大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成11年(ワ)16583号 判決 1999年10月29日

原告

杉浦光弘

右訴訟代理人弁護士

椙谷将也

被告

株式会社金融界社

右代表者清算人

髙橋孝次

被告

株式会社大相模カントリークラブ

右代表者代表取締役

髙橋正孝

右被告ら両名訴訟代理人弁護士

石井成一

小田木毅

岡田理樹

竹内淳

主文

一  被告株式会社金融界社は原告に対し金五二九万円及びこれに対する平成一一年五月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告株式会社金融界社に対するその余の請求を棄却する。

三  原告の被告株式会社大相模カントリークラブに対する請求を棄却する。

四  訴訟費用は、原告に生じた費用の三分の一と被告株式会社金融界社に生じた費用の三分の二を被告株式会社金融界社の負担とし、原告に生じた費用の三分の二と被告株式会社金融界社に生じた費用の三分の一と被告株式会社大相模カントリークラブに生じた費用を原告の負担とする。

五  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告株式会社金融界社(以下「金融界社」という)は原告に対し金五六四万五八二九円及びこれに対する平成一一年五月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告株式会社大相模カントリークラブ(以下「大相模カントリークラブ」という)は原告に対しあらかじめ金二四〇万四一七一円を支払え。

三  被告らは原告に対し連帯して金二九六万及びこれに対する平成一一年三月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、平成一一年三月二〇日に解散した被告金融界社に雇用されていた原告が、右の解散に伴い右同日をもって同社を解雇されたが、被告金融界社は原告に退職金として金八〇五万円の支払義務があるところ、右の解散によって同年五月三一日現在の被告金融界社の流動資産は金五六四万五八二九円しかなく、右の金額を超える分については被告金融界社から回収することは不可能であるが、被告大相模カントリークラブが被告金融界社の大株主として同社を解散したことは原告に対する不法行為に当たることを理由に、被告金融界社に対しては右の退職金として金八〇五万円のうち金五六四万五八二九円及びこれに対する遅延損害金として労働基準法二三条に基づき請求の日の翌日から七日が経過した同年五月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求め、被告大相模カントリークラブに対しては不法行為に基づく損害賠償の将来の給付として右の退職金八〇五万円と被告金融界社に対する請求額である金五六四万五八二九円との差額である金二四〇万四一七一円の支払をあらかじめ求めるとともに、被告金融界社が原告を解雇したこと、被告大相模カントリークラブが被告金融界社の大株主として同社の解散を決議したことはいずれも原告に対する故意に基づく不法行為に当たることを理由に、被告らに対し原告が被った損害として原告の一二か月分の賃金に相当する金二七六万及び弁護士費用として金二〇万円、合計金二九六万円及びこれに対する不法行為の日又は不法行為の後であることが明らかな同年三月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

二  前提となる事実

1  被告金融界社は雑誌「金融界」の発行及び「金融研究社」の開催などを業とする株式会社である。被告大相模カントリークラブは平成一一年三月一五日の時点において被告金融界社の発行済株式総数二万株のうち一万六〇〇〇株を保有し、被告金融界社の取締役であった髙橋孝、髙橋孝次及び髙橋正孝はそれぞれ同社の創業者であった髙橋修一の長男、次男及び三男であり、いずれも右同日の時点において同社の株式八〇〇株をそれぞれ保有していた。髙橋孝次は被告金融界社の清算人、髙橋正孝は被告大相模カントリークラブの代表者である(争いがない)。

2  被告金融界社は右同日臨時株主総会を開催し、右の臨時株主総会に出席した被告大相模カントリークラブ外の株主は全員異議なく同月二〇日をもって解散することを決議し、同社は右同日をもって解散し、現在清算中である(被告金融界社が現在清算中であることは争いがなく、その余は書証略)。

3  被告金融界社は同月二〇日原告に対し同年四月二〇日をもって被告金融界社を解雇する旨の意思表示をし(以下「本件解雇」という)、同年三月二三日原告に対し解雇予告手当として金二一万一一六一円を支払った(解雇予告手当を支払った日にちについては弁論の全趣旨。その余は争いがない)。

4  被告金融界社の社内規定(以下「本件規定」という)には、次のような定めがある(争いがない)。

〔第二章〕給与

(一) 第一四条

社員が在職二年以上で退職し、又は死亡したときは、退職手当を支給する。

(二) 第一五条

退職手当の額は、退職又は死亡当時の俸給を基準として、在職年数に応じて社長が決定する。

5  本件解雇当時の原告の賃金は基本給として金二三万円、通勤手当として金一万九〇〇〇円であった(原告に通勤手当が支給されていたこと及びその額については書証略。その余は争いがない)。

6  被告金融界社の同年五月三一日の時点における流動資産の総額は金五六四万五八二九円である(争いがない)。

7  原告は同月一七日被告金融界社に対し右同日付け請求書により退職金として金八〇五万円の支払を請求し、右の請求は同月一八日被告金融界社に到達した(請求が到達した日にちについては弁論の全趣旨。その余は争いがない)。

8  被告金融界社は同月二四日原告に対し退職金として金五二九万円を支払う用意があることを表明したが、原告は右の金額に納得せず本件訴訟を提起した(表明した日にちについては書証略。その余は争いがない)。

三  争点

1  原告の退職金の金額について

(一) 原告の主張

原告は昭和三九年三月被告金融界社に入社したから、本件解雇までの原告の在職年数は三五年である。本件解雇時の原告の賃金は基本給で月額金二三万円であるから、被告金融界社が原告に支払うべき退職金の金額は基本給金二三万円に勤続年数三五を乗じた金八〇五万円である。

ところが、被告金融界社の同年五月三一日現在の流動資産の総額は金五六四万五八二九円であるから、原告は被告金融界社に対し退職金として金八〇五万円のうち金五六四万五八二九円の支払及びこれに対する遅延損害金として労働基準法二三条に基づき請求の日の翌日である同月一九日から七日が経過した同月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

なお、原告は昭和五一年三月に一旦被告金融界社を退社し、同年一一月に再び同社に入社したが、これは、原告と当時の同社の代表者であった髙橋修一との間で原告に雑誌「金融界」の発行と「金融研究会」の開催を任せることを合意したにもかかわらず、髙橋修一が雑誌「金融界」の発行権を坂本信明(以下「坂本」という)に譲渡する契約を締結し、結局その譲渡代金の支払が受けられなかったことから、右の二重譲渡を原告にわびて原告に被告金融界社への復帰を要請したことによるのであって、右のような経緯に加えて原告が昭和五一年の退職の際に退職金の支払を受けていないことにも照らせば、今回の原告の退職金の計算に当たって用いるべき在職年数は三五年とすべきである。仮に原告が昭和五一年の退職の際に何らかの金員の支払を受けていたとしても、それは雑誌「金融界」の発行及び「金融研究会」の開催を引き継ぐに当たっての支度金的な意味を有するのであって、退職金ではない。また、今回の原告の退職金の計算に当たって昭和五一年三月から同年一一月までの一時退職期間を考慮するとしても、在職年数は三四年であり、原告の退職金はこれに金二三万円を乗じた七八二万円である。

(二) 被告の主張

原告は昭和三九年三月二日付けで被告金融界社に入社したが、昭和五一年二月二〇日には退職し、同年一一月に再び被告金融界社に入社したから、本件解雇までの原告の在職年数は二三年である。

本件規定一五条にいう「在職年数に応じて」とは在職年数に対応してということであり、原告の主張のように在職年数を乗じるということではないし、そのような実務的慣行も存在しない。現に原告が昭和五一年に退職したときに支払った退職金は当時の俸給(基本給)である金九万八〇〇〇円の三か月分に相当する金二九万四〇〇〇円である。

被告金融界社は原告に支払うべき退職金については前回退職したときと比べてこれを優遇することにし、基本給に在職年数である二三を乗じた金五二九万円を支払うことを表明したが、その後本件訴訟の提起に伴い右の金五二九万円から防禦費用の出えんを余儀なくされている。

2  被告大相模カントリークラブに対する退職金支払不能見込額の将来請求の可否について

(一) 原告の主張

原告の退職金は金八〇五万円であるところ、被告金融界社の平成一一年五月三一日の時点における流動資産の総額は金五六四万五八二九円しかないのであって、右の退職金と流動資産との差額である金二四〇万四一七一円については支払を受けられない可能性が高いのであるが、このような回収不能の事態は被告金融界社の発行済株式総数の八〇パーセントを保有する被告大相模カントリークラブが原告に支払うべき退職金に充てるだけの資産がないにもかかわらず、被告金融界社の解散を決議したからにほかならないのであって、被告大相模カントリークラブが被告金融界社の解散を決議しそれによって原告が本来受領することができたはずの退職金全額を回収できない事態を生ぜしめたことは、被告大相模カントリークラブの原告に対する不法行為を構成する。そこで、原告は被告大相模カントリークラブに対し不法行為に基づく損害賠償の将来の給付として原告の退職金と流動資産との差額分に相当する金二四〇万四一七一円の支払を求める。

(二) 被告の主張

否認ないし争う。

3  被告らの原告に対する不法行為に基づく損害賠償請求の可否について

(一) 原告の主張

原告は被告金融界社の突然解散決議により同社を解雇され、経済的な拠り所及び精神的な支柱を一方的に奪われたのであって、被告金融界社による本件解雇及び被告大相模カントリークラブによる被告金融界社の解散決議はいずれも故意に基づく不法行為であり、原告は被告らに対し右の不法行為で被った経済的な拠り所及び再就職先を探す機会を奪われるという実質的な損害及び精神的苦痛を被っており、これらを金銭に換算すると、本件解雇当時の基本給金二三万円の一二か月分に相当する金二七六万円が相当である。また、本訴提起に当たって原告が代理人に報酬を支払うという損害も被っており、これを金銭に換算すると、金二〇万円が相当である。

そこで、原告は被告らに対し不法行為に基づく損害賠償として金二九六万円及びこれに対する不法行為の日である平成一一年三月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二) 被告の主張

否認ないし争う。

第三当裁判所の判断

一  争点1(原告の退職金の金額)について

1  証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、もと被告代表者であった髙橋修一は被告金融界社が行っていた雑誌「金融界」の発行と「金融研究会」の開催をそれぞれ第三者に譲渡することを決め、昭和五一年三月一日原告などとの間で原告が被告金融界社に替わって「金融研究会」の開催を引き継ぐことなどを合意するとともに、同月一六日坂本との間で雑誌「金融界」の発行権を譲渡することなどを合意したこと、ところが、坂本が右の合意に係る譲渡代金を支払わなかったので、被告金融界社は雑誌「金融界」の発行権を坂本に譲渡することを取りやめ、それに伴い原告に被告金融界社が開催する「金融研究会」を引き継がせることも取りやめたこと、原告は被告金融界社との間の前記合意に先立つ同年二月末日をもって被告金融界社を退職したが、原告が被告金融界社に替わって「金融研究会」の開催を引き継ぐことはすべてとん挫したので、原告は同年一一月に被告金融界社に再び入社したこと、原告が同年二月二〇日をもって退職したことに伴い、被告金融界社は同年三月一〇日原告に対し退職金として金二九万四〇〇〇円を支払ったことが認められる(なお、原告は髙橋修一が雑誌「金融界」の発行権を原告と坂本に二重譲渡したと主張するが、右の主張は証拠(略)からうかがわれる事実関係とは齟齬しているものと認められる上、原告が被告金融界社に復帰した経緯に関する主張自体も不自然というほかないのであって、仮に原告が陳述書などにおいて右の主張に沿う供述をしたとしても、その供述だけでは右の認定を左右するには足りないものと考えられる)。

右の事実によれば、原告は昭和五一年二月二〇日をもって被告金融界社を退職するに当たって同社から退職金の支払を受けているというのであるから、本件解雇までの原告の在職年数は原告が被告金融界社に最初に入社した昭和三九年から起算すべきではなく、再入社した昭和五一年一一月から起算すべきであり、そうすると、本件解雇までの原告の在職年数は三五年ではなく二三年であるというべきである。

2  ところで、

(一) 被告金融界社の社員の退職金の金額について、本件規定一五条は「退職又は死亡当時の俸給を基準として、在職年数に応じて社長が決定する」と定めており、この規定の仕方によれば、被告金融界社の社員の退職金の金額が社員の退職又は死亡当時の俸給に在職年数を乗じた金額であるとされているということができないことは明らかであり、社員の退職金の金額はあくまでも社長が決めた金額であり、退職金の金額は退職又は死亡当時の俸給を基準として在職年数に応じてこれを決めなければならないものと認められる(もっとも、被告金融界社においては長年にわたり社員の退職又は死亡当時の俸給に在職年数を乗じた金額をもって当該社員の退職金をするという取扱いが続けられてきたとすれば、被告金融界社の社員の退職金の金額は社員の退職又は死亡当時の俸給に在職年数を乗じた金額であるといえなくもないが、本件では被告金融界社は本件解雇当時の原告の基本給に本件解雇までの原告の在職年数を乗じた金額をもって原告の退職金としている(後記第三の一1(二))から、右の取扱いの有無について殊更に原告に立証させる必要はない)。

(二) 本件では、被告金融界社は、原告からの退職金の支払の請求に対し、本件解雇当時の原告の基本給が金二三万円であること、本件解雇までの原告の在職年数が二三年であることに照らし、平成一一年五月二四日金二三万円に二三を乗じた金五二九万円を退職金として支払う用意があることを表明した(前記第二の二7、8、書証略)というのであるから、被告金融界社は遅くとも右同日までには原告の退職金を金五二九万円とすることを決定したというべきであり、この金額は本件解雇当時の原告の基本給の金額(前記第二の二5)と本件解雇までの原告の在職年数(前記第三の一1)に照らし相当というべきである。

(三) 以上によれば、原告の退職金の金額は金五二九万円であると認められる。そして、労働基準法二三条によれば、原告が被告金融界社に対してした請求が到達した日の翌日である同月一九日から起算して七日後の同月二五日の経過をもって、被告金融界社は原告の退職金五二九万円について遅滞に陥ったというべきであるから、被告金融界社は原告に対し退職金として金五二九万円及びこれに対する請求の日の翌日から七日が経過した同月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負う。

(四) なお、被告は本件訴訟の提起に伴い右の金五二九万円から防御費用の出えんを余儀なくされていると主張しているが、仮に右の主張が事実であるとしても、そのことは右で認定した被告金融界社の支払義務に何らの消長を来すものではない(仮に右の主張とおりの事実があるとすれば、それによって原告が現実に被告金融界社から回収することができる分が減じるだけのことである)。

3  そうすると、原告の被告金融界社に対する退職金の請求は、金五二九万円及びこれに対する平成一一年五月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由がある。

二  争点2(被告大相模カントリークラブに対する退職金支払不能見込額の将来請求の可否)について

1  原告の主張に係る論理で果たして被告大相模カントリークラブの原告に対する不法行為が成立するといえるかどうかについてはさておくこととして、原告の被告大相模カントリークラブに対する退職金支払不能見込額の将来請求は原告の退職金が金八〇五万円であり、その一部が回収不能であることを前提としている。

しかし、原告の退職金は金五二九万円であり(前記第三の一2)、被告金融界社の平成一一年五月三一日の時点における流動資産の総額は金五六四万五八二九円である(前記第二の二6)から、被告金融界社が原告の退職金の金額を決定してその支払の用意があることを原告に表明した同年五月二四日の時点で原告の退職金の一部が回収を受けられない可能性はなかったというべきである。

そうすると、原告の被告大相模カントリークラブに対する退職金支払不能見込額の将来請求はその前提を欠いており、採用できない。

2  以上によれば、原告の被告大相模カントリークラブに対する退職金支払不能見込額の将来請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

三  争点3(被告らの原告に対する不法行為に基づく損害賠償請求の可否)について

1  本件解雇は被告金融界社の解散決議に基づいて行われたことであり、いわば事業の廃止に伴う整理解雇に類するものと考えられるところ、原告が本件解雇によって突然職を失い、経済的な拠り所及び精神的な支柱を一方的に奪われたとしても、それだけでは本件解雇が違法であるということはできない。また、本件解雇の前提を成す被告金融界社の解散決議が違法であるということもできない。

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、被告らの原告に対する不法行為の成立を認めることはできない。

2  以上によれば、原告の被告らに対する損害賠償の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

四  結論

以上によれば、原告の請求は被告金融界社に対し退職金として金五二九万円及びこれに対する平成一一年五月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 鈴木正紀)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例