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東京地方裁判所 平成3年(ワ)13558号 判決 1997年9月24日

原告

津曲敬造

右訴訟代理人弁護士

石川隆

被告

橋村美知子

右訴訟代理人弁護士

笠井浩二

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録二記載の建物(本件建物)を収去し、同目録一記載の土地(本件土地)を明け渡せ。

二  被告は、原告に対し、平成六年一月一三日から本件土地明渡済みまで一か月一〇万円の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が被告に対し、土地の所有権に基づいて建物収去土地明渡しを求めるとともに、不法行為による損害賠償請求権に基づいて賃料相当損害金の支払いを求めたものである。

一  争いのない事実

1(一)  原告は、本件土地を所有している。

(二)  被告橋村美知子は、平成六年一月一三日以降、本件土地上に本件建物を所有して、本件土地を占有している。

2  原告と橋村敏子との間で、昭和五二年一月二四日、次の内容の訴訟上の和解が成立した。

(一) 原告と敏子とは、本件土地が原告の所有であること及び本件建物が敏子の所有であることを確認する。

(二) 原告は、敏子に対し、本件土地について敏子が次の内容の賃借権(本件賃借権)を有することを確認する。

目的 普通建物所有

期間 昭和四五年一月二〇日から二〇年間

(三) 敏子は、右の訴訟上の和解以降、本件賃借権に基づいて、本件土地上に本件建物を所有していた。

(四) 敏子や被告らの身分関係は、別紙相続図のとおりである。

3(一)(1) 敏子は、本件建物の所有権を橋村隆栄に遺贈する旨の遺言をした。

(2)敏子は、昭和五五年四月一七日に死亡した。これにより、隆栄が、本件建物の所有権とともに、本件賃借権を承継した。

なお本件建物については、昭和五六年九月二五日付で、右遺贈を原因として、敏子から隆栄への所有権移転登記が経由された。

(二) 被告、橋村東光及び大窪絹子は、平成元年一〇月一二日、隆栄に対し、右遺贈について遺留分減殺の意思表示をした。

4(一)(1) 隆栄は、その有する財産全部を橋村浩樹に遺贈する旨の遺言をした。

(2) 隆栄は、平成元年一一月二三日に死亡した。これにより、浩樹が、本件建物の所有権とともに、本件賃借権を承継した。

なお、本件建物については、平成四年四月一六日付で、平成元年一一月二三日相続を原因として、隆栄から浩樹への所有権移転登記が経由された。

(二) 橋村哲夫、宇田川由美子及び川崎紀子は、平成五年三月二四日、浩樹に対し、右遺贈について遺留分減殺の意思表示をした。

5(一)  敏子及び隆栄の各相続人全員の間で、平成六年一月七日、遺産分割協議が行われ(本件遺産分割協議)、被告が本件建物の所有権を取得することとなった。これにより、被告が、本件建物の所有権とともに、本件賃借権を承継した。

(二)  本件遺産分割協議に基づき、本件建物について、平成六年一月一三日付で、真正な登記名義の回復を原因とする浩樹から被告への所有権移転登記が経由された。

6  本件遺産分割協議に基づく浩樹から被告への本件賃借権の譲渡については、原告の承諾がない。

二  争点

本件の争点は、本件遺産分割協議に基づく浩樹から被告への本件賃借権の譲渡について、原告に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるか否かであり、この点に関する当事者の主張は、次のとおりである。

1  被告の主張

(一) 被告は、昭和四七年ころから、父橋村邦栄及び母敏子の面倒をみるために、本件建物に同居を始め、昭和五三年九月二五日に邦栄が、昭和五五年四月一七日に敏子がそれぞれ死亡した後も、現在に至るまで継続して本件建物に居住している。したがって、本件土地の使用状況は、本件遺産分割協議による本件賃借権の譲渡の前後を通じて全く変わっていない。

また、被告は、本件土地の賃料を遅滞なく支払っている。

(二) 後記2の(一)の主張について

本件遺産分割協議以前の二度にわたる遺贈により、本件建物の所有権及び本件賃借権は遺産分割の対象からはずれたものであるが、本件遺産分割協議は、再度相続人相互間で本件建物及び本件賃借権を遺産分割の対象とすることを合意したものとみることができる。

(三) 後記2の(三)の主張について

下水道配管の施工についての負担金の件は、本件訴訟で原告に主張されて、被告は始めて知ったものであり、被告は伊東市から右負担金の請求を受けたこともなかった。しかし、原告の主張で被告が負担すべきことがわかったので、被告は、原告に対し、平成九年九月一日に、原告の立替金相当額を送金した。

(四) 以上のことからすると、本件遺産分割協議による本件賃借権の譲渡は、賃貸人である原告との信頼関係を破壊するには至っていない。

2  原告の主張

(一)(1) 遺贈が効力を生じると、遺贈の目的とされた財産は何らの行為を要せずして直ちに受遺者に帰属し、遺産分割の対象となることはない。また、遺贈に対し、遺留分権利者が減殺請求権を行使した場合に、遺留分権利者に帰属する権利も遺産分割の対象となる相続財産としての性質を有しない。

(2)ア 本件建物及び本件賃借権は、敏子から隆栄へ特定遺贈され、遺産分割の対象からはずれた。右遺贈について被告、東光及び絹子は遺留分減殺の意思表示をし、本件建物及び本件賃借権に持分を取得したが、本件建物の持分取得の登記をしないうちに、隆栄の浩樹に対する包括遺贈がなされ、その旨の登記が経由されたから、民法一七七条の規定により、被告らは右遺留分減殺による本件建物及び本件賃借権の持分取得を浩樹に主張することができなくなった。

イ 隆栄の浩樹に対する包括遺贈について、哲夫、由美子及び紀子は遺留分減殺の意思表示をし、本件建物及び本件賃借権に持分を取得したが、本件建物の持分取得の登記をしないうちに、浩樹から被告への本件建物及び本件賃借権の譲渡がなされ、その旨の登記が経由されたから、民法一七七条の規定により、哲夫らは右遺留分減殺による本件建物及び本件賃借権の持分取得を被告に主張することができなくなった。

ウ 被告は本件遺産分割協議に基づいて浩樹から本件建物の所有権及び本件賃借権を取得したのであるが、右のとおり既にこれらの財産は遺産分割の対象からはずれていたものである。したがって、浩樹から被告への本件賃借権の譲渡は、遺産分割協議の名を借りたものにすぎず、その実態は通常の賃借権譲渡となんら変わるものではない。

しかるに、本件借地権譲渡について原告の承諾がないのであるから、被告は原告に対して本件借地権の取得を主張することはできない。

(二) 本件土地の賃料は、昭和五二年から月三万円、昭和六二年からは月四万円のまま現在に至っている。すなわち、この二〇年間据え置かれているといってよく、このような低額な賃料についても、被告は話し合いの機会を持たないのであるから、これは原告との信頼関係を破壊するものである。

(三) 本件土地の所在する伊東市では、下水道配管の施工について、借地人が受益者負担金を納付するものとされているが、被告が右納付を拒否したため、原告が右負担金を支払った。本件土地の賃借権を主張しながら、右の受益者負担を拒否して原告に負担させたことは、信義に反し、原告との信頼関係を破壊するものである。

第三  争点に対する判断

一1(一)  遺贈が効力を生じると、遺贈の目的とされた財産は直ちに受遺者に帰属して、遺産分割の対象からはずれ、また、遺贈に対する遺留分減殺請求権の行使によって遺留分権利者に帰属する権利も遺産分割の対象となる相続財産としての性質を有しないことは、原告の主張するとおりである。

しかし、いったん遺贈された財産や遺留分減殺請求によって取り戻された財産であっても、当事者全員がこれらの財産を遺産分割の対象とすることを合意することは可能である。

(二) 本件遺産分割協議は、二度にわたる遺贈と遺留分減殺請求権の行使によって錯綜した遺産関係を処理するために、敏子及び隆栄の相続関係当事者全員が、本件建物及び本件賃借権をも遺産分割の対象に含めたうえで、敏子及び隆栄の全財産について遺産分割の協議をしたものと認めることができる(丙四から一一、平成七年(ワ)第一四七九二号事件記録中の乙五の一及び二)。

したがって、本件遺産分割協議は、まさしく遺産分割の実質を伴うものと認めることができるのであって、浩樹から被告への本件賃借権の譲渡は遺産分割の名を借りたものにすぎないとか、右譲渡は通常の賃借権譲渡と何ら異なるところはないなどということはできない。

2 乙一から五及び証人橋村美智子の供述によると、被告は、昭和四七年から、父邦栄及び母敏子の世話をするために、本件建物に同居を始め、昭和五三年九月二五日に邦栄が、昭和五五年四月一七日に敏子がそれぞれ死亡した後も、現在に至るまで継続して本件建物に居住していること、この間、一時隆栄や東光らも同居したことがあるが、現在では、被告及び従前から同居していた手伝いの加藤すみ江とが本件建物に居住していることが認められる。右のとおりであるから、本件土地の使用状況は、本件遺産分割協議による本件賃借権の譲渡の前後を通じて何ら変わっていないと認めることができる。

また、証人橋村美智子、証人橋村浩樹及び原告本人の各供述並びに弁論の全趣旨によれば、被告は本件土地の賃料を遅滞なく支払っていることが認められる。

二 (一) 甲九の一から三によれば、下水道配管の施工についての受益者負担金を借地人である被告が支払うべきところ、原告がこれを支払ったことが認められる。しかし、他方、被告は、原告が立て替えた金員を送金したのであるから(丙一二)、当初被告が右支払をしなかったことをもって、原告との信頼関係が破壊したとまで認めることはできない。

(二) 本件土地の賃料が長年にわたって据え置かれて、これについて被告が話合いの機会を持たないとしても、原告としては賃料が低廉に過ぎると考えるのであれば、賃料増額を求めて然るべき法的手続をとることができるのであるから、賃料が長年にわたって据え置かれたことなどをもって、原告との信頼関係が破壊されたとみることはできない。

三  以上のとおり、浩樹から被告への本件賃借権の譲渡は、遺産分割協議に基づくもので、相続の事後処理としてなされたものであり、しかも、本件土地の利用状況は右譲渡の前後を通じて変わっていないこと、賃料の滞納等格別の問題もないことなどからすると、本件遺産分割協議に基づく浩樹から被告への本件賃借権の譲渡については、原告に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるものと認めることができる。

(裁判官石井浩)

別紙<省略>

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