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東京地方裁判所 平成2年(ワ)5532号 判決 1991年11月21日

原告 山田武

右訴訟代理人弁護士 木村武夫

被告 田村隆道

被告 松本康男

右訴訟代理人弁護士 二瓶修

主文

一  被告田村隆道は、原告に対し、金九七八万九四〇四円及びこれに対する平成元年八月一九日から支払済みまで年三割の割合による金員を支払え。

二  被告松本康男は、原告に対し、金一〇万円及びこれに対する平成二年六月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告松本康男に対するその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、原告と被告田村隆道との間においては、原告に生じた費用の二分の一を被告田村隆道の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告松本康男との間においては全部原告の負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一項同旨

2  被告松本康男は、原告に対し、金九八八万九四〇四円及びこれに対する平成元年六月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、被告らの負担とする。

4  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告田村隆道)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は、原告の負担とする。

(被告松本康男)

1 原告の被告松本康男(以下「被告松本」という。)に対する請求を棄却する。

2 訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(被告田村隆道に対する主位的請求原因)

1 原告と被告田村隆道(以下「被告田村」という。)及び中嶋只之との間で、平成元年六月一八日、次のとおり金銭消費賃借契約を締結し、原告は、被告田村及び中嶋に対し、同月一七日金四〇〇万円、同月一八日金五五五万円を交付した。

貸主 原告

連帯借主 被告田村及び中嶋

元本 金一〇〇〇万円

弁済期 平成元年八月一八日限り元利金支払

利息 年四五パーセント

損害金 年三〇パーセント

天引利息 金四五万円

2 被告田村及び中嶋は、右借入金を返済しない。被告田村及び中嶋が受領した金九五五万円を元本として利息制限法第一条第一項所定の制限利率により弁済期まで六一日間の金額を計算すると金二三万九四〇四円となり、天引金額四五万円から右金二三万九四〇四円を差し引いた超過利息分は、金二一万〇五九六円であり、これを元本金一〇〇〇万円に充当すると、残元本は、金九七八万九四〇四円となる。

3 よって、原告は、被告田村に対し、右貸付金残元本金九七八万九四〇四円及びこれに対する弁済期の翌日である平成元年八月一九日から支払済みまで年三割の約定遅延損害金の支払を求める。

(被告田村に対する予備的請求原因)

1 平成元年六月一八日、原告と中嶋との間で、次のとおり金銭消費賃借契約を締結し、原告は、中嶋に対し、同月一七日金四〇〇万円、同月一八日金五五五万円を交付した。

貸主 原告

借主 中嶋

元本 金一〇〇〇万円

弁済期 平成元年八月一八日限り元利金支払

利息 年四五パーセント

損害金 年三〇パーセント

天引利息 金四五万円

2 被告田村は、同年六月一八日、原告に対し、中嶋の右借入債務につき、連帯保証を約諾した。

3 中嶋は、右借入金を返済しない。中嶋が受領した金九五五万円も元本として利息制限法第一条第一項所定の制限利率により弁済期まで六一日間の金額を計算すると金二三万九四〇四円となり、天引金額四五万から右金二三万九四〇四円を差し引いた超過利息分は、金二一万〇五九六円であり、これを元本金一〇〇〇万円に充当すると、残元本は、金九七八万九四〇四円となる。

4 よって、原告は、被告田村に対し、連帯保証人として、右貸付金残元本金九七八万九四〇四円及びこれに対する弁済期の翌日である平成元年八月一九日から支払済みまで年三割の約定遅延損害金を支払うことを求める。

(被告松本に対する請求原因)

1 平成元年六月一七日、原告と被告田村との間で、被告田村所有の別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)につき、左記の内容の根抵当権設定契約を締結し、同日、右両名は、司法書士である被告松本に対し、それぞれその旨の登記申請手続を委任し、右登記手続に必要な右根抵当権設定契約証書、原告と被告田村の各登記委任状及び被告田村の印鑑登録証明書を交付したが、被告田村が本件建物の所有権に関する登記済権利証を所持していなかったので、原告及び被告田村は、被告松本に保証書の作成を依頼し、保証書により登記申請手続を行うことを委任した。

登記の目的 根抵当権設定

原因 平成元年六月一七日設定

極度額 金一〇〇〇万円

債権の範囲 金銭消費賃借取引

債務者 中嶋

債権者 原告

2 原告は、同日、被告松本に対し、右登記申請手数料及び費用として、金一〇万円を預託した。

3 被告松本は、原告に対し、平成元年六月一九日の月曜日に登記申請をすることを約束しながら、被告田村から登記申請の中止の申入れがあったとして、原告が了承しないのに、かつ、被告松本の過失により、受任した保証書の作成を中止し、かつ、登記申請を行うことを中止した。

4 被告松本が登記申請をしないうちに、同年六月二七日、被告田村は、本件建物をその母田村由子に贈与して所有権移転登記を了してしまったため、被告松本は、原告から依頼された登記申請を行うことが不可能となった。

5 本件根抵当権の設定は、原告の中嶋に対する前記金銭消費賃借契約に基づく貸金債権の担保であり、その根抵当権設定登記を原告が被告松本に依頼すると同時に、原告は、被告松本の面前で、中嶋と金銭消費貸借契約、被告田村と連帯保証契約を締結して中嶋及び被告田村に貸付金の一部金四〇〇万円を交付しており、したがって、被告松本は、原告が中嶋に金一〇〇〇万円を貸し付けることを知っていたものである。

6 仮に、前記3の事実が認められないとしても、被告松本は、右5の事実を眼前にしたのであるから、保証書による登記申請の依頼を受けてこれを受任する司法書士としては、「保証書の作成には被告田村の協力が不可欠であるので、被告田村が翻意すれば根抵当権の設定登記が不可能であること、したがって、そのような危険を覚悟の上で登記申請を受任するものであること」を登記権利者である原告に説明すべき義務を怠り、右の説明を一切せず、「平成元年六月一九日の月曜日には登記申請をする」といって原告を安心させて受任した。原告は、被告松本から右の説明を受けておれば、金銭消費貸借契約を締結しないでその貸付金残元金の回収不能の事態を招くこともなかった。

7 被告田村は、本件建物以外には見るべき資産がなく、無資力であり、同年六月二七日以降今日まで支払不能の状態にある。

8 原告は、被告松本の前記の債務不履行により、その貸付金残元金九七八万九四〇四円の回収をすることができず、その結果、原告は、これと同額の損害を被った。

9 よって、原告は、被告松本に対し、準委任契約の債務不履行による損害賠償金九七八万九四〇四円と前記預託金一〇万円との合計金九八八円九四〇四円及びこれに対する履行不能の日である平成元年六月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告田村)

主位的請求原因事実は、すべて否認する。

(被告松本)

1 被告松本に対する請求原因1及び2の各事実は、認める。

2 同3のうち、被告田村から登記申請の中止の申入れがあったことは認め、その余は、否認する。被告田村は、平成元年六月二〇日朝母由子とともに被告松本の事務所を訪れ、右の中止及び被告松本に対する登記申請手続の委任の撤回の申入れをしたものであり、被告松本は、直ちに原告に電話をして、当事者同士でよく話し合って解決するように提案し、原告もこれを了承した。

3 同4の事実は、認める。ただし、被告松本がこの事実を知ったのは、平成元年六月二九日本件建物の登記簿の閲覧をしたときが初めてであり、それまで、被告松本は、被告田村の岩下智和弁護士から同月二一日に被告田村に根抵当権設定登記の意思がないのでその登記申請を中止するようにとの厳重な申入れを受け、前記のように原告と被告田村との話合いによる解決を期待するほかがなかったものである。

4 同5は、否認する。

5 同6は、否認し、又は争う。

6 同7は、知らない。

7 同8は、否認する。

三  被告松本の抗弁

原告及び被告田村から平成元年六月一七日保証書による本件根抵当権設定登記の申請を委任された被告松本は、原告及び被告田村と話し合い、(1)その登記申請に必要な二通の保証書のうち、一通については被告松本が保証人となって作成する保証書とし、もう一通は被告松本の斡旋により被告松本の知り合いの市川忠利に保証人になってもらって作成するものとし、(2)右の市川が被告田村が現に登記申請人として行動しようとしている者として登記簿上登記義務者たるべき者と同一人であることを確認するため同月一九日の月曜日に被告松本の事務所において市川と被告松本とが面会することとし、したがって、(3)被告田村が同日被告松本の事務所に来ることとすることを打ち合わせたものである。しかるに、被告田村は、右の月曜日に被告松本の事務所に来ず、翌二〇日に母由子とともに被告松本の事務所を訪れ、本件根抵当権設定の登記申請の中止と被告松本への登記申請手続の委任の撤回とを申し入れたものであり、このことにより、結局、市川による保証書の作成は不能となり、また、市川であれその余の保証人適格のある者であれ、被告田村が再び登記申請意思を示さない限り、前記の確認をする手続が成り立ちようがないところ、被告田村においては、被告田村が結局同月二七日その母由子に本件建物を贈与してその所有権移転登記をするまでの間に、かえって弁護士岩下智和に依頼し、同弁護士が同月二一日被告松本に対し書面で被告田村に登記申請の意思がないので登記手続の申請を中止するように申し入れる等、再び本件根抵当権設定の登記申請意思を示すことが全くなかったのであるから、もう一通の保証書の作成は、右の所有権移転登記の申請直前までに結局全く不能に帰したものである。

したがって、保証書による登記申請手続ができなかったことについては、被告松本の責めに帰すべき事由がなかったものというべきである。

なお、被告松本は、同月二〇日朝に被告田村から前記の登記申請の中止と登記手続委任の撤回とを申し入れられた直後被告田村に原告に電話をさせ、また被告松本自身も原告とその電話で話をして、当事者同士でよく話し合って解決するように提案し、原告もこれを了承した。

四  被告松本の抗弁に対する認否

被告松本の抗弁事実を否認し、又は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  被告田村に対する請求について

1  原告は、主位的請求原因事実として、原告と連帯借主としての被告田村及び中嶋とが元本金一〇〇〇万円の金銭消費貸借契約を締結した旨を主張し、原告本人尋問の結果中にはこれに副うかに見える供述部分があるが、右の供述部分は、《証拠省略》に照らし、採用しだかく、他に原告の右主張事実を認めるに足りる証拠は、存しない。

かえって、これらの各甲号証によれば、予備的請求原因1から3までの事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右の認定事実によれば、被告田村は、原告に対し、連帯保証人として、貸付金残元本金九七八万九四〇四円及びこれに対する弁済期の翌日である平成元年八月一九日から支払済みまで年三割の約定遅延損害金を支払うべき義務があるものというべきである。

二  被告松本に対する請求について

1  被告松本に対する請求原因1(原告と被告田村との間の本件根抵当権設定契約の締結、被告松本と原告及び被告田村との間の本件根抵当権設定登記の申請手続の委任、特に保証書の作成とこれによる登記申請を行うことの委任の契約の締結)及び同2(原告からの被告松本への登記費用等に充てるための金一〇万円の預託)の各事実は、いずれも、原告と被告松本との間で争いがない。

2  更に、被告松本に対する請求原因3のうち被告田村から被告松本に対し登記申請の中止の申し入れがあったこと及び同4(被告松本が登記申請をしない前の平成元年六月二七日に被告田村が本件建物をその母田村由子に贈与して所有権移転登記を了したため、被告松本が原告から委任された登記申請を行うことが不可能となったこと)の各事実も当事者間に争いがない。

3  ところで、原告は、被告松本が原告から委任された登記申請を行うことができなくなったのは、被告松本が原告の了承なしに受任した保証書の作成を中止したことによるものであり、また、仮にその保証書の作成を中止せざるを得なかったとしても、保証書の作成とこれによる登記申請を受任した司法書士としては、委任者である原告に対し、「保証書の作成には被告田村の協力が不可欠であり、被告田村が翻意すれば本件根抵当権の設定登記の申請をすることが不可能となる等」の旨を説明すべき義務がその受任義務に含まれるのに、被告松本はかかる説明を全く行わず、被告松本にはその受任義務の債務不履行があるものと主張し、これに対し、被告松本は、被告田村が登記申請の中止及び登記申請手続の委任の撤回を被告松本に申し入れ、保証書の作成に協力しなかったことにより被告松本が受任した登記申請を行うことができなくなったのであるから、被告松本には受任した登記申請をすることができなかったことにつきその責めに帰すべき事由がない旨主張するので、これらの点について、以下検討する。

前記1の当事者間に争いのがない事実に、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(一)  被告松本は、原告及び被告田村から平成元年六月一七日本件建物の所有権に関する登記済権利証以外の必要書類を添えて本件根抵当権設定登記の申請手続を委任されたが、被告田村が右の登記済権利証を紛失して所持していないというので、保証書による登記申請を行うことに話が進んだ。

(二)  原告は、昭和四六年ころから貸金業をしており、その職業柄、保証書による登記申請の手続を承知していたので、被告田村が登記済権利証を紛失した旨を述べたとき、「権利証がないと、保証書でやるんだよ」と被告田村に話し、被告田村とともに、被告松本に保証書の作成とこれによる登記申請とを依頼した。

(三)  被告松本は、右の依頼を承諾し、その登記申請に必要な二通の保証書のうち、一通については自らが保証人となって作成し、もう一通は被告松本が斡旋して日頃いつも依頼している市川忠利に保証人になってもらって作成することとする旨、その保証書の作成についての段取りをたて、原告及び被告田村に対し、平成元年六月一九日の月曜日に登記申請をする予定である旨を述べるとともに、被告田村に対し、市川と面会して市川に被告田村を確認させるために、その月曜日午前に被告松本の事務所に来るように指示した。

(四)  ところが、被告田村は、同日朝由子及び弟とともに被告松本の事務所を訪れるや、突然、本件根抵当権設定の登記申請の中止及び被告松本への登記手続の委任の撤回を申入れをした。被告田村のこの態度では、保証書の作成につき必要な登記義務者たる被告田村の協力が見込まれないので、被告松本は、作業を中止し、被告田村に、被告松本の事務所から直ちに原告に電話をさせ、被告松本自身も電話に出て、原告に対しても、登記権利者と登記義務者の当事者同士でよく話し合って解決するように提案し、原告もこれを了承した。

(五)  被告田村の翻意は、原告との右の電話による会話にもかかわらず、変わらなかったばかりか、被告田村は、自ら委任した岩下智和弁護士の作成名義の書面を同月二一日被告松本に提示したが、この書面には、被告松本あてに、被告田村に根抵当権設定登記の意思がないのでその登記申請を中止するようにとの厳重な申入れが記載されており、被告松本は、保証書の作成に必要な被告田村の協力を得る見通しが立たなかった。

(六)  そして、被告松本が登記申請に不可欠な保証書の作成に至らない前の平成元年六月二七日に被告田村が本件建物について同年五月三〇日贈与を原因としてその母由子への所有権移転登記を了してしまった。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

右の認定事実に基づいて考えると、一般に、保証人が不動産登記法第四四条の保証をするとは、単に登記申請の名義人が登記簿上の権利名義人と形式的に符合するというだけでなく、現に案件となっている登記申請をなす登記義務者と登記簿上の権利名義人とが事実上同一人であることを確知し保証することをいうものと解されるところ、本件の場合、登記義務者である被告田村が本件根抵当権設定の登記申請をなす意思を有する状態において保証人適格者が被告田村に面会して被告田村が現に登記申請人として行動しようとしている者として登記簿上の権利名義人と同一人であることを確認する手続が履践される必要があり、したがって、被告田村がこの手続履践に必要な協力をしなければ、被告松本が原告及び被告田村から受任した保証書なかんづく被告松本以外の保証人適格者が作成すべき二通目の保証書の作成を完了することができなかったものであるが、被告田村が前記認定のとおり平成元年六月一九日本件根抵当権設定の登記申請の意思を翻意した以降右の協力を終始全くしなかったのであるから、被告松本が右保証書の作成を中止したことは、原告がそれを了承したか否かにかかわらず、被告松本の過失によるものでもなければ、そこに被告松本の責めに帰すべき事由があるものともいえない。

また、一般に、登記義務者の登記簿上の権利に関する登記済権利証がないのにかかわらず登記権利者が保証書による登記申請の方法を知らないで司法書士に登記申請手続を依頼している場合においては、司法書士は、その依頼にかかる事務を受任しようとするときは、その登記権利者に対し、保証書による登記申請を委任しようとしているのかどうかを確認するとともに、保証書の作成の手続とそのために登記義務者の協力が必要になることとを説明することがその義務の公正かつ誠実な遂行上求められるといえようが、そもそも登記権利者が保証書による登記申請の方法を知り、その方法による登記申請手続を依頼している場合には、司法書士としては、保証書の作成につき必要な登記義務者の協力がないときには登記申請が不可能となる危険性があることまでを説明してその登記申請の原因となっている実体的な取引行為の安全性を再確認させる義務をその受任義務の一部として負担するものではないと解するのが相当である。けだし、そのような実体的な取引行為の安全性は、その取引行為の当事者が司法書士に登記手続の申請を依頼する前に確認すべきことであるのみならず、保証書の作成を含め保証書による登記申請の方法で登記申請手続を依頼すること自体の中には、そもそも、登記義務者の保証書作成に必要な協力の絶対の確保を司法書士が受任することまでをも司法書士に依頼することをその内容に含むものではないからである。

これを本件について見ると、原告は、前記認定のとおり、長年貸金業に携わり、保証書による登記申請の方法を知っており、かつ、被告松本に対し、その保証書の方法により本件根抵当権設定の登記申請手続をすることを依頼したのであるから、被告松本がかかる原告に対し、その依頼を受任するに際し、登記義務者である被告田村が保証書の作成に必要な協力をしないときは登記申請が不可能になる等の説明をするべき義務を負担したものということはできない。

そうしてみると、被告松本がそのような説明をしないまま原告及び被告田村からの依頼を受任したとしても、これが被告松本の受任義務の債務不履行を構成するものとは到底いうことができない。

しかして、被告松本が原告及び田村から受任した保証書の作成及びこれによる登記申請を平成元年六月一九日午前中以降中止し、その後に被告田村が本件建物についてその母由子のために同月二七日に所有権移転登記を了したことにより右受任事務の履行が結局不可能となったことは前記認定のとおりであるが、前記(一)から(六)までに認定の各事実によれば、その履行不能は、専ら、被告田村が本件根抵当権設定の登記申請をする意思を翻意して保証書の作成に必要な協力をしなかったことによるものであったというべきであり、したがって、その履行不能については、被告松本の責めに帰すべき事由がなかったものというべきである。

4  右1から3までの認定判断によれば、被告松本は、その受任事務が履行不能となったので、原告から登記費用等名下に受け取った前記預託金一〇万円を原告に引き渡し、及び右金員に対する本件訴状送達の日の翌日である平成二年六月一四日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による金員を原告に支払う義務があることになるが、他面において、被告松本の責めに帰すべき受任義務の債務不履行があったことを前提として被告松本に対し損害賠償金九七八万九四〇四円の支払を求める原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当といわなければならない。

三  結論

以上の次第で、原告の被告田村に対する請求は、理由があるから、これを認容し、原告の被告松本に対する請求は、前判示の預託金とその遅延損害金の支払を求める限度内で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条及び第九二条ただし書を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 雛形要松)

<以下省略>

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