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東京地方裁判所 平成2年(ワ)12108号 判決 1991年10月25日

原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

木幡尊

被告

住友海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

小野田隆

右訴訟代理人弁護士

伊東正勝

上林博

松坂祐輔

空田卓夫

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金五三五〇万円及びこれに対する平成二年一〇月五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、損害保険を掛けていた自己所有の絵画が盗難にあったとして、保険契約に基づいて保険金の支払を求めた事案である。

一争いのない事実

1  本件保険契約の締結

(一) 原告は、昭和六三年三月一四日、被告との間で住宅総合保険契約(以下「本件住宅総合保険契約」という。)を締結し、平成元年三月一四日、右契約を以下の内容で更新した。

(1) 保険の目的及び保険金額

① 絵画(バラ、中川一政作、以下「バラ」という。)

二〇〇万円

② 絵画(晴空飛翔、帖佐美行作、以下「晴空飛翔」という。)

一〇〇万円

③ 絵画(裸婦、向井潤吉作、以下「裸婦」という。)

一五〇万円

④ 絵画(少女、小磯良平作、以下「少女」という。)

二〇〇万円

⑤ 家財一式

八五〇万円

(2) 保険期間

平成元年三月一四日から平成二年三月一四日午後四時まで一年間

(3) 保管場所(担保地域)

自宅

(二) 原告は、平成元年七月一八日、被告との間で以下の内容の動産総合保険契約(以下「本件動産総合保険契約」という。なお、本件動産総合保険契約と本件住宅総合保険契約を合わせて、以下「本件保険契約」という。)を締結した。

(1) 保険の目的及び保険金額

① 絵画(精進湖、奥村土牛作、以下「精進湖」という。)

一〇〇〇万円

② 絵画(飛鳥紅葉、福田平八郎作、以下「飛鳥紅葉」という。)

一七〇〇万円

③ 絵画(日傘、上村松園作、以下「日傘」という。)

二三〇〇万円

(2) 保険期間

平成元年七月一八日から平成二年七月一八日午後四時まで一年間

(3) 保管場所(担保地域)

自宅

(なお、原告が当時保有し、本物であると主張する右七点の各絵画を、以下「本件絵画」という。)

2  本件事故

平成元年八月一九日午前一時ころ、当時原告と警備契約を結んでいた綜合警備保障株式会社(以下「総合警備保障」という。)に、肩書住所地の原告宅に侵入者があったとの警報が入り、右会社のガードマンが約一五分後に原告宅に急行したところ、原告宅のバルコニーの窓ガラスが破損し、和室の窓が開放され、足跡が残り、室内が物色された形跡があった(以下「本件事故」という。)。

二争点

1  本件保険契約は有効に成立したか否か。

2  本件事故は原告の故意によって発生したといえるか否か。

第三争点に対する判断

一事実関係

証拠(<書証番号略>、証人内田聡、原告)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

1  本件事故に至るまでの原告の生活状況等

原告は、昭和三八年から長崎県佐世保市で船舶業及び土木建築業を目的とする三協工業株式会社及び砕石業を目的とする港北工業株式会社の二社の代表取締役としてその経営にあたっていたが、昭和五〇年ころ右二社の経営権を手放し、昭和五三年ころまではうどん屋を経営し、その傍ら昭和五五年ころまで美術商の仕事をしていた。

その後、原告は、昭和五八年四月から昭和六〇年四月まで服役し、出所後、画商の仕事を開始し、昭和六一年に東京に転居した。もっとも、原告は、昭和六〇年四月まで刑の執行を受けていたことから古物営業法の許可を受けておらず、また、絵画の売買に関して帳簿等の記録を作成せず、絵画の競売や交換会に出席することも、また、その保有する絵画を画廊やオークションに出すこともせず、専ら有賀廣美(以下「有賀」という。)と取引を行い、処分しにくい商品の引取り等を有賀に委ねていた。

なお、原告は、少年時代に傷害の罪により罰金刑に処せられ、また、強盗の非行により保護観察処分に付されたことがあり、成人後は、賭博の罪により罰金刑に処せられたほか、昭和五三年九月二二日、時価約五六〇万円相当の刀一振を横領した罪により懲役一年二月、執行猶予三年の刑に処せられ、昭和五五年四月四日には詐欺の容疑事実により起訴猶予処分に付された。

さらに、原告は、右執行猶予期間中に、多額の負債を抱えてその返済等に窮し、他二名の共犯者と共謀して、古物商として有する取引関係及び知識を利用し、前後九回にわたり、長崎県、福岡県、山口県、奈良県及び大阪府において、時価合計一億五七〇二万円相当の刀剣、掛軸、茶壺等一八七点及び現金四〇万円を窃取し(被害者は一一名)、右物品の売却代金等を共犯者と分配し、生活費、負債返済のために消費したことで、昭和五七年一一月一六日、長崎地方裁判所において懲役三年の実刑判決を受け、昭和五八年四月一一日福岡高等裁判所において控訴棄却の判決があり、同年四月二八日右判決が確定し、前記のとおりその後昭和六〇年四月まで服役した。ちなみに、原告は、控訴審判決までに、約二九〇万円の被害弁償を行い、出所後は現金で約三〇〇万円の被害弁償をしたが、全部についての弁償はしていない。

2  本件保険契約の締結状況

(一) 本件動産総合保険契約の締結状況

(1) 被告会社の代理店業務を行っていた根岸豊子(以下「根岸」という。)は、昭和六二年一二月ころ、友人から原告の娘である江頭恵子(以下「江頭」という。)を紹介され、江頭は、被告会社の積立女性保険に加入した。

根岸は、右積立女性保険契約を締結した昭和六三年三月一〇日、江頭から原告を会社社長として紹介され、原告から原告所有の絵画について火災や盗難の心配があるがどのような保険がいいかを尋ねられたので、住宅総合保険を勧め、原告と被告は、同月一四日、本件住宅総合保険契約を締結した。

(2) 原告と被告は、平成元年三月一四日、本件住宅総合保険契約を更新したが、その際、根岸は、原告から保険証券添付の明記物件明細書の内容は前年度のものと同じでよいとの指示を受けたので、前年度の明記物件明細書のコピーを更新した契約書に添付した。

(3) 根岸は、平成元年六月ころ、原告から、長期間家を留守にするので絵画の盗難等に備えて保険を掛けたいがどのような保険があるかとの問い合わせを受けたので、被告会社支社に相談したうえで、原告に動産総合保険を勧めた。しかし、右動産総合保険契約の交渉は、被告会社従業員内田聡(以下「内田」という。)が行った。

(4) 内田は、本件動産総合保険契約の締結に先立ち、原告から保険の対象となる絵画三点を示され、それらが本物(真作)であるとの説明を受けたが、実際に右絵画が本物かどうかについて鑑定をする等の手続はしなかった。

(5) 原告は、当初、本件動産総合保険契約の保険金額を一億六〇〇〇万円にしたいと希望していたが、保険料が高すぎるという理由から保険金額を五〇〇〇万円に下げることになり、平成元年七月一八日、被告との間で本件動産総合保険契約を締結し、原告は、同日、内田に保険料六三万三〇〇〇円を支払った。

なお、本件動産総合保険契約において、輸送については保険が掛けられなかった。

3  本件事故発生時の状況

(一) 原告は、平成元年七月一八日ころ、綜合警備保障との間で、原告不在中に原告宅に何者かが侵入した場合に右警備会社に直接通報されるという内容の警備契約を締結し、原告宅に赤外線センサーや施錠開放センサーが設置された。

(二) 本件事故においては、原告から綜合警備保障に対し本件絵画のほかネクタイピンが盗難の被害にあった旨の申告がされているが、現金等が窃取された旨の申告はない。

また、窓ガラスを割るために使用したと考えられるハンマー一個が窓ガラスのそばに放置されていた。

(三) 本件事故直後、綜合警備保障は、原告の妻及び緊急連絡者とされていた重松某(以下「重松」という。)に本件事故を通報し、原告宅において重松から被害の確認をしてもらったところ、同人は、和室に置いてあった絵画五点が盗難にあっている旨告げた。

(四) 原告は、同年八月一〇日ころから長崎市に滞在し、本件事故発生時には長崎市内のワシントンホテルに宿泊しており、同所で綜合警備保障から本件事故の状況報告を受けた。

また、江頭は、平成元年四月二〇日、原告の現住所に転居していたが、同年六月三〇日から同年八月三一日まで、長崎市内の病院に胃潰瘍で入院していた。

二本件保険契約の効力について

1  原告の主張

原告は、本件保険契約の目的である本件絵画を正当に購入し、被告会社従業員あるいは被告会社代理店店員が絵画の存在を確認したうえで、右契約を締結したものであるから、本件保険契約は有効に成立している。

2  被告の反論

本件保険契約は原告が本件絵画を所有することを前提に成立しているが、本件絵画は原告の所有するものではないから、右契約は無効である。

また、本件絵画は原告が主張する作者の作品ではないから、本件保険契約は不能を目的とするものであり、無効である。

3  裁判所の判断

(一) 本件絵画の入手状況

原告は、昭和四三年から昭和四五年の間に、峰俊一(以下「峰」という。)から、「飛鳥紅葉」を三〇〇万円で、「精進湖」を二〇〇万円でそれぞれ購入し、有賀から、昭和五一年春に「日傘」を八〇〇万円で、昭和五四年春に「裸婦」を一五〇万円で、昭和六一年春に「バラ」を一五〇万円でそれぞれ購入したと供述する。

また、原告は、昭和六二年六月ころ、有賀から「晴空飛翔」を七〇万円で、「少女」を一三〇万円でそれぞれ購入したと主張する。

確かに、峰なる人物がかつて存在し、また、有賀が昭和四四年ころ東京都中野区に戸籍を移し、平成元年七月一日、東京都新宿区で死亡した事実は否定できない(<書証番号略>)。しかし、峰あるいは有賀が原告に対し本件絵画を売却したことを裏付ける客観的証拠は何ら存在しないし、また、峰の親族らの存在も確認できず、有賀が中野駅前で古物商を営んでいた事実も認められない。加えて、原告が主張する本件絵画の購入価格は異常なほどに低いことが認められる。すなわち、美術年鑑社刊行の美術年鑑によれば、福田平八郎の作品は昭和四五年版で一号四五〇万円、奥村土牛の作品は昭和四五年版で一号四〇〇万円、上村松園の作品は昭和五一年版で一号一二〇〇万円、向井潤吉の作品は昭和五四年版で一号一〇〇万円、中川一政の作品は昭和六一年版で一号一八〇万円となっているのであり(<書証番号略>)、これを前提に、被告に対する原告の申告にかかる各絵画の号数(<書証番号略>)に基づき原告が購入したと主張する時期の各絵画の価格を機械的に算出すると、「飛鳥紅葉」が約八一〇〇万円、「精進湖」が約二四〇〇万円、「日傘」が約二億一六〇〇万円、「裸婦」が約一二〇〇万円、「バラ」が約二一六〇万円となるのであり、仮に、右算出価格が必ずしも流通価格を反映するものではないとしても、原告主張の購入価格は低額といわざるを得ないところ、その理由を納得するに足りる事情は認められない。

(二) 原告の取引形態

前記認定のとおり、原告の画商としての取引形態は特殊なものであり、このことは、原告が正規の流通経路によっては取引できない商品を取り扱っていたことを推測させる。

この点に関し、原告は、画商として通常の営業活動を行い、十分な収益をあげていた証拠として昭和六三年分の所得税の確定申告書(<書証番号略>)を指摘するが、右申告書の税務当局への提出は、通常の場合と異なり、本件事故後の平成元年一一月八日にされており、収入金額として申告された二四五〇万円についてもそれだけの収入があったことを裏付ける客観的証拠に乏しく、さらに、損害保険料控除の欄が本件住宅総合保険契約が存在したにもかかわらず空白になっている等不自然な点が多く、右証拠は採用できない。

(三) 本件絵画入手時の原告の経済状態

前記のとおり、原告は、昭和五三年に刀の横領事件を起こし、その直後には時価一億五〇〇〇万円以上の美術品等の窃盗事件を起こし、被害弁償はごくわずかしかしていないことに照らすと、昭和五三年ころからは、経済的に困窮していたことが推測される。

この点に関し、原告は、自己の資力、信用を裏付ける証拠として債務返済についての証明書(<書証番号略>)を指摘するが、右各証明書は、三協工業株式会社及び港北工業株式会社の西九州信用金庫に対する各債務が返済されたというものにすぎず、原告自身が右債務を弁済したことを確実に証明するものではなく、かえって、原告は右各完済時点以前の昭和五〇年に右各会社の経営権を手放しているのであるから、右各証拠は採用の限りでない。

(四) 原告の本件絵画の保有状況

原告が本件絵画を真実保有していた事実があるか否かに関し、原告は、「晴空飛翔」、「少女」、「裸婦」及び「バラ」を購入後、右各絵画を見せた相手について、特定の人物を指摘していないし、「飛鳥紅葉」、「精進湖」についても、原告の供述する相手の存在を裏付ける資料はない。

原告は、購入した「精進湖」及び「飛鳥紅葉」を、佐世保の原告の自宅に保管していたが、昭和五四年ころ、原告の父親に対する借金の担保として父親に預け、その後、父親に対し約五〇〇万円を返済し、昭和六一年の年末若しくは昭和六三年の年末に右各絵画の返還を受けた旨供述するが、右供述は、父親から借金をした時期及びその額並びに右各絵画の返還を受けた時期において、弁論における主張と食い違い、供述それ自体も曖昧であり、採用できない。

また、原告は、昭和六三年一〇月、「晴空飛翔」及び「少女」を、有賀に売り戻した旨供述するが、仮にそのとおりであるとすれば、本件住宅総合保険契約更新の時点では右二点は存在しなかったことになり、原告は右二点の絵画が存在しないにもかかわらず、それらがあるかのように装って契約更新手続をしたことになる。

(五)  右(一)から(四)までの各事実を総合すると、本件絵画を峰及び有賀から購入したとする原告の供述には大きな疑問があり、仮に購入行為があったとしても、もし、原告が供述するような購入価格であったとすれば本件絵画が本物であった可能性は乏しいし、また、仮に本件絵画が本物であったとしても、峰及び有賀は本件絵画を正規の流通経路では処分できない違法な形で入手していた可能性が高いと言わざるを得ない。

したがって、原告が、本件保険契約締結当時、原告が主張するとおりの本物の絵画を自己の所有物として保有していたと認めることはできない。

この点につき、原告は、被告従業員らが絵画を確認のうえ本件保険契約を締結した以上、原告が本件保険契約締結当時本物の絵画を所有していたことは明らかである旨主張する。

確かに、本件保険契約締結に際しては、被告会社の担当者内田が、原告に対し、本件絵画が本物かどうかを確認したうえ、右契約を締結した事実が認められるのであるが、内田は原告に申告を求めること以上の確認行為はしていないのであるから、本件絵画が本物であり、かつ、原告の所有に属することについては、客観的裏付けがあったとはいえないのであり、したがって、本件保険契約締結の事実のみをもって、原告が本物の絵画を所有していたと認めることはできない。

(六)  右のとおり、本件絵画は贋作である可能性が高いが、贋作であるとすれば、本件保険契約は保険の目的を欠き無効である。

また、仮に本件絵画が本物であったとしても、本件保険契約締結当時、原告が本件絵画を所有していたとは認められず、むしろ、違法な入手経路で右各絵画を入手したものと推認できるのであるから、被保険利益を認めることはできない。

そして、損害保険契約が被保険利益の填補を目的とする以上、契約締結時に被保険利益を欠く損害保険契約は無効となると解すべきであるから、結局、本件保険契約は無効である。

(七) なお、本件事故は、本件住宅総合保険契約の更新から約五か月後、本件動産総合保険契約の締結から約二か月後、警備契約の締結からはわずか一か月後に発生している。

もし、原告の絵画の取引がその供述するようなものであるとすれば、その形態は特殊なものであるから、原告が本件事故当時絵画を保有していたことは外部の人間からは極めて認識しにくい状況であったといわなければならない。それにもかかわらず原告宅の絵画が狙われており、また、原告の供述によればベッドの下に現金があったというのに本件事故においては本件絵画及びネクタイピンのみが盗まれたというのであり、不自然といわなければならず、単なる緊急連絡者にすぎない重松が、綜合警備保障に対し即座に和室に置いてあった絵画五点が盗難にあった旨申告している点も不自然である。

また、本件事故当時、原告は長崎市に滞在しており、その目的については江頭の見舞のためであった旨供述するが、東京在住の江頭があえて長崎市の病院に入院するというのは不自然であるし、原告が平成元年六月ころ根岸に対し、将来江頭を見舞うことを見越して長期間家を留守にする旨告げていることも不自然である。

原告は、本件保険契約を締結することに積極的であり、当初は保険金額として一億六〇〇〇万円を希望していたが、その一方で、動産総合保険においては、商品に対して輸送保険を掛けるのが通常であるにもかかわらず、本件においては輸送保険を掛けていない。

右のとおり、本件事故に関しては不自然な点が極めて多いことも指摘せざるを得ない。

第四結語

原告は、本件保険契約締結当時、本物の絵画を所有しておらず、また、仮に、本物の絵画を保有していたとしてもそれらを違法に入手したものと認められるから、右契約は無効であり、その余の点を判断するまでもなく、原告は、被告に対し、保険金を請求することはできないというべきである。よって、原告の請求は理由がない。

(裁判長裁判官石垣君雄 裁判官木村元昭 裁判官古谷恭一郎)

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