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東京地方裁判所 平成2年(ワ)4643号 判決 1991年6月26日

原告 有限会社 松沢商事

右代表者代表取締役 松沢一輔

右訴訟代理人弁護士 圓山潔

被告 田中きく

<ほか三名>

右被告ら訴訟代理人弁護士 伊藤哲

主文

一  被告田中きくは原告に対し、金七五万円及びこれに対する平成二年五月一二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告田中実、同田中幸男及び同田中利男は原告に対し、それぞれ、金二五万円及びこれに対する平成二年五月一二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

五  この判決の一及び二項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告田中きくは原告に対し、金一四三万五〇〇〇円及びこれに対する平成二年五月一二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告田中実、同田中幸男及び同田中利男は原告に対し、それぞれ、金四七万八三三三円及びこれに対する平成二年五月一二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、訴外田中徳松(平成二年一月一七日死亡。以下「徳松」という。)から、訴外田中宗次(以下「宗次」という。)が所有する別紙第一物件目録記載の土地(以下「第一土地」という。)という。)と徳松が所有する別紙第二物件目録(一)及び(二)記載の土地(以下これらを「第二土地」という。)との交換(以下「本件交換」という。)を行うことの委任を受けたが(以下これを「本件委任契約」という。)、徳松は、その後、原告に無断で、直接訴外宗次との間で、あえて本件交換を内容とする契約を締結してその旨の所有権移転登記を経由してしまい、その結果、本件委任契約によって原告が有している停止条件付報酬請求権の条件成就を妨害したとして、民法一三〇条を根拠に、あるいは商法五一二条に基づき、徳松の相続人に対し、報酬の支払を求めたものである。

一  争いのない事実

1  原告は、宅地建物取引業を営む会社であり、被告らは、徳松の相続人であって、被告田中きくは、妻であるから相続持分は二分の一、他の三名は、子供なので各六分の一である。

2  第一土地及び第二土地は、平成元年九月二九日、それぞれ交換を原因として、所有権移転登記が経由された。

二  争点

1  本件委任契約の成否

なお、この点につき、被告らは、昭和の初めころから、第一土地は徳松が使用し、第二土地は宗次がそれぞれ使用してきたので、この使用状況と登記簿上の所有名義を一致させる事務処理を原告に委任したに過ぎず、いわゆる交換を委任したのではないと主張している。

2  第一土地と第二土地とが交換を原因として所有権移転登記されたことにより、原告において、本件委任契約に基づく報酬請求権を取得したか否か、すなわち、このことが、本件委任契約上原告が有する停止条件付報酬請求権の条件成就を妨害したと言えるか否か。

3  原告が、本件委任契約上の報酬請求権を取得した場合、その金額はいくらか。

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。

原告及び原告代表者松澤一輔(以下単に「松澤」という。)は、昭和四〇年ころから、徳松から依頼されて、同人が所有するアパートの管理を行うほか、同人所有土地の売買の仲介を行う等していたが、昭和六〇年ころになり、徳松から、隣人の宗次の所有名義になっている第一土地が徳松が所有する土地の間に存在し不自然な状況になっており、宗次の母も死亡してしまったので、この問題を早期に解決したい旨の話があった。

当時の状況は、第一土地は、徳松が藤の苗木を植える等して耕作地として利用しており、また、登記簿上第一土地とほぼ同面積の第二土地は、徳松の所得名義になっているが、宗次が昭和二〇年ころから第三者に賃貸し地代を徴収して使用していた。

昭和六三年三月に至り、松澤は、徳松から、委任状の交付を受け、第一土地と第二土地につき、所有名義を使用状況に合わせるため、宗次と交渉することを依頼された。なお、右委任状においては、第一土地と第二土地とを「交換登記」することを委任する旨が記載されている。

2  以上によれば、徳松にとって、第一土地と第二土地の所有名義と使用状況が一致していない状態を解消するのは、長年の懸案事項であったのであり、この解決のため、宗次との交渉を、かねてから自己の不動産の管理等を依頼していた松澤が代表者である原告に委ねたものである。そして、この時点まで、この問題について、宗次との間で本格的な交渉をしたことはなく、宗次がこの処理を行うことについて了解済みであるという事情にはなかったのである。

そうすると、この交渉は、第一土地と第二土地との交換について、まず宗次の了解を取り付けることから作業を進める必要があり、更に、その過程で、各土地の測量、調整差金の交付等の問題が生じる可能性も予想されるところである。

したがって、徳松が原告に委任したのは、単に名義と実体との乖離を事務的に是正するという限度での交換登記の実現にあるはずはなく、文字通り、自己の土地と他人の土地との交換を行うことの仲介であったとみるべきである。

よって、本件委任契約の成立を認めることができる。

二  争点2について

1  《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 徳松の委任を受けた松澤は、さっそく、宗次に電話をかけて交換の話をもちかけたが、宗次が栗島節を代理人に指定したので、昭和六三年五月ころ、同人と交換の話合いを開始した。

栗島からは、宗次所有の第一土地は、公簿面積よりかなり縄延びがあり、実際の面積は第二土地よりも広いこと、宗次の使用している第二土地には賃借権が発生しており、一方、第一土地は耕作しているだけでその使用権は第三者に対抗できないものであり、両者の価値が等しくないこと等から、ある程度の差額調整金の支払が必要である旨の話が出された。

松澤は、この話を受けて、徳松の妻に、五〇〇万か一〇〇〇万円程度の調整金を支払わないと宗次が了解しそうにないので、これを検討するように伝えるとともに、とりあえず、各土地の測量を栗島と行うこととした。

同年八月二〇日、松澤は栗島を徳松に紹介し、測量することの了解を得て第一及び第二土地を含む付近全体を測量したが、第一土地と第二土地についての現実の使用区分はブロック塀が設置されている等から明らかであったが、その境界については、境界石等もなく、不明確であった。栗島は、とにかく、杭を打って平板測量をしたが、測量図の作成を延ばし延ばしにし、ようやく、平成元年一月ころ、松澤から再三の請求を受けて、概略図を作成して見せたので、松澤は、これを複写して徳松の妻に届け、正規の測量ではないが、第一土地が第二土地の倍近い面積になる旨を説明した。そして、松澤は、宗次が病気で入院しているのでなるべく早期に解決すべきであり、調整金を支払わないと宗次側は了解しそうもないので、これを検討するよう徳松ないしその妻に機会ある度に話をした。それに対し、徳松は、現時点では調整金は一切支払うつもりはない旨述べるのみで、話が進展しないまま推移した。

(二) ところが、平成元年四月後半になり、徳松の次男田中幸男(以下「幸男」という。)は、松澤から交付されていた前記の概略図の写しを持参して中島測量士方を訪れ、従前の経緯を説明して交換について栗島との交渉を依頼した。その後、中島と栗島との間で交渉が行われ、第二土地については貸借権の負担がある等のことから、徳松から宗次に対し調整金として二〇〇万円を支払うことで、交換の合意に達し、同年九月にその旨の移転登記が経由された。

なお、この間、松澤は、同年五月ころ、一度、交換の問題について徳松側から呼出しを受けて訪ねたが、関係者不在で話ができず、その後、九月にも連絡があったが、指定された日には法事があり、出席できない旨の返事をしたところ、そのままになり、結局、右登記の経由については、事前の相談等のされないまま、処理されてしまった。この過程で、徳松側からは、本件委任契約を解除する等の意思表示は全くされていない。

2  以上によれば、松澤は、徳松から交換の仲介を依頼された後、宗次の代理人の栗島との間で、交渉を行い、調整金の支払の要求を受けるやその旨を徳松側に伝えて検討を要請したほか、本件各土地等の測量を行う手はずを整えて、栗島とともにこれを実施し、栗島が作成した概略図の写しを徳松側に持参して、第一土地が第二土地よりかなり広いので、差額調整金の支払の必要性があることを説明する等し、交換の合意の形成に向けて尽力しているのであり、交渉は合意に向けて進んでいたのである。

そして、調整金の支払については、松澤において、五〇〇万から一〇〇〇万円という一応の目安程度の金額を話題に出してはいたが、徳松側がその支払自体を拒んでいたため、その額を煮詰める作業をしていなかった。しかしながら、この点については、宗次側において、具体案を提示したわけではなく、また、高額の調整金の支払に固執していたということもなかったのであり、さらに、その後に結局二〇〇万円ですんなりと合意がされている(調整金の支払の理由も賃借権の負担等を考慮した結果であるが、これは従前から言われていたことである。)ことも併せ考慮すると、徳松側がその支払自体について了解しさえすれば、その額については、交渉により容易に合意できる状況にあったというべきである。

ところが、幸男は、その本人尋問において、最後まで原告に本件交換の交渉を任せなかった理由として、話が一向に進展しないし、積極的な動きがなく、また、関係者が会合する日に出席しなかったからである旨の供述をしている。しかしながら、前示のとおり、松澤は、やるべきことはやっているのであり、交渉が進まなくなったのは専ら徳松側が調整金の支払自体を拒む態度を採ったためなのである。また、関係者が会合する日に出席しなかった点については、それが、平成元年五月ころの話であれば、松澤は一応顔を出しているし、九月ころの話であれば、合意成立の直前ないしその後のことであり、いずれにしろ、これらは、同年四月後半の段階で、既に松澤を外して、中島という測量士に、従前の経緯を説明し概略図の写しを交付して事後の交渉を委任したことの合理的な説明になり得ないことばかりである。

さらに、松澤の交渉方法に不満があるのであれば、徳松側としては、本件委任契約を解除するなりすべきであるが、そのような言動は一切無く、中島測量士への委任も、松澤に対する委任を止める意図の下に行った事情もなく、かえって、合意成立の前にも松澤を一応呼び出す態度を示しているのであり(もっとも、証人栗島によれば、これは、栗島から委任状を交付した松澤を呼び出すべきである旨の勧告がされた結果によるものである。)、松澤の交渉方法等に不満を持ってはいなかった事情さえ窺われるのである。

このほか、調整金の額についても、幸男の本人尋問によれば、松澤から五〇〇〇万円程度の額を示された旨の供述があるが、この内容は虚偽であり、実際は、第一土地と第二土地との価値の差が、金額にすると、五〇〇〇万円程度になる計算もできるので、ある程度(五〇〇万ないし一〇〇〇万円)の支払をしないと宗次側が了解しないであろう旨を述べたものであって、松澤が高額な調整金の支払を前提とする交渉に固執した等の事情もないのである。

なお、幸男は、本件交換が実現した後、松澤に対し、お礼として二〇万円を持参する等して、報酬問題について穏便に処理しようとした様子が窺われる。ところで、この金額は、調整金二〇〇万円の支払がされ、実質的にその分の利得があったことから、その三パーセントである六万円にお礼を付けてこの金額を決めているのであり(被告幸男)、単なる経費等の弁償としてではなく、(額は少ないが)あくまでも本件委任契約における成功報酬として支払おうとしており、幸男のうしろめたい気持の表れとも受け取れる言動と言える。

3  以上を総合すれば、徳松側が原告を外して本件交換の合意を成立させたことに合理的な理由は認められず、以上の諸事情を鑑みると、徳松側としては、宅地建物取引業者である原告を仲介者としてこのまま交換の合意を成立させた場合、本件委任契約に基づく高額の報酬の支払義務が生じることになるため、これを回避する目的で、急遽他の者(測量士)を介して、早期に合意を成立させたものと認めるほかない。

したがって、このことにより、原告は、本件委任契約上の停止条件付報酬請求権についての条件の成就を妨害されたと解するべきであり、原告は、本件委任契約上の報酬請求権を取得したというべきである。

三  争点3について

1  本件委任契約において、報酬額についての明示の合意は存在しない。しかしながら、前示のとおり、原告は、宅地建物取引業者であるので、商法五一二条に基づき、相当の報酬を受ける権利を有するというべきである。そして、本件においては、前示のとおり、本件委任契約上の事務が履行された場合と同視してその額を検討すべきである。

ところで、宅地建物取引業法四六条及びこれに基づく昭和四五年建設省告示第一五五二号においては、宅地建物取引業者が不動産の売買又は交換等の代理又は媒介に関して受けることのできる報酬の額についての基準(上限の金額)を定めている。しかしながら、本来、報酬として当事者間で授受される額は、その場合における取引額、媒介の難易、期間、労力、委任者との関係その他諸般の事情がしん酌されて定められる性質のものであり、上記の告示掲記の基準も参考にしながら、具体的な額を算出すべきである。

2  ところで、本件において、交換の対象となった第一及び第二土地は、それぞれ、従前から徳松及び宗次によって利用されており、その利用状況等からみて、既に取得時効が成立している可能性のあるものである。そうでないとしても、第一土地は、徳松が長年耕作地として使用しており、また、第二土地は宗次が第三者に賃貸して使用しており、一定の利用権の負担が付いているものである。これらの点は、第一土地ないし第二土地の価額の算定につき十分しん酌されるべき事情であろう。

また、本件各土地は、所有名義と利用名義が相互に入り組んでおり、従前既に交換されたものが登記名義を相互に移転するのを失念しただけである可能性もあり、今回の交換は、言わば、名義を実体に符合させる処理であり、純粋な交換とは異なる面を有しているとも言えるのである。

このような特殊事情があるほか、《証拠省略》によれば、本件第一土地ないし第二土地については、右交換による移転登記が経由された時点における適正かつ客観的な市場価格は、坪一五〇万円を下らないものと認められる。

なお、各面積については、測量が未了のままであり、登記簿上の面積に着目すると、これらはいずれも合計二一一平方メートルである。

以上の点を総合考慮すると、原告が本件委任契約上の報酬として取得すべき相当の額は、全部で、前記告示の第一の基準に基づき計算した額の約半分である一五〇万円が相当であり、これが、被告らの相続持分に応じて分割されたというべきである。

(裁判官 千葉勝美)

<以下省略>

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