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東京地方裁判所 平成2年(ワ)13457号 判決 1991年6月28日

原告

山岡義一

ほか一名

被告

関根義昭

主文

一  被告らは、原告らに対し、それぞれ八一二万六二七〇円及びこれに対する昭和六四年一月六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告両名のその余の請求を何れも棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告らに対し、それぞれ一七〇七万七七二七円及びこれに対する昭和六四年一月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、荒川の土手上の道路を進行中の、山岡義弘(以下、「被害者」という。)運転の自動二輪車(以下、「被害車」という。)と、対向進行し左側を通行中の歩行者を右によつて避けて進行した被告運転の普通乗用車(以下、「加害車」という。)とが衝突し、被害者が死亡したことから、被害者の相続人である原告らが、被告に対して自賠法三条により被害者及び自己の損害の賠償を請求した事案である。

一  当事者間に争いのない事実

1  事故の発生(以下、「本件事故」という。)

(1) 日時 昭和六四年一月六日午前八時頃

(2) 場所 埼玉県川口市河原町無番地先路上(荒川川内の土手上の道路)

(3) 加害車 普通乗用車(ステーシヨンワゴン、足立五二な二八二七)

右運転者 被告

(4) 被害車 自動二輪車(大宮る一六三五)

右運転者 被害者

(5) 事故の態様 荒川土手上の道路を鹿浜方向から舟戸町方向に向け進行した加害車と対向進行の被害車との衝突

(6) 結果 被害者は死亡した。

2  責任原因

被告は、加害車を所有し、自己のため運行の用に供していた。

3  原告ら両名は、被害者の両親である。

4  損害の填補

原告らは、自動車損害賠償責任保険から死亡に対する損害賠償金として二五〇〇万円の支払を受けた。

二  争点

争点は、被告の行為と損害との因果関係の有無、正当防衛(被告は緊急避難であると主張するが、緊急避難は民法七二〇条二項によると、「他人ノ物ニヨリ生ジタ急迫ノ危難ヲ避ケルタメソノ物ヲ毀損」することをいうのであるから、本件の場合は緊急避難に当たらないこと勿論であるので、正当防衛の趣旨と善解することとする。)による違法性の阻却の成否、損害額及び過失相殺である。

第三争点に対する判断

一  事故の態様

1  証拠(甲一、二、五の一ないし三、八及び一一ないし一七)によると、以下の事実を認めることができる。

(1) 本件事故の発生した道路(以下、「本件道路」という。)は荒川中土手上のアスフアルトで舗装され、平坦で乾燥した直線の見通しの良い、歩車道の区別のない道路である。本件道路の本件事故の発生した付近の両側には高さ〇・八メートルのガードレールが設置されており、そこから約四〇センチメートル離れたところに白色ペイントで外側線が引かれており、車道部分の幅員は三・二メートルとなつている。センターラインはなく、速度規制もない。

なお、本件事故現場の舟戸町方向寄りに車両の待避可能な場所があり、また、土手から一般道に下る道でも車両の待避が可能である。

(2) 被告は加害車を運転して時速約四〇キロメートルの速度で、鹿浜方向から舟戸町方向に向け、道路中央付近を走行して本件事故現場付近にいたつた。その地点で四八・八メートル先の左外側線寄りの道路上を同方向に進行中の歩行者及び相当なスピードで走行中の被害車を発見したが、被害車との間隔はかなりあつたので、被告は歩行者に注意を払い、加害車を右に寄せて、時速三〇キロメートル程度の速度で約五〇メートル進行して歩行者を追越したときに、前方から迫つてくる被害車に再度気付いたが、戸惑いながらその儘進行を続けたため、二五・五メートル進んだ付近で自車左前部付近と被害車前部とが衝突し、右前部・バンパー等凹損し、左前輪のタイヤがパンクし、加害車は約四・七五メートルないし五・八メートルのスリツプ痕を残して停車した。なお、加害車の車両幅は凡そ二メートル余りと認められる。

(3) 被害者は相当の速度で舟戸町方向から鹿浜方向に向け被害車を運転して進行し、本件道路中央付近のやや右寄りを走行して加害車と衝突し、被害者はやや後方の約五・八メートル離れた進行右側の外側線上に転倒し、被害車はガードレールを越え六・七五メートル離れた右側土手下に前部等を大破して横転し、ヘルメツトは同じく二九メートル離れた右側土手下に転がつていた。被害者は、胸部大動脈断裂、下顎骨骨折、顔面切傷等の傷害を受け、当日死亡した。

なお、路上にはブレーキ痕、スリツプ痕等被害車の痕跡と見うるものはない。

また、被害車の速度につき、被告の立ち会つた実況見分調書の指示説明とその際の加害車の速度から算定すると被害車は八〇ないし一一七キロメートル余りの速度で走行していたこととなるが、そのようなことは本件道路程度の幅員の道路や被害車程度の車両では通常はあり得ないことであるし、自動二輪等の車幅の狭い車両では、車幅のある車両で感ずる距離感とは異なることもままあることであるので、被告の指示説明のみから推認される速度で走行していたとは直ちに認め難い。被告が被害車の速度は八〇ないし一〇〇キロメートルと主張するのもこのようなことを前提としているものと推認される。

2  右事実によると、本件事故は被告が高速で対向進行してくる被害車を発見していたのであるから、その車両の動静を十分注視して走行すべきであるのに、歩行者を追い越した後でも被害車とすれ違うことが可能であると判断し、被害車に対する注意を欠いたままハンドルを右に切り道路右側部分を進行し、歩行者を追い越したところ、予期に反し被害車が高速であつたために戸惑いを生じ、直ちに左にハンドルを切れば本件事故の発生を未然に防止しうるにもかかわらず、何らの回避措置をも執らないまま道路右側を進行した結果正面衝突したものと認めることが相当である。

なお、被告は、無過失であり、従つて被告の行為と本件事故との間には因果関係の存しない旨を主張するが、自賠法三条は自動車の運行と生命又は身体を害したこと、及びそれによる損害との間に因果関係が存することを主張立証すれば足り、被告においては自賠法三条但書の諸要件を全て主張立証したことにより責任を免れるのであつて、単に加害車に過失がなかつたことを主張立証しても、それだけでは被告の行為と本件事故との間に因果関係を欠くことにはならないのであるから、被告の主張は主張自体失当である。のみならず、右認定事実によれば被告には過失が認められるのであるから、被告の主張自体既にその前提を欠いており、採用できない。

また、被告が本件事故を回避できなかつたことは正当防衛に当たるとの被告の主張についても、右認定の通り被告は不法行為をなしているのであるし、本件事故においては加害者は何ら負傷しないのに被害者は死亡という重大な結果を生じているのであるから、法益の均衡も認められない。従つて、この点の被告の主張も理由がない。

二  損害額

1  被害者の損害

(1) 治療費 四五万五五八二円

証拠(乙一)によると、義弘はその治療費として四五万五五八二円を支出したことが認められるので、同額の損害を蒙つたというべきである。

(2) 逸失利益 四〇九二万七四五三円

証拠(甲四、五の一三及び一四)によると、被害者は本件事故当時満二〇歳の健康な男子であり、東光薬品工業株式会社に勤務し相当額の収入を得ていたことを認めることができるところ、被害者の逸失利益は、平成元年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・旧中・新高卒男子の全年齢平均年収である四五五万二三〇〇円を基礎とし、生活費の割合を五割とし、就労可能年数を満六七歳までの四七年とし、ライツプニツツ式により年五分の割合による中間利息を控除して本件事故時の現価を算定すると、四〇九二万七四五三円(円未満切捨て、以下同じ。)となる。

(3) 慰謝料 一五〇〇万〇〇〇〇円

前記認定の本件事故の態様、結果、事故に対する被告及びその関係者の対応その他本件審理に顕れた一切の事情を総合して判断すると、被害者の慰謝料としては一五〇〇万円とすることが相当である。

(4) 合計

以上を合計すると、五六三八万三〇三五円となる。

2  原告らの損害(葬儀費) 一二〇万〇〇〇〇円

証拠(甲三の一、二)によると、原告らは義弘の葬儀を挙行し、後記相続分に応じて相当額の支出をしたことを認めることができるところ、本件事故と相当因果関係のあると認められる葬儀費用は一二〇万円とすることが相当である。

3  原告らの各損害

被害者の損害五六三八万三〇三五円を法定相続分(各二分の一)に応じて相続し、かつ、原告らの損害を法定相続分に応じて負担すると、原告らの取得した損害賠償請求権は各二八七九万一五一七円となる。

三  過失相殺

既に認定した事実によると、本件事故の発生に当たつては被害者にも速度は確定できないにせよ高速度で走行したこと、及び前方に対する注意を欠いた過失の存在を認めることができるので、原告らの有する損害賠償請求権の三割を減ずることが相当である。そうすると、原告らの有する損害賠償請求権は各二〇一五万四〇六一円となる。

四  損害の填補

証拠(乙一)によると被害者の治療費四五万五五八二円を被告が負担したものと認めることができるので、合計して二五四五万五五八二円の損害の填補があつたので、これを原告らの相続分に応じて右損害から控除すると、残存する損害額は、各七四二万六二七〇円となる。

五  弁護士費用 各七〇万〇〇〇〇円

弁論の全趣旨によると、原告らは、本件訴訟の提起及び追行を原告訴訟代理人らに委任し相当額の報酬を支払うことを約したことを認めることができるところ、請求額、審理経過、認容額などに照らし本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、原告らそれぞれにつき七〇万円とすることが相当である。

そうすると、原告らの損害賠償請求権は各八一二万六二七〇円となる。

(裁判官 長久保守夫)

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