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東京地方裁判所 平成3年(ワ)7966号 判決 1996年10月30日

甲事件原告・丙事件被告(以下「甲事件原告」という。)

吉村一郎

外一名

乙事件原告・丙事件被告(以下「乙事件原告」という。)

吉村一義

右三名訴訟代理人弁護士

友光健七

大谷喜与士

右三名訴訟復代理人弁護士

野間啓

甲事件・乙事件被告・丙事件原告(以下「被告」という。)

地銀生保住宅ローン株式会社

右代表者代表取締役

坂齊春彦

右訴訟代理人弁護士

上野隆司

高山満

田中博文

甲事件・乙事件被告(以下「被告」という。)

株式会社住友銀行

右代表者代表取締役

西川善文

右訴訟代理人弁護士

海老原元彦

廣田寿徳

竹内洋

馬瀬隆之

右訴訟復代理人弁護士

田路至弘

主文

一  甲事件原告らの請求をいずれも棄却する。

二  被告株式会社住友銀行は、乙事件原告に対し、金三億四四四六万円を支払え。

三  乙事件原告の被告株式会社住友銀行に対するその余の請求及び被告地銀生保住宅ローン株式会社に対する請求を、いずれも棄却する。

四  甲事件原告ら及び乙事件原告は、被告地銀生保住宅ローン株式会社に対し、連帯して金五二億五六〇六万七八七五円及び内金四二億二六九三万五〇〇〇円に対する平成四年六月二七日から支払済みまで年14.4パーセントの割合による金員を支払え。

五  訴訟費用は、全事件を通じて、甲事件原告ら及び乙事件原告と被告地銀生保住宅ローン株式会社との間において生じたものは、甲事件原告ら及び乙事件原告の負担とし、甲事件原告らと被告株式会社住友銀行との間において生じたものは、甲事件原告らの負担とし、乙事件原告と被告株式会社住友銀行との間において生じたものは、これを一〇分し、その一を被告株式会社住友銀行の負担とし、その余を乙事件原告の負担とする。

六  この判決は、第四項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(甲事件)

一  請求の趣旨

1 甲事件原告らと被告地銀生保住宅ローン株式会社との間の平成二年六月二〇日の保証契約に基づく同原告らの同被告に対する各保証債務の存在しないことを確認する。

2 被告地銀生保住宅ローン株式会社は、別紙物件目録一ないし六記載の各土地について、別紙登記目録記載の根抵当権設定登記の各抹消登記手続をせよ。

3 被告株式会社住友銀行は、甲事件原告ら各自に対し、金四七億五六〇六万七八七五円及び内金四二億二六九三万五〇〇〇円に対する平成四年六月二七日から支払済みまで年14.4パーセントの割合による金員を支払え。

4 訴訟費用は被告らの負担とする。

5 第3項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 主文第一項と同旨

2 訴訟費用は甲事件原告らの負担とする。

(乙事件)

一  請求の趣旨

1 乙事件原告と被告地銀生保住宅ローン株式会社との間の平成二年六月二〇日の消費貸借契約に基づく同原告の同被告に対する元本五五億円の貸金返還債務の存在しないことを確認する。

2 被告株式会社住友銀行は、乙事件原告に対し、金四七億五六〇六万七八七五円及び内金四二億二六九三万五〇〇〇円に対する平成四年六月二七日から支払済みまで年14.4パーセントの割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は被告らの負担とする。

4 第2項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 乙事件原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は同原告の負担とする。

(丙事件)

一  請求の趣旨

1 主文第四項と同旨

2 訴訟費用は甲事件原告ら及び乙事件原告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告地銀生保住宅ローン株式会社の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は同被告の負担とする。

第二  当事者の主張

(甲事件及び乙事件)

一  請求原因

1 当事者

平成二年六月当時、乙事件原告(以下「原告一義」という。)は、医療法人財団聖蹟会の理事長として桶川坂田病院を経営する三一歳の歯科医であり、その父の甲事件原告吉村一郎(以下「原告一郎」という。)は市役所に勤務する五五歳の男性、祖父の甲事件原告吉村甚五郎(以下「原告甚五郎」という。)はかつて農業を営んでいた七六歳の男性であった。

被告株式会社住友銀行(以下「被告銀行」という。)は、預金の受入れ、資金の貸付及び為替取引等を業とする会社であり、被告地銀生保住宅ローン株式会社(以下「被告地銀生保」という。)は、不動産又は有価証券を担保とする住宅資金貸付等を業とする会社である。

2 本件取引に至る経緯

甲野一夫は、平成二年一月、被告銀行青葉台支店(以下「青葉台支店」という。)の支店長に就任した後、同支店の個人流動性預金が減少しつつある事態を憂慮していたものであるが、同年五月末、同支店の前支店長で当時被告銀行大塚支店(以下「大塚支店」という。)の支店長であった乙川二夫に対し、青葉台支店の業績回復の方策につき相談したところ、同人から、「株式取引のための資金を欲している会社があり、年二割の利息で借りたいと言っている。青葉台支店の顧客にノンバンクから多額の借入れをさせた上、この会社に融資させれば、媒介役となった被告銀行は、融資先紹介の見返りとして、ノンバンクから同額の協力預金を受けることができる。」旨の融資計画(以下「本件融資計画」という。)を持ち掛けられた。

甲野及び乙川は、同年六月初めころ、本件融資計画を実行することとし、乙川において、融資先として株式会社東成商事(以下「東成商事」という。)を取り次ぐ一方、甲野においては、青葉台支店の大口顧客のうち、原告一義、森要、村田マサ及び鈴木洋の四名を右計画に勧誘するとともに、被告地銀生保に対し、右顧客への各五〇億円の融資を依頼して、同被告の了解を得た。本件融資計画において被告地銀生保に提供する担保については、まず、東成商事から各顧客に対し、本州製紙株式会社、株式会社常陽銀行、株式会社東邦銀行、東急車輌製造株式会社、太平工業株式会社、株式会社トーメンの六社(以下、右各社名称中の「株式会社」の記載を省略する。)の株式合計二六二万株を時価で評価して提供させ(以下「本件担保株式」という。)、さらに、右各顧客から被告地銀生保に対して、右株式を再提供させるほか、右各顧客又はその親族の所有する不動産に根抵当権を設定することとなっていた。

本件融資計画は、その後、青葉台支店融資課長の××の立案によって一部修正され、原告一義ら顧客四名に各個人の株式取引等の資金の融資も受けさせることとし、その結果、被告地銀生保の各顧客に対する貸付金の額は、当初計画の各五〇億円から各五五億円に増額されて、各顧客は、東成商事に対し、借入金五五億円の内金五〇億円を利息年二割の約定で半年間貸し付けるとともに、残金五億円で甲野の指示に従い株式を購入するということになった。そして原告一義は、甲野から「絶対に損はさせない。被告銀行が責任を持つ。」旨の説明を受けたために、次に述べる一連の取引(以下「本件一連の取引」という。)に参加する旨決意するに至った。

3 本件一連の取引

原告らは、本件融資計画に従って、以下一連の取引を行った。

(一) 原告一義は、平成二年六月二〇日、被告地銀生保との間で、五五億円を以下の約定で借り受ける旨の金銭消費貸借契約を締結した。

最終弁済期 平成三年六月一九日

利息  年8.8パーセント(長期プライムレートを基準とする変動金利。年三六五日の日割計算)

弁済方法  右融資実行時及び以後三か月ごとに当該期間の利息を先払いするものとし、最終弁済期日に借入金全額を一括して支払う。

特約  原告一義が、元利金支払債務の履行を遅滞した場合、弁済期日又は期限の利益喪失日の翌日から、弁済すべき金額に対し、年14.4パーセントの割合による遅延損害金を支払う(年三六五日の日割計算)。

(二) 原告一郎及び同甚五郎は、平成二年六月二〇日、被告地銀生保との間で、原告一義の右消費貸借契約上の債務を担保するため、それぞれ連帯保証契約を締結するとともに、原告一郎及び同甚五郎の共有する別紙物件目録一記載の土地並びに原告一郎所有の同目録二ないし六記載の各土地(以下、右各土地を併せて「本件各土地」という。)につき、極度額二八億円の根抵当権設定契約を締結し、別紙登記目録記載の根抵当権設定登記を経由した。

(三) 原告一義は、平成二年六月二〇日、東成商事との間で、前記(一)記載の借入金の内金五〇億円を以下の約定で貸し付ける旨の金銭消費貸借契約を締結した。

最終弁済期 同年一二月二〇日

利息  年二〇パーセント(年三六五日の日割計算)

弁済方法  右借入時及び以後三か月ごとに当該期間の利息を先払いするものとし、最終弁済期日に元本を一括して支払う。

(四) 原告一義は、平成二年六月二〇日、東成商事代表取締役の岸本輝男との間で、同社の右消費貸借契約上の債務を担保するため、連帯保証契約を締結した。

(五) 原告一義は、同年六月二〇日から同年七月二〇日までの間に、合計一八万七〇〇〇株に及ぶ本州製紙、常陽銀行、東邦銀行、東急車輌製造、太平工業の各社株式を購入し、前記(一)記載の借入金の残金五億円のうち三億七八八一万円を右購入代金として支払った。

4 原告一義の貸金返還債務の不存在(相殺)

原告一義は、被告地銀生保に対し、前記3(一)記載の貸金返還債務を負担している反面、後記6(二)記載の不法行為に基づく損害賠償請求権を有しているので、平成六年五月一八日の本件第二〇回口頭弁論期日において、右損害賠償請求権をもって、右貸金返還債務と、その対当額において相殺する旨の意思表示をした。

したがって、原告一義と被告地銀生保との間の平成二年六月二〇日の消費貸借契約に基づく同原告の同被告に対する元本五五億円の貸金返還債務は消滅して存在しない。

5 原告一郎及び同甚五郎の保証債務の不存在及び根抵当権設定登記抹消登記手続請求権

(一) 錯誤

原告一郎及び同甚五郎は、前記3(二)記載の連帯保証契約及び根抵当権設定契約締結の際、被告地銀生保の社員から何らの意思確認も受けておらず、被担保債務額及び極度額がいずれも数百万円程度であると誤信していたから、右各契約は錯誤により無効である。

(二) 付従性による本件根抵当権及び保証債務の消滅

仮に、右各契約が有効に成立したとしても、前記4に記載したとおり、原告一義の貸金返還債務は消滅しており、したがって、付従性により、本件根抵当権並びに原告一郎及び同甚五郎の各連帯保証債務も消滅している。

6 共同不法行為

(一) 本件一連の取引における被告銀行の行員の以下の各行為は、銀行員としての注意義務に違反するばかりか、社会通念上許容され得る範囲を逸脱した違法なものである。

(1) 五〇億円の転貸及び株式購入に関する危険性の説明義務違反

被告銀行及びその行員は、一定の金融取引を勧誘するに際し、顧客に対し不測の損害を被らせないよう、あまりに投機的でリスクの高い取引については積極的に勧誘実行してはならないとともに、右取引に伴う利益よりもむしろリスクについて正確に事実を告知し、顧客が正しい知識に基づき実質的な判断ができるよう十分に説明する義務を負っているものである。

本件一連の取引は、①五〇億円もの大金が、東成商事という加藤暠なるいわゆる仕手集団の支配する会社に転貸され、②その東成商事にはみるべき資産はなく、五〇億円はすべて仕手株購入のため費消され、③その唯一の担保は、仕手戦によって人為的に高値に形成された仕手株で、しかも時価評価された株式に過ぎず、④残金五億円についても、東成商事の関与している本州製紙、常陽銀行、東邦銀行等のいわゆる仕手株を購入するという極めて危険な内容を持っていた。すなわち、右取引においては、仕手集団が先行的に売り抜けを計ったり、あるいは仕手集団の資金が枯渇するなどした場合には、直ちに株価が暴落し、担保価値が著しく低下し、そうすれば、原告一義が東成商事に対する貸付金を回収することは極めて困難になり、原告らが莫大な損害を被ることはほぼ確定的であり、しかも、原告一義は、一旦資金を投入するなどした後は、自らの行為によって右損害を回避することが不可能であった。

乙川は右①ないし④の各事実を当初から熟知しており、また甲野においても乙川を通じて右各事実を認識しており、少なくとも乙川に確認するなど最小限必要な調査をすれば右各事実を容易に知り得たものである。このように、乙川、甲野は本件一連の取引がそもそも極めてリスクが大きく、原告らに莫大な損害を被らせるおそれのあることを認識し又は容易に認識し得たのであるから、本来前記のように危険な本件一連の取引を勧誘実行してはならないはずであり、右取引を勧誘実行するとしても、少なくとも最低限これらのリスクを原告らに十分告知説明し、損害の危険性を周知徹底する義務を負っていたものである。

しかるに、乙川、甲野らは、積極的に原告一義を勧誘し本件一連の取引を実行したばかりか、右取引において、原告らが負担することになる著しく大きなリスクにつき、原告らに告知することを怠った。それどころか、逆に「資金回収のリスクはない。大丈夫である。住友銀行が責任を持つ。」などと原告らに全く誤った事実を告知し、原告らに対し、本件一連の取引にリスクはなく、確実に利益が見込めるとの誤解を与えるような断定的判断を提供し、原告らにその旨誤信させて右取引に引き込んだ。

(2) 出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律(以下「出資法」という。)及び証券取引法の規定違反

甲野は、乙川と共謀の上、銀行支店長の地位を利用して自己の利益を図るため、○○(当時青葉台支店副支店長)、××(同融資課長)及び△△(同取引先課長)を従え、いわば青葉台支店が組織的に一体となって、被告地銀生保から原告一義に対する五五億円の融資及び原告一義から仕手集団の支配する東成商事に対する五〇億円の再融資を、いずれも媒介したものであり、出資法三条の浮貸し禁止規定に違反して、原告一義を本件一連の取引に引き込んだ。加えて、乙川、甲野らは、東成商事が危険極まりない本州製紙等の仕手株に投資していることを熟知しながら、残り五億円の資金について、東成商事の指示どおり、原告一義に仕手株を購入させ、平成四年法律七三号による改正前の旧証券取引法一二五条二項、三項等(現行証券取引法一五九条)違反の疑いが強い株価の不当な操作に加担させた。乙川、甲野らは、仕手集団である旧誠備グループの加藤から依頼されて本件一連の取引を実行しており、仕手集団に資金を供給して人為的な相場操縦に加担したものである。

原告一義はこうした乙川、甲野らによる違法な行為に利用され、結果的に莫大な損害を被ったものであって、乙川、甲野らの右出資法三条、旧証券取引法一二五条違反の行為は原告らの損害に直接結びついているから、それ自体独立の不法行為を構成するものというべきである。

(3) 担保管理義務違反

東成商事と原告一義、原告一義と被告地銀生保の各当事者間で締結された各金銭消費貸借契約によれば、東成商事は原告一義に対する関係で、原告一義は被告地銀生保に対する関係で、それぞれ各債権者の請求にもかかわらず増担保を提供しないとき、又は債権保全の必要が生じたときは、期限の利益を喪失すると規定されている。そもそも、株式は不動産に比べて価格の変動が激しく、担保の評価率も悪いのが一般であり、ましてそれが仕手株であればなおさらである。したがって、被告らは、本件担保株式の時価を五〇億円に保つよう管理し、それが不可能となったときには、直ちに右担保株式を適正に処分する義務を負っていたものというべきである。

担保管理責任の所在は、第一次的には本件の債権者である被告地銀生保であるが、本件一連の取引は、乙川、甲野らを初めとする青葉台支店の主要幹部の立案・指示に基づき実行されたものであり、東成商事の信用力調査、株式市場の調査等もすべて青葉台支店の主要幹部に頼っていたのであって、担保の管理も甲野を初めとする青葉台支店の幹部に委ねられていたというのが実情である。すなわち、①本件担保株式の株券は、原告一義に一度も渡ることなく、②甲野の指示の下に被告地銀生保に直接入れられたものであり、担保の増減の指示も甲野が行い、原告一義には、本件担保株式の処分可能性はなかったものであり、③青葉台支店の幹部は過去の取引を通じて、被告地銀生保に事実上信用調査能力はなく、もっぱら自己の指示に基づいて行動することを知っていたものである。したがって、本件においては、被告地銀生保のほか、被告銀行も担保の管理を行うべき義務があった。

しかるに、青葉台支店の甲野ほかの幹部は、平成二年八月ころ、東成商事に本件担保株式の一部を返却するよう指示して、その一部(常陽銀行一二万五〇〇〇株、東邦銀行一二万五〇〇〇株、時価合計約一〇億円)を返却させた。また、同年九月末より株価が下落し始めたため、被告らは原告一義に追加担保の提供を催告する旨の書面を作成させて東成商事に対し追加担保の提供を求めたが、東成商事は、被告らの再三の追加担保要求にもかかわらず、同年一〇月五日にわずかに本州製紙株一万株を提供したに過ぎず(これだけでは到底時価五〇億円に満たない。)、被告らの増担保要求に応ずることができないことが明らかになったのであるから、この時点で東成商事は、原告一義とともに、「契約違反」及び「債権保全の必要性」の双方の観点から期限の利益を喪失していたことは明らかである。それにもかかわらず、被告銀行は、被告地銀生保に対し本件担保株式を適正に処分するよう指示しなかったばかりか、原告一義が同年一〇月一六日ころ、本件担保株式の売却の申出をしたのに対し、「株価は元に戻る。様子を見てくれ。」などと言ってこれを拒否し、その結果、本件担保株式の処分の機会を失わせ、東成商事からの債権回収の不能により原告一義が被る損害を拡大させた。

(二) 本件一連の取引における被告地銀生保の社員の以下の各行為は、金融機関の職員としての注意義務に違反するばかりか、社会通念上許容され得る範囲を逸脱した違法なものである。

(1) 五〇億円の転貸及び株式購入に関する危険性の説明義務違反

被告地銀生保は、甲野から本件融資計画を持ち掛けられるに先立ち、青葉台支店、大塚支店を舞台として、支店長である乙川の媒介により、前後四回にわたり二〇億円ないし五〇億円の単位で仕手集団光進及び誠備の資金とするため、全く同種の融資を反復して実行していること、右過去の取引による融資金が仕手集団に流用されていたことを知っていた被告地銀生保の担当者石川一益(当時本店営業部営業第一課長)、宮原直良(同課長代理)は、本件一連の取引に際し、本件融資金が仕手集団に流用されないかどうか甲野に確認していること、被告地銀生保は、過去の取引の際に、本州製紙等の明らかに仕手集団誠備が取り扱っていた仕手株を大量に各融資金の担保として受領し、少なくとも宮原は右担保となった株式が誠備の取り扱っていた仕手株であることを認識していたこと、石川、宮原らは、本件一連の取引に際し、融資金の担保となる株式がことごとく誠備の取り扱った銘柄であることを認識していたこと、石川、宮原らにおいて、原告一義を含む四名の顧客に合計二二〇億円もの巨額の融資を実行するに際し、その資金が株式投資に運用されることを認識している以上、その回収を左右する株式運用の具体的実態を必ずや確認しているはずであること等の事実からすれば、石川、宮原らは、本件一連の取引において、被告地銀生保の原告一義に対する貸付金が、仕手集団の支配する東成商事へ再融資され、仕手株の購入に充てられること、仕手株が暴落し、原告一義が損害を被るおそれの高いこと、すなわち、本件一連の取引が持つ著しい危険性を十分に認識していたか、又は最小限の信用調査によりそのことを容易に認識し得る状況にあった。

したがって、石川、宮原らは、本件一連の取引の直接の当事者の一人として原告らの損害の発生を回避するため、本件一連の取引を中止する義務を負っていたし、少なくとも、右取引に伴うリスクを原告らに告知説明する義務を負っていたものというべきである。しかるに、石川、宮原らは、原告一義に対し危険性の説明をせず、甲野らの前記の違法な斡旋に応じて、漫然と五五億円を貸し付けた。

(2) 担保管理義務違反

被告地銀生保は、前記(一)(3)に記載したとおりの担保管理責任を第一次的に負っているものである。

しかるに、石川及び宮原は、甲野の要請に応じ、平成二年八月、貸金債権の回収不能の危険が解消されていないのに、右債権の担保に供された株式の一部(常陽銀行一二万五〇〇〇株、東邦銀行一二万五〇〇〇株、時価合計約一〇億円)を東成商事に返却し、故意に担保を減少させた。

さらに、前記(一)(3)に記載したとおり、同年九月末以後右株式が下落し、東成商事から本州製紙の株式一万株を追加担保として徴した同年一〇月五日には、東成商事は期限の利益を喪失していたのに、石川、宮原は速やかに本件担保株式の売却措置を執らず、原告一義の売却申出をも拒否して、右株式の時価が低下するのを放置し、その結果、本件担保株式の処分の機会を失わせ、東成商事からの債権回収の不能により原告一義が被る損害を拡大させた。

(三) 被告銀行の行員による前記(一)記載の各行為は、いずれも被告銀行の事業の執行につきなされたものであり、また被告地銀生保の社員による前記(二)記載の各行為は、いずれも被告地銀生保の事業の執行につきなされたものであるから、民法七一五条により、被告らは各自使用者責任を負うものである。

そして、被告銀行と被告地銀生保の各社員は、共謀の上又は後者が前者を幇助した上、役割を分担し、違法に原告らを本件一連の取引に引き込んだのであるから、被告らは、共同して不法行為をなしたものというべきである。

7 損害

(一) 損害額についての主位的主張

(1) 原告一義の被告地銀生保に対する不必要な元本債務の負担

原告一義は、当初被告地銀生保から五五億円を借り入れ、その後、本件担保株式が一二億七三〇六万五〇〇〇円で評価され、元本に充当されたため、原告一義の被告地銀生保に対する残元本債務は、次式のとおり四二億二六九三万五〇〇〇円となった。

5,500,000,000−1,273,065,000=4,226,935,000

しかし右借入れは、東成商事に内金五〇億円を再融資することを前提とした一連の取引であり、現実には、原告一義は、右五〇億円分につき何らの経済的利益をも得ていないのであって、原告一義は本件一連の取引に単に介在させられたに過ぎないから、本来、右債務のうち、五五億円分の五〇億円の割合においては、負担する必要がないものであった。

したがって、原告一義は、次式により算出される三八億四二六六万八一八一円の本来不必要な元本債務を負担させられ、同額の損害を被ったものというべきである。

4,226,935,000÷5,500,000,000×5,000,000,000=3,842,668,181

(2) 株式投資における株式売却損

原告一義は、甲野の指図により、本州製紙等の株式を、代金合計三億七八八一万円で購入したが、株価の下落により、右株式を一億四七七九万六七六〇円で売却せざるを得なかった。そのため、原告一義は、株式投資における株式売却損として、次式により算出される二億三一〇一万三二四〇円の損害を被った。

378,810,000−147,796,760=231,013,240

(3) 原告一義の被告地銀生保に対する不必要な利息及び遅延損害金債務の負担

原告一義は、被告らにより、本件一連の取引に介在させられた結果、被告地銀生保に対し、以下のとおり、不必要な利息及び遅延損害金債務を負担させられた。

ア 平成二年一二月二七日から平成三年七月八日までの確定利息

二億六一〇〇万一三六九円

イ 平成三年七月九日から平成四年六月二六日までの確定遅延損害金

七億六八一三万一五〇六円

ウ 平成四年六月二七日から支払済みまでの遅延損害金

四二億二六九三万五〇〇〇円に対する年14.4パーセントの割合による金員

右のとおり、原告一義は、不必要な利息及び遅延損害金債務を負担させられ、その結果、右アないしウの合計である一〇億二九一三万二八七五円及び四二億二六九三万五〇〇〇円に対する平成四年六月二七日から支払済みまで年14.4パーセントの割合による遅延損害金相当額の損害を被った。

(4) 以上、(1)ないし(3)を合計すると、原告一義の損害は、五一億〇二八一万四二九六円及び内金四二億二六九三万五〇〇〇円に対する平成四年六月二七日から支払済みまで年14.4パーセントの割合による金員となる。

(二) 損害額についての予備的主張

(1) 原告一義の東成商事に対する貸付金五〇億円のうちの回収不能額

原告一義の東成商事に対する残元本債権は、本件担保株式が一二億七三〇六万五〇〇〇円で評価され、元本に充当されたため、次式のとおり三七億二六九三万五〇〇〇円となった。

5,000,000,000−1,273,065,000=3,726,935,000

借主の東成商事及び連帯保証人の岸本は現在無資力に近く、右債権は事実上回収不能の状態にあるから、原告一義は、東成商事に対する貸付金の回収不能額として、三七億二六九三万五〇〇〇円の損害を被ったものというべきである。

(2) 株式投資における株式売却損二億三一〇一万三二四〇円

前記(一)(2)記載のとおり

(3) 原告一義の被告地銀生保に対する不必要な利息及び遅延損害金債務の負担

原告一義は、被告らにより、本件一連の取引に介在させられた結果、被告地銀生保に対し、前記(一)(3)記載の利息及び遅延損害金債務を負担するに至った。

しかし、原告一義は、被告地銀生保からの元本五五億円の借入金のうち、五〇億円分は何ら経済的利益を得ていない上、残余の五億円分についても、甲野の指図に従った結果、二億三一〇一万三二四〇円の株式売却損を被っているから、本来、右利息及び遅延損害金債務のうち、五五億円分の五二億三一〇一万三二四〇円の割合に相当する部分は、負担する必要がないものであった。

したがって、原告一義は、次式①により算出される九億七八八〇万一三九八円及び次式②により算出される四〇億二〇二〇万九六二五円に対する平成四年六月二七日から支払済みまで年14.4パーセントの割合による遅延損害金という本来不必要な債務を負担させられ、同額の損害を被ったものというべきである。

計算式①

1,029,132,875÷5,500,000,000×5,231,013,240=978,801,398

計算式②

4,226,935,000÷5,500,000,000×5,231,013,240=4,020,209,625

(4) 以上、(1)ないし(3)を合計すると、原告一義の損害は、四九億三六七四万九六三八円及び内金四〇億二〇二〇万九六二五円に対する平成四年六月二七日から支払済みまで年14.4パーセントの割合による金員となる。

(三) 原告一郎及び同甚五郎は、原告一義の連帯保証人であるから、原告一義の被った損害額が、ひいては原告一郎及び同甚五郎の損害額となる関係にある。

8 よって、被告地銀生保に対し、原告一郎及び同甚五郎は、各保証債務の不存在確認及び本件根抵当権設定登記抹消登記手続を、原告一義は貸金債務の不存在確認をそれぞれ求め、被告銀行に対し、原告ら各自は不法行為に基づく損害賠償請求として、前記損害額の一部である四七億五六〇六万七八七五円及び内金四二億二六九三万五〇〇〇円に対する平成四年六月二七日から支払済みまで年14.4パーセントの割合による金員の支払を求める。

二  請求原因に対する被告銀行の認否及び反論

1 請求原因に対する被告銀行の認否

(一) 請求原因1の事実は認める。

(二) 同2の事実は争う。

(三) 同3の事実のうち、(一)ないし(四)の各事実は認め、(五)の事実は知らない。

(四) 同6(一)の前文は争う。

同6(一)(1)の①ないし④の事実のうち、原告一義が五〇億円を転貸した相手が東成商事であること、東成商事が株式投資により数十億円規模以上の損失を出したときに、自己資金によってその損失をカバーできるだけの資産を有していなかったこと、原告一義の東成商事に対する貸金の唯一の担保が時価評価された株式であったこと、原告一義が被告地銀生保から借り入れた五億円で株式購入が企図されていたことは認めるが、その余は知らない。同6(一)(1)のその余の事実は否認ないし争う。

同6(一)(2)、(3)は否認ないし争う。

同6(三)は争う。

(五) 同7の事実は知らない。

2 被告銀行の反論

(一) 一般に、他人に対して、ある取引及びその取引の相手方となる第三者を紹介した場合に、紹介を受けた者が、その第三者と取引を行ったことにより損害を被ったとしても、紹介者はその損害を賠償する責任を原則として負わない。けだし、通常、単に紹介行為がなされた場合においては、紹介を受けた側は、紹介された第三者と取引を行うか否かの自由を有しており、損害が予想される場合には損害を回避する手段を講ずるか、それが不可能であれば取引自体を行わないことにより損害を回避できるからである。実質的に考えても、紹介者が、その後に生じ得る損害について常に責任を問われる可能性があるとするのは、紹介者に酷に過ぎるし、ひいては取引情報の円滑な交換が阻害されることになる。

もっとも、紹介を受けた者が、紹介された第三者と取引を行うか否かの自由を有しておらず、したがって紹介行為を行った場合には必ず取引きが成立し、かつその取引から損害が発生する高度の蓋然性があることを、紹介者が知り、又は知り得べきであったにもかかわらず、紹介行為を行ったときは、そのような紹介行為は違法と評価されるべきであり、同時に生じた損害との因果関係も認められるので、紹介者が損害賠償責任を負うべきものといえる。

本件においては、原告一義は、病院の経営者としての判断力に基づき、自ら決断した上で本件一連の取引に取り組んだのであり、東成商事に対して貸付を行うかどうかの自由を有していたことは明白である。また、甲野が紹介行為を行った時点において、東成商事に対する貸付金の一部が回収不能になることの高度の蓋然性が存在したことは認められないから、原告らに対し被告銀行が責任を負うことはない。

(二) 原告らは、被告銀行及びその行員は、一般的にいっても、一定の金融取引を勧誘するに際し、顧客に対して不測の損害を被らせないよう、あまりに投機的でリスクの高い取引については積極的に勧誘実行してはならないとともに、右取引に伴う利益よりもむしろリスクについて、正確に事実を告知し、顧客が正しい知識に基づき実質的な判断ができるよう十分に説明する義務を負っていた旨主張する。

しかしながら、仮に、被告銀行が、金融取引について比較的知識の乏しい一般人に対し、理解が困難でかつリスクを伴う特定の金融取引を勧誘するに際して、右のような説明義務等を負うとしても、本件においては、右に述べたような単なる一般人が対象となっているのではなく、株式取引を頻繁に行い、病院の経営者として資金調達に奔走し、ある時は架空の融資証明まで用いようとするほどに金融取引の知識を有する原告一義が対象となっているのであるから、原告の右主張は、その前提条件を欠くといわなければならない。

また、甲野は、原告一義に対し、東成商事の概要、同社に対する五十億円の融資契約の内容、融資金の使途等について説明を行い、その上で原告一義と東成商事の幹部とを引き合わせ、原告一義において不明ないし情報が不十分であると思われる点があれば、説明を受けられる機会を設けているのであって、本件で何らかの説明義務が問題になり得るとしても、その義務は尽くされていたものというべきである。

(三) 原告らは、青葉台支店の元幹部らが、幹部であるという信用と肩書きを利用して、被告地銀生保から原告一義を含む顧客四名に対し合計二二〇億円の資金を融資させ、さらに右各顧客から東成商事に対し右金員の大部分を融資させて、これらの金融貸借を媒介したことが、出資法三条に違反すると主張する。しかし、金融機関への信頼を保護法益とする行政取締法規たる出資法の違反が、直ちに不法行為を構成するとはいえないのであり、原告らの右主張は主張自体失当といわざるを得ない。

また、原告らは、被告銀行青葉台支店の元幹部らが、原告一義らを証券取引法上の違法行為たる株価操縦に加担させたと主張しているが、仮に右行為の存在が認められたとしても、右行為と原告らが主張する損害との因果関係は全く認められない。

(四) 原告らは、被告銀行が担保管理責任を負担していたと主張するが、原告ら主張の事実から、なぜ、被告銀行に右担保管理責任なるものが発生するのか全く根拠が不明である。

因みに、原告らがその根拠として示す前記請求原因6(一)(3)記載の事実のうち、①は、単に原告一義に一旦株券の占有を移すのが無意味であるから、そのような手続がなされただけのことであり、②については、甲野は連絡窓口になっただけで実質的な指示を行っていたものではなく、原告一義も当然担保処分は可能であったし、③は全く事実に反するものである。

三  請求原因に対する被告地銀生保の認否及び反論

1 請求原因に対する被告地銀生保の認否

(一) 請求原因1の事実は認める。

(二) 同2の事実は知らない。

(三) 同3の事実のち、(一)ないし(四)の各事実は認め、(五)の事実は知らない。

(四) 同4の事実のうち、原告らが被告地銀生保に対し損害賠償請求権を有するとの事実は否認する。

(五) 同5の事実は否認ないし争う。

(六) 同6(二)、(三)の各事実は否認ないし争う。

(七) 同7の事実は争う。

2 被告地銀生保の反論

(一) 被告地銀生保としては、原告一義に対する貸付金が東成商事に転貸されるなどのことは知らなかったものであり、また、知ることもできなかった。したがって、被告地銀生保は、本件一連の取引が原告らの主張するようなものであるとの認識など持ちようもなかったのである。

仮に百歩譲って、万一、被告地銀生保が、原告一義において被告地銀生保からの借入金を東成商事に転貸することを知り得べき立場にあったとしても、被告地銀生保が原告一義のために東成商事への転貸の危険性を予見して、転貸を中止させたり、あるいは、そのための信用調査をする義務を負ういわれは全くない。

(二) 原告らは、被告地銀生保が担保管理責任を負うとし、その担保管理責任とは、本件担保株式が五〇億円以上の余力を持つように担保株式を追加させるなどして保つこと、及びそれが不可能な場合には、直ちに担保を処分して元本回収を図るべき義務をいうとするが、これはその法的根拠が明らかでないばかりでなく、金融における債権管理・回収の実務を理解しない誤った見解である。

そもそも、被告地銀生保と原告一義との間では、担保株式を五〇億円以上に保つことは、原告一義の被告地銀生保に対する義務ではあっても、被告地銀生保の義務ではない。次に、担保権を、いつ、どのような裁量と順序で実行し、貸付金を回収するかは、債権者たる被告地銀生保の原告一義に対する権利であって、義務ではない。したがって、被告地銀生保が原告一義との間で原告ら主張のような担保管理責任を負うことはない。

しかも、被告地銀生保の原告一義に対する五五億円の貸付金については、平成二年一〇月五日当時、期限未到来であり、かつ延滞もなかったのである。したがって、かかる時点で、被告地銀生保が担保株式を処分すべきであったという原告らの主張は明らかな誤りである。そもそも、金融機関は、被担保債権の弁済期限が到来し、担保権の実行が可能になったとしても、債務者あるいは担保提供者の同意を得て担保権の任意処分を模索するのが原則である。したがって、本件では、少なくとも原告一義に代理人弁護士がついてからは、担保株式の処分についても、担保株式の保有者である原告一義にイニシアチブがあったというべきであり、被告地銀生保に担保管理責任を問うのは筋違いである。

(丙事件)

一  反訴請求原因

1 甲・乙事件請求原因3(一)(被告地銀生保と原告一義間の元本五五億円の金銭消費貸借契約の締結)及び3(二)(被告地銀生保と原告一郎・同甚五郎間の各連帯保証契約の締結)のとおり。

2 被告地銀生保は、原告一義に対し、平成三年七月八日、期限の利益を喪失させる旨の通知をした。

3 変動金利の推移は以下のとおりであった。

平成二年一二月二八日から平成三年三月一九日まで 年9.3パーセント

平成三年三月二〇日から同年六月一九日まで 年8.7パーセント

平成三年六月二〇日から同年七月八日まで 年8.9パーセント

4 被告地銀生保は、平成四年六月二六日、本件担保株式を一二億七三〇六万五〇〇〇円で評価し、これを右貸金元本に弁済充当した。

5 よって、被告地銀生保は、原告一義に対し右金銭消費貸借契約に基づき、原告一郎及び同甚五郎に対し右各保証契約に基づき、それぞれ、残元本四二億二六九三万五〇〇〇円、平成二年一二月二八日から平成三年七月八日までの確定利息二億六一〇〇万一三六九円及び平成三年七月九日から平成四年六月二六日までの確定遅延損害金七億六八一三万一五〇六円の合計五二億五六〇六万七八七五円並びに残元本四二億二六九三万五〇〇〇円に対する平成四年六月二七日から支払済みまで約定の年14.4パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。

二  反訴請求原因に対する原告らの認否

反訴請求原因事実はすべて認める。

三  抗弁

原告一義の抗弁は、甲・乙事件請求原因4(相殺)のとおり

原告一郎及び同甚五郎の抗弁は、甲・乙事件請求原因5(一)(錯誤)、(二)(付従性による根抵当権及び保証債務の消滅)のとおり

四  抗弁に対する被告地銀生保の認否

抗弁に対する認否は、甲・乙事件請求原因4及び5(一)、(二)に対する各認否のとおり

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

第一  甲事件及び乙事件について

一  請求原因1(当事者)及び同3(一)ないし(四)(本件各契約の締結)の各事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告らが本件一連の取引をするに至った事情などについてみると、証拠(甲一の1ないし6、二ないし九、二四ないし二六、二七の1、2、二八の1、2、三〇、三一の1ないし5、三二の1ないし3、三三、三四、三五の1、三七ないし五〇、五七ないし六〇、六三ないし七八、八〇、八二、八三、八五の10、八六ないし九〇、乙一ないし一五、一七ないし一九、二三ないし二九、三〇の1ないし6、三一の1ないし4、三二の1ないし4、三三ないし三九、四〇の1ないし6、四一、四二の1、2、四四の1ないし3、四五ないし四八、証人宮原直良、証人甲野一夫、証人××、証人乙川二夫、原告一義本人、原告一郎本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

1(一)  原告一義は、大学卒業後、東京医科大学等に歯科医として勤務し、昭和六三年九月、桶川坂田病院(平成元年一二月に法人化して、医療法人財団聖蹟会桶川坂田病院となった。)を開設してその理事長を務め(年間六億円を越える売上があった。)、平成二年六月、不動産の売買・賃貸等を業とする株式会社五洋計画の代表取締役にも就任しており、本件当時は三一歳であった。原告一義は、平成元年ころには、青葉台支店の支店長であった乙川の紹介により、小谷光浩が株価を操縦していたとされる藤田観光株式会社の株式を購入し、このようないわゆる仕手株の取引を通じ、二か月足らずの間に合計二〇〇〇万円近い利益を得るなど、株式取引についての知識・経験を少なからず有していた。

原告一義の父の原告一郎は、当時五五歳で市役所に勤務しており、祖父の原告甚五郎は、かつて農業を営んでいたが当時は七六歳で無職であった。原告一郎及び同甚五郎は、横浜市内等に合計約八〇〇〇坪もの不動産を所有する資産家であり、昭和六三年一月、桶川坂田病院の設立費用を調達するため、被告銀行すすき野支店(後に、青葉台支店の出張所に改組された。)から融資を受けるに当たっては、被告銀行に対し、右不動産の一部につき、極度額合計一三億五〇〇〇万円の根抵当権を設定し、さらに同年一〇月にも、右病院を債務者、住銀リース株式会社を根抵当権者とする極度額三億五〇〇〇万円の根抵当権を設定するなど、原告一義の右病院経営に全面的に協力していた。

(二)  被告銀行は、銀行法に基づき設立され、預金の受入れ、資金の貸付及び為替取引等を業とするいわゆる都市銀行であり、被告地銀生保は、いわゆる地方銀行六四行及び生命保険会社二一社の共同出資により、貸金業の規制等に関する法律に基づき設立され、不動産又は有価証券を担保とする住宅資金貸付等を業とするいわゆる住宅金融専門会社である。被告地銀生保は、支店数が一五店で従業員が二九〇名程度と比較的規模が小さいこともあり、銀行等の金融機関において、大蔵省通達の不動産業向け融資残高を規制する総量規制により直接融資できない場合などに、そのような融資案件を紹介してもらい、その見返りとして当該金融機関に対し協力預金を行うことが多く、本件当時以前においても、青葉台支店を含む被告銀行の約二〇支店から、約五〇件の融資案件の紹介を受けていた。

2  青葉台支店においては、昭和六三年三月ころ以後、当時の支店長であった乙川が、支店長の立場を利用して、同支店の顧客の名義を利用しノンバンクから資金を借り入れ、小谷(光進)の支配する仕手集団に資金を供給し、小谷(光進)はその見返りに顧客に高利を支払うという融資計画を実行しており、そのような関係から、乙川は、小谷(光進)から仕手株についての情報を得ていた。乙川は、平成元年末ころ、秋山清を介して加藤暠と面識を持ち、その後、小谷(光進)の場合と同様の方法で、顧客の名義を利用してノンバンクから資金を借り入れ、右資金を秋山を介して加藤の支配する仕手集団に供給する融資計画を実行していた。

甲野は、前任地である被告銀行の人形町支店で副支店長を務め、在任中三年間で三〇倍以上の収益拡大を達成し、その功績もあって、平成二年一月、同期で最初に青葉台支店の支店長に昇格したエリー卜社員であった。甲野は、支店長に昇格した後、青葉台支店の大口の顧客の預金を獲得するには、大口顧客に株情報を提供する必要があると考え、確実に儲かる株情報を入手する努力をしたものの、うまくいかなかった。そこで甲野は、当時大塚支店の支店長であった乙川が、個人的な株情報のルートを握っているとの話を聞いていたため、同年四月ころ、同人に対し株情報の提供を依頼し、本州製紙株の紹介を受けたところ、右株式はわずか一週間で二〇〇円以上も値上がりし、甲野は、これによって、乙川が「株に関係する人」とつながりがあるとの認識を持ち、また本州製紙株が仕手株ではないかと推測した。

被告銀行では、本件当時、業績表彰制度が極めて重視され、この点が人事考課にも大きな影響を与えていたところ、青葉台支店では平成元年度下期まで八期連続で被告銀行の業績表彰を受けていたのに、甲野が支店長に就任してから半年足らずの間に、同支店の個人流動性預金が三分の二程度にまで激減したため、このような業績不振をいかに脱却すべきか、同人は苦悩を重ねるようになった。そのような中、甲野は、平成二年五月二五日、同支店の大口顧客である森から、商品取引で損失を出し困っているので良い方策を教えて欲しい旨の相談を受け、顧客の支店離れを防ぐために、右損失を補填する方策を思案したが、何ら名案が思い浮かばず、そこで甲野は、大塚支店まで赴いて、乙川に対し、森の損失を補填するための方策や青葉台支店の業績を回復するための方策が何かないかについて相談した。

相談を受けた乙川は甲野に対し、「秋山清という男のグループが、六〇〇〇億円から七〇〇〇億円近くの金員を運用して株式取引を行い、必要な資金を年二割の利息で借りたい旨言っているので、青葉台支店の顧客にノンバンクから資金を融資させ、それを、秋山が代表取締役を務める近代計画株式会社に対し、半年か一年間融資したらどうか。最低のロットは五〇億円で、担保としては、近代計画株式会社から、株を掛け目一〇割で提供させる。」などと説明し、銀行から直接融資することが困難な株の投資家グループに対し、顧客を介在させた迂回融資を斡旋することによって、顧客に銀行の金利を遥かに上回る利息を得させる一方、青葉台支店もノンバンクから協力預金を受け入れることができるようになるとの話を持ち掛けた。甲野は、右融資計画について検討した後、乙川に連絡して、同人に対し、「五〇億円の枠をもう少し少額にできないか。」「担保の掛け目を低くできないか。」「自分が転勤したときに回収をどうするのか。」などと質問をしたが、これに対し、乙川は、融資条件は変更できないものの、甲野が転勤したときは、自分が責任を持って回収を行う旨回答した。

甲野は、大筋において本件融資計画に乗り気になったが、近代計画株式会社(以下「近代計画」という。)の資産内容に不安があったため、迂回融資先として別の会社を紹介するよう乙川に依頼し、他方、ノンバンクから青葉台支店の大口顧客に対する融資及び右大口顧客から迂回融資先への融資の媒介を自ら行うこととして、同年五月二八日ころ、副支店長○○、融資課長××及び取引先課長△△に対し、迂回融資先を秘して本件融資計画の概要を説明した。甲野から右融資計画について説明を受けた際、○○、××、△△は、甲野に対し、本件融資計画の安全性について危惧の念を表明し、融資先の実態について尋ねたが、甲野は、「融資先の会社については今は言えない。絶対大丈夫な会社だ。九九パーセント大丈夫。俺が保証する。」などと言って、右融資計画について右幹部行員らを納得させた。そして甲野は、そのころ、同支店の大口顧客のうち、まず担保に適する不動産を多数所有している森及び鈴木に対し、本件融資計画の勧誘を行った。

3  原告一義は、当時、桶川坂田病院の法人化に伴う債務の承継手続のため、青葉台支店に頻繁に来訪しており、その際、右病院の運転資金を必要として、同支店に二億円程度の融資を申し込んでいたが、被告銀行の融資審査基準に照らし、赤字の累積する右病院に対し融資を行うのが困難であったことから、甲野は、大口顧客である原告一義までもが同支店から預金を引き上げるのではないかと非常におそれていた。

そこで、甲野は、原告一義の病院経営に協力している父の原告一郎及び祖父の原告甚五郎が、多数の不動産を所有していたこともあって、右病院に対する融資に代え、本件融資計画による金利差分の利益の獲得を勧めることとし、同年五月二九日ころ、青葉台支店に来訪した原告一義に対し、「ファイナンス会社から融資を受けて、株の投資家グループに年二割の利息で融資をしませんか。期間は半年くらいで、担保としては、投資家グループから上場会社の株式を掛け目一〇〇パーセントで提供させます。返済については自分が責任を持って行わせ、銀行としても万一の場合には放置しないから、心配ありません。」などと説明して、本件融資計画への参加を勧誘した。

なお、甲野は、そのころ、青葉台支店の大口顧客である村田に対しても、本件融資計画への参加を同様に勧誘しており、結局、同支店の顧客合計四名に対し、右計画を持ち掛けた。

4  甲野は、同年六月一日、乙川から、近代計画に代わる迂回融資先として東成商事を紹介され、同社の商業登記簿謄本及び決算書等を提示された。甲野は、当初、同社の債務がかなり多く、投資有価証券等の内部留保資産が乏しいことに幾ばくかの不安を覚えたが、乙川において、自ら支店長を務める大塚支店の顧客にも東成商事に融資させている上、甲野の転勤後も自分が融資についての責任を引き受けるなどと説明していたことから、乙川の右紹介を受け入れ、東成商事を融資先とすることにした。

5  甲野は、同年六月四日に森及び村田と、翌五日に鈴木及び原告一義とそれぞれ面談し、東成商事に関するパンフレットや確定申告書等を提示した上、融資先を同社として各五〇億円を利息年二割の約定で貸し付けること、その担保として同社から株式を掛け目一〇割で提供させること、右融資資金各五〇億円の調達はノンバンクから行うこと、顧客はノンバンクに対する担保として、東成商事から提供される右株式を掛け目六割で計算し、三〇億円分として再提供するほか、残余の借入金二〇億円分については、顧客ないしその親族所有の不動産に根抵当権を設定する必要があること等を説明した。

その際、原告一義は、当初の本件融資計画では、ノンバンクに再提供する株式を掛け目七割で計算する予定であったとして、甲野及び××に対して抗議するとともに、借入金額が極めて巨額であって、東成商事からの返済が滞るおそれがあるのではないかと不安を覚えたため、一旦話を持ち帰ってよく検討することとしたが、支店長自らの勧誘である上、病院の運転資金が不足ぎみであったことなどから、東成商事の資産内容につき詳細に確認することもせず、同年六月五日夕方ころには、××に電話で連絡をとり、本件融資計画に乗り気になった旨伝えた。

なお、ほかの顧客三名も、東成商事の資産内容を詳細に把握していたわけではなかったものの、そのころまでには、青葉台支店の担当者に対し、本件融資計画に参加することを了承する旨伝えてきた。

6  他方、甲野は、同年六月一日ころから、かねて取引関係のあったノンバンクである被告地銀生保に対し、顧客に対する本件融資資金の調達を打診していたが、同月五日午前、青葉台支店において、宮原と面談し、「青葉台支店の顧客の森と村田に対し、株式購入資金として、各五〇億円を、長期プライムレートに1.2パーセントを上乗せした変動金利で、半年間融資して欲しい。右債務の担保としては、時価五〇億円相当の株式を六〇パーセントの掛け目で計算し三〇億円相当として提供させるほか、残りの二〇億円分につき、その所有不動産に根抵当権を設定してもらう。右借入金は、本人が投資顧問的な人物に委託して株式購入に充て、その株式の一部を担保に提供する予定だが、右株式の銘柄は物色中なので、後日改めて連絡する。」などと、右金員を東成商事に迂回融資する目的を秘して、とりあえず元本合計一〇〇億円の融資を依頼し、さらに同日夕方、前記のとおり、原告一義及び鈴木も本件融資計画への参加に意欲を示したことから、宮原に対し、「本件融資の申込みを、あと二人追加したい。」旨の電話をした。

甲野が、右同日、大塚支店に乙川を訪ね、今回の融資計画が合計二〇〇億円になった旨報告すると、その金額の大きさに驚いた乙川は、「こういう案件は私だからできるんだけども、君のようなエリートのやる仕事ではないんじゃないか。私はもし回収不能というようなことがあっても、首を覚悟でやることができたとしても、君のような超エリートはそこまでやる必要はないんじゃないか。」と言って同人に自重を促したが、これに対し、甲野は「いや、こんなことはほかの支店でもみんなやっていることです。前任の人形町支店でも同じようなことをやっていました。」と答え、本件融資計画を実行することを明言した。その反面、乙川は、甲野に対し、東成商事のグループは、六〇〇〇億ないし七〇〇〇億円の巨額の資金を運用していること、現実に大塚支店において同様の取引をしているが、何らのトラブルも発生していないこと、担保株は、値上がりする株であり、万一下がった場合でも追証を入れさせるなど、融資金の回収について心配する必要がないという趣旨の話をした。

甲野は、顧客四名に対する本件融資資金額が合計二〇〇億円にまで達し、巨額の取引となることから、同年六月六日、自ら被告地銀生保本店に出向き、同店の営業部長高田、営業課長石川及び同課長代理宮原と直接面談の上、各顧客の資産内容について説明したが、原告一義に関しては、同人が歯科医の資格を持ち病院の理事長を務めているばかりでなく、その父及び祖父が、時価合計約一七〇億円の不動産を所有しており、本件融資に当たり、横浜市緑区荏子田二丁目一〇番の一一ないし一六所在の六筆の本件各土地を担保として提供してもらう予定であるなどと説明して、本件融資資金の調達を斡旋した。

その際、石川は、融資期間を余裕を持って一年とするよう要望するとともに、本件融資が大量の株式購入を目的としていたことから、右金員がいわゆる仕手集団に流れることをおそれ、株の買占め等を行っていたとされる株式会杜光進等との関連を甲野に問いただしたが、これに対し、同人は、右金員が仕手集団に回るようなことはない旨明言した。

7  甲野は、同年六月四日ころ、乙川から電話で連絡を受け、東成商事が担保として提供する株式を、本州製紙、常陽銀行、東邦銀行、東急車輌製造につき各五〇万株、太平工業につき三〇万株、トーメンにつき二〇万株(融資実行前に、三二万株と変更された。)としたい、右株式の時価は、合計五〇億円を越えるものであるとの東成商事の意向を聞き、同月六日ころ、右の株式銘柄を被告地銀生保に電話で伝え、その了解を求めた。その際、甲野、××は、右本州製紙の株式が仕手株であると認識しており、××は、右のような株式を担保に取ることについて危惧の念を抱いていた。

被告地銀生保は、財務部を通じて証券会社に問い合わせた結果、右株式が加藤暠の支配する旧誠備グループに属しており、株価変動の激しいいわゆる仕手株であることを察知したが、原告一義ら顧客四名については不動産の担保が十分である上、株式の担保掛け目も六割と比較的低く見積もっていたことから、結局、右株式を担保とすることを応諾し、一応本件融資資金の貸付に前向きに取り組むこととなった。

8  被告銀行では、そのころ、融資課長の××の提案により、東成商事に対する融資の外に、別途、原告一義ら顧客四名に対し、株式取引等を行う便宜を与え、本件融資計画をより高利潤を生む魅力的な金融取引とするため、被告地銀生保から各顧客への融資元本を五億円増額して合計五五億円とし、原告一郎及び同甚五郎らに設定させる根抵当権の極度額も、五億円増額して二五億円とする案を関係者に勧めることとなり、同年六月七日、××は右計画を被告地銀生保に打診した。

これに対し、被告地銀生保は、原告らの所有する全不動産の登記簿を閲覧謄写し、被告銀行を通じて、確定申告書、損益計算書及び給与所得の源泉徴収票等を入手するなどして、原告らの資産内容を十分に確認し、同月八日、取締役以上の者が出席して案件会議を開いたところ、特段の異議もなく、借主本人と面接した上で、元本各五五億円の融資を実行するとの方針が決められた。そこで、被告地銀生保の担当者は、同月一〇日に担保として提供される予定の不動産の実地見分を行った後、同月一四日に原告一義に直接面談してその意思を確認し、金銭消費貸借契約を締結することにした。

甲野は、同月八日、乙川の紹介によって、東成商事の代表取締役である岸本及び常務取締役である泉芳彦と初めて面接し、右席上において、原告一義ら青葉台支店の顧客四名が、東成商事に対し、元本各五〇億円を、利息年二割で半年間貸し付ける旨の金銭消費貸借契約の条件について確認を行った。

9  原告一義と石川及び宮原は、同年六月一四日午前九時ころ、青葉台支店の支店長室において、甲野及び××の立会いの下に初めて面談し、その際、原告一義の経営する病院の規模、内容、本件融資において担保提供者となる原告一郎及び同甚五郎の仕事の内容、借入金額、融資期間(一年間)、購入する有価証券の内容、資金使途、提供する担保物件、本件融資を同月二〇日に振込送金の方法で実行すること等を話し合った。

その際、宮原は、本件各土地の根抵当権の極度額を、当初の予定であった二五億円から剰余価値一杯の二八億円とするよう強く要望し、原告一義の同意を得た。また、石川は原告一義に対し、本件担保株式の時価が下がった場合、原告一郎及び同甚五郎の所有に係る本件各土地の根抵当権が実行されることもある旨説明した。

原告一義及び被告地銀生保は、面談の結果、融資の実行につき合意に達したことから、その場で契約の手続に移ることになり、宮原は、原告一義に対し、あらかじめ用意していた事業ローン・不動産担保ローン借入申込書(乙一)、基本取引約定書(乙二)、金銭消費貸借契約証書(乙三)、根抵当権設定契約証書(乙七)、差引依頼書(乙八)、受領書(乙九)、有価証券担保差入証(乙二三)、株式担保差入証(乙二四)及び追加担保差入念書(乙二五)を提示した。原告一義は、宮原の求めに応じ、その面前で、右各書面の所定欄にそれぞれ署名押印し、このようにして原告一義と被告地銀生保との間に、元本五五億円を一年間借り受ける旨の金銭消費貸借契約が成立した。

なお、原告一義は、その場において、××の指示に従い、本件融資の実行に当たり振込送金を行うため、普通預金口座を青葉台支店に開設する手続を行っている。

10  原告一義は、同年六月一四日、宮原及び甲野らとの面談を終え帰宅した後、義妹の吉村なお子に依頼し、原告らの印鑑登録証明書を各二枚ずつ交付申請させてその交付を受け、さらに、同日午後三時ころ、甲野と待ち合わせをして東成商事に赴き、同社の代表取締役の岸本及び常務取締役の泉と初めて面接して、同人らから直接、同社の営業内容につき、アスレティック関係の事業を営むとともに株式投資を行っているなどの概括的説明を受けたが、本件融資の条件に関しては、すでに乙川及び甲野を通じ調整済みであったことから、引き続きその場で契約の手続に移ることになった。

そして、岸本が、五〇億円を利息年二割で半年間借り受ける旨の金銭消費貸借契約証書(乙一七)の借主欄に東成商事の会社印及び代表者印を押印し、連帯保証人欄に自ら住所を記載の上署名押印して、原告一義の面前で、その了解の下に甲野に右証書を預け、これによって、原告一義と東成商事との間に、元本五〇億円の金銭消費貸借契約が成立するとともに、原告一義と岸本との間に、右消費貸借契約上の債務を主たる債務とする連帯保証契約が成立した。

11  原告一義は、同年六月一四日、被告地銀生保の指示に従い、自ら署名押印した基本取引約定書、金銭消費貸借契約証書、根抵当権設定契約証書及び追加担保差入念書に加え、委任状(甲一の3)及び意思確認に対する回答書二通(乙二六、二七)を自宅に持ち帰った上、その後間もなく、同居していた原告一郎及び同甚五郎に対し、被告地銀生保から五五億円を借り受けるに当たり、本件各土地に根抵当権を設定すること、青葉台支店の支店長である甲野が本件融資計画を積極的に勧めていることなどを説明し、担保提供者兼連帯保証人として右各書面の所定欄に署名押印するよう求めた。

これに対し、原告一郎及び同甚五郎は、借入額が巨額な上、東成商事から徴する担保が掛け目一〇〇パーセントの株式であったことから、右株式が暴落することを心配したが、結局は原告一義の求めに応じ、特段の抗議をすることもなく、担保提供者兼連帯保証人として、右各書面の所定欄に自署した上実印を押印し、これらを本件各土地六筆を含む登記済証の綴りと併せて原告一義に交付し、これにより、原告一義を使者として、被告地銀生保に対し極度額二八億円の根抵当権設定契約及び原告一義の消費貸借契約上の債務を主たる債務とする連帯保証契約の各申込みをなした。

12  原告一義は、同年六月一八日、青葉台支店の支店長室を訪問し、小野寺に対し、原告一郎及び同甚五郎が署名押印した前記各書類、原告ら各自の印鑑登録証明書各二通及び本件各土地の登記済証を交付し、これらの書類は青葉台支店に遅れて来訪した宮原に手渡された。これによって、原告一郎及び同甚五郎と被告地銀生保との間に、本件連帯保証契約及び根抵当権設定契約が成立した。

そして、原告一郎及び同甚五郎と被告地銀生保の双方の委託を受けた佐藤正一司法書士は、同日、宮原から登記関係書類を受領したものの、根抵当権設定契約証書には、根抵当権を設定する対象物件の表示の記載がなかったため、宮原の指示を受け、佐藤において本件各土地を対象物件とする旨の記載をなし、翌一九日、本件根抵当権設定契約に基づき、本件各土地について根抵当権設定登記が経由された。

13  その後、青葉台支店副支店長の○○は、甲野の指示に基づき、同年六月二〇日、東成商事の社員一名とともに本件担保株式の株券を被告地銀生保に持参して、これを原告一義を経由することなく直接宮原に渡した。右担保株式には、一部東成商事名義のものもあったが、他人名義のものもかなり多く含まれていた。

被告地銀生保は、右担保株式の提供を受けた後直ちに、原告一義との間の金銭消費貸借契約に基づき、青葉台支店の原告一義名義の普通預金口座に対し、貸付金五五億円から三か月分の前受利息一億二一九九万四五二〇円等を控除した残金五三億七七四〇万〇一五九円を振込送金した。

××は、甲野の指示に従い、原告一義と東成商事との間の金銭消費貸借契約に基づき、被告銀行の保管していた原告一義名義の通帳及びあらかじめ金額の記載された払戻し請求書を利用して、原告一義の口座に振り込まれた右金員のうち、元本五〇億円から前受利息二億五二〇五万四七九四円を控除した四七億四七九四万五二〇六円について、直ちに東成商事の口座へ振込送金する手続を取った。

このようにして、原告一義を含む顧客四名全員につき本件融資計画が実行された結果、被告地銀生保から被告銀行に対し、元本二二〇億円の協力預金がなされることになり、甲野は、乙川と協議の上、右預金のうち一三〇億円を青葉台支店に、九〇億円を大塚支店に分配する旨計画したが、結局、同年六月二一日から一週間、青葉台支店に対し一三〇億円の通知預金が行われたに止まり、大塚支店への協力預金はなされなかった。

14  甲野は、森が被告地銀生保からの本件借入金五五億円のうち五億円を活用して株式投資を行うに当たり、同人から株情報を提供するよう求められ、これに応じ、その他の顧客に対しても右情報を伝えるようになった。原告一義は、甲野又は××から推奨すべき株式の銘柄及びその購入時期について情報を受け、これに従って、同年六月二〇日から同年七月二〇日までの間、太平工業一万四〇〇〇株、東邦銀行七万三〇〇〇株、常陽銀行七万株、東急車輌製造二万株及び本州製紙一万株の株式を、和光証券株式会社青葉台支店を通じて購入し、右購入代金合計三億七八八一万円を同社に支払った。

15  その後、同年七月中旬から、本件担保株式の時価が、当初より合計一〇億円以上も上昇し、時価合計六〇億円を越えるに至ったため、甲野は、東成商事から依頼を受けた乙川の意向に沿って、被告地銀生保及び原告一義に対し、時価一〇億円相当の右株式の一部を担保から解放して、東成商事に返還するよう交渉した。

被告地銀生保は、当初、本件担保株式の一部の返還に難色を示していたものの、同年七月末ころ、右申出額の半額に当たる約五億円分につき返還に応じることを了承し、原告一義も、甲野の要請に応じて、担保品受領証の所定欄に署名押印してこれを甲野に交付し、同年八月一日、右書面が被告地銀生保に差し入れられ、これによって、常陽銀行及び東邦銀行の株式各一二万五〇〇〇株が被告地銀生保から原告一義に、原告一義から東成商事に対し、それぞれ返還された。

16  ところが、同年九月末ころから右担保株式の暴落が始まり、被告地銀生保の原告一義に対する貸金債権及び原告一義の東成商事に対する貸金債権は、いずれも担保割れを生じた。

そこで、甲野は、原告一義のために、担保総額を時価評価で五〇億円以上に確保すべく、東成商事に対し、同年一〇月三日、一〇億円相当の東京証券取引所第一部上場株式を追加担保として差し入れるよう要求したところ、東成商事は本州製紙一万株の株式を追加担保として差し入れ、一応担保割れの状態を解消させたので、原告一義は、同月五日、右株式をそのまま被告地銀生保に対する追加担保として提供した。

しかし、その二、三日後、株価の下落により、前記各貸金債権は再度担保割れの状態に陥ったことから、甲野は、東成商事との間で追加担保の差入れについて交渉するとともに、本件担保株式の早期の売却につき検討したが、結局、同社から追加担保を徴することはできず、また同社との対立を避けるため、直ちに本件担保株式を売却することは見送られた。

17  東成商事は、同年九月二〇日を期限とする前払利息二億五二〇五万四七九四円の支払債務については、原告一義に対し遅滞なくこれを履行したが、その後、株価の暴落により資金的に困窮したため、同年一二月二〇日の最終弁済期日には、原告一義に対し、借入金の返済が全くできなかった。

原告一義は、同年九月二〇日を期限とする前払利息の支払債務については、東成商事からの右弁済金を充てて、被告地銀生保に対し遅滞なくこれを履行したが、同年一二月二〇日に支払うべき前受利息(同月二〇日から平成三年三月一九日まで)については、東成商事から貸付金の弁済を受けられなかったため、平成三年四月一六日までの間に五回に分割して右利息の一部を提供したに止まり、右利息支払債務は履行遅滞に陥った。被告地銀生保は、原告一義に対し、最終弁済期日を平成三年七月八日まで猶予したものの、同日までに原告一義から借入金の弁済がなかったため、同日の経過によって、原告一義は期限の利益を喪失するに至った。

18  被告地銀生保は、本件根抵当権に基づき、本件各土地につき競売を申し立て、平成三年七月一一日、横浜地方裁判所で、競売開始決定がなされた。これに対し、原告一郎及び同甚五郎は、右競売手続停止の仮処分命令を申し立て、同年一一月二九日、東京地方裁判所において、原告一郎に五億円を、原告甚五郎に一億円をそれぞれ限度とする支払保証委託契約を締結する方法による担保を立てさせて、右競売手続を停止する仮処分決定がなされた。

東成商事が原告一義を経由して被告地銀生保に差し入れた本件担保株式については、担保権が実行され、平成四年六月二六日、東京証券取引所の同月二四日終値基準で一二億七三〇六万五〇〇〇円と評価され、これを被告地銀生保が取得し、これにより、被告地銀生保の原告一義に対する元本五五億円の貸金債権及び原告一義の東成商事に対する元本五〇億円の貸金債権のうち右評価額が弁済され、元本に充当されたものとして処理された。

東成商事及びその代表取締役の岸本は、株価の暴落によって株式投資に失敗し、ほとんどその資産を喪失し、現在、東京都港区西新橋三丁目二番一宅地62.57平方メートル、同番二宅地31.73平方メートル及び両土地上に所在する鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根九階建の店舗事務所(床面積一階67.98平方メートル、二階ないし九階各66.86平方メートル)のほかには見るべき資産を所有していない。そして、右各不動産には、被担保債権三一億円の抵当権及び極度額合計五一億円に及ぶ根抵当権がいずれも設定されており、その剰余価値は存しないことから、原告一義が、借主である東成商事又は連帯保証人である岸本から残債務の弁済を受けることは、事実上不可能な状態にある。

19  乙川は、平成二年一〇月五日に出資法三条違反の容疑で逮捕され、同月二六日に同容疑で起訴され、甲野も右同日、同容疑で在宅のまま起訴された。そして、平成六年一〇月一七日、東京地方裁判所において、乙川を懲役一年六月、執行猶予三年に処し、甲野は無罪とする判決が宣告された。右一審判決のうち乙川に関する部分について乙川及び検察官が、甲野に関する部分について検察官がそれぞれ控訴し、平成八年五月一三日、東京高等裁判所において、乙川に関する各控訴を棄却し、原判決中甲野に関する部分を破棄し、甲野を懲役八月、執行猶予二年に処する旨の判決がなされている(当裁判所に顕著な事実である。)。

三  そこで、まず請求原因5(一)(原告一郎及び同甚五郎の錯誤)について判断する。

原告一郎及び同甚五郎は、本件連帯保証契約及び根抵当権設定契約締結の際、被担保債務額及び極度額がいずれも数百万円程度と誤信していたから、右各契約は錯誤により無効である旨主張するところ、原告一義は、原告一郎に対し数百万円の運転資金が必要である旨説明して本件各書類に署名押印してもらった旨供述し、原告一郎本人も右主張に沿う供述をしている。

しかしながら、前記二認定のとおり、原告一郎及び同甚五郎は、昭和六三年ころ、桶川坂田病院の運転資金を調達するため、極度額合計十数億円にわたる根抵当権を自ら設定していること、同原告らは、本件契約書類の各所定欄に何らの異議を述べることなく署名押印しているばかりか、本件各土地六筆を含む登記済証の綴りを原告一義に交付していること、甲四一によれば、乙川、甲野らを被告人とする出資法違反被告事件の刑事公判において、原告一義は証人として、検察官からの被告地銀生保より五五億円を借り入れるについて原告一郎及び同甚五郎に内容を説明したかとの質問などに対し、「細かい話はしておりません。ただ、金額とそれから甲野支店長の紹介であること。それから銀行側としても万が一があってもこれは対処すると言っている旨話をした。」「金額がほんとに非常に大きい額、五〇億という金額であるから、万が一元本の回収ができなかったり、焦げ付いた場合どうするんだと、そこが原告一郎及び同甚五郎の最大の心配であった。ただ、その点については、甲野支店長がこの点に関して責任を持ってやると言っている。それから住友銀行としても万が一があった場合にはこれは放置できるような問題ではないし、きちっと対応するよ。などと説明をした。」旨答え、また、原告一郎も同甚五郎も、不動産担保を提供すること、連帯保証人となることは承諾したかとの質問に対し、「はい。」と答えていることが認められることなどを勘案すると、原告一郎及び同甚五郎は、前記二の11記載のとおり、被告地銀生保との間で、原告一義の元本五五億円の金銭消費貸借契約上の債務につき保証、担保提供を行うことを認識して、本件連帯保証契約及び根抵当権設定契約を各自締結したものと認めるのが相当である。

原告一義及び同一郎の前記各供述並びに甲一一、一二、一四、一五、一八の各記載中、右認定に反する部分はいずれも信用できず、他に請求原因5(一)の事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

四  次に、請求原因6(共同不法行為)の事実につき判断する。

1  被告銀行の行員の行為の違法性

(一) 五〇億円の転貸に関する危険性の説明義務違反等

原告らは、甲野らの媒介により、原告一義が被告地銀生保から五〇億円を借り入れ、これを東成商事に融資したことについて、甲野らに危険性の説明義務違反等の違法があった旨主張するので、この点について検討する。

出資法三条は、金融機関の役員、職員その他の従業員は、その地位を利用し、自己又は当該金融機関以外の第三者の利益を図るため金銭の貸借の媒介等をしてはならない旨定めているが、右規定は、金融機関の役職員がその地位を利用してサイドビジネスとして金銭の貸借の媒介等を行うことは、公共性を有する金融機関に対する信用を損なうものであるし、金融機関を信頼して取引を行う個々の顧客が、右のような行為により不測の損害を被るおそれがあるので、かかる行為を禁止したものであり、銀行の行員が右規定を遵守すべきことはいうまでもない。また、銀行の行員が銀行の信用を背景に、顧客を勧誘して一定の融資先に融資の斡旋をなすについては、融資先の業務内容、信用についてあらかじめ一定の知識を有すべきは当然のことといわなければならない。ところで、その融資先がいわゆる仕手集団の支配する会社であり、融資金が仕手株への投資に使用されることが予定されているような場合について考えると、いわゆる仕手集団による仕手戦の手法は、通常、株式の流通量が少ない小型株を借入金等で調達した資金により集中的に買い占め、その価格を極端につり上げるというものであるが、株価が停滞し始めると、仕手集団はたちまち莫大な金利負担に負われ、借入金の返済に窮して、資金繰りが極端に悪化することになり、そこで、仕手集団は、直ちに持ち株を巧妙に売り抜けるか、対立する経営陣に高値で引き取らせ、投下資本を回収しようとするのであるが、それに失敗すると、仕手株は暴落し、仕手集団は倒産に追い込まれるという経過をたどる危険性を常にはらんでいるものである(甲五五、弁論の全趣旨)。したがって、銀行員としては、顧客に積極的に働きかけて右のような仕手集団が支配する会社への融資の斡旋を行うことは控えるべきが筋であり、仮に融資の斡旋を行うとしても、その危険性について顧客に十分説明し、仕手株の暴落により顧客が不測の損害を被ることのないよう配慮する義務を負っているものと解するのが相当である。

本件についてみるのに、前記二認定の事実によれば、甲野は、青葉台支店の業績不振を脱却し、順調に栄進している自己の保身を図るため、乙川と相談の上、同支店の顧客にノンバンクから五〇億円単位の資金を借り入れさせ、これを掛け目一〇割で評価した株式を担保に多額の金員を運用して株式取引を行っている株式投資グループに年二割の利息で半年間融資させ、青葉台支店はノンバンクから見返りに協力預金を獲得するという本件融資計画を立案し、同支店の大口顧客のうち、本人又はその親族が担保に適する多数の不動産を有している原告一義らを選んで、本件融資計画への参加を積極的に勧誘したものであるが、乙川は、東成商事が秋山、加藤の支配するいわゆる仕手集団に属していることを知っていたものであり、前記二認定のとおり、甲野は、乙川が「株に関係のある人」とつながりのある人物であるとの認識を持っていたこと、乙川から東成商事について、六〇〇〇億から七〇〇〇億円もの資金を運用して株式投資を行っている会社であると聞いていること、本件担保株式の中には甲野が仕手株ではないかと思っていた本州製紙等の株式が含まれていたことのほか、甲野が乙川に相談して本件融資計画を立案した前記二認定の経緯からすれば、乙川から東成商事の紹介を受けた甲野においても、東成商事が人為的に株価を操作するいわゆる仕手集団に属する会社かもしれず、また本件担保株式は仕手株であると薄々認識していたものと推認される。加えて、甲野は、東成商事の債務がかなり多く、内部留保資産が乏しいことに不安を抱いていたことが認められるから、乙川はもちろん、甲野あるいは甲野から右情報を得ていた青葉台支店の幹部行員(以下「甲野ら」という。)も、本件融資計画の実行が極めて大きなリスクを伴うものであるとの認識を有すべきであったし、現に有していたものと認めるのが相当である。

したがって、甲野の本件融資計画の実行は出資法三条に違反する行為であり、この点を別にしても、甲野らは、銀行員として、原告一義らに対し、東成商事への融資を斡旋することを控えるのが筋であり、少なくとも東成商事への融資が極めて大きなリスクのある取引であることを十分に説明し、仕手株の暴落により顧客が不測の損害を被ることのないよう配慮すべき義務があったものというべきである。しかるに、甲野らは、右の点について思いを致さず、原告一義らに対し、東成商事への融資が多大なリスクを伴う点の説明を十分になさず、むしろ、同社への融資により金利差分として多額の利益を獲得できることに目を奪われている原告一義に対し、返済については心配はいらないという趣旨のことを言って、被告銀行の紹介先への融資であるから問題が生じても被告銀行側でうまく対応してくれるものと東成商事への融資に伴うリスクについての認識を薄れさせ、しかも、乙川に言われるまま、右融資の担保として不動産等の確実なものをとらず、仕手戦によって値上がりした株式を掛け目一〇割という非常識な評価で提供させ、その結果、株式の暴落により東成商事は倒産状態となり、本件担保株式も著しく下落して、大きな担保割れが生じ、原告一義は多額の債権を回収することが事実上不可能になったのである。

甲野のした右行為は、出資法三条違反の違法なものであり、また、甲野らは銀行員として融資の斡旋を行うに際し、顧客に対し当然なすべき前記の配慮義務を怠ったものであって、原告一義に対する不法行為に該当するものというべきである。

(二) 株式購入に関する危険性の説明義務違反等

原告らは、甲野らの媒介により、原告一義が被告地銀生保から五億円を借り入れ、右資金で株式を購入したことについて、甲野らに危険性の説明義務違反等の違法があった旨主張するので、この点について検討する。

前記(一)及び前記二認定の事実によれば、確かに、甲野は、東成商事がいわゆる仕手集団かもしれないと認識しており、原告一義の購入した本州製紙や東邦銀行等の株式が仕手株であることに薄々気付いていたと推認される。

しかしながら、前記二認定によれば、被告地銀生保から五〇億円のほか五億円の融資を受けるよう勧誘したのは、原告一義らに対し、右資金で自ら株式投資を行う便宜を与え、本件融資計画を右顧客らにとって魅力あるものにしようとの青葉台支店の融資課長である××の提案によるものであること、甲野らが原告一義ら顧客に対し、平成二年六月二〇日から同年七月二〇日にかけて株情報を提供したのは、顧客の一人である森の要望に端を発し、顧客の役に立ちたいとの気持ちからなされたものであること、甲野は、東成商事に一度赴いただけで、同社の代表取締役の岸本及び常務取締役の泉とは従来面識がなく、東成商事に特別の利益を得させるため行動しなければならない関係はなかったことが認められる。原告一義本人は、甲野が前記銘柄の株式が絶対に儲かる旨断定的判断を提供して、その株の購入を指示したようにいうが、右認定に照らし、たやすく信用することができず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

右事実からすれば、甲野らは、原告一義ら顧客に対し、サービスとして株情報を提供しただけであり、当該情報に基づき株式を購入するかどうかは、原告一義ら顧客の判断に委ねられていたものと認めるのが相当であり、したがって、甲野らに原告一義に対し株式購入の危険性についての説明義務があったということはできない。

また、原告らは、甲野らは、五億円の資金について、東成商事の指示どおり、原告一義に仕手株を購入させ、株価の不当な操作に加担させた旨主張するが、右事実を認めるに足りる証拠はない。

結局のところ、甲野が被告地銀生保から原告一義に対する五億円の融資を媒介した行為は、前記二認定の経緯からすれば、出資法三条違反の疑いがあるが、それのみでは原告一義に対する不法行為に該当するとはいえず、原告一義が右五億円の資金で株式を購入するに当たり、甲野らが株情報を提供した行為を併せ考えてみても、甲野らの行為が同原告に対する不法行為を構成するということはできない。

(三) 担保管理義務違反

原告らは、青葉台支店の甲野らは、本件担保株式を時価五〇億円に保つよう管理し、それが不可能となったときは、直ちに右担保株式を適正に処分する義務を負っていたと主張する。

しかしながら、本件融資計画に基づいて実行された本件一連の取引は、原告一義が被告地銀生保から五五億円を借り入れ、そのうち五〇億円を東成商事に貸し付け、原告一義は東成商事から右貸付金の担保として五〇億円相当額の本件担保株式を取得し、これを被告地銀生保に対し五五億円の借入金の担保として提供したというものであり、右の契約関係からすれば、右一連の取引が甲野らの媒介によって行われたことを考慮しても、甲野ら青葉台支店の幹部が原告一義に対し、原告ら主張のいわゆる担保管理責任を負っていたとする法的根拠はない。

原告らは、甲野が、本件担保株式を東成商事に返還するよう被告地銀生保及び原告一義に対し斡旋したことが不法行為に該当するかのようにいうが、甲野らにおいて、将来確実に担保割れを来たし損害が発生することを予見しつつ、東成商事と結託して故意に担保の返還を斡旋したような特段の事情が認められれば格別、東成商事の要請を受けて単に担保の一部返還の交渉をしたというだけでは、違法の評価を受けないというべきである。

本件についてみるのに、前記二認定によれば、甲野が東成商事の要請を受けて本件担保株式の一部の返還を斡旋した平成二年七月ころ、右株式の価格は上昇傾向にあり、担保提供時に比べ、合計一〇億円近くも値上がりしていたのであり、被告地銀生保及び原告一義は、右株式が右のとおり上昇している以上、東成商事からの担保の一部返還の要請に応ずることもやむを得ないことと考えてこれに応じたものと認められるのであって、本件において前記特段の事情の存在を認めるに足りる証拠はない。

したがって、甲野らが担保管理義務違反の不法行為責任を負うようにいう原告らの主張は、失当である。

2  被告地銀生保の社員の行為の違法性

(一) 五〇億円の転貸及び株式購入に関する危険性の説明義務違反

石川及び宮原において、本件一連の取引をなすに当たり、被告地銀生保から原告一義に融資される五五億円が、東成商事へ再融資され又はいわゆる仕手株の購入に充てられることを認識し又は容易に認識し得たか、またその危険性を原告一義に対して告知すべき義務があったかについて、以下検討する。

確かに、甲五〇及び証人宮原の証言によれば、石川及び宮原は、原告一義の提供する本件担保株式に、仕手筋である旧誠備グループが取り扱っていた銘柄が含まれ、その株式は価格の値動きが大きいと認識していたことが窺われる。

しかしながら、前記二認定のとおり、原告一義及び甲野は、被告地銀生保に対し、本件融資を受ける目的を、投資顧問的な人物を通じて株式投資を行うためと説明し、東成商事に再融資する計画を秘匿していたこと、本件融資計画は、従来から被告地銀生保に融資先を紹介している被告銀行が、青葉台支店等の支店長の主導の下に斡旋していたこと、証人宮原の証言に照らせば、青葉台支店の副支店長○○が、本件担保株式を東成商事の社員とともに被告地銀生保に持参した際、宮原が、右社員を東成商事の社員と認識したとは認め難いこと、右担保株式には東成商事以外の第三者名義のものが多く混在していたこと等にかんがみると、石川及び宮原において、被告地銀生保から原告一義に対する貸付金が、東成商事のような仕手集団の支配する会社に融資されることを認識していたとは直ちには認めることができない。

また、原告らは、被告地銀生保が最小限の調査をすれば、原告一義が同被告からの借入金を仕手集団の支配する東成商事に融資する目的を有していることは容易に認識できた旨主張するが、被告地銀生保が右貸付金の実際の使途が何であるかについてまで調査する義務を負うものということはできない。

したがって、被告地銀生保が、原告一義に対する貸付金が東成商事に融資されることを知っていたか、又は容易に知り得る状況にあったとして、同被告の担当者の取引中止義務違反、取引に伴うリスクの説明義務違反をいう原告らの主張は、失当である。

(二) 担保管理義務違反

原告らは、被告地銀生保の石川、宮原らは、本件担保株式を時価五〇億円以上に保つよう管理し、それが不可能となったときは、直ちに右担保株式を適正に処分する義務を負っていたと主張する。

しかしながら、たとえ本件担保株式のように、被告地銀生保の原告一義に対する債権の担保が、同時に、原告一義の東成商事に対する債権の担保となっている場合であっても、債権者である被告地銀生保が原告一義に対し、担保株式を五〇億円以上に保つ義務を負っているということはできない。また、被告地銀生保が本件担保株式の一部を担保から解放した経緯は、前記1(三)に説示したとおりであり、右一部の株式の東成商事への返還については原告一義も同意していたのであって、被告地銀生保が原告一義の意向を無視して一方的に担保を減少させたとの事実を認めるに足りる証拠はない。

さらに、担保権を、いつ、どのような順序で実行し、貸付債権の回収を図るかは、債権者である被告地銀生保の裁量に委ねられている事柄であり、被告地銀生保が原告一義に対し、担保株式を五〇億円以上に保つことが不可能になったときに、本件担保株式を直ちに処分して債権の回収を図る義務を負っていると解することはできない。

したがって、この点に関する原告らの主張は失当である。

3  そして、一般に融資の媒介は、銀行の伝統的な固有業務である預金等の受入れ及び資金の貸付に密接に関係する業務であり、現在の銀行業務において広く行われていることを勘案すると、融資の媒介は、附随業務として銀行の業務に含まれると解される。

したがって、被告銀行の行員による前記1(一)記載の行為は、被告銀行の業務の執行につきなされたものと認めるのが相当であり、被告銀行は、甲野らの使用者として、民法七一五条に基づき、原告一義に対し、右1(一)記載の行為により同原告が被った損害を賠償する責任を負うものというべきである。

4  損害

(一) 原告一義が、本件一連の取引において、東成商事に五〇億円を貸し付けたことは当事者間に争いがなく、前記二認定によれば、原告一義は、右五〇億円から前受利息を控除した四七億四七九四万五二〇六円を同社に振込送金したこと、東成商事は原告一義に対し、平成二年九月二〇日、前払利息として二億五二〇五万四七九四円を支払ったこと、東成商事が原告一義に差し入れ、原告一義が被告地銀生保に差し入れた本件担保株式については、担保権が実行され、平成四年六月二六日、東京証券取引所の同月二四日の終値基準で一二億七三〇六万五〇〇〇円と評価され、これを被告地銀生保が取得し、これにより被告地銀生保の原告一義に対する元本五五億円の貸金債権及び原告一義の東成商事に対する元本五〇億円の貸金債権のうち、右評価額が弁済されたものとして処理されたこと、原告一義が借主である東成商事又は連帯保証人である岸本から残債権を回収することは事実上不可能となっていることが認められ、したがって、原告一義は、右回収不能により、東成商事への振込金額四七億四七九四万五二〇六円から、平成二年九月二〇日支払の前払利息二億五二〇五万四七九四円及び一部弁済額一二億七三〇六万五〇〇〇円を控除した三二億二二八二万五四一二円の損害を被ったものと認められる。

また、前記二認定によれば、原告一義は、被告地銀生保から五五億円を借り入れ、借入時に平成二年九月一九日までの前受利息として一億二一九九万四五二〇円を支払い、また、同年九月二〇日から同年一二月一九日までの前払利息として、右と同額程度の利息を支払ったものと認められるが、右利息金合計約二億四三九八万九〇四〇円のうち五〇億円に対応する利息部分である二億二一八〇万八二一八円は、甲野らの前記1(一)記載の不法行為がなければ負担する必要がなかったものである。東成商事に対する貸金債権の回収不能による損害額の算定に当たっては、東成商事からの前払利息を控除して計算すべきであり、そのこととの均衡上、原告一義が被告地銀生保に支払った右前払利息は、原告一義の損害額に加算すべきものである。

そして、前記1(一)に説示したところからすれば、甲野らの本件融資の媒介行為と、東成商事に対する債権の回収不能又は被告地銀生保に対する利息債務の負担による右各損害との間には、いずれも相当因果関係が認められる。

(二) 前記二認定によれば、原告らは、平成二年一二月二〇日以後平成三年七月八日までの利息の支払も負担すべきことになるが、前記二認定のとおり、甲野らの本件融資計画では当初六か月間借り入れることになっていたところ、被告地銀生保の石川から貸付期聞を余裕を持って一年とするよう要望があり、これを原告一義も承知して貸付期間が一年間と定められたものと認められ、右経緯に照らせば、平成二年一二月二〇日以降の利息相当額の損害は、甲野らの前記1(一)の不法行為と相当因果関係のある損害とは認めがたい。

(三) 原告一義は、東成商事に融資した五〇億円のうち回収不能額について、被告地銀生保に返済しておらず、同額について被告地銀生保に対し、期限の利益喪失日の翌日である平成三年七月九日から支払済みまで年14.4パーセントの割合による遅延損害金を負担しなければならない。

しかしながら、前記一、二認定のとおり、東成商事に対する貸付の期間は半年と定められていたのであり、原告一義は本件担保株式を掛け目六割で被告地銀生保に担保として提供し、本件各土地にも極度額二八億円の根抵当権が設定されているのであるから、仮に東成商事の返済が期限までになされず、本件担保株式が値下がりして担保割れを生じたとしても、原告らにおいて弁済期限までに元金返済の措置を執ることは可能であったとみられるのであって、本件では、甲野らにおいて、原告一義に被告地銀生保に対する遅延損害金の支払義務が発生するとまでは予見できなかったものと認めるのが相当である。

したがって、甲野らの前記1(一)記載の不法行為と原告一義の右遅延損害金債務相当額の損害との間に相当因果関係があるということはできない。

(四) 甲野らの前記1(一)認定の不法行為により、原告一義が右認定を超える損害を被ったと認めるに足りる証拠はない。したがって、原告一義が被った損害のうち甲野らの前記1(一)記載の不法行為と相当因果関係の認められるものは、合計三四億四四六三万三六三〇円となる。

原告一義の損害に関する主張のうち、右説示と異なる部分はいずれも採用することができない。

五  原告一郎及び同甚五郎は、被告銀行に対し、原告一義と同額の損害賠償を求めている。

しかしながら、甲野らの前記四1(一)記載の不法行為は、直接には原告一義に向けられたものであり、原告一義が損害を被ることにより、ひいては原告一郎及び同甚五郎が連帯保証責任を追及され、あるいは根抵当権を実行されて損害を被ることがあるとしても、それは間接的なものであり、原告一義の損害が補填されることにより、その損害も解消される関係にあるから、甲野らの前記四1(一)記載の行為は、原告一郎及び同甚五郎に対する不法行為を構成しないものと解するのが相当である。

他に乙川、甲野らが原告一郎及び同甚五郎に対し不法行為に該当する行為をなしたと認めるに足りる証拠はない。

六  過失相殺

被告銀行が甲野らの使用者として不法行為責任を負うべきことは前示のとおりである。

しかしながら、前記二認定のとおり、原告一義は、桶川坂田病院の理事長として十数億円の資金を調達したことがあるほか、平成元年ころ、藤田観光株式会社の仕手株の取引を経験していること、原告一義は、甲野らから本件融資計画への参加を勧誘された際、融資先が株式投資資金として融資金を使用するものである旨説明を受けていること、原告一義は、通常の銀行取引では想定できないような年二割という高い利息の支払を東成商事から受ける約定になっている反面、東成商事からは本件担保株式を掛け目一〇割で受け入れていることが認められるのであって、これらの事実からすると、原告一義は、被告地銀生保から五〇億円を借り入れてこれを東成商事に貸し付ける行為が相当のリスクを伴うものであるとの認識は当然有していたものと推認される。そして、被告銀行の甲野らが返済について心配はいらないようなことを言って、本件融資計画への参加を積極的に勧誘し、東成商事への融資に伴うリスクについての原告一義の認識を薄れさせたとしても、結局のところ、本件計画へ参加し、本件一連の取引を行うことを決断したのは原告一義本人であり、原告一義において右一連の取引に参加しない自由が存在しなかったとする事情は何ら認められない。また、本件一連の取引が円滑に完了した場合、金利の差額分としての多額の利益を享受するのは原告一義であることを併せ考慮するならば、右一連の取引によって原告一義が損害を被ったことについては、原告一義により大きな責任があるとみるのが相当である。

そして、甲野らの行為の違法性、原告一義が負うべき右に述べた自己責任の大きさのほか、本件に顕れた原告一義、被告銀行についての諸般の事情を勘案すれば、被告銀行が原告一義に対して賠償すべき損害額は、原告一義の損害額の一割に当たる三億四四四六万円(一万円未満切捨て)とするのが相当である。

七  次に、請求原因4(貸金債権と不法行為に基づく損害賠償請求権との相殺)、同5(二)(付従性による根抵当権及び保証債務の消滅)について判断するに、前記四説示のとおり、原告一義は、貸主である被告地銀生保に対し、不法行為に基づく損害賠償請求権を有していないから、右損害賠償請求権の存在を前提とする原告らの相殺の主張、右相殺が成立することを前提とする付従性による保証債務及び根抵当権の各消滅の主張は、いずれも理由がない。

八  そうすると、原告らの被告らに対する本訴請求は、原告一義が、被告銀行に対し、金三億四四四六万円の支払を求める限度で理由があるが、原告一義のその余の請求並びに原告一郎及び同甚五郎の各請求はいずれも失当である。

第二  丙事件について

一  反訴請求原因事実は、すべて当事者間に争いがない。

二  抗弁(相殺、錯誤、付従性による根抵当権及び保証債務の消滅)は、前記第一の三、七に説示したとおり、いずれも理由がない。

三  よって、被告地銀生保の原告らに対する反訴請求は理由がある。

第三  結論

以上の次第で、本訴については、原告一義の請求を前記第一の八記載の限度で認容し、原告一義のその余の請求並びに原告一郎及び同甚五郎の各請求をいずれも棄却し、反訴については、被告地銀生保の請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、被告地銀生保の申立てに係る仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用し、原告一義の申立てに係る仮執行宣言については、相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官青栁馨 裁判官山田陽三 裁判官松井信憲)

別紙<省略>

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