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東京地方裁判所 平成4年(ワ)18348号 判決 1995年7月26日

原告

中満慶一郎

右訴訟代理人弁護士

山本真一

君和田伸仁

被告

小池嘉一

右訴訟代理人弁護士

佐藤恒男

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、一二二〇万〇八〇〇円及びこれに対する平成二年九月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日 時 平成二年九月二七日午前〇時四〇分ころ

(二) 場所 東京都台東区上野七丁目一番一号先道路(JR上野駅広小路口・中央通り。以下「本件道路」という。)上

(三) 加害車 普通貨物自動車(運転者 被告)

(四) 被害車 普通乗用自動車(運転者 原告)

(五) 事故態様 被害車が片側三車線の本件道路中央寄り車線を走行していたところ、進行方向左側から突然加害車がユーターンしようとしたため、被害車の左前部と加害車の右前部が衝突した(以下「本件事故」という。)。

2  原告の負傷

原告は、本件事故によって、頸椎捻挫、腰椎捻挫、胸椎捻挫、右腋関節捻挫、右腕関節捻挫の傷害を負った。

3  被告の過失責任

被告は、加害車をユーターンさせるに先立って、右側後方ないし進行方向の路上を進行してくる車両の有無、動向に注意しなければならないにもかかかわらず、これを怠り、漫然とユーターンを開始したために本件事故を発生させたものである。

4  原告の損害

(一) 交通費 六万二八〇〇円

原告は、本件事故による負傷によって通院治療を余儀なくされた。平成二年九月二九日から平成三年九月三〇日までの通院に要した交通費(自動車のガソリン代)として六万二八〇〇円を費消した。

(二) 休業損害 一四三一万円

原告は、本件事故日である平成二年九月二七日から後遺症の症状固定日である平成四年一二月末日までの二七か月間、休業を余儀なくされ、一か月あたり五三万円、計一四三一万円の損害を被った。

(三) 入通院慰謝料 一六九万円

本件事故日である平成二年九月二七日から後遺症の症状固定日である平成四年一二月末日までの入通院慰謝料としては、一六九万円が相当である。

(四) 逸失利益

二一七九万七一六〇円

原告は、本件事故により、軽易な労務以外の労務に服することができなくなった。原告の労働能力喪失率は三五パーセントと評価すべきであるから、原告の逸失利益は、以下のとおり、二一七九万七一六〇円である。

50万円×12×0.35×10.3796(一五年ライプニッツ係数)=2179万7160円

(五) 後遺症慰謝料 五八〇万円

原告が後遺症により被った精神的苦痛を慰謝するためには五八〇万円が相当である。

(六) 既払金

原告は既払金として六〇〇万円を受領している。

(七) 弁護士費用

原告は、本件訴訟提起に当たり、原告代理人に対して報酬として一一〇万円の支払を約束した。

(八) 合計

以上を合計すると、三八七五万九九六〇円となる。

5  よって、原告は、被告に対し、民法七〇九条ないし自賠法三条に基づき、三八七五万九九六〇円のうちの一部請求として、一二二〇万〇八〇〇円及びこれに対する不法行為の日である平成二年九月二七日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2及び3はいずれも認める。

2  同4のうち、同(六)は認め、その余はいずれも否認する。

三  抗弁(示談契約)

平成三年一〇月一六日、当時の原告代理人弁護士土屋耕太郎(以下「土屋弁護士」という。)は、被告代理人弁護士佐藤恒男との間で、本件事故により原告に発生した人損について、左記の内容の示談契約を締結した(以下「本件示談契約」という。)。そして、被告は、平成三年一〇月二二日、原告に対し、金三五〇万円及び治療費合計一六七万七一四〇円を支払った。

1  被告は、原告に対し、原告受傷による全ての損害(治療費、交通費、休業損害、慰謝料等一切)を賠償するため、既払金のほか、次のとおりの支払義務のあることを認める。

① 平成三年九月三〇日までの治療費

② 示談金として金三五〇万円

2 原告の後遺障害については、自賠責手続において後遺障害の等級が認定されたときに限り、被告はその保証金額を支払う。

3  原告及び被告間には、その余の債権債務のないことを相互に確認する。

四  抗弁に対する認否

本件示談契約の締結及び同契約に基づく金員の支払があったことは認める。

五  再抗弁

1  土屋弁護士の錯誤

本件示談契約は、土屋弁護士が、未だ原告が治療中であったこと、原告の負傷につきCTスキャンを撮影していたことを知らず、また、原告の休業損害の資料を持っていなかった等、原告の負傷状況や損害について正確な認識を持たずに交渉したことによって締結されたものであるから、同弁護士の契約締結行為には、その要素につき錯誤があるから無効である。

2 公序良俗違反

本件示談契約は、後遺症に基づく損害賠償請求について、自賠責手続による後遺症の等級認定を受けることが前提である旨規定されているが、このように損害賠償請求権の行使を制約する条項は公序良俗に違反し無効である。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1は争う。

原告は、本件示談契約の経緯や交渉経過等について充分理解しており、土屋弁護士も原告の症状や損害等を十分に認識していた。

2  再抗弁2は争う

本件示談契約は、原告の後遺症による損害賠償請求権を放棄させるものではなく、当事者間の紛争を未然に防ぎ、法律関係を明確にするために、原告が、第三者機関の所轄する自賠責手続において後遺障害の有無、程度の認定を受けてから、被告が原告に対して保証金を支払う旨定めたものであり、何ら公序良俗に違反するものではない。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1ないし3について

請求原因1ないし3はいずれも当事者間に争いがない。

二  抗弁(示談契約)について

抗弁は当事者間に争いがない。

三  再抗弁1(土屋弁護士の錯誤)について

1(一)  甲三三、乙一ないし三、証人土屋耕太郎、原告本人及び弁論の全趣旨によれば、本件示談契約が成立するまでの経緯については、以下の事実が認められる(これに反する原告本人の供述部分は、その記憶があいまいであることから、右認定を覆すには足りない。)。すなわち、本件事故によって損害を被った原告は、ワンボックスを損傷した被害車の修理代(物損)について、被告の代理人である大東京火災海上保険株式会社の担当者と自ら交渉して示談契約を締結した。その後、被告代理人弁護士佐藤恒男(以下「佐藤弁護士」という。)は、原告に対し、原告の人損について、既払金のほか、①休業損害は二か月分(一〇〇万円)、②慰謝料は一〇〇万円、③治療費は平成三年九月三〇日分までの分を支払うこと、④後遺障害に対する賠償金は自賠責保険手続における障害等級認定を受けた場合に支払うことを内容とする示談契約の申入れを行ったところ、原告は、友人の紹介された土屋弁護士に相談して、右示談契約締結における交渉を依頼した。土屋弁護士は、佐藤弁護士と交渉の上、同弁護士との間で休業損害をさらに三か月分上乗せして二五〇万円とし(前記①を変更した。)、その余の条件は申入れ通りの内容(②ないし④)とし、結果的に、原告が後遺障害に対する賠償金を除いて、被告から、既払金のほかに示談金を計三五〇万円を受領することになる内容の示談条項についての合意を一応取りつけた。そして、土屋弁護士は、平成三年一〇月一六日の一週間位前に佐藤弁護士から右合意した示談契約書の文面の送付を受けたが、このとき佐藤弁護士は、土屋弁護士に対し、送付した示談契約書に押印した上、原告の土屋弁護士に対する委任状を添付して送り返すように申し入れた。土屋弁護士は、示談契約締結に当たって事前に原告から委任状を受け取っていなかったので、原告に委任状を送付してもらう前提として、原告に対して示談契約書の内容について説明をしたところ、原告は一日ないし二日考えさせてほしい旨要請した。その後、原告は示談契約書の右内容につき了承して、土屋弁護士に対して委任状を送付した。原告から委任状の送付を受けた土屋弁護士は、平成三年一〇月一六日に、右示談契約書の文面に押印し、原告の委任状を添付して佐藤弁護士宛返送した。

(二)  以上の事実を総合すると、原告は本件示談契約締結に先立って土屋弁護士から示談契約の具体的内容について十分な説明を受けた後、検討の上、改めて土屋弁護士に対して本件示談契約の締結を依頼して、正式に委任状を交付していたことが認められ、土屋弁護士に本件示談契約に関する交渉を依頼した原告としては、その示談契約がどのような内容となったのかについて重大な関心を持っていたはずであるから、それゆえ本件示談契約の内容につき説明を受けてから同契約締結につき了承するまでの一日ないし二日間検討のための猶予時間をとって熟慮の上検討したと考えられること、原告は、物損についてすでに自ら示談契約を締結しており、人損について示談契約を締結することの意味内容について十分な認識を有していたと考えられること、原告は、本件示談契約締結後、本件訴訟を提起するに至るまで何ら示談契約内容について土屋弁護士等に不服を述べていないことを総合して勘案すると、仮に、土屋弁護士が、原告の主張するところの原告の負傷の状況や損害について正確な認識を持たず、かつ、そのことが示談契約の要素に係る錯誤になるとしたとしても、自分自身の負傷状況や損害状態について十分に知得している原告には、本件示談契約につき何らの錯誤があったと認めることはできないから、原告が、特定の法律行為である本件示談契約の交渉ないし締結につき委任した代理人である土屋弁護士の錯誤をもって本件示談契約が錯誤無効であると主張することは失当である(民法一〇一条二項)。

2 再抗弁2(公序良俗違反)について

(一) 乙二によれば、本件示談契約は、本件事故による後遺症が原告に残存する場合に、原告が後遺症に基づく損害賠償請求をするためには、その前提として、当該後遺症につき自賠責手続において後遺症等級認定を受けることを要する旨規定するが、その趣旨は、第三者機関である自動車保険料率算定会又はその下部機関である調査事務所(以下、併せて「自算会」という。)が、原告の後遺症について、自賠法施行令二条に基づく後遺障害等級表のいずれかの等級に該当する旨認定することによって、初めて、原告が被告に対して後遺症に基づく損害賠償請求をすることができるというものである。

(二) 原告は、右損害賠償請求権を行使することに対して制約を付する条項が公序良俗違反である旨主張するが、私人間において、その権利義務の発生について、第三者の意思表示の如何をその停止条件としたからといって、直ちに公序良俗違反にはならないことはいうまでもなく(民法一三四条参照)、かえって、本件示談契約における前記条項は、将来において発生する可能性のある後遺症に基づく損害賠償請求権の有無、内容等を明確にするために、原告の後遺症の有無、内容、程度等について、高度に専門的、技術的な知識経験を有しかつ的確な判断をなし得る自算会の認定に委ね、その結果に従う旨加害者及び被害者間で合意したものであり、将来における法律関係の明確性や法的安定を確保する観点から、合理的かつ有益であると認められ、何ら公序良俗に反するものではない。よって、原告の右主張には、理由がない。

四  以上により、請求原因4について検討するまでもなく、原告の請求には理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官渡邉和義)

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