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東京地方裁判所 平成10年(ワ)27746号 判決 1999年9月16日

原告 A野一郎

右訴訟代理人弁護士 柳瀬康治

同 山本昌平

被告 A野花子

<他2名>

右三名訴訟代理人弁護士 栗栖康年

主文

一  東京法務局所属公証人C川松夫作成に係る平成七年第一八六号遺言公正証書(平成七年七月五日作成)による亡A野太郎の遺言は無効であることを確認する。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求及び訴訟物

原告の請求は主文と同旨である。右請求は、亡A野太郎(以下「遺言者」という。)の法定相続人の一人である原告が、その余の法定相続人三名全員を被告として、遺言者の公正証書による遺言が遺言能力欠缺及び方式不遵守により無効であることの確認を求めるものである。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  遺言者(大正八年七月一二日生まれの男性)は、平成一〇年九月一九日に死亡し、相続が開始した。法定相続人は、配偶者である被告花子、長男である原告、二男である被告二郎、長女である被告春子の四名であり、ほかに相続人はいない。なお、被告花子は本件遺言において遺言執行者に指定されている。

2  東京法務局所属公証人C川松夫が平成七年七月五日に作成した平成七年第一八六号遺言公正証書が存在し、遺言者が右遺言公正証書により遺言をした旨が記載されている。

右公正証書に記載されている遺言内容は、次のとおりである。

(一) 遺言者はその所有する別紙物件目録記載の土地一、二、三を遺言者の妻である被告花子に相続させる。

(二) 遺言者はその所有する別紙物件目録記載の土地四を遺言者の長男である原告に相続させる。

(三) 遺言者はその所有する別紙物件目録記載の土地八、九、一〇を遺言者の二男である被告二郎に相続させる。

(四) 遺言者はその所有する別紙物件目録記載の土地一一を遺言者の長女である被告春子に相続させる。

(五) 遺言者はその所有する別紙物件目録記載の土地五、六、七及び建物を遺言者の長男である原告に遺贈する。ただし、受遺者は、右遺贈を受ける負担として遺言者の株式会社富士銀行葛飾支店からの借入金債務の残額の弁済をし、受遺者が所有する松戸市《番地省略》所在の家屋番号《省略》木造スレート葺二階建居宅を撤去しなければならない。

(六) 遺言者はその所有する株式会社A野化学工業所の株式の全部を遺言者の長男である原告に相続させる。

(七) 遺言者は前記の財産以外のその所有する現金、預貯金、株券等有価証券を含むその余の遺産の全部を遺言者の妻である被告花子に相続させる。

(八) 遺言者の妻である被告花子を遺言執行者に指定する。

二  争点

1  遺言者が本件遺言当時遺言能力を有していたかどうか。

原告は、遺言者は平成七年七月五日当時パーキンソン病により痴呆が進行し遺言能力はなかったと主張する。被告らは、平成七年七月五日当時の遺言者の遺言能力には何ら問題はなかったと主張する。

2  本件遺言公正証書が法定の方式により作成されたかどうか。

原告は、遺言者は遺言能力を欠き遺言内容を口授しておらず、本件遺言公正証書は法定の方式を遵守していないと主張する。被告らは、本件遺言公正証書は法定の方式を遵守して作成されたと主張する。

第三争点に対する判断

一  《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。

1  平成四年ないし五年当時、遺言者の遺言能力には格別の問題はなかった。

遺言者は、平成四年ころ、知り合いのD原税理士に、遺言をするかどうかについての一般的な相談をした。遺言者は、遺言をするとした場合の遺言の内容についてD原税理士及びE田税理士と相談した上、平成五年春に遺言の案を記載した文書が作成された。しかしながら、平成七年に至るまで、法定の方式に従った遺言書は作成されなかった。

なお、右記載の平成五年春に作成された遺言の案の内容を適確に認めるに足りる証拠はない。また、平成五年春に作成された遺言の案が、検討途中の案にすぎなかったのか、右の時点における遺言者の確定的な意思の内容であったのかを適確に認めるに足りる証拠もない。この点に関しては、D原証人が、本件遺言公正証書の内容と、平成五年時に遺言者から示された遺言案の内容とは、多少の違いはあるがおおむね同一である旨供述するが、右供述から平成五年の遺言案の内容を認定することはできない。乙五は、遺言者の遺言の案を記載した体裁の活字により印刷された文書であり、本件公正証書作成後に公証役場から被告花子側に返却されたものであるが、その内容は、本件遺言の内容とかなりの部分が同一であるが、一部異なるものである。本件全証拠によっても、乙五が平成五年春に作成された遺言の案であるかどうかも、乙五がD原税理士がC川公証人に遺言の案として交付した文書であるかどうかも、明らかでない。また、仮に乙五が平成五年春に作成された遺言の案であるとしても、これが当時の遺言者の確定的な意思の内容であったことを認めるに足りる証拠はない。

2  遺言者は、遅くとも平成七年に入ってからは、健康状態が悪化するとともに、知的能力の低下もみられるようになった。

遺言者は、平成七年六月上旬に、自宅で激しい下痢症状を示したが、その際便所と廊下を間違えて廊下を汚してしまったことがあり、また、排便を自分で処理することができなくなっていった。

遺言者の知人でありかつてのかかりつけの医師でもあるA田春夫医師に遺言者の家族が相談した結果、遺言者は、A田医師の紹介で、平成七年六月七日に、B野病院に入院した。

3  B野病院における遺言者の担当医であるC山医師による診察の結果、遺言者は、高度の脱水症状で食欲不振であり、また、腰椎を骨折していたことも判明し、さらにパーキンソン病であると診断された。C山医師は、原告に対して、遺言者は今後腰椎骨折とパーキンソン病により自分で身の回りのことをする能力が低下し、このような骨折により寝たきりになることもしばしばあること、パーキンソン病が長期になると感染症などの合併症の危険もあり、死亡という最悪のケースに至る場合も十分あると説明した。原告は、遺言者の妻であり原告の母である被告花子に対して、遺言者はあまりいい状態ではない旨の説明をし、被告花子は、遺言者が近々死亡する可能性もあり得るものと認識した。

4  入院後約一箇月の間、遺言者は、声をかけられても反応がないことが多く、意識が通常よりも相当程度低下した状態にあり、傾眠状態を示すこともあった。

A田医師は、この間三、四回、遺言者を見舞いにB野病院を訪れたが、遺言者は、古くからの知り合いで主治医であったA田医師に対して口をきいたりあいさつを交わしたりすることもできない状態であった。

同病院の看護婦が観察した遺言者の状態は、六月八日には「発語聞かれるも不明瞭なり、コンタクトに難あり」、同月九日には「両手抑制中、ボーとした顔貌、言語聴取不可、トローンとしている」、同月一〇日には「常に開口し無表情」、同月一二日には「独語+、ボソボソ」、同月一三日には「手を叩いたり運動し、歌も二曲口ずさむ、時折幻覚?壁に向かい宙に手をもっていく」、同月一四日には「夜間時折手を叩いたりす」、同月一五日には「常に開口し、同一体でボーとしている」、同月一八日には「常に開口している、何となく落ちつきない」、同月一九日には「トローンとしている、何となく落ちつきない」、同年七月二日には「夜間声を上げほとんど不眠」、同月三日には「発語+もコンタクト不可、活気-」、同月五日には「本人傾眠状態、活気-」、というものであった。

5  被告花子は、せっかく二年前に相談して遺言の案まで作成したのであるから、遺言者の遺言を完成させたいと考え、D原税理士に相談したところ、同税理士の助言により、二年前の案に基づき公証人に遺言公正証書を作成してもらうことにした。D原税理士は、二年前の案に基づき、遺言者の遺言の内容の案を記載した文書を作成し、平成七年六月三〇日、右文書を持参して被告花子とともに葛飾公証役場を訪れ、同公証役場所属のC川公証人に対して、右文書記載のとおりの遺言者の遺言公正証書を、遺言者の入院先であるB野病院に出張して作成することを依頼した。

C川公証人は、遺言者が遺言をすることを実際に決断した経緯や遺言案が記載された文書の作成経緯について格別の質問をすることもなく、右依頼を承諾し、同年七月五日の午後にB野病院で遺言公正証書の作成をすることにした。C川公証人は、土地を地番で特定しても遺言者にはどの土地か分からないことが多いのが通例であるから、どのように言えば遺言者にどの土地のことかが分かるのかをD原税理士に尋ね、D原税理士から「宝町のタンクのところ」などの具体的な言い方を教わった。D原税理士とE田税理士が遺言公正証書の証人になることになった。

C川公証人は、七月五日までに、D原税理士が持参した文書をもとに、公正証書の用紙に遺言の内容を清書したものを作成した。

なお、被告花子は、右遺言案について、D原税理士がC川公証人方に持参したものであり、その内容は、平成五年五月に遺言者、E田税理士、D原税理士が打ち合わせて決めたものだと思うと供述している。C川公証人も、右遺言案は公証役場に依頼に来た税理士が持参した旨供述している。しかし、D原税理士は、平成五年にE田税理士とともに遺言者方に呼ばれ、遺言内容について相談を受けたと供述するものの、それ以後は本件遺言作成時まで遺言者とは会っておらず、C川公証人に遺言公正証書の作成を依頼したのは自分ではなく被告花子である旨供述しており、本件遺言の案の出所については何ら供述しておらず、自身が遺言案を公証人方に持参して手渡したことについてはかえってこれを否定する旨の供述をしている。しかしながら、《証拠省略》によれば、公証役場に持参された遺言案はD原税理士が二年前の相談の一応の結果に基づき作成したものと推認するのが相当である。

6  遺言者は、平成五年に遺言内容について相談した後は、平成七年六月に入院するまでの間は、実際に正式な遺言をしようという決断をしたことも、遺言公正証書を作成しようという決断をしたこともなく、また遺言書を作成したい旨の意向を家族、親戚ないしは知人等に伝えたこともなかった。

平成七年六月に入院した後の遺言者は、前記認定のとおり意識の状態が相当程度低下しており、現実にも自発的に遺言をしたい旨の発意を示したことはなかった。右5において認定した遺言書作成準備作業は、遺言者の具体的指示に基づくものではなく、被告花子の発意とこれに対するD原税理士の助言により、遺言者に相談をせずに、二年前の相談の一応の結果を遺言として実現させようとして行われたものであった。わずかに、遺言書作成予定日の前日である平成七年七月四日になって、被告花子が遺言者に対して「お父さんは字が書けなくなったから、明日は公証役場の先生に確認に来てもらうから、分かっていることはきちっと返事をしてください。」と述べ、これに対して遺言者が分かったという趣旨の反応を示したにすぎなかった。

他方、B野病院における遺言者の主治医であるC山医師は、本件遺言公正証書作成の数日前に遺言者に遺言をさせようとしているという情報に接し、遺言者は遺言をすることができる状況にはないと判断したため、原告に対して、遺言は差し控えた方がよいと話した。

7  平成七年七月五日午後、B野病院の遺言者の病室に、C川公証人、D原税理士、E田税理士、被告花子が集まった。まず、被告花子が遺言者に対して「公証人の先生が遺言書を作りにきてくれたのだから、前に言ったとおりでいいでしょう。」と述べ、遺言者はこれに対して「ハー」と返事をした。C川公証人は、右のやりとりを聞いて、遺言者本人にも遺言書の内容の話は通じていると感じた。こうして遺言公正証書作成作業が開始された。

C川公証人は、まず、公正証書用紙にあらかじめ清書した遺言公正証書の原稿に基づき、土地についてはD原税理士から聞いた俗称(「宝町のタンクのところ」など)を用いて遺言の内容を読み上げて、一項目ずつそのとおりの内容でよいか遺言者に確認を求めた。遺言者は、これに対して一項目ずつ「ハー」とか「ハイ」とかいう返答の声を発した。遺言者は、なかなか声が出しづらい状態で、C川公証人には聞き取りづらい発語も非常に多く、同公証人が「ハー」とか「ハイ」とかいう遺言者の声を確認するのに何回もかかることがしばしばであった。遺言者は、返答の声以外の言葉は一言も発しなかった。右の作業が最後の項目まで終了した後、C川公証人は、前記遺言公正証書の原稿を原文のまま(土地については地番で特定)全部読み返したが、その際読み返されたとおりの内容でよいか遺言者に確認を求めることはしなかった。

以上が終了した後、C川公証人は、遺言者の主治医であるC山医師のところに赴き、遺言者の病状を尋ね、遺言ができる状況にある旨の診断書の作成を依頼した。C山医師は、遺言者は遺言をすることができる状況にはないと考えていたので、C川公証人に対して、遺言者は通常の生活における一応の理解力、判断力はあると説明したものの、診断書の作成依頼は断った。

C川公証人は、今までの公証人としての経験の中で遺言能力の有無の判断が最も難しいケースであると感じたものの、遺言者とのやりとりの結果から判断して遺言能力はあるとの判断に達したので、遺言公正証書作成作業を続行することとした。C川公証人は、遺言者の病室に戻り、所要の公正証書への署名押印作業を続行し、本件遺言公正証書を完成させた。なお、遺言者は病気のため署名することができず、C川公証人が代署した。

D原証人及び被告花子は、遺言者は公証人から遺言の内容につき読み上げられたとおりでよいかとの確認を求められた際に、「無論そうですよ。」とか「それはそうですよ。」と力強く述べたと供述するが、前記認定に係る遺言者の当時の病状等に照らして採用することができない。

8  遺言者は、遅くとも平成七年七月末日には、パーキンソン病により痴呆が進行し、中枢性失語症による言語機能の喪失、精神状態については障害が高度で常に監視介助または個室隔離が必要という症状が固定した。

二  遺言者の遺言能力について

右認定事実によれば、遺言者は、平成七年六月の入院時において、恒常的に他人との意思疎通をする能力に欠け、日常生活に必要な判断、行動を自力ですることが著しく困難な状況にあり、平成七年七月五日の本件遺言公正証書を作成した時点においては、遺言事項を具体的に決定し、その効果を理解するのに必要な能力、すなわち遺言能力を有していなかったと推認するのが相当である。

三  本件遺言公正証書作成の際の法定の方式の遵守について

1  法が遺言公正証書について口授を要件としているのは、遺言者の真意を確保するためである。したがって、要件充足の可否は、遺言公正証書の作成過程を全体的に観察して、遺言者の意思を確保するに足りるだけの、遺言者による関与が認められるかどうかによって、決すべきである。

2  そこで、本件遺言公正証書作成の一連の経過を全体的に観察すると、次の点を指摘することができる。

(一) 遺言者が平成七年七月五日以前のいつの時点で本件遺言をする旨の決断を自発的にしたのかが明らかでない。少なくとも、平成七年七月五日に近接した時期においては、右の趣旨の自発的な決断はされていない。

(二) 公証人のもとに届けられた遺言の案は、いつ誰が作成したものかが明らかでなく、遺言者がどの程度関与して作成されたものであるかも明らかでない。少なくとも、平成七年七月五日に近接した時期に遺言者が具体的に関与して作成されたものではない。

(三) 仮に公証人のもとに届けられた遺言の案が平成五年の時点における遺言者の確定的な意思に基づく遺言案であったとしても、その後公正証書作成に至るまでの二年間の間に遺言者の意思が変わらなかったことの証明はない。前記のような健康状態にあった遺言者が公証人の読み聞かせに対して「ハー」とか「ハイ」とかいう単なる返事の言葉を発しただけでは、右の証明があったというには不十分である。そして、民法一〇二二条は遺言者がいつでも遺言の全部又は一部を取り消すことができる旨を定めていることを考慮すると、遺言をした時期の直近における遺言者の確定的な意思を確認することができるのでなければ、遺言者の真意の確保の方法としては甚だ不十分なものであるというほかない。

(四) 仮に遺言者に遺言能力があったとしても、遺言者の意識の状態が相当程度低下していたことは前記認定のとおりであり、そのような状態で、公正証書作成に近接した時期に遺言者が直接関与して作成されたものではない遺言内容を公証人が読み聞かせ、遺言者はこれに対して自らは具体的な遺言内容については一言も言葉を発することなく「ハー」とか「ハイ」とかいう単なる返事の言葉を発したにすぎず、遺言者の真意の確認の方法として確実な方法が採られたと評価することができない。

3  以上の点を総合すると、本件遺言公正証書の作成過程における遺言者の関与の程度は、遺言者の真意の確保という観点からすると、甚だ心許ないというほかない。この程度の遺言者の関与では、遺言者による遺言の内容の口授がなされたと評価することはできない。したがって、本件遺言は方式違反により無効というべきである。

四  以上によれば、本件遺言は、遺言者が遺言能力を欠くという点において、または、仮に遺言能力があったとしても口授の要件を満たさないという点において、無効であるというほかはないから、原告の請求は理由がある。

(裁判官 野山宏)

<以下省略>

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