の環状の取引の一部分であった。右の目的物の存在又は目的物の流通は売買契約の要素であるから、被告の意思表示には要素の錯誤があり、本件売買はいずれも無効である。

従って、原因関係を欠くから、被告に本件第一手形及び本件第三手形を支払うべき義務はなく、また、支払済みの本件第二取引については義務なくして支払ったものとして代金の不当利得返還請求を行なう。

(二) 原告の主張

本件売買の目的物である本件仮設材は存在したし、また、被告は、本件売買が本件環状取引の一部分を構成するものであり、本件仮設材の流通を伴わないものであることを知っていたから錯誤はない。これを知らなかったとしても、動機の錯誤にすぎないし、被告は中間介入商社として金利と口銭を得るために介入したもので、本件売買の実質的性格は消費貸借及び委託に基づく第三者弁済契約(被告が原告に対し売買代金相当額を貸し付け、産業振興が原告からの委託に基づき弁済する。)であるから、目的物である本件仮設材の存在や流通は必要ではなく、要素の錯誤とはならない。

仮に被告に錯誤があったとしても、本件売買での納入場所が被告所有地であったこと、原告と被告は本件環状取引を約一四年もの間続けこの間被告は一回も商品の納入の有無を確認したことがないこと等の事実からすれば、被告に重大な過失があるというべきであるし、加えて、被告は産業振興に対し売買代金を請求できるのに関連会社である産業振興を守るため支払を拒絶していること等の事実からすれば、原告に対しその無効を主張することは信義則に反し許されない。

2  本件売買は解除されたか。解除の主張が信義則に反するか。

(一) 被告の主張

被告は、原告が本件売買につき本件仮設材の引渡しを行わないので、前記のとおり、各契約を解除した。

従って、原因関係を欠くから、被告に本件第一手形及び本件第三手形を支払うべき義務はなく、また、支払済みの本件第二取引については義務なくして支払ったものとして代金の不当利得返還請求を行なう。

(二) 原告の主張

本件売買は環状取引であるから、そもそも本件仮設材の引渡しを予定していないものである。本件仮設材の引渡義務は、環状取引の完成した時点で混同により消滅しており、又は、現実に引渡しが行われており履行済みである。

仮に解除が形式的に要件を満たすとしても、前記1(二)の事実からすれば、右解除は信義則に反するものであり許されない。

第三争点に対する判断

一争点1(錯誤の有無及び錯誤無効の主張の可否)について

1  まず、本件売買をなすにあたって被告の意思表示に要素の錯誤が存在したかどうかについて判断する。

(一) 証拠(<書証番号略>並びに証人芝野、同村上、同戸川及び同岡本)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) 二見商会は、訴外伊藤忠商事株式会社(以下「伊藤忠商事」という。)に勤務していた訴外二見正夫(昭和四七年に独立のため伊藤忠商事を退職した。以下「二見正夫」という。)が、昭和四八年一一月に鉄鋼、同加工品の卸し等を主な事業目的として設立した株式会社で、資本金は一〇〇〇万円、従業員数は一五名で、平成二年七月期の売上高は約一一七億円であった。

産業振興は、昭和一二年九月に設立された鋼材、金属屑の卸し等を事業目的とする株式会社で、資本金は三億九〇〇〇万円、従業員数が約一三〇〇名、平成三年三月期の売上高は約七八〇億円であった。

被告は、昭和五二年八月に設立され、同年一一月には大阪鋼材株式会社及び入丸産業株式会社(以下「入丸産業」という。)を吸収合併した鉄鋼、同加工品の卸し等を事業目的とする株式会社(商社)で、資本金は八九億六〇〇〇万円(その発行済株式総数の四割弱程度を訴外新日本製鉄株式会社(以下「新日鉄」という。)が保有している。)、従業員数が約九五五名、平成三年三月期の売上高は約一兆〇七七六億円であった。

原告は、昭和二二年一〇月に鹿島建設の全額出資のもと設立された建設資材、建設機械、産業機械等の加工及び販売を事業目的とする株式会社で、資本金は四億円(その発行済株式総数の八割程度を鹿島建設が保有している。)、従業員数が約二八〇名、平成三年三月期の売上高は約一七八〇億円であった。

(2) 二見正夫は、伊藤忠商事で建材課長の職務にあり、同社の鉄鋼建材部門を担当していたことから、新日鉄の鉄鋼販売部門とは密接な人的関係を有しており、独立後も新日鉄の関連企業との取引が多く、また、産業振興及び被告は、いずれも新日鉄が大株主であり、代表取締役等に新日鉄出身者が就任するなど人事面でも新日鉄と強く結びついた関連企業であって、右三社は相互に主な取引先の関係にあった。そのため、被告は、産業振興に対し、昭和五八年二月から自己の所有する千葉県浦安市港<番地略>の土地(以下「本件土地」という。)を、昭和六一年一〇月からは同地上に建築した倉庫をそれぞれ貸し渡し(右倉庫については、平成二年四月からは倉庫業務の委託契約を含むものとなった。)、更に産業振興は、仮設材置場として使用するとともに、二見商会に対し右土地を転貸し、その管理を委ねるなどしていた。

他方、原告は、入丸産業と鋼材取引を行っていた関係で被告とは継続して取引を行っていたものの、二見商会とは本件環状取引の一部としてなされていた売買のほかに取引はなく、産業振興とも後記の伊藤忠商事の介入した環状取引及び本件環状取引を除いてほとんど取引は行っていなかった。また、前記のとおり、原告は鹿島建設と密接な関係を有している会社であり、鹿島建設の建設現場から発生した仮設材等の取引は訴外丸藤シートパイル株式会社がほぼ独占していたが、右事実は業界での公知の事実とまでいえるものではなかった。

(3) 昭和五二年ころ、二見正夫は、当時原告の鉄鋼資材部長の職にあった訴外芝野清彦に対し、原告が、二見商会と被告との間の中古仮設材等の継続取引に介入し、二見商会から右仮設材等を仕入れてこれを被告に転売するが、その処理はすべて書類上で行い、原告及び被告間の取引数量、価格等については二見商会と被告との決定に基づき二見商会が原告に指示するという継続取引(本件環状取引の一部分)の申込みを行った。原告は、自己の直接の取引(転売)先が被告であり、同社の信用には全く問題がなかったことから、これを承諾することとしたが、二見正夫を信用し、また、同人と被告との人的関係が緊密であると思っていたため、右継続取引は二見商会と被告が十分打ち合せをした上での話であると判断し、二見商会と被告間で話合いがなされたか否か及びその内容については聞くことはせず、また、特段被告に確認することも行わなかった。

右継続取引(本件環状取引のうち、二見商会から被告までの取引)の内容は次のとおりであった。

ア 二見商会及び原告間の取引

(ア) 取引は、毎月二〇日締めとし、二見商会が毎月の取引の品目、数量及び価格(各単価)を記載した請求書、納品書等を遅くとも毎月二三日ころまでに原告に送付する。

(イ) 支払は、各月二〇日締め、当月末日払いとする。ただし、金額は、請求書記載の金額から一三〇日分の原告の金利を差し引いた額とする。

イ 原告及び被告間の取引

(ア) 各月の取引の品目及び数量は二見商会の原告に対する請求書記載のものとし、価格は右請求書記載の価格に原告の口銭(仲介手数料であり、その金額は二見商会が商社間の通常レートにより決定し、一定であったが、公定歩合の変動があった場合には協議の上改訂する。)を加えたものとする。

(イ) 被告の支払は、各月二〇日締め、当月末日に、同日から一三〇日後の日を満期とする約束手形によって行う。

なお、右のうち、各代金額の点は後日改められ、本件売買当時は、二見商会からの請求書どおりの金額を原告が支払い、これに口銭と金利を加えた額を被告が支払うこととされた。また、右各取引は書類上のものであり、受渡場所や納期等は話し合われなかった。

(4) 本件環状取引は、主に二見商会にあっては金融の便を得ることができ、また、中間者である原告、被告及び産業振興にあっては労せずして口銭及び金利を得られるとともに、売上高を向上させうるものである。昭和四〇年ころから昭和五〇年代前半ころまでの間は、各商社は経常利益よりも売上高を競っており、これを伸ばすためあるいは取引先の金融支援のため、本件環状取引のように、売買に介入する取引は珍しいものではなかった。

(5) 本件環状取引の開始は前記の昭和五二年ころであるが、同年一一月当時新日鉄の建材部長であった訴外高橋悠紀夫は、同年八月に設立された被告の取引について強い影響力を持つ者で、昭和五五年六月被告の常務取締役に就任し、国内の建材部及び建設部の業務を担当しており、平成元年ころまで本件取引もその担当範囲であったところ、高橋は被告の売上を伸ばす必要を感じる一方、二見商会の代表者二見正夫と親しく、昭和四八年に独立したばかりの二見商会を金融面で支援する意思があり、また、被告の建材部部長である訴外南谷昌秀は、昭和五五年当時は建材部建材課長、昭和六一年ないし六二年ころ本件取引の担当部長であったところ、二見商会倒産まで同社の顧問でもあるなど、被告と二見商会とは人的に密接な関係にあった。

(6) 本件環状取引は、以後、本件第一手形の支払が拒絶されるまでの間、一切のトラブルもなく書類上の処理のみで継続して行われ、その取引額は、毎年少なくとも億単位を下ることはなかった。

本件環状取引の昭和六〇年ころ以降の担当者間の事務処理は、次のとおりである。

ア 原告担当者(訴外村上雅之(以下「村上」という。)及び同戸川弘子(以下「戸川」という。))は、毎月二〇日ころ、二見商会から原告に請求書が送付されてくるので、その品目及び数量についてはそのまま、単価については原告の口銭と金利(いずれも品目毎に一覧表が二見商会から原告に送られている。)を加算し、被告宛の請求書(なお、本件売買の請求書である<書証番号略>には納入場所欄が不動文字で印刷されているが、いずれも具体的な記載はなく空欄となっている。)に転記してこれを納品書(なお、本件第一取引の納品書である<書証番号略>には納入日欄が不動文字で印刷されているが、年及び月は記載されているものの、日にちの記載はない。)とともに被告に送る。

その後、原告では、社内的な売上計上手続及び支払手続を行い、二見商会に対しては、注文書及び受領書を郵送する。

そして、毎月二八日ころ、被告の経理部に電話をして、被告の原告に対する支払金額の確認を行い、これが終わると、毎月末日に被告に赴いて約束手形を受領し、その日に二見商会に対する支払を銀行振込によって行うと、その翌月上旬ころに二見商会から前月分の注文請書が送られてくる。

イ 被告担当者(岡本伸一(以下「岡本」という。))は、原告から請求書及び納品書が到着すると、二見商会に内容を確認して(二見商会の担当者は訴外青柳某。当初は産業振興に確認していたが、岡本は後記のとおり当該取引においては産業振興と二見商会を一体のものとして考えていたところ、産業振興から二見商会に直接確認してもらいたい旨要請された。)、売買伝票を作成するとともに、産業振興宛ての請求書を作成してこれを送付し(右送付も当初は産業振興に向けて行っていたが、請求書等の内容確認と同様に二見商会に行ってほしい旨要請されたため、二見商会へと行っていた。)、原告に対し約束手形を振り出した一か月後に一二五日ないし一五〇日後の日を満期とする約束手形を産業振興から受け取り、決済する。

ウ 右村上、戸川及び岡本の間で特段折衝が行われたことはなかったが、原告から被告に対しては、請求書及び納品書のほか、受領書が納品書と一体のものとして送付されており、当初被告から返送されずにいたところ、岡本から戸川に対し、被告社内の支払手続上必要なので見積書を出して欲しい旨の要望があり、その交換条件として戸川は受領書の送付を要望したため、以後は原告が見積書を送付し、被告が受領書を返送することとなったが、その際、見積書の各記載について、岡本は戸川の問に対して、日付は前月二一日から当月二〇日までの土、日、祭日以外の適当な日を、納入場所は「御指示の通り」と、納期は「御打合せ通り」と、荷造運賃は「車上渡し」と各記載するよう要請した。

(7) 村上及び戸川は、いずれも本件環状取引を担当するにあたって、その内容の詳細の説明は受けたことはなかったが、書類上から目的物である本件仮設材の流通の伴わない取引であることは認識していた。一方、岡本は、前任者からの引継ぎに際して、本件環状取引の一部分に相当する原告との継続取引が、鹿島建設等の建設業者から仮設材等を買い集めた原告が、これを産業振興ないし二見商会(同人は右両者を本件取引にあっては一体のものと考えていた。)へ転売する目的物の実際に流通する取引に、被告が介入するものであるとの説明を受け、その認識のもと事務処理にあたってきており、本件仮設材は本件土地上で原告から産業振興ないし二見商会へと直接引渡されているものと考えていた。

(8) 原告は、本件環状取引のほか、ほぼ同時期に、二見商会に始まり、以下順次、伊藤忠商事、原告、産業振興を経て、再び二見商会へと転売されるに至る環状取引を行っていたが、昭和六一年八月ころ産業振興の取引先の信用不安が生じ、これが産業振興に波及することをおそれて右環状取引は停止することとしたが、本件環状取引においては、被告の信用に問題がないことから、以後も継続することとした。

(9) 岡本は、平成三年七月一一日に東京都中央区茅場町所在の二見商会本社事務所に赴き本件環状取引について調べていた際、二見正夫から本件環状取引の実態について聞くこととなり、被告は本件売買の支払を停止するに至ったため、原告は、本件仮設材に関し、前記の事務処理手続に従って、本件環状取引における自己の前者である二見商会に対して代金を支払い、自己の後者である被告に対して代金額受領のため本件第一及び第三手形を呈示したものの、その支払を拒絶されることとなった。二見正夫は、健康を害して長期入院しており、二見商会は、右の間、平成三年九月二日及び同月五日に手形の不渡りを出して倒産した。

(二) 右認定の事実及び前記争いのない事実によれば、本件環状取引は、二見正夫によって計画された二見商会に始まり二見商会に至る目的物たる本件仮設材の流通を伴わない書類上だけの取引であり、本件売買は右本件環状取引の一部分であったが、被告と二見商会及び産業振興の関係が深い等の事情は存するものの、被告が本件売買が環状取引の一環であることを知っていたとまで認めることに困難といわざるを得ない。

しかしながら、右認定の事実によれば、被告は、売買の目的物が直接原告から産業振興又は二見商会へと引き渡される取引に介入するのであり、被告自身は目的物の流通に何ら関与するものではなく、単に金融取引に過ぎないという認識を有していたものと認められるから、原告との間の本件売買の内容において実際との相違は何ら認められない。したがって、仮に、被告が本件仮設材が実際に流通しているものと信じたとしても、右錯誤は、単に動機の錯誤にすぎないというべきであるが、右動機が本件売買成立にあたって表示されていたかどうかはおくとしても、本件売買をなすにあたって、被告が本件仮設材の実際の流通を重視し、もし実際には流通していないことが分かればそれだけの理由で本件売買をなさなかったであろうと認めることは困難であり、本件でも、産業振興からの売買代金の回収に不安が生じたため、転売取引における自己の前者である原告に対する支払を拒絶し又はその返還を主張しているものと推認せざるを得ないから、結局、いまだ法律行為の要素に錯誤があったということはできない。

(三) なお、被告は、右のほか、本件売買が目的物の存在しない架空売買であり、この点についても錯誤があった旨主張するが、前記認定の事実によれば、本件仮設材が特定物であったと認めることはできず、本件売買は中古仮設材を目的物とした(限定)種類物売買であると解するほかないところ、右中古仮設材等が不存在であると認めるに足りる証拠はない(本件売買当時、二見商会の在庫に存在しなかった、あるいは、本件土地上に存在しなかった等というのみでは足りない。)から、これを事後的に目的物の引渡しがないという面を捉えて解除事由等として主張する(争点2)ことは格別、契約締結時の錯誤として主張することはできないものといわなければならない。

2  そうすると、その余の点について判断するまでもなく、被告の錯誤無効の主張は理由がない。

二争点(解除の可否)について

1  前記認定の事実によるも、原被告間の本件売買において、原告が主張するところの本件仮設材の引渡し義務が混同により消滅したことを基礎付ける事実、履行済みであるとの事実及び引渡しが不要とされていたとはいずれも認めることはできず、他にこれらを認めるに足りる証拠はない。

したがって、買主たる被告が売主たる原告に対し、目的物たる本件仮設材の引渡しを求め、その不履行を理由に契約の解除を行うことも理由がないではない。しかしながら、前記認定の事実、とりわけ、原被告間の継続取引にあたって被告は本件仮設材の目的物の流通に何ら関与するものではなく右流通を特段重視していたとは認められないこと、被告の認識としていわゆる介入売買を行うものであり金融取引としての意義しか有していなかったこと等の事情に鑑みれば、被告が原告に対し、本件仮設材等の引渡しを求め、その不履行を理由に本件売買を解除するのは、信義誠実の原則に反し許されないものというべきである。

2  したがって、被告の解除の主張は理由がない。

三以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由があり、甲事件の主文第一項掲記の手形判決は相当であるからこれを認可し、乙事件の本訴請求はこれを認容し、被告の丙事件の反訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官星野雅紀 裁判官河野泰義 裁判官江原健志)

別紙手形目録(いずれも約束手形である。)

一1 金額 金一億円

満期 平成三年八月一〇日

支払地 東京都千代田区

振出地 東京都港区

支払場所 株式会社東海銀行東京営業部

振出日 平成三年三月二九日

振出人 日鐵商事株式会社(被告)

受取人 大興物産株式会社(原告)

2 金額 金四五三九万八七一四円

その他の記載事項は右1と同じ。

二1 金額 金二六一九万七一四五円

満期 平成三年九月一〇日

振出日 平成三年四月三〇日

その他の記載事項は右一1と同じ。

2 金額 金九六四三万五五四一円

その他の記載事項は右二1と同じ。

3 金額 金九八二万八九八一円

その他の記載事項は右二1と同じ。

三1 金額 金一億円

満期 平成三年一〇月一〇日

振出日 平成三年五月三一日

その他の記載事項は右一1と同じ。

2 金額 金一四八万二八一五円

その他の記載事項は右三1と同じ。

3 金額 金五〇〇万円

その他の記載事項は右三1と同じ。

4 金額 金五〇〇〇万円

その他の記載事項は右三1と同じ。

四1 金額 金一億円

満期 平成三年一一月一〇日

振出日 平成三年六月二八日

その他の記載事項は右一1と同じ。

2 金額 金五〇〇〇万円

その他の記載事項は右四1と同じ。

3 金額 金二〇〇〇万円

その他の記載事項は右四1と同じ。

4 金額 金三一万一九五〇円

その他の記載事項は右四1と同じ。

5 金額 金五〇〇万円

その他の記載事項は右四1と同じ。

6 金額 金三〇〇万円

その他の記載事項は右四1と同じ。

別紙取引目録

一 取引日平成三年三月二〇日のもの

1 目的物 鋼製覆工板MD一〇〇〇×二〇〇〇(一五〇〇m2)

代金額 金三二六七万六七五〇円

2 目的物 シートパイルFSP―3(二七〇トン)

シートパイルFSP―4(380.5トン)

代金額 金五七三五万三二八四円

3 目的物 H型鋼三〇〇×三〇〇(二八二トン)

H型鋼四〇〇×四〇〇(四三〇トン)

代金額 金五五三六万八六八〇円

二 取引日平成三年四月二〇日のもの

1 目的物 鋼製覆工板MD一〇〇〇×二〇〇〇(四六〇m2)

代金額 金九八二万八九八一円

2 目的物 シートパイルFSP―2(631.776トン) シートパイルFSP―3(323.7トン)シートパイルFSP―4(172.557トン)

代金額 金九六四三万五五四一円

3 目的物 H型鋼四〇〇×四〇〇(216.72トン) H型鋼四〇〇×四〇〇(143.792トン)

代金額 金二六一九万七一四五円

三 取引日平成三年五月二〇日のもの

1 目的物 鋼製覆工板MD一〇〇〇×二〇〇〇(一四六〇m2) 鋼製覆工板MD一〇〇〇×三〇〇〇(三九〇m2)

代金額 金三九五二万九五九八円

2 目的物 シートパイルFSP―2(138.24トン) シートパイルFSP―3(二一六トン) シートパイルFSP―4(182.64トン)

代金額 金四五八九万七八七一円

3 目的物 H型鋼三〇〇×三〇〇(一四一トン) H型鋼三五〇×三五〇(301.4トン) H型鋼四〇〇×四〇〇(206.4トン) H型鋼四〇〇×四〇〇(206.4トン) H型鋼五八八×三〇〇(113.25トン)

代金額 金七一〇五万五三四六円

四 取引日平成三年六月二〇日のもの

1 目的物 鋼製覆工板MD一〇〇〇×二〇〇〇(一〇四〇m2) 鋼製覆工板MD一〇〇〇×三〇〇〇(三九〇m2)

代金額 金三〇五五万五三一〇円

2 目的物 シートパイルFSP―2(一九二トン) シートパイルFSP―3(一二〇トン) シートパイルFSP―3(一六二トン) シートパイルFSP―4(342.45トン)シートパイルFSP―4(190.25トン)

代金額 金八六〇六万二七八二円

3 目的物 H型鋼三〇〇×三〇〇(二八ニトン) H型鋼三五〇×三五〇(一三七トン) H型鋼四〇〇×四〇〇(四三〇トン)

代金額 金六一六九万三八五八円

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