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東京地方裁判所 平成元年(行ウ)123号 判決 1993年4月15日

主文

一  被告が、昭和五七年(不再)第三三号、同第三四号各不当労働行為再審査申立事件について平成元年二月一五日付けでした命令のうち、原告スタンダード・ヴァキューム石油自主労働組合エッソ大阪支部の原告久保田幸一の昭和五一年の昇格についての救済申立てを却下した部分を取り消す。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、補助参加により生じたものを含め、これを六分し、その一を被告及び被告補助参加人の、その余を原告らの各負担とする。

理由

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、昭和五七年(不再)第三三号、同第三四号各不当労働行為再審査申立事件について平成元年二月一五日付けでした命令及び昭和六一年(不再)第七九号、昭和六二年(不再)第四〇号各不当労働行為再審査申立事件について平成元年四月一九日付けでした命令をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  事案の概要

一  争いのない事実

1  当事者等

(一) 被告補助参加人(以下「参加人」という。)は、肩書地に本店を、全国に約七〇箇所の支店、事務所、油槽所を置き、各種石油製品及び関連製品の輸入、精製、製造及び販売を業とする株式会社であり、その従業員数は昭和六三年一月当時で約一四〇〇名である。

(二) 原告スタンダード・ヴァキューム石油自主労働組合エッソ大阪支部(以下「原告支部」という。)は、主たる事務所を肩書地に置く労働組合であり、参加人に雇用される従業員のうち、大阪工業用製品支部(以下「工業用製品支店」という。なお、大阪市南区のトヨタビルに所在する右支店を含む各支店を総称して、以下「大阪支店」という。)その他の近畿の事業所に勤務する者によつて組織され、昭和六三年一月当時の組合員数は五名である。

原告支部は、もと訴外全石油スタンダード・ヴァキューム石油労働組合(以下「ス労」という。)の下部組織たる労働組合であり、この当時の名称は全国石油産業労働組合協議会スタンダード・ヴァキューム石油労働組合エッソ大阪支部であつた。

ス労は、同組合員に対する昭和五六年六月の東京地方裁判所の刑事事件判決、同年九月の名古屋地方裁判所の配置転換に関する仮処分決定についての各対応や後記本件懲戒解雇に係わる原告久保田幸一(以下「原告久保田」という。)に対する支援等をめぐつて組合員間で意見の相違を生じ、内部対立状態になり、昭和五七年九月二五日、組合員の一部が、スタンダード・ヴァキューム石油自主労働組合(以下「自主労組」という。)を結成した。これに呼応して、原告支部は、同年一〇月一四日、支部大会を開き、方針を同じくする右新労組に加盟することを決定するとともに、規約の一部を改正し、名称を現在のスタンダード・ヴァキューム石油自主労働組合エッソ大阪支部に改めた。

(三) 原告久保田は、昭和四五年四月一日、参加人に雇用され、横浜市所在の鶴見試験室、本社製品開発室を経て、昭和四九年八月一日、工業用製品支店の工業用潤滑油課(以下「潤滑油課」という。)に配属され、当初は内勤で顧客からの受注業務を担当していたが、その後は営業(セールスマン)を担当するようになつた。また、原告久保田は、別紙(一)五頁記載の表のとおり、ス労に加入し、鶴見試験室及び本社において職場委員を、支店においては昭和四九年一〇月から昭和五六年九月にかけて原告支部の執行副委員長、書記長、執行委員長を歴任し、昭和五六年一〇月からは再び執行副委員長であつた。

(四) なお、参加人の従業員が構成員となつている労組としては、ス労、自主労組の他に訴外エッソ石油労働組合(以下「エ労」という。)が存在する。

2  中労委昭和五七年(不再)第三三号事件、同第三四号事件関係の事実経緯

原告久保田は、昭和四九年、工業用製品支店潤滑油課に配属になり、専門職セールスマン{2}の資格(その意義については後記第三の二1(一)で認定のとおりである。)で就労していたが、同原告と同期入社、同学歴の者が昭和五一年四月一日付けで専門職セールスマン{1}に昇格したにもかかわらず、同原告が昇格しなかつたのは不合理であると不満を持つていた。

そこで、原告支部は、昭和五三年二月二五日、参加人を被申立人として、参加人が久保田を昇格させなかつたのは同原告が原告支部の中心的な活動家であること等を理由とした不当労働行為であるとして、大阪府地方労働委員会(以下「大阪地労委」という。)に別表(一){1}のとおりの救済申立てをした(大阪地労委昭和五三年(不)第一八号事件)。

大阪地労委は、右事件について昭和五七年五月二八日付けで別表(一){2}記載のとおりの主文の命令を発したが、原告支部と参加人は、それぞれ別表(一){3}(1)、(2)のとおり右命令について被告に再審査申立てをし(中労委昭和五七年(不再)第三三号事件、同第三四号事件)、被告は平成元年二月一五日付けで別紙(一)のとおりの命令(以下「本件命令(一)」という。)を発し、右命令書の写しは、同年三月一四日、原告支部に交付された(同命令書の理由のうちの「第1当委員会の認定した事実」中、下線を付した部分は争いがあるが、その余は争いがない。)。

3  中労委昭和六一年(不再)第七九号事件、同昭和六二年(不再)第四〇号事件関係の事実経緯

(一) 中労委昭和六一年(不再)第七九号事件関係

(1) 参加人は、昭和五七年六月二三日、原告支部の副執行委員長であつた原告久保田に対し、同年六月二四日、同月二五日及び同月二八日から同年七月二日までの計七日間について出勤停止処分(以下「本件出勤停止」という。)をした。

そこで、原告支部は、同年六月二三日、本件出勤停止は前述したのと同様の理由による不当労働行為であるとして、参加人を被申立人として、別表(二){1}(1)のとおり大阪地労委に救済申立てをした(大阪地労委昭和五七年(不)第三六号事件)。

(2) 参加人は、同年七月一三日、原告久保田に対し、同月一四日付けで懲戒解雇する旨の意思表示(以下「本件懲戒解雇」という。)をした。

そこで、原告支部は、同年七月二一日、参加人を被申立人として、大阪地労委に別表(二){1}(2)のとおりの救済申立てをした(大阪地労委昭和五七年(不)第三九号事件)。

(3) 大阪地労委は、右(1)、(2)の両事件を併合して審理し、昭和五八年八月一〇日開催の公益委員会議において原告久保田を申立人に追加したうえ、右両事件について、昭和六一年一一月一九日付けで別表(二){2}(1)記載のとおりの主文の命令を発したが、参加人は、これを不服として被告に別表(二){3}(1)のとおり再審査申立てをした(中労委昭和六一年(不再)第七九号事件)。

(二) 中労委昭和六二年(不再)第四〇号事件関係<省略>

(三) 被告は、右(一)(3)及び(二)(2)の各再審査申立事件について、平成元年二月一五日付けで別紙(二)のとおりの命令(以下「本件命令(二)」という。)を発し、右命令書の写しは、同年五月一五日、原告らに交付された(同命令書の理由のうちの「第1 当委員会の認定した事実」中、下線を付した部分は争いがあるが、その余は争いがない。)。

4  原告らは、本件命令(一)、(二)が違法であるとし、これらの取消しを求めて本訴を提起した。

二  争点

1  本件命令(一)関係

(一) 原告久保田の昭和五一年の昇格についての申立てを却下した部分の適否

(二) 原告久保田の昭和五二年の昇格についての申立てを棄却した部分の適否

2  本件命令(二)関係

(一) 本件出勤停止、本件懲戒解雇の不当労働行為性の有無

(二) 本件不動産の抵当権実行の、参加人、訴外銀行及び訴外会社の不当労働行為性の有無

三  争点についての当事者の主張<省略>

第三  争点1(一)、(二)についての判断

一  争点1(一)について

後記二1(一)、(二)で認定のとおり、参加人においては、昇格(その意義についても後記二1(一)のとおり)は当然に賃金増額を伴つていたこと、一般従業員の昇格は毎年四月一日付けで行われ、これによつて昇格による増給分を含めた賃金額が定まり、これに基づく賃金の支払が翌年三月まで継続していたことが認められる。

仮に、参加人が、原告久保田について、原告支部の組合員であること、あるいは組合活動をしたことを理由として不当に昇格させなかつたものであつたとすれば、その賃金上の差別的取扱いの意図は賃金の支払によつて具現されるものであり、昭和五一年四月一日付けで昇格させなかつたことと昭和五二年三月までの賃金の支払とは一体として一個の不当労働行為を構成するというべきである。

そうすると、昭和五一年四月以降の賃金上の差別的取扱いの是正を求める救済申立ては、昭和五三年三月までになされていれば労組法二七条二項の定める期間内になされたものとして適法というべきところ、右申立ては昭和五三年二月二五日になされているから、期間は遵守されていたものといえる。

したがつて、本件命令(一)のうち、原告久保田の昭和五一年の昇格についての救済申立てを申立期間を徒過したものとして却下した部分は、違法といわざるを得ない。

二  争点1(二)について

1  争いのない事実、<証拠略>によれば、参加人における昭和五一年四月ないし昭和五二年三月当時の昇格に関する制度一般について、次の事実を認めることができ(る)。<証拠判断略>

(一) 職種及び職能等級

参加人は、一般従業員を職務能力の基準により、専門職、事務職、技能職(現業職ともいう。)及び秘書職の四職種に分け、さらに各職種内において三ないし五段階の職能等級に区分していた。例えば、事務職は五段階(上位からスペシャリスト{1}、スペシャリスト{2}、シニア・クラーク、クラーク{1}、クラーク{2})、技能職は三段階(シニア・プラントマン、プラントマン{1}、プラントマン{2})、秘書職は三段階(セクレタリ、ステノグラファー、ステノグラファー・トレーニー)の職能等級に分かれていた。

同一職種内における上位の職能等級への昇進はプロモーションと呼称され、賃金の基本給部分のうち職能要素賃金の増給を伴つていた(以下、このプロモーションを「昇格」という。)

原告久保田の職種である「セールスマン」は、専門職に分類され、職能等級は上位から、シニア・セールスマン、セールスマン{1}、セールスマン{2}、セールスマン{3}の四段階に区分されており、昭和五二年度当時、専門職{2}の中位者が専門職{1}に昇格した場合の昇級に伴う増給額は月額約二万円であつた。

(二) 昇格制度

参加人は、一般従業員の昇格の可否ないし適否の判断基準として、昇格管理基準と呼ばれる準則を定めている。この昇格管理基準によると、昇格の資格要件は、経験年数(学校卒業後の職務経験年数、社内職務経験年数)、業績達成の期待水準(当該職能等級に一般的に期待される業務の量及び質の水準)、業務の影響度(当該職能等級における業務の遂行が部門全体の機能達成に及ぼす影響の程度)、職務知識及び技能(当該職能等級に要求される職務知識・技能の程度、範囲及び訓練の必要性)、判断力・企画力・指導力等(当該職能等級に要求される判断力の程度、複雑性の度合及び企画力、指導力等の程度)の観点に基づき、各職種、各職能等級毎に定められていた。ただし、この昇格管理基準は一般の従業員には公表されていない。

そこで、一般従業員の昇格は、昇格管理基準に基づき、各従業員の直属上司及びその従業員の職務に関係する全ての監督者によつて適否が検討された後、各部からの昇格推薦に基づき本社の給与委員会が最終的に決定していた。なお、昭和五一年ないし五三年当時は、昇格は毎年四月一日付けで行われていた。

(三) 昇格と人事考課の関係

参加人は、後記のとおり、人事考課を行つていたが、各年度における昇給に係る人事考課の評価結果は、次のとおり、昇格管理基準において、昇格の要件とされていた。

すなわち、昇格に係る人事考課の過去三年分の評価を、別紙(一)一二頁記載の表<1>のとおりの評価点に置き換え、これに同頁記載の表<2>の各年度別のウエイトを乗じた合計評点が七・五以上にならない者は昇格の対象外とされ、例えば、当年度の昇給に係る人事考課の評価がCである者は、前年度、前々年度の評価がいずれもAでない限り、昇格の対象とされないことになつていた。

(四) 人事考課制度

参加人は、<1>一般従業員の昇給額及び賞与額の決定のためのデータを得ること、<2>カウンセリング、評価面接等を通じて一般従業員と監督者との間で過去一年間の業績や仕事の進め方について検討させ、その結果を踏まえて次年度の目標を立てること、<3>監督者が一般従業員の適性、関心、問題点等を認識し、日常指導のポイントを把握するとともに一般従業員の能力開発及び適正配置を図ること、<4>監督者と一般従業員との間の意思疎通及び信頼関係の樹立を図ることを目的として、昇給及び賞与についてそれぞれ人事考課を実施している(以下、「人事考課」というときは特にことわらない限り、昇給についての人事考課を指すものとする。)。

昇給は、毎年四月一日付けで行われ、その人事考課対象期間は前年四月一日から当年三月三一日までであつた。

昇給に係る人事考課の手順の概要は次のとおりである。

(1) 参加人は、前年の一二月中に翌年度昇給に係る人事考課について、その日程、留意点等を記載した手引を添えて、人事考課を行う全監督者にあてて通知をする。

(2) 各監督者は、一般従業員に「自己啓発レポート」と題する書面(「Dレポート」とも呼ばれる。)を配付し、所定事項を記入させて、一月末までに提出させる。

この自己啓発レポートには、被評価者の過去一年間における業績、能力等について自己評価を行うための評価項目(略々、後記の「従業員評価表」の評価項目に対応している。)が掲げられているほか、配置転換についての希望、今後一年間の仕事の目標及び上司に対する要望を記載する欄が設けられていた。

(3) 第一次評価監督者(原告久保田については課長)は、提出された自己啓発レポートに基づいて、前年度に決めた目標の達成度合、次年度の目標設定及び担当業務等について被評価者とカウンセリングを行う。

(4) 第一次評価監督者は、カウンセリング実施後、当該従業員の職能等級及び考課対象期間の目標を考慮して第一次評価を行う。この第一次評価は、具体的には、「従業員評価表」と呼ばれる書面に記載された各項目(その内容は別紙(一)二七頁記載の表のとおりである。)についてそれぞれ評価をしたうえで総合評価を行い、これらを同表に記入するという方法で行われる。

この各評価項目及び総合評価に対する評価ランクは、A、B1、B2及びCの四段階に分かれており、その評価基準は、

A 卓越している

B1 通常期待される業務上の要求を越えており、非常に満足だが必ずしも卓越しているとはいえない

B2 業務上の要求を満たしているので満足である

C 改善が望まれる

となつていたが、右は相対評価ではなく絶対評価であり、後記の上級監督者等による評価と異なり、従業員全体の評価の分布の均整がとれているかどうかということは考慮されない。

また、従業員評価表には、これらの評価項目の判定欄のほか、被評価者の優れた点、弱い点、今後一年間の改善育成計画、配転計画及び各評価監督者の総合意見等を記載する欄が設けられていた。

(5) 各部長、支店長及び管理事務所長は、第一次評価の総合評価を再度検討したうえ評価の適切でないものを修正し、次に、第一次監督者全員と協議して、当該部、支店又は管理事務所内の従業員全員について、同一職種かつ同一職能等級(以下、「同一職位」と表現することがある。)の各従業員全員(以下「同一グループ」という。)について業績による順位を決め、これに従つて、従業員の総合評価を、同一グループの従業員の評価ランク別の人員割合が次の割合に近くなるように調整する(ただし、グループが少人数であつたり、同一の水準を示している者ばかりであつたりした場合には、無理な格付けを避けるため、次の評価ランク別のポイントにより、加重平均が二・二ポイントになるよう調整される。)。

評価ランク 分布 ポイント

A 上位の一〇パーセント 三

B1 次の四〇パーセント 二・五

B2 次の四〇パーセント 二

C 下位の一〇パーセント 一

さらに、工業用製品支店が属する営業本部にあつては、組織規模が大きいため、右調整の後、さらに同本部内の人事調整委員会で同様の調整が行われる。

(6) 右(5)による調整の結果は、リスト・オブ・パーフォーマンス・レーティング(全従業員の評価の一覧表)、サマリー・オブ・レーティング(職能等級毎の評価の集計表。業績評価集計表とも呼ばれる。)とそれぞれ題する書面に纏められたうえ本社人事部に提出され、同部で集約の後、給与委員会(経理部長、人事部長等七名で構成され、営業本部長を委員長とする。)の検討に付され、一般従業員の評価が最終的に決定される。

(7) 決定された評価は、第一次評価監督者に伝えられ、三月下旬頃、原則として、第一次評価監督者は、自分が評価した被評価者と面接を行い(以下「評価面接」という。)、各人に最終結果を伝えるとともに(自己啓発レポートに基づくカウンセリングにおいて、第一次評価が本人に伝えられ、その評価が最終結果と異ならない場合には、評価面接が行われないこともあつた。)、今後の仕事の目標等について指導する。そして、評価面接の結果は従業員評価表に記載され、人事部に提出される。

以上の認定事実によると、参加人の採用している昇格、人事考課制度それ自体は、合理性を備えており、特に不当な点はないということができる。原告らは、昇格制度そのものが、もともと組合員に対する賃金差別、組合差別攻撃の手段として考案された旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。なお、<証拠略>によれば、参加人は、昭和五三年の人事考課については、考課対象期間を前年二月一日から当年一月三一日までとし、昭和五四年の人事考課からは、考課対象期間を前年一月一日から一二月三一日までとする、評価段階を四段階から六段階とする、各部段階での評価の強制分布を行わないこととする等の人事考課制度の改変を行つていることが認められるが、制度全体としては従前と大きな変化はなく、これらの改変をもつて従前の人事考課制度に不合理な点があつた証左ということはできない。

2  そこで、原告久保田の昭和五二年の昇給に係る人事考課の対象期間である昭和五一年四月から昭和五二年三月までの勤務状況について検討する。

争いのない事実、<証拠略>によれば次の事実が認められ(る)。<証拠判断略>

(一) 工業用製品支店は、参加人本社工業用製品支店及び工業エネルギー部の管轄下にあり、近畿地区と四国四県における工業用燃料油、工業用潤滑油、ワックス、グリース等の特殊製品の販売をその営業内容としており、業務課、技術課、燃料一課、燃料二課及び潤滑油課の五課から構成され、その従業員数は昭和五二年当時で約二五名であつた。

潤滑油課は、工業用潤滑油、グリース及びワックスの販売担当課であり、昭和五一年ないし五二年当時の従業員数は課長以下八名で、組織上は工業用製品支店長を通して本社工業用製品部に直結していた。

潤滑油課の取扱品目の販売形態は、大きく分けて、大口消費者に対して直接に販売を行う直売方式、代理店(ID、一般代理店、その他の代理店)を通して販売する代理店方式の二通りがあり、後者の場合、製品を直接顧客に販売するのは代理店であり、参加人のセールスマンは、当該代理店に対して販売援助ないしアドバイスを行うことがその主な任務であつた。

(二) 潤滑油課では、昭和五〇年に約六七〇〇万円の赤字を出した。このため、昭和五一年は、黒字体質への転換を前提に既存顧客の維持・拡販、輸送費等の見直しを重点目標とし、具体的には次のような改善措置をとることとした。

(1) 従前、各セールスマンはそれぞれの担当地域毎に顧客を担当することになつていたが、この地域別担当制を、販売方式(セールスチャネル)毎の担当制に変更し、かつ、これを担当セールスマン毎にグループ化することとした。

この結果、潤滑油課の組織と各担当業務は次のとおりとなつた。

<1> IDグループ(二名)

ID及び地域サービスステーション代理店を経由して工業用潤滑油、グリースを販売する。

<2> 直売グループ(セールス・ディベロッパーグループ)(三名)

大手需要顧客へ、直接、潤滑油、グリース等の販売を行う。地域によつては、ID、地域サービスステーション代理店も担当する。

<3> P&Eグループ(二名)

ワックス、流動パラフィンの販売担当、受注、在庫管理を行い、また、販売計画、実績統計分析、利益計画等を担当する。

(2) 定例合同会議を新設し、技術課を含めて、毎月会議を開催し、各グループ別に、個々のセールスマンが自分の販売目標の進捗状況の発表と問題提起を行い、全員の参加により、問題点、解決策等を検討し合う場を設けた。

また、このほか、支店では、昭和五一年から、潤滑油課及び技術課の各セールスマンに対し、各人の主要顧客毎に月例販売活動報告書を提出させ、この報告書及びこれに基づく定例合同会議での発表状況により、伊藤課長及び阿子島支店長は月々の活動状況を把握していた。また、新規顧客開拓の資料として、各セールスマンに各開拓顧客毎にカストマーサーベイシートという表題の書面により各顧客の潜在需要、商売の将来性等を報告させており、これにより伊藤課長は各セールスマンの仕事振りを把握していた。

(三) 原告久保田は昭和五一年四月当時、直売グループに所属し、尼崎から姫路に至る地域の直売顧客を中心とした販売業務及び新規顧客の開拓を担当していた。主な既存顧客は、住友金属(尼崎)、住友電工(伊丹)、川崎製鉄(西宮)、神戸製鋼(加古川・高砂)、新日鉄(広畑)等の大手需要家であり、この他、姫路地区のIDである丸信油脂、地域代理店である横田石油、伊丹産業等も担当となつていた。

(四) 原告久保田の、昭和五一年四月から同年一二月までの勤務状況は次のとおりであつた。

(1) 原告久保田の既存直売顧客の維持、拡販についての勤務状況は次のとおりであつた。

<1> 原告久保田は、川崎製鉄西宮工場という顧客に対するロールオイルの売込みを担当しており、これは潤滑油課としても是非とも成立させたい大きな商談の一つであつた。この目標を達成するため、同年四月には本社技術開発室のロールオイル専門家に大阪へ出向いてもらつて顧客に対し製品の優秀性を説明し、その結果、顧客側でも製品に興味を示し試験圧延機で評価テストをすることが決定されたが、同年四月以降七月までの間、顧客側でのテストが進まず、潤滑油課としては次に何らかの方策をとる必要があつた。また、顧客側からは、当時顧客が使用していた他社の製品との比較評価試験を第三者にしてもらうことを依頼された。

ところが、原告久保田が、この売込みについて同年七月二八日付けで作成した月例販売活動報告書には、顧客が参加人製品にどのような反応を示したか、他社製品との比較評価試験を顧客が依頼したのは何故か、そのような評価試験をする必要性があるのか、比較方法や試験条件はどのようなものか、何時までに試験を行えばよいのか、顧客側でのテストが進んでいないのは何故か、顧客には何時項までにテスト結果を問い合わせるのか、といつた点について全く記載がなかつた。

そこで、同年九月頃、原告久保田はこの川崎製鉄西宮工場へのロールオイル売込みの担当を外され、代わりに技術課所属のセールスマンがこの売込みを担当することになつた。

<2> 原告久保田は、昭和五〇年九月から神崎高級工機という顧客を担当しており、昭和五一年には、PRX・SL43という油圧油を売り込むという目標を立てており、同社の伊丹工場の生産技術管理の技師(実際に製品を使用する部署の者ではない。)に会つて製品を紹介するなどした。

しかし、原告久保田がこの売込みについて昭和五一年七月二日付けで作成した月例販売活動報告書には、現在顧客はどのような製品を使用しているのか、将来どの程度の需要を見込めるか、実際に製品を使用する部署への売込み活動はどのように行うのか、といつた点については記載がなかつた。

(なお、本件乙号証中には原告久保田の同僚が作成した月例販売活動報告書が存在しているところ、原告両名は、他のセールスマンが作成した右書類は膨大な数にのぼるが、証拠として提出されたのはわずか数枚だけであるから、これと比較して原告久保田作成の書面の出来不出来を論ずるのは相当でない旨主張するが、原告久保田作成の各書面はその記載自体から内容があまり充実したものでないことが他のセールスマン作成の書面と比較するまでもなく明らかである。)

(2) 原告久保田の新規顧客開拓に係る勤務状況は次のとおりであつた。

<1> 原告久保田が担当していた地域の大手需要家の一つとして川崎重工播磨工場があつたが、同原告が、右工場について同年六月二八日付けで作成したカストマーサーベイシートには、顧客となりうるかどうか、商談をどのように進めるのか、といつた点について全く記載がなかつた。

<2> 原告久保田の担当である新規顧客開拓の対象としては他に川崎重工明石工場があつたが、同原告が、右工場について同年六月二八日付けで作成したカストマーサーベイシートの記載も右<1>と同様であつた。

<3> 原告久保田は、同年七月九日、伊藤課長の指示により新規顧客開拓のための調査結果を報告書に作成したが、この記載は簡略な上、記載のない箇所もあり、問題点の指摘や解決策の内容も安易に過ぎるものであつた。

<4> 原告久保田の担当地域(尼崎、神戸、姫路)における需要調査は全く進展しなかつたので、同年一〇月頃、需要家・潜在顧客の調査、新規開拓業務のため、右地域に別のセールスマンが一人投入された。(なお、本件乙号証中には原告久保田の同僚が作成したカストマーサーベイシートも存在しているところ、原告両名は、他のセールスマンが作成した書類は膨大な数にのぼるが、証拠として提出されたのはわずか数枚だけであるから、これと比較して原告久保田作成の書面の出来不出来を論ずるのは相当でない旨主張するが、原告久保田作成の各書面はその記載自体から内容が充実したものでないことが他のセールスマン作成の書面と比較するまでもなく明らかである。)

(3) 当時、ID担当のセールスマンは、年初に年間販売計画報告書を、各月毎に販売活動報告書を、七月頃に下期販売計画報告書をそれぞれID毎に作成し、これを伊藤課長に提出することを義務づけられていた。

原告久保田の昭和五一年四月当時の担当業務は主として直売であつたが、地域的な関係で前記のとおり姫路にある丸信油脂というIDを担当していたところ、原告久保田はこのIDについて年間販売計画報告書、下期販売計画報告書、五月及び七月の月例販売活動報告書を提出しなかつた。

(4) 前記のとおり、潤滑油課では、昭和五一年の販売目標として「赤字体質を黒字体質に変えること」を掲げ、これを実現するための改善措置の一つとして、定例合同会議を新設した。

この定例合同会議は、毎月二〇日以降に半日ないし一日をかけて開催され(一日の場合が多かつた。)、個々のセールスマン、セールスエンジニアがおよそ三〇分間から一時間ほど、販売活動の進捗状況等を発表していたが、原告久保田の場合は一〇分ないし一五分位の短時間の発表で終わつてしまうことがほとんどであつた。また、個々の発表者から販売活動を進める上での問題が提起されたときには他のスタッフ全員で検討し、様々なアドバイスをしていたが、原告久保田の発言はほとんどなかつた。

(5) 改善意欲の欠如

伊藤課長は、この間、原告久保田に対し、書類の作成について他のセールスマンの報告書を示して改善指導をしたり、原告久保田の顧客訪問に同伴してセールス活動の指導を行つたりしたが、何らの改善も見られなかつた。

(五) 原告久保田は、昭和五二年一月からは、滋賀、京都の東山燃料、伊藤佑石油、堺の阪界石油、岸和田の神原商店という各ID、滋賀、京都、和歌山の一般代理店を主な担当とすることになつた。

原告久保田の同年一月から三月までの勤務状況は次のとおりであつた。

(1) 昭和五一年の年初に掲げられた黒字体質への転換という目標は達成され、また新たに確立したセールスチャネルも軌道に乗り、需要家の調査もほぼ順調に進行した等の状況を踏まえ、潤滑油課では、昭和五二年の基本目標を「大増販」とし、具体的には、次のとおりの目標を立てた。

<1> 直売については、昭和五一年度における需要家の調査を踏まえて、特定顧客に対し、特定油種の販売を行つていくなど全体として前年比四〇パーセントの増販を図る。

<2> IDについては、増販報奨金制度の活用等により、エンジンオイル、油圧油等の汎用油を全体として前年比二九パーセント、各代理店それぞれについても少なくとも前年比二五パーセントの増販を図る。

<3> その他の代理店(他社系代理店)を活用し、四三パーセントの増販を図る。

<4> ワックス類についても九パーセントの増販を図る。

そして、結果として、同年一月から四月までのIDへの販売実績は、前年同期比で四三パーセント増、その他の代理店への販売実績は八一パーセント増であつた。

しかし、原告久保田のIDに対する販売実績は前年の同期と比べて増加はなく、他のセールスマンとの間で業績面で格差を生じた。

(2) ID担当のセールスマンは、毎年初めに各代理店責任者と協議して、各店毎の年間販売計画を立案することが義務づけられていたが、原告久保田は、昭和五二年初め、担当IDについての年間販売計画立案を全くしなかつた。

また、参加人では、昭和五二年三月二三日に全国ビジネスライン販売会議を開催し、各支店はそれぞれ同年のキャッチフレーズを発表することになつていたが、原告久保田は支店での発表準備にほとんど参加しなかつた。

(六) 原告久保田は、昭和五一年当時、原告支部の副委員長として、原告支部の次のとおりの活動を企画、指導、遂行し、これを理由として他の二名の役員らとともに、昭和五一年七月一五日、参加人から、同年八月分給与を二四〇〇円減額する減給処分を受けた。

(1) 原告支部は、昭和五一年五月二一日付け及び同月二五日付けのビラ中に、参加人取締役甲野太郎について、「甲野つてオトロチイ人?」、「いまわしい五君不当刑事弾圧を受けながら、けなげにも『にくみあい』を発行しているエッソ本社支部、裏面工作社によれば、その卑劣漢、悪弁でチビで水虫、ブスでガニマタ、短足、出ベソ、ホモでインキン、イボ痔、股ズレ、偏平足、ファシスト甲野は赤坂見附はおろか、御近所の皆様にまでその悪名をもつて知れ渡つている」との侮辱、名誉棄損にわたる記載をし、これを大阪支店において配付した。

(2) 原告支部は、昭和五一年六月にス労本社支部組合員が懲戒解雇された事件について、同年六月一四日、参加人の承認を得ないで、右懲戒解雇撤回を求める内容の大型ビラ(約一メートル四方のもの)数枚を大阪支店が所在するトヨタビル四階の入口ホールの陳列棚に、糊を裏面全面に塗つて貼付し、同月一五日には同建物四階建通路壁面及び三階入口ホール壁面に、同月一七日には同建物四階通路壁面に、それぞれ同様のビラ数枚を同様の方法で貼付した。

(3) 原告支部は、昭和五一年六月一七日、夏季賞与の支給回答及びス労本社支部組合員の解雇等に抗議するため、午前八時二〇分頃から一〇時五〇分頃まで、右建物四階の大阪支店入口付近で、支援の者をも含めて約六〇ないし七〇名が参加してピケッティングを行い、これによつて、大阪支店の監督者、エ労組合員らは室内で就労できず、顧客との面談を大阪支店の部屋で行うことができないとうい事態を生じせしめ、さらに、ピケッティング解除後、約二〇分間、大阪支店入口ホール及び職場通路で集会を開き、その際、シュプレヒコールや労働歌の合唱等を行つたが、このため大阪支店では業務電話が聞きとりにくくなるという事態が生じた。

(4) なお、労働協約では次のとおり定められていた。

第一九条(文書の貼付)

組合及び組合員は第一八条に定めた掲示板の枠内以外の場所では文書図面を掲示しない。但し、やむを得ない事由により掲示するときは予め会社の承認を得るものとする。

第三四条(不法行為)

会社および組合は、争議行為中不法もしくは不当な手段をもつて相手方の権利を侵害し、正常な行為を妨害し、または心身の自由を束縛するような行為はこれを行なわない。

(七) 原告久保田についての昭和五二年の昇給についての人事考課の経過は次のとおりであつた。

(1) 人事考課は、各職種、各職能等級毎の職務内容に応じ、各支店等が重点項目を定めて行うこととなつていた。工業用製品支店が昭和五二年の専門職・職能等級{2}について重点項目としたのは、別紙(一)二七頁記載の従業員評価表の評価項目のうち、仕事の質、新規開拓、協調性、積極性、計画性、分析力、折衝力、指導力、判断力であつた。

(2) 伊藤課長は、昭五二年二月一〇日頃、原告久保田の昭和五二年度昇給に係る第一次の人事考課を行つたが、右(四)の事実を考慮して、各評価項目の評価を別紙(一)二七頁記載の表のとおりとし、従業員評価表に記入をした。すなわち、重点項目はいずれもB2ないしCであり、総合評価はB2であつた。

なお、第一次評価に先立ち、原告久保田は、Dレポートに過去一年間の業績は平均的であつたと思う旨記載して提出したが、伊藤課長は、同レポートの上司の総合所見欄に、「……自己評価も正しいと思う。但し、UNIONの役員であるため感情的なもつれから意志疎通及び協調性に欠けていたと判断されるが、本人はUNION活動が正当であり、懲戒処分は不当であるとの観点に立ち独尊的である。」と記入した。

(3) 伊藤課長は、原告久保田の従業員評価表を作成後間もなく阿子島支店長に提出した。

阿子島支店長は、原告久保田の考課対象期間中における仕事振りについて、月例販売活動報告書はいずれも内容が貧弱で、販売活動を進める上での問題点の捉え方やその解決策の提示の記載が不足しており、このことから担当顧客に対する取組みが不十分であることがうかがわれたこと、定例合同会議においても積極的な発言は見られなかつたことを重くみて、伊藤課長の第一次考課は甘いと判断し、原告久保田の従業員評価表に「今後昇進するために、業績をあげるにはより強いプロフェッショナル意識で行動する必要がある」との意見を記載した。

工業用製品支店及び同支店が管轄する広島工業用製品営業所の潤滑油関係従業員を対象とした人事考課の検討、相対評価による調整は、昭和五二年二月中頃、阿子島支店長、伊藤課長、樋口技術課長及び沖田広島工業用製品営業所長の四人によつて行われた。そして、原告久保田については、

<1> 伊藤課長による第一次考課はB2であつたが、考課対象期間中の原告久保田の現実の仕事振りからみて、明らかにCに近いB2であつたこと、

<2> 原告久保田は、考課対象期間中の昭和五一年七月一五日付けで、減給処分を受けていること、

が勘案されて、右四名全員の合意で、総合評価をCと決定した。

(4) 原告久保田の総合評価結果は、その後、工業用製品部における検討、調整を受け、最終的に給与委員会においてC評価が決定した。

(5) なお、昭和五二年の夏季賞与に掛かる人事考課は、昭和五一年一一月から昭和五二年四月までを考課対象期間として、昭和五二年六月頃行われたが、原告久保田については、前記認定のとおり、工業用代理店に対する販売実績が前年の同期と比べて増加がなく、他のセールスマンとの間で業績面で格差を生じたことから、Cと考課された。

(八) 原告久保田は、昭和五三年四月一日付けで専門職セールスマン{1}に昇格した。これは、原告久保田の昭和五三年の昇給に係る人事考課(対象期間は昭和五二年二月一日から昭和五三年一月三一日まで)の評価がB2であつたため、昇格の要件を満たしたからであつた。

(九) 原告久保田と同期入社、同学歴の従業員で、昭和五一年四月一日付けで専門職{1}に昇格した者のうち、ス労に加入していない者の数は明らかでないものの、ス労組合員は四名で、この中には当時の原告支部書記長入江史郎が含まれており他方、同日付けで専門職{1}に昇格しなかつた者は、ス労組合員には原告久保田を含め四名、エ労組合員には四名、労組に加入していない者には三名いる。

また、同じく原告久保田と同期入社、同学歴の従業員のうち、昭和五二年四月一日付けで専門職{1}に昇格した者の中では、ス労に加入していない者の数は明らかでなく、ス労組合員は一名だけであつたが、他方、同日付けで専門職{1}に昇格しなかつた者は、ス労組合員では原告久保田を含め二名であつたところ、エ労組合員にも二名いる。なお、原告久保田と同じ理由で昭和五一年七月一五日に同時に減給処分を受けた原告支部役員二名のこの年の評価はB1ないしB2であり、また、支店の一般従業員の評価結果は別紙(一)二九頁記載の表のとおりである。

さらに、参加人の従業員の職能等級についても、昭和五二年七月現在でみると、ス労組合員とそうでない者との間では特に格差は存在せず、また、同年一二月現在で、従業員の年齢別に基本給の額をみても、ス労組合員とそうでない者との間に格差は存在しない。

3  以上認定したところによると、そもそもス労組合員とそうでない者とを全体的に観察しても、不当な差別の存在をうかがわせる傾向はみられない。

そして、原告久保田の勤務振りは、各種報告書を提出しなかつたこと、提出された報告書の記載も内容が充実していなかつたこと、会議での態度も消極的であつたこと等から明らかなとおり、あまり意欲的なものではなく、特に業績を上げた点も身当たらず(なお、人事考課の時期の関係上、昭和五二年一月以降の勤務状況は十分に人事考課に反映されてはいないが、この時期の原告久保田の業績もあまり芳しいものではなく、むしろ他の従業員と比べて劣つていたことは、右2(五)で認定したとおりである。)、しかも他方、原告久保田は、違法な組合活動を行つて参加人の企業秩序を乱したり営業を妨げたりしたことで減給処分を受けており、これらの事情を考慮すると、原告久保田の人事考課の評価をCとすることは、客観的にみても不当な評価とはいえない。

したがつて、原告久保田の昭和五二年度のC評価が、参加人の不当な差別の意図に基づくものであつたと認めることはできないというべきである(伊藤課長のDレポートへの記入には、原告久保田の組合活動に言及した部分があるが、この記載は、内容からみても原告支部に対する差別意思の現れとは直ちにいえないし、原告久保田の業績そのものについては同原告の意見通りとしており、C評価が不当であることを推認させるものとはいえないというべきである。)。

4  そうすると、右1(三)で認定したとおり、原告久保田が、参加人の昇格制度に則つて昭和五二年度に昇格する資格を得るためには、昭和五〇年、同五一年の人事考課の評価がいずれもAであることを要するところ、乙一八三号証によれば、原告久保田の右両年度の評価はそれぞれB2、Cであつたことが認められ、原告久保田は昭和五二年には昇格の要件を備えていなかつたのである(なお、原告久保田の右両年度における業績が本来A評価を受けるほど卓越したものであつたと認めるに足りる証拠もない。)。

5  したがつて、参加人が原告久保田を昭和五二年に昇格させなかつたことが、不当労働行為に当たるとは認められない。

なお、右のとおり、参加人が原告久保田を昭和五二年度に昇格させなかつたことは不当労働行為とは認められず、かつ、原告久保田は翌昭和五三年四月一日付けで専門職セールスマン{1}に昇格しているのであるから、仮に参加人が昭和五一年以前に原告久保田を昇格させなかつたことが不当労働行為を構成するとしても、昭和五三年以降の昇格については、救済を行う理由のないことが明らかである。

第四  争点2(一)についての判断

一  <証拠略>によれば、本件出勤停止、本件懲戒解雇に至る事実経緯は次のとおりであると認められ(る)。<証拠判断略>

1  参加人は、今後の需要動向は長期的にみて大きな伸びは期待できない、競争は今まで以上に激化する、インフレによる人件費の高騰が生産性を脅かし営業利益を圧縮するといつた環境の変化があること、顧客思考の営業方針を徹底する必要があること、環境の変化に対応して組織及び人事配置の適性化を図る必要があること等を踏まえ、環境の変化に適応した効率的な組織体系を作ることを計画し、昭和五六年一〇月八日、従業員に対し、昭和五七年一月一日付けで全社規模で営業本部の組織を変更すること(以下「機構改革」という。)を発表し、その内容を記載した社内報を従業員に配付した。機構改革の概要は、各支店機構を事業所の分割、移転等により再構成すること、工業エネルギー、工業用製品、舶用製品、特定販売等の各部を再編成して工業用製品部及び直需部を新設すること、審査部を営業調査部に整理統合すること、支店、営業所の経理その他の事務関係業務を整理統合してコントローラー本部との連携を強化すること等であつた。

工業用製品支店においても、従業員全員を支店長室に集め、機構改革を行うこと及びこれに伴い人事異動を実施することを発表し、右の社内報を配付した。

機構改革により、原告久保田が所属していた工業用製品支店では、取扱商品の種類に応じて設けられていた燃料課と潤滑油課が、顧客との取引形態に応じて直売課(工場等の直売顧客への販売を担当)と販売課(代理店への販売を担当)に改編されることになつた。これにより、同一顧客についても燃料油と潤滑油とで別の者が販売を担当していた従来の取扱いは改められ、一人の担当者が燃料油、潤滑油の両方を取り扱うこととなつた(以下、機構改革による所属、仕事内容の変更を一括して「業務変更」という。なお、原告久保田について業務変更というときは後記六(五)の担当顧客の変更を含むものとする。)。

2  同年一一月二〇日頃、機構改革に伴う担当顧客の変更が発表され、原告久保田は、昭和五七年一月一日以降、潤滑油課から直売課に配属が変わることになつた。原告久保田は、当時、代理店及び直売顧客合計一三社に対し工業用潤滑油の販売を担当していたが、機構改革後は直売課に所属し、右一三社とは全く別の直売顧客六社と見込顧客三社に対し工業用潤滑油及び工業用燃料油の販売を担当することになつた。

しかし、原告久保田のセールスマンとしての職種そのもの及び勤務場所については何らの変更はなく、担当顧客数は一三社から九社に減少するうえ、従来担当していた潤滑油の仕事の量も減少することになり、しかも直売顧客六社のうち三社は潤滑油だけしか扱つておらず、他の三社も特定の重油(A重油)を小規模に販売していたのみであつた。また、燃料油には多種類の銘柄があり、取引量、出荷場所、配送関係、支払条件等は各顧客毎に異なつており、原告久保田にとつても新たな知識の習得、習熟が必要であつたが、その負担は、従来同一課内で行われていた業務分担の変更に通常伴うものと大差ない程度のものであつた。

なお、本件機構改革に伴つて業務変更を生じたス労組合員は、東京支店に三名いたが、大阪支店では原告久保田一人であつた。

3  ス労と参加人との労働協約五条覚書には、「組合員に重大な影響を与えるような職制機構の改廃並びに事業所の移転、廃止等、会社の経営上の重要な変動のあるときは組合に事前に通告する。」と規定されており、参加人は、「営業本部の組織変更の件」と題する昭和五六年一〇月八日付けの書面で、ス労本部に対し機構改革を行う旨を通告したが、原告支部に対しては、機構改革は原告支部組合員に重大な影響を与えるものではない、との理由で格別に通告をしなかつた。

4  また、労働協約三六条五項では、「組合役員(中央執行委員および会計監査委員)の転勤を行おうとする場合は、組合と協議する。支部・分会連合会三役(委員長、副委員長、書記長)の場合もこれに準ずる。」と規定されていたが、参加人は、機構改革に伴う原告久保田の業務変更は転勤ではなく業務分担の変更にすぎない、として原告支部と協議することはなかつた。

5(一)  原告支部は、機構改革は人員削減につながり、組合員の労働条件に重大な変更をもたらすものであるとして、昭和五六年一〇月八日、大阪支店に対し、「営業本部の組織変更の件」について団体交渉を申し入れ、以後、再三にわたつて団体交渉の開催を求めた(原告支部が大阪支店に対して団体交渉を申し入れたのは、大阪支店内に労務関係に関して参加人を代表する者が置かれていたためである。)しかし、大阪支店は、大阪地裁における具体的な内容が明らかになるまでは団体交渉に応じることはできない、とした。

(二)  大阪支店と原告支部は、同年一一月二四日、機構改革についての第一回めの団体交渉を行つた。大阪支店は、この団体交渉において、ス労本部に提示したものと同じ資料を原告支部に掲示して、機構改革の概要を説明した。原告支部は、この席上、大阪支店に対し、機構改革の発表は労働協約五条覚書の事前通告義務に違反するものであると協議した。これに対し、大阪支店は、「大阪地域では組合員に重大な影響が生じるような変更はないので通告をしなかつた。現在までのところ機構改革により労働条件に重大な影響を生じる原告支部組合員はいないと考えている。」等と答え、また、原告支部の団体交渉について、「今回の機構改革は全社的な問題であるので、これについての団体交渉は参加人本社とス労本部との間で実施する。大阪支店は原告支部組合員の労働条件についてのみ団体交渉を行う。」等と述べた。原告支部は、参加人の回答に不満であると抗議し、原告支部の見解を次回の団体交渉で明らかにすることとした。

(三)  大阪支店と原告支部は、同年一二月一四日、機構改革を議題とする第二回めの団体交渉を行つた。原告支部は、この席上、工業用製品支店が機構改革のためのトレーニングを実施していることに抗議し、機構改革についての団体交渉が終わるまでトレーニングを中止し、人事異動を撤回するよう要求するとともに、機構改革は人減らし、労働強化を目的としている旨主張し、将来の人員削減の可能性について危惧を述べ、これについて回答を強く求めた。

大阪支店は、これに対し、「現時点では減員は生じていない。将来のことにつついては、大阪支店は当事者能力がなく答えられない。少なくとも、原告支部組合員を減らすことによつて経費を削減するつもりはない。機構改革の目的が人減らしの意図まであるかどうかまでは答えられない。」等と答えた。

(四)  大阪支店と原告支部は、昭和五七年一月一八日、機構改革を議題とする第三回めの団体交渉を行つた。原告支部は、この席上、「原告支部としては、参加人が機構改革について事前通告義務違反をしていること、機構改革の必要性の要員として人件費の高騰が収益を圧迫していると明言していることの二点を重大と考えている。参加人がなし崩し的にやるなら原告支部は協力しない。機構改革を白紙に戻し、事前通告を行い、その理由を具体的に説明されたい。」等と述べた。

大阪支店は、これに対し、「現時点で要員削減はしない。労働条件に重大な影響を与えるような変更は起きていないが、もし原告久保田の労働条件に重大な影響が生じているのであれば、そのことについて団体交渉を申し込めばよい。大阪支店は原告支部の意見を十分聞き、わかつていることはすべて説明したので、原告支部の主張についてはこれ以上検討しない。」等と答えた。

原告支部は、大阪支店がこれ以上検討しないのなら、大阪支店の対応を不当労働行為と考える、として、同支店に対し、機構改革の件について棚上げ確認(労働協約では、労使双方が労働委員会に争議調整の申請を行わないことの確認をした後でなければ争議行為をすることができない旨規定されており、以下、この確認を「棚上げ確認」という。)を求めた。

(五)  大阪支店は、同月二〇日、機構改革についてこれ以上検討しないことを再度明確にし、これをうけて、大阪支店と原告支部は、機構改革の件について棚上げ確認をした。

6(一)  機構改革は、昭和五七年一月一日、実施され、原告久保田の担当顧客も前記のとおり変更となつたが、原告久保田は、機構改革実施前に担当していた顧客の訪問を続けた。

(二)  工業用製品支店直売課長渡辺慎一(以下「渡辺課長」という。)は、同年二月三日、原告久保田に対し、代理店顧客を販売課荒山三千雄に引き継ぐよう命じた(以下「業務命令」というときは、参加人の原告久保田に対する業務変更後の業務への従事を命じる業務命令を総括して指すものとする。)。

これに対し、原告久保田は、大阪支店は機構改革についての団体交渉を拒否しないで原告支部を通じてこの問題を解決するよう述べて、この引継ぎを拒否して、機構改革実施前に担当していた顧客(以下「旧顧客」という。)を訪問し続けた。

(三)  渡辺課長は、同年三月一日、原告久保田に対し、同原告の顧客の訪問計画につき、担当でなくなつた代理店への訪問は承認しない旨を伝えた。しかし、原告久保田は、「大阪支店が機構改革の団体交渉を拒否している以上命令に従えない。この件については原告支部で検討するので同支部に申し入れてもらいたい。」旨述べた。

渡辺課長は、その後も再三業務の引継ぎを行うよう原告久保田に命じたが、同原告はこれを拒否し、旧顧客を訪問し続けた。

(四)  工業用製品支店は、同年五月二五日、原告久保田に対し、「一月一日付けで配属となつた直売課における業務に直ちに従事し、支店長が指示する顧客を担当するよう命じる。万一貴殿が本命令に従わない場合は適当な措置をとらざるを得ない。」旨の業務命令書(以下「五・二五命令書」という。)を発した。原告久保田は、これに対し、この問題は現在原告支部と大阪支店の問題となつており、個人に強要するのは不当であるとして、同命令書の受取りを拒否した。

また、原告支部は、大阪支店に対し、五・二五命令書の交付に抗議するとともに、同文書を原告支部として預かつたうえ、この件についての団体交渉を求めた。しかし、大阪支店は、業務命令は個人の問題であるので団体交渉は行わないと答えた。

(五)  支店直売課は、同月三一日、会議を開催して、原告久保田ら同課員に翌六月一日からの担当顧客の変更を伝えた。原告久保田の担当顧客は、前年度の担当顧客三名を含む九社の顧客に変更された。この九社の内、三社は旧顧客でもあつたため(もつとも、内一社は実際にはほとんど取引がなかつた。)、この三社については、原告久保田は、結果的に業務命令と齟齬なく訪問している形になつたが、その余の六社についてはやはり訪問を行わず、依然として旧顧客の訪問を続けていた。

渡辺課長は、同年六月三日、四日、八日、九日、一〇日、一四日、一七日及び二二日、再三にわたつて原告久保田に対し業務引継ぎを命じたが、原告久保田は機構改革について原告支部との解決がつかない限り業務命令には従えないとして、これに従わなかつた。

(六)  原告久保田が旧顧客を訪問し続けたため、新たに原告久保田の旧顧客の担当となつた従業員が同一顧客を原告久保田と重複して訪問する事態が生じ、同年二月頃には、顧客から担当者が不明確である旨の苦情が出たため、渡辺課長は新担当者を同行し、顧客に謝罪した。

また、原告久保田が新たな顧客の引継ぎを受けることを拒否したため、その顧客を従前担当していた従業員は、自己の新業務に加えて原告久保田が担当すべき顧客をも担当せざるをえなくなり、原告久保田の業務命令拒否に対する参加人の処置は甘いと批判する従業員もあつた。

また、原告久保田が、旧顧客を訪問した際の旅費の清算請求について、同年二月以降、参加人では支払うべきかどうか疑義を生じ、渡辺課長と島村治工業用製品支店長(以下「島村支店長」という。)は相談のうえ、本来支払は拒絶できるものの仕事の旅費として支出されたものを原告久保田個人に負担させるのは相当でないという理由から結局は支払をすることにしたが、清算の請求から支払まで一週間ないし一か月も間があいてしまうことになつた。そして、同年六月請求分については、参加人は、旅費清算請求を承認しないこととした(なお、参加人は、旅費の清算請求書以外にも原告久保田が旧顧客について作成した書類を承認している。しかし、右認定の経緯からして、これら旅費等の承認をもつて、参加人が、原告久保田の旧顧客訪問を是認していたものということはできない。)。

(七)  原告支部は、同年二月二四日、ス労本部に対し、原告久保田に対する機構改革に伴う業務命令の拒否を指令するよう求めたが、この要請は拒否されたため、原告支部は、同年三月、原告久保田に業務命令を拒否するよう独自に指令していた。

7  参加人は、同年六月二三日、原告久保田に対し、新たな業務に従事するよう命じているにもかかわらずこれに従わないのは重大な業務命令違反であり、これは、懲戒解雇、出勤停止事由を定めた就業規則六二条五号(職場の風紀又は秩序を乱したとき)、同条一〇号、六一条三号(職務上の指示命令に従わず、職場の秩序を乱したときで特に情状が重いとき)に該当するとして、同月二四日から同年七月二日までのうち休日を除く七日間について本件出勤停止をした。

原告支部は、本件出勤停止について直ちに団体交渉の開催を要求し、大阪支店と原告支部は、翌二四日以降数回にわたつて団体交渉を行つた。原告支部は、この席上、原告久保田には業務命令拒否の指令を出しており、これに従つたことを理由に同原告を処分したことは不当である旨抗議した。これに対し、大阪支店は、原告久保田に対する処分は労使問題ではなく、業務命令違反を理由とする原告久保田個人の問題であると答えた。

8  参加人は、同年七月五日、本件出勤停止を終えて出勤した原告久保田に対し、命じられている業務に至急従事するよう命じるとともに、これに従わない場合には適当な措置をとる旨の業務命令書(以下「七・五命令書」という。)を発した。

原告支部は、直ちに大阪支店に対し、同命令書及び五・二五命令書についての団体交渉を申し入れ、大阪支店と原告支部は、同日午前一一時から午後四時過ぎまで休憩を挟んで四回にわたつて団体交渉を行つた。大阪支店は、この席上、業務命令は原告久保田個人に対するもので団体交渉事項ではないと主張し、これに対し、原告支部は、原告久保田の業務命令拒否は原告支部の指令によるもので、団体交渉において交渉すべきものである旨主張した。そして、大阪支店と原告支部は、五・二五命令書及び七・五命令書の件について棚上げ確認をした。

原告支部は、同月九日、大阪支店に対し、原告久保田に対する五・二五命令書及び七・五命令書の件について団体交渉を要求したが、同支店は、業務命令は原告久保田個人の問題であり団体交渉事項ではない、としてこれに応じなかつた。

9  渡辺課長は、同日午後、直売課の会議で原告久保田ら出席者に対し、同月七日に行われる新商品説明等のトレーニングに参加するよう指示したが、同月七日、このトレーニングに参加しようとした原告久保田に対し、トレーニングには参加せず、従来から命じられている業務の引継ぎをトレーニングに優先して行うよう命じた。原告久保田は、機構改革についての労使間の解決が先決である、としてこれに従わなかつた。

なお、機構改革に伴い業務変更を生じた従業員で、同年六月以降に至つても業務命令に従わず新たな業務に就かなかつた者は、原告久保田一人だけであつた。

10  島村支店長は、原告久保田が本件出勤停止の後も業務命令を拒否し続けているのは就業規則六二条五号(職場の風紀又は秩序を乱したとき)、同条一〇号、六一条三号(職務上の指示命令に従わず、職場の秩序を乱したときで特に情状が重いとき)、六二条一一号(その他前各号(出勤停止、懲戒解雇事由を指す。)に順ずる不都合な行為をしたとき)に該当すると判断し、同年七月一三日、原告久保田に対し、同月一四日付けで懲戒解雇する旨を伝えた(本件懲戒解雇)。

なお、原告らは、参加人が、昭和五七年九月一六日、ホテル阪神において、原告支部の壊滅を策謀し、組合員の解雇を含む対策を話し合う会議を開いた事実がある旨主張するが、仮にそのような事実が存在するとしても、右会議は本件懲戒解雇から二か月以上も後に開催されたというのであるから、本件出勤停止、本件懲戒解雇について不当労働行為意思が存在したことを推認する根拠としては薄弱なものといわざるを得ないし、そもそも、右主張に副うかの如き<証拠略>は、反対趣旨の<証拠略>に照らして直ちに採用できない。

二1  原告らは、機構改革は参加人会社組織全体の大改組であり、事業所の分割、移転や従業員の配転等を伴うものであるから、労働協約五条覚書により、参加人は原告支部に対し事前に通告する業務があつたところ、これを怠つたと主張する。

しかし、右覚書は、ス労の各支部にまで逐一事前通告すべき旨を参加人に義務付けたものとはにわかに解し難く、参加人はス労本部に対してのみ通告の義務を負うものと解されるところ、右一3で認定したとおり、参加人はス労本部に事前通告を行つているのであるから、何ら義務違反の点はなかつたというべきである。しかも、右一5(二)で認定のとおり、参加人は、機構改革実施に先立つ団体交渉において機構改革の内容について資料を提示して説明しているのであるから、原告支部に対しても実質的に事前通告はされていたというべきである。

2  また、原告らは、原告久保田は原告支部執行副委員長であつたから、参加人は、労働協約三六条五項に基づき、原告久保田の業務変更について原告支部と協議する義務があつたと主張する。

しかし、右一4で認定したとおり、労働協約三六条五項は、組合役員の「転勤」について協議する旨を定めたものであるところ、右一2で認定のとおり機構改革の前後を通じて原告久保田の仕事内容や勤務場所には全く変わりがなかつたのであるから、原告久保田の業務分担の変更は転勤に当たらないことが明らかであり、労働協約の右条項に該当しない。

3  また、原告らは、参加人と原告支部との間には、原告支部三役の所属職場の変更について労働協約三六条に基づいて事前に協議する旨の昭和四八年六月五日付けの確認が存在するところ、参加人は原告久保田の業務変更について協議をしていない旨主張する。

しかし、そもそも、仮に右確認が存在するとしても、ここに所属職場の変更とは労働協約三六条五項が転勤についての条項であることからして転勤を指すものと解されるところ、右一2で認定したとおり、機構改革の前後を通じて原告久保田の職種や勤務場所には全く変わりがなく、原告久保田の所属の変更は参加人の営業組織の再編によるだけのものに過ぎなかつたから、機構改革に伴う原告久保田の業務変更は、ここにいう所属職場の変更には当たらないということができる。

そして、原告らが右確認を当事者双方が書面化したものであると主張する乙六七五号証については、参加人側作成者として昭和四八年当時大阪サービスステーション支店長であつた西井正臣の氏名の記載とその名下に印影があるが、これらが真正なものである旨の<証拠略>は曖昧であるうえ反対趣旨の<証拠略>に照らして直ちに採用できないし、右印影が大阪サービスステーション支店長の印章によるものと認めるに足りる証拠もなく(右<証拠略>の印影は、原告らが対照用の印影として援用する<証拠略>の印影と同一のものとは認めがたい。)、その他右書面中の参加人作成名義部分が真正に成立したものであることを認めるに足りる証拠はなく、その他右確認の存在を認めるに足りる証拠もない。

4  以上のとおりであるから、機構改革及びこれを前提とする原告久保田に対する業務命令には労働協約五条覚書、労働協約三六条五項または参加人と原告支部との間の確認に違反したとの瑕疵はない。

三  原告らは、原告久保田の業務命令拒否は、正当な争議行為として行われたものであるから、これについて懲戒処分をすることは不当である旨主張する。

しかし、<証拠略>によれば、被告の審問において、原告久保田は原告支部の指令はストライキの指令ではなかつた旨供述している。

また、<証拠略>によれば、労働協約三三条では、参加人またはス労は争議行為を行おうとするときは、少なくとも争議開始四八時間前までにその旨を相手方に文書をもつて通告する義務がある旨定められているところ、原告久保田の業務命令拒否についてス労が参加人にこの争議通告をした事実を認めるに足りる証拠はない。原告らは、昭和五七年一月二〇日及び同年七月五日に争議通告をした旨主張するが、これらの日にス労が参加人に対し機構改革の件、五・二五命令書及び七・五命令書の件について争議を行う旨を表明し、それぞれ確認書<証拠略>が作成されたことが認められるものの、これらの確認書はス労が参加人に争議通告をする書面<証拠略>とは内容、様式いずれの点でも全く異なるものであり(争議通告の書面では、争議を行う日、争議開始及び終了の時刻、争議に参加する組合員が明示され、表題も「スト通告」となつているが、右各確認書にはそのような記載は全くなく、表題も「確認書」となつている。)、棚上げ確認(右一5(四)参照)を記載したものにとどまるものと認められ、その他右原告ら主張に係る争議通告の存在を認めるに足りる証拠はない。

さらに、原告久保田の業務命令拒否は、単に労務の不提供に止まるものではなく、業務変更前に担当していた業務を強行することにより、右一6(六)で認定したとおり、参加人の業務に支障を生じさせており、このような行為はおよそ争議行為として正当性が認められるものではない。

以上の諸点を考慮すると、原告久保田の業務命令拒否は、仮に争議行為と称して行われたものであつたとしても、労働協約所定の事前通告を欠き、しかも態様自体正当性を欠くものであるから、違法な争議行為であつたというべきである(なお付言するに、原告久保田の業務命令拒否は、就業時間中に行われたものであつて、しかも命じられたものでない業務を強行することで参加人の業務に支障を生じさせる態様のものであるから、組合活動としても正当なものとはいえない。)。

したがつて、原告らの右主張は失当である。なお、原告らは、原告久保田は原告支部の指示により業務命令を拒否したのであるから、これについて懲戒処分を行うことは労組の団結権に対する侵害であると主張するが、組合の指示による行動であつても、業務命令拒否が違法である以上、懲戒を行うことは何ら不当ではないし、これをもつて団結権の侵害と目することもできない。

四  原告らは、参加人は団体交渉を実質的に拒否し続けた旨主張するので検討する。まず、機構改革そのものについての団体交渉において参加人と原告支部の主張が平行線をたどつたこと、原告久保田に対する業務命令について参加人が団体交渉を拒否しあるいは団体交渉において議題とすることを拒んだことは、右一で認定したとおりであるが、しかし、仮に参加人の右のような態度が不当なものであつたとしても、正当な業務命令が不当なものとなるわけではなく、業務命令拒否が正当化されるわけでもない。また、そのように仮定してみても、参加人の不当労働行為意思を推認するには不十分であることは後記八のとおりである。

五  以上のとおりであつて、機構改革の目的、内容、機構改革に伴う原告久保田の業務変更、参加人の原告久保田に対する新職務への従事を命じる各業務命令には不当な点はないというべきであり、したがつて、業務命令に従わなかつた原告久保田に対し、参加人が懲戒処分を行うことも不当ではなかつたというべきである。

そして、原告久保田の業務命令拒否は機構改革の実施から半年間近くに及んで、これにより顧客訪問が重複し、原告久保田が引継ぎを受けることを拒んだ顧客を他の従業員が担当せざるを得なくなり、あるいは旅費の支給に疑義が生じるという営業上の支障が生じ、他の従業員らも不満を抱くという職場秩序上も好ましくない状況となつたことを考慮すると、本件出勤停止は、処分として不当なものではなかつたといえる。そして、原告久保田は本件出勤停止を受けた後も、ただ一人、依然として業務命令を拒否し続けたのであるから、本件懲戒解雇もまた過重なものということはできない。

さらに、参加人は、原告久保田の業務命令拒否に対し直ちに懲戒処分を行つたわけではなく、半年近くにわたり幾度となく業務命令を発出し、懲戒処分を行うに当たつても直ちに解雇を行うことをせず、まず本件出勤停止に止め、その後も原告久保田が業務命令に従わないため、やむなく本件懲戒解雇を行うという慎重な態度に終始している。

したがつて、原告支部が本件懲戒解雇の直前である昭和五七年七月八日に本件出勤停止について救済申立てをしたことを考慮しても、あるいはこれに加えて原告ら主張のとおり参加人の団体交渉等における態度に不当な点があつたと仮定してみても、参加人に、労組法七条一号、三号または四号の不当労働行為意思が存したとは到底認められず、本件出勤停止、本件懲戒解雇は、いずれも不当労働行為に該当するものとは認められない。

第五  争点2(二)についての判断<略>

第六  結論

以上のとおりであつて、原告らの請求中、本件命令(一)中原告久保田の昭和五一年の昇格についての救済申立てを却下した部分の取消しを求める部分は理由があるから認容し、その余の部分は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用については、行訴法七条、民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文、九四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 林 豊 裁判官 松本光一郎 裁判官 岡田 健)

《当事者》

原告 スタンダード・ヴァキューム石油自主労働組合エッソ大阪支部

右代表者執行委員長 西塚美代子 <ほか一名>

右原告ら訴訟代理人弁護士 北村行夫 同 中西義徳 同 駒宮紀美 同 坂井 真 同 沢本 淳 同 下谷 収

被告 中央労働委員会

右代表者会長 萩沢清彦

右指定代理人 北川俊夫 <ほか三名>

被告補助参加人 エッソ石油株式会社

右代表者代表取締役 エル・ケイ・ストロール

右訴訟代理人弁護士 馬塲東作 同 小長谷国男 同 佐藤博史 同 今井 徹 同 高橋一郎

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