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東京地方裁判所 平成2年(ワ)6866号 判決 1991年6月27日

原告 国

代理人 梅津和宏 丹下浩 ほか二名

被告 野水英夫

主文

1  株式会社昭英製作所が被告に対してした別紙弁済目録記載の合計二四七三万八七一〇円の各弁済は、いずれもこれを取り消す。

2  被告は、原告に対し、二四七三万八七一〇円及びこれに対する平成二年六月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  この判決は、第2項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文第1ないし第3項と同旨並びに第2項につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、東京都大田区西糀谷三丁目八番一五号株式会社昭英製作所(以下「訴外会社」という。)に対し、別紙租税債権目録記載の租税債権三三六五万七六六〇円(以下「本件租税債権」という。)を有している。

2(一)  訴外会社は、昭和六二年六月一五日、その所有に係る工場及びその敷地である川崎市川崎区鋼管通五丁目五八番所在の土地、建物を小牧運輸株式会社に二億九八五〇万円で譲渡(以下「本件譲渡」という。)し、その後間もなく同年七月三一日臨時株主総会の決議により解散した。

(二)  訴外会社の代表取締役であった被告は、右解散と同時に訴外会社の代表清算人に選任され、訴外会社の整理に当たり、別紙弁済目録記載のとおり同社が被告に対し負っていたとする借入金及未払金として計一九〇三万八七一〇円、その役員報酬分として計五七〇万円の合計二四七三万八七一〇円の各支払い(以下「本件各弁済」という。)をした。

3  訴外会社における本件譲渡のなされた当時及びその後の資産・負債の状況は、別表のとおりであり、本件各弁済当時、本件譲渡の日の属する事業年度末である昭和六二年一二月三一日に発生する二五八〇万九三〇〇円の法人税課税の基礎となる法律関係並びに右譲渡当時発生していたその他債務の合計からすると二〇〇〇万円余の債務超過の状態にあった。

4  訴外会社(その代表清算人である被告)は、本件各弁済当時、本件租税債権が発生することないしはこれが発生したことを了知しながら、本件各弁済をすれば、同租税債権の弁済に不足することを認識して、被告と通謀のうえ被告に対し右各弁済をしたものである。

5  よって、原告は、国税通則法四二条、民法四二四条の規定により、本件各弁済の各取消し及び本件各弁済により被告が取得した合計二四七三万八七一〇円及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である平成二年六月一五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1を認める。

2  請求原因2(一)、(二)を認める。

3  請求原因3のうち、別表記載の数値は概ねこれを認め、その余を否認する。

4  請求原因4を否認する。

訴外会社の代表者であった被告は、本件譲渡に先立ち、同譲渡に伴う税金について、顧問税理士に問い合せたところ、その当時国会に提出されている法案(第一〇九回臨時国会に提出された「所得税法等の一部を改正する法律案」(以下「本件法案」という。))が可決されるので、同譲渡について課税されないとのことであった。

すなわち、本件法案は、租税特別措置法第六三条所定の短期所有土地の譲渡に対する特別重課制度を、従来、法人がその所有に係る土地を譲渡した場合、当該譲渡をした日の属する年の一月一日まで一〇年間以下の所有期間であったときは、譲渡利益に二〇パーセントの特別課税をしていたものを、右所有期間を五年間に改正しようというものであった。訴外会社が譲渡した土地は、昭和五五年一月二五日に取得したものであり、従来毎年行われる租税法の改正の例に習い、右税理士において、右改正法案も審議していた年の四月一日以降の土地譲渡に適用になるものと思い、右回答がなされたものである。

被告は、右税理士の回答を信じて、本件譲渡及び本件各弁済を含む訴外会社の清算を行ったものであり、本件譲渡について課税の認識はなかった。

ところが、本件法案は、昭和六二年七月三一日に国会に提出され、同年九月一九日に可決成立、同月二五日公布、同年一〇月一日施行となり、適用土地譲渡は、昭和六二年一〇月一日からのものとされ、被告においては、この事実を、昭和六三年四月に至り右税理士の説明を受けるまで、知らなかった。

そこで、被告は、訴外会社及び本件各弁済受領者として、本件譲渡について、課税がなされるべき事実を全く知らず、本件各弁済当時、この租税債権の発生するであろうこと若しくは発生したことを踏まえての訴外会社の債務超過及び原告への支払いに不足する状態の認識はなかった。

5  請求原因5を争う。

三  被告の請求原因に対する認否4の主張に対する原告の主張

1  本件法案は、昭和六二年二月四日、第一〇八回通常国会に提出されたところ、他法案の取り扱いを巡って国会が紛糾したため、審議未了のまま会期末(同年五月二七日)を迎え、廃案となった。そして、本件法案は、同年七月三一日、第一〇九回臨時国会に一部修正(土地重課に関する改正については、同年四月一日からの取引に適用するとされていたのを、同年一〇月一日からの取引に適用する等の修正)されて提出され、被告主張のとおり可決成立、施行となった。

2  右事情は、当時連日のように新聞等で報道され、本件法案が第一〇八回通常国会中に成立する可能性がないことは衆目の一致するところであった。

そして、訴外会社は、昭和六二年五月頃から、本件譲渡を計画し、この譲渡について租税債権が発生するか否かは、その主張のとおり税理士に相談して本件法案の成立に関心をもっていたというのであるから、右法案の成立を見ないまま、右譲渡が実現すれば本件のような租税債権が発生すべきことを十分に認識していたものというべきである。したがって、被告が、右事情を知らなかったとは到底考えられず、また、前記税理士が、被告からの相談に対し、被告主張のような助言をすることはありえない。

3  訴外会社ないし被告において、本件法案が被告主張のとおりに成立するであろうと信じたとすることは認め難いが、万が一、そのように誤信したとして、前記事実経過のもとにおいては、右認識の誤りについては、かく認識しなかったことに重大な過失があるというべきであり、訴外会社ないし被告に債権者を害すべき事実を知っていたと同視すべきものである。

第三証拠<略>

理由

一  請求原因1、同2の(一)、(二)は、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件各弁済が右租税債権者を害する行為であるか否か検討する。

<証拠略>によれば、訴外会社の資産・負債の状況は、別表記載のとおりであったことを認めることができ、この認定を左右するに足る証拠はない。

すると、本件租税債権は、本件譲渡の日の属する訴外会社の事業年度末である昭和六二年一二月三一日に発生したものであるところ、同日当時訴外会社において債務超過の状態にあったというべきであり、別紙弁済目録の15ないし22の各弁済については、右債務超過後になされたものであり、詐害行為というべきである。

また、右目録1ないし14の各弁済については、同各弁済がなされた当時、未だ本件租税債権は発生していないものの、同債権発生の基礎となる土地売買契約は昭和六二年六月一五日に生じており、<証拠略>によれば課税の基準となる土地の引渡しは同年八月二八日になされ、本件譲渡以後、その譲渡利益について減少、変動をきたすべき事由が見込まれていたとの事情もなかったことが認められるので、その当時施行されていた関係租税法令によりその譲渡の日の属する訴外会社の事業年度末には右債権が成立することが高度の蓋然性をもって見込まれる状態に至っていたというべきであるから、右各弁済について、右課税基礎事実の後になされたものとして、右租税債権により詐害行為として取消すことのできる時期的要件を備えているものというべきである。そして、右各弁済当時において、本件租税債権額を計上して訴外会社の資産状態を見ると、債務超過の状態にあり、同各弁済について、やはり詐害行為というべきである。

三  次いで、本件各弁済について、訴外会社と被告の間において通謀して本件租税債権者を害する意思をもってなされたか否か検討する。

1  <証拠略>によれば、次の事実を認めることができ、この認定を左右するに足る証拠はない。

被告は、昭和四四年ころから、訴外会社の代表取締役として金属プレス加工をその事業とする同社を経営してきたところ、昭和六一年度の同社の決算書類において、負債が、従前の負債総額に比して大幅な増加を示したため、主力金融機関とも相談のうえ、同社の解散整理を決意し、従前から同社及び個人について税金面での相談、委任をしていた顧問税理士のもとに赴き、訴外会社の敷地等不動産売却について生ずる税金のことなどを相談した。被告は、右会社敷地の売却先を関係業者に依頼していたが、なかなか買手が見付からなかったところ、昭和六二年六月初め頃、同土地の隣地を使用していた小牧運輸株式会社が買手として見付かり、同年六月一五日、売買代金額二億九八五〇万円、手付金七〇〇〇万円、所有権移転登記は、同年八月二八日残金支払いと引換えにこれを行う旨の売買契約を締結し、同日所有権移転登記手続がなされ、同年七月三一日をもって訴外会社は解散した。

そして、この売買に際し、訴外会社の敷地が、訴外会社所有分と個人所有分から成っていたため、右税理士から、法人分と個人分に右敷地売買契約書を区別して作成するほうが良いとの税務対策上の指導を受け、一旦は右敷地について法人及び個人分を一括して作成した売買契約書を再度右のとおり区別した契約書に作成し直したという経緯があつた。その後も、被告は、右税理士に対し、折りに触れて相談連絡を取っていたところ、昭和六二年九月中ごろ訴外会社の清算整理業務をほとんど終えて、借入金負債は残らなかった。そして、被告は、同年九月中旬以降、訴外会社の業務としてさしたる業務もなく過しており、昭和六三年二月二九日には、昭和六二年八月一日から同年一二月三一日までの事業年度分について、納付すべき法人税額を二五八〇万九三〇〇円と記載した清算事業年度予納申告書が右税理士から蒲田税務署長に提出され、これには清算人としての署名押印もなされていた。

そして、本件譲渡のなされた昭和六二年中における課税関係法令の動向として、法人がその所有に係る土地を譲渡した場合、当該譲渡をした日の属する年の一月一日まで一〇年間以下の所有期間であったときは、その譲渡利益に二〇パーセントの特別課税をする旨定めていた租税特別措置法第六三条所定の短期所有土地の譲渡に対する特別重課制度において、右所有期間についてこれを五年間に改正し、昭和六二年四月一日から取引にこれを適用する旨の内容を含んだ「所得税法等の一部を改正する法律案」(本件法案)が、昭和六二年二月四日、第一〇八回通常国会に提出されたところ、他法案の取り扱いを巡って国会が紛糾したため、同法案は、審議未了のまま会期末(同年五月二七日)を迎え、廃案となり、同年七月三一日、第一〇九回臨時国会に一部修正(土地重課に関する改正については、同年四月一日からとされていたのを、同年一〇月一日からの取引に適用する等の修正)されて提出され、右修正された本件法案は、同年九月一九日に可決成立、同月二五日公布、同年一〇月一日施行となった。このような通常国会における租税関係法令改正の状況については、新聞にも大きく報道されていた。

2  右の事実によれば、被告において、その経営する訴外会社の清算につき、関係債務総額の返済整理について、その原資となる訴外会社不動産の売却から得られる金額は重大な関心事であるから、その処分に伴う課税条件についても顧問税理士を通じて関心を払っていたものであり、本件譲渡に先立つころ、短期所有土地の譲渡に対する特別重課制度が、その所有期間について従来の一〇年から五年に改正され、その改正法の施行が昭和六二年四月一日からとの改正法案が提出され、これがそのとおり改正施行されれば、同年六月以降の右不動産譲渡について非課税で終わるとの話を聞いていたとして、その重大な本件譲渡の話が具体化し、その所有権移転時期等重要な事項について契約を締結するに至る時点において、通常、右顧問税理士に税務面での最終的、また、確定的な指導を仰ぐものというべきであり、右契約締結当時において右法案は可決をみないまま廃案となっていたものであるから、右認定のとおりの新聞報道の状況にも照らすと、被告において右法案の動向は認識了知していたことを認めることができる。そして、このような状況において、昭和六二年六月一五日に契約を締結したことは、当時、被告において、右法案が今後可決されて非課税になるだろうとの専らの予測、認識に立ってこれを行なったというよりは、もはや、右課税関係法令改正の動向とは関係無く、従前の課税状況であっても止む成しとの認識のもと、右契約が締結されたことが強く推認される。これは、右法案が、昭和六二年七月三一日、非課税となる対象取引が昭和六二年四月一日とされていたのを、同年一〇月一日からと修正されて国会に提出され、その動向が税理士との相談指導により明らかであったはずでありながら、当初約定の同年八月二八日に土地引渡しを行い、その引渡期日の変更、右法案の動向観察の行動に出ず、もはや昭和六二年六月一五日における小牧運輸株式会社との売買の実現に向けてことを進めており、税務対策上の配慮がなされ、非課税の予測、前提で本件譲渡がなされていたとはこれを認め難いものである。

すると、被告においては、本件譲渡について、非課税の認識ではなく、課税されることは必至であり、課税される状況になってもやむをえないとの認識のもとで、これを行ったものであり、昭和六二年一二月三一日当時本件租税債権発生を認識し若しくは同年六月一五日当時同債権発生の基礎となる本件譲渡の事実を認識していたことを認めることができ、右各当時本件租税債権額を含めてみれば訴外会社に他に資産はなく、債務超過の状態にあることを認識していたことが認められる。

そして、訴外会社と被告の間の本件各弁済は、債務超過の状態において、被告が代表者をする訴外会社と同社に対する債権者である立場の被告との間で、右租税債権を排除して、その弁済に与ろうとするものであるから、訴外会社の無資力を相互に認識して、本件租税債権の弁済を原告において受けることができなくするものであり、訴外会社と被告の間において通謀して本件租税債権者を害する意思をもってなされたものに当たると認めることができる。

四  以上の次第により、国税通則法四二条、民法四二四条の規定により、本件各弁済の各取消し並びに本件各弁済額合計二四七三万八七一〇円及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である平成二年六月一五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める本訴各請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条、仮執行宣言について、同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小原春夫)

別紙弁済目録

順号

支払区分

支払年月日

支払金額

1

借入金

昭和六二年六月三〇日

一、〇〇〇、〇〇〇円

2

借入金

昭和六二年六月三〇日

五、〇〇〇、〇〇〇円

3

役員報酬

昭和六二年六月三〇日

四五〇、〇〇〇円

4

借入金

昭和六二年七月二〇日

一、〇〇〇、〇〇〇円

5

役員報酬

昭和六二年七月三一日

四五〇、〇〇〇円

6

役員報酬

昭和六二年八月二九日

四五〇、〇〇〇円

7

借入金

昭和六二年九月二五日

五、〇〇〇、〇〇〇円

8

借入金

昭和六二年九月三〇日

一二、二四〇円

9

役員報酬

昭和六二年九月三〇日

四五〇、〇〇〇円

10

未払金

昭和六二年一〇月二日

六、三四二、六一七円

11

役員報酬

昭和六二年一〇月三一日

四五〇、〇〇〇円

12

借入金

昭和六二年一一月二四日

二一〇、四二〇円

13

役員報酬

昭和六二年一一月三〇日

四五〇、〇〇〇円

14

役員報酬

昭和六二年一二月二八日

四五〇、〇〇〇円

15

借入金

昭和六三年一月三〇日

四七三、四三三円

16

役員報酬

昭和六三年一月三〇日

四五〇、〇〇〇円

17

役員報酬

昭和六三年二月二九日

四五〇、〇〇〇円

18

役員報酬

昭和六三年三月三一日

四五〇、〇〇〇円

19

役員報酬

昭和六三年四月三〇日

四五〇、〇〇〇円

20

役員報酬

昭和六三年五月三一日

四五〇、〇〇〇円

21

役員報酬

昭和六三年六月二〇日

二〇〇、〇〇〇円

22

役員報酬

昭和六三年八月三一日

一〇〇、〇〇〇円

合計

二四、七三八、七一〇円

租税債権目録

(平成二年四月三〇日現在)

税目

課税区分

課税年度

納期限

本税

延滞税

法人税

清算予納申告

昭六二・八・一

昭六二・一二・三一

昭六三・二・二九

二五、八〇九、三〇〇円

七、八四八、三六〇円

合計

三三、六五七、六六〇円

(株)昭英製作所の資産・負債の状況表<省略>

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