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東京地方裁判所 平成4年(ワ)1741号 判決 1994年12月27日

原告

千代百合子

被告

金澤紀洋

ほか一名

主文

一  被告金澤紀洋は、原告に対し、金一八七六万二四七八円及び平成元年八月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告安田火災海上保険株式会社は、原告に対し、被告金澤紀洋に対する本判決が確定したときは、金一八七六万二四七八円及びこれに対する右確定の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は、第一、二、四項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは連帯して、原告に対し、金四〇四八万八六七九円及びこれに対する平成元年八月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  本件事故の発生

(一) 日時 平成元年八月八日午前四時二四分ころ

(二) 場所 北海道亀田郡七飯町安西大沼三四二番地先路上

(三) 態様 原告が訴外福井藤彦運転の普通乗用自動車(登録番号「多摩三三と四一一九」、以下「被害車両」という。)に同乗して進行中、対向車線を進行してきた被告金澤紀洋(以下「被告金澤」という。)運転の普通乗用自動車(登録番号「函館五七そ九四九七)が、センターラインを越えて被害車両の進行車線に進入したため、被害車両と正面衝突した。

その結果、原告は、顔面骨骨折等の傷害を負つた。

2  責任

被告金澤は、自動車を運転するに際し、法定速度を遵守し、対向車線に進入しないようにする注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、法定速度を越える速度で運転し、ハンドル操作等を誤つて、被害車両の進行車線に進入して被害車両に衝突したものであるから、民法七〇九条、自賠法三条に基づき、原告に発生した損害を賠償する義務がある。

第三争点

一  後遺症の程度

(一)  原告の主張

原告は、本件事故による傷害のため、<1>右顔面の変形、醜形、<2>味覚障害、発作性眩暈と持続的頭痛の神経機能障害、<3>視力の低下、視野視力障害、<4>眼瞼下垂、複視(眼球運動障害)、<5>右感音難聴の障害が残り、<1>につき自賠法施行令二条後遺障害別等級別表(以下「後遺障害等級」という。)七級一二号に、<2>につき同七級四号に、<3>につき同八級一号に、<4>につき同一二級一、二号に、<5>につき同一四級三号にそれぞれ該当するから、自賠法施行令二条二項ハにより、重い障害の等級を二級繰り上げ、結局、原告の後遺障害は、後遺障害等級五級に相当する。

(二)  被告らの主張

<1>につき後遺障害等級七級一二号に該当すること、<4>につき後遺障害等級一四級の範囲でそれぞれ後遺障害の存在を認め、その余については、本件事故と相当因果関係を欠くので認めることはできない。

二  損害

原告は、本件事故による損害として、<1>入院雑費、<2>入院付添費、<3>休業損害、<4>逸失利益、<5>慰謝料を請求し、被告らはその額ないし相当性を争う。

三  被告安田火災海上保険株式会社(以下「被告会社」という。)に対する直接請求

(一)  原告の主張

被告会社は、被告金澤と被告車についていわゆる自動車保険契約を締結しており、右契約によれば、被告金澤が被告車を運転中、他人の生命又は身体を害したことによつて生じる損害賠償責任を保険金をもつて支払う旨合意されている。

原告は、被告金澤に対し本件事故に基づく損害賠償請求権を有するので、右債権保全のため、無資力の被告金澤に代位して、被告会社に直接請求することができる。

(二)  被告会社の主張

いわゆる自動車保険契約の締結の事実は認めるが、その余の事実ないし法律的主張はこれを否認ないし争う。

第四争点に対する判断

一  後遺症の程度

1  右顔面の変形、醜形

後遺障害等級七級一二号に該当することは当事者間に争いがない。

2  味覚障害、発作性眩暈と持続的頭痛の神経機能障害

甲二の六、甲四、甲六の四、甲一三、甲一七、甲二二、丙一、丙二、丙四、丙一五、丙二〇、証人永末裕子の証言及び原告本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

原告は、本件事故直後一か月半余りは函館中央病院で治療を受けていたものであるが、当時の診断書によれば、神経機能障害の記載は一切なく、味覚の脱失ないしは低下を医師等に訴えた旨の記載も見られないところ、その後東京女子医大で治療を受けるようになつてから、味覚障害を訴えるようになつた。そこで、平成二年六月一八日、電気味覚計により味覚定量検査が施行され、その結果は、右が計測不能、左が二四dbであつた。しかし、原告は、味覚に関する神経が集中する部位に損傷を受けたわけではなく、永末医師は、その発症の機序は必ずしも明確ではないが、本件交通事故により右側の内耳道付近に障害が生じていれば、右に味覚障害が起こると考えられる旨述べている。また、原告は、本件事故以前は調理師として稼働しており、このような味覚障害は全くなかつたが、本件事故後は、塩味が濃くなり、薄味の微妙な味付けをすることができなくなつた。

発作性眩暈については、症状は次第に軽快してきており、持続的頭痛は現在も続いている。

ところで、本件事故直後に神経機能障害の記載がないことからすれば、味覚障害等は、必ずしも本件事故との因果関係が明確とは言いがたい面もあるものの、東京女子医大においては神経機能障害の診断がされていること、被告ら主張にかかる、原告の右の障害は本件事故後の形成外科手術の侵襲によるものだとする証拠もなく、味覚障害につき東京女子医大の初診時(証人永末裕子の証言)から訴えていたこと、いずれの障害も本件事故以前には見られなかつたことなどからすれば、一応因果関係を推認することができる。

右によれば、本件事故により原告に味覚障害の後遺障害が発症したということができるものの、その程度については、味覚脱失に至つていることを認めるに足りる証拠はなく、味覚低下に止まるものといわざるをえない。

そうすると、発作性眩暈、持続的頭痛を考慮しても、なお後遺障害等級一四級相当というべきである。

3  視力低下、視野視力障害

甲二の四、五、甲三の二、甲一一、甲一四の一、甲一六、甲二二、丙九、丙一一、丙一四、丙一五、丙一八、丙一九、証人野嵜奈都子及び証人亀山和子の証言によれば、以下の事実が認められる。

原告の視力は、本件事故から二か月余り経過した平成元年一〇月一八日時点では、既に複視は認められていたものの、右が〇・六、左が〇・七(いずれも矯正視力は一・二)と正常であつたものが、その後低下し始め、その低下は特に右眼について顕著である。このうち、平成元年一二月六日、急激に視力が低下したのは、同年一一月一四日に施行された形成外科における手術の結果、角膜が損傷され、兎眼(瞼が閉じない)の状態になつたことが原因であるが、右角膜の損傷はその後治療により回復したにもかかわらず、視力検査の結果によれば、原告の視力は、平成元年一二月二〇日、一時的に回復したものの、その後再び低下し、回復していない。しかし、原告の眼球部分については、前眼部、中間透光体、眼底に異常所見はなく、視神経乳頭、黄斑部も正常であつて、視覚経路上は何らの異常も認められない。また、対光反応も正常である。そこで、原告を治療した亀山医師も原告の視力低下の原因を究明することができず、治療経過の中で、心因性の要因であることを示すラセン状視野らしきものが一度出現したことなどから、原告の視力低下の原因が心因性の要因であることをしばしば疑つたことがあつた。そして、最終的に亀山医師は、眼球自体に外傷もなく、眼球の後ろの視神経についても、視神経萎縮が出現していないので、その器質的障害の可能性もなく、他に原因が考えられなかつたことから、原告の視力低下は、複視を取り除くための脳中枢の抑制、すなわち、複視の状態では物が見づらいことから眼球運動の障害を生じている方の眼の視力が低下し、物を両眼で見なくなることによつて複視を取り除く脳中枢の作用によるものであると推論した。しかし、右のような状態は、老人性の動脈硬化、脳内出血等による場合、若年者では脳腫瘍の場合など重篤な疾患に伴つて出現するものであり、原告の場合は、これにあたらない。

また、原告の視野視力障害について、野嵜医師はその存在を明言するも、対光反応が正常でも起こる場合があると述べるに止まり、原因は不明であるとする。加えて、原告は、視力低下を訴えているが、現実にバイクの運転もしている(乙八七、乙八八、証人米澤勝彌の証言)。

これらの事実によれば、結局、原告の視力低下、視野視力障害の明確な原因は不明であり、むしろ、心因性の要因によるものであることが強く疑われるのであつて、視力低下と本件事故との因果関係を認めることはできない。

4  眼瞼下垂、複視

原告の後遺障害として、眼瞼下垂、複視が生じていることは当事者間に争いはないが、その程度について争いがあるので、この点について検討する。

眼瞼下垂について、甲三の二、甲四、甲六の二、七、甲一一、甲一二によれば、原告の主治医の意見として、原告の眼瞼下垂は顕著であり、後遺障害等級一二級二号に該当する旨の意見が付されており、証人野嵜奈都子の証言によれば、原告には眼瞼下垂のほか閉瞼障害があり、瞼を閉じる力は多少回復したが、低下していることが認められる。しかし、さらに、その具体的な内容及び程度について詳細は不明であり、右の各証拠によつても、後遺障害等級一二級二号に該当するものということはできない。

複視については、最終的な後遺症診断書(甲二の五)によれば、正面視以外に複視が生じる程度の運動障害が眼球に残つたことが認められる。甲三の二、甲四によれば、原告の主治医の意見として、原告の複視は後遺障害等級一二級一号に該当する旨の意見が付されているが、右認定の眼球運動の障害の程度に照らせば、後遺障害等級一二級一号に該当するものということはできず、同等級一四級相当であるというべきである。

5  右感音難聴

甲二の六、甲三の一、甲六の四、甲一三、甲一七、甲二二、丙一、丙二、丙四ないし七、丙八の一ないし四、証人永末裕子の証言及び原告本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

本件事故直後、原告が治療を受けた函館中央病院においては、難聴についてはなんら指摘されておらず、東京女子医大で治療を受けるようになつた後もしばらくは、難聴が問題となつた形跡はない。しかし、その後、平成三年九月三〇日、同年一〇月七日、同月一四日の三回にわたりオージグラムによる純音聴力検査が実施され、その結果はそれぞれ七七・五db、七七db、七六dbであり、いずれも高度難聴であり、一メートル以内で小声で囁かれても聞こえない程度であつた。本件事故以前には、原告にこのような症状はなく、また、野嵜医師によれば、原告の味覚障害も右に発症していることから、本件事故により、右側の内耳道付近に障害が生じたことが右感音難聴の原因と考えられるという。

これらの事実によれば、右感音難聴は、本件事故によつて発症したものというべきで、その程度は、後遺障害等級一四級に相当するものということができる。

6  結局右1ないし5によれば、原告の本件事故による後遺障害は多岐にわたつていることが認められるけれども、その程度は、自賠法施行令二条二項ニにより、最も重い後遺障害等級七級に相当することになる。

なお、この他、甲二二によれば、原告には嗅覚の低下や握力の低下の後遺障害が存在することも窺えるが、これらの具体的内容、程度、本件事故との因果関係について、これを認めるに足りる証拠はない。

二  損害

1  入院雑費 二〇万六四〇〇円

(請求 二二万三六〇〇円)

本件事故の治療のために原告が一七二日間入院したことについて当事者間に争いはなく、右期間の入院雑費としては、一日当たり一二〇〇円が相当であるから、右のとおり認められる。

2  入院付添費 七三万八〇〇〇円

(請求 同額)

原告の入院期間のうち、平成元年八月一四日から同月二一日までの八日分の入院付添費については被告らにおいて支払済みであることは当事者間に争いがない。原告の顔面骨骨折等の受傷の程度に照らせば、その余の一六四日間についても付添いが必要であつたことが認められ、その費用として一日当たり四五〇〇円が相当であるから、右のとおり認められる。

3  休業損害 二九五万八九〇四円

(請求 四二二万円)

甲二の四、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告の本件事故による後遺障害の症状が固定したのは、平成三年三月三〇日であること、本件事故の日から症状固定日までの六〇〇日間原告は休業を余儀なくされたことが認められる。ところで、本件事故当時の原告の収入について、原告は少なくとも三〇歳女子の平均月額を下らなかつたと主張し、甲三〇を証拠として掲げるが、乙八一、乙八二の一ないし三四によれば、原告の収入につき月額一二万円として所得税が納められていたこと、原告は、休業損害として、被告に対しても収入月額一二万円及び賞与年三か月分三六万円を請求し、その内払いを受けていたことが認められることからすれば、甲三〇を直ちに信用することはできず、結局、原告の年収は、一八〇万円であつた(一二万円×一二月+三六万円)というべきである。したがつて、原告の休業損害を算定すると、次のとおりとなる(円未満切捨て)。

1,800,000÷365×600=2,958,904

4  逸失利益 一六六七万九一七四円

(請求 三三四二万七〇七九円)

甲二二、甲三〇、証人福井藤彦及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故当時、仕出し弁当の他、客に対面しながら寿司を握るなどの寿司職人として稼働していた三〇歳(昭和三四年六月二四日生まれ)の健康な女性であつたことが認められる。ところが、原告は、本件事故により、前認定のとおりの多岐にわたる後遺障害を負い、右の各後遺障害(外貌醜状、味覚低下、複視、右感音難聴等)は、客と対面して寿司を握る寿司職人としての労働能力に重大な影響を与えることが明らかである。これらの、原告の後遺障害の内容・程度、本件事故当時の原告の稼働状況等を総合すると、原告は、症状固定の際(平成三年三月三〇日)の年齢である三一歳から六七歳までの三六年間、前認定の年収一八〇万円の五六パーセントに相当する収入を喪失するものと推認することができる。そこで、中間利息をライプニツツ方式(三六年に相当するライプニツツ係数は一六・五四六八である。)により控除して本件事故時における逸失利益の現価を算定すると、次のとおりとなる(円未満切捨て)。

1,800,000×0.56×16.5468=16,679,174

5  慰謝料 一二三〇万〇〇〇〇円

(請求 傷害分四〇〇万円、後遺障害分一二〇〇万円)

本件事故に遭つた際に被つた原告の恐怖、苦痛、治療期間が症状固定日までで約一年八か月間に及び、入院日数が一七二日、その間、四回にわたる手術を受けたこと(甲二二)などを考慮すると、傷害慰謝料として二八〇万円が相当である。

また、顔面醜状を含む多岐にわたる後遺障害の内容・程度や、本件事故により、寿司職人として独立する機会を失つたこと、縁談も破談となつたこと(甲二二及び原告本人尋問の結果)その他諸般の事情を総合考慮すると、後遺障害に対する慰謝料として九五〇万円が相当である。

6  合計 三二八八万二四七八円

7  損害の填補

原告は、自賠責保険から九四九万円、被告会社から四六三万円(原告の請求部分につき)の合計一四一二万円を受領した(当事者間に争いはない。)。

8  残計 一八七六万二四七八円

三  原告の被告会社に対する直接請求

いわゆる自動車保険契約の締結については当事者間に争いはないところ、右保険契約の性質に鑑みれば、右保険約款に基づく被保険者の保険金請求権は、保険事故の発生と同時に被保険者と損害賠償請求権者との間の損害賠償額の確定を停止条件とする債権として発生し、被保険者が負担する損害賠償額が確定したときに右条件が成就して右保険金請求権の内容が確定し、同時にこれを行使することができることになるものと解するのが相当である。そして、本件におけるごとく、損害賠償請求権者が、同一訴訟手続きで、被保険者に対する損害賠償請求と保険会社に対する被保険者の保険金請求権の代位行使(以下「保険金請求」という。)とを併せて訴求し、同一の裁判所において併合審判されている場合には、被保険者が負担する損害賠償額が確定するというまさにそのことによつて右停止条件が成就することになるのであるから、裁判所は、損害賠償請求権者の被保険者に対する損害賠償請求を認容するとともに、認容する右損害賠償額に基づき損害賠償請求権者の保険会社に対する保険金請求は、予めその請求をする必要のある場合として、これを認容することができるものと解するのが相当である(最高裁昭和五七年九月二八日第三小法廷判決)。

そして、本件においては、弁論の全趣旨により、原告の被告会社に対する請求には、右の将来の給付の請求も含まれているというべきであるし、被告金澤の無資力の事実も認めることができるから、原告の被告会社に対する直接請求は将来の給付の訴えとして認めることができる。

四  以上の次第で、原告の本訴請求は、被告金澤に対し、右二8記載の金額及びこれに対する不法行為の日である平成元年八月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で、また、被告会社に対し、被告金澤に対する本判決が確定したときは、右二8記載の金額及びこれに対する右確定の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度でそれぞれ理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松井千鶴子)

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