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東京地方裁判所 平成2年(行ウ)86号 判決 1990年11月28日

東京都江東区南砂二丁目二番一五―一〇一号

原告

最上正太郎

東京都港区西麻布三丁目三番五号

被告

麻布税務署長 都築隆也

右指定代理人

若狭勝

松本智

中野百々造

大西亨

安井和彦

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告がいずれも平成元年三月三日付けでした原告の昭和六一年分の所得税の更正のうち総所得金額七九九万九七三八円を超える部分並びに昭和六二年分の所得税の更正のうち総所得金額七四四万四五三七円を超える部分及び同年分の所得税に関する過少申告加算税賦課決定(加算税額を七万〇五〇〇円とするもの。)を取り消す。

第二事案の概要

一  当事者間に争いがないものと見るべき事実

1  原告の昭和六一年分の総所得金額等について

(一) 原告は、被告に対し、原告の昭和六一年分の所得税について、昭和六二年二月二八日、総所得金額を五七九万一二六八円とする確定申告をし、その後平成元年一月三〇日、総所得金額を七九九万九七三八円とする修正申告をした。

(二) 原告は、昭和六一年において、その妻最上絹江(以下「妻絹江」という。)から、その所有に係る東京都港区赤坂一丁目八〇三番八所在の建物(以下「本件建物」という。)の三〇四号室及び原告と妻絹江の共有に係る本件建物の二〇一号室及び二〇二号室のうち妻絹江の各持分を原告の経営する特許事務所の事務室として賃借して、妻絹江に合計一四四万円の賃料を支払い、その賃料を原告の事業所得の金額の計算上必要経費にあたるものとして、右のとおりの申告をしたものである。

(三) しかしながら、原告と妻絹江は生計を一にしているから、所得税法五六条の規定を適用すると、右賃料一四四万円は、原告の事業所得の金額の計算上必要経費に算入することはできず、前記修正申告に係る総所得金額にこれを加算すべきこととなり、他方、妻絹江の不動産所得の金額の計算上必要経費に算入されるべき金額一三六万六八〇〇円(損害保険料三万円、減価償却費二二万〇二三〇円、支払利息九九万〇四五〇円、租税公課九万五一二〇円及び雑費三万一〇〇〇円の合計金額)は、これを原告の事業所得の金額の計算上必要経費に算入し、前記総所得金額から減算すべきこととなり、結局、原告の昭和六一年における総所得金額は八〇七万二九三八円となる。

2  原告の昭和六二年分の総所得金額等について

(一) 原告は、被告に対し、原告の昭和六二年分の所得税について、昭和六三年二月二六日、総所得金額を零円とする確定申告をし、その後平成元年一月三〇日、総所得金額を七四四万四五三七円とする修正申告をした。

(二) 原告は、昭和六二年において、妻絹江から、その所有に係る本件建物二〇一号室及び二〇二号室を原告の経営する特許事務所の事務室として賃借して、妻絹江に合計三〇〇万円の賃料を支払い、その賃料を原告の事業所得の金額の計算上必要経費に当たるものとして、右のとおりの申告をしたものである。

(三) しかしながら、原告と妻絹江は生計を一にしているから、所得税法五六条の規定を適用すると、右賃料三〇〇万円は、原告の事業所得の金額の計算上必要経費に算入することはできず、前記修正申告に係る総所得金額にこれを加算すべきこととなり、他方、妻絹江の不動産所得の金額の計算上必要経費に算入されるべき金額一四七万七〇〇〇円(損害保険料三万円、減価償却費二二万〇二三〇円、支払利息九二万九四七〇円、租税公課一四万三八六〇円及び雑費一五万三四四〇円の合計金額)は、これを原告の事業所得の金額の計算上必要経費に算入し、前記総所得金額から減算すべきこととなり、結局、原告の昭和六二年における総所得金額は八九六万七五三七円となる。

3  被告の更正及びこれに伴う過少申告加算税賦課決定について

被告は、原告に対し、前記のとおり所得税法五六条の規定の適用があることを前提として、いずれも平成元年三月三日付けで、原告の昭和六一年分の所得税について総所得金額を八〇七万二九三八円とする更正をし、また原告の昭和六二年分の所得税について総所得金額を八九六万七五三七円とする更正(以下、右の両更正を「本件更正」という。)及び加算税額を七万〇五〇〇円とする過少申告加算税賦課決定(以下「本件決定」という。)をした。

4  原告の不服申立てについて

原告は、国税不服審判所長に対し、平成元年五月一日、本件更正及び本件決定について審査請求をしたが、同所長は、平成二年三月七日付けで右審査請求を棄却する旨の裁決をした。

三  争点

1  原告は、原告が妻絹江に支払った賃料については所得税法五六条の規定を適用すべきではないとして、その理由を次のとおり主張している。

(一) 所得税法五六条の規定は、憲法一一条の保障する基本的人権、特に憲法一三条所定の幸福追求に対する国民の権利を制限する条項であるから、これを適用しなければ公共の福祉が明確に阻害される場合に限って適用されるべきである。

(二) 本件においては、原告は、現在地においてその業務を営むに当たり何人かからその事務所を賃借する必要があるから、その配偶者がもともと賃貸用に所有している貸事務所を賃借して賃料を支払ったとしても、その額が妥当なものである限り、原告とその配偶者との間で不当な所得の分割、移転が行われたものとは認められないし、国の側でも何ら税収を失うものではない。そうすると、本件のような場合には、被告は、憲法一一条及び一三条に従い所得税法五六条の規定の適用を回避すべきであるにもかかわらず、同規定を適用して本件更正及び本件決定を行ったものであり、本件更正及び本件決定は、憲法一一条及び一三条に違反する憲法なものというべきである。

2  これに対し、被告は次のとおり反論している。

(一) 所得税法五六条の規定は、我が国における個人事業が家族全体の協力のもとに家族の個人財産を共同で管理、使用して成り立つものが多く、それについて個々の対価を支払う慣行があるとはいえないため、家計と事業から生ずる所得とを切り離して考えること自体に無理があり、個人財産の使用に対する対価を一般に必要経費と認めることとすると、家族間の取決めによる恣意的な所得分割を許すこととなり、税負担の不公平をもたらす結果となること、また、その対価の金額も恣意的に決められることが多く、客観的に合理的な対価の額を算出することが実際上困難であること等を根拠として設けられた規定であり、合理的な根拠を有するものである。

(二) そもそも、本件建物の前記各室は、いずれも当初から原告が経営する特許事務所の事務室として使用する目的で購入されたものであり、原告の家族の生計を維持するための資産として、生計を一にしている原告と妻絹江との共同の管理、使用を前提に取得され、使用されているものというべきである。したがって、仮に原告の妻絹江に対する前記賃料を原告の事業所得の計算上必要経費として計上することを許すならば、夫婦間における恣意的な所得分割を許す結果となるものといわざるを得ず、本件に所得税法五六条の規定を適用することは何ら憲法に反するものではない。

3  したがって、本件の争点は、本件において所得税法五六条の規定を適用することが憲法一一条および一三条に違反するかどうかである。

第三争点に対する判断

1  所得税法五六条は、納税義務者と生計を一にする親族が納税義務者の営む事業に従事したこと等により当該事業から対価の支払を受ける場合には、その対価に相当する金額を納税義務者の事業所得等の金額等の計算上必要経費に算入しないものとし、他方、その親族のその対価に係る各種所得の計算上必要経費に算入されるべき金額を納税義務者の事業所得等の計算上必要経費に算入することとするものである。

右規定は、もともと個人事業は家族全体の協力のもとで家族の財産を共同で管理、使用して成り立つものが多く、それについて必ずしも個々の対価を支払う慣行があるものとはいえず、対価が支払われる場合であっても、支払われた対価をそのまま必要経費として認めることとすると、個人事業者がその所得を恣意的に家族に分散して不当に税負担の軽減を図るおそれが生じ、また、適正な対価の認定を行うことも実際上困難であることから、そのような方法による税負担の回避という事態を防止するために設けられたものと考えられる。したがって、右所得税法五六条の規定は、それ自体合理的な根拠を有するものであって、憲法一一条又は一三条に違反しないものであることは明らかである。

2  そうすると、右所得税法五六条の規定は、そこに定められた要件が備わっていれば、家族の財産を使用することに対する対価が妥当なものであるか否かといった個別の事情のいかんにかかわりなく一律に適用されることが予定されている規定であることは明らかであり、しかも、そのように解したとしても、この規定は合理的な根拠を有するものと考えられるから、仮に原告が主張するような事情が認められるとしても、なお、本件について所得税法五六条の規定を適用することが不合理なものとはいえない。したがって、本件各処分は、憲法一一条又は一三条に違反するものではないというべきである。

(裁判長裁判官 涌井紀夫 裁判官 市村陽典 裁判官 小林昭彦)

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