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東京地方裁判所 平成3年(ワ)1557号 判決

原告

動くゲイとレズビアンの会

(旧名称アカー)

右代表者代表

永田雅司

原告

永田雅司

風間孝

神田政典

右原告ら四名訴訟代理人弁護士

中川重德

森野嘉郎

大野裕

被告

東京都

右代表者知事

鈴木俊一

右被告指定代理人

鈴木一男

外二名

主文

一  被告は、原告動くゲイとレズビアンの会に対し、二六万七二〇〇円及びこれに対する平成三年三月一九日から支払い済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

二  原告動くゲイとレズビアンの会のその余の請求を棄却する。

三  原告永田雅司、同風間孝及び同神田政典の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告動くゲイとレズビアンの会に生じた分はこれを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を同原告の負担とし、原告永田雅司、同風間孝及び神田政典に生じた分はいずれもそれぞれ同原告の負担とし、被告に生じた分はこれを一〇分し、その九を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  原告らの請求

1  被告は、原告動くゲイとレズビアンの会に対し、四四一万二一五四円及びこれに対する平成三年三月一九日から支払い済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

2  被告は、原告永田雅司、同風間孝及び同神田政典それぞれに対し、各六九万五〇〇〇円及びこれに対する平成三年三月一九日から支払い済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

二  被告の答弁

1  本案前の答弁

原告動くゲイとレズビアンの会の請求を却下する。

2  本案の答弁

原告らの請求を棄却する。

第二  事案の概要

一  原告の主張

1  当事者等

(一) 原告動くゲイとレズビアンの会(以下「原告アカー」という。)は、同性愛者の相互協力を基礎として、①同性愛者相互のネットワークづくり、②同性愛に対する正確な知識と情報の普及、③同性愛者に対する社会的な差別や偏見の解消等を目的として活動しているいわゆる権利能力なき社団であり、原告永田雅司はその代表、原告風間孝及び同神田政典はその構成員である。

原告アカーにおいては、①正会員の中から代表、評議委員長、評議委員が選挙で選ばれ、②少なくとも毎年一回開催される総会の決議は多数決により、③原告アカー自体で事務所を賃借し、多数の動産類を有し、これらの財産及び金銭出納の管理のために会計係がおかれていて会計報告が行われており、④これら団体としての主要な事項は規約によって定められており、⑤原告アカーはこの規約に基づいて構成員個人から独立して存在し、⑥構成員個人の生活活動からは独立した多彩な社会活動を行なっている。原告アカーは民事訴訟法四六条により当事者能力を有するものである。

(二) 被告は、東京都青年の家条例(以下「都青年の家条例」という。)に基づき、東京都府中市是政に東京都府中青年の家(以下「府中青年の家」という。)を設置し、管理するものであるが、府中青年の家の具体的な管理権は、被告の機関である東京都教育委員会(以下「都教育委員会」という。)に属しており、府中青年の家を使用しようとする者は、都教育委員会の承認を得なければならないとされている(都青年の家条例三条)。

瀬川渉所長(以下「瀬川所長」という。)は、府中青年の家の所長の職にあったもの、今野康子課長(以下「今野課長」という。)は、都教育委員会の事務局にあたる東京都教育庁(以下「都教育庁」という。)の社会教育部計画課長の職にあったものである。

2  被告の職員らの違法行為

(一) 瀬川所長の発言

(1) 原告アカーは、平成二年二月一一日(宿泊)及び一二日の両日、府中青年の家において勉強会合宿を行なったが、その際、原告アカーのメンバーが、他の宿泊利用者から「ホモ」、「オカマ」と言われたり、入浴中をのぞき込まれたり、あるいは用もないのにドアを叩かれたりする等の嫌がらせを受ける事件が生じたため(以下、これを「本件嫌がらせ事件」という。)、右事件の処理について、府中青年の家に善処を要求した。

そして、平成二年三月二四日、原告アカーの代表である原告永田、そのメンバーである原告風間及び同神田(以下、右三名を「原告永田ら」という。)らと瀬川所長との間で、東京都台東区上野所在の東京文化会館応接室において交渉がもたれたが(以下これを「三月二四日交渉」という。)、その際、瀬川所長は、「(同性愛者は)他の青少年の健全育成にとって正しいとはいえない影響を与える。」、「(同性愛のことを指して)それは、例えばイミダスなんかをみますとね、性的行為も含まれていますよね。」、「同性愛の人が同じ部屋にいるんだということは、余計なことを想像させるわけです。」、「所(府中青年の家のこと)以外でもそういうこと(同性愛者が性的行為をもつこと)はないんですか。」などと述べた。

(2) 瀬川所長の右発言は、原告永田らの社会的評価を著しく低下させ、かつ、同原告らの名誉感情を社会生活上の受忍限度を超えて著しく傷つける違法な行為である。

(二) 今野課長の発言

(1) 原告アカーは、平成二年三月一日、同年五月三日(宿泊)及び四日の両日府中青年の家において勉強会合宿を行なうため、府中青年の家にその使用を申し込み(以下「本件使用申込」という。)、予約を受けた。

ところが、その後前記三月二四日交渉の席上、瀬川所長が原告アカーの今後の使用を拒絶する旨を述べ、都教育庁及び都教育委員会にその旨を上申すると述べたため、平成二年四月九日、原告アカーの代理人である中川重德弁護士(以下「中川弁護士」という。)は、都教育庁に電話をし、原告アカーの本件使用申込を認めるよう要求したところ、応対に出た今野課長は、その電話で、中川弁護士に対し、「(アカーは)まじめな団体だっていってるけど、本当は何をしている団体か分かりませんよね。」、「イミダスなんかをみると、アカーも何のために青年の家を利用するんだか疑わしいですよね。」、「お風呂でいろいろあったていうけど、そっちの方が何かそういう変なことをしていたんじゃないでしょうかねえ。」、「同性愛者が一緒にいるっていうだけで、子供たちは悪い影響を受けますよ。」などと述べた。

(2) 今野課長の右発言は、原告永田らの社会的評価を著しく低下させ、かつ、同原告らの名誉感情を社会生活上の受忍限度を超えて著しく傷つける違法な行為である。

(三) 瀬川所長の妨害行為

(1) ①瀬川所長は、前記三月二四日交渉の席上、原告アカーの今後の利用を拒絶する旨を述べ、府中青年の家の所長として、都教育庁及び都教育委員会に対し、原告アカーの本件使用申込を承認すべきではない旨の意見を伝達した。

②また、瀬川所長は、原告アカーが平成二年四月一一日に本件使用申込による前記予約に基づき東京都青年の家利用申込受付基準に則って所定の使用申込書(以下「本件使用申込書」という。)を府中青年の家に持参した際、予め青年の家の職員に対して原告アカーからの申込書を受理しないように指示しており、担当の職員をして本件使用申込書を正式に受理させなかった(以下「本件不受理行為」という。)。

(2) 瀬川所長の右各行為は、府中青年の家の所長として当然に尽くすべき義務を尽くさず、同性愛に対する無知、偏見、ずさんな調査に基づいてなされたものであり、原告アカーをしてこれらの違法な行為に対処するための余分な労力を費やさせたものである。

(四) 都教育委員会の不承認処分

(1) 都教育委員会は、平成二年四月二六日、原告アカーからの本件使用申込に対して、同性愛者による府中青年の家の使用は都青年の家条例八条一号(「秩序を乱すおそれがある」)及び二号(「管理上支障がある」)に該当するとして、不承認処分をした(以下「本件不承認処分」という。)。

その具体的理由は、都教育長のコメント(以下「本件教育長コメント」という。)に記載されたとおりであるが、その要旨は次のとおりである。

「施設にはそれぞれ設置目的があり、また使用上のルールがある。青年の家は、「青少年の健全な育成を図る」目的で設置されている施設であることから、男女間の規律は厳格に守られるべきである。この点から青年の家では、いかなる場合でも男女が同室で宿泊することを認めていない。このルールは異性愛に基づく性意識を前提としたものであるが、同性愛の場合異性愛者が異性に対して抱く感情・感覚が同性に向けられるのであるから異性愛の場合と同様、複数の同性愛者が同室に宿泊することを認めるわけにいかない。浴室についても同様である。」

(2) 本件不承認処分の違法性一(原告アカーの施設利用権の侵害)

原告アカーが府中青年の家を利用する行為は、表現の自由の一形態としての集会の自由の権利(憲法二一条)の行使、社会教育の場面における学習権(憲法二六条)の行使にほかならない。ところで、都青年の家条例三条によれば、青年の家を利用するには都教育委員会の承認を受けなければならないとされており、同条例八条によれば、都教育委員会は、①秩序をみだすおそれがあると認めたとき(一号)、②管理上支障があると認めたとき(二号)、③委員会が必要と認めたとき(三号)には使用を承認しないものとされている。しかし、府中青年の家は地方自治法二四四条一項の「公の施設」に該当し、正当な理由がない限り住民の利用を拒むことはできず(同条二項)、住民の施設利用について不当な差別的取扱いをしてはならないとされており(同条三項)、また、府中青年の家の利用が憲法上の重要な権利の行使であることに照らすと、都教育委員会が府中青年の家の使用を不承認とすることができるのは、申請にかかる使用を認めると明らかにその施設の設置された目的が没却される場合や、他の利用者等の権利を侵害する差し迫った危険すなわち公共の安全に対する明白かつ現在の危険が存在する場合に限られるものというべきである。しかも、このような場合であっても、より権利侵害の度合いの少ない規制方法で目的を達成し得る場合には、制約の度合いの弱い規制方法を採ることが必要であるというべきである。

しかし、本件不承認処分は右の要件を充たしていないから、違法である。

(3) 本件不承認処分の違法性二(平等原則違反)

同性愛者の使用申込に対して不承認処分がなされた場合、同性愛者は青年の家に宿泊することは全く不可能となる。他方、異性愛者は、仮に男女同室での宿泊を不承認とされた場合でも、男女別々に分かれて宿泊することにより、青年の家に宿泊すること自体は可能である。

そうとすると、本件不承認処分は原告アカーのメンバーから府中青年の家に宿泊する機会を奪うものであって、異性愛者に比べて余りに不当な差別である。しかも、原告アカーのメンバーの集会の自由及び学習する権利を制限することになるのであるから、右差別的取扱いを是認するについては極めて強い正当化事由が必要であるというべきであるが、本件不承認処分にそのような理由はなく、結局、本件不承認処分は憲法一四条の平等原則にも違反する違法な処分である。

3  被告の責任

右2の各違法行為及び違法処分は、いずれも被告の職員または被告の機関がその職務上の故意または過失によって行なったものであるから、被告は、国家賠償法一条一項により原告らの被った損害を賠償すべき責任がある。

4  損害

(一) 原告アカーの損害

(1) 財産的損害

原告アカーは、本件不承認処分により府中青年の家の使用ができなくなり、やむなく平成二年五月三日及び四日の両日、東京都西多摩郡五日市町所在の寺院「陽谷院」において宿泊合宿を行なった。

そのため、原告アカーは、陽谷院に二四名分の宿泊費及び食費として七万九〇七四円を支払ったが、もし府中青年の家を使用しておれば二四名分の宿泊費及び食費として三万七九二〇円を支払えばよかったのであるから、その差額四万一一五四円が本件不承認処分による原告アカーの損害となる。

(2) 非財産的損害

原告アカーは、本件不承認処分により社会的評価を低下させられ、一方、公の施設で合宿を行なうことによって社会的評価を増大させる機会を奪われた。

また、原告アカーは、瀬川所長の前記各妨害行為(前記2(三))及び都教育委員会の本件不承認処分により、これらを撤回、是正させ、会場を変更して合宿を実行する等のために多くの活動を余儀なくされ、多くの労苦を費やした。

これらにより原告アカーが被った非財産的損害は三〇〇万円を下らない。

(二) 原告永田らの慰謝料

原告永田らは、瀬川所長の前記発言(前記2(一))及び今野課長の前記発言(前記2(二))により社会的評価を低下させられたうえ、名誉感情を侵害され、重大な精神的苦痛を受けた。これを慰籍するには少なくとも各人五〇万円が必要である。

(三) 弁護士費用

(1) 都教育委員会等に対する交渉及び請願

原告アカーは、本件使用申込に対する承認を得るため、これに関する交渉事務等を中川弁護士に依頼し、同弁護士は、都教育庁との交渉を行ない、都教育委員会に対する請願書の作成提出等を行なった。原告アカーは、これらの費用として五〇万円の支払いを約し、同額の損害を被った。

(2) 本件訴訟の提起、追行

原告アカーは、本件訴訟の提起、追行を原告ら訴訟代理人らに委任し、その着手金及び報酬として各四三万五五〇〇円、合計八七万一〇〇〇円の支払いを約し、同額の損害を被った。

また、原告永田らも、本件訴訟の提起、追行を原告訴訟代理人らに委任し、その着手金及び報酬として、各人につき、各九万七五〇〇円、合計一九万五〇〇〇円の支払いを約し、同額の損害を被った。

5  よって、国家賠償法一条一項に基づき、被告に対し、原告アカーは右損害金の内金五五一万二一五四円の支払いを、原告永田、同風間及び同神田はそれぞれ右損害金の内金六九万五〇〇〇円の支払いを求め(なお、いずれも非財産的損害については内金である。)及びこれらに対する訴状送達の日の翌日である平成三年三月一九日から支払い済みまで民法所定の年五パーセントの割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告の主張

1  当事者について

原告アカーは、規約と称するものは存在するが、事業活動、代表者や役員選出等の具体的運営が同規約に則ってなされているか不明であり、また、会員名簿が整備されているか否か、独自の財産を有しているか否か不明であって、民事訴訟法四六条の要件を充たさず、訴訟追行のための当事者能力はないものというべきである。したがって、原告アカーの本件訴えは却下されるべきである。

2  被告の職員らの行為について

(一) 瀬川所長の発言について

(1) 瀬川所長が平成二年三月二四日交渉の席上原告ら主張のような発言をしたことは認める。

(2) しかし、右三月二四日交渉は、府中青年の家側からの出席者は瀬川所長ほか一名であるのに対し、原告アカー側からの出席者は原告永田らをはじめとするそのメンバー数名であった。しかも、同原告らは「(今日は)糾弾のつもりできている。」などと公言し、時折テーブルを叩き、大声で一方的に自己の主張を繰り返すなどし、到底冷静な話合いができるような状況ではなかった。

瀬川所長の発言はこうした状況下でなされたものであって、それは、同性愛についてのイミダス等の記述が正しいかどうかを確認するためになされたものであり、あるいは、府中青年の家の所長として同性愛についての自己の意見を述べたに過ぎないものであって、いたずらに原告永田らを揶揄、誹謗するためになされたものではなく、しかも、右発言は、東京文化会館の応接室において、瀬川所長、鈴木康之係長、同席した原告アカーの数名のメンバーという特定少数の限られた者の間でなされた会話の一部なのである。

右によれば、瀬川所長の右発言は、原告永田らの社会的評価を害するほどの違法性はないというべきである。

(3) また、瀬川所長の右発言は、原告永田らの名誉感情を害するほどに社会的受忍限度を超えた違法、不当なものでもない。

(二) 今野課長の発言について

(1) 原告らが主張する今野課長の発言内容は否認する。原告らは今野課長の電話での発言の一部を取り上げて非難しているに過ぎないのである。

(2) 今野課長が電話でした発言の趣旨は、原告アカーがどのような団体であるかを確認したいというもの、府中青年の家で発生したとされる本件嫌がらせ事件の内容が原告らの主張するとおりのものであるか否を確認したいというものに過ぎず、いたずらに原告永田らを誹謗、中傷するものではなかった。しかも、右発言は、中川弁護士に対してのみ、中川弁護士との電話の中でなされたものである。

これによれば、今野課長の右発言は、原告永田らの社会的評価を低下させるほどの違法性はないというべきである。

(3) また、今野課長と中川弁護士との電話での会話は、終始穏やかな雰囲気のもとでなされ、今野課長の右発言は、原告永田らの名誉感情を害するほどに社会的受忍限度を超えた違法、不当なものでもないのである。

(三) 瀬川所長の妨害行為について

(1) 瀬川所長が、前記三月二四日交渉の席上、原告アカーの次回の利用を断わりたいと述べたこと、また、府中青年の家の所長として都教育庁及び教育委員会に対し右の見解を伝えたことは事実であるが、これらはなんら違法なものではない。

瀬川所長は、現在の日本の社会状況においては同性愛者に対する知識や理解の度合いは一般には高いとはいえないことから、もし原告アカーが青年の家のリーダー会で同性愛者の団体であることを表明した場合、青年の家の他の利用者との間で不要な混乱や摩擦を生じ、特に青年の家の利用者のほとんどが成長過程にある判断力も未熟な未成年者であることから、それらの者との間で無用の混乱や摩擦が生じるおそれがあると考え、この混乱や摩擦を避け、青年の家における青少年の健全な育成を円滑に図るために、原告アカーの宿泊使用を不承認とすることはやむを得ないと考え、その旨を原告永田らに述べ、また、この見解を所長として都教育庁及び都教育委員会に伝えたものである。瀬川所長の右行為はなんら違法なものではない。

(2) 瀬川所長が担当職員をして原告アカーからの本件使用申込書の受理を保留させたことは事実であるが、その受理を拒絶させたことはない。

瀬川所長が本件使用申込書の受理を保留させたのは、原告アカーが本件使用申込書を持参した当時、本件使用申込を承認するか否かの回答がまだ都教育庁からきていなかったため、そして、通常は使用申込書を受理した段階で同時に使用承認をしており、したがって、もしその時点で本件使用申込書を受理するとすれば使用まで承認したと受け取られかねないため、瀬川所長は都教育委員会の結論が出るまで待って欲しいと述べて、本件使用申込書の受理を保留したのである。

そして、原告アカーが予約した部屋は依然として確保してあり、瀬川所長は、都教育委員会の承認さえあれば、原告アカーのために右の部屋を提供するつもりであったのであり、現にそれはできたのであるから、原告アカーの施設利用権が本件使用申込書の受理の保留により侵害されたこともない。

そうとすれば、瀬川所長の右行為はなんら違法とはいえないというべきである。

(四) 都教育委員会の本件不承認処分について

(1) 本件不承認処分の具体的理由が本件教育長コメントに記載されたとおりであることは、原告ら主張のとおりである。

(2) しかし、本件不承認処分は、正当な理由を有する適法なものである。すなわち、

府中青年の家は、団体生活を通じて都内の青少年の健全な育成を図ることを目的として設置された施設であり(都青年の家条例一条)、それを利用する大半の者が、人格形成の途上にあり、性的にも未熟で、成人に比して性的羞恥心の強い、判断力も未だ十全とはいえない青少年である。

Ⅰ したがって、府中青年の家においては男女が同室に宿泊することを原則として認めていない。その理由は、①もし男女を同室に宿泊させれば、その男女が性的行為を行ないあるいは行なう可能性があり、これは青年の家の設置目的に著しく反し、②また、同室または他室の青少年が男女の性的行為を直接目撃し、あるいは、実際にそこにおいて男女の性的行為が行なわれようが行なわれまいが、男女が同室に宿泊していることを知って性的行為が行なわれるものと考えこれを想像した場合、その青少年に無用かつ重大な混乱や嫌悪感を生じさせ、その性意識に多大な悪影響を及ぼし、これは青年の家の設置目的に反するものであり、③更に、男女が同室に宿泊していることを知った青少年がその男女に対して嫌がらせ等の行為に出るおそれがあり、その場合には府中青年の家の秩序が乱され管理運営上の支障が生じ、青年の家の設置目的に反するものである。④加えて、青年の家で男女を同室に宿泊させるということについては未だ国民(都民)のコンセンサスが得られていない。

Ⅱ そして、男女を同室に宿泊させないという右の原則は、複数の同性愛者の場合にもそのままあてはまるものである。なぜなら、同性愛者は、異性愛者が異性に対して抱く感情と同じ感情を同性に対して抱くものであり、性的意識が同性に向かい、同性と性的行為をもつ者であるから、もし複数の同性愛者を同室に宿泊させた場合には、男女を同室に宿泊させた場合と同様に右①ないし③の事態が生じるからである。

なお、仮に原告ら主張のごとき本件嫌がらせ事件が府中青年の家で発生したとすれば、それは、まさに、同性愛者の同室宿泊によって府中青年の家の秩序が乱され管理運営上の支障が生じたことの証左なのである。

Ⅲ 都教育委員会が原告アカーの使用を都青年の家条例八条一号及び二号にあたるものとしてした本件不承認処分は、まことに正当であり、なんら違法なものではない。

なお、何が青少年の健全な育成にそうものであるかは、教育的配慮に基づく高度の専門的・技術的判断に服するものであるから、都教育委員会には広範な裁量権が認められるべきであり、この限界を超えない限り、違法とはいえないというべきである。

(3) 府中青年の家が同性愛者の同室宿泊や入浴を認めないことには右のように正当な理由があるのであるから、原告らの平等原則違反の主張は理由がない。

(4) なお、原告アカーが府中青年の家を利用して行なおうとした活動は、なにも小学生をも含めた多数の青少年が利用する府中青年の家でわざわざしなくてもできるものであり、他の施設でも十分行なえるものである。

また、府中青年の家では、例外的に、男女の同室宿泊を認めてもその設置目的に反するものではないと認められる場合には、男女の同室宿泊を認めている。これまであった例としては、身体障害者の児童と引率の教師とである。

なお、また、府中青年の家は、原告アカーの日帰り使用は承認しており、現に原告アカーも日帰り使用は依然行なっているものである。

3  被告の責任について

本件当時においては、同性愛に関して信頼できる資料は極めて限定されており、しかも、必ずしも同性愛には好意的でない記述が多かった(例えば、「広辞苑」には「異常性欲の一種」と記載されていた。)。

瀬川所長は、このような状況下においてできる限りの資料を研究し、弁護士にも相談し、その相談結果を十分に踏まえたうえで、同性愛者を同室に宿泊させることは許されないとの結論に達し、その旨の見解を伝えるなどしたのであるから、瀬川所長に故意過失があったものということはできない。

今野課長においても、同様の状況下においてできる限りの資料を研究したものであるから、故意過失があったものとはいえない。

また、都教育委員会も、このような状況下でかつ限られた時間内で、原告らの提出した資料を十分に尊重したうえで、原告アカーの目的や活動についてはなんら問題とせず、ただ異性愛者の場合と同様に取り扱って同性愛者の同室宿泊や入浴を拒否し、本件不承認処分をしたものであって、本件不承認処分をした都教育委員会は当時の具体的状況の下においては職務上尽くすベき注意義務を十分に尽くしたものというべきで、なんら故意過失もない。

4  損害について

原告アカーが府中青年の家に支払う予定の宿泊費及び食費は三〇人分で合計四万九二〇〇円であった。

第三  当裁判所の判断

一  同性愛、同性愛者について

証拠(甲五九、六〇、六五の2、八六、八八、八九、九四ないし一〇一、一〇三ないし一〇五、一〇六の1、2、一〇七の1、2、一〇八ないし一一五、乙七、一〇、証人トム・アミアーノ、原告風間孝)及び弁論の全趣旨より、次の事実が認められる。

1  同性愛は、人間が有する性的指向(sexual orientation)の一つであって、性的意識が同性に向かうものであり、異性愛とは、性的意識が異性に向かうものである。同性愛者とは、同性愛の性的指向を有する者のことであり、異性愛者とは、異性愛の性的指向を有する者のことである。(弁論の全趣旨)

2  同性愛に関する状況について

(一) かつて、同性愛に関する心理学上の研究の大半は、同性愛が病理であるとの仮定に立ち、その原因を見い出すことを目的としていたが、一八七五年以来、アメリカ心理学会では、同性愛に対する固定観念・偏見を取り除く努力が続けられてきた。(甲一〇四、一〇五)

また、国際的にも影響力のあるアメリカ精神医学会により作成される精神障害の分類と診断の手引き(DSM)においては、一九七三年一二月、アメリカ精神医学会の理事会が同性愛自体は精神障害として扱わないと決議し、DSM―Ⅱの第七刷以降「同性愛」という診断名は削除され、代わって「性的指向障害」という診断名が登場し、DSM―Ⅲにおいてはそれが「自我異和的同性愛」という診断名に修正された。これは、自らの性的指向に悩み、葛藤し、それを変えたいという持続的な願望を持つ場合の診断名である。しかし、この「自我異和的同性愛」という診断名も、同性愛自体が障害と考えられているとの誤解を生んだこと、右診断名が臨床的にほとんど用いられていないことなどから、一九八七年のDSM―Ⅲの改訂版DSM―Ⅲ―Rからは廃止された。(甲一〇六の1、2、一〇七の1、2)

更に、世界保健機構で作成されているICD国際疾病分類の第九版であるICD―9をアメリカ連邦保健統計センターが修正し一九七九年一月に発効したICD―9―CMでは、「同性愛」という分類名が「性的逸脱及び障害」の項の一つとしてあげられていたが、ICD―9の改訂版であるICD―10の一九八八年の草稿では「同性愛」の分類名は廃止され、「自我異和的性的定位」という分類名が用いられており、これについては、「性的同一性、性的指向に疑いはないが、もっと違ったものであればよいのにと願い、それを変えるための治療を求める場合がある。」と記述されている。同じく一九九〇年の草稿では「自我異和的性的定位」の項に「性的指向自体は、障害と考えられるべきではない。」と記述されている。(甲一〇七の1、2、一〇八ないし一一〇)

日本においても、精神科国際診断基準検討委員会によってわが国の診断基準の「試案」が作られ、そこにおいては種々の意見があったが、「同性愛」は「性障害」の診断名としては取り上げられず、「同性愛」は精神障害に入らないとの前提のもとに、参考項目に付加的分類名として残されるのみとなった。(甲一一一)

このように、心理学、医学の面では、同性愛は病的なものであるとの従来の見方が近年大きく変化してきている。

(二) 次に、同性愛に関する記述をみると、次のように種々の記述があるが、同性愛を異常視する従来の傾向の見直しが行なわれている状況にあるといえるであろう。

(1) 「イミダス」(集英社、平成二年版、甲八六)では、「同性愛」を「解剖学的に自分と同じ性に対するエロチックな反応のこと」と定義し、ゲイ解放運動、一九七三年にアメリカの精神医学会が同性愛を精神障害とみなすことをやめたこと、同性愛の原因等の紹介の後、「男性ホモの場合は強迫的で反復性のある肉体関係がつきまとい、対象を変えることが多い。」と記述していた。

しかし、「イミダス」は、その後平成六年版において、右「男性ホモの場合は強迫的で反復性のある肉体関係がつきまとい、対象を変えることが多い。」との記述部分を削除し、「同性愛も異性愛も、人間の性のあり方の一つと考えるのが妥当だろう。」との記述を付け加えている。

(2) 「智恵蔵」(朝日新聞社、平成二年版、甲八八)では、「同性愛」を「男女が異性を愛する心情と同じように同性を愛すること」と定義し、従来同性愛者が厳しい差別の中におかれ、同性愛に対する偏見(異常視)の見直しが求められていることが述べられた後、スウェーデンでは一九八八年一月に「共同生活者の共有住居と共有財産に関する法律―同棲法」が施行され、同性愛のカップルも結婚した夫婦と同じように社会的に認知されたこと、一九八九年七月にサンフランシスコ市で同性の結婚を認めたことが紹介されている。

(3) 「広辞苑」(岩波書店)は、その第三版(昭和五八年一二月第一刷発行)で、「同性愛」を「同性を愛し、同性に性欲を感ずる異常性欲の一種。」と定義していたが、第四版(平成三年一一月第一刷発行)では、「同性愛」を「同性の者を性的愛情の対象とすること。また、その関係。」と定義している。(乙一〇)

(4) 「大辞林」(三省堂 昭和六三年)も、「同性愛」を「同性の者を性的愛情の対象とすること。また、その関係。」と定義している。

(三) 文部省における状況について

文部省発行の「生徒の問題行動に関する基礎資料」(昭和五四年一月、甲八九、乙七)では、「同性愛」を「性的な行為が同性間で行なわれる場合である。」と定義し、原因についての記述の後、「この同性愛は、アメリカなどでの“市民権獲得”の運動もみられるが、一般的に言って健全な異性愛の発達を阻害するおそれがあり、また社会的にも、健全な社会道徳に反し、性の秩序を乱す行為となり得るもので、現代社会にあっても是認されるものではないであろう。」と記述している。

しかし、同じく文部省発行の「生徒指導における性に関する指導」(昭和六一年三月、甲九〇)では、同性愛に関する記述はなされていない。

なお、文部省は、原告アカーの抗議に応じ、右記述を不適当なものと認めて見直しを考えていると報道されている。(甲一一二ないし一一五)

(四) ところで、従来同性愛者は、婚姻制度の枠組みの外におかれていたが、サンフランシスコ市では、平成三年二月から同性愛者のカップルの内縁関係を市が認定する制度が発足した。(甲五九、六〇、証人トム・アミアーノ)

3  右のように、同性愛についての状況は、近年急激に変化しているが、従前の状況下においては、同性愛者は孤立しがちとなり、自分の性的指向に関し悩み苦しんでいたことがうかがわれる。

サンフランシスコ市でも同性愛者に対する嫌がらせ、暴行が起こり、同性愛者の自殺も問題となった。また、教育の場では、一般の生徒は、同性愛者を性的な存在としてしかとらえず、完全な人格を持ったものとしてはとらえない傾向があった。そこで、サンフランシスコ市では、右のように従前正当な認知を与えてこなかった同性愛者の生徒の教育を受ける権利を保障するため、一九八九年から、同性愛者の生徒のためのサポートサービスが取り組まれている。

また、同種のサポートサービスは、ロサンゼルス市、サンディエゴ市でも取り組まれている。(甲六五の2、九四ないし一〇一、一〇三、証人トム・アミアーノ)

二  事実経過等

証拠(甲一〇ないし一二、二〇ないし二五、二六の1ないし3、二七の1、2、二八ないし三三、三五、三六の1ないし3、三八ないし四〇、四二、四五、四六の1、2、七六、七八の1、2、七九ないし八二、八七、乙一ないし七、証人瀬川渉、同今野康子、原告風間孝)及び弁論の全趣旨より、次の事実が認められる。

1(一)  原告アカーは、同性愛者の相互協力を基礎として、同性愛者相互のネットワークづくり、同性愛に関する正確な知識と情報の普及、同性愛者に対する社会的な差別や偏見の解消等を目的として、昭和六一年三月に設立された団体であり、平成二年三月当時約二〇〇名の会員を有していた。

原告アカーは、その組織として、①総会、評議委員会、運営委員会、選挙管理委員会、事務局連絡会議、部会、実行委員会等の機関を有し、②右総会は、最高意思決定機関として位置づけられ、原則として年一回開催され、招集方法、定足数等も定められ、議事は多数決の原則によっており、③会員の入会、脱退等の手続きも定められ、④団体の活動全般について最終的な責任を負う代表を初めとする役員等の選出についても多数決を原則とする手続きが定められ、⑤金銭出納の管理のために会計係がおかれて会計報告が行なわれており、⑥これら団体としての主要な事項については規約において定められている。また、原告アカー自体で事務所を運営している。更に、原告アカーは、構成員から独立して、団体として性教育に関するセミナーへの参加、出版物の企画・編集、同性愛に関するカウンセリング、エイズの予防と救済の活動、出版物における同性愛の記述の変更を求める働きかけ、同性愛報道に関する提言等の諸活動を行なっている。

(二)  原告永田雅司、同原告風間孝及び同神田政典はいずれも原告アカーの会員であり、原告永田は現在原告アカーの代表の地位にあるものである。

2(一)  被告は、東京都青年の家条例に基づいて東京都青年の家を設置し、これを管理する者である(東京都教育庁社会教育部計画課所管)。東京都青年の家には、本件東京都府中青年の家のほか、東京都八王子青年の家、東京都青梅青年の家等合計七箇所に青年の家がある。

青年の家は、「団体生活を通じて都内の青少年の健全な育成を図る」ことを目的として設置されたものであり(都青年の家条例一条)、その目的を達成するために施設の利用に関する事業を行なうこととされている(二条)。青年の家は、いわば、青少年が宿泊をともにしながら学習、レクリエーションなどのグループ活動を行なう施設であるといえよう。(甲六、九、一三)

(二)  府中青年の家の使用については、予め都教育委員会の承認を受けなければならないとされているが(都青年の家条例三条)、実際には、府中青年の家の管理運営は都教育委員会から財団法人東京都教育文化財団に委託契約に基づいて委託されており、同財団が府中青年の家の管理運営を行ない、使用申込についても承認不承認の判断をしている。(証人瀬川、同今野)

府中青年の家には所長のほか数名の職員がおかれており、これら職員は右財団の職員ではあるが、東京都から派遣されているものである。

(三)  府中青年の家の使用には宿泊使用と日帰り使用とがある。

府中青年の家を使用できる者は、青年の家で行なう活動の目的・内容等が青年の家の主旨にそうものであり、原則として、次の(1)ないし(3)の要件を全て充たす団体である(東京都青年の家利用申込受付基準)。(甲八)

(1) おおむね六名以上で構成されていること

(2) 小学校の児童から二五才までの青少年及びその指導者が過半数を占めていること

(3) 都内に在住又は在勤・在学する者が過半数を占めていること

府中青年の家を使用しようとする者は、通常、まず電話で使用日を予約し、その後使用開始日の三週間前(右予約が使用開始日前三週間以内のときは七日前)までに所定の使用申込書を府中青年の家事務室に提出し、府中青年の家所長の使用承認を受け、使用料を前納して引換えに使用券の交付を受けることとなっている。なお、府中青年の家所長は、右使用承認をなすことに疑義がある場合には、都教育委員会の事務局たる東京都教育庁と協議をなすべきものとされている。これまでに、府中青年の家の使用申込について不承認処分ないしは使用申込取下げの勧告がなされたことはほとんどない。

府中青年の家における宿泊は、全て団体宿泊(相部屋)であり、個室宿泊はなく、宿泊使用料は、平成二年二月当時において、一泊二日の場合、小中学生一〇〇円、二五才以下二〇〇円、二六才以上四〇〇円であり、食費は、朝食三九〇円、昼食四六〇円、夜食五三〇円であった。(甲七ないし九、七七)

府中青年の家の使用申込書等は三枚綴の複写式になっており、一枚目が使用申込書、二枚目が使用券兼領収証、三枚目が使用券兼原符となっている。府中青年の家の通常の取扱いとしては、右使用申込書受付の段階で同時に使用を承認して使用料を徴収し、二枚目の使用券兼領収証を申込者に交付する扱いとなっている。(甲二六の1ないし3、弁論の全趣旨)

(四)  府中青年の家においては、通常午後六時三〇分から七時まで各宿泊団体のリーダーによるリーダー会が行なわれることとなっており、ここで、リーダーは、自己の所属団体の紹介等を行ない、府中青年の家は、施設の使用方法等の説明を行なうものである。(甲九、一三、一四、七七)

府中青年の家においては、午後九時以降は職員は勤務に就いておらず、警備委託による警備員が在館するのみである。

3  原告アカーは、府中青年の家においてスポーツ及び勉強会合宿を行なうため、平成元年一二月四日、府中青年の家に対し、平成二年二月一一日と一二日の宿泊使用を電話で申し込み、その予約を得たうえ、同年一月一〇日、使用申込書を提出し、府中青年の家所長からその使用承認を受けた。原告アカーはそれまでに府中青年の家を利用したことはなく、また、右申込書にも、特に同性愛者の団体であることは記載しなかった。(甲一〇ないし一二)

4(一)  原告永田、同風間、同神田らを含む原告アカーの男性メンバー一八名(高校生から三〇才代の社会人まで)は、平成二年二月一一日午後一時ころ、府中市是政所在の府中青年の家に赴き、二二二号室と二二三号室に宿泊したが、当日府中青年の家を宿泊使用していた団体は、原告アカーのほか、青年キリスト教団体(青年男性のみ)、少年サッカークラブ(引率の成人男子一名と小学生男子)、女性合唱サークル(女性のみ)であった。(甲七六)

(二)  平成二年二月一一日午後六時三〇分過ぎころから、一階会議室において、府中青年の家職員増田容子出席のもとにリーダー会が開かれた。

このリーダー会に原告アカーからは原告永田及び同風間が出席し、前記青年キリスト教団体、少年サッカークラブ、女性合唱サークルからもその各リーダーが出席した。

原告風間は、右リーダー会において、「原告アカーは同性愛者の団体であり、同性愛者の人権を考えるための活動をしている。」旨を説明して、原告アカーを自己紹介した。その際、他のリーダーからも増田職員からも、特に質問、意見等はなかった。

(三)  ところが、その後、原告風間らは、①原告アカーの高校生メンバー二人が入浴中に数人の少年サッカークラブの小学生に浴室を覗き込まれて笑われたり、②また、同高校生らが青年キリスト教団体のメンバーから「こいつらホモなんだよな、ホモの集団なんだよな。」と言われたり、③更に、翌朝、原告アカーのメンバー一人が朝食を待って並んでいたところ、少年サッカークラブの小学生から「一番後ろに並んでいる人ホモ。」と言われ、④食事の後には、原告アカーのメンバー一人が部屋へ戻る途中の廊下で、少年サッカークラブの小学生たちから「またオカマがいた。」などと言われた、との報告を受けたため、これらの言動(以下「本件言動」という。)を同性愛者に対する偏見に基づく悪質重大な差別事件としてとらえ、府中青年の家に臨時のリーダー会を開くよう求めて前記各団体との話合いの場を設けるよう要求することとした。(甲七六、七八の1、2)

(四)  原告風間らは、翌平成二年二月一二日午前九時ころ、府中青年の家事務室に赴き、瀬川渉所長が不在のため田中洋寿事業係長に対し、右の事情を説明して、臨時のリーダー会の開催と前記各団体との話合いの場を設けるよう要求した。田中係長はやむなくこれに応じ、未だ府中青年の家にいた前記団体のリーダーに連絡をとって、右話合いを同日午後三時からもつこととしたが、前記少年サッカークラブは既に帰っており、その時点では府中青年の家にはいなかった。

(五)  原告アカーと青年キリスト教団体及び女性合唱サークルとの話合いは、同日午後三時ころから一階食堂においてもたれ、田中係長もこれに出席してその場を主宰したが、右青年キリスト教団体及び女性合唱サークルの各リーダーはいずれもその所属構成員が本件言動に及んだことを否定した。

その後、原告アカーの要求により、右各団体との個別の話合いが田中係長立合主宰のもとに順次もたれたが、その話合いの席上、青年キリスト教団の出席リーダーは、原告風間や他の原告アカーのメンバー三名に対して、旧約聖書レビ記一九章一三節「女と寝るように男と寝る者は、ふたりとも憎むべき事をしたので、必ず殺されなければならない。」との文言を引用して、同性愛は決して許されるべきものではないことを力説した。

しかし、原告風間らはもとよりこれに賛意せず、更に、田中係長に対しては、同係長が右話合いの席において原告アカーのメンバーの発言をしばしばさえぎって不当に制止し、青年キリスト教団の肩をもってこれに加担したとして、田中係長に少なからず不満を抱くに至った。(甲七六、七八の3)

5  瀬川所長は、田中係長から右4の報告を受け、その後、これを都教育庁社会教育部計画課や前記東京都教育文化財団事務局に報告した。

6  原告アカーは、平成二年二月二六日、「東京都府中青年の家に於ける同性愛者差別の事実経過報告書」と題する書面(甲二〇)と「東京都府中青年の家に対する要求書」と題する書面(甲二一)を府中青年の家に持参した。

原告アカーは、右要求書において、①府中青年の家で同性愛者差別事件が発生したことについて所長としての見解を示すこと、②府中青年の家の代表として行動した田中係長の一連の言動に対し所長として謝罪すること、③同性愛者が被告の施設を利用しづらい状況を改善するための施策を具体的に提示すること、以上三個の要求項目について同年三月一日午前一〇時三〇分から瀬川所長と原告アカーが交渉話合いをもつこと、を求めた。しかし、瀬川所長は三月一日の話合いを拒否した。

7(一)  原告アカーは府中青年の家において第二回目のスポーツ及び勉強会合宿を行なうこととし、原告神田は、平成二年三月一日、府中青年の家に赴き、その館内公衆電話から府中青年の家事務室に電話をかけて、利用人員を男性三五名とする同年五月三日と四日両日の宿泊使用を申し込み(以下「本件使用申込」という。)、その予約を受けた。(甲二五)

府中青年の家は、その段階で、原告アカーのために、宿泊室として二二二号室ないし二二四号室等を、研修室として二〇号室等を用意した。(乙一、二)

原告アカーは、その後、使用申込書等の用紙を受け取った。(甲二六の1ないし3、二七の1、2)

(二)  原告アカーは、本件使用申込が承認されて府中青年の家が宿泊使用できた場合、リーダー会において原告アカーが同性愛者の団体であることを話すつもりであり、これを隠すつもりはなく、原告アカーが同性愛者の人権を考えるために活動していること等を紹介して、理解を求めるつもりであった。

(三)  瀬川所長は、原告アカーからの本件使用申込については、これを独断せず、都教育庁社会教育部と協議して、承認不承認の判断をすることとした。

8(一)  原告アカーは、瀬川所長との交渉日として平成二年三月一七日または同月二四日を要望した。

瀬川所長は、もとよりこれに応ずる義務はなかったのであるが、やむなく、右平成二年三月二四日午後二時から東京都台東区上野所在の東京文化会館第二応接室において原告アカーのメンバー三名以内との話合いを持ち、前記要求書に対する回答をなすことを承知した(当日は、府中青年の家が満室であったため、同じく東京都教育文化財団が管理する東京文化会館を指定した。)。しかし、原告アカーは、瀬川所長が出席人数を三名以内に制限したことについて強く反発した。(甲二二)

(二)  瀬川所長は、原告アカーとの話合いに先立ち、「同性愛」についての知識を取得するため、「ハイト・レポート」、前記「イミダス」(平成二年版)、同「広辞苑」(第三版)、文部省の発行した前記「生徒の問題行動に関する基礎資料」を読むなどし、また、武蔵野法律事務所の三村伸之弁護士にも、原告アカーの府中青年の家の使用について法律相談をし、都教育庁社会教育部計画課とも協議をした。

その結果、瀬川所長は、同性愛は健全な異性愛の発達を阻害するおそれがあるもので、健全な社会道徳に反し、現代社会にあっても到底是認されるものではないとの結論に達し、同性愛者が府中青年の家に宿泊することは他の宿泊者である子供らに良くない影響を与え、青少年の健全な育成を図ることを目的として設置された府中青年の家の所長としてはこれを拒否すべきであり、これを拒否することも法律的には可能である、と判断するに至った。

(三)  瀬川所長は、原告アカーからの前記要求書に対する回答を起案して、これを都教育庁社会教育部の田中毅部長(以下「田中部長」という。)に示し、府中青年の家の所長としてそのような回答をなすことについて了解を得た。

9(一)  平成二年三月二四日、原告アカーは、原告永田らを含むそのメンバー八名で東京文化会館に赴き、右東京文化会館四階第二応接室において、瀬川所長との話合いをもったが、原告アカーは、右の全員が瀬川所長との話合いの場に出席できることを要求し、話合いは当初から紛糾した。

結局、右話合いは、原告永田、同風間及び同神田を含む原告アカーのメンバー数名と瀬川所長及び鈴木康之管理係長との間で行なわれることとなり、同日午後二時ころから同日午後四時ころまでの間、約二時間にわたってなされたが(以下、これを「本件三月二四日の話合い」という。)、原告アカーはもともと瀬川所長を攻撃糾弾するつもりできていたため、それは話合いの体をなさず、当初から感情的かつ興奮した状態のもとで行なわれ、瀬川所長の発言も原告風間らによって必要以上に中断されがちであった。(甲七九)

(二)  右話合いにおいて、瀬川所長は、用意した書面を読み上げ、前記要求書に対する回答を口頭で行なった。その概要は、「(前記要求項目①に対し)原告アカーが「ホモ」「オカマ」という表現に対して不快に思い、抗議の意思を表明することは当然のことかと思うが、原告アカーが前記報告書で取り上げた四件は「いたずら」や「いやがらせ」の域を超えた「差別事件」とまでは考えていない。所長としては「犯人探し」の経過をたどったことには異論があり、子供の行為に行き過ぎはあったが、一方、子供の人権についての考慮が希薄となっていた。府中青年の家としては、原告アカーの抗議を各団体に伝えるとするのが妥当であったと考えている。(要求項目②に対し)田中係長は混乱しないように努力したものであるが、一部発言に穏当を欠くものがあったらその点については謝罪する。(要求項目③に対し)原告アカーのメンバーが同性愛者であること、原告アカーが同性愛者の団体であると主張することは、自由であるが、しかし、そのことが原因で他の団体との不要な摩擦が生じたり、余計な心配をしなければならないことは、所長としては大変に困る。原告らメンバーの「主張や行動」が今日の日本国民(都民)のコンセンサスを得られているとは思わない。青少年の健全な育成を目的として設置された教育機関の長として、原告アカーのメンバーの主張や内在する行為を支援するわけにはいかない。青少年の健全な育成にとって正しいとはいえない影響を与えることを是としない立場にある者として、原告アカーの次回の利用は断わりたい。」というものであった。

(三)  瀬川所長は、右話合いの中で、「(同性愛者は)他の青少年の健全育成にとって正しいとはいえない影響を与える。」、「(同性愛のことを指して)それは、例えばイミダスなんかをみますとね、性的行為も含まれていますよね。」、「同性愛の人が同じ部屋にいるんだということは、余計なことを想像させるわけです。」、「所(府中青年の家のこと)以外でもそういうこと(同性愛者が性的行為を持つこと)はないんですか。」などと述べた。

(四)  また、右話合いにおいて、瀬川所長は、府中青年の家の所長として、原告アカーの今後の利用を断わりたいと考えていることを都教育庁及び都教育委員会に伝える予定であると告げた。

10(一)  瀬川所長は、平成二年四月初め、東京都教育文化財団を通じ、都教育庁社会教育部に対し協議書を提出し、原告アカーからの本件使用申込についての協議を求めた。その際、瀬川所長は、所長としては原告アカーからの本件使用申込を断わりたい旨の意見を上申した。

こうして、原告アカーからの本件使用申込については、その承認不承認が事実上都教育庁において判断されることとなった。

(二)  一方、瀬川所長は、前記鈴木係長に対し、原告アカーからの使用申込書の提出に対しては、その可否が都教育庁において判断されることとなっていることを理由に受理しないよう指示した(以下、これを「本件不受理指示」という。)。

11  平成二年四月九日、原告アカーから委任を受けた中川重德弁護士は、電話で、都教育庁社会教育部に対し、原告アカーとの協議をなすよう申し入れた。この電話には今野康子計画課長が応対したが、同課長は、中川弁護士との電話の中で、同弁護士に対し、「(原告アカーは)まじめな団体だっていってるけど、本件は何をしている団体かわかりませんよね。」、「イミダスなんかをみると、アカーも何のために青年の家を利用するんだか疑わしいですよね。」、「お風呂でいろいろあったていうけど、そっちの方が何かそういう変なことをしていたんじゃないでしょうかねえ。」、「同性愛者が一緒にいるっていうだけで、子供たちは悪い影響を受けますよ。」との趣旨の発言をした。(弁論の全趣旨)

なお、今野課長は、右の電話で、今後七日から一〇日位の間に都教育庁レベルで決定をしたい旨を告げた。

12  原告風間のほか一名は、平成二年四月一一日、府中青年の家を訪れ、本件使用申込について、所要の事項を記入した使用申込書(以下「本件使用申込書」という。)等を提出しようとしたが、前記鈴木係長は、本件使用申込についてはまだ都教育委員会の結論が出ておらずそれまで待って欲しい旨、瀬川所長からもその受理を禁じられている旨を述べて、本件使用申込書等(甲二六の1ないし3、二七の1、2)の受取りを拒否し、その受理手続をしなかった(以下、これを「本件不受理行為」という。)。原告風間らは、やむなく、鈴木係長に対し、原告アカーが本件使用申込書等を持参したが所長の命によりその受理手続をしなかったことを証明する書面の交付を要求し、同係長はその趣旨の書面(甲二八)を作成して交付した。

なお、本件使用申込書には使用人員として男性三〇名の、食事注文票には注文数として三〇食の記載がある。

13  原告風間ら原告アカーのメンバー四名と中川弁護士は、平成二年四月一三日、都教育庁を訪れ、都教育委員会宛ての同日付「請願書」(甲二九)及び同「要求書」(甲三〇)、原告アカーの活動内容を記した資料(甲三一ないし三三)等を、前記田中部長及び今野課長らに手渡した。

右「請願書」には、都教育委員会が臨時会を開催して原告アカーからの本件使用申込に対する承認の処分をなすべきこと、開催された会議において原告アカー及び中川弁護士の意見を聴取すること、都教育委員会の所管する公共の施設において他の一般利用者による同性愛者に対する差別や嫌がらせがなされることを防止するために原告アカーをはじめとする同性愛者の団体と協議の上早急に必要な措置をとること、との請願の趣旨が記載されている。

また、右「要求書」には、原告アカーからの本件使用申込を承認すること、所長としての立場で府中青年の家の利用を断わりたいと公言した瀬川所長の責任の所在を明らかにすること、府中青年の家における一連の事態について都教育庁社会教育部計画課長としての見解を示すこと、同性愛者が都の施設を利用しづらい状況を改善するための具体策を提示すること、以上の要求項目に対する返答を文書で四月二〇日までに送付すること、との要望が記載されている。

14  平成二年四月一八日、都教育庁は、右のとおり都教育委員会宛ての請願書が提出されたことから、本件使用申込を都教育委員会において審議決定するのを相当と考えて、都教育委員会にその審議を求めることとした。こうして、本件使用申込については、最終的に都教育委員会の場において審議され、決定されることとなった。なお、本件使用申込以前に青年の家の使用承認不承認が都教育委員会で審議されたことはなかった。(証人今野)

都教育庁は、本件使用申込が都教育委員会において審議決定されることとなった旨を中川弁護士及び原告アカーに伝えた。

15(一)  原告アカーは、平成二年四月二三日、都教育委員会に対し、会議において原告アカーから意見を聴取すること、原告アカーのメンバーが右会議を傍聴することを認めること等を求める同日付「請願書」(甲三五)及び原告アカーの活動状況を伝える資料(甲三六の1ないし3)を提出した。

(二)  また、原告アカーは、同日、都教育庁に対し、本件使用申込についての使用申込書(甲三八)を提出し、右申込書の受理を受けた。右申込書には使用人員として男性三〇名の記載がある。

16(一)  都教育委員会(石川忠雄委員長)は、平成二年四月二六日午前一〇時から、都立国際高校校長室で平成二年第八回の定例教育委員会を開き、原告アカーからの前記各請願についての審議を行なった。(甲三九)

(二)  右審議には、時事通信社、読売新聞社、毎日新聞社及びテレビ朝日の取材があり、中川弁護士及び原告風間を含む原告アカーのメンバー三名が傍聴を許された。

(三)  教育委員会の右審議は、まず公開で始められ、事務局から、原告アカーの前記各請願についての説明が行なわれ、一三分間の秘密会がもたれたあと、原告アカーの代理人である中川弁護士が意見陳述を行なった。

中川弁護士は、約一五分間にわたり、同性愛者とは異性愛者が異性に対して抱くもろもろの感情を同性に対して抱く者であり、なんら病的なものではないこと、男性の同性愛者が女装をするというイメージは全く誤ったものであること、同性愛者となる原因は現在まで分かっていないこと、少数者である同性愛者は自分を否定的にとらえがちであり傷ついていること等を説明し、また、原告アカーの活動や本件言動の経緯等についても説明した。

その後、再び秘密会がもたれたが、右秘密会において、瀬川所長は、本件使用申込の宿泊日である平成二年五月三日の利用団体には子供の団体や宗教の団体がいることを述べ、自己の所長としての意見として、「青年の家では、たとえ夫婦であっても男女は別室に宿泊させているが、同性愛者を同じ部屋に宿泊させることは、あたかも男女を同じ部屋に宿泊させることになり、その原則が崩れ、管理上支障がある。」旨の意見を述べた。今野課長は同秘密会ではなんら発言をしなかった。

(四)  都教育委員会は、その後、同日、前記各請願について、原告アカーの府中青年の家の使用を承認しない旨の決定をするとともに(甲四一の1、2)、本件使用申込についても、原告アカーの使用が東京都青年の家条例八条一号及び二号にあたるとして、これを承認しない旨の処分(本件不承認処分)をした(甲四〇)。

なお、都青年の家条例八条は、左記のとおりである。

「八条 次の各号の一に該当するときは、委員会は使用を承認しない。

一  秩序をみだすおそれがあると認めたとき。

二  管理上支障があると認めたとき。

三  前各号のほか、委員会が必要と認めたとき。」

(五) 都教育長は、その後、都教育庁において、次のようなコメント(本件教育長コメント)を発表した。(甲四二)

「東京都教育委員会は、この団体の目的や活動について問題にしているのではないので一般的に公の施設の使用を拒むものではない。しかし、施設にはそれぞれ設置目的があり、又使用上のルールがある。青年の家は、

「青少年の健全な育成を図る」目的で設置されている施設であることから、男女間の規律は厳格に守られるべきである。この点から青年の家では、いかなる場合にも男女が同室で宿泊することを認めていない。このルールは異性愛に基づく性意識を前提としたものであるが、同性愛の場合異性愛者が異性に対して抱く感情・感覚が同性に向けられるのであるから異性愛の場合と同様、複数の同性愛者が同室に宿泊することを認めるわけにはいかない。浴室についても同様である。」

17 右平成二年四月二六日、今野課長は、中川弁護士に対して、府中青年の家に代わるものとして東京都立多摩社会教育会館の会議室の日帰り利用を用意してある旨を伝えたが、原告アカーは、同年四月末ころ、右会館を利用しない旨を伝えた。(甲七六)

18 本件不承認処分の後、前記予約によって原告アカーのために用意されていた府中青年の家の二二二号室等は他の団体に割り変えられた。(乙一、三、五、六)

19 原告アカーは、本件不承認処分により府中青年の家でのスポーツ及び勉強会合宿ができなくなったため、東京都西多摩郡五日市町所在の寺院「陽谷院」に場所を変え、平成二年五月三日及び四日の両日同院において二四名で宿泊合宿を行ない、陽谷院に対して、宿泊費として合計四万三二〇〇円を支払った。(甲四五、四六の1、2。食費として支払った金額を認めるに足る証拠はない。)

20 本件不承認処分の後は、原告アカーは、府中青年の家に日帰り使用のみを申し込み、府中青年の家もこれを承認している。(甲八七)

21 なお、府中青年の家と同種の公共施設においては、家族関係にない男女の同室での宿泊利用を無条件で認めている施設は極めて少ないが、家族を単位とすれば男女の同室宿泊を認めている施設は多い。(甲一三〇の1ないし214、乙一九の1ないし176)

以上の事実が認められる。

三  判断

1  瀬川所長の発言について

(一) 瀬川所長が本件平成二年三月二四日の話合いの席上、原告永田らに対し「(同性愛者は)他の青少年の健全育成にとって正しいとはいえない影響を与える。」、「(同性愛のことを指して)それは、例えばイミダスなんかをみますとね、性的行為も含まれていますよね。」、「同性愛の人が同じ部屋にいるんだということは、余計なことを想像させるわけです。」、「所(府中青年の家のこと)以外でもそういうこと(同性愛者が性的行為を持つこと)はないんですか。」などと述べたことは当事者間に争いがない。

(二) しかし、右の発言は、当時の紛糾した状態のもとで瀬川所長が自己の見解を述べあるいは原告永田らに質問をする過程でなされたものである。そして、前記一に認定のとおり、当時同性愛については辞書類の説明もまちまちであって、中には「男性ホモの場合は強迫的で反復性のある肉体関係がつきまとい、対象を変えることが多い。」とか「同性に性欲を感ずる異常性欲の一種」とかの記述もあり、同性愛を肯定的にとらえるものから否定的にとらえるものまであり、むしろこれを否定的にとらえるものが多かった状況に鑑みると、瀬川所長の右発言は未だ原告永田らの社会的評価を低下させるものではなく、また、その名誉感情を社会生活上の受忍限度を超えて傷つけるものということもできない。

原告永田らの右主張は採用することができない。

2  今野課長の発言について

(一) 今野課長が平成二年四月九日中川弁護士との電話の中で同弁護士に対し「(原告アカーは)まじめな団体だっていってるけど、本当は何をしてる団体か分かりませんよね。」、「イミダスなんかをみると、アカーも何のために青年の家を利用するんだか疑わしいですよね。」、「お風呂でいろいろあったていうけど、そっちの方が何かそういう変なことをしていたんじゃないでしょうかねえ。」、「同性愛者が一緒にいるっていうだけで、子供たちは悪い影響を受けますよ。」との趣旨の発言をしたことは、前記二11に認定のとおりである。

(二) しかしながら、右の発言は、今野課長が「イミダス」をみて抱いた原告アカーの活動内容等への疑問や本件言動中の風呂場での件についての疑問を率直に述べたもの、あるいは自己の同性愛についての意見を述べたものに過ぎず、前記のとおり、当時同性愛についてはその説明がまちまちであり、むしろこれを否定的にとらえる記述が多かったことに徴すると、今野課長の右発言もまた未だ原告永田らの社会的評価を低下せしめるものではなく、その名誉感情を社会生活上の受忍限度を超えて傷つけるものということもできないというべきである。

原告永田らの右主張は採用することができない。

3  瀬川所長の妨害行為について

(一) 瀬川所長が、①本件三月二四日の話合いの席上、原告アカーに対し、今後の利用を断わりたい旨を述べたこと、②そして、都教育庁及び教育委員会に対し右の見解を伝えたこと、③鈴木係長に対して本件不受理指示をなし同係長をして原告アカーからの本件使用申込書を受理させなかったこと(本件不受理行為)、は前記二10、12に認定のとおりである。

(二)(1) しかし、右①②の行為は所長としての自己の見解を述べたに過ぎないものであり、たとえその結論が結果的には誤っていたとしても、当時の同性愛をめぐる前記の状況に鑑みると、未だそれが違法とまではいえず、原告アカーのこの点に関する主張は採用することができないというべきである。

(2) しかしながら、右③の行為については、これを違法といわざるを得ない。けだし、前記二2に認定のとおり、府中青年の家の使用申込書等は三枚綴の複写式になっており、一枚目が使用申込書、二枚目が使用券兼領収証、三枚目が使用券兼原符であって、瀬川所長としては、一枚目の本件使用申込書を正式に受理し、二枚目の使用券兼領収書については、本来の取扱いに戻り、未だ承認がなされていないとしてこれを原告アカーには交付せず、府中青年の家において保留しておけばよかったからである。したがって、これをしないで、本件使用申込書そのものの受理をしなかった瀬川所長の行為(本件不受理行為)は違法といわざるを得ない。

4  都教育委員会の本件不承認処分について

(一) 都教育委員会が原告アカーからの本件府中青年の家の使用申込に対して平成二年四月二六日本件不承認処分をしたことは当事者間に争いがない。

(二)(1) 都教育委員会の本件不承認処分の理由は、原告アカーの使用が東京都青年の家条例八条一号及び二号にあったというものである。

(2) 本件教育長コメントは、その理由を更に次のとおり述べている。

「青年の家は、「青少年の健全な育成を図る」目的で設置されている施設であることから、男女間の規律は厳格に守られるべきである。この点から青年の家では、いかなる場合にも男女が同室で宿泊することを認めていない。このルールは異性愛に基づく性意識を前提としたものであるが、同性愛の場合異性愛者が異性に対して抱く感情・感覚が同性に向けられるのであるから異性愛の場合と同様、複数の同性愛者が同室に宿泊することを認めるわけにはいかない。浴室についても同様である。」

(3) そして、本件訴訟において、被告は、本件不承認処分の理由を更に敷衍して、次のとおり主張している。

Ⅰ 府中青年の家においては男女が同室に宿泊することを原則として認めていない。その理由は、①もし男女を同室に宿泊させれば、その男女が性的行為を行ないあるいは行なう可能性があり、これは青年の家の設置目的に著しく反する。②同室または他室の青少年が男女の性的行為を直接目撃し、あるいは、実際にそこで男女の性的行為が行なわれると否とにかかわらず、男女が同室に宿泊をしていることを知って性的行為が行なわれるものと考えこれを想像した場合、その青少年に無用かつ重大な混乱や嫌悪感を生じさせ、その性意識に多大な悪影響を及ぼし、これは青年の家の設置目的に反する。③男女が同室に宿泊をしていることを知った青少年がその男女に対して嫌がらせ等の行為に出るおそれがあり、その場合には府中青年の家の秩序が乱され管理運営上の支障が生じ、これは青年の家の設置目的に反する。④青年の家で男女を同室に宿泊させることについては国民(都民)のコンセンサスが得られていない。

Ⅱ 男女を同室に宿泊させないという右の原則は、複数の同性愛者にもそのままあてはまるものである。なぜなら、同性愛者は、異性愛者が異性に対して抱く感情と同じ感情を同性に対して抱くものであり、性的意識が同性に向かい、同性との間で性的行為をもつ者であるから、もし複数の同性愛者を同室に宿泊させた場合には、男女を同室に宿泊させた場合と同様に、右のような事態が生ずるからである。したがって、複数の同性愛者を同室に宿泊させることはできない。

(4) 以上によれば、都教育委員会の本件不承認処分の理由は、結局のところ、次のように整理されるものと考えられる。すなわち、

Ⅰ 青年の家においては男女が同室に宿泊することは原則として許されない。なぜなら、①もし男女を同室に宿泊させれば、その男女が性的行為をもちあるいはもつ可能性があり、これは青年の家の設立主旨に反する。②同室または他室の青少年が男女の性的行為を目撃し、あるいは、目撃をしないまでもまたは実際にそこにおいて性的行為が行なわれようが行なわれまいが、同室または他室の青少年が男女の同室宿泊の事実を知って性的行為が行なわれるものと考えこれを想像することは、その青少年の健全な成長にとって有害であり、青年の家の設立主旨に反する。③男女が同室に宿泊していることを青少年が知った場合、その男女に対して嘲笑、揶揄、嫌がらせ等の言動に出るおそれがあり、その場合には府中青年の家の秩序が乱され管理運営上の支障が生じ、これは青年の家の設立主旨に反する。④青年の家で男女を同室に宿泊させることについては国民のコンセンサスが得られていない。

Ⅱ 青年の家において男女を同室に宿泊させないという右の原則(以下「男女別室宿泊の原則」という。)は、「男女」をそのまま「同性愛者」と置き換えることによって、複数の同性愛者にもそのままあてはまるものである。なぜなら、同性愛者は、異性愛者が異性に対して抱く感情と同じ感情を同性に対して抱くものであり、性的意識が同性に向かい、同性と性的行為をもつ者であるからである。したがって、①複数の同性愛者が同室に宿泊すれば、その同性愛者間で性的行為が行なわれあるいは行なわれる可能性があり、これは青年の家の設立主旨に反する。②同室または他室の青少年が同性愛者間の性的行為を目撃し、あるいは、目撃をしないまでもまたは実際にそこにおいて性的行為が行なわれようが行なわれまいが、同室または他室の青少年が同性愛者の同室宿泊の事実を知って性的行為が行なわれるものと考えこれを想像することは、その青少年の健全な成長にとって有害であり、青年の家の設立主旨に反する。③複数の同性愛者が同室に宿泊していることを青少年が知った場合、その同性愛者に対して嘲笑、揶揄、嫌がらせ等の言動に出るおそれがあり、その場合には府中青年の家の秩序が乱され管理運営上の支障が生じ、これは青年の家の設立主旨に反する。④青年の家で複数の同性愛者を同室に宿泊させることについては未だ国民のコンセンサスが得られていない。

(三) そこで、本件不承認処分の適否について検討する。

当裁判所は、結論として、本件不承認処分は違法であると考える。その理由は次のとおりである。

(1) 同性愛者の同室宿泊について

Ⅰ まず、男女が同室に宿泊する場合を検討するが、単に単価を得て宿泊場所を提供するに過ぎないホテルや旅館と違い、「青少年」の「健全な育成」を図ることを目的として設立された施設である青年の家において男女間の「性的行為」が行なわれることあるいは行なわれる可能性があることを制度上一般的に認めることは、基本的には青年の家の設立主旨に反するのであるから、右の点を施設利用の承認不承認にあたって考慮することは相当であると考える。

右事情は、同性愛者の同室宿泊についても同様である。すなわち、同性愛者は、その性的指向が同性に向かうものであり、異性愛者が異性に対して抱くのと同じ性的感情を同性に対して抱き、高ずれば同性との間で性的行為をもつものであるから、同性愛者を同室に宿泊させた場合、男女を同室に宿泊させた場合と同様に、一般的には性的行為のなされる可能性があるといわざるを得ず、前示のとおり、青年の家において制度上一般的に性的行為のなされる可能性があることは、その設立主旨に反するのであるから、右の点を施設利用の承認不承認にあたって考慮することは相当である。ただ、何が「性的行為」にあたるかは一個の困難な問題ではある。なお、右は、「同性愛者であること」を理由とするものではなく、「性的行為がなされる可能性があること」を理由とするものである。

もっとも、これに対しては、右立論の前提である、同性愛者を同室に宿泊させれば特定の同性愛者間で性的行為のなされる可能性があるとすることに異論もあろう。しかし、たとえその宿泊場所が青年の家であり、青年の家においては一室に特定の同性愛者だけを宿泊させるわけではなく、原則として数名の宿泊者の相部屋であるとしても、通常青年の家においては活動目的を同じくする団体ごとに部屋が割り当てられているのであるから、そうとすれば、やはり、同室に宿泊した同性愛者間において性的行為がなされる可能性は一般的にはあるといわざるを得ないであろう。そして、その可能性は、男女の同室宿泊の場合と同程度と認むべきであり、それ以上でもなければそれ以下でもないというべきである。

都教育委員会の前記(二)(4)Ⅱ①の理由は、この限度でこれを肯認することができる。

Ⅱ 次に、都教育委員会は、「同室または他室の青少年が同性愛者間の性的行為を目撃し、あるいは、同性愛者の同室宿泊の事実を知って性的行為が行なわれるものと想像することは、その青少年の健全な成長にとって有害であり、青年の家の設立主旨に反するものである。」という。しかし、青年の家に宿泊した右の青少年が青年の家において実際に同性愛者間の性的行為を目撃する機会は一般的には極めて少ないと考えられる。けだし、同性愛者が同性愛者であることを告知しなければ同性愛者であることは通常は分からないものであり、また、人前で性的行為をなすこと自体通常ではないし、男女であれ同性愛者であれ、時と場所と周囲の状況を無視して公然人前で性的行為に及ぶわけではないからである。また、その青少年が同性愛者の同室宿泊の事実を知って直ちにその性的行為を想像するものとも断じ難く、仮に性的行為を想像したとしても、それが直ちに同性愛者の同室宿泊を禁ずるほどに青少年の健全な成長にとって有害であるとも思われないのである。

都教育委員会の前記(二)(4)Ⅱ②の理由はにわかに賛成することができない。

Ⅲ 更に、都教育委員会は、「複数の同性愛者が同室に宿泊していることを青少年が知った場合、その同性愛者に対して嘲笑、揶揄、嫌がらせ等の言動がなされるおそれがあり、その場合には府中青年の家の秩序が乱され管理運営上の支障が生じ、これは青年の家の設立主旨に反する。」とする。しかし、仮に青少年が青年の家において同性愛者の同室宿泊の事実を知ったとしても、そのことの故に同性愛者に対して右のような言動がなされるとは思われず、もし青少年が右のような言動に出ることがあるとすれば、それは、同性愛者の「同室宿泊」の事実を知ったからではなく、「同性愛者であること」を知ったことと同性愛者に対する蔑視とによるものと思われる。

更に、注意すべきは、仮に他の青少年によって右のような嘲笑、揶揄、嫌がらせ等の言動がなされ得るとしても、それは、他の青少年による青年の家の使用を拒否する理由にはなり得ても、相手方たる同性愛者による青年の家の使用を拒否する理由とはなり得ないということである。右のような言動に出ること自体に負の評価が与えられなければならないからである。

都教育委員会の前記(二)(4)Ⅱ③の理由にも賛成することができない。

Ⅳ また、都教育委員会は、「青年の家において複数の同性愛者を同室に宿泊させることについては未だ国民のコンセンサスが得られていない。」との見解を持つ。しかし、そもそも、国民の大部分は、これまで同性愛について深く考えたことはなかったのであって、右の様なコンセンサスが得られていないとも断じがたい。

都教育委員会の前記(二)(4)Ⅱ④の理由にも左袒することができない。

(2)  そこで、更に前記(1)Ⅰの理由について具体的に検討する。

Ⅰ  憲法二一条、二六条、地方自治法二四四条に鑑みると、原告らは、「公の施設」である本件府中青年の家についてその利用権を有しているものと認められる。しかるところ、地方自治法二四四条二項は「普通地方公共団体は、正当な理由がない限り、住民が公の施設を利用することを拒んではならない。」と規定し、また、同条三項は「住民が公の施設を利用することについて、不当な差別的取扱いをしてはならない。」と規定している。したがって、都青年の家条例八条一号にいう「秩序をみだすおそれがある」ときも、二号にいう「管理上支障がある」ときも、右のような趣旨において解釈されるべきである。

Ⅱ  ところで、同性愛者が青年の家における同室宿泊を拒否された場合には、同性愛者は青年の家に全く宿泊することができなくなる。なぜなら、男女の場合には、その同室宿泊を拒否されても、通常、別々の部屋に分かれて宿泊することができるのに対し、同性愛者の場合は、相当数の個室でもない限り、別々の部屋に分かれて宿泊することはまず不可能であるからである。これは、男女の場合に比べて著しく不利益であり、同性愛者が青年の家の利用権を奪われるに等しいものである。

Ⅲ  そうとすると、同性愛者の同室宿泊を拒否するためには、前記(1)Ⅰのように一般的に同性愛者が同室に宿泊すれば男女が同室に宿泊した場合と同様に性的行為に出る可能性があるというだけでは足りず、当該同性愛者においても性的行為に出るという具体的可能性がなければならないというべきである。その場合に初めて都青年の家条例八条一号または二号の要件を充たすものというべきである(したがって、男女の場合にも、男女の同室宿泊を拒否すれば宿泊そのものができなくなることが常態の場合には、当該男女が同室宿泊をすることによって性的行為に出る可能性が具体的にあるか否かを検討することが必要となろう。)。

Ⅳ  これを本件についてみるに、そもそも、都教育委員会は、右具体的可能性の有無を当初から問題とせず、単に、原告アカーが同性愛者の団体であり、「同性愛者」と「男女」とは同じであるとの考えのもとに本件不承認処分をなしたものであって、既にこの点において違法たるを免れないが、仮にこの点をしばらくおくとしても、原告アカーについて、本件使用申込当時そのメンバーにおいて府中青年の家に同室宿泊をした場合性的行為に出る可能性が具体的にあったことを認めるに足る証拠はない。

当時存在した事実としては、原告アカーの活動目的が同性愛者相互のネットワークづくり、同性愛に関する正確な知識と情報の普及、同性愛者に対する社会的な差別や偏見の解消等であり、原告アカーはこの目的のもとに平成二年二月一一日及び一二の両日府中青年の家を宿泊使用したこと、その際原告アカーの申立てによれば原告アカーのメンバーに対する嫌がらせ事件(本件言動)があったこと、その件で原告アカーは府中青年の家に臨時のリーダー会の開催と当日の宿泊団体との話合いの場を設けることを要求し、その後それが開かれて原告アカーが右団体に抗議したこと、その後原告アカーは「東京都府中青年の家に於ける同性愛者差別の事実経過報告書」と題する書面と「東京都府中青年の家に対する要求書」と題する書面を府中青年の家に持参して回答を求めたこと、瀬川所長は右要求書に対する回答をなしたが、その中で、原告アカーの本件使用申込を断わりたい旨を述べ、また、都教育庁及び都教育委員会に対しその旨を伝達すると告げたこと、これに対し原告アカーが強く反発したこと、その際の状況はかなり混乱紛糾したものであったこと、原告アカーは中川弁護士を代理人として都教育庁社会教育部に対し原告アカーとの協議をなすよう申し入れ、その後、都教育委員会宛ての「請願書」や「要求書」を提出したこと、中川弁護士が定例教育委員会の席上、同性愛者とは異性愛者が異性に対して抱くもろもろの感情を同性に対して抱く者でありなんら病的なものではないこと、同性愛者となる原因は現在まで分かっていないこと等の意見を述べたこと、等である。しかし、これらのみでは、未だ原告アカーのメンバーが府中青年の家において性的行為に出る可能性が具体的にあったものとは認め難いというべきである。

Ⅴ  しかも、なお、仮に都教育委員会が、原告アカーの本件使用申込を承認した場合にそのメンバーの同室宿泊により性的行為のなされる可能性が具体的にあることを感知したのであれば、一定の条件を付すなどして、より制限的でない方法により、その具体的可能性を減少させることもできたのである。

Ⅵ  以上、要するに、都教育委員会は、本件使用申込に対しては、性的行為のなされる具体的可能性がある場合にのみこれを不承認処分とすることができたのに、その具体的可能性があるか否かを認定せずあるいは具体的可能性があることを認めるに足る事実はなかったのに、本件不承認処分をなすに至ったのであって、本件不承認処分は、地方自治法二四四条二項、都青年の家条例八条の解釈適用を誤った違法なものといわざるを得ない。

5  被告の責任

(一) 瀬川所長は、前記のとおり、原告アカーからの本件使用申込書を受理すべきであるのに、鈴木係長をしてこれを受理させなかったのであるから、本件不受理行為について職務上の注意義務を欠いたものというべきである。

(二) また、都教育委員会も、本件使用申込を不承認とした場合原告アカーの府中青年の家の宿泊使用が全く不可能となることに思いを致し、原告アカーのメンバーによる性的行為のなされる具体的可能性の有無を審理判断すべきであったのに、これをなさず、安易に「同性愛者」と「男女」とを同列に取り扱って一般的原則たる男女別室宿泊の原則をそのまま同性愛者にもあてはめ、本件使用申込を不承認としたものであって、都教育委員会にもその職務を行なうにつき過失があったものといわざるを得ない。

(三) よって、被告は、国家賠償法一条一項により、瀬川所長の本件不受理行為と都教育委員会の本件不承認処分とにより原告アカーが被った損害を賠償すべきである。

6  損害

(一) 原告アカーの損害 二六万七二〇〇円

(1) 財産的損害 三万七二〇〇円

前認定のとおり、原告アカーは、本件不承認処分により府中青年の家の使用ができなくなり、平成二年五月三日及び四日の両日、東京都西多摩郡五日市町所在の寺院「陽谷院」において宿泊合宿を行なった。そのため、原告アカーは、陽谷院に二四名分の宿泊費として四万三二〇〇円を支払った(甲四六の1、2)。しかし、原告アカーが府中青年の家を使用していれば三〇名分の宿泊費として六〇〇〇円を支払っていたはずであるから(甲九、二七の1、2、三八)、差額三万七二〇〇円が原告アカーの損害となる。

(2) 非財産的損害 一〇万円

原告アカーは、瀬川所長が本件不受理行為をなしたため、改めて使用申込書を提出するなどこれに対処対応するための余分の労力を余儀なくされ、また、都教育委員会が本件不承認処分をなしたため、新たに陽谷院に合宿場所を変更するなどこれに対処対応するための余分の労力を余儀なくされた。これらによる原告アカーの非財産的損害は一〇万円と認めるのが相当である。

なお、原告アカーは、都教育委員会の本件不承認処分によりその社会的評価を低下させられあるいはその社会的評価を増大させる機会を奪われた旨主張するが、これを認めることはできない。

(二) 原告アカーの弁護士費用一三万円

(1) 都教育委員会等に対する交渉、請願等 三万円

原告アカーは、瀬川所長の本件不受理行為があったこと等から、中川弁護士に対し、都教育庁及び都教育委員会に対する交渉、請願書の提出、意見陳述等を依頼し、その費用として五〇万円を支払う旨を約したことが認められる(弁論の全趣旨)。しかし、右都教育委員会等に対する交渉、請願書の提出、意見陳述等は主として本件使用申込に対する承認不承認の判断が都教育委員会においてなされることとなったことによるものと認められるから、原告アカーが瀬川所長の本件不受理行為による損害として被告に請求し得る金額は三万円と認めるのが相当である。

(2) 本件訴訟の提起、追行 一〇万円

原告アカーは、本件訴訟の提起、追行を原告ら訴訟代理人らに委任し、その着手金及び報酬として合計八七万一〇〇〇円の支払いを約したことが認められる(弁論の全趣旨)。しかし、本件事案の内容、審理経過、認容額等に徴すると、原告アカーが被告に請求し得る金額は一〇万円と認めるのが相当である。

7  なお、被告は、原告アカーは当事者能力を有していない旨主張するが、前記二1認定のとおり、原告アカーは、団体としての組織を備え、多数決の原則が行なわれ、構成員の変更にもかかわらず団体そのものが存続し、その組織において代表の方法、総会の運営、財産の管理その他団体としての主要な点が確定していると認められるから、原告アカーは民事訴訟法四六条により当事者能力を有するものというべきである。被告の右本案前の申立ては理由がない。

四  結論

以上のとおり、原告アカーの本訴請求は、二六万七二〇〇円とこれに対する不法行為の後である平成三年三月一九日から支払い済みまで民法所定の年五パーセントの割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これをその限度で認容し、その余の請求は失当であるから棄却し、原告永田雅司、同風間孝及び同神田政典の各請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用し、仮執行の宣言はこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官原田敏章 裁判官内田計一 裁判官林俊之)

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