大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成2年(ワ)6133号 判決 1991年6月27日

原告 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 橋本勇

同 登坂真人

被告 甲野一郎

<ほか二名>

右訴訟代理人弁護士 萬場友章

同 牧野茂

同 竹内厚

同 田中秀一

主文

1  原告の被告らに対する本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

一  原告の被告らに対する本訴請求は、

1  訴外甲野太郎(以下「訴外亡太郎」という。)は、別紙物件目録一記載の不動産(以下「本件不動産一」という。)を所有していたところ、昭和四九年九月頃、妻である原告に対して、本件不動産一を贈与した。

2  ところが、訴外亡太郎は、平成元年一二月二六日に死亡し、原告、原告・訴外亡太郎間の子である被告甲野一郎及び同甲野二郎並びに訴外亡太郎が認知した非嫡出子である被告乙山春子は、訴外亡太郎の財産に属した一切の権利義務を相続によって承継した。

として、被告らに対して、本件不動産一のうちの別紙物件目録一の2記載の建物(以下「本件建物」という。本件建物は、未だ訴外亡太郎の所有名義のままとなっている。)について、右贈与を原因とする所有権移転登記手続を求めるものであって、その請求原因事実は、訴外亡太郎が本件不動産を原告に贈与したという事実を除いて、当事者間に争いがない。

二  ところが、《証拠省略》によれば、次のような事実を認めることができる。

1  訴外亡太郎は、平成元年三月八日、公正証書によって、次のとおりの内容の遺言(以下「本件遺言」という。)をした。

(一)  本件不動産一は、原告及び被告らに法定相続分により相続させる。

ただし、訴外亡太郎の相続開始時において、訴外亡太郎と原告とが離婚していた場合には、原告には本件不動産一を相続させない。

(二)  別紙物件目録二記載の不動産(以下「本件不動産二」という。)は、訴外亡太郎が生活費その他の必要のために売却処分したものであって、訴外亡太郎の死亡後、何人も一切異議を申し立てないものとする。

各相続人は、異議なきことを証するため、その旨の書面を遺言執行者に提出して、右(一)の遺言の実行を受けるものとする。

相続人がこれに異議を申し立て紛争を起こすことがあった場合には、右(一)の遺言は失効するものとする。

(三)  前項によって右(一)の遺言が失効した場合には、本件不動産一は、原告、被告甲野一郎及び甲野二郎にそれぞれ法定相続分の二分の一あて相続させ、残余の二分の一は被告乙山春子に相続させ、二分の一は訴外乙山松子に遺贈する。

ただし、訴外亡太郎の相続開始時において、訴外亡太郎と原告とが離婚していた場合には、原告には本件不動産一を相続させない。

(四)  日章旗一点、栗原信画伯の水彩画全部、翡翠の硯及び筆各一点は、訴外乙山松子に遺贈する。

その他の有価証券、預金等残余一切の財産は、その二分の一を被告乙山春子に相続させ、二分の一を訴外乙山松子に遺贈する。

(五)  本件遺言の遺言執行者に弁護士戸田謙を指定する。

遺言執行者の報酬は、遺産総額の一パーセントとする。

2  そして、弁護士戸田謙は、平成元年一二月二六日に訴外亡太郎が死亡してその相続が開始した後、本件遺言の遺言執行者への就職を承諾し、相続財産の管理を始めた。

ところが、原告、被告甲野一郎及び甲野二郎は、平成二年、弁護士戸田謙の遺言執行者からの解任を求めて、東京家庭裁判所八王子支部に審判の申立てを行なうなどし、その過程において、本件遺言の(二)にいわゆる本件不動産二の売買契約に異議なきことを証する書面として、「本件不動産二の売買契約につき、売買に関する税金が売買代金の中から支払われるとの理解のもと、右契約自体に異議を述べないことを確認する」との文案を弁護士戸田謙に示して、右のような内容の書面を提出したい旨を申し入れた。

しかし、弁護士戸田謙は、右のような内容の書面では受領できないとし、そのまま現在に至っている。

三  以上のような事実関係の下において、原告の本件訴えの適否について検討するに、遺言の執行について遺言執行者が指定され又は選任された場合においては、遺言執行者は、当該遺言の具体的内容と趣旨に従って遺言を実現すべき職責を負い、当該遺言にかかる財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する(民法一〇一二条)一方で、相続人は、遺言執行者の右権限と抵触する限度において財産の処分権限を失い、当該財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない(同法一〇一三条)。

したがって、遺言執行者は、その資格において、自己の名をもって、他人のために、当該財産につき遺言の実現を妨げている相続人又は第三者に対して遺言を執行するために必要な訴えを提起し、あるいは、遺言の執行を求める訴えにおいて被告として応訴することができるほか、遺言の執行が完了するに至るまでの間は、当該遺言にかかる財産の権利帰属その他遺言の執行の前提となる法律関係に関する訴訟において、その資格において、自己の名をもって、他人のために、当訴訟の当事者となるものと解するのが相当である。そして、この場合においては、もっぱら遺言執行者のみが当事者適格を有し、相続人はその適格を有しないものというべきである。これに反して、遺言執行者が遺言の執行を完了した後においては、遺言執行者はもはや当該財産に関してはなんらの権利義務も有せず、専ら実体上の権利義務の帰属主体によって当該財産に関する争訟が追行されるべきことはいうまでもない。

これを本件についてみるに、本件遺言は、本件不動産一に関しては相続分の指定を伴う遺産分割方法の指定あるいは特定遺贈をする一方で、その具体的内容を訴外亡太郎の相続開始時における同訴外人と原告との離婚あるいは本件不動産二の売買契約に関しての相続人の異議の有無にかからせ、右異議の有無については名相続人が提出する書面によってこれを確認させたうえで、遺言執行者に遺言の内容を確定してこれを執行することを求めるものである。したがって、ここでの遺言執行者の職務は、右遺言を合理的に解釈することによって、遺言の具体的内容を確定したうえ、それに従って本件不動産一につき各権利者のためにその者との共同申請によって所有権移転登記手続を行なうことであり、これによって初めて遺言の執行は完了するものというべきである。

ところが、本件遺言の執行の現状は、前記認定のとおりであって、未だその執行が継続中であることが明らかであり、そうである以上、本件遺言の執行の前提となる本件不動産一の所有権の帰属にかかる本件訴訟においては、専ら遺言執行者のみが被告適格を有するものというべきであって、相続人を被告とする本件訴訟は、不適法なものというほかない。

四  したがって、原告の被告らに対する本件訴えは却下することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村上敬一)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例