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東京地方裁判所 平成10年(ワ)18810号 判決 1999年7月27日

原告

有限会社富ヶ谷丸十

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

村上徹

被告

右訴訟代理人弁護士

石川博臣

武田康

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  原告と被告との間で、原告が別紙物件目録≪省略≫記載の建物につき、期間の定めがなく、賃料を一か月五〇万円とする賃借権を有することを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

第二事案の概要

一  本件は、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を抵当権の実行による競売(当庁平成八年(ケ)第二八七五号事件。以下「本件競売」という。)の買受人として所有権を取得した被告に対し、原告が賃借権を有することの確認を求めている事案である(当初は、本件建物の一部について発令された不動産引渡命令に対する請求異議の訴えであったが、右の確認請求に訴えが変更されたものである。)。

二  弁論の全趣旨等から認められる基本的事実

1  本件建物は、別紙物件目録記載の一棟のビル(以下「本件ビル」という。)の一階ないし三階部分と、その四階部分の一部であり、昭和四五年以降平成八年六月三〇日まで原告の代表取締役であった訴外B(以下「B」という。)が昭和六二年一月に本件ビルを新築し、右新築以来所有していたものである。(≪証拠省略≫及び弁論の全趣旨)

2  本件ビルにつき、平成四年六月二九日、抵当権者を訴外第一信用保証株式会社(以下「第一信用保証」という。)、債務者をBとして、同月二五日保証委託契約に基づく求償債権同月二九日設定を原因とする、債権額二億三〇〇〇万円、損害金年一四パーセントの抵当権(以下「本件抵当権」という。)の設定登記がされ、この設定登記はその当時順位四番の抵当権であったが、同年七月六日の一番根抵当権抹消登記及び順位変更登記の結果、順位一番の登記となった。原告は、右順位変更の際に第二順位となった平成四年一月八日受付の根抵当権(根抵当権者株式会社第一勧業銀行、極度額五〇〇万円)と、その後平成五年八月一九日受付で設定登記された根抵当権(根抵当権者国民金融公庫、極度額一〇〇〇万円。以下「国民金融公庫の根抵当権」という。)との各債務者となっていたものである。

3  第一信用保証は、平成八年七月一九日、本件抵当権に基づき、本件ビルにつき、本件競売の申立てをし、同月二三日競売開始決定が発令され、同月二九日その旨の差押登記がされた。

4  被告は、本件競売において、平成九年五月一四日本件ビルの売却許可決定を受け、同年七月一七日その代金を納付して所有権を取得し、同月一八日所有権移転登記を経由した。

5  本件競売の執行裁判所は、原告の申立てによって、同年一一月二一日、被告に対し、本件建物中の本件ビルの一階部分につき不動産引渡命令(≪証拠省略≫)を発令し、原告において執行抗告の申立てをしたが、平成一〇年四月二八日抗告が棄却され(≪証拠省略≫)、右不動産引渡命令が執行された。本件建物中のその余の部分についても、右同様の不動産引渡命令及び執行抗告の申立てがあり、執行抗告が棄却された(≪証拠省略≫)。

三  原告の主張及び請求

右事実関係を基礎とした上で、原告は、次のように主張する。

1  原告は、本件ビルのうち、Bの自己使用部分である五階及び四階の四〇二号室を除いた残余の本件建物を、昭和六一年一一月に(ただし、契約書の作成は昭和六二年一月)、敷金三〇〇〇万円、賃料一か月五〇万円、賃借期間一〇年間として賃借し、その引渡しを受け、一階部分を自ら使用し、その余の部分を転貸してきた(≪証拠省略≫)。(以下、右原告主張に係る本件建物についての賃借権を「本件賃借権」という。)

2  国民金融公庫の根抵当権の被担保債権として、原告が債務を負っていることは認めるが、被告が本件競売によって本件ビルの所有権を取得するまでの間、原告は右債務につき何ら履行遅滞に陥っていなかったから、そのような場合についてまで、原告が本件賃借権を買受人である被告に対して対抗できないと解するのは失当である。

四  被告の主張

1  本件賃借権は、種々不自然な点が多く、実在しないか、仮装のものである。

2  仮に本件賃借権が実在するとしても、国民金融公庫の根抵当権の被担保債権について、原告は平成八年一〇月二六日までの間に履行遅滞に陥っており、そのような場合には、原告は被告に対して本件賃借権を対抗することができないと解するのが相当である。

第三当裁判所の判断

一  事案の概要記載の基本的事実、証拠(≪証拠省略≫・国民金融公庫の本件競売における債権届出書)及び弁論の全趣旨を総合すると、本件ビルの所有者であるBは本件競売の開始直前まで原告の代表取締役であったこと、本件ビルにはBを債務者とする本件抵当権のほかに、原告を債務者とする国民金融公庫の根抵当権が設定登記されており、国民金融公庫の根抵当権の被担保債権について、原告は平成八年一〇月二六日までの間に履行遅滞に陥っていたこと、被告は、その後本件ビルの買受人となったものであることが認められる。

二  右認定事実によれば、原告を債務者とする根抵当権が設定された時点において、特段の事情がない限り、原告は国民金融公庫の根抵当権が実行される場合には、その競売事件関係者、特に買受人との関係において、本件賃借権を放棄したものとして取り扱われることを受忍する旨の意思表示をしたものと解するのが相当であり、本件において、国民金融公庫は実際にはその根抵当権に基づく競売の申立てをしていないものの、第一信用保証と同様に競売の申立てをすることができる法的地位にあり、その申立てがあった場合には、原告は、右想定に係る競売事件における債務者という立場からして、信義・衡平の原則に照らして、右競売事件の買受人に対して、特段の事情がない限り、本件賃借権を主張し得ないと解するのが相当である(この理については原告も承認するところである。)。

そうであれば、実際には右のような競売の申立てがなくても、当該被担保債権について履行遅滞の状態が発生し、競売申立ての要件があるときには、他の者(ここでは原告の当時の代表取締役であったB)を債務者とする他の抵当権に基づく競売手続が実施された場合であっても、消除主義によって右のような国民金融公庫の根抵当権も消滅し抹消登記されることになる(その代わり配当参加が可能であることなど、その限りにおいて、不動産競売手続は、競売申立人以外の登記された抵当権等についての競売手続でもあるといえ、一種の包括執行の性格を有する。)ことからして、特段の事情がない限り、国民金融公庫においても競売の申立てをしたのと同一の効果が発生するものと解するのが相当である。

三  右のような解釈によるとき(原告においても、そのような一般的解釈論自体は肯定しており、ただ国民金融公庫に係る債務の履行遅滞は被告が本件ビルの所有者となった後であるとして、右事実関係を争っているものである。そして、この主張については、前記≪証拠省略≫からして採用することができないのである。)、原告は、信義・衡平の原則に照らして、特段の事情がない限り、本件競売における買受人である被告に対して、本件賃借権を有することを主張し得ない立場にあるというべきところ、原告に右のような特段の事情のあることを認めさせるに足りる的確な証拠は全く見当たらない(かえって、≪証拠省略≫によれば、平成七年一〇月ころ、当時原告の代表取締役であったBは、被告に対し、原告が本件賃借権を有することを格別に表明していなかったことがうかがわれる。)。

四  そうであれば、仮に本件賃借権が実在するものであるとしても、本件ビルの買受人である被告に対して、原告は本件賃借権を主張し得ないことになるから、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

五  よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤剛)

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