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東京地方裁判所 平成10年(ヨ)6910号 決定 1998年12月24日

主文

一  本件申立てをいずれも却下する。

二  申立費用は債権者の負担とする。

事実及び理由

第一申立ての趣旨

一  債務者東京電力株式会社に対する申立て

債務者東京電力株式会社は、債権者に対し、別紙物件目録記載の各建物について電気の供給をせよ。

二  債務者国、債務者東京大学学長、債務者東京大学教養学部長に対する申立て

(主位的申立て)

債務者国、債務者東京大学学長、債務者東京大学教養学部長は、債権者と債務者東京電力株式会社との間の電気需給契約のための施設を設置、維持する工事及びこれが損壊したとき復旧するための工事を妨害してはならない。

(予備的申立て)

債務者国、同東京大学学長及び同東京大学教養学部長は、債権者に対し、別紙物件目録記載の各建物につき、仮に電気の供給をせよ。

第二事案の概要

本件は、別紙物件目録記載の各建物(以下「本件建物」という。)の寄宿寮生によって構成される自治会である債権者が、債務者東京電力株式会社(以下「債務者東京電力」という。)に対し、電気事業法又は電気供給約款に基づいて本件建物への電気の供給を、債務者国、債務者東京大学学長及び債務者東京大学教養学部長(この三名をまとめて以下「債務者国ら」という。)に対し、債権者及び債務者国らの間の電気供給についての合意又は人格権等に基づき、主位的には債権者と債務者東京電力との電気需給契約のための施設の設置、維持又はこれらが損壊されたときの復旧工事の妨害禁止を、予備的には本件建物への電気の供給をそれぞれ求めた事案である。

本件の主要な争点は、債務者東京電力に対する申立てとの関係では、債務者東京電力の債権者に対する電気供給義務の存否及び保全の必要性であり、債務者国らに対する申立てとの関係では、被保全権利の存否(電気等の供給についての合意の有無、占有権に基づく電気供給を求める権利の有無、人格権としての電気供給を求める権利の有無及び違法な自力救済に対する原状回復としての電気の供給を求める権利の有無)である。

なお、債権者の申立ての趣旨及び申立ての理由の詳細は、本件仮処分命令申立書、平成一〇年一一月六日付け準備書面(一)、同月一一日付け準備書面(二)及び同月二五日付け準備書面(三)に記載のとおり、債務者東京電力の主張の詳細は、同年一〇月二七日付け答弁書、同年一一月一三日付け準備書面及び同年一二月八日付け準備書面(二)記載のとおり、債務者国らの主張の詳細は、同年一〇月二九日付け答弁書及び同年一一月一七日付け準備書面(一)記載のとおりであるから、これを引用する。

第三当裁判所の判断

一  債権者らの本件建物の占有及び本件建物における電気の利用の経緯及び態様<証拠略>によれば、以下の事実が一応認められる(なお、各認定事実の末尾に付した疎明は、当該部分の認定に特に関係が深いものである。)。

1  債権者は、本件建物に寄宿する寮生によって構成される自治会で、権利能力なき社団である。

2  本件建物を含む旧駒場学寮(正式名称「東京大学教養学部駒場寄宿寮」)は、昭和九年に建設され、後記する廃寮までの間、所管庁を文部省とする国有財産(行政財産)であり(<証拠略>)、東京大学教養学部(以下「教養学部」という。)に在籍する学生のための学寮(旧駒場学寮)として用いられてきた。東京大学教養学部長(以下「学部長」という。)は、旧駒場学寮に寄宿する学生によって構成される債権者の選考を経た学生に対し、旧駒場学寮ヘの入寮を許可し、入寮した学生から寄宿料と光熱費(実費)を徴収してきた。

3  東京大学学長(以下「学長」という。)は、平成七年一〇月一七日、旧駒場学寮を、平成八年三月三一日をもって廃寮することを決定した(<証拠略>)。

しかるに、債権者は、申立外の者と共同して旧駒場学寮の占有を継続したため、債務者国は、旧駒場学寮につき、二〇名の入寮者を債務者とする占有移転禁止仮処分命令(東京地方裁判所平成八年(ヨ)第四三〇二号)を得、右命令は平成八年九月一〇日執行された(<証拠略>)。さらに、債務者国は、旧駒場学寮のうち、本件建物を除く一棟(旧明寮)等につき、債権者ほか四五名を債務者とする不動産明渡し断行仮処分命令(東京地方裁判所平成九年(ヨ)第六〇一号)を得、右命令は平成九年三月二九日執行された(<証拠略>)。

4  教養学部は、債務者東京電力との間で、需要場所を東京都目黒区駒場三丁目八番一号(東京大学教養学部構内全体)とする電気需給契約を締結し、債務者東京電力から右構内全体について電気の供給を受けたうえ、構内の各建物に電気を供給しており、現在の電気需給契約は平成一〇年三月二四日付けのものである(<証拠略>)。

教養学部は、本件建物についても、学寮として使用されていた間は、右の方法により電気を供給していた。その電気料金については、昭和五九年二月二四日付け合意書(<証拠略>)により、共用部分については東京大学教養学部が、居室部分については寮生が負担していた。

5  学長は、前記のとおり旧駒場学寮を平成八年三月三一日をもって廃寮とする決定をしたことから、同年四月八日に、火災報知器、非常照明、誘導灯等保安上必要な設備を除き、本件建物への電気の供給を停止した。そこで、債権者及び本件建物に引き続き居住する学生らは、電気供給が継続されていた寮食堂の配電盤から電気を引いて、本件建物に電気を供給するようになった。なお、寮食堂は、平成一〇年四月一日付けで用途廃止され、東京大学においても、寮食堂に電気を供給する必要はなくなったが、直ちに電気の供給を停止する措置は執られなかった。

6  平成一〇年九月三日、寮食堂南ホールにおいて火災が発生し、これにより配線等も焼損したことから、債務者東京電力は、危険防止のため、寮食堂配電盤において給電を停止し、その旨を教養学部に通知した。教養学部においても、同月四日、屋外キュービクルから寮食堂配電盤への配線を切断して、電気供給を停止する措置を講じた。

7  債権者は、平成一〇年九月一八日、債務者東京電力品川支社において、本件建物に対する電気の供給を申込みたい旨申し出たが(<証拠略>)、債権者は、本件建物を教養学部と債務者東京電力との間の電気供給契約上の需要場所から分離することについての東京大学及び教養学部の同意を得ていなかったため、債務者東京電力は、この理由を説明のうえ、同月二二日、債権者の前記申出を拒絶した。

二  債務者東京電力に対する申立てについての判断

疎明によれば、債務者東京電力は、その電気供給約款(<証拠略>)において、原則として一構内をなすものは一構内を需要場所とし(同約款8(1))、一つの需要場所について一つの需給契約を締結しており(同約款8(2))、学校等の施設においてもこの原則どおりの運用をしていることが一応認められるが(<証拠略>)、この取り扱いは、同一の場所に複数の引込みによって電気を供給することから生じるおそれのある危険を避ける必要があること及び設備上の経済的合理性に基づくもので、相応の合理的な理由によるものとみることができる。本件建物は、教養学部と債務者東京電力間の電気需給契約の需要場所に含まれているのであるから、債権者は、前記の需給契約締結の申出に際し、本件建物を右の需要場所から分離させて独立の需要場所とする必要があるところ、本件建物を右の需要場所から分離することは、教養学部と債務者東京電力との間の電気供給契約の内容を変更することであるから、そのためには教養学部の同意が必要である。また、本件建物に電気を供給するためには、債務者東京電力の引込線及び債権者の電気設備を教養学部の敷地上に設置する必要があり、そのためには東京大学の同意が必要と考えられる。それにもかかわらず、前記のとおり、債権者は、需要場所を分離するために必要な東京大学及び教養学部の同意を得ていなかったのであるから、債権者の右の電気需給契約の申出は、需給契約の申込みに必要な条件を満たしていなかったものとみざるを得ない。したがって、債権者と債務者東京電力との間には需給契約が成立しておらず、債務者東京電力は、債権者に電気を供給する需給契約上の義務を負うものではない。

また、前記のとおり、債務者東京電力は、教養学部との間の電気需給契約によって、本件建物を含む教養学部構内全体に電気を供給しているのであるから、本件建物に居住し、又はそれを利用する者への電気事業法一八条一項に基づく電気供給義務を果たしているというべきである。東京大学の措置により本件建物への電気の供給が停止されたとしても、そのことによって、債務者東京電力が本件建物に居住し、又はそれを利用する者に対する関係で、電気の供給義務を果たしていないということはできない。

三  債務者国らに対する申立てについての判断

1  電気供給の合意に基づく主張に対する判断

前記のとおり、本件建物が学寮として使用されていた間は、東京大学は、本件建物に電気を供給しており、本件建物に居住し、又はそれを利用していた寮生は、本件建物において電気を利用してきたものであるが、国有財産である本件建物について、私法上の権利を設定することはできないのであるから(国有財産法一八条参照)、寮生が本件建物において電気を利用できたのは、電気の供給に関する何らかの私法上の権原によるものではなく、本件建物が学寮として使用されてきたことによる事実上の利益に過ぎない。

債権者は、旧駒場学寮の寮生により構成される自治団体であるから、債権者を構成する寮生が本件建物で電気を利用することができる限りにおいて、そのことに由来する、間接的な利益を有していたものとみることができる。

したがって、債権者が債務者国らとの間に本件建物で電気を利用することの合意があったとする債権者の主張は、国有財産である本件建物にそのような私法上の権利を設定したとする点で直ちに採り得ないものであるし、そのことを疎明する資料もない。債権者が合意成立の根拠とする電気使用に関する合意書(<証拠略>)も、前記一に認定した事実に照らせば、寮生及び債権者が、本件建物において右のような意味で電気を利用する事実上の利益を有していたことを前提として、その対価の負担方法について定めたものと解されるものであり、債務者国らが、寮生又は債権者が本件建物において電気を利用する私法上の権原があることを確認し、又はそのような権利を設定するようなものではない。

したがって、債務者国らが債権者に対し本件建物において電気を供給する合意に基づく義務があるとする債権者の主張には理由がない。

2  人格権等に基づく主張に対する判断

(一) 債権者は、寮生又は債権者が本件建物を占有する権原を有するか否かについて何ら主張、疎明しないが、右の占有の性質については、次のように考えるべきである。すなわち、寮生の本件建物の占有の経緯や態様は前記のようなものであるが、国有財産である本件建物に私法上の占有権原を設定することはできないから、寮生が本件建物を利用することができたのは、本件建物が学寮として使用されていた限りにおいて、学部長の入寮許可に基づくものであって、何らかの私法上の権原に基づくものではなく、学部長の入寮許可に由来する反射的利益にすぎないものと解される。したがって、旧駒場学寮の廃寮決定及び廃寮期限の経過によって、寮生は、本件建物の占有の根拠を失い、それに伴い本件建物で電気を利用することの根拠も失ったものである。

このように、寮生の本件建物の占有は、そもそもその始めにおいて私法上の占有権原に基づくものではないから、現在において右占有につき私法上の占有権原がないことは明らかであって、それが継続しているか否かを問題とする余地はない。加えて、前記の反射的利益という意味での占有の根拠も既に失われているものであるから、このような態様での不法な占有を継続しているに過ぎない寮生に、本件建物を占有し、そこで電気を利用することについて法的保護に値する利益があるということはできない。したがって、このような態様での占有をしているに過ぎない寮生らが、人格権に基づいて、あるいは占有それ自体を根拠として、その占有する建物に電気の供給を求めることはできないといわざるを得ない。

債権者が本件建物を占有し、あるいは本件建物において電気を利用することができる地位は、寮生のこれらについての地位に基づく間接的なもので、それを越えるものではないと解されるから、債権者もまた、占有権に基づいて、その占有する建物における電気の供給を求めることはできないというべきである。

なお、債権者は、債権者自身の人格権に基づいて、本件建物において電気の供給を受けるべきことを主張するが、前記のとおり、債権者は、本件建物に居住する寮生の自治会であり、寮生らによって構成される権利能力なき社団であるから、その性質上、占有する建物において電気の供給を求めることができるような人格権を有するということはできない。

また、債権者は、旧駒場学寮への入寮者の決定は債権者が行っていたことを挙げ、大学の自治の観点から、旧駒場学寮の管理権が、東京大学のみならず債権者にも分属していたとして、廃寮決定の効力を問題とする旨の主張をするが、入寮者の決定に際してのそのような取り扱いがあったことは、東京大学が、慣行上、債権者の自治を尊重していたことを示すにとどまるものであって、これによって本件建物の管理権が債権者に委譲されたとか、債権者にも分属していたとみることはできない。

(二) 債権者は、債務者国らによる電気の供給停止が違法な自力救済に当たると主張する。債権者の主張によっても、この自力救済によって債権者のいかなる権利が侵害されたのかが明確とはいい難いが、これを本件建物を占有する利益又は本件建物で電気を利用する利益と解したところで、これらの利益が法的保護に値するものでないことは前記のとおりである。さらに、平成一〇年九月三日の火災を原因とする寮食堂への電気の供給の停止は、火災により配線が焼損したという保安上の理由があるのであるから、これをもって自力救済ということができないことは明らかである。したがって、これらの電気の供給停止をもって、違法な自力救済あるいは権利濫用であるとする債権者の主張は理由がない。

3  債務者東京大学学長及び債務者東京大学教養学部長の当事者能力

なお、債務者東京大学学長及び債務者東京大学教養学部長は、いずれも東京大学及び教養学部の機関であり、権利義務の主体となりうるものではなく、当事者能力を有しないので、右両名に対する申立ては、この点においても却下を免れない。

四  まとめ

以上のとおり、債権者の本件申立ては、いずれも被保全権利の疎明がないので、主文のとおり決定する。

(裁判官 相良朋紀 若林弘樹 岡田伸太)

物件目録、別紙図面<略>

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