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東京地方裁判所 平成元年(ワ)2747号 判決 1991年6月28日

原告(乙事件被告)

藤村薫

(乙事件)被告

藤村道子

被告(乙事件原告)

天草運送株式会社

主文

一  甲事件被告兼乙事件原告は甲事件原告兼乙事件被告に対し、一七九万七九二〇円及び内金一三二万八八八〇円については昭和六三年一〇月三一日から、内金四六万九〇四〇円については本判決確定の日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  甲事件原告兼乙事件被告の甲事件被告兼乙事件原告に対するその余の請求並びに甲事件被告兼乙事件原告の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用のうち、甲事件について生じた分はこれを五分し、その一を甲事件原告兼乙事件被告の負担とし、その余並びに乙事件について生じた分は甲事件被告兼乙事件原告の負担とする。

四  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(甲事件)

一  請求の趣旨

1 甲事件被告兼乙事件原告(以下、「被告会社」という。)は、甲事件原告兼乙事件被告(以下、「原告」という。)に対し、二二一万五八四〇円及び内金一七〇万六八〇〇円については昭和六三年一〇月三一日から、内金五〇万九〇四〇円については本判決確定の日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告会社の負担とする。

3 仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(乙事件)

一  請求の趣旨

1 原告及び乙事件被告(以下、「被告」という。)は被告会社に対し、各自二四〇万一〇〇一円及びこれに対する昭和六三年一〇月三〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は原告及び被告の負担とする。

3 仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告会社の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は被告会社の負担とする。

第二当事者の主張

(甲事件)

一  請求の原因

1 事故の発生(以下、この事故を「本件事故」という。)

(1) 日時 昭和六三年一〇月三〇日午前七時四〇分ころ

(2) 場所 神奈川県川崎市宮前区菅生二一五四番地先路上(以下、「本件路上」という。)

(3) 原告車 普通乗用自動車(川崎五六そ六九五九)

右運転者 被告

右所有者 原告

(4) 被告車 普通貨物自動車(練馬一一う二八一四)

右運転者 谷中秀紀

右所有者 被告会社

(5) 態様 原告車と被告車とが正面衝突し、原告車がその左後方に駐車中の柴田三千代所有の普通乗用自動車(川崎五六せ一六一九、以下、「柴田車」という。)に衝突した。

2 責任原因

(1) 被告会社は、本件事故当時、従業員である谷中をその業務のために使用していた。

(2) 谷中は、被告車を運転するときは、前方を注視し、センターラインをオーバーしないように注意して運転すべき義務があるのに、これを怠り、前方を注視せずにセンターラインを越えて対向車線に侵入して本件事故を発生させた。

3 損害

(1) 原告車の損害 一七〇万六八〇〇円

原告は原告車を二〇七万四九三〇円で購入したが、本件事故に至るまで約九箇月を経過しているため、その時価は一五六万円である。これに、買い換えに要する費用一〇万円、消費税四万六八〇〇円を加えると、一七〇万六八〇〇円となる。

他方、原告車を修理するとすると、その修理代一三二万八八八〇円、評価損三三万二二二〇円、修理期間中の代車料八万四〇〇〇円(修理期間を二週間とし、代車料を一日当たり六〇〇〇円として)の合計一七四万五一〇〇円となる。

そうすると、原告車は経済的に全損となつたものというべきであり、損害は前者である一七〇万六八〇〇円となる。

(2) 求償権の取得 三〇万九〇四〇円

原告は柴田車の修理代三〇万九〇四〇円を支払つたので、同額の求償権を取得した。

(3) 弁護士費用 二〇万〇〇〇〇円

4 よつて、原告は被告会社に対し、二二一万五八四〇円及び3(1)の一七〇万六八〇〇円については本件事故の翌日である昭和六三年一〇月三一日から、3(2)及び(3)の合計五〇万九〇四〇円については本判決確定の日から、各支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1 請求の原因1の事実は認める。

2 同2の事実のうち、(1)は認めるが、(2)は否認し、法律上の主張は争う。

3 同3の事実のうち、(1)は知らない、(2)は知らないし、法律上の主張は争う、(3)は争う。

4 谷中には過失はない。

本件事故は、時速約四〇キロメートルの速度で進行していた原告車がセンターラインをオーバーしたため、自車線内を進行していた被告車と正面衝突したものである。従つて、過失は被告にあり、谷中にはない。

(乙事件)

一  請求の原因

1 事故の発生

甲事件請求の原因1と同じ。

2 責任原因

(1) 本件路上付近はカーブとなつているが、カーブを曲がるときは、適宜減速し、ハンドル・ブレーキを適切に操作して、センターラインをオーバーしないように注意して運転すべきであるのに、被告は、原告車を時速約四〇キロメートルの速度でセンターラインを越えて運転した過失により本件事故を発生させた。

(2) 原告は被告の夫であるが、本件事故の際被告に自己所有の原告車を運転させ、自己は助手席に同乗してその運転に気を配つていたものであるので、民法七一五条一項の使用者と同様の責任を負う。

3 損害

(1) 被告車の修理代 七八万三七九〇円

(2) レツカー代 七万〇〇〇〇円

(3) 修理期間中の休車損害 一〇七万七二一一円

被告会社は天草引越センターの名称で、引越運送を業としているが、本件事故による被告車の修理のために、昭和六三年一〇月三〇日から同年一一月二四日まで二六日間、休車を余儀なくされた。被告車の事故前三箇月間の平均の売り上げは八万六三一五円であり、その経費率は約五二パーセントであるので、休車損害は右額となる。

(4) 弁護士費用 四七万〇〇〇〇円

4 よつて、被告会社は原告及び被告に対し、各自二四〇万一〇〇一円及びこれに対する本件事故の日である昭和六三年一〇月三〇日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1 請求の原因1の事実は認める。

2 同2(1)のうち、被告には被告会社主張の一般的注意義務の存在は認めるが、その余の事実は否認し、法律上の主張は争う、(2)のうち原告は被告の夫であることは認めるが、その余の事実は否認し、法律上の主張は争う。

3 同3の(1)、(2)の各事実は否認する。(3)の事実のうち、被告車の一日の売り上げは知らないし、その余は否認する。(4)の事実は否認する。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載の通りであるので、これを引用する。

理由

一  本件事故の発生(甲事件請求原因1及び乙事件請求原因1)

1  甲事件請求原因1及び乙事件請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

2  本件事故の態様

(1)  右当事者間に争いのない事実、証拠(甲一、三の一及び二、七の二ないし四、乙八七、八八、八九の一ないし五、九〇の一ないし一六、九一の一ないし二七、九二の一ないし一四、九三の一ないし三八、九四の一ないし五二、九五の一ないし八、九六の一ないし一〇、九七の一ないし四、証人佐藤文昭、同山下勝章、同増田博政、被告)と弁論の全趣旨によると、以下の事実を認めることができる。

<1> 本件路上は、神奈川県川崎市潮見台方面から同市生田方面に向け右に緩やかにカーブしたほぼ平坦な片側一車線の道路上にあつて、その状況は別紙交通事故現場見取図の通りである。路面はアスフアルトで舗装され乾燥しており、交通規制は、最高速度は時速四〇キロメートルに指定され、駐車禁止、追越しのための右側部分はみ出し禁止、となつている。また、市街地にあり、交通量は多く、前方の見通しは良いが、生田方向に向かつて右側がコンクリート壁であり、駐車車両があるときは必ずしも見通しは良好ではない。

本件路上付近には路上駐車の車両が何台かあり、また、路線バスの停留所脇でもあり、カーブしていることもあつて、センターラインをはみ出して進行する車両は多い。

<2> 被告は、本件路上付近を川崎市生田方面から同市潮見台方面に向け時速約四〇キロメートルの速度で、ややセンターライン寄りを進行して本件路上付近に至つたが、前方左側の川崎市営バス鷲ケ峰営業所前歩道寄りのに駐車している普通乗用車(柴田車)とその前方に駐車している何台かの車両を発見し、またに路線バスが停車していたことから、速度を時速二〇キロメートル程に落とし、センターラインを越えないように注意しながら、ハンドルをセンターライン寄りに若干切つた<イ>で、<2>付近を対向進行してくる被告車を発見したが、危険を感じはしなかつた。そして、約一六・六メートル程進み、柴田車脇を通過しようとした<ウ>で、<4>にセンターラインを僅かながらも越えて対向してくる被告車を二四・一メートル先に発見し、被告は危険を感じ制動したが、<エ>の原告車右前部と<5>の被告車右前部とが衝突し、原告車は、後退し、その後部左側と柴田車右前部とが衝突し、原告車は<オ>に停止した。

なお、柴田車は道路端から一・六メートルを占めていたが、原告車進行部分の幅員は約四メートルあるため、車幅が一・七メートルないし一・八メートルの原告車は、注意すればセンターラインを越えなくても進行は可能であつた。

<3> 谷中は、被告車を運転して、川崎市潮見台方面から同市生田方面に向け、時速約三〇ないし四〇キロメートルの速度で、ややセンターライン寄りを進行して本件路上付近にいたり、前方左側の道路部分が膨らんでおり、その部分の路上にバス停と表示されているところのに路線バスが停車していたため、ハンドルをセンターライン寄りに若干切りつつ進行し、<3>で<ア>付近を走行して来る原告車とに駐車している柴田車をそれぞれ発見し、更にハンドルをセンターライン寄りに切りつつ進行し、停車中のバスの右後方部分に至つたあたり(その付近の被告車通行部分の幅員は二・八メートルである。)の運転席がほぼセンターライン上になつた<4>あたりで、<ウ>にある原告車を見て危険を感じた谷中はブレーキを掛けたが、ハンドルは切らなかつた。そして、<5>の被告車と<エ>の原告車とがセンターラインを越えた付近で衝突し、被告車は<6>に、原告車は後退して柴田車と衝突し、<オ>に停止した。

なお、被告車の車両幅は記録上明らかではないが、二メートルを越えていたものとみられる。

<4> 最初に本件事故現場に駆付けた警察官は多摩警察署の警察官であつたが、その後宮前警察署の警察官が引き継いで捜査に当たつた。これは、両警察署の担当地域の境界は本件事故の発生した道路のセンターライン上にあつたが、多摩警察署の警察官が事故現場の状況と被告や谷中等から聴取した結果、事故はセンターラインを越えた宮前警察署の担当地域である原告車走行部分で発生したものと判断した結果による。その後、再び多摩警察署に引き継がれたことはない。

<5> 本件事故発生地点につき、本件事故の実況見分の指示説明においては、被告と谷中との間に違いがあつた。即ち、谷中はセンターラインから原告車進行部分の側に三センチメートル侵入した部分であり、被告は同じく三〇センチメートル侵入した部分であるというものであるが、原告車進行部分の側で発生したことは双方とも認めていた。

証人佐藤文昭は、被告車の助手席に同乗していた者であるが、被告車はセンターライン上を進行していたのであつて、それを越えていたことはない旨証言するが、被告車は右ハンドルであるので、同証人よりセンターライン寄りにいたこととなる同車の運転手谷中は右認定の通り述べていたのであり、同証人の証言中には、谷中の供述を否定して同証人の証言を採用しなければならないほどの事情も認められないから、結局採用しないこととする。

(2)  以上の事実によると、本件事故は、自車走向部分を進行中の原告車と、センターラインを越えて侵入してきた被告車とが正面衝突した事故と認めることが相当である。

二  被告会社の責任原因(甲事件請求原因2)

1  請求原因2(1)の事実は、当事者間に争いがない。

2  前記認定の事実によると、谷中は、被告車を運転するときは、センターラインをオーバーしないように注意するとともに、仮にセンターラインをオーバーするときは、対向して進行してくる車両の有無及びその動静を注視し、ハンドルやブレーキを適切に操作するなどして、事故の発生を未然に防止すべきであるのに、これを怠り、漫然と被告車を運転して本件事故を発生させた過失を認めることができる。

3  そうすると、谷中の使用者である被告会社は、民法七一五条により、後記損害を賠償する責任があることとなる。

三  原告及び被告の責任原因(乙事件請求原因2)

1  前記認定の事実によると、原告車を運転していた被告は、センターラインを越えないように注意しながら時速約二〇キロメートルの速度で進行して、駐車中の柴田車の右を通過しようとしていたところにセンターラインを越えた被告車を二四・一メートル先に発見し、ブレーキを踏んだのであるから、被告としてはなすべきことを尽くしたものというべきである。被告がハンドルを操作しなかつたことは、柴田車ないしその前方に駐車中の車両や被告車との衝突の危険を考慮すればやむをえないものである。

そうすると、被告には、本件事故の発生につき、過失はなかつたものということが相当である。

2  原告は被告の夫であることは当事者間に争いがないが、右の通り被告には過失は認められないのであるから、原告は、民法七一五条一項の使用者責任を負うことはないものというべきである。

3  そうすると、乙事件についての被告会社の請求は、その余の事実について判断するまでもなく、いずれも理由がないこととなる。

四  原告の損害(甲事件請求原因3)

1  原告車の損害 一三二万八八八〇円

右認定事実と証拠(甲二、三の一及び二、被告)によると、本件事故により損傷した原告所有の原告車の修理費として一三二万八八八〇円との見積りがなされたことを認めることができるので、右額を以て修理費と認めることが相当である。

なお、原告は原告車が経済的に全損となつた旨主張するけれども、評価損は自己ないし家族の使用する自動車については原則として認められないし、代車料についても、証拠(被告)によると、原告は、本件事故後原告車を廃車とし、新たに自動車を購入したのであり、その間代車を使用しなかつたのであるから、代車料を認めることはできないのであり、従つて、原告の車両損害は一三二万八八八〇円となるところ、本件事故当時の原告車の時価は修理代である一三二万八八八〇円を越えることは原告の自認するところであるので、右額をもつて原告車の損害とすることが相当である。

2  求償権の取得

右認定事実、証拠(甲四、五)並びに弁論の全趣旨によると、原告は原告車と衝突し損傷した柴田車の修理代三〇万九〇四〇円を、昭和六三年一二月二七日に、同車を修理した有限会社しおみオートサービスに送金して支払つたこと、本件の過失は被告会社側のみに存することを認めることができるので、被告会社は原告が支払つた右額を支払うべき債務があるというべきである。

3  弁護士費用 一六万〇〇〇〇円

(1)  損害賠償請求部分について

弁論の全趣旨によると、原告は、本件訴訟の提起及び追行を原告訴訟代理人に委任し、相当額の報酬を支払うことを約したことを認めることができるところ、原告の請求額、認容額、審理の経過、その他本件訴訟に顕れた一切の事情を総合考慮すると、本件事故と因果関係のある損害として認められる弁護士費用は一六万円とすることが相当である。

(2)  求償部分の弁護士費用について

原告は求償権の行使に際しても弁護士に委任したことから、弁護士費用の支払いを求める。しかし、不法行為訴訟において弁護士費用が損害として認められるのは、不法行為により被害を受けた者がその損害を回復するために弁護士に以頼することは、通常必要な手段であるということによるところ、求償権は共同行為者の一部の者が出捐した場合において、共同行為者間の公平を図るためにその過失割合に応じた損害の分担を図るために認められているのであるから、求償訴訟においては弁護士費用は請求できないと解することが相当である。従つて、原告のこの部分の請求は理由がない。

五  結論

以上の通り、原告の被告会社に対する甲事件請求は、一七九万七九二〇円及び内金一三二万八八八〇円については本件事故の翌日である昭和六三年一〇月三一日から、内金四六万九〇四〇円については本判決確定の日から、各支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるので認容し、その余の請求は失当であるので棄却し、被告会社の原告及び被告に対する乙事件請求は、その余の事実について判断するまでもなくいずれも失当であるので棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して主文の通り判決する。

(裁判官 長久保守男)

別紙 略