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東京地方裁判所 平成元年(行ウ)155号 判決 1990年12月20日

原告

山京ビルディング株式会社

右代表者代表取締役

村松喜平

右訴訟代理人弁護士

渡辺春己

加藤文也

被告

東京都中央都税事務所長

平野通泰

右指定代理人

金岡昭

外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告が昭和六一年七月一〇日付けで原告に対してした不動産取得税賦課決定のうち、不動産取得税の額が五四万一五〇四円を超える部分を取り消す。

第二事案の概要

一本件に関する法令等の規定

地方税法(以下単に「法」という。)七三条の二第一項により、不動産の取得に対しては、当該不動産の所在する道府県において、その取得者に不動産取得税が課される。法七三条の一三第一項は、「不動産取得税の課税標準は、不動産を取得した時における不動産の価格とする。」と定め、また、法七三条五号によれば、「価格」とは「適正な時価」をいうとされているが、他方、法七三条の二一第一項は、「道府県知事は、固定資産課税台帳に固定資産の価格が登録されている不動産については、当該価格により当該不動産に係る不動産取得税の課税標準となるべき価格を決定するものとする。但し、当該不動産について増築、改築、損かい、地目の変換その他特別の事情がある場合において当該固定資産の価格により難いときは、この限りでない。」と、また、同条二項は、「道府県知事は、固定資産課税台帳に固定資産の価格が登録されていない不動産又は前項但書の規定に該当する不動産については、第三百八十八条第一項の固定資産評価基準によって、当該不動産に係る不動産取得税の課税標準となるべき価格を決定するものとする。」と、それぞれ定めている。法三八八条一項は、固定資産税に係る固定資産の評価及び価格の決定に関する規定(法第三章第二節第五款)の一であって、「自治大臣は、固定資産の評価の基準並びに評価の実施の方法及び手続(以下「固定資産評価基準」という。)を定め、これを告示しなければならない。この場合において、固定資産評価基準には、その細目に関する事項について道府県知事をして定めさせる旨を定めることができる。」とするものであるが、同項に基づく自治大臣の告示である固定資産評価基準(昭和三八年自治省告示第一五八号)の第一章第一節三は、「地上権、借地権等が設定されている土地については、これらの権利が設定されていない土地として評価するものとする。」としている。

なお、法一条二項により、法の道府県に関する規定は都に準用され、この場合においては、「道府県」は「都」と、「道府県知事」は「都知事」と読み替えられる。また、被告は、法三条の二、東京都都税条例(昭和二五年東京都条例第五六号)四条の三により、後記本件土地に対する不動産取得税の賦課徴収に係る事務に属する権限につき、都知事から委任を受けている。

二当事者間に争いのない事実

1  原告は、昭和五九年七月三〇日付けで、東京都から東京都中央区日本橋二丁目一六番二四号に所在する宅地146.91平方メートル(以下「本件土地」という。)の譲渡を受け、その所有権を取得した。

2(一)  被告は、昭和六一年七月一〇日付けで、原告に対し、原告の本件土地の取得に対し、課税標準を六七六八万八〇〇〇円、不動産取得税の額を二七〇万七五二〇円とする不動産取得税賦課決定(以下「本件処分」という。)をした。

(二)  原告が本件土地の譲渡を受けた当時、本件土地は固定資産課税台帳に価格の登録がされていなかったので、被告は、固定資産評価基準によって本件処分に係る課税標準の額を決定した。右譲渡当時、本件土地には、原告を賃借人とし、堅固な建物の所有を目的とする賃借権(以下「本件借地権」という。)が設定されていたが、右課税標準の額は、固定資産評価基準に従って算出した地上権、借地権等が設定されていない土地としての価格(以下、この価格を「更地価格」という。)であり、右算出に当たって、本件借地権の存在は考慮されていない。

3  原告は、昭和六一年七月三〇日、本件処分につき都知事に対し審査請求をしたが、都知事は、平成元年四月二八日付けで右審査請求を棄却する裁決をし、同年五月二二日、原告にその旨通知した。

三争点

1  本件の争点は、被告が、本件土地に係る不動産取得税の課税標準となるべき価格を決定するに当たり、本件土地に本件借地権が設定されていることを考慮しないで、更地価格を課税標準としたことが、本件処分の違法事由となるか否かである。

2  争点に関する原告の主張は、次のとおりである。

(一) 借地権が設定された土地については、以下の理由により、法七三条の二一第二項に基づき不動産取得税の課税標準となるべき価格を固定資産評価基準によって決定するに当たって、その第一章第一節三は適用されず、これを適用して更地価格を課税標準とした本件処分のうち、不動産取得税の額がその二割を超える部分は違法である。

(1) 土地の取得に係る不動産取得税の課税標準は、当該土地を取得したときにおける当該土地の価格(適正な時価)である(法七三条の一三第一項、七三条五号)が、現在の取引社会において、土地の適正な時価という場合、それは、その価格の算定を行う目的に従い、現実の取引価格、公示価格、路線価価格等、様々な意味で用いられている。したがって、不動産取得税の課税標準としての「適正な時価」の意義は、不動産取得税の本質・性格に基づいて決定されなければならない。

しかるところ、不動産取得税は流通税であり、不動産の移転の事実自体を課税要件とするものであるから、不動産取得税の課税標準としての「適正な時価」は、不動産取得税の右の性格に沿って、流通価格である取引価格が基礎とされなければならないが、借地権が設定されている土地については、更地価格から借地権の価格を控除したいわゆる底地価格で取引がされているのであるから、不動産取得税の課税標準としての「適正な時価」は、底地価格が基準とされるべきである。

(2)ア そもそも、地方公共団体は、憲法上固有の課税権が与えられているのであり、その行使は、地方自治の本旨により地方議会の制定する租税条例によるべきであって(租税条例主義)、国法たる地方税法はかかる租税条例に対する標準法、枠法としての性格しか持ち得ない。固定資産評価基準に至っては、単なる行政規則であって、これにより直接国民の納税義務、とりわけ具体的な納税額の基準を定めることができる性格のものではない。具体的納税額の基準は、本来的には、租税条例によるべきものである。そうすると、固定資産評価基準は、一応の基準として通常の場合を規定したものであって、厳格な法的拘束力を常に認めるべきものではない。なお、地方税法の沿革上、固定資産評価基準は、当初は自治省長官が固定資産評価に関し与えなければならないとされていた技術的援助の一であったのであり、それ故、その評価の基準は法的拘束力を持たないとされていたが、かかる性格は、現行の地方税法においても変更されていないと解すべきである。

イ 固定資産評価基準は、固定資産課税台帳とともに、本来、固定資産税の課税標準の一定の標準とするために設けられたものである。しかして、固定資産税は収益税であって、不動産の予定されている収益に対して課税されるという性格上、借地権の設定された土地についても、その納税額の基準が更地価格とされるのに対して、不動産取得税の場合は、(1)のとおり、その流通税としての性格上、底地価格が納税額の基準とされるべきである。したがって、固定資産評価基準によって、不動産取得税の課税標準を決定する場合、固定資産税とは別異の取扱いがされるべきものである。

ウ 借地権の概念は、昭和四一年の借地法の改正によって確立したものであり、したがって、右借地法改正以前に設けられた固定資産評価基準の第一章第一節三は、既にその基盤を喪失しており、適用されるべきではない。なお、右借地法改正以後、固定資産評価基準の改正が行われているとしても、借地権概念の確立を十分に斟酌した改正が行われたとは考えられない。

(3) 本件土地の底地価格が更地価格の二割を上回ることはないから、本件処分のうち、課税標準の額がその二割を超える部分(したがって、これに比例して、税額がその二割を超える部分)は違法である。

(二) 課税の画一的かつ迅速な処理のために不動産取得税の課税標準を更地価格とすべきであるとする立論は、次のとおり誤りである。

(1) 法は、不動産取得税に関し、数々の非課税措置(七三条の三、七三条の四、法附則一〇条)を始め、譲渡担保の場合などの納税義務の免除(七三条の二七の三以下)、新築住宅についての課税標準の特例(七三条の一四第一項)、新築住宅用の土地についての減額措置(七三条の二四第一項)など、多くの特例措置を設けているが、これらの特例措置は、地方自治の本旨に基づき地方の実情や具体的資産の状況に照らして、画一的処理をすることが不合理となる場合にこれを避けるためのものであるから、法は、不動産取得税に関し、画一的な処理を要請しているものではない。

(2) また、課税の画一的かつ迅速な処理という場合に、それが借地権の有無を問わずに更地価格を課税標準として課税し得るという課税庁にとってのみの便宜性を意味するのであれば、本来は不動産取得税を課すべき基準が何であるかがまず考えられ、その範囲内で賦課徴収の合理的方法が考慮されるべきものであるのに、それが逆転した本末転倒の議論であり、国民の犠牲のもとに課税庁の便宜を優先させるというあり得べからざる結果をもたらすものである。のみならず、課税庁は、(1)の特例措置に関しては、これに当たる場合かどうかを調査しているが、このような調査に較べれば、土地について借地権が存するかどうかを調査することははるかに容易であるから、処理の画一性や迅速性を理由として不動産取得税の課税標準を更地価格とすることは根拠がない。

3  争点に関する被告の主張は、次のとおりである。

(一)(1) 法七三条の二一第二項により、道府県知事等が、固定資産課税台帳にその価格が登録されていない不動産については、固定資産評価基準によって、当該不動産に係る不動産取得税の課税標準となるべき価格を決定することを義務付けられていることは明らかである。また、固定資産評価基準は、法三八八条に基づいて定められたものであって、具体的な算定基準のみを自治大臣の告示に委ねたものであるから、法律の委任に基づく適法な命令であることは明白である。したがって、固定資産評価基準は、不動産取得税を課するに当たっての固定資産評価の法的基準たり得るものというべきところ、その第一章第一節三の定めによれば、本件土地の不動産取得税の課税標準となるべき価格を決定するに当たっては、本件借地権の存在を考慮することができない。

なお、地方公共団体の課税権は、法二条により国から付与されたものであり、したがって、地方公共団体の課税について、国法で一定の規制を加え、これに一定の枠を定めることが許されるし、地方公共団体間の均衡を考えれば、それが必要でもある。そして、右法律の制限内で各地方公共団体の実情に即した課税を自主的に行わしめるというのが、憲法、地方税法の建前であり、地方団体がその地方税の税目、課税客体、課税標準、税率、その他賦課徴収について定めをするには、当該地方団体の条例によらなければならないとした法三条の規定もかかる趣旨に基づくものである。したがって、固定資産の評価に当たって、法的基準としての固定資産評価基準に従うことが義務付けられている以上、条例に固定資産評価の基準について何らの規定がなかったとしても差し支えない。

(2) 法は、固定資産税についても、不動産取得税についても、その課税標準である不動産の価格を「適正な時価」としている(三四九条、三四一条五号、七三条の一三、七三条五号)ところ、一つの法律中で用いられる同一の用語は同一に解するのが当然であるから、右の「適正な時価」は、固定資産税の場合も不動産取得税の場合も同一に解釈すべきものである。のみならず、法が不動産取得税の課税標準となる不動産の価格の決定を、固定資産課税台帳の登録価格(右価格の登録がされていない不動産については、固定資産評価基準によって、道府県知事等が決定した価格)によらせた趣旨は、右両税における不動産の評価の統一と徴税事務の簡素化を図ることにあると解せられる。したがって、不動産取得税の場合も、固定資産税の場合と同様、更地価格を「適正な時価」としていると解するのが、法の解釈として正当である。

(3) 不動産取得税は流通税に属するものとされており、その流通税としての性質上、不動産の移転の事実それ自体に着目して課されるものであって、当該不動産の取得者が実質的に完全な内容の所有権を取得するか、当該不動産に抵当権、賃借権等が設定されているために、法律上又は事実上、所有権の行使に何らかの制約を受けることになるか等によって左右されない。したがって、その課税標準は、賃借権等が設定されていて取得者の所有権の行使が制限される場合であっても、その制約がないものとして、更地価格によるものである。

(二) 借地権は、その登記がされた稀な場合であっても、当該借地権が現在なお存在しているかどうかを確認することは容易ではないし、まして、登記されていない通常の場合であれば、その存在を確認するためには、当事者に対する調査や契約書の確認等に時間と手数をかけなければならず、かつ、取引のされた土地のすべてについて、かかる調査確認を要するとすることは、事務量が膨大となって到底不可能である。のみならず、借地権価格の更地価格に対する割合は、必ずしも確定したものではなく、不安定な要素があり、したがって、借地権の存在が明らかとなったとしても、借地権割合まで画一的に、かつ、客観的に明らかであるとはいえない。それ故、借地権の有無にかかわらず、更地価格をもって不動産取得税の課税標準とすることが課税の画一的かつ迅速な処理のために不可欠である。

第三争点に対する判断

一いかなる租税を課し、あるいは、租税の課税要件をいかなるものにするかは法律の定めによらなくてはならない(憲法八四条)。そして、憲法上、地方公共団体の自治権が保障されていることからすると、その財政上の基盤として地方公共団体に対し課税権が付与されるべきことは憲法の予定するところというべきであるが、この課税権に基づく地方税についても、右の租税法律主義の原則は当然適用となるものと解される。そうであるとすると、地方公共団体の課税権は、直接には法律の規定によって、右の地方公共団体の自治権の保障の趣旨に沿い付与されるものであって、地方公共団体にそれを超える意味での固有の課税権があるわけではない。地方公共団体は、右の法律の範囲内で自主立法である条例を制定し、実情に応じた課税を行うというのが憲法の趣旨であって、法二条が「地方団体は、この法律の定めるところによって、地方税を賦課徴収することができる。」と定め、法三条一項が「地方団体は、その地方税の税目、課税客体、課税標準、税率その他賦課徴収について定をするには、当該地方団体の条例によらなければならない。」とするのは、右の趣旨を現した規定であると解することができる。

それゆえ、地方税である不動産取得税にあっても、課税要件の一つである課税標準は法律で定められねばならず、その決定に当たって、関係法律の規定が遵守されなくてはならない。

二法は、不動産取得税の課税標準を不動産を取得した時における「不動産の価格」とし(七三条の一三第一項)、その「価格」を「適正な時価」としている(七三条五号)。そして、法は、その課税標準となるべき価格の決定は、固定資産課税台帳に価格が登録されている不動産については、特別の事情がある場合を除き、当該価格により(七三条の二一第一項)、同台帳に価格が登録されていない不動産又は右の特別の事情のある不動産については法三八八条一項の固定資産評価基準により(七三条の二一第二項)するものとしているが、固定資産課税台帳の登録価格は、固定資産評価基準により決めることとしているから(三四九条一項、三四九条の二、四〇三条一項、四一〇条、四一一条)、結局、法は、不動産取得税の課税標準となるべき価格の決定は、直接又は間接の違いはあるにせよ、固定資産評価基準によるものとしているということができる。

ところで、固定資産評価基準は、沿革的にはともかく、現在は、法の規定に基づいて自治大臣がする「固定資産の評価の基準並びに評価の実施の方法及び手続」の定めである告示であり、固定資産の評価という専門的技術的な事項につき細目的な定めを置くものであるから、租税法律主義を勘案しても、法の委任に基づく適法な法規命令というべきものであって、法的拘束力を有するものであることはいうまでもない。そして、同基準は、もともと、固定資産課税台帳に登録すべき価格を決定するためのものであり、また、固定資産課税台帳の価格登録制度は固定資産税の課税標準を決定するためのものであるが、固定資産税は、固定資産の所有という事実に坦税力を認めてその所有者に課するのを本来とする租税であることに鑑み、その関係法律である法は、その課税標準(不動産取得税の場合と同様、固定資産の「価格」とし、その「価格」を「適正な時価」としている。三四九条、三四九条の二、三四一条五号)につき当該固定資産に担保権、用益権、賃借権等の負担があるとしても、それに考慮を払うこととはしていないから、それを受けた同基準も、当然のことながら右の負担に考慮を払うこととはしておらず、かえって、その第一章第一節三に「地上権、借地権等が設定されている土地については、これらの権利が設定されていない土地として評価するものとする。」との注意的な定めを置いて、土地上の地上権、借地権等の負担につき考慮を払う必要のないことを確認している。しかも、法は、不動産取得税の課税標準について、特に不動産上の担保権、用益権、賃借権等の負担に関し何らかの考慮を払うべきこととする明文の規定もなければ、これを窺わせる規定もないし、また、右のような権利の設定、移転につき不動産取得税ないしはそれに準ずる租税を課することともしてはいない。

以上によると、法は、不動産取得税の課税標準となるべき価格を、不動産の負担を考慮しない価格、すなわち土地についていえば、地上権、借地権等が設定されていない価格(更地価格)としているものと解するのが相当である。そして、不動産取得税の課税物件、税率等の課税要件を勘案すると、法の採用する右のような不動産取得税の課税標準の定め方に、立法裁量を逸脱する不合理があるとは到底認め難い。

三原告は、固定資産評価基準は単なる行政規則にすぎず法的拘束力がないことを前提とした上で、不動産取得税に関しては、同基準第一章第一節三は適用すべきでないと主張している。

しかしながら、右前提が失当であることは右二に述べたとおりであるのみならず、同基準の第一章第一節三の定めは、同基準により新たに創設されたものではなく、右二に述べたように、法の規定の趣旨とするところを確認的・注意的に定めたものにすぎないのであって、右の定めの効力にかかわらず、法によって、不動産取得税の課税標準につき、土地についていえば、地上権、借地権等の負担を考慮しないこととしているのである。

そうすると、原告の右主張は、いずれにせよ失当というほかはない。

四原告のその他の主張は、いずれもこれまで述べたところに反する見解であって採用できず、結局原告の請求は理由がない。

(裁判長裁判官鈴木康之 裁判官石原直樹 裁判官深山卓也)

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