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東京地方裁判所 平成元年(行ウ)194号 判決 1993年4月27日

東京都港区青山一丁目二二番五号

原告

松本玲子

右訴訟代理人弁護士

大宮竹彦

塩生三郎

内田成宣

飯嶋治

東京都港区西麻布三丁目三番五号

被告

麻布税務署長 伊藤英男

右指定代理人

小礒武男

神谷宏行

守屋孝喜

實川嘉晴

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求の趣旨

一  被告が昭和六三年一月二九日付けで原告の昭和六一年分の所得税についてした更正のうち総所得欠損金一一〇万八八〇二円(総所得金額マイナス一一〇万八八〇二円)及び還付金の額に相当する税額七四万七九〇〇円(納付すべき税額マイナス七四万七九〇〇円)を超える部分並びに過少申告加算税賦課決定を取り消す。

二  被告が平成三年三月一日付けで原告の昭和六二年分の所得税についてした更正のうち総所得欠損金一九万四二二七円(総所得金額マイナス一九万四二二七円)及び還付金の額に相当する税額一三九万二四四一円(納付すべき税額マイナス一三九万二四四一円)を超える部分並びに過少申告加算税賦課決定を取り消す。

三  被告が平成三年三月一日付けで原告の平成元年分の所得税についてした更正のうち総所得欠損金五七四万七二九九円(総所得金額マイナス五七四万七二九九円)及び還付金の額に相当する税額一〇三万八〇〇〇円(納付すべき税額マイナス一〇三万八〇〇〇円)を超える部分並びに過少申告加算税賦課決定を取り消す。

第二事案の概要

一  本件課税の経緯(この事実については当事者間に争いがない。)

原告の昭和六一年分の所得税についての課税の経緯は別表1の1記載のとおりであって、被告は、昭和六三年一月二九日付けで更正及び過少申告加算税賦課決定(以下、右更正を「本件第一更正」と、右決定を「本件第一決定」という。)を行った。

原告の昭和六二年分の所得税についての課税の経緯は別表1の2記載のとおりであって、被告は、平成三年三月一日付けで更正及び過少申告加算税賦課決定(以下、右更正を「本件第二更正」と、右決定を「本件第二決定」という。)を行った。

原告の平成元年分の所得税についての課税の経緯は別表1の3記載のとおりであって、被告は、平成三年三月一日付けで更正及び過少申告加算税賦課決定(以下、右更正を「本件第三更正」と、右決定を「本件第三決定」という。また、本件第一更正ないし第三更正をを合わせて「本件各更正」と、第一決定ないし第三決定を合わせて「本件各決定」という。)を行った。

二  本件課税根拠に関する被告の主張

(以下の金額のうち、雑所得金額及び総所得金額以外については当事者間に争いがない。)

1  昭和六一年分の所得金額等

(一) 総所得金額 四四二四万一三九六円

右金額は、次の(1)から(3)までの金額の合計額である。

(1) 不動産所得金額(損失) △六四九万三八〇二円

(2) 給与所得金額 五三八万五〇〇〇円

(3) 雑所得金額 四五三五万〇一九八円

右金額は、原告の別表2の1記載の各不動産の譲渡による収入金額合計一億二二五〇万円から必要経費合計七七一四万九八〇二円を控除して算出した金額である。

(二) 所得控除額の合計 四六万三〇四〇円

(三) 源泉徴収額 八五万八七〇〇円

2  昭和六二年分の所得金額等

(一) 総所得金額 七五二七万三四二〇円

右金額は、次の(1)から(3)までの金額の合計額である。

(1) 不動産所得金額(損失) △九二三万九二二七円

(2) 給与所得金額 九〇四万五〇〇〇円

(3) 雑所得金額 七五四六万七六四七円

右金額は、原告の別表2の2記載の各不動産の譲渡による収入金額合計一億五八四〇万円から必要経費合計八二九三万二二五三円を控除して算出した金額である。

(二) 所得控除額の合計 四八万一八〇〇円

(三) 源泉徴収税額 一四三万八四〇〇

3  平成元年分の所得金額等

(一) 総所得金額 二一一九万〇三九三円

右金額は、次の(1)から(3)までの金額の合計額である。

(1) 不動産所得金額(損失) △一五三六万二二九九円

(2) 給与所得金額 九六一万五〇〇〇円

(3) 雑所得金額 二六九三万七六九二円

右金額は、原告の別表2の3記載の各不動産(以下、別表2の1から3までに記載の各不動産を合わせて「本件不動産」という。)の譲渡による収入金額合計一億六四六一万一三二三円から必要経費合計一億三七六七万三六三一円を控除した算出した金額である。

(二) 所得控除額の合計 六二万六九〇〇円

(三) 源泉徴収税額 一〇三万八〇〇〇円

4  右のとおり、昭和六一年分、昭和六二年分及び平成元年分の総所得金額は、いずれも各更正の金額と同額である。

したがって、本件各更正はいずれも適法であり、また、本件各決定も、本件各更正に基づいて法の定める算出方法により過少申告加算税額を算出したものであるからいずれも適法である。

三  争点

本件の争点は、本件不動産の譲渡による雑所得に該当するか否かという点にある。

被告は、本件不動産の譲渡による所得は、所得税法(以下「法」という。)三三条二項一号の規定する「営利を目的として継続的に行われる資産の譲渡による所得」に該当するから、譲渡所得には当たらず、また、事業によるものでもないから、雑所得に該当すると主張する。

これに対し、原告は、本件不動産の譲渡は、営利を目的とするものではなく、原告が営む不動産賃貸業の事業用資産である賃貸物件の買換えであり、右の規定に定める雑所得には該当せず、譲渡資産に該当するとし、さらに、租税特別措置法三七条一項(ただし、右譲渡に対応する改正前のもの)の規定する特定の事業用資産の買換えの場合の譲渡所得の課税の特例(以下「買換え特例」という。)の適用により非課税となるものであると主張する。

第三争点に対する判断

一  不動産の譲渡による所得は、原則として譲渡所得となるが(法三三条一項)、不動産の譲渡であっても「営利を目的として継続的に行われる資産の譲渡」の場合には譲渡所得に含まれず(法三三条二項一号及び所得税法施行令(以下「令」という。)八一条二号)、右所得が不動産業等の事業から生ずる所得であれば、事業所得(法二七条一項、令六三条)となり、それ以外のものであれば、雑所得(法三五条一項)に該当することとなる。

そして、「営利を目的として継続的に行われる資産の譲渡」であるか否かは、<1>譲渡人の既住における資産の売買回数、数量及び金額、<2>売買のための資金操り、<3>当該譲渡に係る資産の取得及び保有の状況等の事情を総合して判断するのが相当である。

二  原告が本件不動産を譲渡した経緯、譲渡の態様等についてみると、次の事実については当事者間に争いがない。

1  本件係争年分における原告の不動産譲渡の状況は、別表2の1から3までに記載のとおりである。

なお、原告は、別表2の3の物件番号1記載の不動産について、その売却代金が平成二年に入ってから入金されたから、平成元年分の所得とは認められないと主張している。しかし、乙一号証(売買契約書)、乙二号証の一ないし三(領収証)及び乙三号証(取引完了確認書)によれば、右物件に関する売買契約は平成元年中に締結され、その代金も同年中に支払われていることが認められるから、右物件の譲渡による所得が平成元年分に属することは明らかである。

2  昭和五七年から平成元年までの間における原告の不動産の譲渡状況等(所在地、契約年月日、購入価格、売却価格等)は、別表3の1から8までに記載のとおりである。

3  昭和六一年から平成元年までの間における原告の不動産の保有状況(保有期間、賃貸状況等)は、別表4の1から4までに記載のとおりである。

4  原告が購入した不動産の購入資金は、日本、住友、朝日の各生命保険相互会社、オリックス株式会社、株式会社オリエントコーポレーション等の金融機関からの借入金によっている。

三  そこで、右事実に照らして、本件不動産の譲渡が、法三三条二項一号に定める「営利を目的として継続的に行われる資産の譲渡」に当たるか否かについて検討する。

1  原告のした本件不動産の譲渡についてみると、譲渡件数は合計一六件(昭和六一年分四件、同六二年分六件、平成元年分六件)という多数に及び、譲渡金額合計は四億四五五一万一三二三円(昭和六一年分一億二二五〇万円、同六二年分一億五八四〇万円、平成元年分一億六四六一万一三二三円)、必要経費(購入費用)を控除した粗利益額一億四七七五万五五三七円(昭和六一年分四五三五万〇一九八円、同六二年分七五四六万七六四七円、平成元年分二六九三万七六九二円)という多額に達している。また、右譲渡に係る一六件の本件不動産のうち、一二件は都内所在のマンションであり、一五件は専有面積五〇平方メートル以下の小型マンションであって、取得から譲渡までの保有期間は六年を超えるものもあるが、大部分はおおむね一年から二年程度となっている。

さらに、原告マンションの取得を開始したとする昭和五七年から平成元年までの間の不動産取引を通じてみると、不動産の購入件数は合計三〇件、売却件数は合計一八件という多数に及び、判明しているだけでも、その購入金額合計は五億四〇〇〇万円以上、その譲渡額合計は五億一〇〇〇万円以上という大きな金額に達している。また、その対象物件の大部分は、都内の小型マンションであり、昭和六一年から平成元年にかけての譲渡物件の保有期間をみると、平均八三五日(その大部分は四〇〇日から六〇〇日程度の期間に集中している。)という短期間となっている。

右のとおり、原告は、遅くとも昭和六〇年ころから、各種金融機関からの借入資金を用いて、計画的に流動性の高い不動産物件である利便な小型マンションを取得し、短期間のうちにこれを転売して、転売利益を得るという不動産取引を大量にかつ反復して行い、多額の転売利益を得ており、本件不動産の譲渡もこれらの取引の一環としてなされたものということができる。

これらの事情を総合すると、本件不動産の譲渡が法三三条二項一号に定める「営利を目的とし継続的に行われる資産の譲渡」に当たるものであることは明らかであるというべきである。

2  原告は本件不動産の譲渡による所得は譲渡所得であると主張する。その主張するところは多岐にわたり、また、その趣旨が必ずしも明確ではない点もあるが、原告の主張は、要するに、「原告は、夫の松本正人とともに、将来的にはマンションを一棟単位で所有してこれを賃貸に供することを目指し、当初はマンションを一室単位で所有しておき、賃貸業が軌道に乗った段階で一棟単位のマンションに買い換えようとしていた。本件不動産の譲渡は、原告が右のような構想のもとに不動産賃貸業を展開していく上で、より有利な賃貸物件を得ようとしたために生じた偶発的な結果にすぎない。現に借入金の利息等の本件不動産に投資した資金を考えると利益が生じていない。このような事情からすると、本件不動産の譲渡には営利の目的は認められない。」というものである。

しかし、原告が不動産賃貸業に供する目的で本件不動産を所有していたとしても、不動産賃貸業と営利目的による不動産の譲渡とは、利益の追求という面においては、両立可能なものであって、何ら背反するものではない。むしろ、不動産取引に関与する者としては、不動産の賃貸業を有利に展開するため、より有利な賃貸物件を得るという利益と不動産の譲渡による利益との双方を、計画的あるいは意図的に追求することも少なくないものと考えられるところである。

そして、前記の本件不動産の保有状況、譲渡の経過等に照らすと、原告は、不動産の賃貸から生ずる利益とを比較して、不動産の賃貸と不動産の譲渡との総合収支上の利益を求めて、本件不動産の譲渡を行っていたものと推認できるものである。そうすると、仮に、原告が種々主張しているように、借入金利息等の経費を含めると本件不動産の譲渡に伴う利益がほとんどなく、また、原告が不動産の譲渡からの利益のみを考えるのであればもっと有利な時期に不動産の譲渡をしていた等の事情があったとしても、営利の目的があったとの右認定を何ら左右するものではないというべきである。

四  さらに、原告が本件不動産の譲渡のために事務所を設ける等の特別の施設を設置せず、広告等の宣伝活動もしていないこと、その取引相手又は仲介の相手のほとんどが大京観光であること、原告自身は株式会社スタジオユーの取締役としてスタジオの賃貸業に従事してきたこと(以上の事実については当事者間に争いがない。)等の事情に照らすと、本件不動産の譲渡は、いまだ事業に当たるとまでは認められないから、本件不動産の譲渡による所得は雑所得に該当するものというべきである。

五  なお、原告は、原告が本件係争年分の所得税の申告に際して、原告が事前に被告担当官等の助言と指導とを仰ぎ、本件不動産の譲渡による所得が譲渡所得に該当し買換え特例の適用があるというその見解に従って、右申告をしたのにもかかわらず、その後これと見解を異にする被告担当官が右所得が譲渡所得に当たらないとして本件各更正をしたのは信義則に反するから、本件各更正は違法である等と主張する。

租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、信義則の適用については慎重でなければならず、これが肯定されるのは、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしても納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に限られると解すべきである。しかし、本件については、仮に原告の主張する事実が認められるとしても、これをもって被告担当官が後に更正をすることが許されないような右所得に対する課税に関する公的見解を表示したとはいえないから、右にいう特別の事情が存するとは認められないし、その他これを認めるに足りる主張立証もない。

六  結論

よって、本件各年分の雑所得金額は被告の主張額と同額となり、総所得金額も本件各更正の金額と同額になるから、本件各更正及び本件各決定はいずれも適法であり、原告の請求はいずれも棄却すべきこととなる。

(裁判長裁判官 秋山壽延 裁判官 小池裕 裁判官近田正晴は転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官 秋山壽延)

別表1の1 本件課税処分等の経緯(昭和六一年分)

<省略>

別表1の2 本件課税処分等の経緯(昭和六二年分)

<省略>

別表1の3 本件課税処分等の経緯(平成元年分)

<省略>

別表2の1 (昭和61年分)

<省略>

別表2の2 (昭和62年分)

<省略>

別表2の3 (平成元年分)

<省略>

別表3の1

松本玲子 不動産売買事績(昭和57年分)

<省略>

別表3の2

松本玲子 不動産売買事績(昭和58年分)

<省略>

別表3の3

松本玲子 不動産売買事績(昭和59年分)

<省略>

別表3の4

松本玲子 不動産売買事績(昭和60年分)

<省略>

別表3の5

松本玲子 不動産売買事績(昭和61年分)

<省略>

別表3の6

松本玲子 不動産売買事績(昭和62年分)No.1

<省略>

<省略>

別表3の7

松本玲子 不動産売買事績(昭和63年分)

<省略>

<省略>

別表3の8

松本玲子 不動産売買事績(平成元年分)

<省略>

別表4の1

松本玲子所有不動産の所有期間等調査表(売却年月日順)

<省略>

別表4の2

松本玲子所有不動産の所有期間等調査表(売却年月日順)昭和62年分

<省略>

<省略>

別表4の3

松本玲子所有不動産の所有期間等調査表(売却年月日順)昭和63年分

<省略>

別表4の4

松本玲子所有不動産の所有期間等調査表(売却年月日順)平成元年分

<省略>

<省略>

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