東京地方裁判所 平成2年(行ウ)162号 判決 1994年5月24日
甲、乙事件原告
今野輝子
同
杓谷二瀬
同
菊村司
同
田代直子
甲事件原告
茂木由紀子
同
横山三和子
同
村山敦子
乙事件原告
関千賀子
同
星野晴江
同
砂田晶子
同
大橋トシエ
同
中佐古静子
右原告ら訴訟代理人弁護士
山口広
同
東澤靖
同
古田典子
甲事件被告
岩波三郎
同
本田久夫
乙事件被告
東京都練馬区長
岩波三郎
同
東京都練馬区福祉部長
小林勝郎
同
東京都練馬区福祉部高齢者福祉課長
志田朝夫
同
東京都練馬区収入役
本田久夫
右被告ら訴訟代理人弁護士
原田一英
同
松井元一
同
関哲夫
同
内田実
同
野口和俊
乙事件被告ら指定代理人
菅原和夫
乙事件被告ら(被告東京都練馬区長を除く)指定代理人
中田喜夫
乙事件被告東京都練馬区長指定代理人
新井京二
甲、乙事件被告
社会福祉法人富士見会
右代表者理事長
徳光裕子
右被告訴訟代理人弁護士
淵上貫之
同
鈴木国夫
主文
一 甲事件原告らの被告本田久夫に対する訴えを却下する。
二 甲事件原告らの被告岩波三郎及び同社会福祉法人富士見会に対する請求をいずれも棄却する。
三 乙事件原告らの被告東京都練馬区福祉部長、同東京都練馬区福祉部高齢者福祉課長及び同東京都練馬区収入役に対する訴え、乙事件原告らの被告東京都練馬区長が五三八万八〇一一円に対する平成元年六月一日から同額の金員を被告社会福祉法人富士見会が東京都練馬区へ支払うまでの間の年五分の割合による金員の徴収及び調定を怠っていることが違法であることの確認を求める訴え並びに乙事件原告らが被告社会福祉法人富士見会に対し東京都練馬区へ五三八万八〇一一円を支払うことを求める訴えをいずれも却下する。
四 乙事件原告らの被告東京都練馬区長に対する右三の訴えを除くその余の訴えに係る請求及び被告社会福祉法人富士見会に対する右三の訴えを除くその余の訴えに係る請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用は、甲事件原告ら及び乙事件原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
一甲事件の請求
被告岩波三郎、同本田久夫及び同社会福祉法人富士見会は、東京都練馬区に対し、各自金三〇二万四四九八円及びこれに対する平成元年六月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二乙事件の請求
1 東京都練馬区が田柄特別養護老人ホーム開設準備事務委託契約に基いて、被告社会福祉法人富士見会に対し昭和六三年一一月三〇日付けで交付した委託料の概算払金について、被告東京都練馬区長がこのうち五三八万八〇一一円の精算残金及びこれに対する平成元年六月一日から支払済みまで年五分の割合による金員の徴収及び調定を怠っていることが違法であることを確認する。
2 右1項の委託料の概算払金について、被告東京都練馬区福祉部長がこのうち五三八万八〇一一円の精算残金及びこれに対する平成元年六月一日から支払済みまで年五分の割合による金員に係る返納金の督促及び調定を怠っていることが違法であることを確認する。
3 右1項の委託料の概算払金について、被告東京都練馬区福祉部高齢者福祉課長がこのうち五三八万八〇一一円の精算残金及びこれに対する平成元年六月一日から支払済みまで年五分の割合による金員に係る返納金の徴収を怠っていることが違法であることを確認する。
4 右1項の委託料の概算払金を清算した後の残金について、被告東京都練馬区収入役が平成元年一二月八日付けの東京都練馬区厚生部高齢者福祉課長の調定額通知に対し、調定額通知書の返付及び実地調査を怠っていること並びに五三八万八〇一一円の精算残金及びこれに対する平成元年六月一日から支払済みまで年五分の割合による金員に係る返納金について報告を徴し又は調査することを怠っていることが違法であることを確認する。
5 被告社会福祉法人富士見会は、東京都練馬区に対し、五三八万八〇一一円及びこれに対する平成元年六月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一東京都練馬区(以下「練馬区」という。)は、区立の特別養護老人ホームを設置することとして、被告社会福祉法人富士見会(以下「被告富士見会」という。)に対しその開設のために必要な準備の事務を委託した。その委託料は、これを概算払の方法で最初に一括して支払い、委託事務終了後に清算することとした。この清算については、一旦行われたものに計算違いや計上漏れがあったとしてその後さらに二度にわたって清算が行われた。本件は、練馬区の住民である原告らが、これらの清算において被告富士見会が委託料の執行額として計上した金額の中に架空の支出や委託事務の処理とは無関係な支出に基づくものが含まれているとして提起した住民訴訟であり、甲事件原告らは、練馬区がその架空支出や委託事務の処理と無関係な支出による計上金額に相当する損害を被ったと主張して、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき練馬区長である被告岩波三郎、練馬区収入役である被告本田久夫及び被告富士見会に対しその損害の賠償を求め、乙事件原告らは、右計上額について練馬区は被告富士見会に対して精算残金を徴収すべきであるのに被告東京都練馬区長(以下「被告区長」という。)らはこれを怠っていると主張して、同法二四二条の二第一項三号に基づき被告区長らが右精算残金の徴収等を怠っていることの違法確認を求めるとともに、同項四号に基づく請求として被告富士見会に対して右精算残金の支払を求めるものである。
二前提となる事実(証拠を掲げた部分以外は、当事者間に争いがないか明らかに争わない事実である。)
1 当事者
原告らはいずれも練馬区民であり、被告岩波三郎(以下「被告岩波」という。)は昭和六二年四月二七日から練馬区長の職にあり、被告本田久夫(以下「被告本田」という。)は、昭和六二年六月二六日から練馬区の収入役の職にある。
2 本件委託契約の締結
(一) 練馬区は、老人福祉法(平成元年法律第二二号による改正前のもの。)一五条二項に基づき、同法一四条三項所定の特別養護老人ホームとして田柄特別養護老人ホーム及びこれに併設されたデイサービスセンター(以下「本件ホーム」という。)を平成元年四月から開設することとした。被告区長は、この目的を達するため、昭和六三年七月三〇日被告富士見会との間において、本件ホームの開設準備及び開設後の同ホームの管理運営を被告富士見会に委託し、練馬区がその開設準備及び管理運営に要する経費を被告富士見会に支払う旨の合意をした。
(二) 被告区長は、昭和六三年一〇月三一日被告富士見会との間において、右(一)の合意のうち本件ホーム開設準備に関するものを具体化した左記の内容の契約(以下「本件委託契約」という。)を締結した。
記
(1) 練馬区は、昭和六三年八月一日から平成元年三月三一日までの間、本件ホームの開設に必要な次の準備事務(以下「本件委託事務」という。)、すなわち、本件ホームの開設時において入所者の介護、生活指導、保健衛生その他の処遇に関すること並びに施設、付属施設及び物品の維持管理に関することが執行されるために必要な準備事務を、被告富士見会に委託する。
(2) 練馬区は、被告富士見会に対し、本件委託事務に要する経費として、委託料二八九一万四五七七円を概算払し、被告富士見会は契約終了後速やかに清算書を練馬区に提出して、これを清算する。
(3) 被告富士見会は、本件委託事務に関し、本件委託契約の契約書に添付された職員採用計画に基づき職員採用事務を行い、かつ、採用した職員の研修を行う。また、別に双方で協議した事務を行う。
(三) 練馬区は、昭和六三年一一月三〇日被告富士見会に対し、本件委託契約に基づく委託料として二八九一万四五七七円を概算払の方法により支払った。
3 概算払がされた場合の精算残金の戻入手続
(一) 特別区が概算払をした場合の精算残金を返納させるときは、収入の手続の例により、これを当該支出した経費に戻入しなければならない(地方自治法二八三条一項、二三二条の五第二項及び同法施行令一五九条)。戻入金で出納閉鎖後に係るものは、これを現年度の収入としなければならない(同施行令一六〇条)。
特別区の歳入の収入をするときは、これを調定し、納入義務者に対して納入の通知をしなければならない。歳入の調定は、当該歳入について、所属年度、歳入科目、納入すべき金額、納入義務者等を誤っていないかどうかその他法令又は契約に違反する事実がないかどうかを調査してこれをしなければならない(同法二八三条一項、二三一条及び同法施行令一五四条一項)。
(二) 練馬区においては、概算払をした場合の精算残金を戻入させるときの調定及び納入義務者に対する納入の通知は、課長等又は所長が区長より権限の委任を受けている(練馬区会計事務規則四条二項、八八条二項、練馬区事案決定規程別表四一)。
但し、出納閉鎖後に係る戻入金の調定等は、歳入について本来の権限を有する区長が処理する。
4 本件における清算の経緯
(一) 本件委託契約は平成元年三月三一日にその期間が満了し、被告富士見会は、同年五月二九日被告区長に対し、委託料の執行額を二四八〇万二一四二円とし、概算払がされた委託料二八九一万四五七七円から右執行額を控除した四一一万二四三五円を精算残金とする旨の清算報告書(以下「第一次清算報告書」という。)を提出した。被告東京都練馬区福祉部高齢者福祉課長(現在の職制上の職名によるものであって、当時の職制上の職名は厚生部高齢者福祉課長であった。以下「被告高齢者福祉課長」という。)は、同日被告富士見会に対し右精算残金の戻入の通知をし、被告東京都練馬区収入役(以下「被告収入役」という。)に収入通知書兼概算払支払精算書を送付した。被告富士見会は、四一一万二四三五円を精算残金として練馬区に返納した(以下、これを「第一次清算手続」という。)。
練馬区の昭和六三年度の出納は平成元年五月三一日に閉鎖された。
(二) 平成元年一一月一五日に本件ホームの設立準備金のうち二七〇万円が使途不明金である疑いがある旨の新聞報道がされ、同月二七日に行われた練馬区議会決算特別委員会で右新聞報道が問題にされた。
(三) 被告富士見会は、同年一一月三〇日被告区長に対し、第一次清算報告書において給与として計上した金額のうち三一〇万四三八一円を賃金として計上する旨修正した清算報告書(以下「第二次清算報告書」という。)を提出した(以下、これを「第二次清算手続」という。)。
(四) 被告富士見会は、同年一二月七日付けで、被告区長に対し、第二次清算報告書において被告富士見会の理事長徳光裕子が医師として勤務することに対する賃金として計上されていた二三〇万円、賃金として計上されていた誤払金一三万三〇〇〇円及び社会保険料として計上されていた誤払金五万二一四五円、合計二四八万五一四五円を委託料の執行金額から控除し、二四八万五一四五円を精算残金として追加返納する旨の修正をした清算報告書(以下「第三次清算報告書」という。)を提出した。
被告東京都練馬区福祉部長(現在の職制によるものであって、当時の職制上は厚生部長であった。以下「被告福祉部長」という。)は、同年一二月八日付けで右追加返納金の歳入を調定し、被告高齢者福祉課長は、被告収入役に対して右調定額を通知するとともに、被告富士見会に対して納入の通知をした。被告富士見会は練馬区に二四八万五一四五円を精算残金として追加返納した(以下、これを「第三次清算手続」という。)。
(五) 練馬区は、平成元年一二月一二日練馬区助役を会長とし、練馬区総務部課長および職員課長を委員とする田柄特別養護老人ホーム開設準備事務委託料に関する調査会を組織した。同調査会は平成二年一月二〇日までの間本件委託契約に係る委託料の事実関係について調査を行い、同年一月二二日付けで、練馬区議会に対し、調査の結果、委託料に使途不明金はなかった旨の報告書を提出した。
5 監査請求及びその結果
(一) 甲事件原告らは、平成二年五月二八日練馬区監査委員に対し、本件委託契約に係る委託料の執行額のうちアルバイト職員に対する賃金として計上された三三六万八四九八円は架空に計上されたものであるとし、被告岩波は右委託料の清算事務の監督を違法に怠り、また、被告本田は右委託料の清算事務ないし決算事務を違法に怠ったことにより、それぞれ練馬区に右部分に相当する損害を与えたとして、両人に連帯して右損害を賠償させる措置を求める監査請求(以下「第一回監査請求」という。)をした(丙一一の一)。
同監査委員は、同年七月二七日付けで右請求には理由がないものと認める旨の監査結果を甲事件原告らに通知した。
(二) 乙事件原告らは、平成四年三月五日練馬区監査委員に対し、本件委託契約に係る委託料の執行額の中には架空の支出又は委託料とすべきでない支出が計上されており、被告富士見会と練馬区との間には清算未了金があるとし、被告区長及び被告収入役が右の清算未了金の清算及びその徴収もしくは財産の管理を怠る事実を改める措置を求めるとともに、被告岩波及び被告本田が右怠る事実により練馬区に与えた右計上額相当の損害を填補させる措置を求める監査請求(以下「第二回監査請求」という。)をした(丙一二の一)。同監査委員は、同年三月二四日、右監査請求は地方自治法二四二条の二第二項所定の期間を徒過したものであるとの理由によりこれを却下し、右監査結果を乙事件原告らに通知した(丙一二の二)。
(三) 乙事件原告らは平成四年五月八日、練馬区監査委員に対し、本件委託契約に係る委託料の執行額の中には架空の支出又は委託料とすべきでない支出が計上されているとして、被告区長、被告福祉部長、被告高齢者福祉課長、被告収入役らが右計上額について公金の徴収又は財産の管理を怠っている事実を改める措置を求める監査請求(以下「第三回監査請求」という。)をした(丙一三の一)。
同監査委員は、同年六月三日、第二回監査請求についてすでに却下の判断がされていることを理由に第三回監査請求を却下し(丙一三の二)、同月四日、乙事件原告らに右監査結果を通知した。
6 本件訴えの提起
(一) 甲事件原告らは、第一回監査請求の監査結果に不服があるとして、甲事件に係る訴えを平成二年八月二四日提起した。
(二) 乙事件原告らは、監査委員が第三回監査請求に対する監査又は勧告を地方自治法二四二条四項の期間内に行わないとして、乙事件に係る訴えを平成四年七月一日提起した。
三甲事件の争点及びこれに関する当事者の主張
1 争点
甲事件原告らが、監査請求及びこれに続く本件訴えにおいて、被告岩波及び同本田の違法な行為と主張するものが地方自治法二四二条一項所定の財務会計行為のうちのいずれであるのかについては、主張に変遷もあり、必ずしも明らかではないが、結局のところ第一次から第三次までの各清算手続にこれらの被告らが関与しているとして、その清算手続が違法であるとし、また、その清算手続によって被告富士見会の債務が黙示に免除されたとして、その免除が違法であるとするものと解される。
原告らが、第一次から第三次までの清算手続が違法であるとするのは、これらの清算手続において被告富士見会がアルバイト職員に対して支払った賃金であるとして清算した三三六万八四九八円のうち三〇二万四四九八円は架空の支出であるということによる。被告岩波及び同本田は、これが架空なものであるとしても、同被告らはおよそ清算手続についてこのような架空支出の清算を阻止する権限を有しないと主張し、被告富士見会はこれが架空支出ではないと主張している。
2 その余の争点
右1の争点のほかに本件委託契約締結行為自体の適法性、清算報告書提出期限の到来時期等が争われている。
3 争点1に関する当事者の主張
(一) 原告らの主張
被告富士見会が第三次清算報告書において計上した委託料執行額のうち三〇二万四四九八円は架空の支出を計上したものであったが、被告本田は、第一次ないし第三次清算手続において精算残金の戻入の通知あるいは調定額の通知を受けた際清算報告書を精査して右清算の違法を発見すべきであったのにこれを怠って右各通知を受領した。また、被告岩波は、被告富士見会がした第一次から第三次までの清算をいずれも適正なものと認めてその精算残金を受領し、第三次清算報告書に基づく精算残金について平成元年一二月八日に練馬区の平成元年度の歳入の調定を行って清算手続を終了させ、もって、被告富士見会に対し右の架空に計上された委託料執行額三〇二万四四九八円につき精算残金返還債務を免除する黙示の意思表示をした。右債務の免除により、練馬区の被告富士見会に対する右精算残金支払請求権は消滅した。したがって、練馬区は三〇二万四四九八円及びこれに対する平成元年六月一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の額に相当する額の損害を被っている。
(二) 被告岩波及び被告本田の主張
(1) 被告岩波
原告らが被告岩波について違法であるとする財務会計行為が本件の清算手続における調定であるとしても、特別区の区長(以下「区長」という。)は、契約書等の関係書類を形式審査して調定を行うのであって、関係書類の真否を実質審査する義務を負わない。審査の結果清算による納入額が正当額を超えていることが判明すれば、区長は正当な額について調定をして収入役に通知し、清算義務者に納入通知を行う。審査の結果清算による納入額が正当額に満たない場合においても、少なくともその額の限度で収入行為は正当であるから、その額について調定を行ったうえ、収入役に通知し、清算義務者に納入通知を行う。この場合、区長が清算額が不足するとの理由で調定しないことは許されない。区長は改めて不足額について請求・督促・強制徴収等の措置をとらなければならないが、それは調定の適否とは別の問題である。
原告らが被告岩波について違法であると主張する財務会計行為が黙示の免除行為であるとすれば、その免除は、練馬区が被告富士見会に対してすべき精算残金の徴収の免除又は練馬区が被告富士見会に対して有する不当利得返還請求権の放棄を意味するものと解される。しかし、特別区が有する金銭債権に係る債務を免除するためには、地方自治法二八三条一項、二四〇条三項及び同法施行令一七一条の七により、区長がその債務について同施行令一七一条の六所定の履行延期特約又は処分をしたうえ、当初の履行期限から一〇年を経過してもなお債務者が無資力又はこれに近い状態にあり、かつ、弁済の見込みがないと認められることが必要とされるところ、被告富士見会に対してはそのような履行延期特約若しくは処分がされておらず、被告岩波による黙示の債務免除の意思表示は、債務免除の要件を欠く無効なものである。
また、特別区が権利を放棄するためには、地方自治法二八三条一項、九六条一項一〇号により議会の議決を要するところ、被告岩波が右精算残金支払請求権又は不当利得返還請求権を放棄する旨の黙示の意思表示をしたとしても、右放棄には議会の議決がないから、右放棄は無効である。
したがって、原告らの主張に係る事実が練馬区の有する債権の放棄又はこれに係る債務の免除としての効力を生じることはない。
(2) 被告本田
収入役は、区長から調定の通知を受けた場合、納入額が正当額に満たない場合であっても、調定に係る額を収入する義務を負い、それが正当額に不足するとの理由で収入を拒否することは調定行為の性質上許されない。また、収入役は区長の補助機関であるばかりではなく、その権限は受動的なものであるから、右の場合に区長に対し残額の納付を督促する権限も義務もない。したがって、被告本田には、本件についていかなる違法行為も認められない。
(3) 被告岩波及び同本田
仮に原告らの主張のように被告富士見会が練馬区に返還すべき精算残金がなお存するとしても、練馬区はそれについて精算残金支払請求権又は不当利得返還請求権を有するものであるから、練馬区には何ら損害は生じていない。
四乙事件の争点
1 第三回監査請求の適法性について
乙事件請求に係る訴えは地方自治法二四二条の二第一条所定の監査請求を経て提起されたものといえるか、すなわち、第三回監査請求は平成四年六月三日付けで練馬区監査委員により却下されているが、右監査請求は不適法なものであるか否か。
2 被告富士見会が第三次清算報告書において委託料の執行額として計上したアルバイト職員の賃金三三六万八四九八円、職員採用経費一一四万五七七〇円、車両維持管理費及び車両整備等経費五〇万一六三三円及び会議費三七万二一一〇円、合計五三八万八〇一一円(以下、これらをまとめて「本件費用」という。)は架空の支出又は本件委託事務の処理とは無関係な支出を計上したものか。
3 その余の争点
(一) 被告区長に対する訴えが住民訴訟の定型に合致するかどうか
(1) 被告区長は出納閉鎖後に係る本件費用の調定及び徴収について権限を有するか。
(2) 被告区長が右権限を有しない場合に、同区長は右権限を有する職員に対する指揮監督権限を有する者として地方自治法二四二条の二第一項四号の住民訴訟の被告となり得るか。
(二) 被告区長の指揮監督上の故意又は過失の有無
(三) 被告福祉部長に係る返納金の督促及び調定に関する権限の存否
(四) 被告福祉課長に係る返納金の徴収に関する権限の存否
(五) 被告収入役に係る返納金についての調査に関する権限の範囲
五乙事件の争点に関する当事者の主張
1 争点1(第三回監査請求の適法性)について
(被告区長、同福祉部長、同高齢者福祉課長、同収入役の主張)
第一回監査請求と第二回及び第三回監査請求とは、練馬区には本件費用につき被告富士見会に対する精算残金支払請求権がないとして練馬区が被った損害を補填する措置を求めるか、それとも精算残金支払請求権があるとしてその行使を怠る事実を改める措置を求めるか、という措置請求の構成が異なるだけで、各措置請求の理由とするところはいずれも、第一次ないし第三次清算手続において被告富士見会が計上した委託料の執行額のうち本件費用に係る部分は架空の支出又は本来委託料とすべきでない支出を計上したものであり、練馬区はそのような清算手続をそのまま受け入れているということである。したがって、右各監査請求の対象とする事実は実質的には同一なものというべきであり、第二回及び第三回監査請求は、第一回監査請求と同一の事実について重ねてされた不適法なものであるから、練馬区監査委員が第三回監査請求を却下した判断は正当である。
そして、乙事件請求に係る訴えは、適法に請求された第一回監査請求について監査結果の通知があった平成二年七月二七日から三〇日を超えた平成四年七月一日に提起されたものであるから、地方自治法二四二条の二第二項所定の期間を徒過して提起された不適法なものというべきである。
(乙事件原告らの主張)
第一回監査請求では第一次ないし第三次清算手続における被告岩波及び同本田の清算事務等の違法な懈怠を対象として、これによって練馬区に生じた損害の補填という措置が求められているのに対し、第二回監査請求では被告区長及び同収入役が、第三回監査請求では、被告区長、同福祉部長、同高齢者福祉課長、同収入役(以下、これらの被告らを併せて「被告区長ら」という。)が、それぞれ練馬区の被告富士見会に対する本件費用に係る精算残金支払請求権を右各監査請求の時点において違法に行使しないこと等を改める措置を求めるものであるから、第一回監査請求が対象とする事実とは異なる怠る事実を対象とするものである。したがって、第二回及び第三回監査請求はいずれも適法であるのに誤って却下されたものであり、乙事件請求に係る訴えは、第三回監査請求に対する監査結果の通知があった平成四年六月三日から三〇日以内の日である平成四年七月一日に提起されたものであるから適法である。
2 争点2について
(乙事件原告らの主張)
本件費用は、以下のとおり、架空の支出又は本件委託事務の処理のためにされたのではない支出を計上したものであるから、委託料に当たらない。
(一) アルバイト職員の賃金三三六万八四九八円について
(1) 古沢正克及び小山真由美は、本件委託事務の処理が始められる前の昭和六三年七月から被告富士見会の診療所の事務に従事していたものであって、本件委託事務には関与していない。このことは、練馬区が行った調査の結果の報告書及び第一回監査請求に対する監査結果において被告富士見会が同年八月から本件委託事務のためのアルバイト職員に対する賃金を支払ったものとされていることからも明らかである。
また、田中環、野崎知恵及び伊藤順子は、平成元年二月及び三月に被告富士見会本部で本件委託事務に従事したとされるが、右の時期にはすでに本件ホームの建物が完成し職員も配置されており、被告富士見会本部で行うような本件委託事務は経理事務の外にはほとんどなかったのであるから、この時期に経理事務以外の事務に三人ものアルバイト職員が従事したとは考えられず、これらの者も本件委託事務に従事したものとはいえない。
歌川由美子は被告富士見会の診療所に勤務していた者であり、小河原弘司は被告富士見会の運転手であって、いずれも本件委託事務に従事したことはない者である。昭和六三年当時は、本件ホームが保有する車両はまだなかったのであるから、運転手を必要とする開設準備事務はなかった。
したがって、右五名の者に対して支払われたとされる別表「勤務一覧表」記載の賃金はいずれも委託料に当たらない。
(2) 内山勉、田中恭子、赤沼嘉子、芝山典子、青木建一及び梅田親可は、いずれも、本件委託事務が開始される前から被告富士見会の職員又は被告富士見会が経営する保育園等の関係団体の職員として、被告富士見会又はその関係団体の業務に従事して給与の支払を受けていた者であって、これらの者が右の本来従事していた業務の外に本件委託事務にも従事することは労働時間等からして事実上困難であり、また、これらの者が本件委託事務のうちのどの部分をどの期間担当したかも明らかでないから、本件委託事務に従事したことがない者というべきである。賃金の支払に関して作成されたとされる被告富士見会の賃金台帳(乙第一号証の一ないし一五)と給料支払明細書の控え(乙第二号証の各一)とには、これらの者に対する賃金の支払の記載があるが、両者の間には、内山勉の賃金の支払時期の記載に齟齬があるなどの矛盾があり、これらの帳簿諸票は架空の賃金又は賃金の水増しなどを隠蔽するために後から作成された疑いがある。
したがって、右六名の者に対して支払われたとされる別表「勤務一覧表」に記載された賃金は、本来被告富士見会が自己の職員に対して給与として支払うべき支出を委託料として計上したか又は架空の支出を計上したかしたものであって、委託料に当たらないものである。
(3) 村石和裕、河崎富士夫、高田真理子及び菅野順子は本件委託事務に従事したが、これらの者に対する給料支払明細書の控えが被告富士見会から証拠として提出されておらず、また、河崎富士夫の賃金は被告主張の別表「勤務一覧表」によれば、時給七〇〇円で勤務時間が九一時間とされているのに、合計七万円の賃金の支払を受けているなどの矛盾があり、これらの者の賃金の額が水増しされて計上されている疑いがある。また、山口和子は本件委託事務に従事したことのない者であり、この者に対する賃金の給料支払明細書の控え(乙第三号証の二)には受領印がないうえに、支給・控除一覧表(乙第一号証の一七)には山口和子の交通費のみが計上されて給料支払明細書の控えのある賃金が記載されていないなどの矛盾があり、この者に対する賃金も架空に計上されたものである疑いがある。
(二) 職員採用経費一一四万五七七〇円について
別表「職員採用経費のうち採用問題作成等の分」に記載された日曜出勤謝礼及び交通費のうち一八万円は、練馬区職員が本件ホームの職員採用試験を補助した際の手当として支払われたものであり、このような手当を地方公務員が受け取ることは地方公務員法三八条一項に違反するから、右支出は違法なものであって、委託料に当たらない。
同表に記載された日曜出勤謝礼及び交通費のうち被告富士見会及びその関係団体の職員で試験問題作成に携わった内山勉らに支払われた金額は、(一)のアルバイト職員の賃金と重複して計上されたものであるから委託料に当たらない。
また、同表に平成元年五月分実施予定の日曜出勤謝礼及び交通費の未払金として計上された二七万円については、本件委託契約上被告富士見会は平成元年三月末日までに職員採用を終了すべき義務を負っており、委託料はそれまでに支出されたものに限られるべきであるし、平成元年五月には実際には採用試験は行われなかったのであるから、委託料に当たらない。
更に、職員採用経費のうち別表「職員採用経費のうち会議費分」に記載された一三万四一五〇円はすべて被告富士見会の職員や練馬区の職員の飲食費であるから、委託料に当たらない。
(三) 車両維持管理費及び車両整備等経費五〇万一六三三円について
本件委託事務が行われていた昭和六三年当時には、本件ホームは車両を保有しておらず、また、本件ホームが後に所有するに至った車両の調達は、練馬区の所管する事項であって、被告富士見会に対する委託料によってその車両登録費用等を支出するはずもないから、右費用は架空の支出又は本件委託事務の処理以外の目的で使用された車両に係る支出を計上したものであり、委託料に当たらない。
(四) 会議費三七万二一一〇円について
別表「その他経費のうち会議費等分」に記載された会議費はいずれも被告富士見会の職員や練馬区の職員の飲食費として支出されたものであるから、委託料に当たらない。
(被告富士見会の主張)
(一)(1) 被告富士見会が本件委託事務の処理のためにアルバイト職員に対して支払った賃金の合計額は三三九万〇八九八円であり、右賃金の支払を受けたアルバイト職員の氏名、勤務時間及び賃金の額は別表「勤務一覧表」記載のとおりである。また、右アルバイト職員が担当した本件委託事務の内容は別表「準備室業務一覧表」に記載のとおりである。
(2) 乙事件原告らが本件委託事務に従事したことがない者として指摘するアルバイト職員は、次のとおり本件委託事務に従事した。
古沢正克及び小山真由美は、昭和六三年七月一日付けで本件委託事務のためのアルバイト職員として採用され、本件委託事務に従事した者である。なお、乙事件原告らは本件委託事務が同年八月一日から開始されたと主張するが、被告富士見会は練馬区高齢者福祉課(当時は老人福祉課)に所属して本件委託事務を担当していた渡辺猛の依頼を受け、同年四月頃からすでに職員募集のために新聞広告を出しており、同年七月には別表「準備室業務一覧表」に記載のとおり職員募集方法の検討などの本件委託事務の処理を開始していたものである。
また、田中環、野崎知恵及び伊藤順子も本件委託事務のために採用されたアルバイト職員であり、本件委託事務に従事した者である。
歌川由美子及び小河原弘司は本件委託事務に従事したアルバイト職員であり、被告富士見会の職員ではなかった。歌川は本件委託事務に係る計算事務や書類整理等に従事し、小河原は、被告富士見会が本件委託事務のために行う練馬区との折衝、被告富士見会と本件ホームの準備室との往復等のために職員らが車で移動する際の運転業務と雑務に従事していた。
田中恭子は被告富士見会が経営する「青い鳥保育園」の園長であり、本件委託事務のうち職員採用試験の試験官として問題の作成、採点、合否の判定等を行った。
内山勉は被告富士見会が経営する「聴こえとことばの教室」の施設長であり、本件委託事務のうち職員採用試験の試験問題の作成等の外、本件ホームにコンピューターを導入するための資料収集作業及びリハビリテーションのための資料収集を行った。
赤沼嘉子、芝山典子及び青木建一はいずれも被告富士見会の経理事務を担当する職員であるが、本件委託事務に関して、赤沼は他のアルバイト職員等に対して伝票作成、給与計算等の会計事務の処理や社会保険・厚生年金雇用保険等の事務処理等の指導を行い、芝山は伝票や帳簿の点検、源泉徴収税の納付等の会計事務を自ら行うとともに、他の者に試算表の作成や貸借対照表の見方並びに社会保険の資格取得及び喪失手続の指導をした。また、青木は職員募集のための書類の作成や、会計事務に係るコンピューター作業(会計ソフトの作成、会計科目等についての他の職員に対する指導、コンピューターの打込み処理)等を行ったものである。
梅田親可は被告富士見会の事務長であるが、本件委託事務についてはアルバイト職員の採用事務、職員募集案内の作成から採用試験の準備等の職員採用に係る業務全般、関係官庁への事務手続の指導、振興財団への格付調書等の作成指導、給与・賞与の計算事務、関係官庁との打合せ等を行った。
(二) 職員採用経費一一四万五七七〇円について
右金額のうち採用試験問題作成費用九四万九三〇〇円の内訳は別表「職員採用経費のうち採用問題作成等の分」に記載されたとおりであり、また会議費一三万四一五〇円の内訳は別表「職員採用経費のうち会議費分」に記載のとおりである。
(三) 車両維持管理費及び車両整備等経費五〇万一六三三円について
右金額の内訳は、別表「事務用品費のうち車両維持管理費の分」と別表「その他の経費のうち車両整備等の分」に記載のとおりである。被告富士見会では本件委託事務のための練馬区との折衝、被告富士見会と本件ホームの準備室との往復等のために職員らが車で移動する際、被告富士見会の車両を無償で提供していた。右費用はそのガソリン代などと、本件ホームが後に保有することになった車両の車両登録費用等である。
(四) 会議費三七万二一一〇円について
右金額の内訳は別表「その他経費のうち会議費等分」に記載されたとおりである。
第三争点に対する判断
一甲事件請求についての判断
1 訴えの対象とする行為の財務会計性
支出は、支出すべき事項ごとに、債務が確定しその支出の必要が生じた都度審査してこれを行うのが原則であるが、債務が確定するごとに審査するのが繁に堪えないとか、その暇がないとかの場合には、予め概算額を支出して、これを現実に使う者に交付し、後に現実の支出額により清算するという便宜的な支出手続が認められている。これが概算払であり、概算払とその清算は、全体として、支出の一場合であると解される。
練馬区会計事務規則八八条二項は、「課長等または所長は、概算払を受けた者をして、その用件終了後速やかに当該概算払の清算残金を返納させ、かつ、計算の基礎を明らかにした清算報告書を提出させ、これを概算払清算書に添付して収入役に送付しなければならない。」と規定する。
概算払の清算手続は、このようなものであって、担当者がこの規定に従った手続をとらず、精算残金があるのに、清算済みであるとした清算報告書を提出させるようなことがあれば、概算払によって交付された金額のうち精算残金として返納すべき金額に対応する部分は、支出する原因がないのに支出がされたこととなるから、当該概算払による支出は、全体として違法となるものと解される。
本件において、被告富士見会の清算に誤りがあり、第一次から第三次までに至る清算手続によってもなお精算残金があるのに、清算済みとされたとすれば、その清算手続は、右の規則に違反し、ひいては概算払の手続を定める地方自治法二八三条一項、二三二条の五第二項、同法施行令一五九条、同法二三一条、同法施行令一五四条一項に違反することとなり、同法二四二条一項の違法な支出に当たるものとして住民訴訟の対象となるものということができる。
2 概算払の清算手続に関する区長及び収入役の権限
練馬区事案決定規程三条、四条一項、別表四一並びに練馬区会計事務規則四条二項及び八八条二項によれば、練馬区においては、概算払のされた支出について精算残金を返納させ、清算報告書を提出させる事務は、概算払の精算残金に係る返納の徴収に関する事務として、所管の課長等又は所長に委任されており、本件においては、所管の課長は厚生部高齢者福祉課長であることが認められるが、その本来の権限者は区長(地方自治法一四九条二号)であるから、区長は、これらの事務に係る住民訴訟について、被告となり得るものということができる。
収入役の職務権限は、地方自治法一七〇条二項に例示されているような事務に関するものであり、概算払とその清算手続に関しては、現金の出納及び保管の点において関与するに過ぎない。練馬区におけるその関与の具体的内容について、練馬区会計事務規則一二条は、「収入役は、調定額通知書、収入通知書および支出命令書を受けたときは、法令および関係書類に基づいて、その内容を審査し、つぎの各号の一に該当する場合は、課長等または所長にこれを返付しなければならない。この場合において、収入役が必要があると認めるときは、実地調査等の方法によることができる。一 収入については予算科目、支出については、配当、執行委任または令達の予算がないとき。二 収入および支出(以下「収支」という。)の内容に過誤があるとき。三収支の内容が法令に反するものと認めたとき。(以下略)」と規定する。これによれば、収入役は、概算払の清算による精算残金の調定額通知書を受領した際、これを審査する権限を有するものの、その審査自体は地方自治法二四二条一項に規定する財務会計行為ではないし、本件各監査請求及び住民訴訟の対象とされた行為は、概算払の清算手続において清算未了であるのに清算報告書を受領し、精算残金の請求をしていない点にあるのであって、これらの手続において収入役に権限のある事項はない。すなわち、収入役は、本件の訴えの対象とされた行為について審査をするに止まり、地方自治法二四二条一項の規定する財務会計行為をする権限をもたないから、この行為について収入役である本田を被告とする訴えは、同法二四二条の二第一項四号の訴えとしての定型を欠くものというべきである。
3 本件の清算手続未了による区の損害発生の有無
清算は、その性質上概算払を受けた者がこれをし、概算払をした者は、その清算の結果について支出の事実の有無、支出額の適否や支出の必要性等について審査し、これらの点に疑問があれば再度の清算を促すなどする。清算はこのようにして終了するものであり、その過程は事実上のものであって、客観的には概算払の清算をすべき時に概算払の趣旨・目的に沿った支出額が確定し精算残金又は未払金の額も定まるものであり、清算はこの客観的に定まった額を発見する作業であると解される。したがって、なお未清算の部分が残されていると考えられるのに概算払を受けた者が既に清算が終了したものとしたり、或いは、およそ清算手続をとらなかったりした場合には、概算払をした者が清算をすべき時期の到来後直ちにその客観的に定まった額と考える額の支払を請求し(精算残金のある場合)又は履行の提供をして(未払金がある場合)、清算手続を終了させることができるものと解される。そして客観的に未清算の部分が残っている場合には、当事者間において、清算手続が終了したこととされたからといって、特段の約定のない限りその未清算部分が清算されたものとして消滅するものではないことは当然であって、本件委託契約においても、そのような特段の約定はない。
したがって、本件において未だ清算されていない額がある場合には、区の担当者としてはこれを調定し、納入義務者に対して納入の通知をすべきことになる。そうすると、甲事件原告らが主張するように、被告富士見会が第三次清算手続において委託料の執行額として架空の支出を計上したことがあるとしても、練馬区は右部分について本件委託契約に基づく精算残金支払請求権を有し、これを行使することができるのであるから、右精算残金支払請求権が時効により消滅する等、これを行使しえなくなった場合は格別、そのような事情のない限り、練馬区には損害は生じていないものというべきである。
甲事件原告らは、被告岩波が第一次ないし第三次清算手続を適正なものと認めて清算金をそのまま受領し、清算手続を終了したことは、被告富士見会に対し黙示で右清算金支払債務を免除する意思表示をしたことに当たると主張するが、被告岩波が被告富士見会の練馬区に対する清算金支払債務を免除するためには、地方自治法二八三条一項、二四〇条三項及び同法施行令一七一条の七により、右債務について被告富士見会に対して履行延期の特約又は処分(同法施行令一七一条の六)をしたうえ、当初の履行期限から一〇年を経過してもなお被告富士見会が無資力又はこれに近い状態にあり、かつ、弁済の見込みがないと認められるという要件を備えることが必要とされるのであるから、被告岩波が清算手続を黙認したからといって黙示の債務免除の意思表示をしたこととなるものではない。また、被告岩波が練馬区の精算残金支払請求権を放棄したと解するとしても、地方自治法二八三条一項、九六条一項一〇号によれば、右権利の放棄は議会の議決を要するものであるから、やはり、被告岩波の意思表示のみをもって右精算残金支払請求権の放棄の効力が生じるものではない。
そうすると、甲事件原告らの主張するように被告富士見会が練馬区に返還すべき清算金がなお存するとしても、練馬区はそれについて精算残金支払請求権を有するものであるから、練馬区には何ら損害は生じていないものというべきであり、その余の点について判断するまでもなく、甲事件原告らの被告岩波に対する請求及び被告富士見会に対する請求はいずれも理由がないことになる。
二乙事件請求についての判断
1 争点1(第三回監査請求の適法性)について
第三回監査請求は、第二回監査請求と同一の怠る事実を対象とするものであるところ、第二回監査請求についてすでに却下の判断がされているとの理由により却下されているが、そのような理由によって監査請求を却下するためには、先にされた監査請求が実質的にも不適法なものであって、その監査請求の対象について監査委員が実質的な判断をしなかったことが正当なものといえることが必要である。
そこで、地方自治法二四二条二項所定の期間を徒過して請求されたことを理由に第二回監査請求を却下した判断について検討するに、第二回監査請求において乙事件原告らは、本件委託契約に基づく委託料執行額には架空の支出又は委託事務の処理とは無関係な支出が含まれているから被告富士見会と練馬区との間には本件委託契約に基づく清算未了金があると主張し、被告岩波及び同本田に対して練馬区が被った右清算未了金相当額の損害を填補させる措置を求めるとともに、被告区長及び同収入役に対し、右清算未了金の清算、徴収又は清算未了金に係る財産の管理を怠る事実を改める措置を求めるものである。そうすると、右監査請求の対象とされている怠る事実とは、すでに終了した第三次清算手続における清算事務等の懈怠をいうものではなく、練馬区が被告富士見会に対して有するとされる精算残金に係る債権を、被告岩波及び被告本田が右監査請求の時点において行使しないことを指すものとみることができる。概算払と清算手続とはこれらが相まって支出を構成するものではあるが、清算については、客観的に未清算の部分が残っているときはこれが終了したとされたからといってその部分に係る権利義務が消滅するものでないことは前記のとおりであり、精算残金があるのであれば、その請求権は、これを行使することができる状態で存続しているものであるから、練馬区において、更に清算を求めないことは、この精算残金の請求権の行使すなわち債権である財産の管理を怠っている状態であると解し得る。そして、そのような怠る事実に係る監査請求については地方自治法二四二条二項は適用されないと解すべきであるから、当該請求権が行使されない間は右怠る事実に係る監査請求はいつでもできるものと解すべきである。したがって、第二回監査請求を地方自治法二四二条二項所定の請求期間を徒過してされた不適法なものであるとして却下した練馬区監査委員らの判断は、右請求期間の判断を誤ったものといわざるを得ない。そして、そのような却下の判断を正当なものとして、すでに第二回監査請求について却下がされていることを理由として第三回監査請求を却下した判断もまた、実質的に適法な監査請求を誤って却下したものであるというべきである。したがって、第三回監査請求を経て提起された乙事件請求に係る訴えは、地方自治法二四二条の二第一項に反しない。
なお、被告区長らは、第二回及び第三回監査請求と第一回監査請求とは、練馬区が被告富士見会に対して架空の支出又は委託事務の処理とは無関係な支出とされる部分に係る精算残金支払請求権を有することを前提とするか、それとも練馬区は右請求権をすでに失っており右請求権相当の損害を被ったということを前提とするかという点で法的構成を異にするだけで、いずれも本件委託契約に基づく委託料に係る清算のうち架空の支出又は委託事務の処理とは無関係な支出に係る部分の違法という同一の事実について是正措置を求めるものであるから、第二回及び第三回監査請求は実質的には第一回監査請求と同一の対象について重ねて措置請求をしたものにすぎず、不適法なものであると主張する。しかしながら、第一回監査請求が第一次ないし第三次清算手続において清算事務等の違法な懈怠を対象とするのに対して、第二回及び第三回監査請求は、右各監査請求時点において被告区長らが練馬区が被告富士見会に対して有している精算残金支払請求権の行使を違法に怠っていることを対象とし、その是正を求めるものであるから、措置請求の対象となる事実は右のとおり異なるのであって、この点に関する被告区長らの主張は失当である。
2 被告富士見会に対する請求について
乙事件原告らは、被告富士見会に対し、地方自治法二四二条の二第一項四号所定の怠る事実の相手方に対する請求として、本件委託契約に基づく精算残金として練馬区に本件費用相当額である五三八万八〇一一円を支払うこと及び右支払債務に係る遅延損害金として平成元年六月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払うことを求める。このような請求は本件委託契約の履行を求めるものということができるが、地方自治法二四二条の二第一項四号に定める住民が地方公共団体に代位して怠る事実の相手方に対して行うことのできる請求とは、法律関係不存在確認の請求、損害賠償の請求、不当利得返還請求、原状回復請求及び妨害排除の請求の五つであって、乙事件原告らの被告富士見会に対する請求のような契約上の請求権の履行請求は、地方自治法上、住民が怠る事実の相手方に対して地方公共団体に代位して行使することのできないものとされている。これは、地方公共団体が有する契約上の請求権が行使されないことの違法は、地方自治法二四二条の二第一項三号所定の怠る事実の違法確認の請求により、当該執行機関又は職員に対して契約上の請求権の行使を促すことによって是正すべきであるとの法の趣旨によるものである。
もっとも、当該執行機関又は職員がそのような契約上の債権の履行請求権を行使しない間発生する精算残金についての遅延損害金の請求は、損害賠償の請求として、同条の類型には含まれる。
しかし、被告富士見会が原告らの主張するような清算をしない結果発生する精算残金についての遅延損害金は、練馬区がそのような精算残金元本の支払請求権を行使しないことによって発生するものではなく、相手方がその請求権に応じた支払をしないことによって発生するものであるから、例えその請求権を行使しないことが違法であるとしても、遅延損害金の発生は、そのような請求権の不行使と因果関係を有するものではない。そうすると、そのような遅延損害金の請求は、同条第一項四号の訴えにおける請求としては理由のないことが明らかである。
しかしながら、この遅延損害金の請求について、当該執行機関又は職員が当該遅延損害金債権そのものの行使を怠っていることをも違法であると主張しその怠る事実の相手方である被告富士見会に対し、その損害賠償債権の履行を代位請求しているものであるとすれば、この請求は直ちに理由がないことにはならないところ、原告らは乙事件においてはそのような請求をも行っているものと解する余地がある。したがって、この点については次項において検討する。
以上によれば、原告らの被告富士見会に対する五三八万八〇一一円の精算残金支払請求は、地方自治法二四二条の二第一項四号所定の請求としては行うことのできない不適法なものであり、右精算残金支払債務に係る平成元年六月一日から支払済みまでの遅延損害金の支払請求は次項において検討する分を除く外はその理由がないことが明らかであるというべきである。
3 被告区長らに対する請求及び被告富士見会に対する遅延損害金の賠償請求について
乙事件の訴状の請求の趣旨の記載においては、乙事件原告らの被告区長らに対する各請求は、いずれも本件費用に係わる返納金の徴収や調定、督促等を怠る事実の違法確認請求とされている。しかしながら、地方自治法二四二条の二第一項三号所定の怠る事実とは、現時点において存することを要するものであるところ、過去の清算手続について精算残金があるのにこれを看過し十分な調定や徴収、督促を行わなかったことの違法をいうとすれば、それは過去の事実の違法の確認を求めるにすぎないものであることになるから、乙事件原告らの被告区長らに対する各請求が右のようなものであるとすれば、それらは訴えの利益を欠くものであるといわざるを得ない。しかしながら、その主張によれば、乙事件原告らは清算が未了であるとする金額について、練馬区には本件委託契約に基づく精算残金支払請求権があるとし、その請求権が未だ行使されていないことが違法であることの確認を求めることにより、その行使を促すことを意図するものと解される。そうであるとすれば、乙事件原告らの被告区長らに対する各請求は、結局、本件委託契約に基づく精算残金支払請求権という債権が行使されないことの違法の確認、即ち債権である財産の管理を怠る事実の違法確認を求めるものであるというべきである。
もっとも、被告区長に対し、被告富士見会が原告ら主張に係る精算残金を支払わない間の遅延損害金の支払請求等の行使を怠る事実の違法確認をいう点は、前記のとおり原告らが被告富士見会に対しその遅延損害金の練馬区への支払を直接求めている以上訴えの利益を欠くものであって不適法であるというべきである。
被告区長は、地方自治法二八三条、二四〇条二項及び同法施行令一七一条一項により、練馬区の債権について履行期に履行しない者があるときは期限を指定し履行の督促をする法律上の権限を有し、かつその義務を負うものであるから、乙事件原告ら主張に係る本件委託契約に基づく債権の管理について、地方自治法二四二条の二第一項三号所定の当該執行機関に当たるものというべきである。
そして、右の債権の管理については、練馬区会計事務規則又は練馬区事案決定規程によって他の練馬区の職員に権限の委任又は専決がされておらず、他の練馬区の職員は債権の管理について何ら権限を有しないから、被告福祉部長、被告高齢者福祉課長及び被告収入役に対する乙事件原告らの請求に係る訴えは、定型に合致しないものとして不適法なものというべきである。
そこで、以下、被告区長に対する請求及び被告富士見会に対する精算残金支払債務に係る平成元年六月一日から支払済みまでの遅延損害金の支払請求につき、被告区長が行使を怠るような債権が存在するか否か(争点2)を検討する。
4(一) アルバイト職員の賃金三三六万八四九八円について
(1) 原告らは古沢正克及び小山真由美が本件委託事務に従事していなかったことを証するものとして、原告ら訴訟代理人作成に係る古沢及び小山の本件ホームに係る事務に携わったことがないとの供述記載のある電話聴取書(甲第三一及び三二号証)を提出する。
そこで、検討するに、甲第三一及び三二号証は、そもそも原告ら訴訟代理人が、突然古沢及び小山の自宅にそれぞれ電話をかけてインタービューをしたものの録音の反訳であって、このようにいきなり電話で四年前のことを尋ねられて記憶喚起がどれ程できるかは相当に疑問であって、それ自体証明力はそれ程高いものといえないうえ、乙第八三号証の各一及び乙第八四号証の一及び二並びに弁論の全趣旨によれば、小山は昭和六三年七月から九月にかけて本件委託事務以外にも被告富士見会が経営する保育園や、診療所でもアルバイト職員として勤務し、右勤務について別途賃金の支払を受けていたことが認められるところ、甲第三二号証では同人が右の診療所における勤務のみについて供述しているのではないかと疑われる聴取内容となっているのである。甲第三一号証の古沢についての聴取内容も、それ自体聴取者の誘導的な質問に応じたに過ぎないとみられるものが多く、明確な記憶に基づく供述を聴取していないことが窺われるものであり、同人の勤務内容についての供述も客の接待をしていたなどと、仮にその供述どおり被告富士見会の病院に勤務していたとしても不自然なことを述べているのである。このようにこれらの聴取内容は、それ自体に不自然なところや不合理な点が多く、同人らは本件委託事務に従事していた旨の証人梅田親可及び同赤沼嘉子の各証言並びに証人梅田親可の証言により真正に成立したものと認められる乙第三四号証に照らし採用することができない。また、証人渡辺猛や証人森明子らは古沢や小山には会ったことがない旨証言しているが、証人森明子が本件委託事務に従事したのは昭和六三年一一月からであって、小山や古沢が本件委託事務に携わっていたとされる時期には未だ被告富士見会に採用されていなかったものであるから、同証言は同人らが本件委託事務に係わったことがないかどうかの認定に資するものでなく、証人渡辺猛は本件委託事務を担当していたとはいえ練馬区の職員であって被告富士見会に常時勤務していたわけではないから、わずか二、三か月間だけアルバイトで勤務していた小山や古沢と会わなかったからといって、そのことが小山や古沢が本件委託事務に従事していなかったことを認める支えになるものでもない。そして右の他に、古沢正克及び小山真由美が本件委託事務に従事していなかったという乙事件原告らの主張を認めるに足りる証拠はないのである。
乙事件原告らは、田中環、伊藤順子及び野崎知恵が本件委託事務に係わったとされる平成元年二月から三月頃には、被告富士見会の本部において処理すべき本件委託事務はほとんどなかったから、これらの者は本件委託事務に従事しなかった旨を主張し、これに沿う証人森明子の証言及び被告富士見会本部において田中環らに会ったことがない旨の証人渡辺猛の証言がある。そこで、検討するに、古沢らの場合と同様、証人渡辺猛が田中環らに会ったことがないからといって、同人らが本件委託事務に従事していなかったことを認めることができることになるものではない。また、証人赤沼嘉子は被告富士見会に委託料が概算払された昭和六三年一二月以降は、それまで借入金として処理していた委託事務に係る費用を清算する等、処理すべき経理事務が増えたこと及び平成元年二月から三月頃、被告富士見会の本部において田中環、伊藤順子は伝票の整理等を、野崎知恵はコピー取りなどの雑務を担当していたことを証言しており、右証言及び前掲乙第三四号証並びに弁論の全趣旨により真正に成立したものとみとめられる乙第二号証の二〇ないし二四に照らし、証人森明子の前記証言は信用できない。そして、他に、田中環、伊藤順子及び野崎知恵が本件委託事務に携わっていなかったと認めるに足りる証拠はない。
なお、乙事件原告らは賃金台帳(乙第一号証の一ないし一五)と給料支払明細書の控え(乙第二号証の各一)との間には賃金支払時期の記載について齟齬があるから、これらは後から作成されたものである旨主張する。しかしながら、乙第二号証の各一には賃金の支払を受けた者の受領印がそれぞれ押捺されていることからしても、これらが賃金支払時に相手方に交付された給料支払明細書の写しであると認めることができる。また、賃金台帳と給料支払明細書との間で誰に何年何月分の賃金としていくら支払ったかの記載の齟齬はなく、給料支払明細書の控えには実際の賃金支払時点が記載されておらず、他方、賃金台帳には賃金支払時点の記載があるため、賃金がまとめて後払いされたような場合に一見して両者に齟齬があるように見えるにすぎないから、結局、両者の記載には齟齬はなく、他にこれらの記載の正確性に疑いをもたせるような事情もない。したがって、これらが架空に計上した支出を実際に支払ったようにみせかけるために後から作成されたものであるということはできない。
また、原告らは歌川由美子は被告富士見会の診療所に勤務し、小河原弘司は被告富士見会に運転手として勤務していたものであって、いずれも本件委託事務に従事したことはないと主張し、これに沿う証人森明子の証言も存するが、右証言は、歌川は本件委託事務に従事したパート事務員であり被告富士見会の診療所に勤務したのは本件委託事務が終了した後の平成元年四月からであった旨の証人梅田親可の証言及び小河原は本件委託事務のために運転手として勤務していた旨の証人赤沼嘉子の証言に照らし、信用することができない。なお、乙事件原告らは本件委託事務には車の運転を要するようなものはなかったと主張するが、小河原が本件委託事務に従事していたとされる昭和六三年一一月から一二月にかけては、証人渡辺猛の証言によれば、本件委託事務は練馬区石神井庁舎の準備室においても行われていたことが認められ、被告富士見会本部と右準備室とを車で移動するなど本件委託事務の処理のために車を使うことがなかったとはいえない。他に、乙事件原告らの主張を認めるに足りる証拠はない。
そうすると、古沢正克、小山真由美、田中環、伊藤順子、野崎知恵、歌川由美子及び小河原弘司に支払われたとされる賃金を、架空の支出もしくは委託料に当たらない支出であると認めることはできない。
(2) 乙事件原告らは、内山勉及び田中恭子は、本件委託事務に従事していない旨主張するが、これらの者が本件委託事務に従事したことがないことを窺わせる証拠はなく、かえって、証人梅田親可、同赤沼嘉子及び同森明子の各証言、前掲乙第三四号証及び乙第二号証の二五及び二六、四一ないし四三によれば、内山勉及び田中恭子が本件ホームの職員採用試験の筆記試験問題の作成、採点及び合否の判定を行ったこと、筆記試験問題の作成から合否の判定までの一連の作業につき一人あたり五万円の手当てを支払ったこと、本件ホームの職員採用試験の筆記試験は少なくとも四回は行われたことが認められる。
また、乙事件原告らは赤沼嘉子、芝山典子、青木健一及び梅田親可が本件委託事務に従事したこともなかった旨主張するが、右主張を認めるに足りる証拠はなく、かえって、証人赤沼嘉子の証言及び乙第二号証の二七ないし二九及び四〇によれば、被告富士見会の経理事務を担当する職員である赤沼、芝山及び青木は、練馬区が委託料が概算払され本件委託事務の費用等に関して処理すべき経理事務が多くなってきた昭和六三年一二月以降、本件委託事務の経理処理に従事していたことが、証人梅田親可の証言によれば、梅田が被告富士見会の事務長として本件委託事務のためのアルバイト職員の採用、職員採用に係る業務全般、関係官庁との打合せ等に従事していたことがそれぞれ認められる。
そうすると、内山勉、田中恭子、赤沼嘉子、芝山典子、青木健一及び梅田親可に対して支払われたとされる賃金を、架空の支出もしくは委託事務とは無関係な支出であると認めることはできない。
(3) 乙事件原告らは、村石和裕、河崎富士夫、高田真理子、菅野順子及び山口和子らに対して支払われた賃金につきその額は水増しされている疑いがある旨主張する。しかしながら、乙事件原告らが指摘する、乙第一号証の一七に山口和子の賃金が計上されていないという不備は、弁論の全趣旨によれば、右支給・控除一覧表は平成元年二月二一日に作成されたのに同人に対する賃金はその後に支払われたことによるものであり、また、河崎富士夫の賃金は時給七〇〇円で算定されているのに九一時間の労働に対して七万円が支払われているという矛盾についても、日給七〇〇〇円で一〇日間(実働九一時間)勤務したのを被告富士見会において誤って時給七〇〇円と主張したことによるものであることが窺われるから、これらの事情をもって賃金額の水増しを推認させるようなものとはいえず、他に被告富士見会が賃金の額を水増ししたことを推認させるような事実もない。右五名のうち山口和子を除く者が本件委託事務に従事していたことは乙事件原告らも認めるところであり、弁論の全趣旨から真正に成立したものと認められる支給・控除一覧表(乙第一号証の一六及び一七)には被告富士見会が主張するのと同額の賃金の記載がされていること、右賃金は時給六〇〇円から八〇〇円で算定されており特に高額な賃金を計上しているものではないこと等からしても、被告富士見会がこれらの者に対して支払われた賃金の額を水増しして計上したと認めることはできない。
(二) 職員採用経費一一四万五七七〇円について
別表「職員採用経費のうち採用問題作成等の分」に記載された採用試験問題作成等費用九四万九三〇〇円のうち日曜出勤謝礼及び交通費として計上された金額には練馬区職員が本件ホームの職員採用試験を補助した際に謝礼として支払われた一八万円が含まれていることは被告富士見会も自ら認めるところであり、乙事件原告らは右謝礼は地方公務員法三八条一項に違反した支出であるから委託料に当たらないと主張する。しかしながら、同項は地方公務員が遵守すべき規範として定められた内部規律に関する規定であって、地方公務員がこれに違反した場合にはその地方公務員が懲戒処分を受けるなどのことはあるとしても、これによって直ちに右地方公務員に対する謝礼の交付が無駄であることになるものではないし、その謝礼が事務の処理のために不必要な費用であることになるものでもない。したがって、被告富士見会が練馬区の職員に休日に委託事務の処理の補助を受けたことについて謝礼を支払ったことは、地方公務員法三八条一項の趣旨に照らし望ましくないことではあっても、それによって右謝礼の支払が無駄であるとか、これが不必要であったとかということにはならないから、これを委託者に費用として請求することができなくなるものではなく、乙事件原告らの主張は失当というべきである。
また、乙事件原告らは同表に日曜出勤謝礼及び交通費として記載された職員採用経費のうち、右の職員採用試験に試験官等として立ち会った被告富士見会又はその関係団体の職員に支払われたものは、試験問題作成に携わった内山勉らに支払われた(一)のアルバイト職員の賃金と重複して計上されたものである旨主張するが、証人梅田親可の証言及び前掲乙第三四号証によれば、これらの手当ては試験当日の立会いに対するものであるのに対し、試験問題作成に携わった者に支払われた(一)のアルバイト職員の賃金は、試験問題の作成、採点及び合否の判定の作業に対して支払われたものであって、対象とする作業が異なるから重複して計上されたものとはいえず、乙事件原告らの右主張は失当というべきである。
なお、乙事件原告らは、同表に平成元年五月分実施予定の日曜出勤謝礼及び交通費の未払金として計上された二七万円については、本件委託契約上、委託料は平成元年三月末日までに支出されたものに限られるべきであり、また、平成元年五月には採用試験は行われなかったから、右未払金は委託料に当たらないと主張する。しかしながら、委託事務が委託契約に定められた期間を過ぎて行われた場合、履行遅滞となることはあっても、委託事務の処理のために必要な経費は委託料に当たると解すべきである。また、乙事件原告らは平成元年五月には職員採用試験は行われなかったと主張するがこれに沿う証拠はない。したがって、右の主張は採用することができない。
職員採用経費のうち別表「職員採用経費のうち会議費分」に記載された一三万四一五〇円は被告富士見会の職員や練馬区の職員の飲食費であることは被告富士見会も認めるところである。本件委託契約上、いかなる費用が委託事務に必要な経費として予定されているかは、契約の文言から一義的に明確なものとはいえないから、その範囲は社会通念に従って確定するよりほかない。そして、委託事務を処理するために行われた会合等において飲食物を供することも、それが過度に高額なものであったり、あるいは頻繁に繰り返されたりするのでなければ、社会通念上相当の範囲内の行為として経費として認めることができるものと解される。そして、右会議費は右の相当の範囲を超えるものとまではいえないから、飲食費であることをもって、これを委託料から支出するのが不相当であるとはいえない。
(三) 車両維持管理費及び車両整備等経費五〇万一六三三円について
乙事件原告らは、昭和六三年頃、本件ホームは車両を保有していなかったことなどを理由に、右金額は架空の支出又は本件委託事務の処理以外の目的で使用された車両に係る支出を計上したものであると主張するが、既に判示したとおり、昭和六三年一一月以降は、練馬区石神井庁舎と被告富士見会本部との往復その他の移動に被告富士見会の車両を使用していた事情が窺われること及び乙第九号証の各一並びに乙第一一号証の各一などから右車両維持管理費及び車両整備等経費の内訳、ガソリン代等の支払先などが明確になっていることからすれば、右金額が架空の支出又は本件委託事務の処理以外の目的で使用された車両に係る支出を計上したものであるとは到底認められない。なお、乙事件原告らは本件ホームが後に所有するに至った車両の調達は、練馬区の所管する事項であるから被告富士見会がその車両登録費用等を支出するはずはない旨主張するが、被告富士見会が練馬区役所宛の車両登録諸費用に係る領収書(乙第三〇号証の一)を保管していたことなどからすれば、被告富士見会が右費用を立て替えたものとみるべきであるから、これを架空の支出と認めることはできない。
(四) 会議費三七万二一一〇円について
右会議費の内訳は別表「その他経費のうち会議費等分」に記載されたとおりであり、被告富士見会の職員や練馬区の職員の飲食費として支出されたものであることは被告富士見会も認めるところである。乙事件原告らは右の(二)の費用と同様、飲食費は委託料に当たらない旨主張するが、飲食費であるからといって直ちに委託料に当たらないとはいえないことは既に判示したとおりである。そして、右会議費についても過度に高額な飲食費であったり、頻繁に飲食が繰り返されて社会通念上相当の範囲を超えるものであるとまではいえないから、会議費であることをもって、これを委託料から支出するのが不相当であるとはいえない。
(五) 以上のとおり、乙事件原告らの主張に係る練馬区に被告富士見会に対する本件委託契約に基づく精算残金支払請求権を認めることはできないから、乙事件原告らの被告区長に対する請求(遅延損害金に係るものを除く。)及び被告富士見会に対する前記の遅延損害金の請求はいずれも理由がないものである。
三結論
以上の次第で、甲事件原告らの被告本田に対する訴え、乙事件原告らの被告福祉部長、同高齢者福祉課長及び同収入役に対する訴え、乙事件原告らの被告区長が五三八万八〇一一円に対する平成元年六月一日から同額の金員を被告富士見会が練馬区へ支払うまでの間の年五分の割合による金員の徴収及び調定を怠っていることが違法であることの確認を求める訴え並びに乙事件原告らが被告富士見会に対し練馬区へ五三八万八〇一一円を支払うことを求める訴えをいずれも却下することとし、甲事件原告らの被告岩波及び同富士見会に対する請求並びに乙事件原告らの被告区長に対する右訴えを除くその余の訴えに係る請求及び被告富士見会に対する右訴えを除くその余の訴えに係る請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官中込秀樹 裁判官武田美和子 裁判官榮春彦は転官のため署名押印できない。裁判長裁判官中込秀樹)
別表<省略>