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東京地方裁判所 平成元年(ワ)5194号 判決

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各原告に対し、各自、別紙損害目録の合計欄記載の各金員及びこれらに対する訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨。

2  仮執行免脱宣言。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  消費税の内容

(一) 消費税の概要

(1) 消費税法(昭和六三年一二月三〇日法律第百八号。以下単に「消費税法」という)による消費税は、特定の物品やサービスに課税する個別消費税とは異なり、消費に広く薄く負担を求めるという観点から、金融取引、資本取引などや医療福祉教育の一部を除き、殆ど全ての国内取引や保税地域からの外国貨物の引取りを課税対象として、三パーセントの税率で課税される間接税である。

(2) 消費税法は、生産、流通の各段階で二重、三重に税が課され累積すると、産業に対する税の中立性を損うので、これを避けるため、売上に係る消費税額から仕入れに係る消費税額を控除する仕組みを採っている。具体的には、事業者が国に納付すべき消費税額の算出について、次のように定められている。

〈1〉 仕入れ税額控除制度

消費税法三〇条一項は、事業者が自己の売上等の収入に係る消費税を納付するにあたって、自己の仕入れ額の百分の三を乗じて算出した額を自己の仕入れに係る消費税額として、この金額を税額控除することを認めている。

その結果、事業者の消費税納付額は、次のようになる。

消費税納付額=収入額×3/100-仕入れ額×3/103

〈2〉 事業者免税点制度

消費税法九条一項は、基準期間における課税売上高が三千万円以下の小規模事業者について、消費税納税義務を免除している。

〈3〉 簡易課税制度

消費税法三七条一項は、基準期間における課税売上高が、五億円以下である中小事業者について、選択により、前記仕入れ税額控除制度に代えて、売上高の二〇パーセント(政令で定める卸売業者を営む事業者については一〇パーセント)に対し、三パーセントを乗じた額、つまり売上高の〇・六パーセント(右卸売業者については〇・三パーセント)の額を消費税額として国庫に納めればよい旨定めている。

(二) 消費税における納税義務者

消費税法四条一項は、「国内において事業者が行った資産の譲渡等には、この法律により、消費税を課する。」と規定し、消費税法五条は、「事業者及び外国貨物を保税地域から引き取る者」に対し消費税の納税義務を課している。すなわち、消費税法は、事業者を納税義務者と規定している。しかしながら、次に述べるような事情を総合するならば、消費税法上は、消費者は、納税義務者、事業者は単なる徴収義務者と解釈される。

(1) 税制改革法の規定

税制改革法は、消費税法の制定及びそれと同時に行われた所得税法、法人税法等の改正に関して、それら法律の改廃、制定の基本理念、方針を示した右各税法の上位規範たる法律である。

ところで、税制改革法一一条一項は、「事業者は、消費に広く薄く負担を求めるという消費税の性格にかんがみ、消費税を円滑かつ適正に転嫁するものとする。その際、事業者は、必要と認めるときは、取引の相手方である他の事業者又は消費者にその取引に課せられる消費税の額が明らかとなる措置を講ずるものとする。」と規定している。同条項は、内閣から同法案が提出された際、「事業者は広く薄く負担を求めるという消費税の性格にかんがみ、消費税の円滑かつ適正な転嫁が行われるよう努めるものとし、…」という条項であったものが、国会において修正されたものである。

右規定は、あくまで事業者が納税義務者であることを前提としつつ、事業者に対し、消費税の転嫁義務を課したものとも解されるが、他の税法を見ても、実質的な租税負担者と租税債務を負担する納税義務者が相違する場合、納税義務者に対し、実質的な租税負担者への転嫁を義務付けてはいない。

そうすると、税制改革法一一条一項が、国会において修正され、現行条文のようになったということは、税制改革法及び消費税法上、消費者は納税義務者、事業者は単なる徴収義務者と考えられていることを意味すると考えられる。

(2) 消費税法附則の規定

消費税法附則三〇条は、消費税の転嫁に対し、一定の共同行為(カルテル)について、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の適用除外を認め、事業者による消費税転嫁に対し法的保護を与えている。

(3) 国税庁長官通達の内容

消費税施行にあたって発出された国税庁長官通達によれば、次のような取扱がなされるものとされている。

〈1〉 国税庁長官通達平成元年一月三〇日直法六-一によれば、所得税基本通達三六-二二(課税しない経済的利益…創業記念品等)、同三六-三八の二(食事の支給による経済的利益はないものとする場合)に定める非課税限度額の適用に当たって、当該経済的利益につき、所得税法等に定める所定の評価方法により評価を行った金額に一〇三分の一〇〇を乗じた金額をもって、当該通達に定める非課税限度額を越えるかどうかの判定を行うとされている。

〈2〉 同じく、国税庁長官通達平成元年一月三〇日直法六-一によれば、所得税法二〇四条一項又は三項の規定が適用される国内源泉所得又は報酬若しくは料金等が支払われる場合において、右報酬・料金等の額と消費税の額が明確に区分されている場合には、当該報酬・料金等の額を源泉徴収の対象とする金額として差し支えないとされている。

〈3〉 また、国税庁長官通達平成元年三月二九日直所三-八、直資三-六によれば、所得税法施行令一三八条(少額の減価償却資産の取得価格の必要経費算入)の規定を適用する場合において、取得価格又は支出する金額が二〇万円未満であるかどうかは、個人事業者が適用している税抜経理方式又は税込経理方式に応じ、その適用している方式により算定した取得価格又は支出する金額により判定するとされている。

すなわち、〈1〉では経済的利益が非課税限度額を超えているかどうかは、消費税分を除いた価格で判定することとされ、〈2〉では消費税分を除いた国内源泉所得・報酬・料金等の額を源泉徴収の対象とする金額とするとされ、〈3〉では税抜き経理方式を採用している場合には、消費税額分を除いた額をもって取得価格又は支出する金額が二〇万円未満であるかどうかを判定するとされている。

これらの通達は、消費税額分は「対価の一部」ではなく、消費者が、上乗せされた消費税の納税義務者であることを前提としていると見るべきである。

(4) 政府広報における説明

政府広報「消費税って何でしょう。」によれば、消費税を税抜きで処理する場合、課税売り上げに対する税額については「預かり金」、仕入税額控除対象額については「仮払い金」として処理を行うよう指導しているが、右のような処理は所得税法に基づく給与所得者からの源泉徴収額に関する源泉徴収義務者の経理処理と全く同様であり、大蔵省及び自治省もまた消費税の徴収義務者が事業者であって、納税義務者は消費者であるということを前提としている。

2  消費税の問題点

(一) 消費者に対する過剰転嫁の危険性及び事業者間の不公平

(1) 仕入れ税額控除制度の不合理

先に述べたように、消費税の納税義務者は消費者、徴収義務者は事業者と解されることからして、事業者が消費者より徴収した消費税分は、事業者自身が仕入れの際に支払った消費税額を控除したもの以外全て国に納付すべきものである。

ところが、事業者が行う仕入れの中には、免税業者(消費税法九条の適用を受ける者)からの仕入れも含まれているところ、免税業者からの仕入れには三パーセントの消費税額が上乗せされていないにもかかわらず、消費税法の定める税額控除制度は、これらの仕入れをも含めて全仕入れ額の一〇三分の三を仕入れに係る消費税額として税額控除することを認めている。すなわち、同制度は、事業者が収入額の三パーセントの消費税分を消費者から徴収しているにもかかわらず、その一部を国庫に納めなくてよいことを認めている。

この制度は、事業者が納税義務者である消費者からの消費税分を徴収しながら、過剰な控除を認めることにより、その一部を国庫に納めず、事業者が取得するといういわゆるピンハネを許したものである。

(2) 事業者免税点制度の不合理

事業者免税点制度は、免税業者が消費者からの消費税分を徴収しながら、その全額を国庫に納めなくてもよいことを認めている。この制度は、(1)と同様に不要な消費税分の転嫁を認めたことにより、全部のピンハネを認めたものである。

(3) 簡易課税制度の不合理

簡易課税制度は、売上等の収入に係る消費税額のうち八〇パーセントを仕入れに係る消費税額とみなして、国に対する消費税額の納付の際にこれを控除することを認めている。しかしながら、仕入れ自体が少ないか、あるいは免税業者からの仕入れが多い等の理由により、右仕入れに係る消費税額の割合が八〇パーセントよりも低いこともあり得る。したがって、簡易課税制度によって認められた控除額と、仕入れに係る実際の消費税額との差額は、本来控除してはならない仕入れ税額であるにもかかわらず、控除を認められている。

この制度は、(1)と同様、事業者が納税義務者である消費者からの消費税分を徴収しながら、過剰な控除を認めることにより、これを国庫に納めず、事業者が取得するというピンハネの結果をもたらすものである。

(4) 事業者間の不公平

〈1〉 仕入れ税額控除制度の下では、全仕入れを通常の課税業者に頼る事業者は、仕入れに際し、消費税分の全てを仕入れ先に対して負担しなければならない。これに比べ、免税業者からの仕入れに頼る事業者は、右の負担をしないで、仕入れ税額控除制度の恩恵を受けることがある。このことは、免税業者からの仕入れに頼る事業者を不当に優遇することになり、事業者間に不公平をもたらすものである。

〈2〉 事業者免税点制度は、免税業者を非免税業者に比し不当に優遇する。

〈3〉 簡易課税制度は、簡易課税事業者を非簡易課税事業者に比し不当に優遇する。

(二) その他の問題点

(1) 消費税の逆進性

租税の経済的機能のうち最も重要なものは、所得の再分配の機能である。現代のいわゆる自由主義経済社会において、その仕組などが原因して、高い所得を得ている者と低い所得しか得ていない者が生じ、所得の分布が不平等であり、不公正になっているところでは、租税負担の配分の仕方を利用して、不平等、不公正になっている現在の所得の分布を改善するために、所得の再分配をすべきである。高い所得を得ている者には重い租税負担を、低い所得しか得ていない者には軽い租税負担を課するという方法によって、この目的は達成される。

ところが、消費税は、低額の所得者にも高額の所得者にも、同額の税を課すものであるから、右「応能負担の原則」、「公平負担の原則」に全く逆行するものである。

(2) 課税要件の不明確性

〈1〉 先に述べたように、消費税法四条一項には、事業者が納税義務者であるとの規定があるものの、税制改革法一一条一項や前記各通達には消費者が納税義務者と解される余地もあり、この点において不明確である。

〈2〉 消費税法によると、国内の課税対象取引であるための要件は、ア 国内における取引であること、イ 「事業者」が「事業」として行った取引であること、ウ 「対価」を得た取引であること、エ 資産の譲渡、貸付、役務の提供であることの四つである。

しかしながら、右イの要件である「事業者」とは誰を指すのか、「事業」とは何を指すのかが明確でなく、これを明らかにする通達等もない。そのため、例えば大学教員の得た講演料、原稿料が消費税の課税対象となるのかどうかも法律の規定からは明確でない。また、ウの要件についても、例えば、事業者が商品についてクレームが付いたので相手方に金銭を支払った場合、これが「対価」なのか、あるいは損害賠償として対価性がないのかも法律の規定自体からは明らかでない。

(3) 不服申立制度の欠如

先に述べたように、消費税の納税義務者は消費者であると解されるところ、消費税法は、消費者に対し、課された消費税額につき何ら不服申立手続あるいは訴訟手続によって争う権利を与えていない。

(4) 課税最低限以下の所得しかない者に対する課税

消費税法は、無差別に資産の譲渡、役務の提供等に課税するものであるから、課税最低限以下の所得しかない者に対しても課税をすることになる。

3  消費税の違憲性

(一) 憲法八四条及び二九条違反

前記1(二)で述べたように、消費税においては消費者を納税義務者、事業者を徴収義務者としているものと解されるところ、消費税法は、前記2(一)(1)ないし(3)に指摘するごとく、事業者が消費者から消費税分を徴収しながら、これを国庫に納めなくてもよいという結果を容認し、結果的に消費者への消費税分の過剰転嫁、ピンハネを認めている。このように、消費税法は、恣意的な租税の賦課・徴収を定めている点において租税法律主義を定めた憲法八四条に違反し、また、税の過剰転嫁等によって国民の財産権を侵害する点において、憲法二九条に違反する。

(二) 憲法一四条違反

前記2(一)(4)で述べたように、仕入れ税額控除制度、事業者免税点制度、簡易課税制度は、事業者間に不合理な差別をもたらす点において憲法一四条に違反する。

また、憲法一四条は国民を機械的に平等に扱うことを要求するものではなく、租税に関していうならば、国民の負担能力に応じた課税がなされるという、相対的平等、実質的平等を要求しているものと解される。ところが、前記2(二)(1)で述べたように、消費税法は、右「応能負担の原則」、「公平負担の原則」に反するものであるから、この点においても、憲法一四条に違反する。

(三) 憲法八四条違反

憲法八四条は、課税要件法定主義、課税要件明確主義を規定しているものであるところ、前記2(二)(2)で述べたように、消費税法は、内容において不明確なところがあるので憲法八四条に違反する。

(四) 憲法三二条違反

前記2(二)(3)で述べたように、消費税法は、消費者に対して不服申立方法を認めていないから、憲法三二条の保障する裁判を受ける権利を侵害する。

(五) 憲法二五条違反

憲法二五条は、国民に「健康で文化的な最低限度の生活」を保障しているが、同条は単に積極的な社会保障を国に要請しているだけでなく、国は、課税最低限以下の所得しかない者に対しては、課税してはならないことを規定していると解すべきである。ところが、消費税法は、消費者に対し無差別に課税するものであるから、課税最低限以下の所得しかない者に対しても課税している。この点において、憲法二五条に違反する。

4  被告らの責任

(一) 消費税の成立過程

消費税の法律案は、昭和六三年七月二九日、内閣から国会に対し、税制改革法律案、所得税法等の一部を改正する法律案、地方税法の一部を改正する法律案、消費譲与税法律案、地方交付税法の一部を改正する法律案とともに提出され、同年九月二二日、衆議院税制問題等に関する調査特別委員会に付託され、同年一一月一〇日、右委員会にて一部修正のうえ自由民主党の単独にて強硬可決され、同月一六日、衆議院本会議で一部修正のうえ可決され、衆議院に送付された。衆議院から送付された前記六法律案について、参議院は同年一一月二一日、参議院税制問題等に関する調査特別委員会に審議を付託し、同年一二月二一日、右委員会はこれを強硬可決し、同年一二月二四日、参議院本会議はこれを可決した。

(二) 被告国の責任

国会議員は、憲法に違反する消費税法を、その違憲性を知りつつ、そうでなくても、僅かな注意義務を尽くせばその違憲性を知り得たにもかかわらず、短い審議時間でさしたる修正も加えずに、成立させたのである。

国の公権力の行使に当たる公務員たる国会議員が、このような憲法違反の法律制定を行ったのは不法行為であるから、国は、原告らに対し、後述の損害を賠償すべき責任がある。

(三) 被告竹下の責任

被告竹下は、内閣総理大臣として、内閣が税制改革六法律案を国会に提出するにあたり、憲法に違反した法律案を提出しないよう指揮・監督すべき義務があるのに、故意又は過失によりこれを怠り、内閣をして憲法違反の法律案を国会に提出させ、また、自由民主党総裁として、憲法違反の法律を成立させないよう同党を指揮すべき義務があるのに、故意又は過失によりこれを怠り、同党の党員である国会議員をして消費税法を国会において可決成立させたので、不法行為による損害賠償責任がある。

(四) 共同不法行為

被告国及び被告竹下の右行為は、共同不法行為であるから、被告らは、原告らに対し、連帯して後述の損害を賠償する責任がある。

5  原告らの損害

(一) 国会が憲法違反の点のある消費税法を成立させたため、原告らは物品の購入又は役務の提供を受けるたび、事業者に対し、物品の購入費又は役務提供の対価のほか、消費税分として、物品の購入費又は役務提供の対価の三パーセントに相当する金員を支払わざるを得なかった。

その結果、各原告は、購入目録の各欄に記載のとおり、物品の購入をし、あるいは役務の提供を受けて、損害目録の消費税相当損害金欄記載の損害を被った。

(二) そして、原告らは、右消費税を支払う毎に精神的苦痛を受けた。この各苦痛を慰謝するには、原告ら各自につきそれぞれ金一〇万円の慰謝料が相当である。

6  よって、原告らは、被告国に対しては、国家賠償法一条一項に基づき、被告竹下に対しては、民法七〇九条に基づき、連帯して、損害目録合計欄記載の各金員及びこれらに対する本訴状送達の日の翌日から支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1について

(一) 請求原因1(一)の事実は認める

(二) 同(二)の事実中、消費税法の規定、税制改革法と同法律案の各規定及び右規定の修正の事実、消費税法附則の内容、政府広報等での指導の内容、国税庁長官の各通達の内容については認める。消費者が消費税法上の納税義務者であるとの点は争う。

2  請求原因2について

請求原因2の事実中、原告主張の各制度の不合理性は争う。

3  請求原因3について

消費税法に原告主張のような憲法違反の点があることは争う。

4  請求原因4について

(一) 被告国

請求原因4の事実中、(一)の事実は認め、同(二)は争う。

(二) 被告竹下

同(一)の事実は認める。同(三)の事実中、被告竹下が、内閣総理大臣として内閣を指揮監督し、本件税制改革六法律案を国会に提出せしめたこと及び自由民主党総裁として右法律案の成立に関与したことは認めるが、その余は争う。

5  請求原因5について

請求原因5(一)の事実中、原告らがその主張するような物品を購入し、あるいは役務の提供を受けたことは不知。その余は否認する。

同(二)の事実は否認する。

三  被告らの主張

1  請求原因1(二)について

消費税法五条一項は「事業者は、国内において行った課税資産の譲渡等につき、この法律により、消費税を納める義務がある。」と規定しているのであって、事業者が納税義務者であることは明らかである。

税制改革法一一条一項は、右の点を前提にしたうえで、新たに創設される消費税が転嫁を予定したものであることを周知し、国民の理解を求めることが必要であると考えられたため、規定されたものである。

すなわち、税制改革法は、個別の税法において規定することに馴染まない今次税制改革の趣旨、基本理念及び方針を明らかにし、かつ、簡潔にその全体像を示すことにより、右税制改革についての国民の理解を深めることに資すること等を目的として制定されたものであり(同法一条)、個別税法の一つである消費税法に対する関係において、講学上のいわゆる上位規範に当たるものではない。

ところで、消費税法自体には、従来の間接税の立法形式と同様、事業者に課される税の転嫁については規定を設けていない。しかしながら、今次の税制改革において消費税の創設は重要な意義を有しており、その円滑な実施と定着は是非とも必要であると考えられたことから、消費税の円滑かつ適正な転嫁の必要性を納税義務者である事業者のみならず消費者にも理解されるようにとの目的のもとに前記税制改革法に特に規定されたものである。したがって、右規定は、消費者を納税義務者であると規定したものではないことは明らかである。

なお、政府広報「消費税って何でしょう」には、確かに原告ら主張のとおり、所得税あるいは法人税の計算上、税抜きで処理する場合には税額分は預かり金とし、課税仕入れに含まれる税額については仕入れ税額控除対象額は仮払金とすること等の記載があるけれども、これはあくまでも消費税相当額を企業会計上どのように取り扱うかという会計技術に関する説明であり、消費税の納税義務者の問題とは無関係である。

また、原告らの援用する各通達は、消費税法の施行にともない所得税法の所得計算等の適用関係について、その運用の統一を図るために発せられたものであり、所得税相当額は対価の一部を構成するものではないという解釈を前提としたり、あるいは法の明文に反して納税義務者は消費者であるとの解釈のもとに定められたものではない。

2  請求原因2(一)について

(一) 仕入れ税額控除制度

消費税は、諸費に広く薄く負担を求めるという観点から殆ど全ての国内における資産の譲渡及び貸付並びに役務の提供等を課税対象として、その取引の各段階毎に三パーセントの税率で課税する間接税であるが、生産、流通の段階で二重、三重に税が課されると、産業経済に対する中立性を損なうことになるので、このような課税の累積を排除しなければならず、そのためには仕入れ税額を控除する制度を採る必要がある。

ところで、仕入れ税額を把握する手段としては、事業者の事務処理上の負担の軽減を図るため、いわゆるインボイス(すなわち、税額を別記した納品書等の書類)による必要はなく、事業者の帳簿記録や取引に際して交付を受けた請求書等によることとしている(同法三〇条七項)。そこで、事業者が仕入れ取引を行うに当たり、逐一その相手方が免税事業者であるか否か等を確認しなければならないとすれば、その事務がきわめて煩雑になり、これを強制することは現実には殆ど不可能と考えられるところから、右確認を要しないとしたものである(同法三〇条一項、二条一項一二号)。

そして、租税に関する制度を創設あるいは変更するための立法においては、課税の公平の確保及び最小徴税費用等の租税原則を踏まえて、専門技術的判断のもとにそれらの諸要素の調整を図るとともに、社会経済及び国民生活等に対する影響をも勘案して、高度に政策的な判断をすることを要するのであるが、今次の税制改革において消費税法が採用した仕入れ税額控除制度は、新税制の適用を受ける事業者の事務負担への配慮という社会経済に対する政策的見地から、仕入れ税額の計算を仕入れ先如何にかかわらず一律に行うことを認めたものであって、十分に合理性があるものというべきである。

(二) 事業者免税点制度及び簡易課税制度

消費税は、我が国の企業にとって馴染みの薄いものであり、その実施に当たっては種々の事務負担が生ずるので、その軽減を図る必要があるところ、特に、人的・物的設備に乏しく、新制度への対応が困難であることが多く、かつ、相対的に見て納税関係コストが高く付く零細事業者に対しては、特にこの面での配慮がなされなければならないと考えられる。

以上の点を考慮して、事業者免税点制度が設けられたのであるが、免税点をどの水準に置くかは、立法政策の問題であり、基準期間における課税売上高が三〇〇〇万円という免税点は、小規模ないし零細企業者に対する負担軽減の趣旨からすれば、決して不合理なものではない。

簡易課税制度も、前記の事業者免税点制度と同様に、中小企業者の納税実務の負担軽減を図ったものであり、仕入れ控除額の計算を簡便に行えるようにするために設けられたものである。

その結果、基準期間の課税売上高が五億円以下の事業者については、実際の課税仕入れ価格に係る消費税額を計算することなく、課税売上高のみから納付すべき消費税額を計算することができることとなったのである。この制度の適用範囲を何処で画するかは立法政策の問題であり、右の基準は、中小企業の事務負担への配慮という制度趣旨に徴すれば、決して不合理ではない。

(三) 過剰転嫁ないしピンハネの有無

事業者が取引の相手方から収受する消費税相当額は、あくまでも当該取引において提供する物品や役務の対価の一部である。この理は、免税事業者や簡易課税制度の適用を受ける事業者についても同様であり、結果的にこれらの事業者が取引の相手方から収受した消費税相当額の一部が手元に残ることとなっても、それは取引の対価の一部であるとの性格が変わるわけではなく、したがって、税の徴収の一過程において税額の一部を横取りすることにはならない。

3  請求原因3について

(一) 憲法一四条との関係

先に述べたように、事業者免税点制度及び簡易課税制度については、立法目的及び具体的制度ともに十分合理性を有するものであるから、右各制度の適用によって結果的に一定の事業者を他の者と区別して取り扱うことになっても、憲法一四条に違反するものではない。

また、消費税法は、誰もが享受している社会共通の便益を賄うための基礎的負担は、国民ができるだけ幅広く公平に負担するという要請に応えるものであり、国民の消費が高度化、多様化している今日、国民に消費の大きさに応じた公平な負担を求める税制として、立法目的も具体的制度の内容も、合理性を有するものであって、逆進性があるとして憲法一四条に違背するとはいえない。

(二) 憲法八四条との関係

原告らは消費税法が課税物件を定める際に用いている「事業」、「事業者」及び「対価」の概念が不明確であると論難するが、これらはいずれも法律用語としても熟した概念であって、社会通念に基づく通常の法解釈によりその意味内容を確定できるものであり、決して不明確、あいまいな概念ではない。

したがって、消費税法が、課税要件法定主義、課税要件明確主義に反することにはならず、憲法八四条に違反しない。

(三) 憲法三二条との関係

消費者は、納税義務者でないので、消費者と国との間には消費税について租税法律関係を生じず、消費者に対して納税義務の存否・範囲を確定する行政処分と見るべき行為も存しない。そうすると、不服申立の手続や訴訟手続などの不服申立権は、現行制度上、いずれも行政処分の発動を前提にしているから、消費者に消費税についての不服申立権がないのは当然のことである。

(四) 憲法二五条との関係

消費税は、広く国民の消費に負担を求めるのであるが、その税率は三パーセントと極めて低く、しかも大幅な所得税減税等の抜本的な税制改革の一環として実施されたものであり、その税収も国民の求める公共サービスのために支出されるのである(税制改革法三条ないし五条)。

また、低所得者層に与える消費税の影響を考慮して、消費税の仕組みとして、一定の医療、教育及び社会福祉等を非課税とするほか、生活扶助基準の改正、臨時福祉特別給付金等の支給などの歳出面においても所要の政策的措置が実施されている。

したがって、消費税法が憲法二五条に違反するものではないことは明らかである。

4  請求原因4について

立法による加害行為の違法性の問題は、公務員が個別の国民に対する関係で、職務上遵守すべき義務に違反したか否かの問題であって、立法行為の違法性が問擬されている当該法律の内容における違憲性とは全く別個の問題である。

しかも、国会議員の立法行為は、高度に専門的、政策的な判断のもとに政治的意見の対立、調整等の複雑な過程を経て行われるものであるから、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うという場合でない限り、違法の評価を受けない。消費税法は憲法の一義的な文言に違反しているものではない。

理由

一  消費税の内容

1  消費税の概要が請求原因1(一)のとおりであることは当事者間に争いがない。

2  消費税における納税義務者(請求原因1(二))

税制改革法一一条一項は、「事業者は、消費に広く薄く負担を求めるという消費税の性格にかんがみ、消費税を円滑かつ適正に転嫁するものとする」と抽象的に規定しているに過ぎず、消費税法及び税制改革法には、消費者が納税義務者であることはおろか、事業者が消費者から徴収すべき具体的な税額、消費者から徴収しなかったことに対する事業者への制裁等についても全く定められていないから、消費税法等が事業者に徴収義務を、消費者に納税義務を課したものとはいえない。「消費税の円滑かつ適正な転嫁が行われるよう努める」と規定されていた税制改革法律案が右条項のような表現に修正されたけれども、修正後の消費税法の内容からして、右修正に、消費税の消費者への円滑な転嫁の必要性をより明らかにする趣旨で行われたということ以上の意味を見出すことは到底困難である。

また、消費税法附則三〇条は、消費税の転嫁に関し、一定の共同行為(カルテル)について、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の適用除外を認めているが、右は、事業者の消費税転嫁が行いやすい環境を作っているものに過ぎず、消費税の円滑な転嫁を促進する趣旨のものであって、それ以上に消費者を納税者とする趣旨に出たものとは到底解されない。

原告の主張する、消費税に関する国税庁長官通達や、政府広報の説明内容は、消費税施行に伴う会計や税額計算について触れたものであって、法律上の権利義務を定めるものではない。そこで述べられていることは、取引の各段階において納税義務者である事業者に対して課税がなされるが、最終的な負担を消費者に転嫁するという消費税の考え方と矛盾するものではなく、消費者が納税義務者であることの根拠とはなり得ない。

以上のとおりであるから、消費者は、消費税の実質的負担者ではあるが、消費税の納税義務者であるとは到底いえない。

二  消費税の問題点

1  消費者に対する過剰転嫁の危険性及び事業者間の不公平(請求原因2(一))について

(一)  仕入税額控除制度

(1) 先に述べたように、消費税の納税義務者が消費者、徴収義務者が事業者であるとは解されない。したがって、消費者が事業者に対して支払う消費税分はあくまで商品や役務の提供に対する対価の一部としての性格しか有しないから、事業者が、当該消費税分につき過不足なく国庫に納付する義務を、消費者に対する関係で負うものではない。

もっとも、消費税の実質的負担者が消費者であることは争いのないところであるから、右義務がないとしても、消費税分として得た金員は、原則として国庫にすべて納付されることが望ましいことは否定できない。

(2) 仕入税額控除制度は、事業者が行う仕入れにつき仕入れ先が免税業者であるか如何を問わず一律に仕入れ額の一〇三分の三を税額控除することを認めているが、免税業者からの仕入れには消費税相当額は上乗せされないから、一部に過剰控除が生じることになる。事業者が、このような過剰控除分の存在を考慮しないまま、商品等の本来の対価に対して一律に消費税分相当の対価三パーセント分を上乗せした場合、事業者が消費税として国に納付している額以上の額を消費者に過剰転嫁することになる。これを消費者の側から見たならば、消費者が右三パーセント分を消費税相当分の対価として支払いながら、前記過剰控除により右消費税分の一部については事業者が国庫に納付せず、事業者自身が取得するといういわゆるピンハネをしたような結果になることも否定できない。

しかしながら、消費税の転嫁について、税制改革法一一条一項は「適正に転嫁するものとする」と抽象的に述べているだけであり、具体的な転嫁額については事業者の取引上の意思決定に任されている。そして、その対価の決定は、同業者との競争といった取引上の事情や商品内容に関する事情、その他諸般の事情を総合的に判断したうえで決定されるものであることを考慮すると、消費税分の価格への転嫁が、必然的に過剰転嫁を生ぜしめるともいいがたいし、消費税法自体が右過剰転嫁を積極的に予定しているものではないことも明らかである。

(3) 消費税法は、仕入れ税額を把握する手段としては、事業者の事務処理上の負担の軽減を図るため、いわゆるインボイスによる必要はなく、事業者の帳簿記載や取引に際して交付を受けた請求書等によることとしている。事業者が仕入れ取引を行うに当たり、逐一その相手方が免税業者であるか否かを確認しなければならないとすれば、その事務が極めて複雑になるから、右確認を要しない仕入れ税額控除制度としたのである。右制度の下では、右(2)で述べたとおりの過剰転嫁の生じる危険性があるものの、それは必然的に過剰転嫁になるという程度のものではなく、市場経済の中での適切な転嫁を期待することによってある程度回避可能なものと認められる。

そうすると、免税業者の売り上げ割合がさほど大きくないと推測される点も勘案すると、右制度が政策目的に照らして著しく不合理な制度であるとまではいえない。

なお、消費税法が、右制度の前提となる仕入れ税額把握の方法として、帳簿方式を採用するか、インボイス方式を採用するかの問題は、課税対象の広さや税率の構造とも関係してくるものであり、現行消費税法において、事務処理の簡便化の観点からみて、明らかにインボイス方式を採用する方が簡便で優れていると認めるだけの根拠もない。したがって、この点をもって仕入税額控除制度が不合理であるということもできない。

(4) そうすると、仕入れ税額控除制度は、運用如何によっては、消費者に対する実質的な過剰転嫁ないしピンハネを許す余地があるという点で問題がなくはないが、これを不合理とまではいえない。

(二)  事業者免税点制度

(1) 消費税の適正な転嫁を定めた税制改革法一一条一項の趣旨よりすれば、右制度は、免税業者が消費者から消費税分を徴収しながら、その全額を国庫に納めなくて良いことを積極的に予定しているものでないことは明らかである。同法一一条一項が、消費税を「適正に転嫁するものとする」と規定していることに鑑みると、事業者免税点制度の適用を受ける免税業者は、原則として消費者に三パーセント全部の消費税分を上乗せした額での対価の決定をしてはならないものと解される。したがって、消費税施行にともない、いわゆる便乗値上げが生じることはあり得るとしても、それは消費税法自体の意図するところではない。

(2) 右制度の目的は、消費税が、我が国の企業にとって馴染みの薄いものであり、その実施に当たっては種々の事務負担が生じるので、その軽減を図る必要があるところ、特に、人的・物的設備に乏しく、新制度への対応が困難であることが多く、かつ相対的に見て納税コストが高くつくものと思料される零細事業者に対しては、特にこの面で配慮をして、右のような業者を免税業者としたものである。右立法的配慮が明らかに不合理であるということもできない。

(3) 以上のとおりであるから、右制度が直ちに著しく不合理であるとはいえない。

(三)  簡易課税制度

簡易課税制度も、先の事業者免税点制度と同様に、中小企業者の納税事務の負担軽減を図り、売上高のみから納税額を算出できるようにしたものである。同制度の運用如何によっては過剰転嫁の危険性があるものの、仕入れ税額控除制度と同様適切な転嫁によりこれは回避できる問題である。また、簡易課税制度を選択する基準を五億円としたことが明らかに不合理であると認めるだけの根拠もない。以上のとおりであるから、右制度が政策目的に照らして明らかに不合理であるとはいえない。

(四)  事業者間の不公平

(1) 仕入税額控除制度による差別

右制度は、結果的には、全く免税業者からの仕入れに頼らない業者と、全面的にそれに頼る業者との間に、納税義務上差異が生ずる結果をもたらす。しかしながら、理論的に右のような差異が生じ得るとしても、多くの業者は免税業者からもそうでない業者からも仕入れを行い得る。右制度によって利益を受ける程度は、業者によって幾分異なりはするものの、その恩恵を受ける機会は理論上はどの業者にもあること、控除割合が三パーセントであること、並びに仕入先が免税業者である確率がそれほど高いものであることを消費税は予定していないことを考慮するならば、前記制度による差別の程度が、著しく不合理な程度に達しているといえない。

(2) 事業者免税点制度による差別

同制度によって免税業者が得る可能性のある最大限の利益は対価の三パーセント以下であり、割合としてさほど高くはない。しかも、これは、免税業者が消費者に消費税分を無条件に三パーセント全部転嫁した場合に理論上最大値の差別が生じ得るものに過ぎない。また、年間売り上げ金額が三〇〇〇万円以下の事業者が右制度により利益を得ることになり、右限度額の当否が租税政策目的上妥当であるか否かの問題はあろうが、立法上右制度による程度の差別が現段階で不合理であるとまでいいきれない。

(3) 簡易課税制度による差別

同制度は売上高五億円以下の事業者にのみ認められるのであるから、これにより右該当事業者は幾らかの利益を得る機会があり、簡易課税制度の認められない売上高五億円を越える規模を有する事業者にとって、同制度は一種の累進課税的機能を持つことになる。しかしながら、それが租税政策上不合理であるとまでいえない。

2  その他の問題点(請求原因2(二))について

(一)  消費税の逆進性

租税の社会経済的機能の一つとして、所得の再分配の機能があり、右機能の発現として累積課税制度が採用されていることは、一般に承認されているところである。

消費税法は、所得の低い消費者にも、所得の高い消費者にも、同一の物品を購入等する限りでは、同額の税分を転嫁するものであるから、この点で、累進課税制度のような所得再分配機能がないことは明らかである。しかも、所得の高い消費者層では、消費性向が鈍るという一般的現象があるといわれていることからすると、むしろ、右の所得の再分配機能の面から見れば、消費税法は、累進課税制度とは逆に、高額所得者に割合的には低い税負担をもたらす可能性が理論上ある。

(二)  課税要件の不明確性

(1) 先に述べたところからすれば、消費税法及び税制改革法の解釈として、事業者が納税義務者なのか、消費者が納税義務者なのかが不明確であるといった事情は認められない。

(2) 消費税法の定める国内の課税対象取引であるための要件として定められている、「事業」、「事業者」及び「対価」という用語は、法令用語として十分に熟した用語であり、これ自体あいまいな概念であるということはできない。

また、原告の指摘するように、大学教員の得た講演料、原稿料が消費税の課税対象となるのかどうか、事業者が商品に対するクレーム処理のため顧客に金銭を支払った場合、これが対価性のある取引なのか、あるいは損害賠償として対価性がないのかなど、右要件の適用の有無について、議論の生じうる局面も想定できるが、用語の外延について必ずしも一義的に明らかでない部分が生じうることは、多くの法令用語においてやむをえないところであり、右「事業」、「事業者」及び「対価」という用語が他の税法の規定の場合以上に、不明確なものであると認めるに足りる事情は窺えない。

(三)  不服申立制度の欠如

消費税法は、消費者に対し、その負担した消費税額につき特別な不服申立制度を設けていない。また、消費者に対する課税処分が存在せず、かつ、先に述べたように消費者が消費税の納税義務者でない以上、消費者は、その負担した消費税分につき、行政不服申立てや抗告訴訟を提起して、裁判上争う余地がないことも明らかである。

しかしながら、消費者の負担する消費税分は、その本質が対価に過ぎないことに鑑みれば、これにつき不服があるからといって課税処分と同様の国に対する不服申立て方法を保障すべき必要はない。

(四)  課税最低限以下の所得しかない者に対する課税

消費税は、資産の譲渡、役務の提供などの殆どについて課税するのであるから、原告の主張するとおり、課税最低限以下の所得しかない者も消費税相当分を負担することがあるのは、明らかである。

しかしながら、所得税法上の課税最低限以下の所得しかない者に対して、他の種類の税負担を求めるか否かは、税制全体のあり方、例えば、消費税法の制定と同時に行われた所得税法の改正による各種控除額の引上げ及び所得税の税率の引き下げ、物品税の廃止、各種社会保障制度のあり方及び国民の具体的な生活状況等を総合的に検討したうえで初めて政策決定されるものである。したがって、消費税法が所得税法上の課税最低限以下の所得しかない者に対しても実質的税負担を求めているという事実のみをもって、これを不合理と即断することはできない。

三  消費税と憲法違反の有無

1  立法行為の違法性

立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというような場合でない限り、国家賠償法一条一項若しくは民法七〇九条の適用上、違法の評価を受けないものといわなければならない(最高裁判所昭和六〇年一一月二一日第一小法廷判決・民集三九巻七号一五一二頁参照)。

以下、消費税法が、憲法の一義的な文言に違反しているか否かについて検討する。

2  憲法八四条及び二九条違反(請求原因3(一))について

(一)  憲法八四条

先に述べたように、消費税相当分の転嫁の仕方は、事業者の対価等の決定如何に委ねられており、その運用如何によっては、消費者に対する実質的な過剰転嫁ないしピンハネが生じる可能性もなくはない。この点において、消費税負担者である消費者側から見れば、消費税分につき、自己の負担すべき額の決定が恣意的に行われるように見える余地はある。

しかしながら、消費者が消費税相当分として事業者に支払う金銭はあくまで商品ないし役務の提供の対価としての性質を有するものであって、消費者は税そのものを恣意的に徴収されるわけではない。そして、法律上の納税義務者である事業者が、恣意的に国から消費税を徴収されるわけでもない。したがって、消費税法は、租税法律主義を定めた憲法八四条の一義的な文言に違反するものではない。

(二)  憲法二九条

先に述べたとおり、仕入れ税額控除制度等は、運用如何によっては、消費者に対する実質的な過剰転嫁ないし実質的なピンハネを許す余地を含んだ制度であることは否定できない。しかし、税制改革法はむしろ適正な転嫁を要求しているのであるから、右制度が、事業者に対して、消費者に対する実質的な過剰転嫁ないしピンハネを法的に保障しているということはできない。したがって、消費税法それ自体が財産権を侵害するものとはいえない。

もっとも、運用の如何により過剰転嫁につながり得るような制度を定める法律は、財産権を侵害するという議論も考えられないわけではない。しかしながら、憲法二九条によって保障される財産権は、政策的目的により、制約され得るものであって、右政策目的による制約が憲法に違反するといい得るのは、政策目的から見て財産権制約の手段が明らかに不合理である場合に限られるものというべきである。しかも、対象者数が極めて多いうえ、国家財政、社会経済、国民生活等広範な分野に関係してくる租税法律関係の特質上、その立法にあたっては、右広範な分野にわたる資料を前提として、徴税コスト、納税義務者の事務量等をも考慮のうえ、政策的技術的判断を行わざるを得ない。したがって、裁判所は、基本的にはその裁量的判断を尊重すべきであり、具体的手段の選択が著しく不合理でない限り、その合理性を否定することはできず、これを憲法二九条に違反するものということはできない。

そこで、右の見地から消費税法の内容が憲法二九条の一義的な文言に違反するかどうか検討するに、前記二1(一)ないし(三)に説示したとおり、消費税法の仕入税額控除制度、事業者免税点制度及び簡易課税制度は、消費者に消費税分を過剰転嫁する可能性がなくはないが、全体として立法政策目的に照らして、憲法二九条の一義的な文言に違反するとはいえない。

3  憲法一四条違反(請求原因3(二))について

(一)  事業者間の不公平

前記二1(四)で述べたとおり、仕入れ税額控除制度、事業者免税点制度及び簡易課税制度は事業者に異なった取り扱いをもたらすものであるが、右各制度の立法目的及び事業者に及ぼす差別の程度が著しく不合理であることが明らかであるといえない。したがって、右各制度が憲法一四条の一義的な文言に違反するとはいえない。

(二)  消費税の逆進性

所得の再分配等による実質的平等実現のための政策は、租税制度のみに限っても、所得税、住民税等を含めた全体の負担の中で検討されるべきであり、ひいては、各種社会保障等をも含めた総合的な施策によって実現されるべきものである。したがって、右各種政策の一部に過ぎない消費税法の課税のあり方のみをとらえて憲法一四条の一義的な文言に違反するとは到底いえるものではない。

4  憲法八四条違反(請求原因3(三))について

前記二2(二)で説示したとおり、消費税法が課税対象取引として定める要件中の「事業」、「事業者」及び「対価」という概念は、いずれも、社会通念に従って解釈すればその通常の意味内容が容易に確定できるものといえるから、消費税法の規定を無効にするほどの曖昧なものであるとは到底いえるものではない。したがって、この点において消費税法が憲法八四条の一義的な文言に違反するものとは到底いえない。

5  憲法三二条違反(請求原因3(四))について

前記二2(三)で説示したとおり、消費税法が消費者に特別の不服申立手続を認めていないことは、事の性質上不合理ではないことが明らかであるから、同法が、この点において憲法三二条の一義的な文言に違反するものとはいえない。

6  憲法二五条違反(請求原因3(五))について

前記二2(四)で説示したとおり、消費税法が、課税最低限以下の所得しかない者に対する税負担を強いることになっても、それだけで消費税法が憲法二五条の一義的な文言に違反するものとは到底いえない。

四  被告竹下の責任

請求原因4(一)の事実並びに同(三)の事実中、被告竹下が内閣総理大臣として内閣を指揮監督し、本件税制改革六法律案を提出せしめたこと及び同被告が自由民主党総裁として消費税法等の成立に関与したことは当事者間に争いがない。

被告竹下の右内閣総理大臣としての行為は、公権力の行使にあたる公務員の職務行為に属することが明らかであり、同被告個人に対し、右の行為について損害賠償請求をすることは許されない。

また、被告竹下の右自由民主党総裁としての行為は、右法律等の立法の必要性を主張し、国会議員としての政治的意見を表明する活動をしただけのことであり、政党による政治活動の自由に鑑みれば、そのこと自体が不法行為になるということはありえない。

五  結論

以上のとおりであって、消費税法の内容につき政策的に当不当の問題はあり得るとしても、右問題が原告らの主張するような憲法違反を招来するものとはいえず、同法の立法行為が不法行為となるとは到底いえない。

したがって、その余について判断するまでもなく、原告らの請求は理由がないから、これらをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鬼頭季郎 裁判官 菅野博之 裁判官 小林宏司)

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