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東京地方裁判所 平成3年(ワ)12461号 判決 1993年3月29日

主文

一  被告は、原告に対し、五七〇〇万円及びこれに対する平成三年七月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

理由

第一  請求

主文と同じ

第二  事案の概要

一  本件事案

本件は、原告が、被告に対し、錯誤を理由として本件売買契約の無効を主張し、不当利得返還請求として被告が原告から受領した売買代金五七〇〇万円の返還を求めるとともに、これに対する代金返還請求をした日の翌日である平成三年七月九日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による利息の支払を求めたところ、被告が原告の錯誤を争つている事案である。

二  争いのない事実

原告の長男である北村嘉章(以下「嘉章」という。)は、原告代理人として、平成三年三月三〇日(契約書の日付は同月三一日)、被告から別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を、代金を五七〇〇万円で買い受ける旨の売買契約を被告との間で締結し、右代金のうち一〇〇万円を右同日、残金五六〇〇万円を同年五月一日に被告に支払つた。

本件売買契約締結当時、本件建物の敷地の東南に隣接する空地(豊島区東池袋五丁目三五一八番地一、同番地三、同番地六ないし八。以下「隣接空地」という。)に高さ約三一メートルのビル(仮称東池袋五丁目ビル。以下「隣接計画ビル」という。)が建築される計画が既にあり、右ビルが建築されると、本件建物は右ビルによつて午前一一時ころまで日照を阻害されることとなる(以上、当事者間に争いがない。)。

三  争点

1  本件における争点は、本件売買契約締結当時、嘉章が、隣接計画ビルによる本件建物に対する日照阻害はないものと誤信し、右誤信が要素の錯誤に該当するか、という点である。

2  なお、原告は、不当利得返還請求の理由として、錯誤と選択的に、被告の詐欺を理由とする売買契約の取消し及び被告の債務不履行に基づく売買契約解除をも、主張している。

第三  争点に対する判断

一  《証拠略》から、以下の各事実が認められる。

1  原告(明治四四年九月二六日生)は、妻ふくゑ(大正三年一月二九日生)と共に居住するため新大塚付近における住居の購入を計画し、長男嘉章に対して物件の選択及び購入を依頼していたが、嘉章は、老夫婦の居住用という性質上、日当たりの良好な建物である必要性を認識して、その観点から物件を探していた。

2  たまたま、嘉章の知人である鈴木佳津子が本件建物の販売用チラシを見たことから、嘉章は、被告会社が本件建物を販売していることを知つたが、もともと本件建物は、正午ころを過ぎると本件建物の存する一四階建集合住宅棟(以下「本件マンション」という。)の南側の張出部分(南棟)のために日照が阻害されることから、午前中のみ、日照のあるものであつた。

3  平成三年三月一七日、本件売買契約に先立つて本件建物を下見に行つた際、嘉章は、本件建物の日当たりを気にして、被告会社において本件建物の販売を担当する同社従業員北村正樹(以下「正樹」という。)に対し、本件建物の午前中の日当たりが良好であることを確認し、さらに、隣接空地に何が建築されるのかを尋ねたところ、正樹は、隣接計画ビルについて建設計画の内容を知らず、調査の上で返答する旨を述べた。

4  正樹は、翌一八日、嘉章に対し、隣接空地には七階建のビルが建築されるが、本件マンションの七階部分にある本件建物と同程度の高さであり、また本件マンションとは距離もあるので、本件建物への日照には影響がない旨を述べた。

5  正樹は、嘉章に対し、本件売買契約締結の日の翌日である同月三一日に、隣接計画ビルの概要説明書の写しを交付したが、右説明書中の日影図については、正樹自身がその見方がわからないこともあつて、嘉章に対する説明はしなかつた。

6  嘉章は、同年六月一六日に、本件マンション内の四階四〇七号室が販売のためオープンルームとして開示されていると聞いたことから、新たに購入した本件建物の室内改装の参考としようと考えて前記四〇七号室を訪問したところ、同所で説明等にあたつていた不動産業者川原幸一から、隣接計画ビルは七階建といつても地上の高さは本件マンションの一一階の高さに相当するもので、同ビルが完成すれば本件建物には一日中日が当たらなくなることを聞かされた。嘉章は、驚いて、その足で本件マンションの管理人室を訪れて、管理人多児武俊に右の点を質問したところ、同人は隣接計画ビルの近隣説明会資料中の壁面日影図を嘉章に示した上、隣接計画ビルが完成すれば本件建物には日が当たらなくなる旨を述べた。

7  右のとおり、川原及び多児のことばにより、隣接計画ビルが完成すれば本件建物にまつたく日が当たらなくなることを初めて知つた嘉章は、そのことを理由として本件売買契約を解除する意思表示をすると共に支払済みの売買代金五七〇〇万円の返還を求める旨の内容証明郵便を発送し、右内容証明郵便は、平成三年七月八日に被告に到達した。

二  右認定の各事実によれば、(1)本件売買契約締結前に、嘉章は、正樹に対して、老齢の原告夫婦の居住用に使用するため日当たりの状態には大きな関心がある旨を示した上で、本件建物には午前中日照のあることを確認したこと、(2)正樹は、隣接計画ビルが計画上七階建となつていたことから、本件建物と同程度の高度であるものと軽信して、隣接計画ビル完成後も本件建物には午前中は日が当たる旨の説明をしたこと、(3)嘉章は、正樹の右説明を信じて本件建物を被告会社から買い受けることにしたこと、が認められるものである。したがつて、本件においては、本件建物の日照は、本件建物買受けの重要な動機として正樹に表示され、この点に誤信があつたものであるから、右誤信は要素の錯誤として、法律行為を無効とするものというべきである。

三  以上によれば、原告と被告との間の本件建物についての売買契約は、要素の錯誤により無効であり、原告の本訴請求は理由がある。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 三村量一)

《当事者》

原 告 北村隆資

右訴訟代理人弁護士 山之内三紀子

被 告 株式会社 富洋ハウジング

右代表者代表取締役 渡部 昇

右訴訟代理人弁護士 菅原哲朗

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