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東京地方裁判所 平成2年(ワ)670号 判決 1993年3月25日

主文

一  被告は、原告に対し、平成元年九月一日から別紙物件目録(二)記載の土地の明渡済みまで一か月金一万三九八四円の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

理由

一  請求原因1、2の各事実並びに抗弁事実中被告が秋元から本件土地を賃借していたことは、いずれも当事者間に争いがなく、《証拠略》によれば、抗弁事実中その余の事実が認められ、さらに、再抗弁事実は当事者間に争いがない。

二  建物収去土地明渡請求について

1  被告は、右のとおり、本件土地につき秋元との間の本件賃貸借に基づく本件賃借権を有し、右地上に本件建物を所有していたところ、原告が秋元から右土地を買い受けた平成元年九月一日当時、本件賃借権の登記又は本件建物の登記のいずれも具備していなかつたものであるから、進んで、再々抗弁について判断する。

2  まず、事実関係についてみるに、《証拠略》を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)  市五郎は、昭和一〇年から、本件土地の道路の向い側において酒類販売業を営んでいたが、昭和二四年九月一日、本件土地上の木造二階建の旧建物を買い受け、翌二日所有権移転登記を経由し、秋元の母から右土地を賃借して以来、旧建物において引き続き酒類、たばこ及び塩の小売販売業を続け、この間に秋元が母を相続して賃貸人の地位を承継した。そして、昭和四九年四月、有限会社鈴屋フジマキ商店が設立され、市五郎の子である被告がその代表取締役に就任してからは、被告が中心になり、右営業を行つていたが、本件賃貸借の更新に際して、旧建物を鉄筋コンクリート造の店舗兼居宅に建て替えることを計画した。

(二)  そこで、昭和五二年一〇月二六日、市五郎と秋元との間において、改めて、鉄筋コンクリート造建物の所有を目的とする期間三二年の土地賃貸借契約が締結され、本件賃貸借として更新されたが、その際、被告は、秋元に対し承諾料九五万円を支払つて建替え新築をすることの承諾を得た。そして、被告は、旧建物を取り壊した後、昭和五三年六月、三〇〇〇万円余の費用を投じて、一階部分は店舗、二階及び三階部分は居宅、四階部分は塔屋から成る本件建物を新築所有し、同年一二月二日、旧建物につき滅失登記をしたが、本件建物については、右滅失登記手続を委任した司法書士から、被告が所有者として税金等も支払うので登記をしなくとも心配はない旨の助言を受け、これに従い、その登記手続はしなかつた。また、被告は、市五郎の借地権を使用貸借に基づいて借り受け本件建物を建築するもので、市五郎の借地権者としての従前の地位に変更はないことを確認する旨の市五郎及び秋元との連名による確認書を税務署に提出していたが、昭和五八年四月一三日、市五郎の死亡に伴つて本件賃借権を承継し、原告が後記のとおり秋元から本件土地を取得する直前の平成元年当時の賃料は一か月一万三九八四円であつた。

(三)  本件土地は、JR中野駅に近い商業地域にある中野区中野《番地略》の土地(別紙図面のA,G,Hの各部分、以下、同図面の表示に従い、例えば、Aと表示された部分を「A部分」のようにいう。)の一部であり(G部分)、右一筆の土地の北側に隣接する一三〇番六の土地(D,F,K,J,I各部分)とともに秋元の所有であつて、南側の本件土地及びA部分が表通り(大久保通り、別称宮園通り)に、北側のF部分及びK部分が裏通りにそれぞれ面し、南北に通ずる私道によつて左右に画され、被告のほか六名の借地人(A部分は星野千代子、H・I部分は境野伸治ほか、J部分は原口某、D部分は菅原久孝ら、K部分は吉野某、F部分は松井某)がそれぞれ建物を所有して右各土地部分を秋元から賃借していた。しかし、平成元年夏ころ、秋元が、固定資産税の負担増や将来の相続に備えて右二筆の土地を売却することを検討し、他方、不動産の売買、ビルの賃貸等を目的とする原告が、借地人の各建物が現存する状態の右二筆の土地を取得した上、借地人の協力も得て中層ビルを建築し、土地の高度有効利用を図る再開発事業を計画したところから、原告と秋元との間で売買交渉が進められるに至つた。

(四)  原告は、右二筆の土地を借地権の存在を前提に買い受けることとし、所有権価格を、表通りに面している本件土地及びA部分は坪約八〇〇万円、裏通りに面しているF部分及びK部分は坪三〇〇万円、いずれにも面していない中間部分は右坪三〇〇万円より更に低い価格と三段階に評価した上、これらに借地権割合の八割を乗じて代金額を定め、平成元年九月一日、秋元から右二筆の土地を買い受け、同日、所有権移転登記を経由した。そして、原告は、被告を含む借地人らに対し、各借地部分を秋元から買い受け、その賃貸人の地位を引き継いだことを通知する旨並びに前記再開発事業の計画、今後の地代支払方法、測量と境界立会いなどに関する説明会を同月九日に開催するので出席されたい旨の同月一日付書面を送付し(原告が右書面を被告に送付したことは争いがない。)、同月六日ころ、原告社員が直接被告方に赴いて借地権の買取りを求め、同月九日には説明会が開催された。

(五)  ところで、被告は、平成元年五月ころ、本件建物の屋上に小屋を設置する計画を立て、銀行にその建築費用の融資を相談した結果、本件建物に抵当権を設定して融資を受けることになり、同年八月二〇日ころ、その前提として司法書士に本件建物の登記手続を依頼し、同年九月一一日に表示登記がされた。しかし、被告は、前記のとおり、原告から唐突に借地権の買取り交渉を受けて困惑し、同月一四日ころ、来訪した原告担当社員に対し、秋元には同年九月分及び一〇月分の地代(一か月一万三九八四円)を振り込んであるので交渉には応じられない旨申し向けると、右社員は、本件建物が未登記であることを指摘するとともに、交渉に応じなければ地代はもらえない旨応答した。本件建物については、同年九月一八日、被告名義の所有権保存登記がされたが、その後、被告は、秋元から前記賃料を返送され、原告に対し改めてその口頭の提供をし受領を拒否されたため、同年九月分以降、賃料を弁済供託し、同年一二月には、弁護士を通じて原告に対し改めて賃料の受領の催促と話合いを申し入れたものの、交渉の進展がないまま、平成二年一月、原告から本訴を提起された。

(六)  被告は、亡父の当時から四〇年以上にわたつて本件土地で酒類、たばこ及び塩の小売販売業を営み、固定客も多く、年間売上は約一億二〇〇〇万円にのぼり、免許を要する業種であるため、他の場所に移転して営業を継続することも事実上相当な困難を伴うばかりでなく、借地権付の本件建物の評価額は平成二年五月時点において一億八〇〇〇万円(建物価格二六五〇万円、借地権価格一億五三五〇万円)であり、その建築の際に銀行から借り入れた二〇〇〇万円のローンの支払がなお約八一〇万円残存している。こうしたところから、本訴係属後の和解期日においては、被告の本件賃借権と原告が建築予定の建物の一部との等価交換案等が検討されたが、合意に達しなかつたところ、原告の代表者古田信行は、H・I部分の地上建物の共有者から共有特分の譲渡を受けた上、平成四年八月、他の共有者を相手に共有物分割の訴えを提起し、また、原告は、同年七月、D部分の借地人を相手に期間満了を理由として建物収去土地明渡の訴えを提起し、これらが係属中である。

3  そこで、右認定事実に基づいて検討する。

(一)  原告は、不動産の売買、ビルの賃貸等を目的とする業者であり、被告ら七名の借地人が現存する状態で本件土地を含む二筆の土地を取得してその高度有効利用を図る再開発事業を計画したものであつて、いずれも借地権が存在することを前提とした価格で右土地を買い受けたことは明らかである。そして、原告は、右土地取得の日と同一日付の書面により、被告に対し、秋元から賃貸人の地位を引き継いだ旨通知し、間髪を入れずに、新地主としての立場で被告と本件賃借権の買取り交渉をし、右取得の日から二週間後には、本件建物が未登記であることを指摘するとともに、交渉に応じなければ賃料を受領できない旨申し向けているのである。こうしたことからすれば、原告は、被告が主張するように、本件土地の取得当初から、本件賃借権の登記又は本件建物の登記がいずれも具備していないことを認識していたのではないかと推測する余地もないではないが、前記認定事実並びに《証拠略》に照らすと、そのように断定することは困難であり、また、原告が被告に対して本件賃借権の対抗要件の不備を主張する権利を放棄して右賃借権を承認したとまでいうこともできない。したがつて、再々抗弁1は採用することができない。

(二)  しかしながら、原告は、本件土地上の本件建物を含め、借地人所有の建物が存在することを前提にして借地権付評価額で当該借地を買い受けるや、直ちに被告に対し本件賃借権の買取り交渉を行い、しかも未登記であることを指摘して性急に強圧的な態度で臨んでいるのであり、本件賃借権の対抗要件の欠缺についてはそれなりの理由を有する被告をいたずらに困惑させるものといわなければならない。すなわち、旧建物については被告の亡父が登記を具備しており、秋元との間で本件賃貸借を更新したが、被告は、秋元の承諾を得て旧建物を取り壊し、本件建物を新築した際、旧建物の滅失登記手続を依頼した司法書士の助言に従つて本件建物を未登記のままにしたという事情があるばかりでなく、原告が本件土地を取得する直前ころに、融資を受ける必要上、本件建物の登記手続を司法書士に委任していたのであつて、その登記も、原告の右土地取得の日からわずか一七日(表示登記は一〇日)遅れたにすぎないのである。また、原告が、前記再開発事業計画を実現するため、被告その他の借地人に対して訴訟の提起等により本件土地の明渡を求める事情も分からないものではないが、そもそも、被告を含む借地人の任意の協力を得られるとの見通しの下に、事前に借地人との交渉を経ることなく、独自に樹立した事業計画にすぎず、借地人の任意の協力を得られない限り、一方的に実現すべき筋合のものではない。原告において本件土地の建物収去土地明渡を受けることは、単に本件土地の使用収益を可能にするにとどまらず、表通りに面して原告の事業計画上最も重要な一画を占める本件土地を足掛かりにし、これに隣接する他の借地人の借地部分との一体的利用により、原告に大きな利益をもたらす蓋然性が高く、本訴の提起も、こうした自己の経済的利益を収めることを主眼としていると考えられるが、たまたま本件賃借権の対抗要件が欠如していることに便乗していることも明らかである。他方、被告としては、亡父の当時から長年にわたり本件土地で酒類、たばこ及び塩の小売販売業を営んでおり、生活の本拠でもあつて、他の場所に移転することにより営業上及び生活上の多大な損失を余儀なくされることも自明のことであり、本訴係属後における原告との和解交渉を含め、原告の協力要請に対し、著しく不誠実な対応に終始したとかの特段の事情は窺えない。そして、前記認定のその他の諸事情を総合勘案すると、原告の本訴請求は、結局のところ、借地権付評価額で土地を取得した原告が、被告の多大な損失を意に介せず、本件賃借権の対抗要件の欠缺を奇貨として、自己の利益を収めることを主な目的とする請求にほかならず、権利の濫用として許されないものというべきである。原告は、裁判所が任意に定める金額を被告に提供する用意があるので引換給付の判決を求める旨主張するが、本件のような事案においてかかる引換給付を命ずべき実定法上の根拠は見い出し難く、右金員の提供があつたとしても、権利濫用に関する右判断を左右するものでもないから、右主張は採用の限りではない。したがつて、再々抗弁2は理由がある。

3  そうすると、原告の本訴請求中、被告に対し、本件建物を収去して本件土地の明渡を求める部分は理由がないから棄却を免れない。

三  金員支払請求について

1  対抗力を具備しない土地賃借権者に対し建物収去土地明渡を求めることが権利の濫用に当たる場合においても、特段の事情のない限り、その土地占有が権原に基づく適法な占有となるものでないことはもとより、その土地占有の違法性が阻却されるものでもないから、土地所有権の取得者が、右賃借権者に対し、土地占有を理由とする賃料相当損害金の請求をすることは許されるものというべきである(最高裁昭和四三年九月三日第三小法廷判決・民集二二巻九号一七六七頁参照)。本件において、右の特段の事情を窺わせるような証拠はないところ、原告は、本件土地を取得した平成元年九月一日当時の相当賃料額は一か月一四万円である旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、前記認定事実によると、右相当賃料額は一か月一万三九八四円と認めるのが相当である。

2  そうすると、原告の本訴請求中、金員支払請求部分は、被告に対し、平成元年九月一日から本件土地の明渡済みまで一か月一万三九八四円の支払を求める限度において理由があり、これを認容すべきであるが、その余は失当として棄却を免れない。

四  よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条ただし書、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 篠原勝美)

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