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東京地方裁判所 平成3年(ワ)14398号 判決 1993年3月29日

原告

大林雅子

右訴訟代理人弁護士

岩下嘉之

松田英一郎

被告

梨元勝

右訴訟代理人弁護士

岡田久枝

岡田宰

主文

一  被告は、原告に対し、金五〇万円及びこれに対する平成三年一〇月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二〇分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の申立て

一  原告の請求

1  被告は、原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告に対し、週刊誌「週刊ポスト」誌上に別紙謝罪広告を掲載せよ。

第二  事案の概要

原告は、俳優である訴外上原謙(故人)と平成三年六月五日に協議離婚し、右離婚のころ交際していた訴外Y(以下「Y」という。)に対して、同年八月二七日に婚約不履行を理由に損害賠償を求める訴えを東京地方裁判所に提起した。原告のこれらの一連の行動については、テレビのいわゆるワイドショーを中心とした芸能報道番組などのマスコミにより数多くの報道がなされた。そのようななかで、いわゆる芸能レポーターである被告が週刊ポスト誌上に掲載した記事について、原告の名誉を毀損するものであるとして、原告から金一〇〇〇万円の損害賠償及び謝罪広告の掲載を求めたのが本件である。

一  争いのない事実

被告は、訴外株式会社小学館の発行する「週刊ポスト」(平成三年一〇月二五日号。以下「本件手記掲載誌」という。)の六二頁から六四頁にかけて、「梨元勝独占手記 石川レポーターが何といおうと『雅子さんのこれだけの嘘』」とのタイトルの別紙<省略>記載の記事(以下「本件手記」という。)を掲載し、本件手記掲載誌は平成三年一〇月一四日に全国において発売された。本件手記には、「たとえば、Y氏が雅子さんに渡したという一八〇〇万円の使途について。これは『ポスト』も書いていたが雅子さんの借金返済に充当されたといわれている。ところが、どうもハッキリしない。雅子さんは赤坂のクラブ『ハニー上原』閉店に当たって、その借入金返済に一〇〇〇万円を使ったとしている。たしかに開店資金として、保証金、改装費に一〇〇〇万円以上の金額を投下している。ところが、閉店時に残っていた借入金は七〇〇万円程度。敷金も戻ってきた。こう考えると、一〇〇〇万円も必要なかったはずだ。さらに雅子さんは他にも借金を返済する相手がいたとして、Y氏から金を受け取っているのだが、少なくとも、そのうち一か所については受けとっておきながら返済されていない。その人は僕の取材に対し、『上原さんとの付き合いで貸したお金(毛皮の売掛金)だから、上原さんのためと思い返済請求はしていません。雅子さんから? 返してもらってませんよ』と答えているのだ。確認すれば、すぐに明らかになることなのに、なぜ、このようなウソをいってY氏からお金を引き出したのだろうか。」との記載(以下「本件記載部分」という。)がある。

二  当事者の主張

1  原告

本件手記中の本件記載部分は、読者に、「原告が、実際に存在する借金の額以上に借金があるとY氏を騙し、金を騙取した」と認識させるものであるうえ、真実に基づかない虚構の事実であって、右事実の流布により、原告の社会的評価は著しく損なわれたから、本件記載部分が名誉毀損に該当することは明らかである。

被告は、本件記載部分により原告の名誉が毀損されることを知り、又は知ることができたにもかかわらず、本件記載部分を含む本件手記を本件手記掲載誌に掲載したものであって、被告の右行為は民法七〇九条の不法行為に該当する。

被告の右行為により被った原告の精神的苦痛を慰謝するためには、慰謝料一〇〇〇万円の支払及び別紙謝罪広告の掲載が相当である。

2  被告

(一) 本件記載部分は原告の社会的評価を低下させるものではなく、名誉毀損に該当しないから、原告に対する不法行為は成立しない。

本件手記発表以前における原告の社会的立場及び社会的行動は、次のようなものであった。

(1) 原告は、往年の二枚目スターである俳優・上原謙(本名・池端清亮。平成三年一一月二三日死去)と、昭和五一年六月二二日から平成三年六月五日まで婚姻していた。

(2) 右婚姻中、平成元年に、原告は、「上原雅美」の芸名で歌手デビューした。

(3) 原告は、右歌手活動の傍ら、テレビ番組にゲスト出演等してタレント活動を開始し、平成二年九月ころから日本テレビ系「思いっきりテレビ」コメンテーター、平成三年四月ころからY(当時○○社長)との関係でラジオ日本の番組「上原まさみと素敵な夜を」のキャスターを担当し、以後もタレント活動を続ける予定としていた。

(4) 原告は、平成二年一〇月ころより、芸能レポーター石川敏男のすすめにより、上原謙との結婚生活に関する自伝的出版物を計画し、さらにY及びW証券F会長との交際を含めた自伝的出版物を平成三年九月五日に出版する予定であったが、その後出版中止となった(一部内容を変更のうえ、別の出版社から同年一二月一〇日に出版された)。

(5) また、原告と上原謙との別居及び離婚(平成三年六月五日)、原告との交際を原因とするYの○○社長辞任(同年六月一二日発表)、Yに対する婚約不履行を理由とする損害賠償請求訴訟の提起(同年八月二七日)、右訴訟提起に伴う原告代理人松田英一郎弁護士による原告とYとの写真、書簡等のマスコミへの開示(同年九月九日)などにより、これらの原告の私生活は過去の事柄を含めて、本件手記掲載誌の発売当時、既に各種マスコミ(新聞、雑誌、テレビ、ラジオ)によって大々的に報道されていたが、右報道においては、原告は、記者会見を行い、週刊誌等に独占手記を掲載し、週刊誌等のインタビューに応じるなど、マスコミに対して、自ら積極的に自己の私生活を公開し、自己の立場を擁護している。

本件記載部分は、右のような原告の行動に対応して、平成三年五月二三日から本件手記掲載誌の発売された同年一〇月一四日までの間に原告について行われた各種マスコミによる膨大な報道の一環として、週刊誌に掲載されたものである。この間に原告についてなされたマスコミ報道は、次のような内容に関するものであった。

①上原謙との結婚生活

②右婚姻中の池端家(又は加山雄三一家)との確執

③Y(当時○○社長)との交際

④W証券F会長との交際、原告からF会長夫人に宛てた平成三年六月一一日ころの手紙(いわゆる「こわい手紙」)

⑤大手電機メーカー部長K、芸能レポーターⅠ等の、複数の男性との交際

⑥これらの私生活に関する自伝的出版物の出版計画

⑦Yに対する五〇〇〇万円の損害賠償請求訴訟の提起

右のような原告の行状や、それによる原告の人物像などに関する報道がいっせいに各種マスコミによってなされた結果、「原告が述べていることには、自己に都合のよい誇張、嘘が含まれているのではないか」「原告は、上原謙との婚姻中、Yはもとよりその他の男性達とも交際していたのではないか」「これらの男女関係を利用して、金銭的な援助を受けていたのではないか」といった原告に対する印象・評価は既に本件手記発表当時、いわば公知の事実になっていたものである。

本件手記は、既にそれ以前に各種週刊誌等によって報道された、原告とYとの間の金銭問題について、原告のそれまでの発言内容に疑問を投げかけたものである。一般読者が通常週刊誌を読む読み方を前提として、本件手記の主題、構成、記載内容その他、本件手記全体を検討すると、これまでの原告に対する社会的評価と異なるところはない。また、本件手記発表前の各種週刊誌等の記事と比較しても、その表現方法に妥当性を欠く点はない。

さらに、本件手記発表後も、原告については、各種マスコミによって多くの報道がなされており、前記のような原告の社会的評価は一層定着している。

よって、原告の社会的評価は、本件記載部分を含む本件手記の発表によって低下することはなかったものである。

(二) 本件手記ないし本件記載部分に記載された事実は、公共の利害に関する事実であり、かつ、公益目的があり、その主要部分につき真実性の立証がされたか、そうでなくとも真実と信ずるに足りる相当な理由があるから、被告は免責される。

(1) 公共の利害に関する事実について

原告は、単なる私人ではなく、本件手記発表当時、芸能人類似のタレントであった。

すなわち、原告は、上原謙の妻であった者であり、原告自身歌手の経歴を持ち、タレント活動を行っていた。しかも、原告自身も、上原謙との離婚、Yとの愛人騒動などのなかでも、引き続きタレント活動を継続していく予定であったもので、自分自身をタレントとして位置付けていた。

一般に、俳優、歌手、タレント等は、テレビ、映画等に出演し、新聞雑誌等の記事の対象となることを当然に容認しているものであるから、一般公衆が関心を持つプライバシー事項、例えば日常の私生活、結婚、離婚、恋愛、性格、感情等について、相当な範囲で、それが公表されることを包括的に承諾していると見るべきである。

さらに、原告について特徴的なことは、平成三年五月二三日の上原謙との別居・離婚騒動以降、自己のプライバシーについて黙示に又は自己に都合のよい点については積極的に公開し、そのことによって自己を単なるタレント以上の、一般公衆が興味を持つであろう、一種の「公的存在」又は「著名人」となしたのである。

このように、原告の私生活における各種行状は「一般公衆」の関心事となり、原告に関する各種マスコミの膨大な報道がなされた。

すなわち、日刊紙においては、主として、サラリーマン層を対象とする日刊のスポーツ新聞、夕刊新聞等が原告に関する報道を行っている。ちなみに、首都圏で発行されているスポーツ紙は、日刊のスポーツ紙で「サンケイスポーツ」「スポーツニッポン」「デイリースポーツ」「東京中日スポーツ」「日刊スポーツ」「報知新聞」「東京スポーツ」があり、一般の夕刊紙として「夕刊フジ」「日刊ゲンダイ」などがある。本件手記の発表前にこれらのスポーツ新聞などに掲載された記事は、「日刊スポーツ」を例にとれば、平成三年五月二四日から同年一〇月一四日までの報道回数三三回、総字数二万五二六七字となる。他のスポーツ新聞についても、これとほぼ同様の回数、分量で報道されている。

また、テレビでは、もっぱら在宅婦人向けのワイドショー番組において、原告に関する報道がなされている。ちなみに、首都圏におけるワイドショーの放送番組(月曜から金曜)は、日本テレビ系列で「ルックルックこんにちわ」(午前八時三〇分から一〇時)、「キャッチ」(午後三時から三時四五分)、TBS系列で「モーニングEYE」(午前八時三〇分から一〇時)、「三時にあいましょう」(午後三時から四時)、フジテレビ系列で「おはようナイスデイ」(午前八時三〇分から九時四五分)、「タイム3」(午後三時から四時)、テレビ朝日系列で「モーニングショー」(午前八時三〇分から九時三〇分)、「こんにちわ2時」(午後二時から三時)がある。本件手記の発表前にこれらの番組においてとりあげられた原告に関する報道は、テレビ朝日系列「モーニングショー」を例にとれば、平成三年六月七日から同年一〇月一〇日までの間に一六回、合計五三五分三〇秒に及び、この間、同年五月二九日には原告自身が生出演している。また、原告は、同日放送の「モーニングショー」出演前後に、フジテレビ系列、TBS系列のワイドショーにも録画出演している。ちなみに、TBS系列情報番組「情熱ワイドブロードキャスター」(平成三年一二月一四日午後一〇時から一一時三〇分に放送)において集計した平成三年四月一日から同年一二月一三日までの民放各局のワイドショー番組の主題別放送時間は、一位大林雅美(原告)騒動・八五時間二七分五五秒、二位貴花田若花田・三九時間二二分五〇秒であり、原告に関する放送時間が、二位に二倍以上の大差をつけて、一位となっているのである。

ところで、私人の私生活上の行状であっても、そのたずさわる社会活動の性質及びこれを通じて社会に及ぼす影響力の程度などのいかんによれば、「公共の利害に関する事実」にあたる場合があるが、右「社会」は事実の公表された相手方との関係で決定されるところ、本件における「社会」は、ひとつはいわゆる「芸能マスメディア」の社会であり、もうひとつは「週刊ポスト」の芸能欄の読者層(主として三〇歳代を中心としたサラリーマン)を指すことになる。

右のとおり、原告は、平成元年からタレント活動を行う一方、平成三年六月の俳優上原謙との離婚騒ぎ以降は自ら積極的にいわゆる芸能マスメディアに登場し、自己及び周囲の人間の私生活を公開し、相手方の反倫理性を批判すると共に、自己の立場を倫理的に擁護する活動をしてきた。その過程での原告の男女交際やこれを利用した金銭的援助に関する報道の膨大な数量は、原告のこれらの行為が「公衆の関心事」となるほど社会へ圧倒的な影響力を及ぼしたものであることを示して余りある。

以上の点からすれば、いわゆる芸能マスメディアの世界において原告の全人格的評価が問題となるのは当然であるばかりか、それを離れて広く一般社会においても少なくとも原告の人格のうちその倫理的側面における評価は当然問題とならざるを得ない。

本件手記及び本件記載部分で摘示された男女関係や金銭にかかわる疑惑の指摘は、まさにこれらの評価に関するものであって、「公共の利害に関する事実」であることは明らかである。

(2) 公益目的について

被告は、原告が俳優上原謙との離婚問題に伴ってマスコミに登場してきた平成三年五月二四日以降、原告がYに対して婚約不履行に基づく損害賠償訴訟を提起したことが発覚する同年九月九日までの間、主として原告側からの取材を中心として、原告の上原謙との離婚、加山雄三家との確執等を、自己の出演するテレビのワイドショー等でレポートしてきた。その間、原告が被告に対して、Yとの関係は巷で噂されているような男女関係ではないと再三再四言明したことから、被告は原告のことばを真実と信じて報道してきた。ところが、一転、原告がYに対して前記の損害賠償請求訴訟を提起したことから、被告は、原告のそれまでの言動に不審を抱くようになった。しかも、Yに対する前記訴訟の提起に伴い、同年九月九日、原告代理人松田英一郎弁護士が記者会見において原告とYとの交際を手紙、写真等との開示と共に公表し、また、原告自身も「週刊現代」誌上に三回にわたって「独占告白」を取材させて掲載させるなど、自ら積極的に自己に有利な事実や心境を発表した。このことから、被告は、原告が前述したとおり一般公衆が多大に関心を抱く一種の公的人物となり、その言動が少なからず周囲や一般公衆に影響を与えるにもかかわらず、それを考慮せず、自己に有利な「建前」すなわち「嘘」を発表し、誤った人物像を広くマスコミを通じて流布させるのではないかという危惧を感じた。そこで、被告は、従前の原告に対する対応における自己の不明を反省すると共に、原告の本当の人物像(少なくとも自分自身が疑問を抱いている点)を報道する義務があると考え、本件手記を執筆したものである。

ところで、「公益目的」については、「公益の目的性」とは「事実の公共性」の主観的反映として、「事実の公共性の認識」をさすものと解すべきである。すなわち、摘示事実に公共性があるとの認識がある限り目的の公益性は肯定されるべきである。そうであれば、前記のとおり「事実の公共性」の存在する本件においては被告に目的の公益性があることは明らかである。

また、公益目的の伝統的解釈によれば、それは、行為の動機をさすものとされているが、この立場によっても、本件手記及び本件記載部分執筆の動機は、前記のとおりの社会的行動をなし、また、社会的影響力を持つに至った原告(別の言い方をすれば一般公衆が関心を持つ公的存在と化した原告)が何ら他人の苦痛を考慮せずに、自己弁護のためには自己に有利な事実のみを公開したり、誇張したり、虚偽の事実を述べて恥じないことに警告を与えることにあったのであるから公益目的があることは明らかである。

(3) 真実性の証明について

真実性については、当該記事の真実性が証明されない場合でも「真実と信ずるに足りる相当な理由(相当性)」のある場合には免責される。

また、真実性又は相当性の証明の対象は、「公表された事実の主要な部分又は重要な部分」というべきである。

本件記載部分は、本件手記(全体で二三〇行)のうち、量的に一部(三八行)であるにとどまらず、質的にも主要部分・重要部分ではない。本件手記の主題・目的は、末尾に記述した「数多くの嘘と相まって、取材すれば取材するほど、雅子さんの実像はわからなくなるのだ。」の部分にある。すなわち、原告がマスコミを積極的に利用して自己及び周囲の人々の私生活を開示しつつ自己を有名人化(タレント化)・正当化しようとして流している事実のなかに多くの嘘が含まれていること、不利な事実は隠していること等を明らかにし、公的存在化し社会的影響力を持つに至った原告の実像を世間一般に明らかにしようとしたものである。

本件記載部分については、その骨子は、

①Yが原告に渡した金員中、「ハニー上原」の閉店資金に一〇〇〇万円も必要なかったのではないかという疑問

②原告が借金返済名目でYから引き出した金員が、少なくとも一か所については返済に充当されていないのではないかという疑問

③何故原告は(実際に存在する借金の額以上に借金があるという)嘘を言ってお金を引き出したのかという疑問

であるところ、本件訴訟における証拠調べの結果によれば、右①ないし③の各記載内容については真実性の証明がなされたものというべきである。

また、本件手記のうち本件記載部分以外の内容についても、すべて真実又は真実と信ずるに足りる相当性の範囲内の記述である。

本件記載部分については、被告は、直接の当事者であるY及び原告から取材することが不可能であったことから、Yが原告に渡した一八〇〇万円の内訳及びY自身が右金員の使途に疑問を持っていること等についてYの側近である中原義正及び酒井洸嘉から取材したほか、三〇〇万円の支払先であるS氏に対しては直接取材して三〇〇万円を受領していないことを確認し、ハニー上原の店舗の仲介業者である青葉不動産に取材して敷金の返還額を聴取し、原告の二〇年来の友人である新太炉のママM氏に取材して銀行返済の状況及びYが敷金返済を知らなかったことを聴取している。このように、被告は、限られた時間のなかで、多方面に取材し、多くの確実な資料に基づいて本件記載部分を書いたものである。

したがって、仮に本件記載部分の一部に不正確な点があったとしても真実性に欠けるものではない。また、細部において多少真実に反した点(真実と認め得る証拠の存在しない点)があったとしても、「真実と信ずるに足りる相当な理由があった」というべきである。

三  本件における争点

1  本件手記中の本件記載部分は原告の名誉を毀損するものか

2  被告に免責事由が存在するか

(一) 本件手記ないし本件記載部分に記載された事実は公共の利害に関する事実か

(二) 本件手記ないし本件記載部分に公益目的があるか

(三) 本件手記ないし本件記載部分については、真実性が立証されたか、そうでなくとも真実と信ずるに足りる相当な理由があるか

3  損害額

第三  争点についての判断

一  本件記載部分の内容と原告に対する社会的評価について

1  本件手記及び本件記載部分の内容は、前記(「第二、一 争いのない事実」に記載)のとおりである。

右によれば、本件手記には「梨元勝独占手記 石川レポーターが何といおうと『雅子さんのこれだけの嘘』」とのタイトルが付されており、また本件記載部分の内容は「なぜこのようなウソをいってY氏からお金を引き出したのだろうか。」との記載に端的に表されているように、読者に、「原告が、実際に存在する借金の額以上に借金がある旨、虚偽の事実をY氏に述べることによって、同人を誤信させ、同人から金銭の交付を受けた」と認識させるものである。本件手記における本件記載部分の記載内容は、タイトル及び本件手記全体の主題とも相まって、原告の人格のひとつのあらわれとして虚言を弄してYから金銭援助を得たという印象を読者に与えるものであるから、原告の人格的評価を侵害し、社会的評価を低下させたものと認めるのが相当と解される。

したがって、本件手記における本件記載部分の内容は、もって、原告の名誉を毀損したものというべきである。

2  また、被告が主張するように、原告については、既に本件手記掲載誌の発売された平成三年一〇月一四日以前に、上原謙との別居及び離婚(平成三年六月五日)、原告との交際を原因とするYの○○社長辞任(同年六月一二日発表)、Yに対する婚約不履行を理由とする損害賠償請求訴訟の東京地方裁判所への提起(同年八月二七日)、右訴訟提起に伴う原告代理人松田英一郎弁護士による原告とYとの写真、書簡等のマスコミへの開示(同年九月九日)などをめぐって、新聞、雑誌、テレビ等のマスコミにより少なからぬ報道がされている事実が証拠(乙第一号証の一ないし七一、乙第二号証の一ないし三三、証人小林雄高、同中原義正、同酒井洸嘉、原告本人、被告本人)及び弁論の全趣旨により認められるほか、Yから原告に対する経済的援助については、原告からYに対する前記損害賠償請求訴訟との関連で、平成三年九月一六日発売の週刊ポスト同月二七日号(乙第一号証の四三)の「『寝物語』?を訴えられたY○○会長の側近中原義正氏が反撃!『上原謙前夫人雅子さんとの本当の仲を明かそう』」との記事において、取材に応じた中原の発言内容として「今年の四月から五月にかけて彼女の借金一八〇〇万円を肩替わりもしましたし、また、衣服などを買ってやったり、毎月四〇万円支払わされていました。これらの金はすべてY会長のポケットマネーです」との内容が公表されており、また、週刊ポスト同年一〇月四日号(乙第一号証の五〇)の「○○・Y氏側が再び証言『あの会長にも大金をねだった上原謙・前夫人雅子さん』」との記事において、これも取材に応じた中原の発言内容として「―Y会長が払ったのは、一八〇〇万円ですね。『そうです。今年四月から五月にかけ、会長は雅子さんの借金返済分として、計一八〇〇万円も肩代わりしています。内訳は三和銀行向島支店の雅子さん名義の口座に一〇〇〇万円。この他、亡くなった女優Tさんの長男S氏に三〇〇万円、K氏という人物に三〇〇万円、Tプロに二〇〇万円の計一八〇〇万円の借金があると雅子さんがいうので、彼女に渡しています。本当にそうかどうかはわかりませんが……。その他、毎月四〇万円を雅子さんに渡していました。』」との内容が公表されているが、同年九月一七日放送のテレビ朝日「モーニングショー」(コーナータイトル「Y氏NO1側近、雅美さんに反論」)及び同年一〇月四日放送の同番組(コーナータイトル「雅美騒動のカギを握る男へ側近激怒」)においても、番組中で電話によるインタビューに応じた中原義正の発言として、週刊ポストの右両記事におけるのと同一の内容が公表されている。

本件手記は、このような原告についての一連の報道のなか、殊に、週刊ポストの前記各号掲載の前記各記事の存在を前提として、執筆され掲載されたことが認められるところであって、この点からいえば、原告は、本件手記公表前に既にこれら各種の報道がひろく行われていたことによって、私生活上の行為の秘密性が相当程度低下し、Yからの金銭援助の事実についても、前記両記事により、原告が借金返済のためという説明のもとにYから合計一八〇〇万円の金銭援助を得ていた事実自体は既に公表されていたものということができる。

しかしながら、これらの報道ないし記事の存在により直ちに原告がもはや侵害されるべき名誉をまったく有していなかったということはできないのであって、本件手記のうち本件記載部分における原告がYからの金銭援助を得るに当たって虚言を弄した旨の記述は、原告の社会的評価をさらに低下させたものといわねばならない。

二  被告に免責事由が存在するかについて

そこで、次に、被告に免責事由が存在するかどうかを検討するに、(1)本件は公共の利害に関する事実か、(2)本件に公益目的があるか、(3)本件においては、真実性の立証あるいは真実と信ずるに足りる相当な理由があるか、について、順次、検討することとする。

1 本件手記ないし本件記載部分に記載された事実は公共の利害に関する事実か

前記認定のとおり、本件手記における本件記載部分の内容は、当時親密な男女関係にあった原告とYとの間で、原告が虚偽の事実を述べて、Yから金銭援助を得たというものであるが、これは、原告とYとの個人的な関係の間での金銭授受の際のやりとりを記述したものであって、その内容自体としては、私人の私生活上の行状に属するものというべきである。

なるほど、私人の私生活上の行状であっても、そのたずさわる社会的活動の性質及びこれを通じて社会に及ぼす影響力の程度等のいかんによっては、その社会的活動に対する批判ないし評価の一資料として、公共の利害に関する事実にあたる場合があるものと、一般的には解されるところである。

そこで、本件において、そのような事情が存在するかどうかについて、検討する。

この点について、被告は、まず、(1)原告は、単なる私人ではなく、本件手記発表当時、芸能人類似のタレントであったところ、一般に、俳優、歌手、タレント等は、一般公衆が関心を持つ私生活に関する事項について、公表されることを包括的に承諾していると見るべきこと、さらに、(2)原告は、上原謙との別居・離婚騒動以降、自己のプライバシーについて積極的に公開し、そのことによって自己を単なるタレント以上の、一般公衆が興味を持つであろう、一種の「公的存在」又は「著名人」となしたこと、を理由として、いわゆる芸能マスメディアの世界において原告の全人格的評価が問題となるのは当然であるばかりか、それを離れて広く一般社会においても少なくとも原告の人格のうちその倫理的側面における評価は当然問題とならざるを得ない状況であったところ、本件手記ないし本件記載部分で摘示された事実は、これらの評価に関するものであるから、「公共の利害に関する事実」にあたると主張する。

しかしながら、原告については、公職ないしそれに準ずる公的地位にあったものではなく、また、本件における各証拠に照らしても、一般社会に何らかの影響力を及ぼすような社会的活動にたずさわっていたものと認めることはできない。

なるほど、本件における証拠(乙第一号証の一ないし七一、乙第二号証の一ないし三三、証人小林雄高、同中原義正、同酒井洸嘉、原告本人、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、「上原雅美」の芸名で歌手活動を行ったことがあり、平成三年四月から同年七月までの間、○○の提供するラジオ番組「上原まさみと素敵な夜を」にキャスターとして出演し、上原謙との離婚後も、雑誌やテレビ番組の取材に応じ、みずから自伝的出版物を発行することを計画するなど、タレント類似の活動を続けることを計画していたことが認められるうえ、被告主張のように、上原謙との離婚騒動後、「日刊スポーツ」等の日刊のスポーツ紙及び一般の夕刊紙である「夕刊フジ」「日刊ゲンダイ」に頻繁に原告に関する記事が掲載されたほか、女性週刊誌を中心とする週刊誌に多くの記事が掲載され、テレビでは在宅婦人向けの「モーニングショー」等のいわゆるワイドショー番組において頻繁に原告に関する報道がされたことが認められる。

しかしながら、一般に、俳優、歌手、タレント等は、一般公衆が関心を持つ私生活に関する事項について、公表されることを包括的に承諾していると見るべきであるとの被告の主張については、それ自体、一般論として受け入れ難いものであるうえ、俳優等の私生活に関する事実については、そのファン、後援者等にとっての話題であったとしても、これが公共の利害に関する事実といえないことは明らかである。

また、原告については、前記のとおり、スポーツ新聞、女性週刊誌、テレビのワイドショー番組等において多くの報道がされているものであるが、原告に関する右各報道は、いずれも、往年の二枚目スター上原謙の妻であった原告が上原謙と別居、離婚をするに至ったところ、その経緯で、上原謙の長男の俳優加山雄三の一家と原告との過去の確執が原告から明らかにされるなど、俳優である上原謙及び加山雄三の家庭における私生活の内容を垣間見るという観点から報道が始まり、そのうちに原告が上原謙との婚姻中からYと親密な男女関係にあったことが明らかとなり、さらに右交際中に原告と交わした結婚約束をYが履行しないことを理由として原告がYに対して損害賠償請求訴訟を提起するなど、事態が推移するにつれて、男女関係の分野における原告の常識を超えた行動及びその相手がYをはじめ証券会社会長などいわゆる大手企業の社長等であることに次第に報道の関心が移行していったことが認められるが、これらの報道は、いずれも芸能人の私生活ないし原告の男女関係の相手を垣間見るという、読者ないし視聴者の好奇心を充たすという観点からの、興味本位の記事ないし番組であって、原告について、このような興味本位の報道が数多くなされていたからといって、原告が一般社会に何らかの影響力を及ぼすような社会的活動にたずさわっていたものと認めることはできない(被告の主張するところの、いわゆる芸能マスメディアの世界ないし広く一般社会において社会的影響力を持つ「公的存在」あるいは一般公衆の関心の対象たる「公的存在」というものが、何を指すものかは必ずしも明らかではないが、その私生活上の行状が公共の利害に関することとなるような、社会的に影響力のある地位にある者ないしそのような活動主体であるとのことであるとすれば、いずれにしても、原告がそのような存在であったということはできない。)。

右のとおり、本件手記ないし本件記載部分の内容が公共の利害に関する事実である旨の、被告の主張は、これを採用することができない。

したがって、被告が、本件手記の公表につき自己の免責を主張する点については、その余の点を判断するまでもなく、失当というべきである。

三  損害額について

以上によれば、原告は、本件手記の掲載によりその名誉を毀損されたものというべきであるから、これによって被った精神的苦痛に対して、被告はその責に任ずべきものである。

本件においては、前記認定のとおり、本件手記掲載前に、原告に関して、既に、上原謙との別居及び離婚、これに伴う加山雄三の一家との確執、Yとの交際関係、Yに対する訴訟提起をめぐって、スポーツ新聞、週刊誌、テレビのワイドショー番組等により数多くの報道がされており、本件記載部分の内容であるYと原告との間での金銭援助についても、援助の経緯、内容等が先行する週刊ポストの記事において明らかとされていること、右報道のなかには原告自身が取材に応じた記事や自ら出演したテレビ番組もあること、Yに対する訴訟をめぐっては原告の代理人である弁護士が手紙、写真等を積極的に記者会見で公開していること、原告は自己の私生活上の体験を自伝的出版物として発表することを予定していたこと等の事情が、存在する。

右各事情に加えて、本件においては、証拠(証人小林雄高、同中原義正、同酒井洸嘉、被告本人)上、本件手記を執筆するに先立って、被告が次のような取材をしたことが認められる。

(1)  被告は、原告及びYからそれぞれ直接取材しようと試みたが、いずれも取材に応じてもらえず、実現できなかった。

(2)  被告は、平成三年九月から一〇月にかけて、○○のマーケティング部長である酒井洸嘉に対して、数回面接し、数回電話して、取材した。その際に、酒井は被告に対して、「原告との関係解消について交渉中の平成三年八月五日にYから酒井に電話があり、右電話において、Yは、『同年四月から五月にかけて原告の依頼により原告に対して合計一八〇〇万円を渡しており、原告の説明ではその使途の内訳としては一〇〇〇万円が原告経営のクラブ「ハニー上原」開店の際の三和銀行からの借入金の残金の返済、三〇〇万円がK氏、三〇〇万円が○○の息子S氏、二〇〇万円がMプロに対する各債務の返済に充てるためとのことであったが、前記金員が実際にそのように使用されたかどうか確認してほしい』旨を酒井に指示した」旨を、述べた。酒井は、原告の出演していたラジオ番組「上原まさみと素敵な夜を」の○○における担当者であったほか、Yと原告との関係解消の際にはY側の担当者として原告側との交渉に当たり、また、Y関係のマスコミの取材等への対応を担当していた。

(3)  被告は、同年九月から一〇月にかけて、○○の企業コンサルタントでありYの個人的な諮問にも応ずる立場にいた中原義正に対して、二、三回面接し、数回電話して取材を行い、酒井から取材した事情と同一の内容を聴取した。また、右取材の際、中原は被告に対し、原告がYのキャッシュカードを持ち歩いて月々四〇万ないし五〇万円使っていたことをYから聞いている旨を、述べた。中原は、酒井と共に、Yと原告との関係解消の際にはY側の担当者として原告側との交渉に当たっていた。

(4)  被告は、同年一〇月三日、テレビ朝日第一情報部所属で「モーニングショー」担当のディレクター小林雄高と共に、毛皮販売等を業とする株式会社ハーリーを経営する前記Sに電話して、取材を行った。右取材に対して、Sは、原告のいう三〇〇万円の債務については、「そんな大きな金額ではない」旨を述べた。

(5)  被告は、同年九月から一〇月にかけて、銀座の関西割烹「新太炉」のママであるMに、数回面接し、数回電話して取材を行った。被告の取材に対して、Mは、原告がYのカードを使用した際には自分は同伴していなかった旨、「ハニー上原」の開店に当たって原告は約一五〇〇万円の借入を行い、これを月々約七〇万円返済していた旨及び「ハニー上原」の閉店に当たって原告には敷金が返還された旨を述べた。

(6)  被告の指示により、小泉ディレクターは、「ハニー上原」の店舗の賃貸借を仲介した業者である青葉不動産を取材し、一般論としては、敷金のうち五〇〇万円程度が返還されることを聴取した。

右によれば、直接の当事者である原告及びYからの取材が行われていないこと、また、仮にその点をおくとしても、第三者としての立場からの報道という観点からは、Y側の酒井、中原に対応する原告側の人物に対する取材がなされていない点に不充分さが存在することが指摘できるが、それでも、被告としては、一応の取材を行ったうえで本件手記を執筆したものと認められる。

右に掲げた各事情に加えて、本件手記ないし本件記載部分の内容、さらには、本件訴訟において証拠上認められるその他一切の事情をも総合考慮すれば、本件記載部分を含む本件手記の掲載によって原告の被った精神的苦痛に対する慰謝料としては金五〇万円をもって相当というべきである。また、原告の請求中、謝罪広告を求める点については、相当と認められない。

四  結論

よって、原告の本訴請求は、金五〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成三年一〇月二五日(このことは、記録上明らかである。)以降の遅延損害金の支払を求める限度において理由がある。仮執行宣言につき民訴法一九六条一項、訴訟費用の負担につき同法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官三村量一)

別紙謝罪広告

週刊ポスト平成三年一〇月二五日号に「雅子さんのこれだけの嘘」という見出しで掲載された私の手記の中で、大林雅子氏が実際にある借金の額以上に借金があるとY氏を騙し、Y氏から金を騙取したかのような印象を与える部分は、明らかに事実無根でありました。

さしたる根拠もないのに、かような記事を掲載させて、大林雅子氏の名誉、信用を毀損し、多大のご迷惑をおかけしましたことを謝罪いたします。

平成 年 月 日

梨元勝

大林雅子 様

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