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東京地方裁判所 平成元年(ワ)1936号 判決 1990年4月10日

原告

姜声宗

被告

川崎建設株式会社

ほか一名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告に対し、一四三七万六五八二円及び内金一三三七万六五八二円に対する昭和五九年一一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告二名共通)

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

日時 昭和五九年一一月三〇日午前八時三六分ころ

場所 東京都大田区池上二丁目六番先道路(以下「本件道路」という。)上

加害車甲 品川四六さ四六六五(以下「甲車」という。)

右運転者 野村禎一(以下「野村」という。)

加害車乙 足立一一う六五〇六(以下「乙車」という。)

右運転者 鶴岡秀雄(以下「鶴岡」という。)

事故の態様 亡姜明美(以下「被害者」という。)が原動機付自転車(以下「被害車」という。)に乗つて本件道路の歩道寄りの車線を走行中、その前方の歩道に沿つて駐車していた甲車が突然右方向指示器を点滅させて急発進し被害車の進路上に出てきたため、これとの衝突を避けるため右側に寄つた際に、被害車の右側を走行していた乙車と接触し、左右に蛇行したうえ転倒し、乙車に頭部を轢過され死亡した。

2  責任原因

(一) 被告川崎建設株式会社(本件事故当時の商号は川崎工業株式会社、以下「被告川崎建設」という。)

被告川崎建設は、本件事故当時甲車を所有し、これを自己のために運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条本文に基づき被害者及び原告が本件事故により被つた後記損害を賠償する義務がある。

(二) 被告大協運輸株式会社(以下「被告大協運輸」という。)被告大協運輸は、本件事故当時乙車を所有し、これを自己のために運行の用に供していた者であるから、自賠法三条本文に基づき被害者及び原告が本件事故により被つた後記損害を賠償する義務がある。

3  損害

(一) 逸失利益

被害者は、本件事故当時三〇歳であつて、年間二六一万三一五二円の収入を得ていたものであり、六七歳までの三七年間就労可能であつたから、生活費を右年収の三〇パーセントとして新ホフマン方式(係数二〇・六二五)により中間利息を控除して被害者の本件事故時の逸失利益の現価を算定すると、次の算定式のとおり三七七二万七三八二円となる。

2,613,152円×(1-0.3)×20.625=37,727,382円

(二) 葬儀費用

原告は、被害者の父であるが、被害者のために葬儀を営み、その費用として六五万円を支払い、同額の損害を被つた。

(三) 慰藉料

原告が、本件事故により被害者を失つたことによる精神的苦痛を慰藉するためには一五〇〇万円をもつてするのが相当である。

(四) 弁護士費用

被告らは原告に対する損害賠償債務を任意に履行しないから、原告は本件訴訟の提起、追行等を原告訴訟代理人に委任し、弁護士費用として一〇〇万円の支払いを約束し、同額の損害を被つた。

4  相続

被害者は朝鮮民主主義人民共和国の在外公民であるが、本籍は大韓民国慶尚北道慶州郡甘浦邑五柳里にあり、法例二六条により適用される本国法は本籍地所在地法である大韓民国法と解すべきであるから、同国民法一〇〇〇条一項二号により、被害者の父である原告のみが被害者の相続人となり、請求原因3(一)の逸失利益についての被告らに対する損害賠償請求権を相続した。

5  損害の填補

原告は、甲車及び乙車にそれぞれ付されていた自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から保険金合計四〇〇〇万〇八〇〇円を受領し、上記損害賠償債権に充当したから、その残額は一四三七万六五八二円となる。

6  よつて、原告は、被告ら各自に対し、本件事故に基づく損害金の残額一四三七万六五八二円の支払い及び内金一三三七万六五八二円に対する本件事故の日である昭和五九年一一月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する答弁

1  被告川崎建設

(一) 請求原因1の事実のうち事故の態様を除く事実は認め、事故の態様については野村が右方向指示器を点滅させたことは認めるが、急発進して右側に寄つたことは否認し、その余は知らない。

(二) 請求原因2(一)の事実のうち、被告川崎建設が、本件事故当時甲車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたことは認めるが、その余は争う。

(三) 請求原因3の事実のうち(二)葬儀費用は認めるが、その余の損害額は争う。

(1) 逸失利益については被害者が本件事故当時年収二六一万三一五二円を得ていたことは認めるが、独身女性であるから生活費は年収の四〇パーセントとするべきであり、また、中間利息はライプニツツ方式により控除すべきである。

(2) 慰藉料は一二〇〇万円が相当である。

(四) 請求原因4の事実は知らない。

(五) 請求原因5の事実は認める。

2  被告大協運輸

(一) 請求原因1の事実は認める。

(二) 請求原因2(二)の事実のうち、被告大協運輸が、本件事故当時乙車を所有し、これを自己のために運行の用に供していた事実は認めるが、その余は争う。

(三) 請求原因3の事実のうち、(一)及び(四)の事実は知らず、(二)及び(三)の事実は否認する。

(四) 請求原因4の事実は知らない。

(五) 請求原因5の事実は認める。

三  抗弁

1  被告大協運輸(免責)

(一) 本件事故は、鶴岡が乙車を運転して本件道路を五反田方面から川崎方面に向けて走行中、その後方から高速で直進してきた被害車が、乙車を追い抜こうとしたときに被害車の前方で発進しようとした甲車との衝突を避けるために急転把して平衡を失つたことから乙車と接触し、更に甲車に衝突した後、再び道路中央に跳ね返されて乙車に轢過されたものであつて、専ら被害者がハンドル操作を誤つた過失により発生したもので、乙車を運転していた鶴岡には後方から進行してくる被害車に対してその動静を注意すべき義務はなかつたものというべきである。

(二) 乙車には本件事故当時、ハンドル・ブレーキその他構造上の欠陥又は機能の障害はなかつた。

2  被告川崎建設(過失相殺)

被害者は、原動機付自転車を運転して本件道路を進行し、自車前方に甲車を含む三台の自動車が駐車しているのを認めたのであるから、発進のために合図を出すことを充分に予測できたにもかかわらず、速度を落とすこともなく漫然と進行して甲車に接近したところで、野村が発進の合図を出したことに動揺して平衡を失つたことから、本件事故の発生に至つたものであつて、被害者の右過失も本件事故の一因となつているのであるから、原告の損害額の算定にあたつては、被害者の右過失を斟酌の上減額されるべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)の事実のうち、被害者が乙車の後方から高速で直進してきたこと、被害者がハンドル操作を誤つたことは否認するが、その余は認め、被害者の過失に関する主張は争う。

2  抗弁1(二)の事実は知らない。

3  抗弁2の事実のうち、被害者が被害車を運転して本件道路を走行し、前方に三台の駐車車両を認めたことは認めるが、その余は否認する。

本件事故の日に甲車が駐車していた車線上の川崎方面寄りには工事用のフエンスが放置されていたのであるから、甲車が発進に際し直進することはあり得ないというべきである。

理由

一  請求原因1の事実は、被告川崎において事故の態様を争う点を除き、各当事者間において争いがない。

二  そこで、事故の態様について検討するに、野村が右方向指示器を点滅させたことは各当事者間に争いがなく、いずれも成立に争いがない甲第一号証、同第一四号証及び丙第二号証並びに証人野村禎一及び同鶴岡秀雄の各証言によれば、以下の事実を認めることができる。

1  本件道路は、主要幹線道路である第二京浜国道一号線であり、五反田方面から川崎方面に通じる平坦なアスフアルト舗装された道路で、車道幅員は二一メートルあり中央線(白曳線)により上下線が区分され、五反田方面から川崎方面に向かう下り線の本件事故現場付近は三車線に区分されており(以下右区分された車線のうち歩道寄りから順次「第一車線」、「第二車線」、「第三車線」という。)、交通量も多く、終日駐車禁止、転回禁止、最高速度毎時五〇キロメートルの交通規制がなされていた。

2  野村は、勤務先の被告川崎建設の従業員小林慎一が本件事故現場付近で追突事故(以下「別件事故」という。)を起こした旨の報告を受け、その処理のために本件事故現場に駆けつけ、第一車線の歩道に沿つて甲車を停車させようとしたが、別件事故の当事者である武井日出造(以下「武井」という。)及び森敬(以下「森」という。)の車両が二台並んで停車していたため、武井所有の自動車(以下「武井車」という。)から川崎方面寄りの地点に歩車道区分縁石から約八〇センチメートル離れて停車させた。野村は、前記森らと武井車の後部付近で話し合いを行つた後、甲車に乗車し、会社に戻るために前方約五〇メートルにある本件道路との交差道路で左折進行する予定であつた。

3  野村は、発進するに当たつて前方の確認及びフエンダーミラーによる後方の確認をしたが、被害者が接近していることは認知しなかつた。野村は、発進の合図として右方向指示器を点滅させ、右にハンドルを切ることなくゆつくりと直進し始めた。

4  森は、野村らとの話し合いが終わつて、武井車の後に停めておいた自動車(以下「森車」という。)に乗り、武井車が発進し一旦停止するのを認めた後、少し右にハンドルを切つて発進してから一旦停止していたところ、被害車は、森車の側方を通過した付近で平衡を失い、乙車の左前部に接触した後転倒し、左斜め前方に滑走して甲車右側面と衝突したため、被害者は被害車から離脱して乙車に頭部を轢過されるに至つた。

5  鶴岡は、乙車を運転して第二車線のやや右寄りを走行していたが、自車左前方を被害車が走行していたのを認知しなかつたのみでなく、被害車と乙車との接触から被害者の轢過に至る経過についても何ら気付くことなく走行を続け、後続車の運転手から合図を受けて乙車を停車させ、事情を聞いて初めて本件事故を惹起したことを知つた。

6  野村は、右後方で衝突音らしきものを聞き、制動を掛けて停止してから外の様子を見るために運転席のドアを開け、被害車が甲車の車体に前輪を突つ込むようにして転倒しているのを認めた。

以上認定の事実によれば、被害車が乙車の左前方を走行していたところ、甲車が右方向指示器を点滅させて発進したため、被害者は右に転把するか制動操作することを余儀なくされ、乙車前部に接触されるに至つたものと認められる。

原告は、第一車線の甲車の進路前方には道路工事用のフエンスが放置されていたため、甲車が直進したものとは考えられない旨主張し、甲第一三号証中にはこれに沿つた記載がある。しかしながら、同号証は、成立に争いがない甲第一五号証の三並びに証人野村禎一及び同鶴岡秀雄の各証言に照らして措信し難い。そして、前記認定のとおり、甲車が歩車道区分縁石から約八〇センチメートル離れて停車していたうえ、約五〇メートル前方で左折する予定であつたのであるから、右転把するまでもなく、そのまま前進走行すれば足りること、また、本件事故は甲車の発進直後に発生したものと認められるから、仮に右転把していたとすると、車体は道路に対して右斜めになつているものと認められるところ、前掲甲第一四号証によると、本件事故直後に行われた実況見分において、甲車は川崎方面に向けて第一車線上に歩車道区分縁石と平行に置かれ、前輪も車体と平行であつたことが認められることなどからすれば、野村は右に転把することなく発進走行したものと認められる。したがつて、原告の右主張は採用することができない。

右のとおり、野村は、甲車を発進させるにあたつて右に転把することなく直進したものであるが、自動車の運転者としては、一般的に自車の進路前方及び側方の安全を確認すべき注意義務があり、特に本件のように右方向指示器を点滅して発進の合図をし自車を発進させる場合は、併進ないし後続する車両に危険を及ぼすおそれがあるから、自車の側方及び後方の安全を十分確認すべきであるのにこれを怠り、発進に際してフエンダーミラーを通して右後方を確認したのみで、後方から進行してきた被害車に対し格別の注意を払うことなく合図を出したうえで発進し、被害者をして右転把するか制動操作することを余儀なくさせて乙車と接触、転倒させ、また、乙車は被害者頭部を轢過したものであるから、甲車及び乙車の運行によつて被害者の生命を害するに至つたものというべきである。

二  請求原因2(一)の事実のうち、被告川崎建設が、本件事故当時甲車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたことは原告及び被告川崎建設の間で争いがなく、請求原因2(二)の事実のうち、被告大協運輸が、本件事故当時乙車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたことは原告及び被告大協運輸の間において争いがないから、被告川崎建設及び同大協運輸は、いずれも自賠法三条本文により、同条但書所定の事由が認められない限り、被害者及び原告が本件事故により被つた後記損害を賠償すべき義務があるものというべきである。

三  損害

1  逸失利益 二六二〇万一三四三円

弁論の全趣旨により原本の存在及び成立を認めることができる甲第六号証及び弁論の全趣旨によれば、被害者は、本件事故当時三〇歳の健康な女子であり、株式会社ホンダベルノに勤務し年間二六一万三一五二円の収入を得ていたものと認められるから、六七歳までの三七年間につき少なくとも右収入を得ることができたものと推認し、生活費を右年収の四〇パーセントとしてライプニツツ方式(係数一六・七一一二)により中間利息を控除して被害者の本件事故時の逸失利益の現価を算定すると、次のとおり二六二〇万一三四三円となる(円未満切捨て。)。

2,613,152円×(1-0.4)×16.7112=26,201,343円

2(一)  原本の存在及び成立について当事者間に争いがない甲第四号証、弁論の全趣旨により原本の存在及び成立を認めることができる同第五号証及び弁論の全趣旨によると、原告は被害者の父であることを認めることができる。

(二)  葬儀費用 六五万円

弁論の全趣旨によれば、原告は、被害者のために葬儀を営み、その費用として六五万円を支払つたものと認められる。

(三)  慰藉料 一五〇〇万円

本件事故の態様及び被害者の家族関係その他本件に現れた一切の事実を斟酌すれば、原告が本件事故により被害者を失つたことによる精神的苦痛を慰藉するためには一五〇〇万円をもつてするのが相当である。

3  合計額 四一八五万一三四三円

四  抗弁について

1  抗弁1(免責)について

前記認定事実によれば、鶴岡は、自車左前方を走行する被害車が本件道路の第一車線上に歩車道区分縁石から約八〇センチメートル離れて駐車している甲車の側方を通過しようとしていたのであるから、甲車の動静等によつては被害車が右転把ないし制動操作をするであろうことを予見して、被害車の動静を注視し事前に安全な間隔を保つなどの措置により本件事故の発生を避けえたにもかかわらず、これを怠り被害車の存在について全く注意を払つておらず、鶴岡の右過失も本件事故発生の一因となつているものと認められるから、その余について判断するまでもなく、抗弁1は理由がない。

2  抗弁2(過失相殺)について

前記認定事実によれば、本件事故の発生については、野村においては後方から被害車が接近していたにもかかわらず発進に際し十分に後方を確認しなかつた過失があり、鶴岡においても前示の過失があるが、被害者においても前方に駐車していた甲車を含む三台の自動車が発進の合図を出して右に転把するなどの動きを示したことから、右転把ないしは制動の措置を取るに際して後続車の乙車の動静に注意を払わなかつたものと認められ、被害者にも過失があるものというべきであるから、被告川崎建設及び同大協運輸のいずれの関係においても過失相殺として、被害者及び原告の損害についてその三〇パーセントを減額するのが相当である。

五  損害の填補

原告が本件事故による前記損害について甲車及び乙車それぞれに付されていた自賠責保険から合計四〇〇〇万〇八〇〇円の保険金を受領したことは当事者間に争いがない。

右事実によれば、被害者及び原告の過失相殺後の損害の合計額は二九二九万五九四〇円であるところ、原告は右損害の填補として右保険金の支払を受けたものであるから、仮に原告のみが被害者を相続したとしても本件事故に関する被告らの原告に対する損害賠償債務は全て消滅したものと認められる。

六  よつて、原告の本訴請求はその余について判断するまでもなく理由がないことに帰するから、これを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 柴田保幸 原田卓 森木田邦裕)

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