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東京地方裁判所 平成2年(ワ)4985号 判決 1996年9月27日

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金六六一九万六九七〇円及びこれに対する平成元年八月一八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告は、被告会社に対し、金一六二七万五四一〇円及びこれに対する平成二年八月二三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求及び被告会社のその余の反訴請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は本訴反訴を通じこれを三分し、その一を原告の、その二を被告らの負担とする。

五  この判決は、主文第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

一  本訴請求

被告らは、原告に対し、各自金一億〇〇五〇万円及びこれに対する平成元年八月一八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  反訴請求

原告は被告会社に対し、金五〇一〇万三四四〇円及びこれに対する平成二年一月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本訴事件は、次のような損害賠償を請求する事案である。すなわち、原告は、訴外中国上海市対外貿易総公司(以下「中国側」という)との間でアルミニウムのエッチング化成箔の製造プラント(以下「本件プラント」という)を中国において建設する旨の契約(以下「本件プラント契約」という)を締結し、これを履行するため、被告宮崎及び被告会社との間で、被告宮崎又は被告会社が原告に対し、本件プラント建設の技術面全般にわたってノウハウの提供及び技術指導等を行う旨の同内容の準委任契約(以下「本件契約」という)を順次締結したが、被告らの提供したノウハウ等が本件契約で要求される技術水準に達していなかったために本件プラントの建設が挫折し、その結果、被告らに対して支払ったノウハウ料等相当の損害を被ったと主張して、被告らに対し、右損害の賠償を請求する。

反訴事件は、被告会社が、原告に対し、本件契約に基づくノウハウの提供等を履行したと主張して、未払のノウハウ料等を請求する事案である。

一  争いのない事実等(認定事実には証拠を示す)

1 原告は、電気部品、各種機械等の輸出入及び販売並びに電気部品の製造等を主たる業務とする株式会社である。被告会社は、電触化成機械プラント設備の設計等を主たる業務とする有限会社である。被告宮崎は、立命館大学理工学部電気工学科を卒業後、アルミ電解コンデンサの大手メーカーである日本コンデンサ株式会社(現商号ニチコン株式会社)に長年勤務してアルミエッチング箔及び化成箔の生産技術の研究に従事し、同社工場長等を勤めた後、昭和五四年に退職した技術者である。

2 本件で問題となっているアルミニウムのエッチング化成の工程は、概略以下のとおりである。

(一) エッチング工程

アルミニウム原箔を仕掛機、巻取機等の機械を使用して各種の機械や槽に順次流動させ、調合された電解溶液(塩酸、硫酸等の薬品にアルミニウムを一定の割合で溶解させた液)や電流の作用によって原箔を腐食させることにより、原箔の表面積を拡大した後、洗浄し、乾燥させる工程である。この工程により生産される箔をエッチング箔という。

(二) 化成工程

右のエッチング工程により生産されたエッチング箔を被膜する工程である。この工程により生産される箔を化成箔という(以下、エッチング箔及び化成箔を総称して「エッチング化成箔」という)。

このようにして生産されたエッチング化成箔は、電気製品に不可欠な小型コンデンサ(蓄電器)の主たる材料となり、電気製品にとってきわめて重要なものである。このようなコンデンサの性能はエッチングによって拡大された原箔の表面積(以下「容量」という)に依存するところ、一定の容量を持つエッチング箔を生産するためには、原箔の純度、電解溶液を調合する際の薬品の濃度及び組み合わせ、電流、温度及び箔を流動させる速度等の諸条件の設定とその組み合わせを適切に行うことが重要であり、十分なノウハウを持つ専門家の指導及び助言が不可欠である。

3 原告は、昭和五九年六月一一日、中国側との間で、以下の内容の本件プラント契約を締結した。

(一) 中国側は、原告から、代金一〇億〇一二四万一三〇〇円で本件プラントを買い受ける。

(二) 原告は、本件プラントに必要な設備、部品、技術及び材料を提供し、工場設計、配置、据付、試運転、正常作業、保守等などの技術資料と図面を提供する。

(三) 原告は、技術者を派遣し、本件プラントの施工から据付、試運転、試生産、検収までの技術指導を行う。

(四) 本件プラントは、<1>陽極・陰極兼用の低圧エッチング設備及び化成設備、<2>陽極用の中圧エッチング設備及び化成設備、<3>陽極用の高圧エッチング設備及び化成設備の三設備により構成される。陽極用設備は、小型コンデンサの陽極用に使用される陽極箔を生産するもの、陰極用設備は、同じく陰極用に使用される陰極箔を生産するものである。

(五) 本件プラントでは、陽極用には純度九九・九九パーセント以上の厚さ六〇ミクロンから一〇〇ミクロン、幅五〇〇ミリのアルミ箔を、陰極用には純度九九・九パーセント以上の厚さ四〇ミクロンから五〇ミクロン、幅五〇〇ミリのアルミ箔を使用するものとし、以下のとおり一定の質のエッチング化成箔を一定量以上生産する能力(以下「本件技術水準」という)を満たすことを要する。

(1) 低圧エッチング箔については、日本JCC(当時の商号日本蓄電器工業株式会社)の規定する一九八〇年仕様の検収規格品(品名は六五LL六、七〇LL七、九〇LL一〇)のレベルに達する必要があり、これらの箔は一定の容量と強度を満たす必要がある。さらに、低圧エッチング機械設備の生産する六五ミクロンの厚みの箔については月二・五トンというように、一定の生産能力に達する必要がある。

(2) 低圧化成箔及び中圧エッチング化成箔については、日本JCCの規定する一九八〇年仕様の検収規格品のレベルに、高圧エッチング化成箔については日本JEMCOの一九八二年仕様の検収規格品のレベルにそれぞれ達する必要がある。これらのエッチング化成箔についても、それぞれ一定の容量、強度及び生産能力を満たす必要がある。

(六) 本件プラントにおいては、据付の完了後、空試運転(機械の調整のために、電解溶液を用いずに行う運転)、調合運転(電解溶液の調合のために行う運転)、試運転及び検収運転を経て、検収が行われる。これらの試運転において本件技術水準を満たしていない場合、第二回検収日程を定めることとし、右第二回検収においても原告の責任により右水準を達成できない場合、原告はすべての経済的損失を負担する。

4 原告及び被告宮崎は、本件プラント契約に基づき、本件技術水準を満たすプラントを提供するため、昭和五九年一〇月三〇日、以下の内容の準委任契約を締結した。

(一) 被告宮崎は、原告に対し、「技術に関する覚書」に基づき、本件技術水準と同一内容の水準を達成することを合意し、以下の各債務を履行する。

(1) エッチング化成に関する機械設備の設計をし、製作図面(設計図面と同義)を提出する。

(2) 原告が右設計に基づき機械の製造等を発注すべき業者の選定につき、指示、助言する。

(3) 原告が発注して完成した各構成部分や部品が製作図面のとおり完成されているか否かを確認する。

(4) 本件プラントの機械設備の設計図、組立図、配線図、取扱説明図等の各図面及び原材料、薬品等の技術資料等並びにその他の関連資料等の情報を、原告及び中国側に提供する(以下「技術資料の提供」という)。

(5) 原材料である薬品やアルミニウム原箔の純度及び品質を確認する。

(6) 中国側の技術者等に対する生産技術、品質管理、生産管理等の技術指導を行う。

(7) 本件プラントの試運転及び検収について技術指導を行う。

(二) 原告は、被告宮崎に対し、以下のとおり、ノウハウ料及び機械設備の手数料を支払う。

(1) ノウハウ料(技術資料代金を含む)を一億円とする。

内金三〇〇〇万円を契約時に支払う。

内技術資料代金二四〇〇万円を、別途定められた資料の交付スケジュールに従い、六〇〇万円ずつ四回に分割して支払う。

(2) 機械設備の手数料については、機械設備の最終見積を取得後、被告宮崎のパーセンテージを決定の上支払う。ただし、四〇〇〇万円を基準金額とする。

右のうち、基準額金四〇〇〇万円の半分を、機械設備の船積後に支払う。

(3) 右(1)、(2)の残金は、検収、技術指導及び技術教育がすべて完了した後に支払う。

5 昭和六〇年二月一三日被告会社が設立され、その後、原告と被告会社は、同年三月二六日、前記4と同内容の準委任契約を締結した。

6 原告及び被告会社は、昭和六〇年一一月八日、以下の合意をした。

(一) 前記4(二)(2)の機械設備の手数料を四〇〇〇万円とする。

(二) 原告は被告会社に対し、機械設備の加工に関わる経費として、六〇〇万円を支払う。

(三) 原告は被告会社に対し、前記4(二)(1)の技術資料代金二四〇〇万円を昭和六〇年九月より、毎月三〇〇万円ずつ支払う。

7 原告は、本件プラントの建設に必要な機械設備等につき、低圧エッチング機械設備については昭和六一年二月二八日、高圧エッチング機械設備については同年五月三〇日、中圧エッチング機械設備については同年九月一二日にそれぞれ船積みし、中国現地において据付を行った。その結果、これらの機械設備は、昭和六二年一一月初めころ据付を完了し、正常に作動する状態となった。

8 原告は、昭和六二年一一月上旬から、被告宮崎の指導の下、本件プラントの低圧エッチング機械設備の試運転(以下「本件試運転」という)を開始したが、右試運転においては、その開始当初から、箔切れやピンホール(アルミ原箔に細かい穴が開く現象)等の問題が続出し、その後も本件技術水準を満たす箔を生産することができないまま時が経過し、結局、本件プラントの検収を行うことができなかった(以下「本件プラントの挫折」という。)

9 中国側は、前記3(六)記載の約定に基づき、昭和六三年五月、原告に対し、機械設備の返品、支払済み代金の返還及び損害賠償を請求し、原告と中国側は、右請求について協議を行った結果、平成元年八月、中国側には、本件プラント契約に基づく機械設備及び備品の残代金一億七一〇八万六二六〇円及び技術・据付費用残金一五〇〇万円を原告に対して支払う義務のないことを確認する旨の和解契約が成立した(甲一七。以下「本件和解契約」という)。

10 原告は、被告宮崎又は被告会社に対し(ただし、その支払先がいずれであるかについては争いがある)次のとおり合計一億〇〇五〇万円を支払った。

(一) 前記4(二)に基づくノウハウ料及び機械設備の手数料合計一億四〇〇〇万円の債務のうち、昭和六二年五月二〇日までに、契約時のノウハウ料三〇〇〇万円、技術資料代金二四〇〇万円、機械設備の手数料二〇〇〇万円の合計七四〇〇万円を支払った。

(二) 原告は、右同日、被告会社に対し、前記4(二)に基づく債務の残金六六〇〇万円につき、昭和六二年五月三一日から毎月二五〇万円を支払う旨約し、これに基づき、被告会社に対し、昭和六三年一月まで七回にわたり合計一七五〇万円を支払った。

(三) 原告は、被告らに対し、前記6(二)に基づく債務金六〇〇万円を支払った。

(四) 原告は、被告会社に対し、被告会社社員沢田義憲が原告の業務を代行した代行費用合計三〇〇万円を支払った(被告らは右支払の事実を明らかに争わない)。

11 原告は、平成元年八月一七日までに、被告らに対し、それぞれ、本件契約により被告らに対して支払った金額相当の損害を被ったとして、その賠償をなすように請求した。

12 被告会社は、反訴請求として、ノウハウ料及び機械設備の手数料の残金四八五〇万円と、原告が別途支払うことを約したと主張する生活経費一六〇万三四四〇円の支払を請求している。

二  争点

1 被告宮崎との間の本件契約が合意解約されたか否か。

(被告らの主張)

被告会社との間で本件契約が成立した際、原告と被告宮崎は、今後は被告会社を契約の主体とする旨合意し、被告宮崎と締結していた本件契約を合意解約したものである。

(原告の主張)

原告は、被告宮崎個人の技術を重視して被告宮崎との間で本件契約を締結したものであり、被告会社との契約締結は、被告宮崎が税務対策上必要として要求したからにすぎず、被告宮崎と本件契約を合意解約した事実はない。

2 被告らが債務を履行したか否か。

(一) 本件プラントの挫折の原因--ノウハウ提供義務の履行の有無(本件の主たる争点)

(1) 原告の主張の要旨

本件プラントの挫折の原因は、被告らの提供したエッチング化成箔の製造ノウハウが技術的に未熟なものであったために、本件プラントの六台の機械設備のうち、最初に開始した低圧エッチング機械設備の試運転においてすら、本件技術水準に一度も到達せず、検収をすることができなかったことにある。本件プラントの各機械設備については、その据付は遅延したものの、結果的には正常な状態で据付を完了し、また、人的、物的準備やその他の条件設定にも問題はなかった(本件試運転の段階では、被告らはこれらの条件につき不都合を指摘したり、クレームを付けたりしたことはなかった)のであるから、本件プラントの挫折の原因は、あくまでノウハウが未熟であったことにより本件試運転が失敗したことにある。

なお、被告らは、本件プラント契約締結当時から、本件プラントの納期を知っていたものである。

(2) 被告らの主張の要旨

被告会社は、本件契約に基づき、本件技術水準を達成し得るノウハウを提供し、技術指導等を行ったものである。本件プラントの挫折の原因は原告の段取りの拙劣さにあり、本件試運転の失敗も原告ないし中国側の本件プラントに関する物的、人的な準備不足や条件設定等の不備に原因があった。

まず、本件プラントの据付に至る過程で、たびたび設計変更があり、そのたびに設備の船積みが遅延した。また、据付の開始後、原告が調達すべきFRPタンクが原告の設計と異なることが判明し、再製作のため時間を要した。また、原告が調達すべき配管用部品等が不足し、その再調達に時間を要した。これらの原因により、本件プラントの据付が大幅に遅延したものであり、そうした遅延が本件プラントの挫折をもたらしたのである。

なお、被告会社は、原告から本件プラント契約上の納期を知らされていなかった。

(3) 本件試運転の失敗の原因

ア 本件試運転に使用されたアルミ箔の品質等

(被告らの主張)

<1> アルミ箔の調達関係

被告会社は、原告に対し、試運転及び検収用のアルミ箔の規格、性質等について事前に打ち合わせをするよう要求していたが、原告は、被告会社に対し、中国側から七〇トンのアルミ箔の受注を受けているから、その時点で打ち合わせをすると返答したのみで、それ以降、被告会社の打ち合わせ要求に応ぜず、試運転及び検収用のアルミ箔を準備しなかった。そのため、本件プラントの挫折時に至るまで、試運転及び検収用のアルミ箔は到着しておらず、本件プラントでは試運転用のアルミ箔が非常に不足していた。そこで、被告会社は、本件試運転に際して、空試運転に用いた残箔をそのまま使用せざるを得なかった。

<2> アルミ箔の純度

本件試運転に使用された陽極用アルミ箔(以下「本件アルミ箔」という)は、前記争いのない事実等3(五)(1)のとおり、純度九九・九九パーセント以上のものであることが必要であったにもかかわらず、純度九九・九八パーセント以下の不純物の多いものであった。そのため、アルミ箔の溶解速度が速まったため、箔切れ等の問題が起こり、本件試運転が挫折する原因となった。

原告は、右アルミ箔の純度が九九・九九パーセント以上であったと主張し、その証拠として原告が委嘱したアルミ箔の検査結果(甲一八ないし二〇)を提出するが、右各検査結果は、不純物の検査を珪素、鉄、銅に限って行ったものであり、その他の不純物を考慮すれば、アルミ箔の純度は九九・九八パーセント以下になるものであるし、そもそも、本件アルミ箔は右各書証で検査された箔と異なる箔である。

<3> 銅の含有率

また、仮に本件アルミ箔の純度が九九・九九パーセント以上であったとしても、同アルミ箔は、銅の含有割合が〇・〇〇四五パーセントと非常に高いものであった。銅は、微量でも局部電池を創ることにより、アルミ箔の溶解について相当の影響を与えるものであったため、これが異常溶解の原因となったものである。したがって、本件アルミ箔は、エッチングには不適合な箔であった。

<4> アルミ箔の内径及び重量

加えて、本件アルミ箔は巻芯の内径が七五ミリメートルであり、一巻きの重量が一二四キログラムであったものであるが、これは、本件プラントの仕掛機の仕様(内径四〇ミリメートル、三〇キログラム)と齟齬している。原告は、被告会社の申入れを無視して調達したもので、巻き直して対応するといいながら、そのまま放置していた。

(原告の反論)

<1> 原告は、被告らの指示により、東洋アルミニウム株式会社(以下「東洋アルミ」という)から六トンの箔(厚さ六五ミクロン、一〇〇ミクロン)及び九トンの箔(厚さ六五ミクロン、七〇ミクロン、九〇ミクロン)の合計一五トンのアルミニウム原箔(いずれも純度は九九・九九パーセント以上)を調達した。右アルミニウム原箔の内、六トンのものが試運転に使用するものであり、九トンのものは、試運転後の本格運転に使用するものである。

<2> 本件アルミ箔の純度は九九・九九パーセント以上のものであり、銅等の不純物についても、エッチングの妨げとなるものではない。

<3> また、巻芯の内径及び重量については、被告らの指示に基づいて本件アルミ箔を調達した際、内径及び重量についての指示は全くなかったものである。仮に齟齬があるとすれば、被告らはこれについて直ちに原告にクレームを付け、再調達を要請することが可能であったはずである。

イ 薬品の調達

(被告らの主張)

試運転に使用する電解溶液の調合に用いる調合液が不足し、特に硫酸が不足していた。

また、被告会社から原告へ昭和六一年六月四日調達要請したにもかかわらず、エッチング化成に必要な以下の薬品の調達が全くされていなかった。

<1> 化成用薬品

アジピン酸アンモニウム 一五〇〇キログラム

精製ホウ酸 三〇〇〇キログラム

燐酸(七五パーセント) 九〇〇キロリットル

アンモニア水(二八パーセント) 五〇キログラム

<2> エッチング用薬品

リン酸水素二ナトリウム12水 一五〇キログラム

塩化銅2水 一八〇キログラム

燐酸(七五パーセント) 二二五〇リットル

さらに、試運転に使用した薬品について、被告会社はその品質を確認する機会を与えられなかった。

(原告の反論)

塩酸、燐酸等の薬品は、大量の輸出は困難であるため、中国側が調達することとしたものである。被告らは、事前に中国側の用意した薬品のサンプルの交付を受けて確認しており、右薬品につき、原告に対して何らクレームを付けたことはなかった。

また、前記イの各薬品については、完成した商品を生産するためには必要であっても、試運転の段階では不要なものである。

(4) 被告らの主張するその他の問題点

日本側関連業者(主として機械、配管の業者)が未派遣であった。

以下の各項目につき、中国側の協力体制が不備であった。

・水、純水、電気及び蒸気の供給

・エッチング用調合液と処理液の調合、供給と各液の特性検査

・化成液及び処理液の調合、供給と各液特性検査

・電気、機械その他必要に応じた補助作業員の応援協力

・加工作業等の依頼作業の協力

・検査作業の検査員の応援協力

・専任通訳の配置

原告及び中国側は、試運転が箔切れ等により中断した際、被告会社の再三の要請にもかかわらず、原因の究明をしなかったし、被告会社が原因を究明するための機会を与えなかった。

(二) 製作図面提供の有無

(原告の主張)

被告らは、原告に対し、本件プラントの機械設備の製作図面を、その履行期である昭和六〇年五月三一日の経過後も、提供していない。

(被告らの主張)

被告会社は、原告に対し、製作図面を契約上の履行期限までに提出することが不可能であることを説明し、その了承を得た上で、昭和六〇年一一月ころまでに、すべての製作図面を、原告が独自に発注する部品については原告に交付し、それ以外は被告会社が紹介し、原告が発注した業者に直接交付したものである。

3 原告の損害の有無あるいは権利濫用の成否

(被告らの主張)

仮に、前記争いのない事実等3記載のとおり、原告と中国側との本件プラント契約の総価額が一〇億〇一二四万一三〇〇円であり、本件和解契約を経て、原告が現実に中国側から受領した金額が金八億一五一五万五〇四〇円であるとすれば、原告が本件プラント建設のために要した経費は既払額で本件請求分を含めて約三億円にすぎないから、原告は、本件プラント契約により、約五億円の利得を得たことになり、原告に損害が生じたとは認められない。

また、そのような原告の本訴請求は、暴利を追求するものであり、権利の濫用に当たる。

(原告の主張)

原告は、本件プラントの挫折により、本件和解契約の締結を余儀なくされ、投資した人的、物的費用及び本件プラント契約により得べかりし利益の喪失等の損害を被ったものである。本件和解契約は、損害の拡大を食い止めただけにすぎず、原告に利得をもたらしたものではない。

本件契約と本件プラント契約の各契約金額に大差があることについては、原告が機械設備の発注、原材料の購入等本件プラントのために必要な取引をすべて自己の資金によって行うことになっていたためであり、合理的な理由があるものである。

第三  争点に対する判断

一  被告宮崎との本件契約が合意解約されたか否か

被告らは、前記のとおり、原告と被告宮崎は、被告会社の本件契約が成立した際、今後は被告会社を契約の主体とする旨合意して、被告宮崎の本件契約を合意解除したと主張する。

しかしながら、《証拠略》によれば、原告は、被告宮崎の個人的な技術やノウハウに期待して本件契約を締結したこと、被告会社は、被告宮崎の本件契約後に設立された会社であって、その実質は被告宮崎のいわゆる法人成りであり、会社自体の経済的基盤は十分でなかったこと、原告と被告ら間の契約関係は書面が取り交わされる場合が多いにもかかわらず、被告ら主張にかかる合意解除については、何ら書面が作成されておらず、被告会社の本件契約についての契約書にも、同契約により、被告宮崎の本件契約を解除する旨の記載がないことが認められ、以上によれば、被告会社の本件契約は、被告宮崎の税務対策上、被告会社を契約当事者にしようとして締結されたものにすぎず、被告宮崎の本件契約を合意解除する趣旨のものであったとはいえないというべきである。したがって、被告らの右主張は採用できない。

なお、以上によれば、原告と被告らは、同一内容の契約を重畳的に締結したものと認められるが、前記のとおり、被告会社は、実質的に被告宮崎の法人成りであることを考慮すると、原告と被告会社間の契約締結により、被告らは、原告に対し、本件契約上の債務につき、連帯して責任を負うと同時に、被告らの原告に対する債権については、連帯債権とする旨約したものと解される。

二  被告らが債務を履行したか否か

1 本件プラント契約の締結から本件プラントの挫折に至るまでの経緯

前記争いのない事実等、《証拠略》によれば、以下の各事実が認められる。

(一) 原告は、いわゆる商社であって、エッチング化成のプラントを製造し、運転するというノウハウを全く有していなかったが、中国側との本件プラント契約において、中国側が独自に本件技術水準を満たすエッチング化成箔を商品として生産できるよう、本件プラントの機械設備を提供し、技術指導や技術資料の提供等を行うことを約した。そして、これを達成するため、長年にわたりエッチング化成のノウハウの研究に従事してきた技術者である被告宮崎との間で本件契約を締結し、その後、被告会社との間で同内容の本件契約を締結した。

(二) 本件プラント契約において定められた本件技術水準は、本件契約において、「技術に関する覚書」の形で合意されてその契約内容として引き継がれているが、その水準は、本件プラント契約締結の約二年前ないし四年前の仕様の規格品を基準としているものであり、被告宮崎にとって、十分実現が可能な水準であった。

被告宮崎は、本件プラント契約の締結に向けた交渉に数回にわたって立ち会い、機械設備や製造技術等技術面全般にわたる協議に参加しており、本件技術水準は、右のような協議の結果決定されたものである。

(三) 本件契約において、被告らの履行すべき債務は、前記争いのない事実等4(一)のとおり、本件プラントの機械設備の設計に始まり、本件プラントの据付、試運転及び検収についての技術指導を含む本件プラントの完成までのプロセスの全般にわたるものであり、また、原告や中国側の提供する原材料の確認、据付後の機械の作動状況の確認等本件プラントが正常に作動し得る条件を確認することも、右債務の内容となっていた。

(四) 本件プラント契約上の本件プラント建設の日程ないし納期等は、概略以下のとおりであった(甲二の第四章4-1、第八章及び前記技術付録四1-1)。

(1) 信用状開設後一二か月以内に、機械設備を上海港まで運送する。

(2) 右契約締結後、二四か月以内に試生産用材料を上海港まで運送する。

(3) 前記信用状の開設後、三ないし九か月後に技術資料を上海において交付する。

(4) 機械設備が到着し、技術者が派遣されてから八か月以内に据付、調整、教育を完成する。

(5) 据付完了後、空試運転により機械の調整を行う。

(6) その後、試運転を行い、すべての試運転が軌道に乗り、原告及び中国側双方の代表が本件プラントが本件技術水準を満たすことを確認した上、一週間連続して立会試運転を行い、検収を完了する。

(7) 仮に、右試運転が本件技術水準を満たしていない場合、一回目検収の終了後一か月以内に第二回検収を行う。

(8) 第二回の検収に際して、本件プラントが原告の責任により本件技術水準を満たしていない場合、原告はすべての経済的損失を負担する。

被告宮崎は、本件契約締結の際、原告から本件プラント契約上の右期限について説明を受け、これを了解していた(この点につき、被告宮崎は、本件契約の際、本件プラント契約の納期については知らされていなかった旨供述するが、前記のとおり、被告宮崎は本件プラント契約の締結に向けた交渉に立ち会っているのであり、本件プラントの納期がいつであるかは、被告らにとっても、当然重大な関心事と考えられることからすれば、被告宮崎の右供述は信用できない)。

(五) 本件プラントの据付に至る経過は、次のとおりである。

(1) 原告は、本件プラント契約締結以前の昭和五八年に、被告宮崎から、本件プラントの機械設備の製作に必要な部品や機械等についての資料の交付を受け、部品を製造する各メーカーと折衝の上、見積を作成させた。

被告宮崎は、右メーカーの選定を行ったが、ローラーやFRPタンクについては、被告宮崎がメーカーを紹介することができなかったため、原告が独自に他の業者に業者を選定した。また、原告は、被告宮崎の紹介と異なる業者を選定することもあった。右のような場合にも、被告宮崎は原告による右業者の選定につき、異議を述べることはなかった。

(2) 被告宮崎は、本件プラントの機械設備計六台について、その船積み以前に、島根県松江市内の児玉工業株式会社(以下「児玉工業」という)において、機械設備を仮に組み立てる作業を行った。特に、低圧エッチング機及び化成機については、昭和六〇年暮れころから、約二か月をかけて仮組みが行われた。

本件プラントの機械設備については、低圧用が昭和六一年二月二八日、高圧用が同年五月三〇日、中圧用が同年九月一二日それぞれ船積みが完了して中国側に送られた。そして、原告は、昭和六一年一一月一〇日、被告宮崎を含む一七人の技術者を、本件プラントに派遣した。

(3) ところで、原告は、FRPタンクについて、株式会社多摩板金(以下「多摩板金」という)に対し、被告ら作成の設計図面を交付して九台を発注し、その完成後、九台のうち三台を、児玉工業宛に送付した。

ところが、被告らがその際右タンクの仕様について確認しなかったため、中国において低圧エッチング機及び化成機を開梱後、右タンクの仕様が他の機械設備と符合しないことが判明し、原告は、右タンクを再度多摩板金に発注後、昭和六二年六月下旬ころ、再び右タンクを本件プラントに輸送した。

また、被告らの設計が不十分であったために、配管関係の部品を中心に、部品の不足が続出し、原告は、これらの部品を再度調達し、本件プラントに輸送した。

右FRPタンクの仕様違いと部品の不足が、本件プラントの据付が遅延する主な理由となった。

(4) 被告宮崎は、昭和六二年五月一九日、原告に対し、本件プラントの機械設備の据付を低圧用は同年七月末に、中圧用は同年八月末に、高圧用は同年九月末に完了する旨の予定表を提出した。

(5) 中国側は、昭和六二年八月二八日、原告に対し、本件プラントの据付につき、中国側がすべき準備を完了した旨通知し、右据付の完了を要求した。

さらに、中国側は、昭和六二年一〇月二一日、本件プラントの据付完了の納期は、昭和六一年一一月一〇日(前記の技術者派遣のとき)から起算して、八か月後の昭和六二年七月一〇日である旨述べ、据付の早期完了を再び要求した。

(6) 本件プラントの機械設備の据付は、昭和六二年一一月初めころ完了した。

(六) 据付後、本件試運転の失敗までの経過は、次のとおりであった。

(1) 被告宮崎は、昭和六二年一一月九日、城山とともに中国側と試運転開始に向けた打ち合わせを行ったが、その際、エッチング液及び処理液の調合に三日ないし四日、右エッチング液等の検査方法の教育指導に二日及び試運転準備に六日を費やした後、試運転を開始する旨約した。

(2) 被告宮崎は、昭和六二年一一月一一日から同月一五日まで、エッチング液の調合につき技術指導したが、予定された規格を満たすエッチング液は調合できなかった。

(3) ところが、その後、中国側が、昭和六二年一一月一七日、原告及び被告宮崎らとの打ち合わせにおいて、即時検収運転を要求し、運転に必要な蒸気、電気の供給を拒否する等きわめて強硬な態度を採ったため、日本人技術者数名が帰国するに至り、被告宮崎も、これを説得するためという理由で、昭和六二年一一月二五日に帰国した。

被告宮崎を含む技術者らは、昭和六三年一月九日、再び本件プラントに入ったが、被告会社の機械担当者である同社員沢田義憲及び配管担当の技術者である金山某は本件プラントに復帰しなかった。

(4) 被告宮崎は、同月一二日、原告及び中国側に対し、以下の内容の低圧用エッチング機の試運転日程表を提出した。

一月一二日から同月一五日まで 検査員教育期間

同月一七日から同月二〇日まで 新液調合

同月二一日 処理液調合

同月二二日から二五日 調合運転

同月二六日から二月一日 試運転

右日程表のうち、検査員の教育、新液調合及び処理液調合は予定どおり終了した。

(5) 被告宮崎は、同年一月二一日ころから、タンク中の薬品液の中に、アルミニウムを溶かし込んで運転用電解溶液を調合するための調合運転を開始した。しかしながら、右調合運転においては、箔の異常溶解による箔切れ、ピンホール等の問題が連日起こり、被告宮崎は、機械設備の問題が原因ではないかと判断し、城山らに対し、機械設備の調整を指示しながら、調合運転を続けていたが、これらの問題を解決することができなかった。

(6) 被告宮崎は、自身では箔切れやピンホール等の問題を解決できず、その原因も解明できなかったため、ニチコン時代の後輩である伊藤にその解決を依頼した。伊藤は、昭和六三年二月一二日に本件プラントに到着し、箔の溶解状況から機械設備の問題が原因ではないと判断した。同人は、薬品やアルミ原箔の品質等については検証することなく、タンクの中の液面が高すぎるために、アルミ箔に被膜がつき、その結果異常溶解が起こっているとの結論に達し、同月一五日までに、右液面を下げることにより、箔切れ及びピンホールの問題を解決した。

(7) 本件試運転は、昭和六三年二月一六日から同月二五日まで中国の旧正月のため休みとなったが、伊藤は、試運転の再開後、同年二月二六日から同年三月一日まで再び本件プラントに入り、被告宮崎とともに試運転を再開した。

伊藤は、この間行われた試運転によって生産されたエッチング箔の容量を測定したが、その容量は、同年二月一四日に測定されたものに比べて相当な改善を示し、容量の点では本件技術水準を満たす箔も生産されたが、これは、強度が不足し、商品化はできないものであった。

伊藤は、被告宮崎に対し、本件試運転の先行きについて助言を与えた後、同年三月一日帰国したが、帰国の際、仮に自分がこのまま残って作業を継続すれば本件技術水準を満たすプラントを完成できる旨の観測を抱いていた。

(8) 被告宮崎は、伊藤の帰国後、約三週間にわたり、電解溶液の調整作業を続けたが、本件技術水準を満たす電解溶液の調合には成功しなかった。この間、被告宮崎は、城山に指示して薬品の濃度の検査を繰り返し行い、検査結果に従って溶液の調整作業を続けていたが、電解液の調整がうまく行かない理由について、その他の原因を調査することはなかった。

(9) 被告宮崎は、昭和六三年三月二一日、原告及び中国側に対し、昭和六三年三月二三日から四、五日強で電解液の調整を終了し、五日間、準備運転及び試運転を行った後、検収を行うとの内容の第二回検収運転前日程表を提出した。

そして、昭和六三年三月二三日から電解液の調整を続けたが、結局、本件技術水準を満たす電解溶液の調合に成功せず、準備運転及び試運転に入ることができなかった。

2 以上認定した事実によれば、

(一) 被告宮崎は、ニチコンに永年勤めたベテランの技術者であり、本件技術水準が昭和五五年ないし五七年ころの実用品の規格を基準としていることからすると、本件技術水準は、被告宮崎にとって、実現が十分期待される程度の水準であった。

(二) 本件プラントの機械設備は、納期の遅れはあったものの、昭和六二年一一月初めまでに据付が完了し、その作動状況に問題はなかった。

ところが、本件試運転を始めるに際し、被告宮崎は、アルミ箔の異常溶解による箔切れ及びピンホールの問題に直面し、機械設備の調節や電解溶液の調合に時間を費やして解決しようとしていたが、結局その原因を発見することができず、有効な対策を講ずることができなかった。

(三) そこで、被告宮崎は伊藤を招いて助けを求めたところ、同人は、右箔切れ等の原因は機械の問題ではなく、タンクの中の薬品の液面が高すぎることが原因であると考え、短期間のうちに、その液面を低くするという方法により、右問題を解決した。そして、本件技術水準に近づく一定の成果を上げ、被告宮崎に対し、今後の方針につき助言を与えて帰国した。

(四) それにもかかわらず、被告宮崎は、伊藤の残した右成果を引き継ぎながら、その後、一か月以上にわたりひたすら電解溶液の濃度の調整に終始し、結局、本件技術水準を満たすまでに至らなかった。その結果、低圧、中圧、高圧の各エッチング機及び化成機の計六台の設備よりなる本件プラントは、最初に試運転を行った低圧エッチング機が本件技術水準に達することができず、他の五台の機械の試運転を待たずに挫折した。

ものである。

以上によれば、本件プラントの挫折の原因は、被告らの提供したエッチング箔の製造ノウハウが本件技術水準を満たすものではなかったことにより、本件試運転が失敗したことにあると推認することができる。

なお、本件において、原告は、製作図面の提供状況を債務不履行として主張しているが、これは、本件プラントの挫折とは無関係であり、原告の請求する損害と因果関係のある債務不履行ではないというべきである。

3 これに対し、被告らは、本件プラントの挫折は被告らのノウハウに帰因するものではない旨主張するので、右主張について順次判断する。

(一) 本件アルミ箔の調達について

(1) 《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

ア 原告は、東洋アルミから、昭和六〇年一一月に、本件プラントの試運転ないし検収に使用する六トンのアルミ箔を、昭和六二年六月に、中国側が検収後の本格的運転に使用する九トンのアルミ箔の各納品を受け、それぞれ本件プラントに輸出した。

本件試運転においては当初六トンのアルミ箔が使用されていたが、その途中でアルミ箔が足りなくなったため、中国側から九トンのアルミ箔を適宜借りながら、試運転を継続した。

イ 本件試運転の難航により、中国側からアルミ箔の純度につきクレームが出されたため、原告は、右六トンのアルミ箔と九トンのアルミ箔の一部につき、株式会社住化分析センター、財団法人化学品検査協会及び日本新金属株式会社に純度の検査を委託した。

右検査結果のうち、財団法人化学品検査協会によるものは、本件アルミが純度九九・九九パーセント以上であるか否かは明らかではないが、株式会社住化分析センター及び新日本金属株式会社によるものは、いずれも、検査しアルミニウムの純度が九九・九九パーセント以上であるとするものであった。

ウ また、右検査結果によれば、本件アルミに含まれる銅の割合は約〇・〇〇四パーセントから〇・〇〇五パーセント、鉄の割合は約〇・〇〇二五から〇・〇〇三パーセント、珪素の割合は約〇・〇〇一五から〇・〇〇二パーセントであるところ、これらはエッチング用アルミ箔の不純物の割合としては一般的なものであり、銅の割合についても問題は認められない。

これらの事実によれば、原告は、本件試運転のため、十分な量の本件アルミ箔を調達したものであり、かつ、本件アルミ箔は本件プラント契約及び本件契約所定の純度の基準を満たしており、本件プラントにおけるエッチングに不適合なアルミ箔でもないことが認められる。

(2) 被告らは、次のとおりアルミ箔の調達について論難し、これが試運転失敗の原因であると主張するが、これらの被告らの主張は、以下のとおり、いずれも採用できない。

ア 原告の調達状況について

被告らは、原告はそもそも試運転及び検収用のアルミ箔を本件プラント用に調達していなかったから、被告らは本件試運転に際して、空試運転に使用した残箔を使用せざるを得なかったと主張し、また、仮に、前記認定のとおり、原告が合計一五トンのアルミ箔を調達したとしても、本件プラント契約所定の一週間連続の検収運転をするには数量が不足すると主張する。

しかしながら、《証拠略》によれば、原告は、本件試運転時までに、前記のとおり、計一五トンのアルミ箔を本件プラントに輸出していること、そのうち九トンは、本来、中国側が検収の後に、自ら本格的運転を行うために用意したものであったが、結局、本件試運転用のアルミ箔が不足したことから、原告の要請により、本件試運転で使用されるに至ったことが認められる。そして、証人伊藤の証言によれば、右一五トンのアルミ箔は、試運転を経て、本件契約所定の一週間の検収運転をするのに十分な量であることが認められるから、被告らの主張は理由がない。

イ 純度について

被告らは、本件アルミ箔の純度が九九・九九パーセント以下であったと主張し、乙一六にもこれに沿う部分があるが、《証拠略》によれば、本件アルミ箔の純度が九九・九九パーセント以上であったことは明らかというべきである。

ウ 銅の含有率について

被告らは、本件アルミ箔の銅の含有率がエッチング用のアルミ箔としては多すぎるものであり、本件アルミ箔はエッチング用アルミ箔としては不適当であると主張し、《証拠略》中にも右主張に沿う部分がある。

被告らは、右主張の前提として、銅の含有率の高いアルミ箔は、溶解速度が速くなるものと主張し、その根拠として乙一九ないし二六及び乙八六を提出するが、うち、乙八六に記載された実験については、それが、いつ、どのような状況で行われたかについては被告宮崎の供述及び乙八六の記載自体以外には的確な証拠がなく、右実験が正確に行われたことの保証はないし、仮に、被告らの主張するとおり、銅の含有率が高いアルミ箔の場合には溶解速度が速くなるとしても、そのことによって、エッチング化成に支障があるものと認めるに足りる証拠はない。かえって、《証拠略》によれば、本件アルミについて、前記(1)記載の銅の含有割合は、エッチング用アルミ箔としても通常の割合であり、エッチング化成を行うについて問題のないことが窺える。

したがって、被告らの主張には理由がない。

エ 巻芯の内径及び重量の問題について

被告らは、原告が調達した本件アルミは、本件プラントの仕掛機の内径と適合せず、適正重量を超過していたと主張し、《証拠略》によれば、右各事実を認めることができる。

しかしながら、《証拠略》によれば、被告らは、本件アルミを本件プラントの仕掛機に適合するよう巻き直して使用していた事実が認められ、また、証人伊藤の証言によれば、同人は、仕掛機との不適合が、本件試運転につき何らかの影響を与えることはないと判断していることが認められ、これらの事情によれば、この点を問題とする被告らの主張は理由がない。

(二) 薬品の調達について

《証拠略》によれば、エッチングに使用する塩酸及び硫酸等の薬品については、輸出が困難であったため、中国産の薬品を使用する旨合意していたこと、中国側の提供した塩酸及び硫酸の品質には問題はなかったこと、原告は、昭和六一年一一月ころ、被告らが前記第二の二2(一)(3)イのとおり調達がされていなかったと主張する薬品(以下「前記各薬品」という)の一部について、被告会社の指示を受けて、富山薬品工業株式会社に発注し、調達済みであったこと、前記各薬品中その余の薬品は、エッチング箔の量産化、商品化には必要であっても、本件試運転に必要な薬品ではなかったことが認められる。

以上の各事実によれば、本件プラントにおける薬品の調達に欠けるところがあったとは認められない。

この点につき、被告らは、本件プラントにおける薬品の調達につき、前記のとおり、電解溶液に使用する硫酸等が不足し、また、前記各薬品の調達がなかったと主張する。そして、右主張のうち、硫酸の不足については、《証拠略》によれば、昭和六三年四月一日、本件プラントにおいて、作業員が調合したエッチング液を誤って廃液として廃棄してしまうという事故が起き、そのため、硫酸が不足したことが認められる。

しかしながら、前記1(六)で認定したとおり、被告宮崎は、このときまで、既に約四か月にわたりエッチング液の調合を続けながら、本件技術水準を満たすに足りる溶液の調合に成功せず、成功の見込みもない状態であったのであるから、右硫酸の不足の事実が本件試運転の失敗の原因となったとすることはできない。

(三) 本件プラントの据付の遅延について

被告らは、本件プラントの据付が大幅に遅延したことが本件プラントの挫折の原因であると主張し、確かに、中国側から本件プラント契約に関する損害賠償を要求した文書である甲一六には、機械設備の不備や納期の遅延等を問題とする部分があり、本件プラントの挫折の原因が本件試運転の失敗のほかにもあるようにも見える。

しかし、右要求は、請求の根拠として、検収における技術水準の達成不能の場合についての本件プラント契約の条項が挙げられていること、本件試運転の時点では、納期の遅延はあっても、本件プラントの機械設備は正常に作動し得る状態になっており、中国側は、据付完了後、約五か月にわたり本件試運転の推移を静観していたことを考慮すれば、中国側は、あくまで、本件試運転の失敗により、本件プラントの完成が不可能と判断し、本件プラント契約の解消に踏み切ったものであり、納期の遅延等は、あくまで右判断のための材料の一つにすぎなかったものというべきである。

なお、被告らは、本件プラント据付がFRPタンクの仕様違い及び配管用部品等の不足から遅延したが、これらは原告に責任があると主張する。しかし、次に述べるとおりこの主張は認めることができない。

すなわち、被告宮崎は、FRPタンクについて、被告会社は正確な設計を行ったにもかかわらず、多摩板金が製作図面と異なるタンクを製作した結果、右タンクの仕様違いが生じたものであり、前記配管用部品等の不足についても、原告が独自に調達する責任を負っていたものであり、被告会社には責任がない旨供述し、《証拠略》にもこれに沿う部分がある。確かに、これらの証拠によれば、右タンクの仕様違いは多摩板金の製作ミスにより発生したものと認められる。しかし、被告らは、前記争いのない事実等4(一)(3)によれば、本件契約上、原告の調達した機械設備について船積み前に確認すべきであったというべきところ、右各《証拠略》によれば、原告は、右タンクのうち少なくとも三台を、板組みを行っていた児玉工業宛に送付したにもかかわらず、被告らは右タンクにつき確認作業を行わなかったこと、したがって、仮に被告らが右確認作業を行っておれば、船積み前に右タンクを再製作することができたはずであり、技術者の派遣後に起算される納期の遅延を招く結果にはならなかったものと認められる。また、《証拠略》によれば、配管用部品等は、これらの部品が、被告らの作成した製作図面をもとに、現地で配管工事を行う設備配管業者である被告ら指定の瀬戸内工業有限会社及び原告の発注先である平田商店株式会社が必要な材料を見積り、原告がこれに基づいて右平田商店に対して発注したものと認められるが、この間、被告らが、右製作図面に基づき、どの程度の部品が必要であるかにつき原告に対して指導したり、調達された部品につき確認を行った事実は窺われないから、前記配管用部品等の不足は、被告らの製作図面の不備及び確認義務の不履行によって招来されたものというべきである。

(四) その余の被告らの主張について

被告らは、その他、日本側関連業者(主として機械、配管の業者)が未派遣であったこと、中国側の協力体制が不備であったこと、本件試運転が箔切れ等により中断した際、原告及び中国側が原因の究明をしなかったことなどを本件プラントの挫折の原因として主張する。

前記一(六)(3)のとおり、右主張のうち、日本側関連業者の未派遣については、昭和六三年一月に本件プラントの試運転が再開された際、機械担当の技術者及び配管担当の技術者が現場に復帰しなかったこと、中国側の協力体制の不備については、中国側が蒸気及び電気の供給を停止する旨述べたことなど、事実として認め得る部分もあるが、仮に被告らの主張によったとしても、その後、本件試運転自体は関係者の努力の中で前記認定のとおり再開されているのであるから、被告ら主張にかかる各事実と本件試運転の失敗との因果関係については、被告らにおいて具体的に主張立証するところがないというべきである。したがって、被告らの右主張を採用することはできない。

(五) そうすると、本件プラントの挫折の原因として被告らの主張する事由は、いずれも採用できないのであって、被告らのノウハウに原因があったという前記推認を覆すことはできない。

4 以上のとおりであるから、被告らは、本件契約のノウハウの提供義務につき、債務の本旨に従った完全な履行をしなかったものといわざるを得ず、これにより原告に生じた損害を賠償する責任があることになる。

三  原告の損害について

1(一) 前記争いのない事実等10のとおり、原告は、被告らに対し、合計金一億〇〇五〇万円を支払っている。その内訳は以下のとおりである。

(1) ノウハウ料

三〇〇〇万円(頭金)

二四〇〇万円(技術資料代金)

(2) 機械設備の手数料

二〇〇〇万円

(3) ノウハウ料及び機械設備の手数料の残金の一部

一七五〇万円

(4) 機械設備の加工技術に関する経費

六〇〇万円

(5) 沢田義憲の業務代行費

三〇〇万円

(二) 右(3)の一七五〇万円の支払については、甲一〇によれば、この金員の支払は、ノウハウ料及び機械設備の手数料合計一億四〇〇〇万円から右(一)(1)及び(2)の既払額合計金七四〇〇万円を控除した残金六六〇〇万円につき、毎月二五〇万円ずつ支払う旨を約したことの履行として、その内訳を指定せずにされたものと認められる。したがって、右一七五〇万円の支払は、ノウハウ料の残金四六〇〇万円と機械設備の手数料の残金二〇〇〇万円に、その残金の金額に応じて按分して充当されるべきであり、右計算方法によれば、ノウハウ料に一二一九万六九七〇円、機械設備の手数料に五三〇万三〇三〇円が支払われたこととなる。

2 原告は、右1(一)記載の金員すべてが原告の被った損害であると主張する。

原告主張のうち、ノウハウ料は、《証拠略》によれば、被告らが有するエッチング化成箔の製造ノウハウの提供に対する対価と認められるから、被告らが右ノウハウ提供義務を履行しない以上、原告が支払ったノウハウ料合計六六一九万六九七〇円は、被告らの債務不履行による原告の損害であると認められる。

しかし、その余は、次に述べるとおり、被告らの右債務不履行に基づく損害ということはできない。

(一) まず、機械設備の手数料及び機械設備の加工技術に関する経費(以下「機械設備の手数料等」という)については、前記争いのない事実等7によれば、本件プラントの機械設備は既に完成し、正常に作動する状況にあることが認められ、被告らの受任事務のうち、機械設備に関するものは、一応履行が完了したものと認められる。

ところで、本件契約の性質について、原告は請負契約的な性質を有すると主張し、被告らはこれを争うが、仮に、全体として一個の請負契約としての性質を有するとすると、機械設備の手数料等も、原告主張どおり支払を要せず、原告の損害と評価し得ることになる。

そこで、検討するに、前記認定の事実に照らすと、被告らは、本件契約において、技術力を持たない原告に代わって、本件プラントを完成し、本件技術水準を達成し得るノウハウの提供や技術指導等を行うことを約したものと認めるべきであり、そして、右ノウハウの提供や技術指導については、被告らが本件プラントの完成に必要な事項の全般にわたって技術指導等を行うとともに、原告や中国側が行うべき原材料や部品、機械等の調達についても、被告らの指導に従って適切な調達等を行ったか否かについて確認するというものであったというべきである。したがって、被告らとしては、単に部分的に技術指導をするにどとまらず、本件プラントの建設の全体を技術者としての専門的技術と知識により管理し、これを稼働させるべき義務を負っていたものというべきである。このような意味で、本件契約は、請負的な性格を持つ準委任契約であると評価することができる。

しかしながら、本件契約は、本件プラントの機械設備の建設といういわばハード面と、この設備を使って一定の技術水準のエッチング化成箔の製造を可能にするといういわばソフト面とに大別することができ、この二つは、前記争いのない事実等4で判示した本件契約の内容と報酬額の定め方等に照らすと、有機的関連を有するものではなく、ハード面だけ達成されても意味があると認めることができる。そうすると、本件契約における機械設備の建設と化成箔の製造とは、それぞれ請負的な性格を有するが、全体として一個の請負契約的性質を有するものではなく、可分であるというべきである。したがって、原告が支払った機械設備の手数料等については、設備が完成されたと認められる以上、損害と認めることはできない。

なお、争いのない事実等《証拠略》によれば、原告は、本件和解契約により、中国側から本件プラント契約に基づく機械設備及び備品の残代金一億七一〇八万六二六〇円及び技術・据付費用残金一五〇〇万円の支払を受けられなくなったものの、受領済みの契約代金八億三一〇五万五〇四〇円の返還を免れたことが認められ、これは、本件プラントについては、その機械設備は完成しており、適切な製造ノウハウさえあればエッチング化成箔の製造をできる状態であったため、支払済みの代金の返還を免れたものというべきである。そうすると、前記1(二)の支払額のうち、機械設備の手数料等については、原告は中国側から本件プラント契約に基づく代金を受領することにより、既に損失のてん補を得ているものというべきである。

これに対し、被告らは、本件契約は被告会社がノウハウの提供や技術指導を行う旨の単なる技術コンサルタント契約であり、請負的な結果の実現を含むものではないと主張し、被告宮崎の本人尋問の結果中にも右主張に沿う部分がある。しかし、右主張は、本件契約の債務の履行としては、被告らが単に自らの有するノウハウ等をそのまま提供すればよいとする趣旨であるとすれば、前述したところ、特に、被告宮崎の有するノウハウ等が本件技術水準を達成し得ないものである場合には、原告は本件プラント契約上の債務を履行できなくなることに照らして採用できない。

(二) 次に、前記1(二)記載の金員のうち、沢田義憲の業務代行費については、《証拠略》によれば、本件契約上の債務の履行として支払われたものではなく、原告の駐在員が本件プラントに常駐していなかったために、被告会社の従業員であった沢田義憲が、原告の業務を代行したことによる費用であると認められる。したがって、右業務代行費は、被告らの債務不履行の有無にかかわらず、原告が被告会社に対して支払うべき金員であるというべきであるから、被告らの債務不履行により生じた損害であるとは認められない。

3 被告らは、前記のとおり、原告は、既に本件プラント契約に基づく代金として八億三一〇五万五〇四〇円を受領しており、これに対して、原告が本件プラント建設のために要した経費は約三億円であるから、約五億円もの利得を得ており、本件プラント契約の挫折により損害を被ったものではないし、また、右のとおり既に多額の利得を得たにもかかわらず、さらに暴利を追求する原告の本訴請求は、権利の濫用に当たると主張する。

しかしながら、原告は、前記のとおり、被告らに対し、ノウハウ料等を現実に支払ったものであり、また、被告らの債務不履行による本件プラント契約の挫折の結果、本件和解契約の締結を余儀なくされ、本件プラント契約に基づく残代金一億七一〇八万六二六〇円及び技術・据付費用残金一五〇〇万円の支払を受けられなくなったものであるから、これらに照らせば、原告に損害が生じなかったものとは認められないし、また、原告の本訴請求が権利の濫用であるとも認められない。

よって、被告らの右主張は理由がない。

4 したがって、原告の被告らに対する本訴請求は、債務不履行による損害金として、六六一九万六九七〇円の支払を求める限度で理由がある。

五  反訴請求について

1 前記三のとおり、被告会社の本件契約に基づく報酬について、ノウハウ料一億円については三三八〇万三〇三〇円が、機械設備の手数料四〇〇〇万円については一四六九万六九七〇円がそれぞれ未払となる。

しかしながら、ノウハウ料については、前述のとおり本件契約のいわばソフト面に対応したもので、それが請負的性格を有するものであるから、化成箔の製造が被告らのノウハウ提供義務の不履行により失敗した以上、原告に対し請求することはできない。これに対し、機械設備の手数料は、設備の完成をみたのであるから、請求は理由がある。もっとも、前記争いのない事実等4(二)(3)のとおり、右残金は、本件プラントの検収完了後に支払われる約定であったものであるが、これは契約が約定どおり履行された場合の残金の弁済期を定めたものであって、残金の支払について検収完了を条件としたものと解すべきではない。したがって、契約が解除されて検収が行われないことが確定した本件にあっては、その確定によって、期限の定めのない債務として請求することができると解すべきである。

2 また、被告会社は、出張経費(交通費合計一九万八六二〇円、日当延べ五五日分一三七万五〇〇〇円及び傷害保険料二万九八二〇円)として合計金一六〇万三四四〇円を請求するものであるが、甲七によれば、本件プラント建設に伴う交通費、傷害保険料及び日当については、原告と被告らとの間で、本件契約上の報酬とは別途支払われる旨の合意がされ、そのうち、日当額は一人一日二万五〇〇〇円と定められたことが認められる。そして、右日当が本件契約上の報酬とは別途定められることからすれば、右日当は、被告会社の従業員が本件プラントの建設に従事する労賃であって、被告会社が受任事務を遂行する上で発生する費用であると考えるべきであり、被告会社がノウハウの提供等の本件契約上の債務を十分に履行するか否かとは関係なく発生するものというべきである。

そして、《証拠略》によれば、被告宮崎が昭和六三年二月二六日から同年四月一〇日までの四五日間、被告宮崎から依頼を受けた伊藤が昭和六三年二月一二日から一五日まで及び同月二六日から三月一日までの九日間、それぞれ本件プラントにおいて、その建設に従事したことが認められるが、被告会社の主張する日当のうち昭和六三年二月一六日の一日分については、右のとおり、伊藤の一度目の滞在は同年二月一五日までであったことが認められるので、理由がない。

また、被告会社の主張する交通費及び傷害保険料については、《証拠略》によりこれらの費用の支払の事実を認めることができる。

よって、被告会社の主張する出張経費のうち、日当一日分を除く一五七万八四四〇円は理由があり、その余は理由がないこととなる。

3 なお、反訴請求について、本件証拠上、訴え提起前に被告会社が請求した事実は認められないから、遅延損害金は、反訴状送達の日の翌日である平成二年八月二三日を起算日とする限度で認容することができる。

六  よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 相良朋紀 裁判官 安浪亮介 裁判官 前沢達朗)

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