東京地方裁判所 平成4年(ワ)20699号 判決 1994年11月15日
原告
岩崎和夫
原告
吉原迪典
原告
髙坂芳子
原告
長沼文男
原告
堀田芳幸
原告
小川栄
右原告六名訴訟代理人弁護士
笠井治
同
上本忠雄
被告
株式会社小暮釦製作所
右代表者代表取締役
小暮やす
右訴訟代理人弁護士
河本毅
同
高橋一郎
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 (主位的請求)
被告は、原告岩崎和夫に対し六一万四五八八円、原告吉原迪典に対し四七万三一五〇円、原告髙坂芳子に対し三九万七〇二七円、原告長沼文男に対し五五万四〇九六円、原告堀田芳幸に対し五九万五三九二円、原告小川栄に対し三九万一六九四円、及びこれらに対する平成四年一二月二日から支払済みに至るまで年五分の割合による各金員を支払え。
(予備的請求)
被告は、原告岩崎和夫に対し一八万四〇三四円、原告吉原迪典に対し一三万七八五九円、原告髙坂芳子に対し一一万八〇七一円、原告長沼文男に対し一六万五一五五円、原告堀田芳幸に対し一七万六一〇六円、原告小川栄に対し一一万四四〇四円、及びこれらに対する平成四年八月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による各金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 主文同旨
2 仮執行免脱の宣言
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告らは、いずれも平成四年七月当時、被告に雇用される従業員であった。
2 被告は、その就業規則において、賞与を年二回、七月及び一二月に支給することとしている。
3 被告は、原告らに対し、平成四年七月を経過するも、平成四年度の夏季賞与を支払わない。
4(一) 主位的請求原因
被告においては、賞与額は概ね前年度実績を下回らない旨の労働慣行が存在するところ、原告らが被告から支給された平成三年度夏季賞与額は、原告岩崎和夫が六一万四五八八円、原告吉原迪典が四七万三一五〇円、原告髙坂芳子が三九万七〇二七円、原告長沼文男が五五万四〇九六円、原告堀田芳幸が五九万五三九二円、原告小川栄が三九万一六九四円であり、平成四年度夏季賞与額がこれを下回ることはない。
(二) 予備的請求原因
(1) 被告就業規則によれば、夏季賞与は基本給の〇・五か月分、冬季賞与は基本給の一か月分とされている。
(2) 右規定は、年二回支給する賞与の最低額を定めたものであり、平成四年度夏季賞与については、原告らにつき減額すべき要素はなく、また、前年度以前の支給慣行も右規定の額を上回るものであった。
したがって、原告らは、少なくとも基本給の〇・五か月分に相当する夏季賞与請求権がある。
(3) 原告らの平成四年度における基本給月額とその〇・五か月分に相当する金額は、次のとおりである。
原告 基本給 〇・五か月分
岩崎和夫 三六万八〇六八円 一八万四〇三四円
吉原迪典 二七万五七一九円 一三万七八五九円
髙坂芳子 二三万六一四二円 一一万八〇七一円
長沼文男 三三万〇三一〇円 一六万五一五五円
堀田芳幸 三五万二二一二円 一七万六一〇六円
小川栄 二二万八八〇九円 一万四四〇四円
よって、原告らは、被告に対し、賞与請求権に基づき、平成四年度夏季賞与として、主位的に平成三年度夏季賞与額と同額の金額及びこれに対する支払期日の経過した後である平成四年一二月二日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による各遅延損害金の支払、予備的に基本給の〇・五か月分に相当する金額及びこれに対する支払期日の経過した後である平成四年八月一日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による各遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1ないし3の事実はいずれも認める。
2 請求原因4(一)のうち、平成三年度夏季賞与額は認めるが、その余は否認ないし争う。
昭和五九年度冬季、昭和六〇年度冬季、昭和六一年度夏季、平成二年度夏季及び冬季等の各賞与は、前年度実績を下回っている。
3 請求原因4(二)のうち、被告就業規則の存在は認めるが、その余は否認ないし争う。
三 被告の主張
1 被告は、原告らが所属する訴外小暮釦分会との間で、平成元年四月八日付「協定書」を作成し、その第一項で「会社は、会社で働く労働者の雇用・労働条件については、組合と協議・合意してから決定する。」と約定した。被告は、これに従い、右小暮釦分会と賞与支給について協議、決定してきたが、平成四年度夏季賞与については未妥結である。
2 被告と小暮釦分会間の平成元年四月八日付「協定書」第一項は、賞与の支給基準・額等について何ら具体的に定めておらず、いわんや「少なくとも前年同期の支給実績」を支給する旨の定めもない。
四 原告らの反論
原告らが所属する訴外全統一労働組合及び同組合小暮釦分会は、被告に対し、平成四年三月一二日付「要求書」及び同月一九日付「団体交渉等の開催等についての申し入れ書」によって、賃金引上げ及び退職金額の明示等を議題とする団体交渉を申し入れた。しかるに、被告は、右組合の申し入れ書の記載を「筋違いのもので、会社は容認しかねる。」などとして、団交申入れに対して返答すらせず、同年三月一三日には組合関係者により被告代表者が暴行を受けたと称し、同月二一日付「通知書」において、被告が右暴行事件の加害者とする訴外鳥井一平を部外者として、「部外者鳥井一平及び貴分会の謝罪及び確約がなされない限り、今後貴分会及び外部者との協議交渉に応じられないことを通知する。」とし、以来、一貫して団体交渉を拒否している。
しかし、被告が主張する暴行事件なるものはそもそも存在しないのであるから、被告は、団交を正当な理由なく拒否しながら、団交がないことを理由に賞与の支払を拒否しているものであって、かかる対応は到底許されない。
第三証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これらを引用する(略)。
理由
一 請求原因1ないし3の事実はいずれも当事者間に争いがない。
二 請求原因4について
1 賞与は、労働基準法一一条所定の労働の対価としての広義の賃金に該当するものであるが、その対象期間中の企業の営業実績や労働者の能率等諸般の事情により支給の有無及びその額が変動する性質のものであるから、具体的な賞与請求権は、就業規則等において具体的な支給額又はその算出基準が定められている場合を除き、特段の事情がない限り、賞与に関する労使双方の合意によってはじめて発生すると解するのが相当である。
これを本件についてみるに、成立に争いのない(証拠略)によれば、被告の「服務規定」第二七条は、「賞与は、年二回、七月及び十二月に左の通り支給する。但し、支給額は、その勤務成績、勤続年数及び会社の業務成績等により増減することがある。尚、勤続六ケ月未満の者及び前半期の出勤日数が八割に満たない者に対しては減額する。七月・基本給の0・五ケ月分、十二月・基本給の一ケ月分」と規定していることが認められるところ、右規定が「支給額は、その勤務成績、勤続年数及び会社の業務成績等により増減することがある。」と定めているから、これによって直ちに具体的支給額が算出されるものではない。また、(証拠略)によれば、被告は、原告らが所属する全統一労働組合及び同組合小暮釦製作所分会との間で、平成元年四月八日付「協定書」を作成し、「会社は、会社で働く労働者の雇用、労働条件については、組合と協議、合意してから決定する。」と約定したことが認められるが、被告が右小暮釦製作所分会と平成四年度夏季賞与についてはいまだ妥結をしていないことは当事者間に争いがない。
2 主位的請求(請求原因4(一))について
原告らは、被告においては賞与額は概ね前年度実績を下回らない旨の労働慣行が存在すると主張する。
しかし、これを認めるに足りる証拠はなく、かえって弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる(証拠略)によれば、そのような慣行がないことが認められる。そもそも、前叙のとおり、賞与額は、対象期間中の企業の実績や労働者の能率等により支給の有無及び額が変動することが予定されているのであって、前年度実績による賞与請求権が具体化していると解するのは、当事者の合理的意思に反するといわなくてはならないから、原告らの右主張は失当である。
よって、右主張を前提とする主位的請求は理由がない。
3 予備的請求(請求原因4(二))について
原告らは、被告が、団体交渉を正当な理由なく拒否しながら、団体交渉がないことを理由に賞与の支払を拒否することは許されないから、少なくとも前記服務規定が定める基本給の〇・五か月分に相当する夏季賞与請求権があると主張する。
しかし、仮にそのような事実があったとしても、これは不当労働行為の問題として別個に救済されるべきであり、不当労働行為が成立するからといって、直ちに私法上の具体的な賞与請求権が発生するものではないから、原告らの右主張は失当である。
そうしてみると、原告らが請求する平成四年度夏季賞与については、具体的な賞与請求権が発生していると解すべき特段の事情は認められないから、原告らに基本給の〇・五か月分に相当する夏季賞与請求権があると解することはできない。
よって、原告らの予備的請求は理由がない。
三 結論
以上によれば、原告らの被告に対する本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 飯塚宏)