大判例

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東京地方裁判所 平成11年(ワ)7944号 判決 1999年7月13日

原告

染谷純子

被告

山口洋

ほか一名

主文

一  被告山口洋は原告に対し、三〇七万五三六三円及び平成六年一月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告住友海上火災保険株式会社は、前項の判決が確定したときは、原告に対し、三〇七万五三六三円及びこれに対する平成六年一月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  この判決は一項及び二項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の申立

主文同旨

第二事案の概要

一  本件は、交通事故によって傷害を負い後遺障害が残った被害者が、前訴において勝訴判決を受けたが、これが一部判決であったとして、その残額を請求した事件である。

二  争いのない事実等(当事者間に争いのない事実、証拠〔甲第一、第二号証、乙第一ないし第三号証〕及び弁論の全趣旨により認める。)

1  本件交通事故の発生

(一) 日時 平成六年一月二八日午前八時二五分ころ

(二) 場所 茨城県竜ケ崎市別所町四九五番地の一先交差点

(三) 加害車 普通乗用自動車(土浦五八ね五八八)保有者・兼運転者被告山口洋(以下「被告山口」という。)

(四) 被害者 原告染谷純子(自転車運転)

(五) 態様 出会い頭衝突

2  責任原因

被告山口は、加害車の保有者であるから、自賠法第三条本文により原告の損害を賠償すべき責任があり、被告住友海上火災保険株式会社(以下「被告住友海上」という。)は、被告山口と対人賠償保険金額無制限の自動車総合保険契約を締結していたものであるから、右保険約款第一章六条により被告山口が本件事故による損害賠償の責任を負う範囲内で賠償保険金の支払義務がある。

3  原告の傷害並びに後遺障害等

(一) 原告は、本件事故により急性硬膜下血腫等の傷害を負い、事故日の平成六年一月二八日から平成八年二月二七日までは牛久愛和総合病院に、同日から平成八年七月一六日までは国立リハビリテーションセンターに、同日からは茨城県立中央病院に入院し、平成九年四月末同病院を退院後は自宅において両親の看護を受けている。原告は、受傷当初は瞳孔拡大、呼吸停止の状態であった。

(二) 原告の症状は、平成八年四月一〇日固定し、右後遺障害は自賠責保険の被害者請求手続において、神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するものとして、自賠法施行令別表の第一級三号と認定された。

4  確定判決によって認定された原告の損害等

(一) 原告は被告らに対して請求額を一億二一八九万五九八七円として損害賠償請求訴訟(水戸地方裁判所竜ケ崎支部平成八年(ワ)第二五四号)を提起した(以下「前訴第一審」という。)。原告は訴状では損害賠償請求権の一部を明示的にはずして別訴に留保したり、一部請求の趣旨を明示してはいなかった。その後、原告は、前訴第一審の途中段階で二回にわたり、準備書面において損害の費目を追加し、あるいは特定の費目について損害額を増加させ、それぞれ損害総額を一億四〇八五万八四〇二円、一億四一七二万七〇八八円と主張したが、同時に「請求の拡張はしない」との主張をした。前訴第一審において、平成一〇年二月二八日判決が言渡された。この判決において、原告が被告に対して請求できる損害総額は一億四一七二万七〇八八円と認定されたが、原告の請求の範囲内で一億二一八九万五九八七円が認容された。

(二) 被告らは、控訴した(東京高等裁判所平成一〇年(ネ)第一一〇八号)。この事件は平成一〇年一二月八日判決が言渡された。判決においては、原告が被告らに請求できる損害総額は一億二四九七万一三五〇円と認定されたが(細目については、別紙のとおり。)、原告の請求の範囲内で一億二一八九万五九八七円が認容された。なお、右控訴事件は双方から上告がなく確定した。

(三) 被告らは、一億二一八九万五九八七円及びこれに対する平成六年一月二八日からの遅延損害金を平成一〇年一二月二九日支払った。

三  争点

被告らは、原告の請求に対して

1  前訴は全部請求であったもので、本件確定判決の既判力は本訴請求にも及んでいるから、原告の訴は却下されるべきである。

2  仮に、一部請求の訴えを提起したのだという主張が認められて本案に進んだとしても、平成六年一月二八日の事故から五年以上経過している現在ではすでに本訴請求金額部分は時効消滅していることになるから、本訴請求は排斥を免れない。

と主張している。

第三裁判所の判断

一  前訴は一部請求か

1  一部請求の明示の時期は訴え提起の段階に限られるか

(一) 被告らは、第一に、ある訴訟が一部請求訴訟であると認められるためには、原告は一部である旨を明示すべきであるところ、明示の時期については、訴え提起の段階すなわち訴状において一部請求であることの明示を要求すべきであると主張し、訴状において一部請求の明示のない前訴が全部請求であったことは明らかであるとする。

(二) 被告らがいうように、判例ないし多数説は、<1>ある訴訟が一部請求訴訟であると認められるためには、原告は一部である旨を明示すべきであり、明示がないときまたは全部か一部か不明の場合には、全部として扱うべきであると解すべきであること、<2>同一事故により生じた同一の身体傷害を理由として財産上の損害と精神上の損害の賠償を請求する場合における請求権及び訴訟物は全体として一個であること、<3>一個の債権の一部についてのみ判決を求める趣旨が明示されていないときは訴え提起による消滅時効中断の効力は同債権の同一性の範囲内においてその全部に及ぶと解すべきことをいずれも認めていると考えられ、当裁判所もこれと別異の見解をとるものではない。

(三) しかしながら、右のような見解をとることと、訴え提起の段階で一部請求である旨を明示しなければならないとの見解を採用することとは別個の問題である。通常、訴え提起の段階で債権の全額が明らかになっていると考えられる貸金請求訴訟等においても勘違い等で債権の全額が訴訟提起後に異なってくることはあり得ることであり、このような場合に訴え提起の段階で明示していなかったからといって一部請求が認められないと解するのは妥当ではない。まして損害賠償請求訴訟は訴訟の進行過程において金額が次第に明らかになってくるという性格を有するのであって、このような見解をとることの不当性は一層増加する。

(四) 以上からすれば、一部請求の明示の時期は訴え提起の段階に限られないと解すべきである。なお、このような見解をとったとしても、一部請求の明示した時点で請求の一部取下げがあったと考えられるから、残部については時効中断の効力が生じないので(民法一四九条)、原告を不当に利することはない。

2  前訴において一部請求の明示があったか

(一) 前記のように、前訴において原告は、最終的に損害総額を一億四一七二万七〇八八円と主張し、同時に「請求の拡張はしない」との主張をした。被告らは、一部請求の意思は明確でなければならず、被告らは、原告の右のような主張では一部請求の明示として十分でないと主張している。そして、右のような主張でも一部請求の明示と認める扱いをすると、損害賠償請求は証拠上立証が確実にできる額だけを請求額として訴訟を提起し、その余の部分は後に準備書面で一応損害を追加計上するが請求の拡張はしないと述べておけば、第一次訴訟で立証に成功した金額のうち当初請求を上回る部分については、敗訴の危険なく安心して第二次訴訟を提起できるということになり、証拠上微妙な部分については追加計上という方法をとるだけで、最終的に立証に失敗する部分の印紙代のリスクを避けるという脱法行為ないし法の潜脱手段がまかり通ってしまうとして、その不当性を指摘する。

(二) 一部請求の明示があるかどうかは当事者の主張の解釈の問題である。そして、前訴において、原告は、損害全額について具体的な主張・立証を行い、受訴裁判所も、これに基いて損害全額の認定を行っているのであり、債権の全額を明らかにしたうえで、その一部について請求する趣旨と解することに何の問題もない。被告らの指摘は、前訴における原告ないし裁判所の具体的な訴訟活動を無視して抽象的な危険を言立てたに過ぎないもので理由がない。なお、原告の訴訟態度としても、前訴では過失相殺が争点になっており原告が一部請求をすることはやむを得ないというべきであって非難すべきものではないことはもちろんである。

3  結論

以上のように、前訴においては原告の請求は一部請求であったというべきであるから、残額について請求する本件訴訟は訴訟要件を欠くものではなく、本件訴訟を却下すべきであるとする被告らの主張は理由がない。

二  時効の成否

被告らは、本件損害賠償請求権の消滅時効の起算点を事故発生時である平成六年一月二八日と主張している。しかしながら、事故発生時に予見が可能であった損害について例外なく時効が進行すると解すると、被害者が重大な傷害を負い長期間の治療を経たうえで重篤な後遺障害が残ることが当然に予想されるような事案においては、被害者はいまだ治療中で今後どのような後遺障害が残るか不明な時点で、ただ、時効を中断するためにのみ訴訟を提起することを余儀なくされることになる。したがって、本件のような後遺障害についての損害賠償に関しては、「症状固定時」を損害が予見可能な時点と考えて、このときを時効の起算点と解するべきである。

右によれば、原告の症状固定時は平成八年四月一〇日であると認められ、本件の訴訟提起は平成一一年四月九日であるから、時効が完成していないことは、明らかである。

三  以上によれば、原告の請求は全額について理由があるからこれを認容し、訴訟費用について民事訴訟法六一条、六五条を、仮執行宣言について同法二五九条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 馬場純夫)

別紙

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