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東京地方裁判所 平成11年(ヨ)21087号 決定 1999年11月29日

債権者

俵谷晋三

債権者

大串美津子

債権者

黒沢恵子

債権者

鈴木学

債権者

戸畑道男

債権者

高鶴淳二

債権者

奈良ゆみ子

債権者

藏田美鈴

債権者

高須千代

右債権者ら九名代理人弁護士

君和田伸仁

中川真

井上幸夫

債務者

財団法人角川文化振興財団

右代表者理事長

角川歴彦

右代理人弁護士

茅根熙和

春原誠

主文

一  本件申立てをいずれも却下する。

二  申立費用は債権者らの負担とする。

理由

第一申立て

一  債権者らが債務者に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者らに対し、平成一一年四月から本案の確定に至るまで毎月二五日限り別紙賃金目録(略)の「月例賃金額」欄記載の金員並びに同年七月から本案の確定に至るまで毎年七月末日及び一二月末日限り同目録の「賞与額」欄記載の金員を仮に支払え。

第二事案の概要

一  本件は、債務者に雇用されていた債権者らが、債務者に整理解雇されたとして、債務者に対し労働契約上の権利を有することの仮の確認及び賃金の仮払いを求める事案である。

二  前提となる事実

1  債務者は、文芸の研究等を奨励するとともに、優れた文芸の成果に対する顕彰を行い、もって我が国の文化の振興に寄与することを目的として、昭和五一年二月に設立された財団法人である(争いがない。)。

2  債権者らは、いずれも債務者に雇用されて債務者の編さん室の編集者として勤務してきたものであり、日本出版労働組合連合会・東京出版合同労組ユニティ分会(以下「本件組合」という。)に所属している(債権者らが本件組合に所属していることについては<証拠略>。その余は争いがない。)。

3  債務者は、平成一〇年一二月一〇日、債権者ら九名を含む編さん室勤務の職員一四名を集めて同人らに対し平成一一年三月末日をもって同人らを解雇する旨の意思表示をし(以下「本件解雇」という。)、債権者ら九名を含む右の一四名は同年四月一日以降債務者において働いていない(争いがない。)。

4  債務者における賃金は毎月二五日に支払われる。債権者大串美津子(以下「大串」という。)及び債権者藏田美鈴(以下「藏田」という。)の賃金はいずれも日給月給制であり、その余の債権者らの賃金はいずれも月給制であった。債権者らの平成一〇年四月から平成一一年三月までの一か月当たりの平均賃金(通勤交通費を含む。)額は別紙賃金目録の「月例賃金額」欄記載のとおりである。債務者は毎年七月及び一二月に賞与を支払っているが、債権者高須千代(以下「高須」という。)を除くその余の債権者らの賞与額は別紙賃金目録のとおりであり、債権者高須の賞与額は金一八万二六七一円である(債権者高須の賞与額については審尋の全趣旨。その余は争いがない。)。

5  債務者には就業規則は存しない(争いがない。)。

三  争点

1  被保全権利について

(一) 債権者らと債務者との間の労働契約は期間の定めのない契約か。

(1) 債権者らの主張

ア 債権者らと債務者との間の労働契約が期間の定めのない契約であることは、次の(ア)ないし(ウ)の経過から明らかである。

(ア) 債権者俵谷晋三(以下「俵谷」という。)は昭和五七年四月から臨時雇用者(その意味については後記第二の三1(一)(2)アを参照)として地名大辞典編集室で、債権者大串は昭和六〇年四月から臨時日給者として地名大辞典編集室で、債権者黒沢恵子(以下「黒沢」という。)は昭和六一年九月から校正料払いのアルバイト、同年一一月からは臨時雇用者として地名大辞典編集室で、債権者鈴木学(以下「鈴木」という。)は平成元年四月から校正料払いのアルバイト、同年五月からは臨時雇用者としてふるさと大歳時記編集室で、それぞれ勤務し始めた。右の四名の債権者らのうち債権者鈴木を除くその余の債権者らは、地名大辞典編集室で勤務していた当時には給与明細書に付属する書面に押印して提出するという方法によって契約期間を二か月としてこれを更新するという手続がとられ、また、平成二年一〇月には地名大辞典編集室の閉鎖に伴い退職慰労金の支払を受けたことについて、いずれも形式的なものと理解しており、債権者鈴木は契約期間を二か月としてこれを更新するという手続がとられていたことについて形式的なものと理解していた。債務者は地名大辞典編集室の閉鎖に伴い「再雇用はしない」という態度をとっていたが、平成二年一〇月ころ残留希望者を募ったので、右の三名の債権者らはこれに応じて債務者に残留した。その結果、債権者俵谷は昭和六三年に事務局に異動していたが、地名大辞典の完結によって地名大辞典編集室が閉鎖されたにもかかわらず、それとは関係なく事務局の仕事を継続し、債権者大串は平成二年一一月以降は編さん室で「地名大辞典 総索引」の制作に携わり、債権者黒沢も右同月以降は編さん室で勤務していた。そして、右の三名の債権者らについては平成三年以降は契約の更新という手続も行われなくなった。債権者鈴木についても平成三年以降は契約の更新という手続は行われなくなり、平成七年にふるさと大歳時記の完結によってふるさと大歳時記編集室が閉鎖された後も債務者に残留して写真資料室の仕事を引き受けてきた。したがって、債権者俵谷と債務者との間では昭和六三年又は平成三年には、債権者大串、債権者黒沢及び債権者鈴木と債務者との間では平成三年には、それぞれ黙示の合意により期間の定めのない契約が成立している。

(イ) 債権者戸畑道男(以下「戸畑」という。)は平成二年一一月から、債権者高鶴淳二(以下「高鶴」という。)は同年一二月から、債権者奈良ゆみ子(以下「奈良」という。)は平成三年八月から、債権者藏田は平成四年一〇月から校正料払いのアルバイト、平成五年四月からは臨時日給者として、それぞれ編さん室で勤務し始めた。債権者戸畑は平成三年一月に嘱託待遇の辞令を、同年三月に嘱託の辞令を、それぞれ交付されたことについては身分保障の意味に理解していた。右の四名の債権者らは採用時に債務者から契約期間についての説明を受けておらず、契約書を取り交わしたこともなく、契約の更新の手続もとっていない。したがって、右の四名の債権者らと債務者との間では当初から期間の定めのない契約が成立している。

(ウ) 債権者高須は平成元年九月からアルバイトとして、平成二年五月から臨時職員として、勤務を開始し、平成四年五月に退職したが、平成五年七月から自宅でできる仕事を時給払いでするようになり、同年八月ころからアルバイトとしてふるさと大歳時記編集室で勤務し始め、平成七年三月にふるさと大歳時記編集室の閉鎖により一旦退職し、同年五月アルバイトとして編さん室で勤務し始め、同年一〇月には臨時職員となったが、このとき雇用期間についての説明はなく、契約書も取り交わしていない。したがって、債権者高須と債務者との間では平成七年から期間の定めのない契約が成立している。

イ 債権者らと債務者との間の労働契約が期間の定めのない契約であることは、(ア) 債務者の佐藤吉之輔(以下「佐藤」という。)事務局長が債務者と本件組合との団体交渉の席上で債権者らとの労働契約は期間の定めのないものとして存在していると認識しているという趣旨の発言をしていること、(イ) 債務者が文化庁に提出している職員名簿によれば、臨時的、非正規職員である自費出版担当の職員やアルバイトと債権者らを明確に区別する一方、編さん室に所属する債権者らと事務局の職員を同等に扱っており、また、届出名簿の就任年月日は債権者らが期間の定めのない常用労働者であることを前提としていること、(ウ) 債務者の主張によれば、事務局長、図書資料館長、事務局次長を除いた正職員は一名だけであり、その余はすべて臨時職員という構成であるというのであるが、債務者は嘱託や臨時職員の処遇と正職員の処遇との間に格別の差を設けていないこと、(エ) 債務者は特定のプロジェクトの遂行のために専ら雇用されていたわけではないことなどからも明らかである。結局のところ、債務者は地名大辞典の編さんの際の基準をその後の契約にも強引に当てはめようとしているにすぎない。

(2) 債務者の主張

ア 債務者は地名大辞典の編集のために多数の臨時職員を採用したが、その契約形態は、契約期間を三年とし、必要があれば更新する「嘱託」、契約期間を二か月とし必要があるときは更新する「臨時雇用者」と「臨時日給者」の三つであり、嘱託の賃金は月給制で賞与は半期ごとに二・四か月分、臨時雇用者の賃金は日給月給制で賞与は半期ごとに二〇日分、臨時日給者の賃金は日給制で賞与は半期ごとに二〇日分であった。

イ 債権者の採用経緯は、次の(ア)ないし(ケ)のとおりであり、債権者らは編さん室での業務に従事するために採用された臨時職員であって、編さん室での業務が終了又は消滅すれば債務者を退職することは承知していた。

(ア) 債権者俵谷は昭和五七年臨時雇用者として採用され、平成二年一〇月地名大辞典の完結により一旦退職し平成三年一月に臨時雇用者として再雇用された。

(イ) 債権者大串は昭和六〇年に臨時日給者として採用され、平成二年一〇月地名大辞典の完結により一旦退職し平成三年一月に臨時日給者として再雇用された。

(ウ) 債権者黒沢は昭和六一年に臨時雇用者として採用され、平成二年一〇月地名大辞典の完結により一旦退職し平成三年一月に臨時雇用者として再雇用された。

(エ) 債権者鈴木は平成元年四月からふるさと大歳時記の写真協力者として採用され、その賃金は時給であった。平成七年ふるさと大歳時記の完結により債権者鈴木を除くその余の担当者は退職したが、債権者鈴木は写真資料類の残務整理のために残留しその後角川書店から譲渡された写真資料の整理作業に従事していたが、この作業は残り一年で終了し、終了後は債務者を退職することが予定されていた。

(オ) 債権者戸畑は平成二年一一月に臨時雇用者として採用され、平成三年一月に嘱託待遇となり、同年三月には嘱託となった。

(カ) 債権者高鶴は平成二年一二月に臨時雇用者として採用され、平成三年一月から嘱託待遇となり、平成八年ころから嘱託になった。

(キ) 債権者奈良は平成三年四月に週四日勤務のアルバイトとして採用されたが、その後週五日の勤務となったので、臨時雇用者となった。

(ク) 債権者藏田は平成五年に臨時日給者として採用された。

(ケ) 債権者高須は平成元年に臨時雇用者として採用され、平成四年五月に一旦退職し、その後自宅での仕事を請け負うようになり、平成七年一〇月臨時雇用者として再雇用された。

(二) 本件解雇は有効か。

(1) 債権者らの主張

ア 債務者は、後記第二の三1(二)(2)ア(ア)のとおりの経緯により株式会社角川書店(以下「角川書店」という。)から委託された出版企画の編集、制作の業務を行ってきたが、角川書店がこの業務の委託を平成一一年三月三一日をもって更新しないことを通告してきたことから、本件解雇に及んだわけであるが、そもそも本件解雇は角川書店の主導による労働条件の引下げを目的とするリストラ解雇であり、解雇権の濫用として無効である。

すなわち、債務者は実質的には角川書店の一部門であるところ、この角川書店と債務者の関係に加えて、本件解雇を決めたのは角川書店の取締役を歴任して現在も同社の監査役を兼務している佐藤事務局長であって、しかも債務者の評議会や理事会にも諮らずに角川書店の経営管理室と相談して決定したことからすると、本件解雇はいわば角川書店が主導したものというべきである。債務者は本件解雇を巡る交渉の中で債権者ら九名を含む編さん室勤務の職員一四名に対し株式会社飛鳥企画(以下「飛鳥企画」という。)に移って同人らが同社との間で業務委託契約(請負契約)を締結して仕事を継続することを提案しているが、このことからすれば、角川書店が債務者に委託していた業務が消滅するわけではないことは明らかである。また、角川書店と債務者との間の業務委託契約を解消すべき必要は全くなかった。そうすると、債務者の実質的な雇用主ともいうべき角川書店は債務者との間で締結していた業務委託契約を破棄して本件解雇を強行した上で、債権者らを角川書店の一〇〇パーセント出資の子会社である飛鳥企画に移らせようとしたのであって、飛鳥企画における労働条件は債務者におけるそれよりも低いものである。したがって、本件解雇は債権者らの雇用形態と労働条件を不利益に変更する目的で行われたものというべきであって、このような不合理なリストラ解雇が解雇権の濫用として無効であることは明らかである。

イ 本件解雇はいわゆる整理解雇であるが、整理解雇として備えるべき四つの要件をいずれも欠いており、解雇権の濫用として無効であることは明らかである。

(ア) 人員整理の必要性について

債務者は本件解雇を巡る交渉の中で債権者ら九名を含む編さん室勤務の職員一四名に対し飛鳥企画に移って同人らが同社との間で業務委託契約(請負契約)を締結して仕事を継続することを提案しており、また、角川書店と債務者との間の業務委託契約を解消すべき必要は全くなかったのであって、債務者及び角川書店においては人員削減をする必要は全くなかったといえる。また、平成一一年二月一日現在の債務者の資産総額は約金一六億四四二五万円であり、負債総額を差し引いた正味財産は金一六億二〇〇〇万円余りであり、債務者が基本財産として保有する角川書店の株式は簿価では金二四九五万八八二〇円であるが、平成一一年四月二一日の時価では金一二五億円以上であり、これを売却して定期預金の形で保有すれば、年間金一ないし二億円程度の基本財産利息収入が得られる。その上、事業遂行に要する経費に支弁する運用財産は負債総額を差し引いても平成一一年二月一日現在で金六億九六〇四万円余りであり、平成六年度に角川書店から受けた寄付金も運用財産として毎年度着実に増えている。このような債務者の経営や資産の状況からしても、性急に債権者らを解雇する必要性は全くなかった。

(イ) 解雇回避努力について

債務者は、本件解雇に先立って、希望退職の募集、角川書店との取引継続の努力、債務者の役員報酬の削減、出向、図書館事業部門への配転、自費出版の業務の改善による雇用の継続、本件組合の提案に係る再建案をしんしに検討しようとしないなど、解雇を回避する努力を全く尽くしていない。

(ウ) 人選の合理性について

角川書店から委託されていた業務が打ち切られたために編さん室を閉鎖することに伴って余剰人員が生じたからといって、そのことから直ちに編さん室に所属していた者が当然に解雇の対象となるということはできないのであり、また、債務者には編さん室の外に事務局があり、編さん室で勤務していた者でも事務局の業務を十分に遂行することができるのであるから、編さん室と事務局に配置されている職員の中からを(ママ)解雇の対象者を選定すべきであって、単に編さん室に所属しているという理由で解雇の対象者とすることには何の合理性もない。

(エ) 協議説明義務違反について

債務者は本件解雇に先立ち解雇対象者に何の説明もせず、協議もせず、一方的に本件解雇に及んでおり、労働契約当事者間の信義誠実義務に反するものである。

ウ 本件解雇の理由が後記第二の三1(二)(2)ア(イ)において債務者が主張するとおりであることについては否認ないし争う。

(2) 債務者の主張

ア 本件解雇に至るまでの経緯について

(ア) 債務者の編さん室は角川書店が昭和五一年に編さんを開始した「角川日本地名大辞典」の編集、制作を担当する目的で債務者内に設けられた。当初は角川書店からの出向者や臨時職員が編さん室の業務に携わっており、債務者が臨時職員の賃金の支払を角川書店に申請し、それに基づいて角川支(ママ)店が支払うというシステムを採用していたが、就労期間が三か月を超える臨時職員が次第に増加したため、債務者と角川書店は、昭和五八年度から平成八年度までは角川書店が債務者に編集費を支払うことなどを明らかにした念書を取り交わすようになった。企画ごとの経費が不明確であるという税務当局の指摘を受けた角川書店は平成九年度には債務者との間で委託業務内容をより明確にする目的で委託料を編さん室の担当に係る一般企画と事務局の担当に係る自費出版企画に分けて算定することとして業務委託契約書を取り交わし、さらに平成一〇年には債務者が角川書店から委託された個々の出版企画ごとに編集費を予定しこれに人件費を加えた編集業務委託料を角川書店に提示し、債務者と角川書店がそれを基に委託料を協議した上で業務委託契約を締結した。ところで、角川書店は平成一〇年一一月二六日東京証券取引所に株式を上場したが、その際に東京証券取引所上場部上場審査室から債務者と角川書店との業務委託契約は解消することが望ましいと指導されたことから、株式の上場を機に債務者との業務委託契約を打ち切る意思を固め、同年一〇月末ころ債務者に対し平成一一年三月末日で終了する業務委託契約を更新しないことを通告した。

(イ) 債務者は角川書店から一部の出版企画の編集、制作業務を委託され、事務局において句集、歌集類の自費出版を、編さん室において学術性の高い出版企画を、それぞれ担当してきたが、角川書店との間の業務委託契約の終了により債務者の契約によって受託していた業務は消滅するところ、<1> 自費出版については今後も業務を継続していくことは可能であるが、学術性の高い出版企画については企画、出版に要する費用を負担する資力の欠如、取次ぎへの販路の欠如という点から今後も業務を継続していくことは不可能であること、<2> 業務委託契約に基づいて角川書店から毎年支払われていた約二億円の委託料が平成一一年四月以降は全く支払われなくなるのであって、平成九年度、平成一〇年度と赤字が続き繰越金によって赤字を補っている債務者の財政状況の下では債務者が編さん室に勤務する債権者らを含む一四名の賃金を支給し続けることは不可能であること、以上の点にかんがみれば、債務者は編さん室に勤務する債権者らを含む一四名の雇用を継続することは不可能であるといわざるを得なかった。そこで、債務者は平成一一年三月末日をもって編さん室を解散し、編さん室に勤務する一四名全員を解雇することを決め、本件解雇に及んだのである。

イ 債権者は本件解雇をリストラ解雇であると主張しているが、本件解雇に及んだ理由は前記ア(イ)で述べたとおりであり、リストラ解雇であるはずがない。本件解雇が整理解雇として無効でないことは前記ア(イ)で述べたことから明らかである。

2  保全の必要性について

第三争点に対する判断

一  被保全権利について

1  争点1(一)(債権者らと債務者との間の労働契約は期間の定めのない契約か。)について

(一) 次に掲げる争いのない事実、疎明資料(<証拠略>(ただし、次の認定に反する部分を除く。)、<証拠略>(ただし、次の認定に反する部分を除く。)、<証拠略>)及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められ、この認定に反する疎明資料(<証拠略>)は採用できない。

(1) 角川書店は昭和五一年に「角川日本地名大辞典(全四七巻・別巻二巻)」(以下「地名大辞典」という。)の編さんを開始した。角川書店には既存の編集部として一般書の編集部と辞典・教科書の編集部があったが、この企画の編集期間が一〇年を超え、大勢の人手を要することが予想されたため、角川書店は角川書店内にこの企画を担当する編集部を作ることは適当ではないと判断して、この企画の編集、制作を同年二月に設立認可されたばかりの債務者に委託することにし、債務者はこの企画のための編集室を設けた(角川書店が債務者に地名大辞典の編集、制作を委託した理由については<証拠略>。その余は争いがない。)。

(2) 地名大辞典は年間四県ずつ刊行し、平成二年七月の長野版で本巻四七巻の刊行を終え、同年一〇月に別巻Ⅰを、同年一二月に別巻Ⅱを刊行して完結した。地名大辞典の編さんが完結に向かう中で校閲・原稿整理作業は同年二月に終了し、資料整理、校正・制作作業は同年夏に終了した。債務者が地名大辞典の編さんのために雇用していた臨時職員は地名大辞典の完結が間近になった平成元年一一月以降に地名大辞典の完結後の臨時職員の身分について債務者と折衝を重ねたが、債務者は再雇用しないという態度をとり、作業が終了したグループから順次債務者を退職させていき、同年一一月には地名大辞典の編さんに従事したすべての人が退職した。債務者は退職に当たり臨時職員に退職慰労金を支給した(<証拠略>、審尋の全趣旨)。

(3) 債務者による臨時職員の雇用形態は、嘱託、臨時雇用者、臨時日給者の三つに分かれていた。嘱託とは、契約期間を三年とし、必要があれば更新するという雇用形態で、賃金は月給制で、賞与は半期ごとに二・四か月分を支給していた。臨時雇用者とは、契約期間を二か月とし必要があるときは更新するという雇用形態で、賃金は日給月給制で、賞与は半月ごとに二〇日分を支給していた。臨時日給者とは、契約期間を二か月とし必要があるときは更新するという雇用形態で、賃金は日給制で、賞与は半期ごとに二〇日分を支給していた(地名大辞典の編さんのために債務者が雇用した臨時職員の雇用形態が嘱託、臨時雇用者、臨時日給者の三つに分かれていたことは争いがなく、その余は<証拠略>)。

(4) 債務者は、地名大辞典の編さんが終息に向かうころ、地名大辞典と同じく各県版で地域の歴史を人物、家系などの面から掘り起こす「日本姓氏歴史人物大辞典」(以下「姓氏大辞典」という。)の編集、制作を企画し、角川書店に提案し、角川書店は平成二年一〇月ころ第一期分に限って姓氏大辞典の編さんを債務者に委託することにし、その旨を債務者に伝えた。債務者は角川書店の委託を受けて姓氏大辞典の編さん室を新たに発足させることにし、地名大辞典の編さんに携わった者の中から何人かを再雇用し、姓氏大辞典の編さん室で勤務させることにした。全県刊行となれば姓氏大辞典の完結までには一〇年以上を要することが予想された(<証拠略>、審尋の全趣旨)。

(5) 債権者俵谷は昭和五七年臨時雇用者として採用され、債権者大串は昭和六〇年に臨時日給者として採用され、債権者黒沢は昭和六一年に臨時雇用者として採用された(争いがない。)。右の三名の債権者らは平成二年一〇月地名大辞典の完結に伴って一旦債務者を退職することになったが、ちょうどそのころ姓氏大辞典の編さんを委託された債務者からの打診を受けて姓氏大辞典の編さんに携わる目的で債務者に再雇用され、同年一一月以降も引き続き債務者で働いていた(<証拠略>、審尋の全趣旨)。

(6) 債権者鈴木は平成元年四月にふるさと大歳時記の編さんに携わる目的で校正料払いのアルバイトとして採用され、同年五月から臨時雇用者となった。校正料払いとは、債務者が提出した支払申請書に基づいて角川書店が直接債務者で働いている臨時職員に対し賃金を支払うという方式であり、その臨時職員と債務者との間には雇用契約は締結されていない(採用された時期については争いがなく、その余については<証拠略>、審尋の全趣旨)。

(7) 債権者戸畑は平成二年一一月に、債権者高鶴は同年一二月に、それぞれ姓氏大辞典の編さんに携わる目的で臨時雇用者として採用され、債権者戸畑は平成三年一月から嘱託待遇に、同年三月から嘱託になり、債権者高鶴は同年一月から嘱託待遇になった(債権者戸畑と債権者高鶴の採用時の身分、債権者高鶴が平成三年一月から嘱託待遇になったことについては<証拠略>。その余は争いがない。)。

(8) 債権者奈良は平成三年八月に姓氏大辞典などの編さんに携わる目的で週四日の勤務でアルバイトとして採用され、平成四年七月から週五日の勤務で臨時雇用者となった(採用時は週四日の勤務であったが、後に週五日の勤務となったことについては争いがなく、その余は<証拠略>、審尋の全趣旨)。

(9) 債権者藏田は平成四年一〇月から姓氏大辞典などの編さんに携わる目的で校正料払いのアルバイトとして採用され、平成五年四月から臨時日給者となった(<証拠略>、審尋の全趣旨)。

(10) 債権者高須は平成元年九月にふるさと大歳時記の編さんに携わる目的でアルバイトとして採用され、平成二年五月から臨時雇用者となり、平成四年五月に一旦退職したが、平成五年七月から自宅でパソコンの入力の仕事を時給払いで行い、その後ふるさと大歳時記の編さんに携わる目的でアルバイトとして働き始め、平成七年三月にふるさと大歳時記の完結に伴い一旦退職し、同年五月から姓氏大辞典などの編さんに携わる目的で再び時給払いのアルバイトとして働き始め、同年一〇月臨時雇用者となった(<証拠略>、審尋の全趣旨)。

(11) 債務者は地名大辞典の編さんを行っていたころには臨時雇用者について二か月ごとに契約書を作成するという手続を行っていたが、姓氏大辞典の編さんが始まってからは嘱託、臨時雇用者及び臨時日給者について契約期間の満了ごとに契約書を作成するという手続は行っていなかった(<証拠略>、審尋の全趣旨)。

(二) 以上の事実を前提に、債権者らと債務者との間の労働契約が期間の定めのない契約であるかどうかについて検討する。

(1) 前記第三の一1(一)で認定した事実によれば、債権者戸畑を除くその余の債権者らは平成二年一一月以降債務者において働き始めた当初に二か月という期間を定めた労働契約を締結し又は債務者において働き始めた後に二か月という期間を定めた労働契約に切り替えたが、労働契約を締結し又は切り替えた後に契約書を作成して労働契約を更新するという手続を行わないまま平成一一年三月末日まで債務者で働いていたというのであり、また、債権者戸畑は債務者において働き始めた後である平成三年一月に三年という期間を定めた労働契約に切り替えたが、その後に契約書を作成して労働契約を更新するという手続を行わないまま平成一一年三月末日まで債務者で働いていたというのである。

(2) ところで、一年を超えない期間を定めた労働契約の期間満了後に労働者が引き続き労務に従事し、使用者がこれを知りながら異議を述べないときは、民法六二九条一項により黙示の更新がされ、以後期間の定めのない契約として継続されるものと解され、また、一年を超える期間を定めた労働契約は労働基準法一四条、一三条により一定の事業の完了に必要な期間を定めるものの外は期間が一年に短縮されるが、その期間満了後に労働者が引き続き労務に従事し、使用者がこれを知りながら異議を述べないときは、民法六二九条一項により黙示の更新がされ、以後期間の定めのない契約として継続されるものと解される。

(3) そうすると、債権者戸畑を除くその余の債権者らと債務者との間の労働契約は債務者において働き始めた当初に締結した労働契約又は債務者において働き始めた後に切り替えた労働契約で定めた二か月という契約期間が経過した後は期間の定めのない契約として継続されているというべきである。

また、債権者戸畑と債務者との間の労働契約は債権者戸畑が姓氏大辞典の編さんに携わる目的で締結されたが、姓氏大辞典は全県刊行となればその完結までには一〇年以上を要することが予想されたというのであるから、三年という契約期間が姓氏大辞典の編さんという事業の完了に必要な時期を定めたものということができないことは明らかであって、そうであるとすると、債権者戸畑と債務者との間の労働契約の期間は一年に短縮され、債権者戸畑と債務者との間の労働契約は右の一年という期間が経過した後は期間の定めのない契約として継続されているというべきである。

(4) 以上によれは、債権者らと債務者との間の労働契約は本件解雇に及んだ時点において期間の定めのない契約であったと認められる。

2  争点1(二)(本件解雇は有効か。)について

(一) 解雇は本来自由に行いうるものであることからすれば、使用者は単に解雇の意思表示をしたことを主張し疎明すれば足り、解雇権の濫用を基礎づける事実については労働者がこれを主張し疎明すべきであるということになる。そして、債務者には就業規則の定めがないこと(前記第二の二5)からすれば、債務者は本件解雇の理由に当たる事実についてこれを主張し疎明する必要はなく、かえって債権者らにおいて解雇権の濫用を基礎づける事実として解雇が理由らしい理由もないのにされたことを主張し疎明する必要があるというべきである。

したがって、以下においては、右に述べた観点から、本件解雇に当たって解雇の理由となった事実がなかったかどうかを検討する。

(二) まず、本件解雇がリストラ解雇として無効であるか(前記第二の三1(二)(1)ア)どうかについて検討する。

(1) 次に掲げる争いのない事実、疎明資料(<証拠略>)及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる。

ア 債務者と角川書店との関係について

(ア) 債務者は角川書店の創設者であり同社の代表者でもあった角川源義の遺志に基づいて設立された(争いがない。)。

(イ) 角川書店からの業務委託が個々の辞典や著作ごとに単価を決めて発注されるのではなく、債務者の行う編集業務そのものに対して一括して支払われていた(争いがない。)。

(ウ) 債務者が平成一一年二月一日現在で保有していた角川書店の株式は八〇万九七七四株であり、これは角川書店の発行済株式総数一一九二万一五〇〇株の六・七九パーセントである(争いがない。)。

(エ) 角川書店は平成六年度(平成六年四月一日から平成七年三月三一日まで)に債務者に全二億六九五〇万円の寄付をしている(争いがない。)。

(オ) 角川書店の代表者と債務者の理事長が同じである外、債務者の事務局長、図書資料館長、編さん室長といった要職は角川書店の元役員らによって占められている(争いがない。)。

(カ) 債務者の事務所は実質的には角川本郷ビルの六階と八階にあり、角川書店の社内電話番号簿には債務者の職員一人一人の内線番号が記載されている(争いがない。)。

(キ) 角川書店の代表取締役や常務取締役名などで出され角川書店の人事異動などが記載されている総務回覧が、債務者の職員にもあまねく回覧されその内容が周知されている(争いがない。)。

(ク) 債務者の職員の健康診断の日時などは総務回覧によって知らされ、角川書店の社員と同じ日に受診し、その結果は「事業所・(株)角川書店、所属・(財)角川文化振興財団」として配布されている(争いがない。)。

(ケ) 債務者は出金伝票、出張申請書及び校正料については平成一〇年二月まで、原稿料及び編集費申請書については平成一一年三月まで、それぞれ角川書店の所定の用紙に記入して角川書店に経理部に提出し、その決裁を得ていた(争いがない。)。

(コ) 債務者が雇用しているアルバイトに対する賃金や賞与については角川書店が同社名で振り込んでいる(争いがない。)。角川書店の創立五〇周年記念特別奨励金についても角川書店が支払っている(<証拠略>)。角川書店が平成八年まで債務者との間で締結していた念書には角川書店を甲、債務者を乙として「ただし、臨時雇用者に対する賞与の支払がある月における金額は、甲乙協議により決定する。」と書かれていた(争いがない。)。

(サ) 角川書店の制作者会議、編集部会議である「書籍部決会議」や「一般書本会議」には債務者の職員も出席し、議論に参加している。新刊部数及定価申請書は角川書店の営業部、出版部、常務取締役の決裁を経た上で、最終的には同社社長の決裁を得るものとされている(争いがない。)。

(シ) 債務者の編集に係る出版物に関して債務者の職員である制作担当者が角川書店の所定の用紙に記入した上、印刷会社や製本会社に発注し、角川書店あての納品書により納品されている(争いがない。)。

(ス) 印刷所、製本所に対する関係において手配依頼書の発注者は債務者であるが、納品先は角川書店とされている(争いがない。)。

(セ) 書評のお願いには角川書店と債務者を併記することがあり、出版物の奥付は角川書店とされていて債務者が編集している旨の記載はなく、ただ債務者の電話番号だけが掲げられているにすぎない。角川書店のパンフレットやホームページに掲載された社史にはあたかも角川書店が債務者を設立したかのごとき記載がある(争いがない。)。

イ 債務者は当初は債権者ら九名を含む編さん室勤務の職員一四名(ただし、飛鳥企画からの出向者である編さん室長はこの一四名には含まれない。以下同じ。)のうち八名に対し平成一一年四月一日以降飛鳥企画に移って同人らが同社との間で業務委託契約(請負契約)を締結して仕事を継続することを提案し、その後の本件解雇を巡る交渉の中で債権者ら九名を含む編さん室勤務の職員一四名全員に対し平成一一年四月一日以降飛鳥企画に移って同人らが同社との間で業務委託契約(請負契約)を締結して仕事を継続することを提案している(争いがない。)。

ウ 右イの債務者の提案によれば、債権者ら九名を含む編さん室勤務の職員一四名が飛鳥企画に移った場合、そのほとんどについては飛鳥企画から支給される賃金は債務者から支給されていた賃金よりも低くなる(<証拠略>、審尋の全趣旨)。

エ 飛鳥企画は角川書店の一〇〇パーセント出資による子会社であり、その役員は角川書店の出身者が占めている(争いがない。)。

(2) 以上の事実を前提に、本件解雇がリストラ解雇として無効であるかどうかについて検討する。

ア <1>債務者が角川書店から地名大辞典の編集、制作を委託された理由(前記第三の一1(一)(1))及び<2>その後に姓氏大辞典の編修(ママ)、制作を企画した経緯(前記第三の一1(一)(4))に<3>前記第三の一2(二)(1)アで認定した事実を加えて併せ考えれば、債務者は角川書店が出版を企画した書籍の編集、制作を担当する部署であり、機能的にはいわば角川書店の一部門であるというべきである。

そして、債務者が機能的にはいわば角川書店の一部門であることに加えて、後記第三の一2(三)(1)アで認定した事実によれば、債権者らの賃金の最終的な負担者は角川書店であると認められることも併せ考えれば、角川書店が債権者らの実質的な雇用主であるとみることができないわけではないのであって、そのような観点に立ってみた場合に、角川書店が債務者に対する書籍の編集、制作の委託を打ち切ったのは角川書店の株式の上場に当たり角川書店が債務者に対し書籍の編集、制作の委託を続けることが適当ではないと判断したことによる(後記第三の一2(三)(1)ア(エ))というのであり、そうであるとすると、角川書店の委託に係る出版企画の編集、制作の業務が完全になくなったわけではないと考えられること、債権者ら九名を含む編さん室勤務の職員一四名が飛鳥企画に移った場合、そのほとんどについては飛鳥企画から支給される賃金は債務者から支給されていた賃金よりも低くなる(前記第三の一2(二)(1)ウ)というのであり、しかも、債権者らと飛鳥企画との間の法律関係は雇用契約ではなく請負契約に改められてしまうこと、債務者は角川書店の創設者であり同社の代表者でもあった角川源義の遺志に基づいて設立された財団法人であり(前記第三の一2(二)(1)ア(ア))、その理事長は角川書店の代表者である外、債務者の事務局長、図書資料館長、編さん室長などといった要職は角川書店の元役員らによって占められており(前記第三の一2(二)(1)ア(オ))、また、飛鳥企画は角川書店の一〇〇パーセント出資による子会社であり、その役員は角川書店の出身者が占めていること(前記第三の一2(二)(1)エ)、以上の点からすれば、本件解雇は債権者らの雇用形態及び労働条件を不利益に変更するという側面を有するものということができ、債権者らが債務者の提案するように飛鳥企画に移れば、角川書店は本件解雇によってこれまで債務者に委託していた編集、制作の業務に要した費用を軽減することができることになる。

したがって、角川書店が債権者らの実質的な雇用主であるという観点に立ってみれば、本件解雇は債権者らが主張するように雇用形態と労働条件を不利益に変更する目的で行われたリストラ解雇であるといえないでもない。

イ しかし、債権者らは角川書店に採用されたのではなく債務者に採用されたのであって(前記第三の一1(一)(5)ないし(10))、本件全疎明資料に照らしても、角川書店との間に雇用関係が存することを認めることはできないのであり、債務者と角川書店は別の法人であること(争いがない。)からすれば、法的には角川書店が債権者らの雇用主であるということはできないのであり、その上、本件解雇をした法的主体は債務者であって角川書店ではないのであるから、角川書店が債権者らの実質的な雇用主であるという観点に立ってみれば、本件解雇は債権者らが主張するように雇用形態と労働条件を不利益に変更する目的で行われたリストラ解雇であるといえないでもないからといって、そのことから直ちに法的には債権者らの雇用者である債務者が債権者らの雇用形態と労働条件を不利益に変更する目的で本件解雇に及んだということはできないのであって、したがって、本件解雇が債権者の(ママ)主張に係るリストラ解雇という意味において解雇権の濫用として無効であるということはできない。

もっとも、例えば、債務者が、債権者らの実質的な雇用主ともいうべき角川書店の、編集、制作に要する経費を削減したいという意を受けて、本件解雇に及んだとすれば、本件解雇が解雇権の濫用として無効とされる余地がないではないということになるが、そもそも債権者らはそのような主張はしていない上、本件全疎明資料に照らしても、債務者が右のような角川書店の意を受けて本件解雇に及んだことを認めることはできないのである。

ウ 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、本件解雇が債権者の(ママ)主張に係るリストラ解雇として無効であるということはできない。

(三) 次に、本件解雇が整理解雇として無効であるか(前記第二の三1(二)(1)イ)どうかについて検討する。

(1) 前記第二の二3の事実、次に掲げる争いのない事実、疎明資料(<証拠略>)及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる。

ア 角川書店が債務者に出版企画の編集、制作の業務を委託してきた経過について

(ア) 債務者の編さん室は角川書店が昭和五一年に出版を企画した地名大辞典の編集、制作を担当する目的で債務者内に設けられた。当初は角川書店からの出向者や臨時職員が編さん室の業務に携わっており、出向社員の賃金については角川書店が支払い、臨時職員の賃金については角川書店が債務者の申請に基づいて臨時職員に賃金を支払うというシステムを採用していた(争いがない。)。

(イ) 臨時職員の中には昭和五一年に編さん室が発足した当初から債務者において社会保険の適用を受けている者がいたが、やがて債務者はそのような者の身分を契約期間を三年とする嘱託とし、その外に雇用期間を二か月とする臨時雇用者という身分を設け、昭和五六年からは順次臨時雇用者にも社会保険を適用していった。このように債務者の編さん室に勤務する臨時職員の身分は嘱託、臨時雇用者、臨時雇用者に準じる臨時日給者、校正料払いの職員などに分かれるようになった。臨時職員の処遇が右のように整備されてきたことから、債務者と角川書店は、債務者が地名大辞典の編集作業の一部を分担し、角川書店が債務者に編集費を支払うこと、編集費は昭和五八年四月一日以降毎年四月一日から翌年三月三一日までの期間において債務者が負担した編集経費と同額とすることなどを合意し、右の合意の内容を記載した念書(<証拠略>)を取り交わした。債務者と角川書店はその後毎年念書を取り交わしていたが、地名大辞典が完結した後は、債務者が姓氏大辞典、ふるさと大歳時記などの編集作業の一部を分担し、角川書店が債務者に編集費を支払うことなどを内容とする念書を取り交わし、債務者と角川書店が右の内容の念書を取り交わすことは平成八年まで繰り返された(<証拠略>)。

(ウ) 姓氏大辞典、ふるさと大歳時記などといった出版企画ごとの経費が不明確であるという税務当局の指摘を受けた角川書店は平成九年に債務者との間で取り交わす念書の内容を見直すことにし、債務者に出版物の編集業務を委託し、その委託料を編さん室の担当に係る一般企画と事務局の担当に係る自費出版企画に分けて算定することなどを内容とする業務委託契約書(<証拠略>)を作成してこれを債務者と取り交わし、さらに平成一〇年には債務者が角川書店から委託された個々の出版企画ごとに編集費を算出し、これに人件費を加えた編集業務委託料を角川書店に提示し、債務者と角川書店がそれを基に委託料を協議した上で業務委託契約書(<証拠略>)を作成してこれを債務者と取り交わした(<証拠略>)。

(エ) 角川書店は平成一〇年一一月二六日東京証券取引所に株式を上場した(争いがない。)が、その際に東京証券取引所上場部上場審査室から債務者と角川書店との業務委託契約は解消することが望ましいと指導されたことから、株式の上場を機に債務者との業務委託契約を打ち切る意思を固め、同年一〇月末ころ債務者に対し平成一一年三月末日で終了する業務委託契約を更新しないことを通告した。角川書店と債務者との間の業務委託契約は平成一一年三月末日の経過をもって終了し、債務者はこれに伴い編さん室を閉鎖した(<証拠略>)。

イ 債務者の組織について

(ア) 債務者は平成一一年三月末までは事務局と編さん室に分かれていたが、右同日をもって編さん室を閉鎖したので、同年四月一日以降は事務局のみしかない。平成一一年四月現在の債務者の職員数は事務局長一名、角川日本文化図書資料館(以下「図書資料館」という。)館長一名、正職員一名(司書)一名(ママ)、嘱託一名、臨時職員三名、アルバイト三名、派遣社員一名、業務委託契約者五名であり、同年三月の時点では右の外に編さん室に編さん室長一名(飛鳥企画からの出向者)、編さん室勤務の職員一四名、アルバイト一名、業務委託者一名がいた(平成一一年三月の時点での債務者の職員数については<証拠略>。その余は争いがない。)。

(イ) 事務局は、<1> 債務者全体の総務・経理にかかわる業務、<2> 文芸の成果に対する選考、授賞などの業務、<3> 句集、歌集などを中心とする自費出版企画の編集、制作の業務、<4> 図書資料館に関する業務を担当しており、<1>については嘱託一名が、<2>については職員数名が、<3>については臨時職員二名と業務委託契約者五名が、<4>については正職員一名とアルバイト三名が、それぞれ配置されている(自費出版全画の編集、制作の業務に配置されている人数については<証拠略>。その余は争いがない。)。

ウ 債務者の資産の状況について

(ア) 平成一一年二月一日現在の債務者の資産合計は金一六億四四二五万六九五四円であり、負債合計は金二三六二万三一五九円であり、正味財産は金一六億二〇六三万三七九五円である。債務者は固定資産として角川書店の株式八〇万九七七四株を保有しており、その簿価は金二四九五万八八二〇円であるが、角川書店の株式の取引価格は同年四月二一日の時点で金一万五五〇〇円であるから、債務者の保有する株式を時価に換算すると、金一二五億五一四九万七〇〇〇円という計算になる(<証拠略>)。

(イ) 債務者の資産は基本財産と運用財産から成り(債務者の寄付行為六条)、債務者の事業遂行に要する経費は運用財産をもって支弁することとされ(同九条)、基本財産は原則としてこれを譲渡し交換し担保に供し又は運用財産に繰り入れてはならない(同八条)のであるが、平成一一年二月一日現在の債務者の基本財産は金九億二四五八万八一一六円であるから、右同日現在の運用財産は金七億一九六六万八八三八円ということになり、負債合計を差し引いた残額は金六億九六〇四万五六七九円となる(<証拠略>)。

(ウ) 債務者は平成六年度に角川書店から受けた寄付金二億六九五〇万円を基本財産に繰り入れずに流動資産の形で運用財産として次期会計に繰り越している。平成六年度の繰越額は金二億九〇七五万四一七一円、平成七年度(平成七年四月一日から平成八年三月三一日まで)の繰越額は金三億三六五〇万九六九一円、平成八年度(平成八年四月一日から平成九年三月三一日まで)の繰越額は金三億四八〇〇万二二一〇円、平成九年度(平成九年四月一日から平成一〇年三月三一日まで)の繰越額は金三億四三五〇万一八〇八円である(争いがない。)。

エ 角川書店が債務者に対し書籍の編集、制作の業務の委託の打切りを通告してきた後の債務者の対応について

(ア) 債務者は本件解雇に及ぶ前に職員の希望退職を募っていない(争いがない。)。

(イ) 債務者は角川書店が債務者に対し出版企画の編集、制作の業務の委託の打切りを通告してきた後に業務委託の継続を求めて角川書店に翻意するよう働きかけていない(<証拠略>)。

(ウ) 債務者は本件解雇に及ぶ前に債務者の事務局長、図書資料館長などの報酬を削減するという措置は執っていない(争いがない。)。佐藤事務局長の月額報酬は金九六万円、佐野図書資料館長の月額報酬は金四八万円、中村次長の月額報酬は平成一一年三月までが金一二〇万円、同年四月以降が嘱託になったことにより金一〇〇万円である(<証拠略>)。

(エ) 債務者は債権者ら九名を含む編さん室勤務の職員一四名全員に対し平成一一年四月一日以降飛鳥企画に移って同人らが同社との間で業務委託契約(請負契約)を締結して仕事を継続することを提案しているが、飛鳥企画への出向は提案していない(争いがない。)。

(オ) 債務者には新たに図書館を設けるという構想があるが、債務者は本件解雇に当たりその新たに設けられる図書館に債権者らの一部を配置することができるかどうかについては全く検討していない(争いがない。)。

(カ) 債務者で自費出版を担当している業務委託契約者五名のうち四名は角川書店を定年退職した者であるが、債務者は本件解雇に当たりこの自費出版の業務委託を廃止し、債権者らに行わせることは検討していない(争いがない。)。

(キ) 本件組合は平成一一年三月二六日に開催された第八回団体交渉において債務者に対し角川文化振興財団の発展と雇用保障のための組合案についてと題する書面を提出し、債権者らの雇用保障のための方策を提案したが、債務者は右の提案を具体性に乏しく検討するまでもないと判断した(<証拠略>)。

オ 角川書店が債務者に対し出版企画の編集、制作の業務の委託の打切りを通告してきた後の債務者の債権者らに対する説明の経過について

債務者は平成一〇年一二月一〇日債権者ら九名を含む編さん室勤務の職員一四名を集めて同人らに対し平成一一年三月末日をもって同人らを解雇する旨の意思表示をし(本件解雇)、本件組合との間で平成一一年一月一三日から同年二月一七日まで四回にわたり団体交渉を重ねたが、同月二三日付けで債権者らに対し平成一一年三月末日をもって同人らを解雇する旨を記載した書面を交付した。債務者はその後も同年二月二六日から同年三月三一日まで五回にわたり団体交渉を重ねたが、本件解雇は撤回しなかった。債務者は本件解雇に先立ち本件解雇せざるを得なかった理由などについて債権者らに説明し債権者らとの間で協議したことはなかった(前記第二の二3、<証拠略>)。

(2) 以上の事実を前提に、本件解雇が整理解雇として無効であるかどうかについて検討する。

ア 人員整理の必要性について

(ア) 債務者が角川書店から地名大辞典の編集、制作を委託された理由(前記第三の一1(一)(1))、その後に姓氏大辞典の編修(ママ)、制作を企画した経緯(前記第三の一1(一)(4))及び角川書店が債務者に出版企画の編集、制作の業務を委託してきた経過(前記第三の一2(三)(1)ア)に照らせば、債務者の編さん室における出版企画の編集、制作の業務は角川書店から出版企画の編集、制作についての委託が存することを前提としているものというべきであるところ、角川書店は平成一〇年一〇月末ころ債務者に対し平成一一年三月末日をもって出版企画の編集、制作の委託を打ち切ることを通告した(前記第三の一2(三)(1)ア(エ))というのであるから、債務者には平成一一年四月一日以降編さん室を存続させる理由はなかったものというべきである。

そして、債権者らは姓氏大辞典などの出版企画の編さんに携わる目的で平成二年一一月以降債務者に雇用又は再雇用された(前記第三の一1(一)(5)ないし(10))というのであるから、債務者が角川書店から平成一一年三月末日をもって出版企画の編集、制作の委託をすべて打ち切るという通告を受けた以上、債務者が平成一一年四月一日以降も債権者らを雇用し続ける理由はないというべきであり、債務者が同年三月三一日をもって編さん室を閉鎖することにしたのは当然の措置というべきである。

(イ) これに対し、

<イ> 債権者らと債務者との間の労働契約は期間の定めのない契約として継続されてきたわけである(前記第三の一1(二))が、そのことは右(ア)の判断を左右するものではない。

<ロ> 角川書店が債務者に対する書籍の編集、制作の委託を打ち切ったからといって、角川書店の委託に係る債務者の書籍の編集、制作の業務が完全になくなったわけではないと考えられる(前記第三の一2(2)ア)が、そのことは右(ア)の判断を左右するものではない。

<ハ> 債務者の資産の状況は債権者らを性急に解雇しなければならないほどにひっ迫したものではないことは前記第三の一2(三)(1)ウで認定した事実から明らかであるが、そのことは右(ア)の判断を左右するものではない。

イ 解雇回避努力について

前記アによれば、債務者が平成一一年三月三一日をもって編さん室を閉鎖するとなると、債権者らは同年四月一日以降債務者において余剰人員と化すことになるが、一般に余剰人員を削減しこれを整理する目的でするいわゆる整理解雇をするに当たっては、使用者が希望退職の募集などの他の手段を採ることによって解雇を回避することができたにもかかわらず、直ちに解雇した場合、あるいは、整理解雇を回避することが客観的に可能であるか否かは別として、整理解雇はいわば労働者側に出血を強いるものであることから、使用者としてもそれ相応の努力をするのが通例であるのに、何の努力もしないで突然整理解雇したりした場合などには、諸般の事情を考慮すると、使用者は整理解雇を回避するために十全の努力をしていないとして解雇権の行使が権利の濫用に当たるというべき場合があり得るものと解される。なぜなら、整理解雇は労働者側に解雇される帰責性がないにもかかわらず解雇によって失職するという不利益を被らせるものである以上、終身雇用を前提とする我が国の企業においては企業としてもそれ相応の努力をするのが通例であるのに、何の努力もしないで解雇することは、労働契約における信義則に反すると評価される場合があり得るからである。

しかし、整理解雇において使用者に解雇回避努力が求められる理由が右のとおりであるとすると、本件解雇は姓氏大辞典などの出版企画の編さんに携わる目的で平成二年一一月以降債務者に雇用又は再雇用された債権者(前記第三の一1(一)(5)ないし(10))についてされたものであり、本件解雇の理由が角川書店からの出版企画の編集、制作の委託の打切りであることからすれば、本件においては債権者らの雇用主である債務者が本件解雇に当たり解雇回避努力を尽くしたかどうかを検討する前提が欠けているというべきである。

したがって、仮に債権者らの主張するように債務者が解雇回避努力を尽くしていなかったとしても、そのことから直ちに本件解雇が権利の濫用として無効であるということはできない。

ウ 人選の合理性について

本件解雇は姓氏大辞典などの出版企画の編さんに携わる目的で平成二年一一月以降債務者に雇用又は再雇用された債権者(前記第三の一1(一)(5)ないし(10))についてされたものであり、本件解雇の理由が角川書店からの出版企画の編集、制作の委託の打切りである以上、債権者らの雇用主である債務者が債権者らを解雇の対象としたことに何ら不合理な点はないというべきである。

エ 協議説明義務違反について

整理解雇を行うに当たって企業が事前の説明、協議を尽くすことは望ましいと考えられるから、事前の説明や協議を尽くさなかったことが、諸般の事情を考慮すると、解雇に至る手続が信義に反するかどうかという観点から、解雇権の濫用という評価を基礎づける事情に当たるといえる場合があり得るものと解される。

債務者が本件解雇に先立ち本件解雇をせざるを得ない理由などについて債権者らに説明し債権者らとの間で協議していないことは前記第三の一2(三)(1)オのとおりであるが、本件解雇は姓氏大辞典などの出版企画の編さんに携わる目的で平成二年一一月以降債務者に雇用又は再雇用された債権者(前記第三の一1(一)(5)ないし(10))についてされたものであり、本件解雇の理由が角川書店からの出版企画の編集、制作の委託の打切りである以上、債務者が本件解雇に先立ち本件解雇をせざるを得ない理由などについて債権者らに説明し債権者らとの間で協議していないことが信義に反するということはできない。

オ 以上によれば、本件解雇は整理解雇として解雇権の濫用に当たるということはできない。

(四) 以上によれば、本件解雇が権利の濫用として無効であるということはできないのであって、被保全権利についての疎明はないというべきである。

二  以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、本件申立ては理由がないからこれを却下し、申立費用については債権者らに負担させることとして主文のとおり決定する。

(裁判官 鈴木正紀)

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